本稿では,歯科診療場面において,患者が「会話の受け手になるか,診療の対象物になるか」という参与地位の拮抗状態に対処するやり方を,事例分析によって例証する.まず,患者が歯科医師の産出する言語的/身体的資源を利用し,「口を開くと話せない」という制約においても実現可能なマルチモーダルな振る舞いを組み立てていることを示す.さらに歯科医師も,患者の反応に応じて振る舞いを調整し,患者が適切な参与地位を調整することに加担することを示す.歯科診療で「受け手になるか,対象物になるか」という二者択一の振る舞いが要求される場面において,患者は複数のモダリティを適切に配分することで,その二者択一性に対処することができる.このように,「会話」に留まらない身体相互行為においては,参与構造を方向づけるためのメタ・コミュニケーション的営為が臨機応変な相互調整によって達成されていることを示唆する.