医学検査
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症例報告
潰瘍性大腸炎患者に発症したStreptococcus gallolyticus subsp. pasteurianusによる細菌性髄膜炎の1例
山口 健太吉田 緑廣木 優香月 万葉佐野 由佳理小副川 晃一草場 耕二阿部 美智
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2017 年 66 巻 3 号 p. 297-301

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Abstract

潰瘍性大腸炎と糖尿病罹患中の60歳女性にStreptococcus gallolyticus subsp. pasteurianusによる細菌性髄膜炎を発症した症例を経験した。以前から軽度の腹痛と血便を認めていた。入院前日から発熱と頭痛があり入院時の髄液検査で細胞数及び蛋白の著明な増加がみられ画像所見と合わせ細菌性髄膜炎と考えられ,ceftriaxone(CTRX),vancomycin(VCM)の投与が開始された。髄液培養で,Enterococcus spp.を疑うコロニーの発育がみられ,バイテック2(シスメックス・ビオメリュー)を用いてS. gallolyticus subsp. pasteurianusと同定し,薬剤感受性判明後に抗菌薬をbenzylpenicillin(PCG)単剤へと変更した。その後ampicillin(ABPC),CTRXへと抗菌薬を変更した。髄液所見は改善し,計18日間の抗菌薬投与によって軽快退院となった。本菌は腸管内の常在菌であり,基礎疾患に活動性の潰瘍性大腸炎があることから消化管が菌の侵入門戸と考えられた。また本菌のコロニー所見はEnterococcus spp.と酷似しLancefield分類もD群陽性になることから鑑別が困難である。さらに亜種により病態が異なるため,正確な菌種同定には生化学性状の確認や自動同定機器,遺伝子解析などが必須であると考える。

Streptococcus gallolyticus subsp. pasteurianusは,2003年にStreptococcus bovis biotype II-2から種名変更された菌種である。旧菌種名のS. bovis biotype II-2は消化管,呼吸器,生殖器の常在菌であり,感染性心内膜炎,髄膜炎などの報告はあるが,本菌による報告は比較的まれである1)~4)。今回我々は,潰瘍性大腸炎患者の髄液からS. gallolyticus subsp. pasteurianusを分離した細菌性髄膜炎の症例を経験したので報告する。

I  症例

60歳,女性。

主訴:発熱,頭痛。

現病歴:2013年12月27日から38~39℃の発熱があり,翌日近医内科を受診した。解熱剤で解熱せず,頭痛の増強があったため近医脳神経外科紹介となった。そこで意識障害,髄液細胞増多が認められ,細菌性髄膜炎が疑われたため12月28日に当院へ紹介搬送となった。

生活歴:喫煙なし,飲酒なし。

既往歴:24歳から潰瘍性大腸炎。最近は5-ASA製剤(メサラジン)を内服し,疾患活動性は軽度である。高血圧,脂質異常症,糖尿病。

II  入院時検査所見

1. 身体所見

体温36.5℃(解熱剤投与後),血圧142/85 mmHg,脈拍92/分で整,SpO2 100%(O2 3L/分経鼻)。

2. 神経学的所見

意識:JCS I-3~II-10,不穏状態,項部硬直あり,Kernig徴候陽性。

瞳孔:3.0 mm/3.0 mm,正円同大,対光反射緩徐,眼球運動制限なし。

顔面表情筋:左右差なし,講音障害なし。

運動:自発運動左右差なし,四肢の脱力なし。

3. 血液・髄液検査所見(Table 1
Table 1  血液・髄液検査所見
血算 生化学 髄液一般
​WBC 10.2 × 103/μL ​AST 33 IU/L ​色調 淡黄色
​Ne 82.9% ​ALT 25 IU/L ​性状 混濁
​Ly 9.4% ​LDH 315 IU/L ​細胞数 6,109/μL
​Mo 6.8% ​ALP 180 IU/L ​好中球 99.5%
​Eo 0.7% ​γ-GT 57 IU/L ​Glu 57 mg/dL
​Ba 0.2% ​T-BiL 0.8 mg/dL ​Pro 759 mg/dL
​RBC 4.74 × 106/μL ​BUN 7.4 mg/dL
​Hb 14.9 g/dL ​Cre 0.62 mg/dL
​Ht 42.7% ​Na 138 mEq/L
​MCV 90.1 fL ​K 3.1 mEq/L
​MCH 31.4 pg ​Cl 101 mEq/L
​MCHC 34.9 g/dL ​CRP 4.54 mg/dL
​PLT 151 × 103/μL ​PCT 34.88 ng/mL
​HbA1C 6.8%

