Official Journal of the Japan Association of Endocrine Surgeons and the Japanese Society of Thyroid Surgery
Online ISSN : 2758-8777
Print ISSN : 2186-9545
Postoperative bleeding after discharge of thyroid and parathyroid surgery
Sanae Nitta
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2019 Volume 36 Issue 2 Pages 84-88

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抄録

甲状腺・副甲状腺の術後出血のほとんどは術後24時間以内,すなわち入院中に発症する。しかしわれわれは極稀であるが,退院後に術後出血を発症した症例を経験した。退院後の後出血への初期対応は患者本人や家族,たまたま近くに居合わせた非医療従事者があたることになる。2009年9月から2017年4月までで退院後に術後出血を発症した5例の発症状況を詳しく調査し,キーワードとなる主訴と,患者からの問い合わせに対する対応方法や患者指導について検討した。5例の術後出血は術後平均9.0日目に発症していた。5例に共通していた主訴は「急に腫れてきた」であり,次に「痛い」「息苦しい」であった。よって退院後数日の患者から「急に腫れてきた」「息苦しい」「痛い」という主訴の電話があれば緊急事態の可能性があることを認識し,速やかに対応を指示できる体制を構築する必要がある。また,看護師がどのように退院時患者指導を行えば適切に対処できるかの検討も重要と考えた。

<はじめに>

甲状腺・副甲状腺の後出血への対処は一刻を争う緊急事態であるが,後出血のほとんどは入院中に発症する[]。われわれの施設では直ちに再開創を行い,事なきを得ている。

しかし極めて稀であるが退院後に後出血を発症することがある。退院後に発症した後出血への初期対応は,患者本人や家族,または近くに居合わせた非医療従事者があたることになる。残念ながら一般医療機関や社会全体では,その対処方法についてほとんど知られておらず,対策は万全とはいえないのが現状である。われわれの施設では基本的に術後5日目に退院となるが,電子カルテの記載から検索が可能な範囲内で調べたところ,退院後に後出血を発症した事例が5例あることが分かった。患者が異常を自覚し,最初にとった行動は当院へ電話をかけることだった。そこでこれら5例について,電話でどのような訴えがあったのか,および再開創に至るまでどのような経過であったのかを調査した。

<症 例>

2009年9月から2017年12月までの電子カルテを検索し,退院後に後出血を発症したことが記載されていた5例。症例の背景は表1に示す通りである。

表1.

「患者背景」

ケース1

術後10日目に患者から「入浴後にみるみる頸が腫れてきた,かちかちに硬い,痛みもでてきた」という電話が入った。当直医は後出血から窒息の可能性を考え,救急病院受診を勧めた。私達は救急病院へ搬送されたと安心していた。ところが,搬送されたX救命センターでは到着時にすでに喘鳴があり,気管内挿管を試みるも気道確保ができず意識消失し,緊急で再開創が行われ救命されたことを後日の報告で知った。まさに危機一髪であった。やはり呼吸状態の変化が認められた時点では,日頃から慣れている医師であっても気管内挿管は困難であり,避けるべきであると改めて思う事例であった。

ケース2

術後8日目に患者から「外出先で急に頸が腫れてきた」という電話が入った。主治医は後出血から窒息の可能性を考え,患者に救急車による救急病院への搬送を指示した。

ところが救急隊員は搬送先を見つけられず,当院へ受け入れを要請した。遠方のため主治医が救急隊員に緊急対応の必要性を説明したが,結局当院へ搬送され,到着後直ちに再開創を行った。救急隊員によると,患者の意識が清明で呼吸困難もないことから緊急性は低いと判断していたことが分かった。この患者は他府県から,高速道路を用いて搬送された。搬送中に急変し救急車内で窒息する可能性を考えると,当院への搬送は非常にリスクの高い判断だったと考えられる。

ケース3

術後9日目に患者は通常の当日診察予約の電話をかけ受診した。患者が来院してから,後出血を発症していることが発覚し緊急再開創になった。来院時の訴えは「朝起きたら急に頸が腫れてきた」であった。患者は電車で2時間かけて一人で来院しており,電車内で窒息していた可能性があった。

ケース4

術後8日目に「寝返りをしたあと急に頸が腫れてきた。息苦しい。痛い。」と電話が入った。当直医は救急病院受診を勧めたが当院を受診し,詳細な記録は確認できていないが診察室で外科医が部分切開し徐圧したところで呼吸困難が改善し,ただちに再開創を行った。患者は家族が運転する自家用車で来院したが,車内では創縫合部が一部離開し,出血が始まっていた。家族は患者がこのままでは死んでしまうかもしれないと不安だったと発言していた。

ケース5

術後9日目に「急に頸が腫れてきた,圧迫感が強くて痛い」という電話が入った。当直医は退院後の後出血は稀だが,その可能性も考えつつ当院受診を勧めた。受診時には息苦しさも出現し気管狭窄音を認めており,ただちに再開創を行った。専門病院の医師であっても,退院後の後出血を経験することは稀である。さらに電話による判断をしなければならず,迷ったケースであった。

これら5例の電話をかけてきたときの訴えを詳細に調べたところ,表2に示す3つのkeyword「急に頸が腫れてきた」「息苦しい」「痛い」があることが分かった。つまり電話でこのような訴えがあれば,緊急事態であるかもしれない,と気づく必要があると考えられた。

表2.

