日本内分泌・甲状腺外科学会雑誌
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特集2
小児甲状腺分化癌に対する手術治療
杉野 公則伊藤 公一
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2021 年 38 巻 3 号 p. 163-167

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抄録

小児甲状腺癌においても初期治療は手術が基本である。甲状腺切除範囲についてはガイドラインも含め,海外では甲状腺全摘術が勧められている。日本においてはかつて成人のみならず,小児例においても腺葉切除術を標準術式としてきた施設が多く,良好な成績も示されている。海外からの報告は臨床的危険因子を勘案せずに全摘術と腺葉切除術での再発率を比較し,全摘術の優位性を示したものが多い。しかし,成人同様,危険因子の有無に応じたリスク分類を模索し,治療方針を検討することが望ましい。本稿では当院での経験例をもとに得られたリスク分類を紹介し,小児甲状腺癌においても,リスクの応じた手術の有用性を示した。一方で,発生率が少ない本症であるため,一施設でまとまった症例数を集積するには,長期間を要する。そのため,医療機器の精度の変遷があるため,過去と現在での症例における診断精度の差違があることが否定できない。

はじめに

成人甲状腺癌と比較して,小児期の甲状腺癌はその発生が比較的稀であり,多数例の報告が少ないため臨床的な取り扱いは不明な点が多い。2003年から2016年に当院で初回手術症例12,599例の年齢分布を示す(図1-A)。19歳以下では1.2%,さらに15歳以下では0.3%を占めるに過ぎず,さらに,1979年から2014年までに当院で初回手術した20歳以下の甲状腺分化癌288例の年齢分布年齢を示す(図1-B)。年齢ともに症例数は増加していくが,15歳以下の症例数は少なく,10歳以下は極めて稀であることがわかる。近年,成人甲状腺癌症例の発見率上昇,とくに微小乳頭癌が際立って増加し,社会的な問題となっている。一方,小児においても最近の傾向として発見率が上昇してきているという報告が相次いでいる[]。米国のSurveillance, Epidemiology, and End Results(SEER)data baseを用いた1973年から2013年まで20歳未満の甲状腺癌1,806例における発生率の変化の報告がなされた[]。1973年から2006年の期間では年1.11%の増加率であったが,2006年から2013年では年9.56%の増加率の上昇を認めたとしている。2006年から急激な上昇を見せている理由として,1)ATAから成人の甲状腺癌の診断・治療ガイドラインが作成されたこと,2)チェルノブイリ原発事故や小児期に治療として受けた放射線の影響で小児甲状腺癌が増加した影響で,超音波検査の機会の増加,3)一般診療でのCT検査数の増加によって偶発的発見が増えたことなどの可能性が指摘されている。成人同様,発生率の増加というより発見率の増加と捉える方が適切なようである。小児の場合は成人と異なり,健康診断的な医療行為が行われることは少ない。日本においては福島原発事故後の県民調査のように積極的に検索を行うことで潜在する甲状腺癌が多く発見されるが,一般診療の場では小児甲状腺癌の増加を認めることはない。当院における2008年から2017年までの全新規受診者,234,864例に対する小児の新患症例の割合の推移を示す(図1-C)。機能性疾患や良性結節症例も含まれていることや10年間という短い間であるという制限はあるが,年度による大きな変動はない。ただ,2012年の上昇は,東日本大震災による原子力発電所事故後の風評による小児の受診者の増加である。

図1.

