Official Journal of the Japan Association of Endocrine Surgeons and the Japanese Society of Thyroid Surgery
Online ISSN : 2758-8777
Print ISSN : 2186-9545
Assessment of postoperative bleeding in thyroid and parathyroid surgery-neck circumference as a useful marker
Yusuke MoriTomohiro OsakoSeigo TachibanaShinya SatohHisakazu ShindoHiroshi TakahashiHiroyuki Yamashita
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2021 Volume 38 Issue 3 Pages 185-190

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抄録

甲状腺・副甲状腺手術後の頸部観察において頸部腫脹は術後出血を予測する上で重要な所見であるが,観察者によって大きく差が生じることがある。当院では術後頸部腫脹を頸周囲径の測定(以下,頸周囲測定法)を用いて客観的に評価している。本研究では頸周囲測定法が術後出血を予測する上での有用性について検討を行った。

2013年から2020年までの7年間に当院で行った甲状腺・副甲状腺手術症例6,300例を対象とした後方視的検討を行った。術後出血にて再開創を要した63例(以下,開創群)と期間中央で連続する1カ月間の手術症例で術後出血を認めなかった66例(以下,非開創群)の頸周囲径を比較検討した。

結果,頸周囲径の増加は非開創群では平均0cm(-1~+1cm),開創群では平均+3cm(0~+7cm)であり開創群では非開創群に比べ頸周囲径の増加が確認された(p<0.05)。術後頸部腫脹の観察において頸周囲測定法は有用であると考えらえた。一方で頸周囲径の増加を認めない症例が3.2%あり,頸部腫脹が乏しい術後出血もあるためドレーン排液量・性状など複数のモニタリングを併用し観察を行うことが重要と考えられた。

はじめに

甲状腺・副甲状腺手術後の術後出血を早期に発見するために,頸部観察を適切に行うことは極めて重要である。しかしながら,頸部腫脹の視的判断だけでは観察者によって大きく判断に差が生じることがある。また,頸部が太い症例では細い症例と比べ同程度の頸部腫脹でも頸周囲の増加割合が小さく変化するため過小評価されやすい。そのため不慣れな病棟での周術期管理で頸部変化が見落とされ医療事故につながる事例がある。当院では術後頸部腫脹の客観的な観察方法に頸周囲径の測定(以下,頸周囲測定法)を行っている。今回われわれは頸周囲測定法が術後出血を予測する上での有用性について検討を行った。

頸周囲測定法とは腹囲を測定する様に頸部にメジャーを回し頸周囲を測定する非常に簡易な方法である。手術室にて閉創後に輪状軟骨尾側約1cmの部位にメジャーを回し頸周囲径を測定,同時に測定位置にマーキングを行う。病棟では患者枕にメジャーを常時置き,マーキングを目印に定期的に医師・看護師が頸周囲径の測定と観察を行い診療録に記録を残す(図1)。

図1.

頸周囲測定法:手術終了後にメジャーにて頸周囲を測定し,測定位置にマーキングを行う。

対象・方法

2013年4月から2020年4月までに当院で甲状腺・副甲状腺手術を行った6,300例のうち術後出血のために再開創を要した63例(以下,開創群)を対象とした。また同期間の中央で連続する1カ月間に実施した手術症例で再開創を要しなかった66例を非開創群とし,診療録調査をもとに両群を以下の項目で比較検討を行った。(1)頸周囲径の増加量(2)ドレーン排液量と頸周囲径(3)ドレーン排液の性状と頸周囲径。なお,(2)ではドレーン抜去後の開創症例5例およびドレーン抜去時期と排液量が大きく異なる外側頸部郭清症例を除いた開創群47例,非開創群56例を対象とし,ドレーン排液量は両群ともにドレーン抜去までの排液量で測定を行った。

すべての症例で術後SBバック®3.5mmドレナージチューブを使用。

統計学解析にはUnpaired t-test,Chi square test,Fisher testを用いた。

結 果

対象症例の内訳では年齢,性別,体格,術直後頸周囲,術式,疾患,抗凝固剤使用について両群に偏りは認められなかった(表1)。開創群において開創時間は平均約6.5時間(中央値4.1時間)であった。

表1.

