2019 Volume 36 Issue 2 Pages 118-122
今回われわれは,本邦で3例目,世界で12例目の報告となる男性乳腺原発の腺様囊胞癌の1例を経験した。
症例は69歳男性。右胸壁腫瘤を主訴に当院を受診。マンモグラフィ,超音波検査で右側乳房外上部に境界明瞭な腫瘤像を認め,針生検を行い腺様囊胞癌と診断された。手術は乳房部分切除術を行った。術後補助療法は行っていないが,5年1カ月まで再発を認めていない。
乳腺原発の腺様囊胞癌は女性乳癌でも約0.1%以下と稀である。また,トリプルネガティブ乳癌が多いにもかかわらず,10年生存率は約90~95%と極めて良好なことが特徴であり,術後の薬物療法についてはエビデンスに乏しく,今後も症例の集積が必要である。
腺様囊胞癌は,唾液腺に好発する悪性腫瘍である。乳腺原発の腺様囊胞癌は,本邦の乳癌取扱い規約では特殊型として分類され,その発生頻度は乳癌の約0.1%以下と女性でも稀である[1]。
今回われわれは,本邦で3例目,世界で12例目の報告となる男性乳腺原発の腺様囊胞癌の1例を経験したので報告する。
症 例:69歳 男性。
主 訴:右胸壁腫瘤。
既往歴:高血圧症。
家族歴:なし。
現病歴:約3カ月前から右胸壁に圧痛を認めない腫瘤を自覚し当院を受診した。
初診時現症:右側乳房外上部,乳頭腫瘍間距離18mmの位置に,10×10mmの境界明瞭,弾性硬の可動性良好な腫瘤を触知した。領域リンパ節は触知しなかった。
血液検査:CA15-3:3.4 U/ml,CEA:1.1 ng/ml,その他異常値なし。
マンモグラフィ検査:右側乳房外上部に境界明瞭な高濃度腫瘤を認めた(カテゴリー3)(図1)。左側乳房に異常所見を認めなかった(カテゴリー1)。
マンモグラフィ検査
右側乳房外上部に境界明瞭な高濃度腫瘤を認めた(カテゴリー3)。
超音波検査:右側乳房外上部に9×8×5mmの多角形・境界明瞭,内部は低エコー均質,後方エコー不変の腫瘤を認めた(図2)。腋窩リンパ節の腫大は認めなかった。
超音波検査
右側乳房外上部に9mm大の多角形・境界明瞭,内部均質な低エコー腫瘤を認めた。
針生検病理診断:真の管腔を形成する上皮性細胞と偽囊胞を形成する筋上皮性細胞とが,管状・篩状の腫瘍胞巣を形成し,浸潤性に増殖しており,腺様囊胞癌と診断した。エストロゲン受容体(ER),プロゲステロン受容体(PgR),HER2受容体の発現は陰性であった。
胸腹部CT検査:遠隔転移を認めなかった。
手術所見:乳房部分切除術のみ行い,腋窩リンパ節に対する生検は省略した。
病理組織学的所見:腫瘍胞巣は円形の核を有する上皮性細胞および楕円形の核を有する細胞による二相性の構成成分よりなり,前者は真の管腔を形成するのに対し,後者は基質成分を容れ間質と連続する部分も見られた(図3a,b)。免疫組織化学的に前者はpan-cytokeratin(AE1/AE3)およびc-kit(CD117)が陽性であるのに対し,後者はこれらには陰性で,α-smooth muscle actinおよびp63が陽性で筋上皮細胞としての形質を有することが示された(図4a-d)。以上より腺様囊胞癌と診断した。なお,これらの細胞の多くはEGFRに陽性,特に上皮性細胞の殆どはhigh molecular weight cytokeratin(CK5/6,34βE12)に陽性で,ERおよびPgRは陰性であった。
手術摘出標本の病理組織像(HE染色)
a:腫瘍の全体像(×20)。
b:腫瘍組織は上皮性および筋上皮性の所見を呈する二相性のパターンを示していた(×400)。
手術摘出標本の同一視野の免疫組織化学染色像(×400)
(a)pan-cytokeratin(AE1/AE3)(b)c-kit(CD117)(c)α-smooth muscle actin(d)p63
上皮性の腫瘍細胞はpan-cytokeratinおよびc-kitが陽性で,筋上皮性の腫瘍細胞はα-smooth muscle actinおよびp63が陽性である。
浸潤径は10mm,ly0,v0,組織学的グレード1,Ki67: 2.9%,断端陰性であった。
術後経過:経済的理由で放射線治療や術後薬物療法を行わず経過観察する方針とした。術後5年1カ月まで再発を認めていない。
腺様囊胞癌は,多くの臓器に発生するが,その中でも唾液腺に好発する悪性腫瘍である。乳腺原発の腺様囊胞癌は,Geschickterが1945年に最初に報告し,Stewartが1946年にARMED FORCES INSTITUTE OF PATHOLOGYの第1版に唾液腺原発の腺様囊胞癌に類似する乳腺原発の腺様囊胞癌の診断基準を記載した[2]。本邦の乳癌取扱い規約では特殊型に分類され,その発生頻度は女性乳癌の約0.1%以下と稀である[1]。
