日本内分泌・甲状腺外科学会雑誌
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特集1
結節性筋膜炎様の間質を伴う乳頭癌
日野 るみ
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2022 年 39 巻 3 号 p. 158-160

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抄録

結節性筋膜炎様の間質を伴う乳頭癌(Papillary thyroid carcinoma with nodular fasciitis-like stroma;以下PTC-NFS)は甲状腺乳頭癌(Papillary thyroid carcinoma;以下PTC)の極めて稀な亜型である。その特徴は,腫瘍間質に豊富な線維芽細胞や筋線維芽細胞の増生がみられる事で,腫瘍全体の約60~80%を間質が占める。WHO第4版の乳頭癌の組織亜型分類ではPTC with fibromatosis/ fasciitis-like stromaと記載されているように,fibromatosis-likeとfasciitis-likeが同義に扱われているが,症例の蓄積により間質はfobromatosisに相当するのではないかという提案がなされている。予後については良好という報告が多くみられるが,予後不良な経過を辿る症例も報告されている。

はじめに

甲状腺癌の約80%は乳頭癌が占めているが,その中に濾胞型,大濾胞型,好酸性細胞型,びまん性硬化型,高細胞型,充実型,篩型,その他の亜型という組織学的亜型が存在し,乳頭癌の特殊型として取り扱われてきた[]。今回は「その他の亜型」に分類され,特殊型の中でも極めて稀な「結節性筋膜炎様の間質を伴う乳頭癌(Papillary thyroid carcinoma with nodular fasciitis-like stroma)」について記載する。

結節性筋膜炎様の間質を伴う乳頭癌の名称と頻度

結節性筋膜炎様の間質を伴う乳頭癌(Papillary thyroid carcinoma with nodular fasciitis-like stroma;以下PTC-NFS)は1989年にOstrowskiらによって“Myxomatous change in papillary carcinoma of the thyroid”として最初に報告された[]。その後,名称は「Papillary carcinoma with fibromatosis-like stroma」や「Papillary carcinoma with fasciitis-like stroma」と記載され,The World Health Organization(WHO)分類第4版では両者は同義語としPTC with fibromatosis/fasciitis-like stromaと記載されている[]。現在ではPTC-NFSあるいはPapillary Thyroid carcinoma with desmoid-type fibromatosis(PTC-DTF)という名前で報告されてきている。PTC-NFSの組織亜型としての頻度は報告により0.03~0.17%と幅があるが,いずれにしても乳頭癌特殊型としての頻度は極めて低い。最初に報告された1989年から現在まで,報告されたPTC-NFSに関する報告は日本語の報告を入れても56例にすぎず,他の特殊型と比較して報告された症例数は極めて少ない。

PTC-NFSの臨床病理学的特徴

PTC-NFSの臨床病理学的特徴としては,報告された年齢は幅広く20歳~82歳(平均43.9歳),男女比は1:2である。腫瘍の大きさは約1cm~10cmまで様々あり平均4.2cmである。56例中腫瘍の大きさが4cm以上の症例は28例あり,約半分の症例は大型の腫瘤を形成している事が分かる。リンパ節転移は56例中24例,遠隔転移をきたした症例は1例である。予後については未だ不明な点が多く,予後良好と記載されている報告が比較的多いが,和久らの報告にあるように急速に予後不良な経過を辿った症例もある[]。

肉眼的には,PTC-NFSは結節をなし境界明瞭で割面にて白色~乳白色,弾性硬である。組織学的特徴は,腫瘍間質に豊富な線維芽細胞や筋線維芽細胞の増生がみられる事で,腫瘍全体の約60~80%を占める。間質の形態的特徴は軟部腫瘍の結節性筋膜炎あるいは線維腫症でみられ組織学的特徴に類似している(図1)。腫瘍内には島状に乳頭癌成分がみられ,明らかな乳頭状構造をとる事もあれば,濾胞構造の場合もある[]。腫瘍内の豊富な間質成分については,免疫染色や電子顕微鏡を用いた検索などから筋線維芽細胞が増生している事は文献上比較的共通に言及されている。

図1.

