日本内分泌・甲状腺外科学会雑誌
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特集2
単孔式副腎摘除術
松本 一宏武田 利和
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2019 年 36 巻 1 号 p. 34-38

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抄録

腹腔鏡下副腎摘除術は,副腎腫瘍に対するゴールド・スタンダードな術式として既に定着している。近年,腹腔鏡手術のさらなる進化を求め,単孔式腹腔鏡手術(Laparoendoscopic single-site surgery:LESS surgery)への関心が高まっている。摘出臓器の大きさとしては,臍に留置したsingle portから傷の延長なく摘出可能な副腎は,腹壁へのダメージをより少なくできる単孔式腹腔鏡手術の非常に良い適応であると考えられる。しかしその手術難易度が,副腎に対する単孔式腹腔鏡手術普及の足かせとなっている。本稿では手術難易度を下げる術前および術中の工夫として,①適切な症例の選択,②適切な手術器具の選択,および③単孔式手術習得に必要なテクニックについてそれぞれ述べていきたい。

はじめに

腹腔鏡下副腎摘除術は,1992年にGagnerらによって3例報告がはじめてなされ[],それ以後副腎腫瘍に対するgold standardな術式として既に定着している。近年,腹腔鏡手術のさらなる進化を求め,単孔式腹腔鏡手術(Laparoendoscopic single-site surgery:LESS surgery)への関心が高まっている。摘出臓器の大きさとしては,臍に留置したsingle portから傷の延長なく摘出可能な副腎は,腹壁へのダメージをより少なくできる単孔式腹腔鏡手術の非常に良い適応であると考えられる。また臍は胎生期に生じた臍帯の瘢痕であり,人間が生まれつき腹壁にもつ唯一の傷である。つまり同部位をsingle portとして使用することにより,外科手術の究極の理想である「傷のない手術」が可能となる。副腎に対する単孔式腹腔鏡手術は,本邦よりHiranoらが2005年に54例報告を行ったのが最初であるが[],いまだ標準的手術の位置づけにはされていないのが現状である。その普及の足かせとなる手術難易度の理由としては,「助手が使えず,術野の確保が困難」,「鉗子類が一箇所のポートに固定されることによる,可動域の制限」,「右手左手がcross-overすることによる,困難な直感的操作」,などが挙げられる。本稿ではこれらハードルを下げる術前および術中の工夫について述べていきたい。

適切な症例選択

どのような症例が単孔式手術に適しているのかを前もって判別することができれば,特に単孔式導入を考えている際の初期症例選択に有用であると考えられる。われわれは当院での過去103症例の手術結果をretrospectiveに解析し,単孔式腹腔鏡手術の難易度に影響する因子について検討した。なお術式は通常の多孔式経腹膜的手術に準じているが,原則portは臍を2.5cm皮切したうえでSILS Port(Covidien)を留置している。また右副腎摘出の際は,2mm径MiniPort(Covidien)より細径鉗子を挿入しセクレア(Hogy)で肝を挙上している。本検討では客観的な手術の難易度評価として気腹時間を用い,その難易度に影響する因子を同定した(表1)。その結果①BMI(body mass index)が高い,②腫瘍径が大きい,③褐色細胞腫において,手術難易度が高い傾向にあることが判明した。一方,下腹部の手術既往は手術の難易度に影響していなかった。BMIが高いと腹腔内の操作スペースが狭くなるだけではなく,特に臍にportをおいた際には,腸間膜の脂肪が邪魔することにより内視鏡や鉗子の出し入れが非常に困難となる(図1)。BMIの具体的なcut off値については,別検討において特にBMI 20kg/m2以下の場合非常に手術時間が短縮されることが判明しており,初期導入症例に向いているものと考えられる。逆にBMIが28kg/m2を超えると極端に気腹時間が延長するため,そのような症例に対する単孔式手術の適応は慎重に判断する必要がある。またadverse eventが起こった4症例の内訳を見てみると,①~③のいずれかの要因を持っていることが多いことが判明した(表2)。

表 1 .

単孔式手術に適した症例の検討

BMIが高い症例,腫瘍径が大きい症例,褐色細胞腫において,統計学的有意差は認めないものの気腹時間が延長する傾向にあった。なお腹部手術の既往は,27例中26例が下腹部の手術であった。

図 1 .

内臓脂肪がポート位置に及ぼす影響

BMIが高い症例に対し傍腹直筋ではなく臍にportをおいた場合には,特にカメラや鉗子の出し入れの際に腸間膜や消化管の損傷に気をつける必要がある。

表 2 .