非開創群,開創群の内訳。両群間での有意差は認めなかった。

(1)頸周囲径の増加量

頸周囲径の増加は開創群では平均+3cm(0~+7cm)中央値:+2cm,非開創群では平均0cm(-1~+1cm)中央値:0cmであった。開創群は非開創群に比べ有意差(p<0.05)をもって頸周囲径の増加を認めた(表2)。非開創群では約63%(42/66例)が頸周囲径の増加を認めず,すべての症例で頸周囲径が2cm以上の増加はなかった。また開創群の約3.2%(2/63例)に頸周囲径の変化がなく,いずれもドレーン排液量の急激な増加のため再開創となっていた。出血部位はそれぞれ胸鎖乳突筋の貫通動脈および前頸静脈の分枝であった。

表2.

非開創群と開創群の頸周囲増加。

(2)頸周囲径とドレーン排液量

ドレーン排液量は開創群では平均100ml(中央値90ml,15~280ml),非開創群は平均77ml(中央値70ml,40~250ml)であり,開創群で有意に多かった(p=0.016)(表3)。開創群ではドレーン排液量と頸周囲径の増加量とに正の相関(p<0.05)が確認されたが,非開創群ではそれらの相関を認めなかった(表4)。開創群において単位時間当たりの最大ドレーン排液量と最大頸周囲径増加量ではどちらが先に確認されるか比べると,ドレーン排液量が頸周囲増加より先に認めた症例は約57%,同時期に確認されたのは約38%であり,対して頸周囲径の増加が先行したのは約4%であった(表5)。

表3.

頸周囲増加とドレーン排液量。

表4.

開創群,非開創群における頸周囲増加とドレーン排液量。

表5.

開創群(N=47)における単位時間当たりの最大ドレーン排液量と最大頸周囲増加が確認されたタイミングの比較。

(3)頸周囲径とドレーン性状

頸周囲増加とドレーン排液の性状に関しては,両群において関連性は乏しかった(表6)。ドレーン排液の性状が血性から淡血性へ移行した症例は開創群では約6%(4/63例),非開創群は約94%(63/66例)であった。非開創群において淡血性へ変化した平均時間は術後約8.5時間であった。淡血性へ移行した開創群4例ではドレーン性状がいったん淡血性へ移行するも再度血性へ変化しており,最終的にはすべての開創群症例で再開創時には血性となっていた。この現象は非開創群症例では確認されなかった。

表6.

頸周囲増加とドレーン排液が血性から淡血性に変化した症例。

※淡血性後に再度血性となった症例。

考 察

甲状腺・副甲状腺手術後の術後出血は0.6~1.3%[],甲状腺手術の1.8%,副甲状腺手術の0.3%と報告されている[]。術後出血は心肺停止や一過性脳虚血発作などの重大な合併症を生じ,血腫に起因する死亡報告もある[,,]。そのため術後出血に対する対策を術前および術中から行うことが重要である。Alessandroら[]はあらゆる術後出血を防止する手段を講じても完全に避けることはできないので,術後モニタリングの最適化や出血の管理を強化することが必要と報告している。しかし,術後出血の早期発見方法や適切な頸部モニタリングに関する具体的な手技・方法の報告は少ない。その理由として術後出血のサインである頸部腫脹を判断する方法が観察者の主観に大きく依存するからと考える。

出血の早期診断には頸部腫脹の客観的な評価が必要であり,医師・看護師間の伝達ツールとして,開院当時から頸周囲測定法を用いている。この手技は腹囲を測定する要領で実施できるため訓練を要すことなく誰にでも簡便に実施できる利点があり,特殊な道具は必要ないのでコストも抑えることができる。また,スタッフ全員が測定値の経時的な変化を把握でき,緩徐に進行する頸部変化にも対応することができる。しかし一方で,測定誤差は生じるため頸部腫脹の確認には診察は当然必要であり,頸部腫脹をどのくらいまで経過観察していくかを判断するのは医師の臨床経験によるものが大きいのは変わりない。

当院では出血の兆候があれば早期でも躊躇せずに再開創術を行う方針としている。それは開創時期を逸すると重篤な事態が生じる可能性があり,出血の進行により開創時の手術が難しく[]なるからである。

頸周囲測定間隔は術後出血兆候確認されることが多い6時間[,]は少なくとも1時間に1回の測定を行い,以降は2時間毎(入眠中は省略など)が妥当と思われる。不慣れな病棟での管理や看護師の判断で測定間隔は調整してよい。

