日本内分泌・甲状腺外科学会雑誌
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症例報告
若年男性の巨大囊胞形成を伴った甲状腺乳頭癌の1例
和田 雅孝黒川 貴則細井 勇人金子 行宏本原 敏司
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キーワード: 甲状腺乳頭癌, 巨大囊胞
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2021 年 38 巻 1 号 p. 32-36

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抄録

症例は33歳男性。2年前から前頸部に腫瘤を自覚していたが放置していた。増大傾向を認めたため,近医を受診し当科に紹介された。前頸部に突出する15cm大の腫瘍を認め,US・CTでは巨大囊胞が主体で,内部に充実部を伴っていた。MRIでは部分的に囊胞内出血を示唆する所見を認めた。囊胞形成を伴う甲状腺乳頭癌を疑い,甲状腺全摘術・頸部リンパ節郭清を行った。病理組織所見では異型細胞が乳頭状,濾胞状構造をとって増殖する甲状腺乳頭癌の所見で,リンパ節転移を認め,感染や未分化転化は認めなかった。MIB-1 indexは10.19%であった。術後経過は良好で,術後14日目に退院し,現在外来にて経過観察中である。比較的高い増殖能を有し,巨大囊胞を形成した甲状腺乳頭癌の1例を経験したので,若干の文献的考察を加え報告する。

はじめに

甲状腺乳頭癌は甲状腺癌の中で最も頻度が高く,発育速度が遅いため他の悪性腫瘍に比べて予後良好な疾患とされる[]。今回われわれは,比較的高い増殖能を有し巨大囊胞を形成した甲状腺乳頭癌の1例を経験したので,若干の文献的考察を加え報告する。

症 例

患 者:33歳,男性。

主 訴:頸部腫瘤。

既往歴:特記すべきことなし。

家族歴:特記すべきことなし。

現病歴:約2年前より頸部腫瘤を自覚するも,放置していた。最近増大傾向にあり近医を受診。前頸部に巨大腫瘤を認め,精査・加療目的に当科紹介となった。

入院時現症:身長 181.4cm,体重 128.0kg,BMI 38.9kg/m2,体温 36.5℃,血圧 141/89mmHg,脈拍 70回/分・整,Room airでSpO2 97%,頸部に15cm大の前方に突出した腫瘤を認め,直上の皮膚は暗赤色に変化していた(図1)。呼吸苦・嗄声は認めなかった。

図1.

頸部写真

前方に突出する15cm大の腫瘤を認め,皮膚は暗赤色に変化していた。

入院時検査所見:甲状腺機能は正常域にあった。血清サイログロブリン値が500ng/ml以上と異常高値であった。

頸部超音波検査:腫瘍の大部分は囊胞成分で,内部に血流シグナルを伴う充実部を認めた(図2a)。

図2.

術前画像所見

a.超音波:囊胞の内部に充実部を認め(矢印),血流シグナルを認めた。

b.造影CT:囊胞内部に造影効果のある充実部を認めた。

c.MRI:腹側の囊胞はT1強調画像で高信号を示した(矢印)。

頸胸部造影CT:囊胞内部に造影効果のある充実部を認めた。甲状腺上極にわずかに正常甲状腺が残存し,腫瘍の尾側は胸郭入口部から1cm程度縦隔側に及んでいた(図2b)。

MRI:腹側の囊胞はT1強調画像で高信号を示し,囊胞内出血が示唆された(図2c)。

充実部から施行した穿刺吸引細胞診はclassⅢであった。以上より囊胞形成甲状腺乳頭癌(cT3,cEX0,cN0,M0,stageⅠ)を疑い手術を施行した。

手術所見:前頸部に20cmの襟状切開を加えた。甲状腺両葉に囊胞性腫瘤を認め,一部が前頸筋に癒着しており,浸潤が疑われた。甲状腺全摘術および頸部リンパ節郭清(D1 bil)を行った。腫瘍が癒着していた両側胸骨甲状筋および胸骨舌骨筋の一部を合併切除した。上喉頭神経外枝は確認できなかったが,両側反回神経は確実に同定・温存した。

摘出標本:15×10cmの巨大腫瘤で,腹側の囊胞内容は血性であったが,背側の囊胞内容は漿液性であった(図3)。

図3.

摘出標本

腫瘤は15×10 cmで,内部には囊胞部(矢印)と充実部(矢頭)を認めた。

病理組織学所見:異型細胞が乳頭状,濾胞状構造をとって増殖する甲状腺乳頭癌の所見で,感染や未分化転化は認めなかった(図4a)。摘出した喉頭前リンパ節5個すべてに転移を認め,気管前,気管傍,甲状腺周囲リンパ節に転移を認めなかった。周囲脂肪組織への腫瘍浸潤を認め(前頸筋への浸潤はなし),pT3,pEx1,pN1a,M0,pStageⅠ(甲状腺癌取り扱い規約第7版)であった。MIB-1 index(MIB-1陽性細胞/全腫瘍細胞)は10.19%であった(図4b)。

図4.

