日本内分泌・甲状腺外科学会雑誌
Online ISSN : 2758-8777
Print ISSN : 2186-9545
症例報告
透析導入しレンバチニブ治療を行った甲状腺未分化癌の一例
宇野 敦彦浜口 寛子青木 健剛野澤 眞祐北村 貴裕嶋田 琢磨山本 佳史
著者情報
ジャーナル フリー HTML

2018 年 35 巻 4 号 p. 294-298

詳細
抄録

症例は60歳代の男性,頸部に限局した甲状腺未分化癌に対し,手術と術後化学放射線治療を行ったが,術後半年で多発肺転移が明らかとなった。レンバチニブの短期の投与で効果がみられたが,慢性腎不全のため継続できなかった。本人,腎臓内科医らとの協議の上,透析導入後にレンバチニブを再導入した。休薬をはさみつつも内服が継続できている間は,腫瘍増大は抑制されていたが,副作用のため長く休薬すると増大した。肺転移出現後21カ月,透析導入後17カ月にわたり生存し,維持透析には全て自力で通った。レンバチニブの副作用として,透析導入前は蛋白尿,低蛋白血症,腎機能低下,透析導入後は,疲労感,嚥下困難感,体重減少が主であった。腎機能障害のある患者に,抗腫瘍効果は期待できるが腎毒性のある薬剤をどのように使用するかは画一的でない。本症例は透析導入後のレンバチニブ治療が効果的であったと考えた。

はじめに

甲状腺未分化癌は甲状腺悪性腫瘍の1~2%と頻度が少なく,非常に予後不良であることが知られ,疾患特異的1年生存率はわずか18%と報告されている[]。2015年5月に薬価基準収載されたレンバチニブは,放射性ヨウ素治療抵抗性・難治性の分化型甲状腺癌に対して第Ⅲ相臨床試験[]で高い有効性が示され,第Ⅱ相臨床試験[]では甲状腺未分化癌に対してもその有効性が報告されている。レンバチニブの副作用の一つとして,蛋白尿の頻度が高いことが知られており,腎機能の低下した患者には問題となる。今回,甲状腺未分化癌の後発肺転移に対して,透析導入したのちに,レンバチニブを用いて治療した症例を経験したので報告する。

症 例

症 例:60歳代 男性

主 訴:頸部腫瘤,嗄声

既 往・並存症:慢性腎臓病(動脈硬化による腎硬化症),高血圧,脂質異常症,高尿酸血症,アルコール過敏

現病歴と経過:左頸部の腫瘤と嗄声を主訴に当科を紹介受診された。左声帯麻痺を認め,頸部CTで甲状腺右葉に3cm大の腫瘤がみられ,超音波ガイド下穿刺吸引細胞診で悪性・未分化癌の疑いとの診断を得た。甲状腺全摘,左反回神経/食道筋層合併切除,頸部中央区域郭清術を行い,術後病理検査で未分化癌の診断となった(pT4b Ex2 N1a)。術後補助療法として,頸部への放射線治療(60Gy/30fr)を,化学療法(ドセタキセル)を併用して行った(図1)。

図1.

症例の検査値,治療,症状の経過

横軸は肺転移が判明した時点を起点として月単位で表示。LEN:レンバチニブ,DTX:ドセタキセル。レンバチニブの用量と期間を灰色柱で示した。胸部CT像(図2)の時系列対応を最下段に示した。

