日本内分泌・甲状腺外科学会雑誌
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特集2
第8版甲状腺癌取扱い規約における第4版WHO分類の境界悪性腫瘍の取扱い
藤原 正親菅間 博
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2021 年 38 巻 1 号 p. 23-27

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抄録

2019年12月に第8版甲状腺癌取扱い規約が発刊された。病理学的事項の変更は一部に限られたが,2017年に出版された第4版の内分泌腫瘍のWHO分類との異同について説明が加えられ,整合性が図られている。4版WHO分類の大きな変更点は,被包性濾胞型腫瘍のFT-UMP,WDT-UMP,NIFTPと呼ばれる境界悪性腫瘍の概念導入である。NIFTPは,米国での被包性濾胞型乳頭癌の過剰診断,治療の反省から導入されたが,日本では乳頭癌の核所見の判定基準が厳しく,過剰診断の問題は生じていない。また,乳頭癌の核所見が疑わしいNIFTPは遺伝学的にはRAS変異を伴い,濾胞腺腫と同類の腫瘍と考えることができる。今後,遺伝学的検討が進み,境界悪性腫瘍の再評価,分類の整理がなされる可能性があると考えられる。

はじめに ―甲状腺癌取扱い規約の病理学的事項の改定の経緯―

2019年12月に第8版甲状腺癌取扱い規約が改訂,出版された[]。第7版までと違い第8版からは日本甲状腺病理学会との共同編集となっている。病理学的事項については,2017年に出版された第4版の内分泌腫瘍のWHO分類[](以下4版WHO分類)の変更点をふまえて改訂されている。第7版甲状腺癌取扱い規約から4年と短いこと,WHO分類改訂を主導した米国と日本で,甲状腺腫瘍の病理診断の現状に違いがあることを考慮し,組織診断の分類に大きな変更はされていない。ただし,4版WHO分類との異同について説明が加えられ,整合性が図られている。また,細胞診断の報告様式については第7版から変わっていない。ただし,細胞診報告様式の国内の統一をめざし,米国のベセスダシステムと日本甲状腺学会の報告様式との比較表が加えられている。

4版WHO分類と8版扱い規約分類との比較

甲状腺腫瘍の4版WHO分類と8版甲状腺癌取扱い規約分類の組織学的分類(以下8版取扱い規約分類)の比較を表1に示す。4版WHO分類における甲状腺腫瘍分類の主な変更点(●)は,1)境界悪性腫瘍概念の導入,2)濾胞癌に被包型血管侵襲性亜型の追加,3)低分化癌の診断基準の修正,4)好酸性腫瘍(Hüthle細胞腫瘍)の独立である。4版WHO分類を受けた8版取扱い規約分類の変更は,被包性血管浸潤型濾胞癌の追加のみである。本稿では,4版WHO分類の大きな変更点の1)境界悪性腫瘍概念の導入について,その背景と8版取扱い規約分類における対応,両者の整合性を図るための方法について解説する。

表 1 .

甲状腺腫瘍WHO分類(第4版)と甲状腺癌取扱い規約分類(第8版)の比較

境界悪性腫瘍の概念について

境界悪性腫瘍には,国際疾病分類腫瘍学3版(International Classification of Diseases for Oncology, 3rd;ICD/O-3)のコードで,組織型番号の後に/1:境界悪性(Borderline malignancy)が付加される[]。甲状腺は組織構築の特異性から,他臓器でみられる/2:上皮内がん(Carcinoma in situ)や非浸潤性(Noninvasive)がんの診断カテゴリーは設定されていない。他臓器では,/0:良性と/2:上皮内がんの間に前癌病変として/1:境界悪性を定めている。4版WHO分類では/0:良性と/3:悪性の間に,悪性度不明または悪性度の極めて低いと考えられる腫瘍として,/1:境界悪性の診断カテゴリーを定めたことになる。甲状腺の悪性腫瘍のほとんどを占める乳頭癌と濾胞癌は,細胞増殖が緩徐で予後は良好です。その病理診断は特殊で,乳頭癌は細胞の核所見を重視してなされる。一方,濾胞癌は細胞の核所見では不可能で,被膜浸潤や血管浸潤を根拠に診断される。その際,浸潤が“ない”もしくは“疑わしい”場合には悪性の診断名を使用しないことが原則となっている[]。

