日本内分泌・甲状腺外科学会雑誌
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特集2
甲状腺穿刺吸引細胞診の合併症と医療安全
北川 亘
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2020 年 37 巻 1 号 p. 44-50

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抄録

甲状腺穿刺吸引細胞診は甲状腺腫瘍の鑑別に必要な検査であり,低侵襲で安全な検査手技である。しかし,ときに緊急処置が必要な出血や急性のびまん性甲状腺腫大などの合併症が起こることがある。出血に関しては緊急手術が必要になったり,死亡例も報告されている。甲状腺穿刺吸引細胞診の合併症を細胞診に携わる医師をはじめ,臨床検査技師,看護師が十分理解することが重要である。合併症発症時には的確に対処することが,医療安全の面からも極めて重要となる。この章では,甲状腺穿刺吸引細胞診の主な合併症に関して概説した。

はじめに

甲状腺穿刺吸引細胞診は,超音波検査とともに甲状腺疾患の診療に欠かせない検査である。低侵襲で安全な検査と考えられているが,時に穿刺後の急速な甲状腺の腫大[21]や出血による呼吸困難・手術例[2226]や死亡例[27]も報告されている。甲状腺穿刺吸引細胞診の合併症を十分理解し,その発生を念頭にした安全対策や危機管理が重要と考えられる。この章では,甲状腺穿刺吸引細胞診の合併症を中心に解説する。

禁 忌

甲状腺機能亢進症を伴うバセドウ病や皮膚に感染を伴う場合,副甲状腺腫瘍は原則禁忌である。臨床的には軽度の甲状腺機能亢進症の状態で,穿刺しなければならないことも実際は遭遇する。どの程度までの機能亢進であれば,穿刺が許容されるのかの甲状腺機能の上限にはエビデンスはない。特別な症例を除き,甲状腺機能が正常になってからの穿刺を心がけるのは言うまでもない。

説明・同意書

甲状腺腫瘍の診断に穿刺吸引細胞診は必須の検査であり,検査前に口頭や文書にて説明される。適応に関しては日本乳腺甲状腺超音波医学会では囊胞性病院と充実性病変で異なり,充実性病変では5mmより大きく悪性を強く疑う腫瘍は,一度細胞診をしておくことを推奨している[28]。出血や感染などの合併症の発症の可能性もあり,近年の医療情況から同意書は必須のものとなりつつある。

また外来での説明では,少数ながら検体不適正になる可能性を言及しておくほうがよい。穿刺後細胞診診断が検体不適であると,なかには患者とトラブルとなる可能性がある。

杉野[29]は穿刺吸引細胞診を行わなかったことで訴訟に発展した事例を紹介している[平成17年8月31日東京地方裁判所 平成15年(ワ)第17363号損害賠償請求事件]。結果的には患者の請求棄却になっているが,甲状腺腫瘍に対する穿刺吸細胞診を怠ったことで手術適応を誤った過失と説明義務違反が問われた。医療訴訟は医師をはじめ,医療スタッフに精神的時間的負担が多く無用なトラブルは避けることが望まれるので,穿刺の適応,および合併症に関して十分に患者に説明をし,同意をとることは医療安全の面からも重要である。

穿刺後,出血やびまん性の甲状腺腫大など合併症が発症した場合は,早期であれば患者が院内におり緊急対応が可能だが,帰宅中や帰宅後など遅発性に発症する場合もある。穿刺後どの程度院内で経過観察するかはそれぞれの施設で異なるが,少なくとも緊急時はいつでも患者側から連絡ができる体制は必要である。

抗凝固薬・抗血小板薬への対応

抗凝固薬・抗血小板薬内服中や血液透析患者は,細胞診後の血腫の可能性が高くなると考えられ,対応には注意をする必要がある。事前に内服を中止するか否かはそれぞれの施設で対応はさまざまである。大事なことは,穿刺後注意深く観察し,血腫を見逃さないことが必要となる。当院では抗凝固薬・抗血小板薬は内服を中止せず,穿刺後の圧迫止血時間を通常より延長して対応している。通常5分,抗凝固薬を内服している場合は10~15分圧迫し止血している。

