Official Journal of the Japan Association of Endocrine Surgeons and the Japanese Society of Thyroid Surgery
Online ISSN : 2758-8777
Print ISSN : 2186-9545
Surgery for airway invasion of thyroid cancer
Keisuke EnomotoShunji TamagawaSaori TakedaNaoko KumashiroShun HirayamaTakahito KimuraShinya UchinoMuneki Hotomi
Author information
JOURNAL FREE ACCESS FULL-TEXT HTML

2021 Volume 38 Issue 2 Pages 57-62

Details
抄録

大多数の甲状腺癌は緩徐に進行し,その予後は良好であるが,時に気道(喉頭と気管)などの周囲臓器へ浸潤し,QOLの著しい低下や不幸な転帰をたどる症例を経験する。気道浸潤する腫瘍の大多数は表層のみであり,それらは喉頭や気管の枠組みを温存して表層切除(シェービング)が可能である。一方,内腔にまで浸潤をきたした症例では,腫瘍切除に伴い気管や喉頭壁の一部に全層欠損を生じる為,再建することが必須となる。再建は切除時に欠損部を修復する一期的再建と,気管皮膚瘻を作成しておき後日に瘻孔を閉鎖する段階的再建に大別される。一期的再建手術は腫瘍の浸潤した部位と範囲より術式を選択する。気管のみの浸潤例では,環状切除や楔状切除で端々吻合再建を行う。頻度の高い輪状軟骨~気管の浸潤例は,気管と輪状軟骨の側壁を失う為,対角に位置する気管壁を切除しての再建術(テトリス再建)が望ましい。今日の気道浸潤した甲状腺癌の外科治療についてまとめる。

はじめに

甲状腺癌の気道への浸潤は,大多数が軟骨表層への癒着・浸潤であるが,時に気道内腔へ浸潤をきたし,呼吸困難,血痰などの重篤な上気道症状を呈する。その為,たとえ遠隔転移がみられる場合にも,局所コントロール目的に気道浸潤した甲状腺癌病変を切除すべきである。本稿では気道浸潤の現状について述べ,気道浸潤した甲状腺癌の外科治療について解説する。

1.気道(喉頭・気管)浸潤の現状

気道浸潤は甲状腺分化癌の概ね10%前後にみられ,決して稀な状態ではない[]。過去の野口病院における後ろ向き観察研究では,1985年~2005年に甲状腺癌初回治療を行った7,064例のうち,気道浸潤は953例(13.5%)にみられた(表1)。気道浸潤の内訳は,「気管のみ」への浸潤が742例(77.9%)と圧倒的に多く,「気管+喉頭にまたがる」ものが172例(18.0%),「喉頭のみ」が39例(4.1%)であった。ところが,気道浸潤の中でも内腔(気管粘膜)に浸潤している症例は37例(全体の0.52%)と非常に少なかった。興味深いことに気道内腔へ浸潤した腫瘍に限ると,「気管+喉頭にまたがる」ものが26例(70.3%)と最も多くなり,「気管のみ」の内腔浸潤は10例(27%),「喉頭のみ」の内腔浸潤は1例(2.7%)であった。やや古い単施設の観察研究であり,サンプルバイアスが加味されるが,解剖学的にベリー靱帯付近に発生した甲状腺癌は輪状軟骨~気管にかけて内腔に進展しやすい可能性がある。佐藤らの分化型甲状腺癌気管浸潤13例の報告によると喉頭浸潤は5例であり,うち腫瘍が気管内腔へ突出していた4例中2例において喉頭浸潤がみられている[]。さらに,菊池らは甲状腺癌で気管合併切除を行った58例で輪状軟骨切除を要したものが21例と報告しており[],われわれの観察と同じく内腔浸潤例では「気管+喉頭にまたがる」ものが多い。

表1.

初回手術における気道浸潤した甲状腺癌の割合[1985年~2005年,野口病院]

気管浸潤例の根治的気管合併切除症例では,非切除例や不完全切除例(肉眼的残存R2)と比較して,予後良好である[]。1997年~2005年の初回手術で気道浸潤の治療を行った92例の予後解析でも,頸部の非治癒切除例は治癒切除群と比較して有意に予後が不良であった(図1)。根治切除不能な甲状腺癌に対し,レンバチニブなどの分子標的治療薬が保険適応となっているが,気道浸潤した甲状腺癌では瘻孔形成をきたす可能性がある。よって,その投与は慎重にすべきであり,全身状態が許せば外科的切除が第一選択と考える。

図1.

