Official Journal of the Japan Association of Endocrine Surgeons and the Japanese Society of Thyroid Surgery
Online ISSN : 2758-8777
Print ISSN : 2186-9545
A case of rectal cancer metastasis to the thyroid gland with difficult differential diagnosis of primary tumor
Ayaka SatohChika SakimuraKosho YamanouchiSayaka KubaYusuke InoueShinichiro ItoNaoe KinoshitaKuniko AbeDaisuke NiinoKengo KanetakaMitsuhisa TakatsukiNaomi HayashidaSusumu Eguchi
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2019 Volume 36 Issue 2 Pages 112-117

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抄録

83歳女性。2015年3月直腸癌にて化学放射線治療後,直腸低位前方切除術を施行,Adenocarcinoma, tub2>tub1, pT3(SS), sci, INFb, v1(EVG, ss), PN1b, pN1, StageⅢaであった。2016年4月,肺,副腎などの多臓器転移を認めたが,本人の希望により経過観察となった。同年8月,咽頭痛,嗄声を自覚し,甲状腺腫瘍を認め,細胞診施行。Class V(低分化癌疑い)で増大傾向あり手術を予定していたが,頭皮に皮下腫瘤を認め直腸癌皮膚転移であったため,甲状腺腫瘍も転移性を疑い針生検を施行。直腸癌転移の結果であり,手術を中止し放射線療法を施行後,S-1を投与したが副作用のため1週間で中断,2017年4月に死亡した。悪性腫瘍合併患者に甲状腺腫瘍を認め,細胞診で乳頭癌などの明らかな原発性甲状腺癌の所見がない場合,甲状腺転移を考慮し,診断はエコーガイド下針生検が有用である。

はじめに

甲状腺腫瘍はほとんどが原発性甲状腺癌であり,転移性甲状腺癌は0.05%と稀である[]。原発巣でみると腎癌が最多であり,肺癌,胃癌と続き,直腸癌の報告は少ない。今回,原発性甲状腺癌を疑ったが甲状腺組織生検により直腸癌甲状腺転移と診断した1例を経験したので,文献的考察を加えて報告する。

症 例

患 者:83歳,女性。

主 訴:咽頭痛,嗄声。

現病歴:2015年3月,直腸癌(T3aN1M0H0 cStageⅢa)に対し化学放射線治療後に直腸低位前方切除術を施行し,病理組織所見で,adenocarcinoma, tub2>tub1, pT3(SS), sci, INFb, ly0, v1(EVG, ss), PN1, pN1, PM0, DM0, RM0, StageⅢaであった(図1a, b)。直腸癌精査のため全身CTを施行したところ,右乳癌を認めた。上部消化管内視鏡検査で悪性所見はなかった。同年6月,右乳癌(T1N0M0 cStageⅠ)に対し右乳房切除術およびセンチネルリンパ節郭清を施行し,病理組織所見で,Invasive ductal carcinoma, scirrhous carcinoma(ER:+,>90%, PgR:+,>80%, HER2/neu : score 2)であった。壊死組織は認めなかった。2016年4月,全身CTで多発性肺腫瘍,内閉鎖筋腫瘍,両側副腎腫瘍を認めた。肺腫瘍の精査のため経気管支肺生検を行ったが,原発,転移,サルコイドーシスの鑑別は困難であった。乳癌よりも直腸癌が進行していたため,直腸癌多発肺転移,内閉鎖筋転移,両側副腎転移と診断したが,患者は化学療法を希望しなかったため経過観察となった。同年8月,咽頭痛,嗄声を自覚し,甲状腺腫瘍を指摘され,細胞診ではClass Vであった。治療方針決定目的に当科紹介となった。

図1.

a. 直腸摘出標本 b. H&E染色

既往歴:サルコイドーシス。

家族歴:特記事項なし。

初診時現症:甲状腺右葉に2cm大の結節を触知した。

血液検査所見:血算,生化学検査ともに異常所見を認めなかった。甲状腺ホルモンは正常であったが,サイログロブリンは238.0μIU/mlと高値であった。抗サイログロブリン抗体は12 IU/mlと正常範囲内だった。腫瘍マーカーはCEA 53.8IU/ml, CA19-9 436.9IU/ml, CA15-3 29.4IU/mlと上昇していた。

頸部超音波検査:甲状腺右葉に1.7×1.5×2.8cm大の境界不明瞭で,内部に点状高エコーを伴う低エコー領域を認めた(図2)。

図2.

