Official Journal of the Japan Association of Endocrine Surgeons and the Japanese Society of Thyroid Surgery
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Unique pathological features and genetic alterations underlying the WHO classification of thyroid tumors
Tomohiro ChibaAyumi SumiishiHiroshi Kamma
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2019 Volume 36 Issue 3 Pages 146-150

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抄録

甲状腺腫瘍の分類はWHO第4版において,いくつかの項目が変更された。分化型甲状腺癌に関しては,項目の変更以上にTCGA(The Cancer Genome Atlas)の遺伝子解析結果とその解釈に関する記載が目立っている。中でも分化型甲状腺癌である乳頭癌はBRAFV600E変異がドライバー遺伝子となるBVLタイプとH/K/NRAS変異がドライバー遺伝子となるRLタイプに大別されることが強調されている。こうした分子診断によるサブグループ分類は,濾胞癌や良性の濾胞腺腫にまで拡大される可能性がある。病理診断と分子診断の統合により,分類の最適化や治療薬開発が推進されることが期待される。

はじめに

2017年にWHO内分泌腫瘍分類第4版が発刊された[]。甲状腺腫瘍の分類に関しては,概ね第3版の分類を踏襲しているが,いくつかの点が改訂されている。WHO分類第3版を参考に作成された甲状腺癌取扱い規約第7版[]とは,この改定に伴い分類項目にいくつかの相違が生じている(表1)。すなわち,新たに作られた被包化された濾胞性腫瘍は含まれておらず,濾胞癌および好酸性腫瘍の分類が異なる。WHO分類改定にあたって,各々の組織型における予後を含めた臨床経過に関する情報が蓄積されたことは大きな影響を与えたが,TCGA(The Cancer Genome Atlas)の解析結果を代表とする遺伝子解析の集積により甲状腺腫瘍発生・増悪に関与する遺伝子変異の理解が深まったことも分類改訂の重要な根拠となっている。第4版では特に乳頭癌の遺伝子変異に関する情報とその統合的解釈が詳細に記述されており,他臓器の腫瘍において進められている病理組織診断(形態診断)に分子診断を加えた統合診断の確立を視野に入れた内容となっている。

表1.

甲状腺腫瘍WHO分類(第4版,2017年)と甲状腺癌取扱い規約分類(第7版,2015年)(一部省略)

本稿では,甲状腺腫瘍のWHO分類第4版の中で,分類項目に変化はないものの,その内容・解釈に重大な変化の生じた分化型濾胞上皮由来腫瘍に注目し,その病理学的特異性と遺伝子変異について概説する。

甲状腺腫瘍の特徴と組織分類の背景

甲状腺癌は内分泌悪性腫瘍の中で最も頻度の高い癌である。その分類に関しては他臓器の癌と同様に,良悪性と正常組織構造に対応する組織分類となっている(表1)。つまり,上皮性腫瘍としては良性の腺腫と悪性の甲状腺癌が大きな枠組みとなっており,癌には濾胞上皮由来のもの(乳頭癌,濾胞癌,低分化癌,未分化癌),C細胞由来のもの(髄様癌),異所性ないし遺残胸腺組織由来のもの,由来不明のものがある。

甲状腺癌の大部分を占める分化型甲状腺癌は,その増殖様式の違いから,乳頭癌(papillary thyroid carcinoma, PTC)もしくは濾胞癌(follicular carcinoma, FC)のいずれかに分類されてきた。2000年代に遺伝子変異の解析が進むと,乳頭癌と濾胞癌が異なる腫瘍発生のドライバー遺伝子を有することが明らかにされた[]。こうしたドライバー遺伝子の一部は,他臓器において悪性度の高い腫瘍を引き起こすことが知られているが,分化型甲状腺癌は非常に緩慢な増殖を示し,生命予後は極めて良好である。

解剖学的に甲状腺は微細な濾胞が集合した構造で,他臓器の被覆上皮や腺上皮の様な上皮と間質とを境界する基底膜構造がない。このため甲状腺癌では,間質浸潤を悪性の指標として判定できず,乳頭癌の診断には核形態変化を,濾胞癌の診断には腫瘤形成に伴い二次的に形成された被膜への浸潤と被膜内外の血管への浸潤が指標として用いられる。

一般にWHO腫瘍分類では,基本のICD-O番号に,Behavior(悪性度)コード/0-3が付加される(表2)。具体的には,/0が良性腫瘍,/1が境界悪性腫瘍ないし悪性度不明,/2が上皮内癌,/3が悪性腫瘍(=浸潤癌)である。甲状腺腫瘍の診断はこれまで良悪性(/0もしくは/3)の二者択一でなされていた。WHO第4版では,被包化された濾胞性腫瘍と硝子化索状腫瘍が/1の腫瘍として定義されたが,いずれも境界悪性病変ないし癌前駆病変というよりも,良性に近いが悪性度の断定が困難な病変と思われる。

表2.

