日本内分泌・甲状腺外科学会雑誌
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特集1
甲状腺腫瘍診療ガイドライン2018年版:改訂の要点
伊藤 康弘宮内 昭
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2019 年 36 巻 1 号 p. 12-18

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抄録

今回8年ぶりに甲状腺腫瘍診療ガイドラインが改訂となった。今回のガイドラインの大きな改訂点は1)乳頭癌のリスク分類を提言したこと,2)放射性ヨウ素内用療法の分類を明確にしたこと,そして3)分子標的薬剤に関する記述を追加したことの三点である。当院の症例を解析したところ,リスク分類はかなり鋭敏に予後を反映した。そこへ年齢を加えると,さらに興味深い結果が得られた。2)については従来アブレーションと呼ばれていたものを残存濾胞細胞の廃絶を目的としたアブレーションと,画像診断では確認できないが顕微鏡的な転移が存在すると考えられる症例に対する補助療法の二つに分けたことが大きな改訂である。3)についてはまったく新しい知見であり,甲状腺癌治療の新しい手段であるが,その適応とタイミングに関しては症例ごとに十分吟味しなくてはならない。

はじめに

2010年に出版された甲状腺腫瘍診療ガイドライン2010年版(第一版)がこのたび改訂となった。今回の主たる改訂点は1)乳頭癌のリスク分類を提言したこと,2)放射性ヨウ素(RAI)内用療法の分類を明確にしたこと,そして3)分子標的薬剤(TKI)に関する記述を追加したことである。本稿ではこれら三点について述べる。

1.乳頭癌のリスク分類

1-a リスク分類の解説と推奨術式

このリスク分類は予後を予測する目的とどういう症例に甲状腺全摘術を施行するべきか,そしてどういう症例にすべきではないかというクリニカルクエスチョンに答える形で作られた。表1に今回のガイドラインにおけるリスク分類を示す。超低リスクは低リスク微小癌と同義である。実は超低リスク症例の手術後の予後は低リスク症例と変わらないが[],前者は経過観察の対象となるということであえて超低リスクというカテゴリーを作成した。ガイドラインではこれらに手術を行う場合,両葉多発などの事情がない限り全摘術を行わないことが推奨されている。逆に1)手術時にすでに遠隔転移が存在する症例,2)腫瘍径4センチを超える症例,3)取り扱い規約のEx2に相当する症例,4)転移リンパ節が3センチを超える症例,そして5)転移リンパ節が隣接臓器に浸潤する症例は高リスク症例に分類した。この1)から5)の因子を一つでも持つ症例には全摘術が強く推奨されている。上記の分類にあてはまらない中間リスクの症例に関しては,「予後因子や患者背景を考慮して全摘術か葉切除術かを決定する」と記載されている。なお,当院では中リスク症例に対し,基本的に全摘を施行している。後述するように当院の症例を用いた検討でも差は大きくないとはいえ,中リスク症例の再発率や癌死率は低リスクよりも有意に高い(1-bにおける記述を参照されたし)。全摘を行うことによる永続性の反回神経麻痺や副甲状腺機能低下症の合併症の頻度が低ければ,中リスク症例に全摘を施行するメリットの方が大きいとわれわれは考えている。

表1.