病理組織学的所見

a.HE染色(強拡):異型細胞が乳頭状,濾胞状構造をとって増殖している。

b.免疫染色:MIB-1陽性率は10.19%であった。

術後経過:術後経過は良好であり,術後第14病日に軽快退院となった。外来にてアブレーション予定であったが同意が得られず,現在慎重に経過観察中である。術後サイログロブリン値は20.4ng/mlと速やかに低下を認め,経過観察中に増減しつつ概ね基準範囲内で推移している。

考 察

甲状腺乳頭癌の多くは充実性病変として同定されるが,囊胞形成をきたすことがある。囊胞部が腫瘍の大部分を占めるものは囊胞性乳頭癌と呼ばれ,甲状腺乳頭癌の6.9~9.1%を占めると報告されている[]。囊胞形成の機序に関しては,腫瘍組織の壊死化[,],良性囊胞壁の癌化[],細胞増殖に伴う液体の分泌[],腫瘍と周囲組織の循環障害[],未分化転化,感染,出血など[]が挙げられているが,一定の見解は得られていない。また,摘出標本の病理所見から囊胞の成因を推定することは困難とされる。自験例の病理組織学的な検討では腫瘍の壊死や循環不全,感染や未分化転化の所見は認めなかった一方,囊胞内腔に血液成分を認めた点と充実性部分のMIB-1 indexが10.19%と比較的高値であった点が特徴的であった。甲状腺腫瘍からの出血は稀にみられ[10],その要因の一つとして微細血管への腫瘍浸潤による組織虚血が示唆されている。腫瘍内出血によって巨大な頸部腫瘤を形成した報告もあり[1112],本症例でも腫瘍出血が囊胞内に貯留した可能性がある。

MIB-1は細胞周期関連核タンパクであるKi67に対するモノクローナル抗体で,免疫染色法を用いて癌細胞における標識率(MIB-1 index)を測定することで,細胞増殖能を評価する。甲状腺領域でのMIB-1 indexは,Kjellmanらが濾胞腺腫,乳頭癌,濾胞癌,未分化癌で,0.5%,1.9%,2.7%,16.2%と報告している[13]。自験例では乳頭状・濾胞状増殖を示す腫瘍細胞のMIB-1 indexは10.19%で,前述の報告より高く,比較的高い増殖能を有していると考えられた。

MIB-1 indexあるいは細胞増殖と囊胞形成に関するまとまった知見はなく,確たる証拠はないが,高度な腫瘍増殖能は腫瘍出血や組織壊死を引き起こしやすく,本症例ではそれらが経過中に液状化を経て巨大囊胞を形成した可能性があると考えられた。

甲状腺における明確な巨大腫瘍の定義はないが[14],Weiらは直径10cmを超える甲状腺の腫瘍性病変を「巨大腫瘤」とした検討を行っており[15],また本邦の囊胞を伴った甲状腺乳頭癌をまとめた報告で,腫瘍径の平均が3.0cmから5.2cm程度と報告されていることから[1617],概ね腫瘍径が10cm以上の病変を巨大囊胞(腫瘍)として異論はないと考えられる。本邦での巨大囊胞を形成した甲状腺乳頭癌の報告例は,「甲状腺乳頭癌・巨大囊胞」をキーワードに医学中央雑誌(1983~2019年)で検索しえた限り,自験例を含め5例のみであった(表1)[1819]。症例の内訳は,年齢中央値が62歳(33歳~81歳)で自験例が33歳と最も若年で,男女比は女性3例に対し男性が2例であった。腫瘍径に関しては,全例が10cm以上の腫瘤で,腫瘤を自覚してから手術に至るまでの期間は,中央値が3年で長期のものでは24年後に手術が行われていた(症例4)。MIB-1 indexが測定された症例は自験例と症例4の2例のみであった。経過が長期である症例4ではMIB-1 陽性細胞を認めず,増殖活性は低かった一方,比較的経過が短期であった自験例では,MIB-1 indexが10.19%と高値を示した。一般にMIB-1 indexが高いほど腫瘍増殖能が高く,悪性度が高いとされる。近年は甲状腺乳頭癌の予後予測因子の一つとして着目されている[20]。カットオフ値の設定に議論の余地が残るが,概ね5%から10%をカットオフ値としてMIB-1 indexが高値である方が予後不良とされている。大部分の甲状腺乳頭癌は発育速度が遅く,予後良好であるが,比較的短期間に巨大囊胞を形成し,MIB-1 indexが比較的高値であった自験例のような症例では,腫瘍増殖能が高くなっている可能性があり,より慎重な経過観察が必要と考えられた。巨大囊胞形成の機序や増殖能の解明のために,今後さらなる症例の蓄積が必要と思われた。

表1.

巨大囊胞を伴う甲状腺乳頭癌本邦報告例

おわりに

若年男性に発症した巨大囊胞形成を伴った甲状腺乳頭癌の1例を経験したので報告した。

【文 献】
 

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