甲状腺腫瘍の4版WHO分類では,線維性被膜を有し主に濾胞状構造からなる“被包性濾胞型腫瘍(Other encapsulated follicular-patterned thyroid tumours)”とまとめられる境界悪性腫瘍の概念[]が導入されている。この中に悪性度不明な濾胞型腫瘍Follicular tumor of uncertain malignant potential(FT-UMP),悪性度不明な高分化腫瘍Well-differentiated tumor of uncertain malignant potential(WDT-UMP),乳頭癌様核所見を伴う非浸潤性濾胞型腫瘍Noninvasive follicular thyroid neoplasm with papillary-like nuclear features(NIFTP)の3つが含まれる。図1に4版WHO分類の被包性濾胞型腫瘍の診断における,乳頭癌の核所見と浸潤性増殖の程度(なし,疑,あり)を横軸,縦軸として各境界病変,FT-UMP,WT-UMPとNIFTPの位置づけを示す。

図 1 .

被包性濾胞型腫瘍の診断。

米国におけるNIFTP導入の背景

境界病変,特にNIFTPは,米国における被包性濾胞型乳頭癌の過剰診断,過剰治療の反省から導入された概念です。米国では,濾胞構造からなり乳頭癌類似の核所見を示す被包化された腫瘍は,ほとんどが濾胞型乳頭癌と診断され,甲状腺全摘術が行われました。しかし,被包性濾胞型乳頭癌は術後再発,転移せず,予後が極めて良好であったことから,過剰治療であると社会的に批判されました。そこで過剰診断,過剰治療を防ぐために,この被包化された濾胞型乳頭癌の“癌”の名称をはずし,NIFTPと変更することが2016年に米国医学会誌で提唱され[],他国での検討を待たずに,翌年発刊された4班WHO分類に採用されている。

日本甲状腺病理学会ではNIFTPなどの境界悪性腫瘍の日本での扱いについて議論を重ねました。日本での濾胞型乳頭癌の病理診断の実情は米国と異なり,過剰診断,過剰治療の問題は生じていない。そこで8版取扱い規約分類では,NIFTPをはじめとする境界悪性腫瘍の概念は導入せず,これまでとの整合性を図るべく解説が加えている。

悪性度不明な濾胞型腫瘍(FT-UMP)

濾胞構造からなり乳頭癌の核所見を示さない被包性腫瘍は濾胞癌と濾胞腺腫で,両者は浸潤性増殖の有無により分けられる。4版WHO分類では,両者の境界に浸潤性が疑われるが明らかでない腫瘍としてFT-UMPを設定している。8版取扱い規約分類では図2の如く被膜浸潤と血管浸潤を具体的基準に従い厳密に規定しているため,浸潤が明確でないFT-UMPは浸潤なしと判定され,濾胞腺腫と診断される(図3)。

図 2 .

第8版甲状腺癌取扱い規約における被膜浸潤と血管浸潤。

a)被膜浸潤は被膜を完全に突き破って被膜より周囲に突出している状態を意味し(被膜貫通),被膜内に停まる場合は浸潤と判定しない。b)血管浸潤は,被膜内もしくは被膜近くの非腫瘍部の血管を観察して行う。内皮細胞で覆われている管腔のみを対象血管とし,その管腔内に存在する腫瘍細胞集塊に内皮細胞が付着している場合と血栓が付着している場合に血管浸潤像と断定する。被膜の壁内に毛細血管,腫瘍細胞,リンパ球などが混在してみられる像は血管浸潤と断定しない。

図 3 .