頸部超音波検査:甲状腺右葉に1.7×1.5×2.8cm大の境界不明瞭で,内部に点状高エコーを伴う低エコー領域を認めた。

頸部造影CT:甲状腺右葉に2.8cm大の境界明瞭な腫瘍を認めた。周囲の頸部リンパ節の腫大も認めた(図3)。

図3.

頸部造影CT検査:a. 直腸癌術後1年4カ月後.甲状腺右葉に2.8cm大の境界明瞭な腫瘍を認めた。頸部リンパ節の腫大も認めた。b. 直腸癌術後1年6カ月後.腫瘤,頸部リンパ節ともに増大していた。

甲状腺吸引細胞診:右葉の腫瘤性病変からの細胞診でN/C比が高く,大小不同および核縁は不整,高度に増量したクロマチンを有する核を認め, 細胞異型が強く,classⅤであった。核内封入体は認めず,低分化癌を疑う所見であった(図4)。

図4.

甲状腺細胞診:N/C比が高く,大小不同および核縁は不整,高度に増量したクロマチンを有する核を認め,細胞異型が強かった。核内封入体を認めなかったため,低分化癌を疑った。

経 過:以上より,甲状腺低分化癌を疑った。増大傾向あり,気道閉塞のおそれがあると判断し,局所コントロール目的に手術を予定した。しかし,頭皮に皮下腫瘤を認めたため,皮膚生検を行ったところadenocarcinoma, metastasisと診断された(図5)。周囲に壊死組織を認め,直腸癌からの転移に矛盾しなかった。甲状腺も直腸癌転移である可能性を考慮し,甲状腺針生検を施行した。結果はAdenocarcinoma, metastasis of rectal cancer,CDX2(+),CK20(+),CK7(−),TTF(−),ER(−)であった(図6)。 壊死組織を伴い,直腸癌からの転移に矛盾しなかった。直腸癌多発転移であり,また,転移後の化学療法未治療のため,化学療法による治療効果が期待できると考え,手術は中止し,化学療法と放射線療法を施行した。甲状腺に対して30Gy/10fr.の放射線療法を施行後,S-1を投与したが,副作用が強く1週間で中止となり,その後2017年4月に死亡した。

図5.

皮膚生検:真皮から皮下脂肪組織にかけて異型腺管の増殖浸潤を認めた。壊死組織を認めた(矢印)。

図6.

病理組織化学所見:a. H&E:壊死組織を認めた(矢印),b. CDX2陽性,c. CK20陽性,d. CK7陰性,e. TTF陰性。

考 察

転移性甲状腺腫瘍は比較的稀であり,20,262例の甲状腺手術例のうち10例(0.05%)が転移性甲状腺腫瘍との報告がある[]。本邦では955例の甲状腺悪性腫瘍手術症例のうち3例(0.31%)が転移性甲状腺腫瘍と報告されている[]。一般に,転移性甲状腺腫瘍が少ない理由として,次の2つの仮説が考えられている[]。甲状腺は極めて豊富な動脈血流を有するため,腫瘍細胞が定着しにくいという説と,甲状腺組織の高酸素飽和度と高ヨード含有状態が腫瘍細胞の発育を妨げているという説である。原発臓器は,腎癌が33%と最も多く,肺癌12%,胃癌12%と続き,大腸癌は10%と少ない[]。

医学中央雑誌で「大腸癌」「甲状腺転移」をキーワードに1982年~2017年の期間で会議録を含めず検索したところ,本邦では自験例を含め20例[23]が報告されていた(表1)。原発部位は,直腸8例,上行結腸8例,S状結腸2例,横行結腸1例,盲腸1例であった。直腸癌の甲状腺転移までの期間は,同時性[23]もあれば,大腸癌術後10年経過してからの症例[18]も認めた。また,甲状腺以外に多臓器転移をきたした症例は自験例を含む20例中16例あった。

表1.