穿刺時の注意事項

検査前に患者の緊張や不安を軽減する配慮をし,穿刺時には,声を出さないこと,飲み込まないこと,動かないことを説明し,患者の協力をえる。声を出したり,嚥下すると穿刺中に甲状腺が移動し,正確に穿刺ができず不要な出血が起こる可能性があり危険である。山田ら[30]は穿刺中に患者が嚥下運動を行ったため穿刺針が曲がり,甲状腺出血を起こし気道狭窄を呈した症例を報告している。

合併症

疼痛・違和感

本邦では通常22G程度の穿刺針を用いるが,疼痛を訴えることもある。事前に安全な検査であること,穿刺針は細いことなど患者と十分なコミニュケーションをとり,患者を安心させてから施行することも重要である。疼痛時は穿刺部を冷却して対応している。

心配性や非協力的な患者,痛みを怖がる患者や針恐怖症の患者,腫瘍が深部にある症例,触知しない症例は局所麻酔を使用するとの報告もある[31]。また,小児症例には使用するとの報告もある[31]。

血圧低下,ショック症状

穿刺後から,気分不快,血圧低下,徐脈,失神を起こすことがある。針を刺す緊張から起こる血管迷走神経反射(Vaso Vagal Reaction:VVR)と考えられ,転倒しないように補助し,頭部を下げ下肢を挙上し対応する。

出血,血腫,皮下出血

穿刺針での血管損傷,穿刺後の圧迫止血不足などの原因で起こる。少数ではあるが穿刺後の高度な出血は,呼吸困難を呈する重篤な合併症である。甲状腺穿刺は,通常超音波下で行うことが推奨される。これは,標的腫瘍の診断に適した部位から細胞を採取するためであるが,穿刺時はドプラエコーで血管を確認し穿刺経路は血管をさけて穿刺することも,穿刺後の出血・血腫を避けるため重要となる。

穿刺後,挿管が必要になったり,手術を施行した症例[2226]も報告されており,穿刺後の出血に関しては十分な注意が必要である。甲状腺穿刺吸引細胞診後,出血で手術となった症例を表1に示した。

表1.

甲状腺穿刺吸引細胞診後,出血による手術症例

また,左葉の甲状腺腫瘍の穿刺吸引細胞診を施行し帰宅後,細胞診を施行して5時間50分後,自宅で死亡していた症例も報告されている[27]。この症例は剖検所見で,甲状腺左葉前面の高度な出血および喉頭腫脹・浮腫,気道狭窄が指摘されている。

腫瘍の播種,穿刺経路の再発

細胞診の穿刺経路に悪性腫瘍が再発することがある。Itoらは0.14%と報告している[32]。ほとんどが乳頭癌であるが,稀に濾胞性腫瘍も報告されている[3334]。再発は皮下や筋肉内に認められ,局所切除が行われる。

腫瘍の播種や経路再発を避けるには,不必要な頻回の穿刺吸引を避けること,穿刺針を抜く前に陰圧を完全に解除すること,より細い針での穿刺が推奨される。

図1に当院で経験した腫瘍の穿刺経路播種症例を示した。

図1.

穿刺経路再発例

a.穿刺部位に皮下腫瘤を認める。

b.切除標本(HE染色)真皮から皮下組織にかけて甲状腺乳頭癌の転移が認められる。

感 染

感染予防のため,皮膚刺入部とプローブカバーを消毒する。当院では消毒液はクロルヘキシジングルコン酸塩1WV%エタノール液を用いており,アルコール禁ではベンザルコニウム塩化物0.025WV%液を用いている。

感染は健常者にも起こるが,糖尿病,免疫不全患者にも注意が必要である[3536]。十分な感受性のある抗生剤投与を行い,場合によってはドレナージや甲状腺切除が必要になることもある。