術後の頸部の観察項目には視診,ドレーン排液量,性状,および自覚症状があるが,特に自覚症状は術後血腫がかなり進行するまで出現しないことが多い。ドレーン排液の観察は頸部腫脹の観察と同様に重要な所見であり,頸周囲測定法とドレーン排液の関連性についても検討した。術後出血症例の約97%で頸周囲径の増加が確認され,非出血症例に比べ頸周囲径が有意に増大した。以上より,頸周囲測定法は頸部腫脹および術後出血を判断するのに有用なツールと考えられる。また非開創群では頸周囲径増加量が2cmを超えた症例は認めず,頸周囲径増加量が2cmを超える場合には術後出血の可能性が高く,再開創を想定しながら術後管理を行う必要があると思われた。一方で術後出血があるにもかかわらず頸周囲径が変化しない症例が開創群に2例(3.2%)認め,いずれの症例もドレーン排液が多かった。そのうち1例では80ml/hの血性ドレーン排液を認めたため再開創となり,もう1例は30ml/hの血性ドレーン排液であったが創部尾側の局所の腫れが生じたために再開創となっていた。上記症例のように,頸周囲径の増加が乏しい症例もあるので注意が必要である。深頸部からの出血は頸部腫脹が生じないことがあると報告されているが[],本症例はいずれも浅頸部からの出血であり頸部腫脹の有無だけでは出血部位を予測するのは困難と考える。

再開創術の判断には頸周囲径だけでなくドレーン排液量,その性状や自覚症状などの所見と併用することが必要である。ドレーン排液量を両群で比較すると,出血群で有意に多かった。またドレーン排液量が100mlを超える症例では,全例頸周囲径4cm以上の増加を認めた。開創群ではドレーン排液量の増加に伴い頸周囲増加が確認されたが,非開創群ではそれらの相関はなかった。開創群における最大頸部腫脹増加と最大ドレーン排液量増加の確認された時間の検討では,頸周囲径増加が先行する症例はわずか5%であり,90%以上の症例で先にドレーン排液量が増加もしくは同時期に確認されていた。出血早期ではドレーン排液が有効に作用し創部内の血腫形成が抑制されるが,さらに出血が持続すると血腫形成が進行し創部コンパートメント圧の上昇,あるいはドレーン閉塞にて頸部腫脹が顕在化してくると推察される。一方でドレーン排液量が少なく頸周囲径が先行して増加する症例もわずかながら存在し,急速な血腫形成,ドレーンが有効に作用していない部位からの出血,ドレーンの閉塞などでも同様の所見が出現することがあるので注意が必要となる。非開創群の9割以上の症例でドレーン排液の性状は淡血性に変化していたが,開創群では淡血性に移行した症例は非常に少なく,一旦淡血性となった症例でも最終的にはすべての症例で血性へ変化していた。持続する血性排液症例や淡血性から再度血性に変化する症例では血腫形成が進行している可能性が高く,注意深い観察が必要である。

術後頸部腫脹の評価が必ずしも術後出血への安全な対応に結びつくとは限らない。北川ら[]は病棟看護師が術後の経過観察を行う際に頸部腫脹を的確に医師へ報告できるかが重要であり,術後出血のイメージトレーニングは対応に有用であると報告している。また,福島ら[10]は医療安全調査機構からの警鐘事例から看護師の頸部腫脹に対するアセスメント能力,緊急性の理解と適切な報告の重要性について報告している。頸周囲測定法にて得られた結果をどのように評価するかが非常に重要であり,それが不適切であった場合には取り返しのつかない事態となりうる。周術期管理に携わる医療スタッフの危機管理能力や上級医・上席看護師への適切な報告には臨床経験や日常からのトレーニングが必要となる。

甲状腺・副甲状腺術後の頸周囲測定法が術後管理に係る医師・コメディカル間での有効な記録手段や伝達方法となることが期待される。

おわりに

甲状腺・副甲状腺手術後の出血への適切な対応のために

1)頸周囲径増加量が約2cmを超える場合には明らかな頸部腫脹と診断し,他の所見を考慮して再開創を検討する。

2)ドレーン排液量が多く血性性状が持続する場合や淡血性に変化した後に再度血性へ変化する場合には出血が生じている可能性が高いので,再開創の準備をしておく必要がある。

頸周囲測定法は簡便で高度な技術習得を要さず,術後出血の診断におけるコメディカルと医師間の伝達ツールと早期診断の手助けになりうる手技と考える。

本論文の要旨は第53回日本内分泌外科学会学術大会にて発表した。

【文 献】
 

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https://creativecommons.org/licenses/by-nc/4.0/deed.ja
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