甲状腺乳頭癌のリスク分類

甲状腺癌の主たるリンパ節郭清区域は,中央区域と外側区域の二区域である。それらに臨床的な転移がある場合には,当然治療的郭清が推奨される。問題は画像上転移がない場合の予防的郭清である。もともと日本ではコミュニティースタンダードとして乳頭癌における予防的郭清は広く行われてきた。ガイドラインではリスク分類に拘わらず,中央区域の予防的郭清を推奨している。低リスク症例において中央区域の予防的郭清が再発予後や生命予後に強く寄与する可能性は低いとされ,アメリカ甲状腺学会(ATA)のガイドラインでは最大径4センチ以下でリンパ節転移や遠隔転移のない症例に対する予防的中央区域郭清を推奨していない[]。一方,Zhaoらによる系統的レビューによれば,甲状腺全摘術に併せて行う予防的中央区域郭清の有無と局所リンパ節再発率との間には関連があり,リスク比は0.66(95%CI:0.49~0.90)と推定されている[]。ただしこのレビューで取り上げられた研究の多くは後向きの観察研究であり,郭清群と非郭清群の背景や臨床病理学的因子に偏りがあるため,リスク比が過大に推定されている可能性がある。中央区域は甲状腺摘出術と同一の視野にあり,予防的郭清であれば技術的にさほど困難ではなく,長時間を要さない。また中央区域を省略した結果,そこに再発すれば術後の癒着のなかで再手術を行うことになり,当然反回神経損傷や永続性副甲状腺機能低下症などの重大な合併症の頻度が増すことになる。これらの理由から,初回手術時に甲状腺切除とともに予防的中央区域郭清を行っておく意義はあるとこのガイドラインは結論づけている。その一方で外側区域の予防的郭清は低リスク症例には行わないことを推奨している。また,中,高リスク症例における適応は,その他の予後因子や患者背景,意思を考慮のうえ決定すべきであるとしている。われわれは55歳以上,男性,高度の甲状腺外浸潤,腫瘍径3センチ以上のうち2因子を有する症例の10年リンパ節再発率は11.5%,3因子だと35.3%であると報告し,これらのリスク因子を多く持つ症例に対して予防的外側区域郭清を行うことを提唱し,そのように行っている[]。また,予防的外側区域郭清群と非郭清群のリンパ節再発率を比較したダブルアームの後向き研究では,腫瘍径3センチ以上かつ高度の甲状腺外浸潤をみとめるサブセットにおいて,郭清群の方が非郭清群に比べてリンパ節再発率が有意に低かった[]。このことからガイドラインでは具体的な推奨がないものの,リンパ節への再発リスクが高いと考えられる症例に対して予防的外側区域郭清を行う意義はあると考えられる。表2にリスク分類ごとの推奨されるマネージメントを示した。

表2.

リスク分類ごとの推奨されるマネージメント

1-b リアルワールドにおけるリスク分類と予後との関係

もちろんリスク分類は単に術式選択の指標となるだけではなく,リアルワールドで予後を反映しなくてはならない。実際にガイドラインのリスク分類が,乳頭癌の予後を予測できるかどうかを当院の症例で検討した[]。図1に全体の結果を示すがリンパ節再発率,遠隔再発率,癌死率とも高リスク症例,中リスク症例,そして低リスク症例(超低リスク症例を含む)の順に有意に不良であった。

図1.

ガイドラインリスク分類と予後との相関

a.リスク分類とリンパ節再発との相関

b.リスク分類と遠隔再発との相関

c.リスク分類と癌死との相関

実はこのリスク分類には一つ,重要な予後因子が考慮されていない。それは年齢である。55歳以上および55歳未満のサブセットで解析すると,どちらのサブセットにおいてもリスク分類と再発率および癌死率に有意に相関を認めた。一方で,同じリスク分類において年齢によって予後に差があるかどうかについて検討したところ,低リスクおよび超低リスク症例は年齢に関係なく予後は良好であった(図2)。しかし中リスクになると再発予後と年齢は有意な相関はなかったものの生命予後は高齢者の方が有意に悪くなり(図3),高リスクになると再発予後,生命予後とも高齢者の方が明らかに不良であった(図4)。従って中リスク,そして特に高リスクの高齢者の治療に対しては細心の注意を払わなくてはならない。

図2.

低リスク症例の予後と年齢の相関

a.年齢とリンパ節無再発生存率との相関

b.年齢と遠隔無再発生存率との相関

c.年齢と疾患関連生存率との相関

図3.

中リスク症例の予後と年齢の相関

a.年齢とリンパ節無再発生存率との相関

b.年齢と遠隔無再発生存率との相関

c.年齢と疾患関連生存率との相関

図4.

