術前に反回神経麻痺を認める甲状腺疾患は,悪性腫瘍がその大部分を占め,甲状腺良性疾患が原因であることは稀である。巨大甲状腺良性腫瘍による神経圧迫により反回神経麻痺をきたしたと推定された症例を経験したので報告する。症例は60歳代の女性。数年前からの軽度の嗄声と左頸部に巨大囊胞性甲状腺腫瘍を認め,喉頭内視鏡検査で喉頭斜位と左声帯麻痺(完全麻痺,傍正中位固定)を認めた。甲状腺全摘術を施行。左気管食道溝に左反回神経を同定し温存。神経刺激により挿管チューブ電極から反応を認めた。病理診断は腺腫様甲状腺腫であった。術後,喉頭斜位が改善すると共に左声帯固定位置は正中位へと変化した。腫瘍圧迫により損傷を受けていた神経軸索が再生する過程で起こった過誤支配が,長い経過の中ですでに完成していたと考えられ,反回神経麻痺の原因が良性腫瘍による圧迫であっても,改善傾向を認めない場合は早期の手術を検討すべきであると思われた。