気道浸潤症例の治療後予後解析[1997年~2005年,野口病院]。

2.気道浸潤の診断

通常,治療前の頸部超音波時に喉頭や気管との境界が不明瞭な場合に気道浸潤が疑われる(図2A, B)。Tomodaらは509例の患者の内,43例で気管浸潤を超音波にて診断可能であったことを報告している[]。しかし,高度の石灰化を伴った症例や4cmを超える大きな腫瘍,鎖骨下に伸展した32例では検出が出来なかった。McCaffreyは気管への浸潤を,深達度に応じて5つの段階に分類している(表2)[]。ステージ4,5に相当する段階では全層切除が必要となる。よって術前にこれらの深達度を含めて気道浸潤を正しく評価することは,手術の計画を立てる上で必要不可欠である。甲状腺癌の気道浸潤における深達度評価は,頸部CTとMRI検査が最も非侵襲的であり頻用される(図2C, D)。気管支鏡もしくは喉頭内視鏡を用いた声門下観察で,明らかな粘膜浸潤を認めた場合には,気道内腔粘膜を含めた全層切除が必須となる(図3)。声帯に及ぶ広範囲な喉頭浸潤が確認される場合には喉頭摘出が選択されるが,適応となる症例は限られる。

表2.

McCaffreyによる甲状腺癌の気道浸潤分類・一部改変[

図2.

気管浸潤の画像所見。(A)摘出標本にて甲状腺右葉気管に浸潤した腫瘍(*)が確認できる。矢印部分で軟骨を超えて,気道粘膜への浸潤が確認される。(B)超音波では気管壁に癒着する(矢印)腫瘍として描出される。気管内腔はArtifactが強く観察困難である。(C)CT画像にて気管軟骨への癒着が予想される(矢印)が,内腔浸潤は明らかではない。(D)造影MRI(T1)にて,気管軟骨内への腫瘍浸潤が疑われた(矢印)。

図3.

喉頭内視鏡を用いた声門下観察。ジャクソン型の喉頭麻酔スプレーを用い,4%キシロカインを3ml声帯へ直接噴霧行った後に,ミダゾラムによる鎮静を併用して声門下観察を施行した。(A)通常光にて腫瘍は気管粘膜に浸潤しており,気道内には鮮血の出血を認める。(B)Narrow Band image(NBI)観察にて,粘膜表層の毛細血管が強調される。腫瘍の浸潤範囲をより明瞭化している。

3.表層浸潤への対応

気道浸潤の大多数を占める内腔浸潤に至らない状態に対しては,シェービングによる腫瘍の治癒切除が基本である。術前に甲状腺癌の表層浸潤の有無を正しく診断することは難しい。しかし,たとえ術中診断となった場合においても,表層浸潤に留まっていれば気道のシェービングを行うことで,気道内腔を開放することなく手術を遂行することが可能である。気管粘膜を傷つけず残すシェービングは,喉頭や気管軟骨の一部まで合併切除可能であるが,切除断端に腫瘍を遺残させる可能性を伴う。しかし,甲状腺腫瘍診療ガイドラインCQ37でも記載されているとおり[],過去の報告における局所再発率は5%程度である。シェービングを行うと,切離断面より微小出血することが多く,腫瘍遺残の評価が困難となる場合がある。筆者らは,5,000倍ボスミンガーゼと吸引管(への字)にて視野確保し,11番,15番,23番メスを浸潤状況に応じて使い分けし,シェービングしている。

4.気道内腔浸潤への対応

気道内腔へ浸潤した腫瘍を切除する場合,気道粘膜を含めた全層切除となり,気道内腔が開放される。腫瘍浸潤部を中心に開放する窓状切除と,気管輪に沿って環状切除する方法がある。Ozakiらは病理学的検討により,甲状腺癌では気管長軸方向では粘膜側の浸潤は外膜側を超えることはないが,円周方向では粘膜の浸潤が外膜側の浸潤範囲を超えて広がることを報告した[]。ゆえに気管外膜側の浸潤範囲に沿って窓状切除を行うと切除断端での遺残の可能性があるとして環状切除を薦めているが,これら切除方法の違いによる局所再発率に差は証明されていない[10]。

a)一期的再建の実際

気道の内腔へ浸潤した腫瘍は,その腫瘍切除により内腔が外界に開放される。気道を端々吻合などの一期的な方法にて再建することは,気道内腔が気道上皮粘膜で覆われ最も生理的である。機能面において理想的であるうえ,整容面においても優れている。腫瘍の占拠部位に応じて,端々吻合,テトリス型再建などの選択を行う(図4)[1112]。喉頭内腔に浸潤した場合,環状切除にて健側の反回神経を温存することは解剖学的に困難である。加えて,気管と喉頭の口径に差がある為,単純な端々吻合も不可能である。よって,最も頻度の高い喉頭~気管に腫瘍浸潤が存在する場合には,テトリス型の再建を行う必要が生じる。通常の端々吻合と比較して,テトリス型再建は手技こそやや複雑となるが,吻合面が同一平面にない為,吻合部狭窄による上気道閉塞の可能性は低い。もし術後呼吸困難など発生した場合には,腹側の吻合のみ気管皮膚瘻として開放することで,窒息の回避が可能となる[11]。

図4.