甲状腺乳頭癌の亜型(WHO第4版,2017年)と遺伝子変異

WHO分類第4版では,臨床経過や予後などの違い,遺伝学的背景の違いにより多数の亜型が記載されている。一部には固有のICD-Oコードが付与されている。Encapsulated variant(被包化型)やPapillary microcarcinoma(微小乳頭癌)など増殖様式の分類が混在しており,亜型分類の規則性については疑問が持たれる。

甲状腺乳頭癌の亜型Variantsと特異性

乳頭癌は上述の通り,核形態に基づいて診断される特異な悪性腫瘍である。すなわち,核腫大,すりガラス状クロマチン,核溝,核内細胞質封入体といった所見で診断される。通常型乳頭癌(conventional PTC, cPTC)は乳頭状構造を呈して増殖するが,この構造自体は診断基準に含まれていないため,同様の核異型を有する甲状腺癌は組織構造にかかわらず乳頭癌とされる。すなわち,乳頭状構造がなく,濾胞構造のみの場合でも乳頭癌の核異型を有する場合には,濾胞癌ではなく濾胞型乳頭癌(follicular variant of PTC, FV-PTC)と診断される。他にもWHO第4版には構造や増殖様式などの違いから多数の亜型Variantsが記載されている(表2)[,]。亜型の中には予後不良群が含まれることや,特徴的な遺伝学的背景があることが徐々に明らかになり,病理診断上,亜型の記載は重要となっている。

予後の悪い亜型としては,円柱細胞型乳頭癌が挙げられる(甲状腺癌取扱い規約では,[濾胞上皮起源が疑わしいことから]乳頭癌の亜型ではなく独立した腫瘍として分類されている)。高細胞型(tall cell variant),ホブネイル型(hobnail variant)や充実型乳頭癌(solid/trabecular variant)も増殖,腺外進展,脈管浸潤,転移などが盛んで,高リスクとされている。びまん性硬化型乳頭癌(diffuse sclerosing variant)に関しては議論があるものの,やや高リスクである可能性が指摘されている[]。逆に予後が良い亜型としては,被包型乳頭癌(encapsulated variant)と微小乳頭癌(papillary microcarcinoma)が挙げられる[]。膨大細胞型乳頭癌(oncocytic variant)はミトコンドリア遺伝子の異常が指摘されている。予後は通常型乳頭癌と同等とされる[]。篩型乳頭癌(cribriform-morular variant)は,一部が家族性大腸ポリポーシス(FAP)に関連し,APC遺伝子変異に伴うβカテニン系の異常により発生すること,核形態も乳頭癌の典型像と異なることが明らかになっている。

分化型甲状腺癌における遺伝子異常

分化型甲状腺癌における遺伝子異常に関しては,以前より,BRAF V600E変異,RET-PTC転座が乳頭癌に多く,Ras変異やPAX8/PPARG転座が濾胞癌に多いことなどが報告されていた[]。2014年にTCGAのデータを用いた大規模な乳頭癌の遺伝子解析結果が報告され,甲状腺癌の遺伝学的背景の理解が更に深まった[]。この報告では,496例(約70%が通常型,20%が濾胞型,7.5%が高細胞型,残りが他の亜型もしくは亜型の記載なし)もの乳頭癌症例を用いて,ゲノム解析,遺伝子発現解析,メチル化解析やプロテオーム解析などの多角的な解析を加えている。この結果,全体の約96.5%の症例においてドライバーとなりうる遺伝子の変異が確認された。

このTCGAの結果,いくつかの重要な知見が報告されている。第一に,乳頭癌における体細胞変異の数は一般的な他臓器の悪性腫瘍と比較して少ない。これは分化度が高く,予後が良いことに一致している。予後が悪い高細胞型乳頭癌では最も変異の頻度が高かった。第二に,主要なドライバー変異として7つの遺伝子が同定された(BRAF, HRAS, KRAS, NRAS, EIF1AX, PPM1D, CHEK2)。第三に,高い頻度(15.3%)で多彩な遺伝子転座が認められた。これらの転座はBRAF, RASなどのドライバー変異とは相互排他的であった。第四に,コピー数変化(somatic copy-number alterations, SCNAs)も高い頻度(27.2%)で認められた。これらはドライバー変異や転座のない症例に集積しており,主に濾胞型乳頭癌に認められた。第五に,microRNA(miR)発現パターンが甲状腺分化度と相関していた。miR-21高発現は高細胞型に特徴的であった。

最終的に,PTCは,やや分化度の低いBRAFV600E-like(BVL)とより分化度の高いRas-like(RL)に大別されることが明らかとなった(図1)。BVLではBRAFを介し,MAPK経路が強く活性化されており,増殖活性が高いと考えられる。RET/PTC転座はこのBVLに含まれる。RLではMAPKとPI3K経路が活性化されるが,MAPKは主にCRAFを介して活性化され,フィードバックにより活性が抑制されている。この結果,増殖活性はやや弱く,PI3K経路を介した抗アポトーシス作用が強いと考えられる。V600E以外のBRAF変異やPAX8/PPARG転座はRLに分類され,EIF1AX変異やNTRK1/3転座の一部もRLの可能性がある。

図1.