大腸癌甲状腺転移の本邦報告例(1982年以降,会議録を除く)

本症例では多発肺転移,内閉鎖筋転移,両側副腎転移,皮膚転移を認めた。甲状腺への転移様式は,リンパ行性よりも血行性転移が主体と考えられている。検索しえた範囲内では甲状腺転移,肺転移,内閉鎖筋転移,副腎転移,皮膚転移をきたした大腸癌の本邦報告例は自験例のみであるが,これらの転移は全身転移の一症状であったと考えられる。医中誌検索による20例でも,13例で肺転移を認めた。これらは血行性転移によるものと考えられている。

原発性甲状腺癌と転移性甲状腺癌では,治療方針が異なる場合があるため,正確な診断が重要である。診断は,原発巣と転移巣の間に病理組織学的な一致を示すことが重要である。一般に,甲状腺腫瘍の診断は,穿刺吸引細胞診で可能という報告が多い。しかし,術前の穿刺吸引細胞診で大腸癌転移と確定した症例は医中誌検索20例中7例のみであった。20例中5例は術前には原発性甲状腺癌と診断されていた。本症例では,穿刺吸引細胞診で核内封入体など乳頭癌に特有の所見は認めず,低分化成分を認めることから転移性甲状腺癌よりも低分化癌を疑った。甲状腺針生検では,異型腺管の増殖浸潤を認め,免疫染色の結果と合わせ直腸癌転移と診断された。甲状腺原発癌と転移性甲状腺癌の鑑別は,細胞形態によって細胞診での診断が可能な場合がある。しかし,本症例のように,細胞診で病理学的な診断が得られない症例に対しては,エコーガイド下針生検が有用と考えられる。また,免疫染色も有用である。大腸癌では,CDX2,CK20が陽性となり,甲状腺癌ではCK7,TTFが陽性であることが多い。本症例では,CDX2陽性,CK20陽性,CK7陰性,TTF陰性であり,直腸癌の甲状腺転移と診断された。一般に,甲状腺腫瘍が転移性である可能性は低く,臨床的には甲状腺腫瘍が存在した場合,転移の可能性を考えることは少ない。しかし,本症例のように悪性腫瘍の既往があり,かつ多臓器にわたる転移を認める場合は,甲状腺転移である可能性を考慮し,可能な限り甲状腺組織生検を行うことが有用である。

転移性甲状腺癌の治療は,原発巣がコントロールされており,同時性に他臓器転移がなく切除可能であれば手術を第一選択とする報告が多い。理由としては,いずれ気管浸潤,脈管浸潤をきたす可能性があるためである。一方,転移性甲状腺癌は他臓器転移を伴う例が多く,予後は不良とされる。医中誌検索の20例においても,甲状腺術後数カ月以内の死亡例が多い。しかし,多臓器転移を認めた症例でも,切除を行い,5年以上の長期生存を得られたという報告もある[21]。本症例のように,転移性甲状腺癌の診断は困難であることが多いため,他臓器癌の既往がある症例で甲状腺腫瘍を疑えば,転移性甲状腺癌を念頭におく必要がある。

おわりに

転移性甲状腺腫瘍は比較的稀であるが,原発性甲状腺癌とは治療方針が異なる場合があり,他臓器癌の既往がある症例では,細胞診で明らかな原発性甲状腺癌の所見がない場合,甲状腺組織生検を考慮すべきである。

謝 辞

本症例の要旨は第53回九州内分泌外科学会(平成29年5月,熊本)にて発表した。

【文 献】
 

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