Adverse eventが生じた4例の詳細

Adverse eventが生じた4例は,手術難易度が高くなるいずれかの因子を有する傾向にあった。

以上より,比較的単孔式手術が容易であり初期導入に向いた症例としては,BMIが低く(特に20 kg/m2以下),腫瘍径が小さく,褐色細胞腫以外が適当であろうと考えられる。

適切な手術器具の選択

内視鏡は,われわれは5mm Flexible scope(Olympus)を用いている。どうしても両手鉗子の上方から見下ろすような視野でないと内視鏡と鉗子が干渉してしまうため,先端が屈曲可能なFlexible scopeはこの手術においては必須のアイテムであると考えられる。一方,鉗子類は何を使っても構わないが,通常の多孔式で用いている直線型の器具を使用する場合には,手術操作は右手左手の器具を並行に操作するパラレル法で行わざるを得なくなる。そうなると,必然的に鉗子同士の干渉を回避するために傷の延長を余儀なくされる。もし臍2.5cm創のSILS Port(いわゆる傷のない手術)にこだわるならば,cross-over techniqueの習得が不可避であるといえる。少なくとも片方の手は先端が屈曲する器具を用いることにより,腹腔内で鉗子同士を交差させることで鉗子同士の干渉を避けることが可能となる。われわれは先端が屈曲可能な把持鉗子としてはSILS Clinch(Covidien)を頻用し,いわゆる「左手」の役割として視野出しに用いている。対側の手にも,「右手」の役割として屈曲可能で先端にHook型電気メスを搭載したSILS Hook(Covidien)を用いてもよいが,両手とも屈曲鉗子を用いるとどうしても繊細な操作には不安が残る。そこでわれわれは「右手」の役割としては,1本で送水,吸引,電気メス凝固,切開すべてが可能なOpti 4(Covidien)を重用している(図2)。先述したとおり「助手が使えず,術野の確保が困難」なことが単孔式手術のハードルの一つである。特に出血時に助手のサポートは得られないため,術者自ら鉗子を入れ替えながら洗浄,吸引にて出血点を同定し,すばやく止血操作を行う必要があるが,これら一連の操作は困難を極める。Opti 4は直線型の器具であるが,対側の器具が屈曲鉗子であれば十分cross-over可能であり,単孔式手術でこそ本領を発揮する器具であると個人的に考えている。また近年,屈曲可能なエネルギーデバイスEnseal G2(Ethicon)が登場したことにより,より安全な単孔式手術が可能となっている。特に右副腎摘出の際の肝下面の腹膜切開や,左副腎摘出の際の脾臓外側の腹膜切開の際に,無理に周囲組織の牽引をすることなくそれぞれの臓器の彎曲に沿った切開が可能である(図3)。

図 2 .

Opti4(Covidien)

1本で送水,吸引,電気メス凝固,切開すべてが可能であり,特に出血時の止血操作で非常に有用である。

図 3 .

屈曲可能なエネルギーデバイスEnseal G2(Ethicon)

右副腎摘出の際の肝下面の腹膜切開や,左副腎摘出の際の脾臓外側の腹膜切開の際に,それぞれの臓器の彎曲に沿った切開が可能である。

以上単孔式手術に必要な器具のポイントとしては,まず内視鏡は先端屈曲可能なカメラが必須であること。また2.5cm創で完遂するためには,先端屈曲可能な鉗子を用いたcross-over techniqueを用いなければならないこと。さらに安全に手術を行ううえで,多機能なOpti 4や先端屈曲可能なエネルギーデバイスが非常に有用であることが挙げられる。

Cross-over techniqueの習得

SILS portから硬性鉗子が2本挿入されれば,必ず鉗子同士が干渉しあい,結局は片手操作になることが多い。これを防ぐためには,少なくとも1本は先端が屈曲する鉗子を用いて,腹腔内で鉗子同士を交差させることで鉗子同士の干渉を避けることが可能となる(図4)。ただし右手で持つ鉗子は画面の左から,左手で持つ鉗子は画面の右から出てくるので,左右の手の動きが画面では逆に写る。最初のうちは操作に難渋するが,これは直感的に右手が画面の右の鉗子,左手が画面の左の鉗子と連動していると勘違いしてしまうためである。効果的な練習法としては,透明なドライボックを用いて画面ではなく直接ドライボックを見ながら縫合や結紮などを反復練習することである(図5)。これにより右手が術野の左側,左手が術野の右側と連動しているということを視覚的に繰り返しイメージに叩き込むことによって,比較的容易にcross-over technique用いた鉗子操作ができるようになるものと考えている。

図 4 .

Cross-over technique

少なくとも片方の鉗子の先端を屈曲させることにより,鉗子同士の干渉を回避することができる。ただし画面上では左右の手の動きが逆に写る。

図 5 .

透明なドライボックスを用いたcross-over techniqueの練習

画面ではなく直接ドライボックを見ながら練習することにより,右手が術野の左側,左手が術野の右側と連動しているということを視覚的にイメージできるようになる。

おわりに

低侵襲および整容性を兼ね備えた副腎に対する単孔式腹腔鏡手術のメリットは,非常に大きいものと考えられる。本稿で述べた適切な症例の選択,手術器具の選択,および単孔式手術に必要なテクニックを身につけることにより,何よりも安全な手術を心がける必要がある。術中止血が難しくなった場合や視野の展開が困難になった場合には,躊躇なくportを追加し通常の腹腔鏡手術にconvertすることにより,より安全性は確保されるものと考えている。

【文 献】
 

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