「患者の訴え」

<考 察>

2003年11月から2015年11月までの期間において手術件数は22,035件で再開創は278件であった。278件の術式を大別すると,副甲状腺摘出,甲状腺葉切除,甲状腺全摘,外側頸部リンパ節郭清を含む甲状腺全摘,縦隔郭清を含む甲状腺全摘がある。副甲状腺摘出で再開創を必要としたケースは少なかったが,それ以外では手術の大きさに関係なく発生しており,小さい手術だからといって後出血が少ないと安心できるわけではない。疾患による比較ではバセドウ病が優位に多かった。これは文献でも同様の報告がみられる。[,]また性別による比較では,男性が有意に多かった。初回手術と再手術には有意差はなかった。術者の熟練度による比較では,対象期間内にわれわれの施設に在籍した14名の指導医・専門医の再開創率の中央値は1.22%であり,この値に最も近い医師と,再開創率が最も高い医師,最も低い医師との間にはそれぞれ有意差は認められなかった。熟練した術者なら後出血を起こさないというわけではない。また対象期間中にわれわれの施設に在籍し,トレーニングを受けた専修医では1人あたりの手術件数が100件を超えたあたりから,再開創が発生していた。たとえば,年間1または2例しかない施設では単純計算で100件を経験するのに50年かかることになる。よって甲状腺・副甲状腺の手術件数が少ない施設では,入院中の再開創であっても非常に稀なことであり,スタッフが直面するケースは少ないことが推測される。

図1は,278件の再開創手術のうち,手術開始時間が記載されていた84例について,初回手術後から再開創開始までの時間をプロットしたものである。ほとんどの再開創は術後24時間以内に施行されていた。再開創までの時間の中央値は6.59時間でこれは当然入院中である。

図1.

「再開創までの時間」

電話問い合わせの実態

われわれの施設には日々電話によるさまざまな問い合わせが年間約2,000件あり日中の電話対応は,相談室対応看護師4名が2名ずつで分担している。電話の問い合わせだけでなく,対面による相談も含めて対応後には電子カルテのテンプレートを用いて内容を記録している。2016年9月から2017年12月までに電話対応を行った4,997件の内容を調査してみると,後出血に関連する可能性のある「術後の症状」については127件で全体の2.54%であった。この膨大な雑多の問い合わせの中から,緊急性のある後出血の可能性がある電話を選別しなければならないことになる(図2)。これら「術後の症状」の中から,頸部の腫脹に関する問い合わせ内容を見てみると,創部および頸部の腫れは29件,痛みが3件,その他が95件であった。この29件のうち1件がケース2にあたる。創部および頸部の腫れの中でも,緊急性のある後出血に関する問い合わせは非常に稀なものであった。また,後出血と紛らわしい問い合わせとして浮腫やリンパ液貯留に関するものがある。私達が調査した中では,この場合は患者が「頸がブヨブヨしている」と訴えており,この点に留意すると後出血との判別が可能と考えられた。

図2.

「2016年9月~2017年12月電話対応件数」

われわれの施設での電話問い合わせ対する対策

われわれの施設では患者が日中電話をすると,最初に非医療者であるスタッフが対応する。そのため緊急性のある電話に適切に対応するため図3のようなフローを作成した。よくある雑多な電話は,看護師へ「患者からの問い合わせです」と伝えて繋ぎ,看護師が通常対応で時間をおいても問題ないと判断できるようにする一方,術後間もない患者からの電話で,前述した3つのkeywordのうち一つでもある場合には,看護師へ第一声「患者が急に頸が腫れてきたと言っています」などの患者の訴えを具体的に伝えるように変更し,看護師が緊急性のある電話であると認識することができるようにした。

図3.

「われわれ施設での電話問い合わせに対する対策」

退院時の患者指導

さて,退院時の患者への説明の中に後出血の内容を含めるべきかどうか,という課題がある。甲状腺・副甲状腺出後患者の多くは退院後すぐに社会復帰が可能性がある。よって,たとえば「退院後でも後出血をおこし,窒息する可能性があります。」と詳細な説明を行うことは患者へ過剰な恐怖心を煽る可能性がある。私達は,どのような説明を行えば患者の適切な対応へつながるのかを検討しているが,うまくバランスをとるのは非常に難しいと感じている。

<まとめ>

今回紹介した事例はすべて運良く窒息を免れている。退院後の後出血は非常に稀であるが,異常を自覚した患者はまず病院へ電話をかけてくる。雑多な電話問い合わせの中から,緊急性のある電話を選別する方法として,甲状腺・副甲状腺手術後間もない患者からの「急に頸が腫れてきた」「息苦しい」「痛い」という訴えには緊急事態の可能性がある,と認識することが有用であると考える。

また一般医療機関では対処方法を知らないスタッフも,こういう緊急事態に直面する可能性がある。緊急性や対処方法をひろく啓蒙する必要があると考える。

【文 献】
 

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