代表的な一期的気管切除と再建方法の組み合わせと特徴。

一期的な喉頭気管の再建は吻合不全が10%以下に生じ,最も深刻な合併症である[1315]。Ersözは羊の気管を用い,連続縫合と単結紮を比較した所,単結紮では吻合部リークが少なかったことを証明した[16]。死体を用いた吸収性ブレイド縫合糸(バイクリル®)と吸収性モノフィラメント(PDS2®)による吻合部強度を比較した実験では,素材による違いは証明されなかった[17]。気管吻合の晩期合併症として,気管狭窄が0.3~2.7%に発生する[18]。術後の気管狭窄は上気道狭窄症状を引き起こし,ステロイド吸入などの保存的治療が奏効しない場合には気管切開や狭窄部の切除手術などの外科的治療を要する。動物モデルにおける研究では,非吸収性縫合糸モノフィラメント(エチロン®)と吸収性モノフィラメント(モノクリル®)を比較した場合は,吸収性モノフィラメントが,吸収性ブレイド縫合糸(バイクリル®)と吸収性モノフィラメント(PDS2®)を比較した所,吸収性モノフィラメントがより有意に狭窄の発生率が低いと報告されている[1920]。これらの報告から,気道再建の縫合は吸収性モノフィラメントによる単結紮が基本と考える。吻合後の気道は,気道全長の短縮による喉頭下垂が生じる為,4cmを超える様な広範囲な切除の場合は,術後嚥下障害の発生に注意する必要がある。特に吻合部張力を避ける為の舌骨上筋群切断を行う場合には,下咽頭収縮筋切除などの誤嚥防止手術の併用も検討すべきである。

b)段階的再建の実際

気管を窓状切除した場合,切除手術時は気管皮膚瘻をおき,後日に二期的・三期的な閉鎖を試みることが可能である。気管の切除範囲が小さい場合には気管孔の自然閉鎖の可能性があるが,多くは欠損範囲に応じてHinge flapを用いた二期的閉鎖や,耳介軟骨や肋軟骨の移植を置いた後に三期的な閉鎖を必要とする[21]。これらは気道内腔が気道粘膜とは異なる為,分泌物の排出困難を生じやすく術後のQOL低下に結びつく。さらに腫瘍の発生部位により気管皮膚瘻の位置が決定される為,頸部側面や喉頭直下などの一般的な気管切開とは異なる部位に位置することが多く,術後のカニューレ管理で難渋する場合が多い。加えて頸部以外にも手術操作を要し,患者への侵襲も高くなる。しかし,一期的な再建と比較して,喉頭下垂が起きないので嚥下への影響は少ない可能性がある。一部施設では耳介軟骨を予め埋め込んでおき,二期的手術として原発腫瘍切除とDP(deltopectorial flap;DP flap)を組み合わせて,即日閉鎖する試みもなされている[22]。

頸部以外への不要な手術操作を避ける目的で,様々な素材を用いた人工気管が試みられてきた。人工気管は内腔が外界に露出する環境から,感染や異物反応が起こりやすく,上皮化遅延や肉芽形成などの創傷治癒過程で問題が生じやすく,未だ気道再建の主流とはなっていない[2324]。最近では生体内での組織再生を誘導するコンセプト(in situ tissue engineering)に基づいた再生医療・人工気管の開発が試みられており[25],その実用化に期待したい。

おわりに

気道浸潤の大多数は気管表層への浸潤である。内腔まで浸潤する場合には喉頭~気管にまたがる部位に発生することが多く,現状ではテトリス型の再建が理想的と考える。嚥下への影響なども加味すると,気道全層欠損の再建には,気道内腔粘膜に近い生体組織の含まれる人工気管の開発が待たれる。

【文 献】
 

この記事はクリエイティブ・コモンズ [表示 - 非営利 4.0 国際]ライセンスの下に提供されています。
https://creativecommons.org/licenses/by-nc/4.0/deed.ja
feedback
Top