伊藤病院における小児甲状腺症例

A)2003年から2016年までの甲状腺癌手術症例,12,599例の年齢分布。小児・若年者が占める割合は極めて少ない。

B)1979年から2014年までに当院で初回手術した20歳以下の甲状腺分化癌288例の年齢分布。

C)2008年から2017年までの全新患例,234,864例に対する小児。若年者の新患症例の割合の推移。

臨床的に小児甲状腺癌は成人甲状腺癌とはいくつかの異なる点が示唆されているため,アメリカ甲状腺学会(ATA)は成人甲状腺癌とは別個に小児甲状腺癌診療ガイドライン[]を作成し,2015年に発表した。その後,他国からも診療指針が発表された[,]が,基本的な方針はATAガイドラインを追従する内容である。その趣旨は日本からの報告例と比較して,いささか異なっていたが,これは過去には成人の甲状腺癌ガイドラインにおいても日本と欧米での治療方針の差異が指摘されていたことと同様である。しかし,近年は,その溝はかなり縮まっており,小児甲状腺癌についても今後,歩み寄りがみられる可能性はある。小児甲状腺癌は発見時にすでに進行性であることが多いものの手術や放射性ヨウ素治療によく反応するため,生命予後は良好とする報告が多い。成人例と同様な視点で診断や治療にあたるべきか,特別な臨床的一群として取り扱うべきか,明確な答えはない。本稿では小児甲状腺癌の大半を占める分化癌について,治療の基本である手術療法について概説する。蛇足ながら,小児甲状腺癌とはATAガイドラインが示しているように18歳以下の症例を指すことが主流になってくるものと思われる。

手術療法

1)甲状腺切除範囲

成人と同様に小児甲状腺癌における治療の第1選択は手術である。乳頭癌においては術前にほぼ診断がついているので,術前検査により病巣の広がりを診断し,治療方針をたてる。ATAガイドラインで採用されている甲状腺全摘術を推奨している報告の多くは,葉切除術例と全摘例の再発率を比較したものである[10]。例えばMayo clinicからの50年以上にわたる期間での20歳以下の分化癌症例の検討を示す。腺葉切除例20例,全摘例65例の20年後の累積再発率を比較した結果,それぞれ35%,6%であり,有意に全摘例で再発が少なかったとしている[]。一方で,古い報告であるが,米国の15の多施設共同研究では21歳以下の365例の検討では全摘術例と腺葉切除例での再発率の比較では有意な差はなかったことを報告している[11]。多くの報告は予後因子を勘案せずに,単に甲状腺切除範囲の違いだけで再発率を比較していたものである。画一的に甲状腺全摘術を行うことが症例によっては過剰手術となる可能性もある。一方で,かつて日本では,多くの施設で術前に遠隔転移を有しない分化癌に対しては,腺葉切除ないしは亜全摘術を標準手術としていた。これは成人も小児においても同様な方針であった。そのような背景における小児甲状腺癌の治療成績が日本からも報告されている[1214]。野口病院からの報告では,20歳未満の142例の乳頭癌症例を平均21.8年の経過観察を行い,無再発生存率の危険因子を検討している[12]。かれらは甲状腺切除範囲が再発への有意な因子ではなく,必ずしも全摘術を標準手術とする必要はないと結論した。成人においてはリスクに応じた治療戦略が望ましいことがすでに提唱されているが,小児においても,その機運が高まっている[15]。

そのような背景もあり,当院から成人例と同様にリスクに応じたマネージメントの必要性を報告した[16]。その概要を紹介する。1979年から2014年の36年間に当院で初回手術治療を行った18歳以下の甲状腺分化癌症例のうち初回根治手術がなされた153例を対象とし,後方視的に予後を検討した。女性136例,年齢は7歳~18歳(15歳以下が58例),組織型は乳頭癌130例,濾胞癌23例であった。予後に関連する危険因子を求め,低危険度群を規定し,その治療方針を考察した。観察期間中央値14年で,再発34例(22%)に認めた。死亡例はいなかった。10年,20年無再発生存率(DFS)はそれぞれ83.8%,71.7%であった。DFSを主要評価項目とした多変量解析では腺外浸潤(ETE),術前判明しているリンパ節転移(cN1),リンパ節転移個数が有意な危険因子であった。これらを用いて,3つのカテゴリーに分類した。低危険度(L群):危険因子なし(n=89),中危険度(I群):危険因子1個(n=37),高危険度(H群):危険因子2個以上(n=27)に分類した。それぞれの10年,20年DFSはL群96.1%,90.1%,I群66.1%,54.1%,H群48%,28%であった(図2-A)。L群,I群,H群における甲状腺全摘例の比率はそれぞれ12%,32%,52%であった。特筆すべきはL群の88%の症例には全摘術がなされていないにもかかわらず,比較的良好なDFSが得られていたことであり,低危険度群では必ずしも全摘術を施行しなくても良いとする可能性が示された。

図2.