手術後3カ月目の胸部CTでは全くみられなかった肺の結節影が,6カ月目のCTで複数明らかとなった(図2A)。この時点での血液検査で,血清クレアチニン4.3(mg/dl),eGFR 12(ml/min/1.73m2)であり,慢性腎臓病の重症度分類[]では,最も悪いG5(末期腎不全)に相当した。レンバチニブ24mg/日を1週間,2週間の休薬後に20mg/日を1週間に投与したが,重度の腎機能低下となり継続できなかった。血清クレアチニンは8.0,eGFR 6となり,一時尿での尿蛋白/クレアチニン比は治療前の0.8から5.6(g/gCr)と著しく増加し,血清総蛋白は7.4から6.4(g/dl),アルブミンは3.6から3.1(g/dl)となった。レンバチニブの投与は2週間であったが,多発肺転移の判明から2カ月目でのCTで,転移巣にやや縮小がみられた(図2B)。その後に腎機能の多少の改善がみられたため,ドセタキセルによる化学療法を行うも,腎機能の再悪化,本人の疲労感が強くなり継続できなかった。患者本人,家族,腎臓内科医と協議し,維持透析を導入した。レンバチニブの創傷治癒への影響を考慮し,内シャントの作成から3週間おいて,レンバチニブ14mgを開始した。この時点は肺転移判明から4カ月目にあたり,肺転移巣は増大していた(図2C)。その後7カ月間にわたり同量で継続したが,レンバチニブ開始前と降圧薬など他の処方に変化なく,血清蛋白も正常にあり,体調面もよく保たれ,肺転移判明から11カ月目のCTでは肺転移巣は縮小した状態で維持されていた(図2D)。しかしこの後,患者の疲労感が強まり,食事がのどを通らなくなり,体重が急に減少した。画像検査や食道の内視鏡検査で頸部の再発や食道狭窄の問題はみられず,レンバチニブの副作用と考えて休薬した。これによって疲労感はとれ,食事も摂れるようになったが,本人の体重がもどり,レンバチニブ内服の意欲がでるまでに5週間の休薬を要した。10mg内服を2週間,休薬を1週間のペースとして再開したが,本人の疲労感,嚥下困難感が強いとそれ以上に休薬するため,内服できる日が減った。肺転移判明から17カ月目の多発転移巣はそれぞれ増大し,新規病変も出現した。この結果をみて,本人も内服の意欲を取り戻し,14mg内服を1週間,1週間休薬という程度にペースを守って継続し,肺転移判明から20カ月目の転移巣は増大が抑制されていた(図2F)。しかしその後は,再び疲労感が強くなり内服がほとんどできなくなった。翌月(肺転移判明から21カ月)には,全身倦怠が強く,食事が全くできなくなり緊急入院となった。胸部CTで肺転移巣には急激な増大がみられた。この時点での本人の意識や判断能力は十分保たれており,本人,家族に意思を確認して透析は行わなかった。緩和治療を行うなか3日後に永眠された。

図2.

肺転移判明時(A)の代表的な4つの転移巣の経時的変化。当初,レンバチニブは2週間投与したのみで継続できなかったが,2カ月後(B)には縮小がみられた。腎機能悪化が進み,維持透析を導入したが,この間に病巣は増大した(肺転移判明時より+4カ月:C)。レンバチニブが継続できた期間は縮小が維持され(D),嚥下困難感・嘔気などでレンバチニブを中断することが多くなると腫瘍は増大した(E)。この状態からでも定期的なレンビマ投与を継続することで腫瘍増大が抑制された(F)。

考 察

レンバチニブはVascular Endothelial Growth Factor Receptors(VEGFR1-VEGFR3),fibroblast growth factor receptors(FGFR1-FGFR4),Platelet-Derived Growth Factor Receptor(PDGFR),rearranged during transfection(RET),v-kit(KIT)などをターゲットとするチロシンキナーゼ阻害剤(TKI)であるが[],VEGF経路の阻害作用をもつ薬剤は高血圧や蛋白尿の副作用がしばしば問題となる[,]。VEGFは血管内皮細胞の生存,血管拡張因子の産生に関わるため,その阻害は血管新生阻害という抗腫瘍効果をもたらすとともに高血圧を引き起こす。高血圧が腎機能の悪化につながるだけでなく,VEGFとVEGFRは腎臓に豊富に発現し,メサンギウム細胞,足細胞,血管内皮細胞の増殖,分化,生存に関わり,糸球体バリアーの構造維持に中心的な役割をはたしているため,VEGF経路の阻害は蛋白尿の原因となる。