甲状腺腫瘍における遺伝子異常と細胞内シグナル伝達経路

2016年には,韓国のグループが,微少浸潤型濾胞癌(30例),濾胞腺腫(25例),乳頭癌(77例)の遺伝子発現解析の結果を報告した[]。この報告においても,高分化な腫瘍がBVL,RLとnon-BRAF-non-RAS(NBNR)の3つのサブグループに分類されることが示された(図1)。BVLは通常型乳頭癌が主体であり,濾胞型乳頭癌や微少浸潤型濾胞癌はRLに分類された。NBNRはDICER1, EIF1AX, IDH1, PTEN, PAX/PPARG, SOS, SPOP, EXH1, SOS1などの変異と関連しており,濾胞腺腫,微少浸潤型濾胞癌が主体で濾胞型乳頭癌も含まれていた。上記のTCGAと比較して,一部の遺伝子の分類に相違が認められたが概ね同様の結果である。

TCGAの解析では甲状腺関連遺伝子の変異は非常に頻度が低かったが,0.5%程度にTSH受容体の変異が確認されている。また,これまでの報告から,機能性甲状腺腫にTSH受容体,GNASなどの変異が関与することが報告されている[10]。こうした良性病変から分化型甲状腺癌までに遺伝学的な連続性や関連性が認められる可能性がある。

遺伝子解析により,多くのことが明らかにされた一方で残された疑問もある。特徴的な乳頭癌の核異型に関連する遺伝子は明らかでない。RLに含まれる腫瘍は多彩で,悪性度に大きな幅があると推定されるが,遺伝子変異による区別はされていない。ERKおよびPI3K以外の甲状腺癌に関与する細胞内メカニズムもいまだ明らかでない。今後さらなる解析が待たれる。

Hüthle細胞腫瘍について

Hüthle細胞腫瘍(好酸性細胞腫瘍)は,WHO第3版において濾胞腺腫の特殊型とされていたが,第4版では独立した腫瘍群として定義されている。良性のHüthle細胞腺腫と悪性のHüthle細胞癌とが定義されており,それぞれ第3版の濾胞腺腫および濾胞癌のOncocytic variantがそのまま移行したものである。乳頭癌の好酸性亜型に関しては,Hüthle細胞腫瘍に含まれていない。腺腫と癌の鑑別基準は濾胞性腫瘍と同様であり,被膜浸潤の有無で判断される。他の濾胞性腫瘍との違いは,Hüthle細胞腫瘍の場合,腫瘍の最大径に比例して被膜浸潤のリスクが上昇する点である。最大径が3.5cmを超える場合には被膜浸潤のリスクが67%とされている。また,腫瘍径に加えて,索状ないし充実性の増殖パターンや壊死,核分裂像などが予後と相関するとされている。第4版の改訂において濾胞癌の分類が3つに細分化されたにも関わらず,Hüthle細胞癌は一つの項目である。

Hüthle細胞腫瘍の遺伝学的背景に関しては,上記の韓国のグループの解析から,ESRRAPPARGC1Aなどのミトコンドリア生合成系の遺伝子発現パターンをしていることが示されている[]。

硝子化索状腫瘍について

硝子化索状腫瘍は,腫瘍細胞の索状増殖と硝子化(基底膜物質の沈着)を特徴とする濾胞上皮由来の腫瘍であるが,乳頭癌と同様の核溝,核内細胞質封入体が認められる。このため,細胞診上は乳頭癌との鑑別が問題となる。

硝子化索状腫瘍に関しては,WHO第3版においてICD-Oのコード末尾が/0であったが,第4版ではICD-Oのコード末尾が/1に変更されている。1987年にCarneyらが硝子化索状腺腫として11例を報告したが[11],その後,一部の症例に被膜浸潤,脈管浸潤やリンパ節転移など悪性を示唆する所見が報告され,硝子化索状腫瘍と名称が変更された。2008年の報告では,硝子化索状腫瘍119例中,転移を認めたのは1例のみであった[12]。

硝子化索状腫瘍の遺伝学的背景に関しては,最近,whole-exomeとRNAのシーケンスから,PAX8/GLIS3(93%)ないしPAX8/GLIS1(7%)の転座が認められると報告された[13]。他の報告でもPAX8/GLIS3の転座が硝子化索状腫瘍に特異性が高いことが確認された[14]。

展 望

今後も遺伝子解析の結果に従い,甲状腺腫瘍の再分類が継続,発展して行くと考える。大規模な遺伝子解析により,多少の相違があるものの,欧米でも韓国でも分化型甲状腺癌がBVLとRLというサブグループに大別されるという類似の結果が得られたことは非常に興味深い。また,TERTプロモーター変異など組織型や遺伝子発現パターンと独立した高リスクマーカーの存在が確認されたことも重要である。分化型甲状腺濾胞上皮由来腫瘍をサブグループに分類し,高リスクマーカーの有無を加味することで自然経過や治療反応性を予測できる可能性がある。甲状腺癌はそもそも予後が良い悪性腫瘍であるが,病理形態診断に分子診断を統合した分類の最適化により,一部の予後不良群が抽出可能となる。また,ドライバー遺伝子の変異と関連する細胞内シグナルの解析によって新たな分子標的薬の開発が期待される。

【文 献】
 

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