濾胞腺腫とFT-UMPの関係。

悪性度不明な高分化腫瘍(WDT-UMP)

WDT-UMPは浸潤性増殖が疑わしい被包性高分化濾胞上皮性腫瘍の中で,乳頭癌の核所見があるか疑わしい腫瘍です。8版取扱い規約分類では,前項で述べたように,浸潤が疑われるが明らかでないWDT-UMPは浸潤なしと判定され,濾胞腺腫もしくは被包性濾胞型乳頭癌に分類される。

乳頭癌様核所見を伴う非浸潤性濾胞型腫瘍(NIFTP)

4版WHO分類のNIFTPは浸潤性増殖がない被包性濾胞型腫瘍の中で,乳頭癌の核所見があるか疑わしい腫瘍です。図4に乳頭癌の核所見が疑わしいNIFTPの実例を示す。NIFTPは8版取扱い規約分類では,濾胞腺腫もしくは被包性濾胞型乳頭癌に分類される。が,その振り分けは乳頭癌の核の判定基準に左右される(図5)。乳頭癌の核の判定基準に日米の病理医間で違いがあることが,以前より指摘されている[]。乳頭癌の核所見をScore 1,2,3に数値化すると,日本の病理医の判定基準は一般に厳しく,Score 3相当ですが,米国の病理医は緩く,Score 2~3相当と考えられる。米国ないし4版WHO分類では,乳頭癌の核所見Score 2とScore 3の被胞性濾胞型腫瘍がNIFTPに含まれている。日本の病理医の乳頭癌の核所見の判定基準がこれまでと同じように厳しいすると,8版取扱い規約分類では,Score 2のNIFTP(図4)は濾胞腺腫に,Score 3のNIFTPが濾胞型乳頭癌に分類されると考えられる。ただし甲状腺腫瘍の経験の少ない病理医にとっては,乳頭癌の核所見判定を厳密に行うことは難しいと考えられる。4版WHO分類が普及すれば,国内で判定困難な症例にNIFTPの診断が汎用される可能性がある[]。

図 4 .

乳頭癌の核所見が疑わしい(Score 2相当)NIFTP。

a)肉眼像,b)術前の細胞診像,c)組織像。被膜に囲まれた濾胞構造からなる腫瘍で,腫瘍細胞の核は乳頭癌類似で,ごく一部に核内細胞質封入体がみられるが,必ずしも典型的な乳頭癌の核とはいえない(Score 2相当)。

図 5 .

濾胞腺腫とNIFTPの関係および遺伝子変異。

最近の遺伝学的な検討では,NIFTPはRAS遺伝子変異とbRAF遺伝子変異を示す2つに分けられ,前者は乳頭癌の核所見が疑わしいScore 2相当の腫瘍に,後者は明瞭な乳頭癌の核を有するScore 3相当の腫瘍に対応することが明らかになっている(図5)[]。さらに予後の観点から,NIFTPの診断をScore 2の腫瘍に限定すべく,核所見の基準の追加がなされつつある。NIFTPを乳頭癌の核所見が明らかでない被胞性濾胞型腫瘍のみにすると,遺伝学的にはRAS変異を伴う腫瘍であって,濾胞腺腫と同類と考えることができる。

おわりに

4版WHO分類における甲状腺腫瘍への境界悪性腫瘍の概念導入は大きな変更と考えられる。境界悪性腫瘍のNIFTPは,米国での被包性濾胞型乳頭癌の過剰診断,治療の反省から導入されたと考えられる。が,日本では問題となっていない。その背景には,米国と日本の病理医の乳頭癌の核所見の形態学的な判定の差があると考えられる。NIFTPは濾胞腺腫と濾胞癌の間ではなく,濾胞腺腫と乳頭癌の間に設定された境界概念です。今後,遺伝学的検討が進み,境界悪性腫瘍の再評価,分類の整理がなされる可能性があると考えられる。

【文 献】
 

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