法制史研究
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古代ギリシア史研究と奴隷制
伊藤 貞夫
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2005 年 2005 巻 55 号 p. 121-154,10

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抄録

近年におけるギリシア・ローマ経済史研究で目を惹くのは、M・I・フィンリーの古代経済論への諸家の対応である。プリミティヴィズムとモダニズムとの対抗として要約される、この種の研究視角は数多くの成果を生んできたが、そのなかにあってフィンリーの古代史観の一つの軸をなしながら、方法論的に十分な檢討と意義の評価を受けていないのが彼の奴隷制論である。その特徴は、古典期のアテネやローマ盛期のイタリア・シチリアに見られる大量かつ集中的な奴隷使役を、古典古代にあっても特殊な事例と看做し、相対化するところにある。小論は、前五世紀のクレタで刻されたゴルチュンの「法典」を中心に、関連の古典史料や金石文をも勘案しつつ、軍事的征服と負債とにそれぞれ起因する二種の中間的隷属状況の、古代ギリシアにおける広汎な存在を確認し、かつ後者の型の古典期アテネにおける存続を想定するP・J・ローズとE・M・ハリスの説を批判したのちに、都市国家市民団内部の民主化による中間的隷属者の消滅が代替労働力としての典型的奴隷の使役を促したとするフィンリーの試論を、古典古代社会の歴史的展開の理解に有用な視点を供するもの、と積極的に評価する。フィンリー説の背景にあるのは古代オリエントについての知見であるが、加うるに近代以前の中国と日本の身分制に関する研究成果を以てすべし、との提言で小論は閉じられる。

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