高リスク症例の予後と年齢の相関

a.年齢とリンパ節無再発生存率との相関

b.年齢と遠隔無再発生存率との相関

c.年齢と疾患関連生存率との相関

2.RAI内用療法

甲状腺分化癌術後のRAI内用療法の記述が,今回のガイドラインで大きく改訂された。表3にそのあらましを示す。日本においてRAI内用療法は,いわゆるアブレーションと顕在する癌に対する治療の二つに大別されていた。今回は表3のようにRAI内用療法を1)アブレーション,2)補助療法,3)治療の三つに分類した。すなわち古い定義によるアブレーションを,アブレーションと補助療法の二つに分けた。新しい定義に基づくアブレーションは残存腫瘍がないと考えられる症例に対して正常甲状腺を廃絶するもので,主たる目的はあくまでサイログロブリンなどによる術後の経過観察をやりやすくすることである。従って投与量は少なくてよい。一方補助療法は,高リスク症例などで画像診断でこそ確認できないが,局所や遠隔臓器に癌が存在している場合に,それが臨床的にあきらかになってくることを防ぐ,あるいは遅らせる目的で行う。投与量についてはあまり強いエビデンスがなく,表3に記載した投与量はあくまで専門家のコンセンサスに基づくものである。ATAガイドラインでも投与量に関して30~150mCiまでというかなり幅広い範囲が設定されている[]。なお,アブレーションと補助療法に対してはrecombinant human TSHの投与が可能であり,その場合,levothyroxineをRAI投与前に中止する必要はない。

表3.

診療ガイドラインにおけるRAI治療の分類

一方明らかに残存する腫瘍を破壊するために行う治療についてはlevothyroxineを一定期間休薬しなくてはならない。Recombinant human TSHを使った治療がlevothyroxine休薬法と同等の効果が得られるというエビデンスはないからである。投与量は100~200mCiが至適とされる。

3.TKIについて

これは今回の改訂で新しく追加された。TKIの詳しい作用機序やエビデンスなどについてはガイドライン本文を参照されたい。現在,RAI抵抗性の進行再発分化癌についてはソラフェニブ(SOR)およびレンバチニブ(LEN)の二剤が選択可能である。これらは殺細胞性薬剤ではなく,癌を完治させるものではないが進行を阻止し,患者のquality of lifeを損なうことなく生存延長を期待するものである。現時点では二剤の奏効率を直接比較した研究はなく,ガイドラインでもどちらを第一選択とすべきかについての推奨はない。二剤の有害事象はかなり異なり,SORは手足症候群,肝機能障害が多く,LENは高血圧,蛋白尿がよく出現する。実臨床においては両者の奏効率,増悪抑制効果,忍容性に関するエビデンスを考慮し,どちらを選択するかの決断を患者とともに共有することをガイドラインでは勧めている。分化癌の多くは,たとえRAI抵抗性の転移があったとしても進行は緩徐で予後不良とはいえない[]。また,TKIはずっと投与し続けられるものではなく,投与できる期間は限られている。サイログロブリン倍加時間[]や腫瘍体積倍加時間をきちんと評価し,患者の平均余命などを考慮して症例ごとに投与の適応やそのタイミングを計るべきである。因みにSchlumbergerらはRECIST基準で腫瘍が増大するもの,すなわち12~14カ月で腫瘍径が20%以上増大するものがTKIの適応とした[]。12カ月で腫瘍径が20%増大は腫瘍体積倍加時間1.27年となり,14カ月で20%増大は1.48年である。ダブリングタイム1.5年をTKI適応の基準とするのはほぼ妥当であろうと日常診療からわれわれは感じている。

進行再発髄様癌に対してはバンデタニブ(VAN), LEN, SORの三剤が適応となっている。このうち第Ⅲ相試験が施行されているのはVANのみであり,第一選択はVANとなる。VANの有害事象としては光線過敏症などの皮膚症状出現の頻度が高く,それ以外にも下痢,高血圧,QTc延長,稀ではあるが間質性肺疾患などがある。日本の髄様癌は進行再発症例といえども例外を除いて予後は良好であり[10],分化癌同様にリスクベネフィットをきちんと考慮し,患者の状態を適性に評価した上で投与の適応を決定すべきである。

未分化癌に対しては残念ながらSORの国内外における第Ⅱ相研究では有用性が示せず[1112],現時点では本邦における第Ⅱ相試験で奏効を認めたLENのみが適応となっている[13]。

終わりに

本稿では「甲状腺腫瘍診療ガイドライン」第二版の主たる変更点について述べた。臨床諸家においては是非,新しいガイドラインを大いに日常診療に活用していただきたい。

【文 献】
 

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