PTC-NFSのHE像:間質には豊富な線維芽細胞あるいは筋線維芽細胞の増生と島状の乳頭癌を認める。(伊藤病院学術顧問:加藤良平先生にご提供いただいた。)

PTC-NFSの間質を構成している細胞について

PTC-NFSで増えている細胞は病理組織学的には,軽度から中等度異型の線維芽細胞様細胞が錯綜し密から疎に増生しており,種々の程度の線維化から硝子化を示す。個々の線維芽細胞様細胞は細い紡錘形細胞で軽度の核腫大がみられ,比較的形は揃っている事が多い。間質内に壊死に陥った領域をみる事はほとんどない。これら間葉系成分の免疫組織学的検討では,Vimentin,αSMAが陽性,Desminは検討された14例では9例が陽性で5例が陰性である。S100,やCD34は陰性で,TGF-βが陽性という報告もみられる[](表1)。MIB-1 labeling indexについては,2~5%という報告が主である。また,高田らのPTC-NFS14例の検討では,12例にβ-cateninの核内集積がみられたと報告されている[,]。このβ-cateninの核内集積は骨軟部腫瘍のdesmoid-type fibromatosisの特徴の1つである事から,本腫瘍の名称をPTC-NFSではなくPTC with desmoid-type fibromatosis(PTC-DTF)とすべきであるとRebecchiniら[]や高田らは結論付けている。β-cateninについては高田らの報告以外に11例が検討されており,7例が陽性,4例が陰性という結果である。また,PTC-NFSにbeta-cateninの遺伝子変異がみられるという報告もある[10]。孤発例のdesmoid-type fibromatosisの80%にbeta-catenin遺伝子異常がある事を考えるとPTC-FNSの間質はfibromatosisに近い可能性がある。

表1.

PTC-NFSの臨床病理学的特徴

ここで名称の由来になった結節性筋膜炎と線維腫症について触れると,結節性筋膜炎は良性の病変で,急速な増大や富細胞性で核分裂像が多い事から悪性と間違えられやすく,腫瘤形成性で線維芽細胞と筋線維芽細胞の増殖性疾患である。一方,線維腫症はWHO分類においては,良性と悪性の「中間群」の軟部腫瘍に分類されており,病理学組織学的には線維芽細胞の浸潤性増殖とされている。PTC-FNSの間質がfibromatosisに近い組織であるならば,乳頭癌の上皮系悪性腫瘍と中間群間葉系腫瘍の混合腫瘍という事になる。

PTC-FNSが鑑別になった症例

PTC-FNSでは,超音波検査下の穿刺細胞診を行った際,乳頭癌成分が少量の為に間質だけが採取される可能性があり,乳頭癌と診断できない可能性や未分化癌と推定してしまう可能性がある。また,組織診断においてもPTC-FNSが紡錘形細胞主体の増殖である事,乳頭癌もみられる事から未分化癌との鑑別が重要になる。以下,PTC-NFSが鑑別に上がった最近の症例を示す。

症例は,70歳代男性,甲状腺右葉に最大径6.0cmの結節性病変を認め,甲状腺左葉切除術が施行された。腫瘍細胞は紡錘形で筋線維芽細胞様であり,網の目状に錯綜し増殖しており(図2),一部にdesmoplastic changeがみられた。15%程度に明らかな乳頭癌を認め,扁平上皮癌への分化が伺われた。紡錘形細胞の増殖が主体の腫瘍でPTC-NFSが鑑別に上がったが,MIB-1 labeling indexが20%を超えており,最終的に未分化癌と診断された症例である。

図2.

PTC-NFSと鑑別になった未分化癌のHE像。結節の殆どが細い紡錘形細胞の増生であった。

また別の症例では,60歳代女性,甲状腺左葉上中極に約4cm大の結節性病変を認めた。組織学的には,乳頭癌が島状に存在し周囲に筋線維芽細胞様細胞が増生していた(図3)。免疫染色では,線維芽細胞様細胞に対しVimentin陽性,TTF-1陰性,β-catenin陰性,MIB-1 labeling indexは乳頭癌成分も間質も3%であった。乳頭癌成分が約50%みられた事から,診断は通常型のPapillary carcinomaとなったが,これもPTC-FNSが鑑別になった症例である。

図3.

PTC-NFSと鑑別になった通常型乳頭癌のHE像。約50%に乳頭癌成分が認められた。

まとめ

結節性筋膜炎様の間質を伴う乳頭癌は乳頭癌の中でも極めて稀な特殊型である。これまでの症例の蓄積から,間質を構成する細胞ではβ-cateninの核内集積がみられる事が特徴のようであり,その事も踏まえ間質を表す表現を結節性筋膜炎様という名称より線維腫様とした方がよい可能性がある。予後は良好という報告が比較的多いが,急速に予後不良な経過を辿る症例の報告もあり注意を要する乳頭癌特殊型の可能性も示唆されている。

謝 辞

PTC-FNSの典型的組織像を提供して頂きました伊藤病院の加藤良平先生に心より感謝申し上げます。

【文 献】
 

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