慢性腎臓病の重症度分類はGFR区分と蛋白尿区分の組み合わせで判定されるが[],本症例は甲状腺未分化癌の発症時点で,GFR区分のG5(eGFR<15ml/min/1.73m2,末期腎不全),蛋白尿区分のA3(尿蛋白/Cr比>0.5 g/gCr,高度蛋白尿)といずれも最重症の状態にあった。頸部への局所治療が奏効した後に発現した多発肺転移に対して,レンバチニブを用いたが,尿蛋白が顕著で低蛋白血症をきたし,腎機能の低下のために継続できなかった。しかし,わずか2週間の投与に関わらず,レンバチニブによる肺転移巣の縮小がみられ,その効果が確認された。その後にタキサン系抗癌剤を使用したがこれでも腎機能の悪化がみられ,効果が明らかでなく,腎臓病の悪化とともに患者本人の疲労倦怠感が強くなったため,透析導入の上でレンバチニブを再開する方針とした。

透析を含めた腎臓病治療の進歩,癌治療の進歩は,Onco-Nephrologyと呼ばれる医学分野を作り出している[]。従来の殺細胞性抗癌剤や分子標的治療薬など抗腫瘍薬物にみられる腎毒性,骨髄腫や腎尿路系腫瘍,腫瘍崩壊症候群や幹細胞移植などに関連する腎障害,腫瘍や治療に伴う血漿成分や電解質の異常など,癌治療に関わる腎臓の問題は幅広い。本邦では癌の薬物療法時の腎障害診療ガイドラインが発行され[],腎臓を守りつつ治療し,腎機能の低下の程度に応じて適切な薬物を用いることの指針が示されている。しかし進行癌となった末期腎不全患者に対する維持透析導入の適応の範囲までは踏み込まれていない。より一般的な維持透析の開始と継続に関しての意思決定プロセスには,日本透析医学会からの提言があり[],医療チームとしての患者への適切な情報提供と,患者が自己決定を行う際の支援,自己決定の尊重が述べられ,さらに維持血液透析の見合わせを検討する状況についても言及されている。本症例は透析導入前の短期間の使用によりレンバチニブの効果が期待できることがわかっており,未分化癌の転移であり未治療であれば余命は短いこと,すでに長期にわたる慢性腎臓病の終末期にあり尿毒症としての症状も出て来たことから,比較的容易に維持透析導入への意志決定ができたと思われれる。さらに最終局面で病勢が進行し緊急入院が必要となった際にも,それまでの治療経過のなかで,この方の場合には自分で透析に通えなくなるほど病勢進行したときが積極的治療の終わりである,と本人,家族に十分に考える時間がとれていたため,透析を見合わせる意思決定も円滑に行うことができたと思われる。

透析導入後にレンバチニブを再開するにあたって1日用量を14mgとしたが,これには明確な基準はなく,維持透析中の甲状腺乳頭癌の転移患者に対してレンバチニブを用いて良好な経過を得た症例報告があり[10],その症例での初期投与量に倣った。分子標的治療薬全般において,大きな臨床試験では高度腎障害症例は除外されるため,重度の腎障害や透析患者のデータは乏しいが,腎癌で用いられる薬剤では腎機能障害例や透析例も多部位の癌に比べて多いため,経験が集積されてきている[11]。レンバチニブの添付文書によると,主にアルデヒドオキシダーゼ,CYP3Aにより代謝され,グルタチオンが非酵素的に結合し,放射線ラベルした同薬の単回投与では25%が尿中,84%が糞中に排泄された,とされる[12]。同じ低分子化合物のTKIであり,甲状腺分化癌以外に腎癌でも用いられているソラフェニブについては,体内での薬物動態はレンバチニブとよく似ており,高度腎障害時や透析中の薬物動態についても報告がある[1113]。ソラフェニブの血中濃度は腎障害時でもあまり変化せず,蛋白結合率が高いため透析でも除去されず,基本的に腎機能障害による用量調節や投与法の変更は不要とされている[11]。ただし腎障害に伴って低蛋白血症を生じている場合には,蛋白に結合しない遊離薬物濃度が高まり副作用につながる可能性があり,高度腎機能障害ではより慎重さが必要とされ,実際には臨床試験や症例シリーズの報告でも減量して用いられてる[1011]。レンバチニブの甲状腺癌に対する通常の初期投与量は24mgであるが,蛋白尿や腎機能障害の副作用発現頻度がソラフェニブに比べてかなり高いため[],ソラフェニブと同様な薬物動態としても,腎障害時には減量して用いるのが適切と思われる。