Nishiharaら[37]はアトピー性皮膚炎合併の囊胞の患者で細胞診後,Thyrotoxicosisを伴った急性化膿性甲状腺炎を発症した症例を報告している。

嗄声,反回神経麻痺

穿刺後,一過性の声帯麻痺が起こることがある。Newkirkら[38]は234例中2例0.85%に一過性の嗄声が,Tomodaら[39]は10,974例中4例0.036%に一過性の反回神経麻痺が起こると報告している。穿刺後の血腫による神経の圧排や炎症の影響,直接穿刺針で反回神経を損傷することなどから起こる。6カ月以内に回復することが期待される。

気胸,気管損傷[4041

甲状腺下極の腫瘍や縦郭内甲状腺腫の場合,エコー下で十分針先を確認しないで穿刺を行うと,穿刺針が胸腔内に達して気胸を発生することがある。針先を十分エコーで確認し,もし確認できないときはそれ以上穿刺針を進めないで再度針先を確認するか,一度穿刺を中止し再度穿刺することが重要である。

気管周囲の石灰化を伴うような固い腫瘍の穿刺では,石灰化部位を貫通できないために穿刺針を強く押しすぎると,一気に石灰化部とともに気管内腔まで貫通してしまうことがある。気管を貫通すると咳や喀血が出現する。施行医は急に抵抗がなくなり吸引陰圧がかからず,すぐに貫通したことがわかる。再度穿刺しなおす必要がある。

急速びまん性甲状腺腫大[121

急性びまん性甲状腺腫大は穿刺直後に甲状腺がびまん性に腫大し,頸部圧迫感,疼痛や呼吸困難を訴える。1982年にHaasが報告した[]。Yamadaら[11]は細胞診施行例2,742例中4例に認められ,出現率は0.15%と報告している。急性びまん性甲状腺腫大の報告症例を表2に示した。

表2.

甲状腺穿刺吸引細胞診後の急速甲状腺腫大症例

報告例38例中20例52.6%は,穿刺後10分以内に出現している[1114171921]。14例36.8%は穿刺後1時間以上経過してから出現している[11141820]。甲状腺はびまん性に腫大することが多いが,稀に細胞診をした側のみが腫大することがある[21]。

冷却で軽快することが多いが,ステロイド投与が行われることもある。また,通常は保存的に軽快するが,中には挿管が必要になった症例も報告されている[171920]。

エコー上はドプラで血流の乏しい樹枝状の低エコー(hypoechoic cracks)が認められる(図2)。原因は穿刺を契機に放出されたサブスタンスPやニューロキニンAなどの血管拡張物質が血管透過性を一過性に亢進した可能性が示唆されている[]が,詳細は不明である。

図2.

細胞診断後,急速びまん性腫大症例

a.細胞診前の甲状腺エコー 甲状腺左葉に40mm大の腫瘍を認める。

b.エコー下細胞診 22Gの穿刺吸引針で平行法にてエコー下細胞診を施行(矢印は穿刺針)。

c.細胞診直後の甲状腺エコー 甲状腺がびまん性に腫大している。非穿刺部の右葉も腫大しており,血流の乏しい樹枝状の低エコー(hypoechoic cracks)が認められる。

d.細胞診翌日の甲状腺エコー びまん性の甲状腺腫大は軽快している。

Thyrotoxicosis

通常,甲状腺の穿刺吸引細胞診後は甲状腺ホルモンに異常を呈することはないが,Kobayashiらは甲状腺穿刺吸引細胞診後,Thyrotoxicosisを呈した症例を報告している[42]。

おわりに

甲状腺穿刺吸引細胞診は,甲状腺腫瘍の診断に欠くことのできない極めて安全な検査である。しかし,頻度は少ないが穿刺後,急速なびまん性甲状腺腫大を起こしたり,出血により緊急処置が必要となることがある。穿刺を行う医師をはじめ,検査に携わる臨床検査技師,看護師は穿刺吸引細胞診の合併症を十分に理解することが必要である。合併症への対応を迅速にすることが,患者のリスクを回避することになり,また医療安全の面からも極めて重要と考えられる。

【文 献】
 

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