リスク因子保有数による治療結果

A)無再発生存率(DFS)の比較。高危険度群:リスク因子2個以上,中危険度群:リスク因子1個,低危険度群:リスク因子なし。

B)無遠隔転移生存率(DMFS)の比較。高危険度群:リスク因子2個以上,中危険度群:リスク因子1個,低危険度群:リスク因子なし。

一方で,小児甲状腺癌の特徴として遠隔転移が多いことも知られている。そこで遠隔転移に特化して,その危険因子を検討した[17]。先の期間の18歳以下の分化癌症例(初回手術時遠隔転移例も含む)171例を対象とした。29例に遠隔転移を認め,全例肺転移であった。全例の無遠隔転移生存率(DMFS)は10年,20年,30年DMFSはそれぞれ86.5%,84.3%,75.1%であった。多変量解析による遠隔転移の危険因子は性(男),cN1,ETEであった。これらを用いて,3つのカテゴリーに分類した。低危険度(L群):危険因子なし(n=102),中危険度(I群):危険因子1個(n=55),高危険度(H群):危険因子2個以上(n=14)に分類した。それぞれの20年DMFSはL群99.0%,I群71.7%,H群28.6%であった(図2-B)。術前に明らかな遠隔転移がなくても高危険度群の症例には,初期治療として甲状腺全摘術,放射性ヨウ素内用療法を考慮すべきであると考えられた。

以上のように臨床的リスクに応じた甲状腺切除範囲を選択することが望ましい。しかし,これらの検討でのlimitationとして,限られた症例数を後ろ向きの検討から導かれた危険因子であることや,長期間での集積症例であることから術前評価としてエコーなど医療機器の解像度の違いが影響を及ぼしている可能性も否定できない。

2)リンパ節郭清

頸部リンパ節郭清については,主に乳頭癌症例に考慮すべき手術である。術前にリンパ節転移が判明している場合には治療的頸部郭清が必要となる。一般的には,小児を含めた若年者はリンパ節転移が多いといわれているが,画像上明らかなリンパ節転移のない症例(cN0)には予防的中央区域リンパ節郭清が望ましいとされている[]。かつて当院を含めた多くの日本の施設では,cN0症例に対し,予防的に外側領域を含めた頸部郭清(D2郭清)を行っていた。当院でも主に2000年以前の小児乳頭癌症例に対し,基本的に予防的なD2郭清を行っていた。最近では,cN0乳頭癌症例には中央区域のみの郭清(D1郭清)を行っている。そこで,予防的D2郭清が再発,とくにリンパ節再発防止に寄与しているのか,後方視的に検討してみた。1979年から2014年の間に当院で初回手術治療を行った18歳以下のcN0乳頭癌症例のうち初回根治手術がなされた101例を対象とした。甲状腺切除範囲は16例,16%にのみ全摘術がなされ,65例,64%に予防的D2郭清がなされていた。再発に関する因子を多変量解析すると,無再発生存率では性別,腺外浸潤,無リンパ節再発生存率に関わる因子は性別のみであった。いずれも甲状腺切除範囲,リンパ節郭清範囲は有意な因子ではなかった。とくにリンパ節再発(無リンパ節再発生存率)に対するD2郭清の優位性は示せなかった(図3)。むしろ,注目すべきはD1郭清例におけるリンパ節再発の少なさであると考える。D2郭清例の方にリンパ節再発が多い傾向なのは,これらが古い症例が多く,先に述べたようにエコーなど医療機器の解像度の違いが影響を及ぼしている可能性がある。これらから,小児乳頭癌においても,cN0症例にはD1郭清のみで十分であると考えられる。しかし,組織学的な転移病巣は極めて長期にわたり,顕性化してこないことも報告されている。また,小児甲状腺癌では初回治療後30年以上経過した後にも再発や原病死が認められる[18]ということから,極めて長期にわたる観察が必要である。

図3.

予防的保存的頸部郭清(pMND)の有無による無リンパ節再発率(LNRFS)の比較。

おわりに

小児甲状腺癌は稀な疾患である。エビデンスに基づいた確実な治療指針を得るには長期わたる症例の集積が必要である。単独の施設では十分な症例数を検討することは困難であり,海外のように国家的な戦略としての症例集積が必要と思われる[]。また,既報の多くは対象例が古いことで診断技術や機器の精度の向上などによる同一線上での検討にはバイアスがかかっている可能性に留意すべきと考える。

【文 献】
 

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