本症例では,透析導入後にもレンバチニブによる疲労感,嚥下困難感の副作用によって,内服継続が難しくなった。転移巣の増大がみられた後からでも,休薬をはさみつつ定期的な内服を行うことで,腫瘍増大を抑制する効果がみられた(図2Eから図2F)。同じTKIであるスニチニブにおいては,通常の投与スケジュールが4週投与2週休薬であるが,投与スケジュールを変更し投与量の減量も行うことで,副作用を軽減し,より長期にわたる治療効果が得られることが示されている[14]。甲状腺癌に対するTKI治療についても,副作用発現,休薬による副作用の回復,腫瘍の増大,の各々のタイミングをみて,投与と休薬のスケジュールを決めるよう提唱されている[15]。抗腫瘍効果を保ちつつ,いかに長く継続することができるかが重要である。

本症例は病理組織学的に診断された甲状腺未分化癌であったが,未分化癌としては経過が比較的緩徐と思われ,レンバチニブへの反応性も良かった。このために透析を導入してから治療することができたが,極めて急速に進行するタイプであれば透析を導入する時間もなく,薬物の効果自体もわからないため,本症例と同様な判断ができるかどうかはわからない。次世代シークエンサーを活用した遺伝子パネルにより,未分化癌の腫瘍細胞には多くの遺伝子変異が集積することが報告されてきているが,未分化癌のなかでも個々の腫瘍により変異のある遺伝子の種類には幅があり,腫瘍の由来や集積する遺伝子変異の種類によっていくつかに分類されることが示されている[16]。細胞株によるin vitroの実験系では,腫瘍細胞ごとの遺伝子変異の集積パターンによってレンバチニブの効果に違いが現れることも示唆されている。今後の薬物治療は,腫瘍細胞の遺伝子変異をみてその効果を予測し,その客観的な指標によって治療方針を決めていけるようになると思われる。

おわりに

甲状腺未分化癌の後発多発肺転移に対し,透析導入後にレンバチニブによる治療を行った症例を報告した。治療方針を決めていく過程のなかで,慢性腎不全の状態にある癌患者に,腎毒性のある薬物によってどのように治療するかの問題,薬物に腫瘍増大を抑制する効果が明らかにも関わらず副作用によって継続が難しくなる問題,があった。本症例では,透析導入して薬物治療の継続を選択したが,これを行わずそのまま緩和治療に移行する選択と比べて,Quality of life(QOL)を保った延命に寄与したと考えた。まず透析自体が患者の尿毒症の症状を取り除き,透析前のレンバチニブ治療でQOLの低下につながる副作用であった,蛋白尿,低蛋白血症に悩まされることがなくなった。本症例は透析には全て自力で通い,休薬や,透析治療の見合わせを含めて,自分の意思で治療を選択した。レンバチニブは治療効果が保てる範囲で減量休薬などの投与法を工夫し,長く継続することが重要な薬剤であり,本症例の経過からもそれが示された。

本論文の内容の一部は第50回日本甲状腺外科学会学術集会(福島)にて発表した。

【文 献】
 

この記事はクリエイティブ・コモンズ [表示 - 非営利 4.0 国際]ライセンスの下に提供されています。
https://creativecommons.org/licenses/by-nc/4.0/deed.ja
feedback
Top