女性の場合,診断時の平均年齢は64歳で,約50%は乳輪下領域に発症し[1],左右差や両側発生の傾向はない[2]。発見契機について特徴はなく,一部の報告で腫瘤に一致した疼痛と腫瘍細胞による神経周囲侵襲との関連性が示唆されてきたが,一般的にはそのように認識されていない[2]。画像診断も特徴的な所見はないが,マンモグラフィ,超音波検査ともに本例のような境界明瞭な腫瘤として発見されることが多い[1~3]。200例以上の手術症例報告を見ると,組織学的T因子がT1あるいはT2の割合は90~95%,リンパ節転移は1.7~6.1%,遠隔転移は1~2.9%に認められ,10年生存率は90~95%と比較的限局した予後良好な腫瘍であることが理解できる[4~7]。
男性乳腺原発の腺様囊胞癌は,検索しえた範囲では本例を含めて12例で,うち本邦からの報告は3例のみである[8~13]。12例のうち6例が東アジアからの報告であった(本邦3例,韓国1例,中国2例)。診断時の平均年齢は45歳(13~82歳,6例が40歳未満)で,女性と比較して若年発症が多かった。診断時に遠隔転移(肺,骨)を認めた1例を除き,手術が行われた。腫瘍径は10~37mm,腋窩リンパ節転移は2例,術後再発は1例に認めた(詳細不明)。一見転移や再発の割合が女性より多い印象があるが,症例が少なく女性との比較は困難である。男性の場合,乳腺疾患に対する関心がなく罹患期間が長くなるため,進行した病期で発見されることが多いと考えられる[13]。
組織学的には,豊富な基底膜様物質を産生しつつ,上皮性および筋上皮性の所見を呈する腫瘍細胞が二相性を示して増殖する[1~3]。また,唾液腺原発の腺様囊胞癌と同様にcribriform,tubular,solidといった腫瘍細胞の増殖形態があり,この組織亜型によって悪性度が異なる[2]。管状構造や篩状構造を主体とするtubular/cribriform typeと,充実性胞巣や索状胞巣を主体とするsolid typeとに分類され,悪性度は後者のほうがより高い[1~3]。更にsolid componentの占める割合によって①solid componentがない(grade Ⅰ),②solid componentが30%未満(grade Ⅱ),③それ以上(grade Ⅲ)に分類され,悪性度はグレードが上がるほど高い。本例は腫瘍の殆どが管状構造を主体とする成分で占められ(管状構造が約85~90%,篩状構造が約5~10%),solid componentの割合は約5%であった。
殆どの腺様囊胞癌は,ER,PgR,HER2受容体が陰性であることからトリプルネガティブ亜型に分類されるが,遺伝子変異の面から見ると通常のbasal typeのトリプルネガティブ亜型とは異なることが判っており[2,3],組織学的グレードやKi67抗原の陽性細胞率が低いことが特徴である[8]。一般的に腺様囊胞癌ではリンパ管侵襲は稀であるが,grade Ⅲの腫瘍はgrade Ⅰよりも高いKi67の陽性率を示す傾向が認められており,リンパ節転移を予測する指標としてもとらえられている[2]。
乳腺原発の腺様囊胞癌は低異型度悪性腫瘍に分類され,一般的には単純切除により治癒切除が期待できると認識されている[2]。また,放射線治療は乳房内再発を減少させ,全生存率や無再発生存率を延長させることが明らかになっている[3]。術式については乳頭乳輪直下に発生することが多く,しばしば乳房切除術が選択される。男性も同様に,術式を検索しえた10例のうち8例は乳房全切除術が選択されていた。先述のとおり乳腺原発の腺様囊胞癌のリンパ行性転移は少ないが,組織亜型の中ではsolid typeが他の亜型に比較してリンパ節転移をきたす傾向がある。センチネルリンパ節生検は術前生検や画像診断にて腺様囊胞癌とは異なる組織型が併存している場合,腫瘍径が3cm以上ある場合,高度亜型の腺様囊胞癌である場合に推奨される[2]。本例は,患者が乳房部分切除術のみを希望したこと,画像検査で有意なリンパ節腫大を認めないこと,針生検の病理標本においてsolid componentが殆ど認められないことなどから乳房部分切除術単独を選択した。切除標本の病理学的検索で断端部に腫瘍は見られず,患者の希望で放射線治療は省略した。
薬物療法については,高いグレードや腋窩リンパ節転移症例を化学療法の適応とする報告もあるが[3],それを支持するエビデンスは見られない。2013年のザンクトガレンコンセンサス会議では,極めて良好な予後を理由にトリプルネガティブ乳癌であっても腋窩リンパ節転移陰性であれば化学療法は行わなくてもよいだろうと述べられている[14]。本例は腋窩リンパ節郭清,放射線治療,術後薬物療法を行っていないが,その後再発を認めていない。
唾液腺原発の腺様囊胞癌と同様に,乳腺原発の腺様囊胞癌でも細胞周期の制御に関係するKIT蛋白の発現が高率に認められる。但し,KIT遺伝子の変異は確認されておらず,消化管間質腫瘍や慢性骨髄性白血病の分子標的薬として用いられているKITのチロシンキナーゼ阻害薬であるイマニチブが,腺様囊胞癌に有効であるという報告はない。今後もKIT蛋白のような分子マーカーの解析が期待される。
極めて稀な男性乳腺原発の腺様囊胞癌の症例を経験した。予後の良いトリプルネガティブ乳癌が多く,術後薬物療法については未だ議論の余地がある。今後もさらなる症例の集積によって,臨床病理学的特徴や分子マーカーの解析が期待される。