血液検査で炎症反応の上昇を認めた。また髄液の外観は黄白色を呈し(Figure 1),細胞数および蛋白の著明な増加がみられ細菌性髄膜炎を示唆する所見であった。

Figure 1 

髄液外観

4. MRI所見(Figure 2
Figure 2 

MRI検査(左:FLAIR画像,右:Gd造影FRAIR画像)

FLAIR及びGd造影FLAIRで両側大脳半球の脳溝や脳槽に沿うような高信号域が認められた。

FLAIR及びGd造影FLAIRで両側大脳半球の脳溝や脳槽に沿うような高信号域が認められた。軟膜・くも膜下腔が高信号造影されており,細菌性髄膜炎の所見と考えられた。

III  細菌学的検査所見

1. 鏡検検査

髄液のグラム染色では菌は認められなかった。

2. 分離培養検査

TSA II 5%ヒツジ血液寒天培地/チョコレート寒天培地(日本BD)を使用し35℃5%炭酸ガス培養を行った。翌日γ溶血で灰白色のS型コロニーの発育がみられ,Enterococcus spp.を疑うコロニー所見であった。(Figure 3)。

Figure 3 

血液寒天培地上のコロニー所見

3. 同定・薬剤感受性試験

同定はVITEK2(シスメックス・ビオメリュー)のGP同定カードを用いて行った。確認のため佐賀大学医学部附属病院へ精査依頼し,質量分析および16SrRNA遺伝子解析でも同様の同定結果となった。薬剤感受性試験はDP94(栄研化学)を使用し,微量液体希釈法でCLSI(Clinical and Laboratory Standards Institute)基準に従って行った(Table 2)。

Table 2  薬剤感受性試験結果
薬剤名 MIC(μg/mL) CLSI
PCG ≤ 0.06 S
ABPC ≤ 0.25 S
ABPC/SBT ≤ 0.5
CDTR-PI ≤ 0.25
CTRX ≤ 0.25 S
MEPM ≤ 0.25 S
TBPM ≤ 0.12
CAM ≥ 32 R
AZM ≥ 32 R
CLDM ≥ 8 R
GM = 4
VCM ≤ 1 S
DAP ≤ 0.25
LVFX ≥ 8 R
MFLX ≥ 16
GRNX ≥ 8

IV  入院後経過

入院後の経過をFigure 4に示す。患者背景には潰瘍性大腸炎,糖尿病による感染リスクがあり,迅速な治療が必要と判断し,細菌性髄膜炎の診断でガイドラインに従い入院時よりCTRX,VCMで治療を開始した。またステロイドの併用も行った。翌日の髄液培養検査でEnterococcus spp.が疑われ,ampicilin(ABPC)の投与が追加された。第3病日に菌名がS. gallolyticus subsp. pasteurianusと判明し翌日の薬剤感受性判明後第5病日からbenzylpenicillin(PCG)単剤へ変更となった。その後経静脈的投与による血管痛出現のため第10病日からampicillin(ABPC)へと変更した。また第16病日以降はルート確保が困難となったため投与回数の少ないCTRXへ再度抗菌薬を変更した。計18日間の抗菌剤投与を行い,明らかな感染性心内膜炎の合併もなく血液培養検査も陰性であった。また入院中に実施された計4回の髄液検査では細胞数,蛋白ともに低下し,髄液培養検査でもすべて菌の発育は認められなかった。症状,検査所見ともに改善したため,全身状態が安定したことを確認後第22病日で軽快退院となった。

Figure 4 

臨床経過

またS. gallolyticusは大腸癌との関連が指摘されていることから下部消化管内視鏡検査を実施したが,活動性を示す潰瘍性大腸炎を認めるのみで悪性腫瘍の所見はなかった。

V  考察

S. gallolyticus subsp. pasteurianusは近年,新生児ならびに高齢者での細菌性髄膜炎の原因菌としての報告が散見されており,また胆管系に基礎疾患を持つ患者での胆道感染症も報告が増加している1)~5)。本菌は一般に健常人の10%の腸内細菌叢に存在するといわれており,髄膜炎発症例でも腸管からの侵入がきっかけになると予想される4)。また中には大腸炎の存在が確認され,腸管粘膜から本菌の培養に成功した髄膜炎発症例も報告されている6)。今回,大腸粘膜からの細菌培養は行っていないが,本症例においても基礎疾患に潰瘍性大腸炎があり,以前から下血を認めていることから,消化管が菌の侵入門戸である可能性が高い。

Streptococcus gallolyticus subsp. gallolyticusは大腸癌,大腸腺腫を合併しやすく(オッズ比7.26倍),また感染性心内膜炎をきたしやすい(オッズ比16.61倍)7),8)。しかし,S. gallolyticus subsp. pasteurianusは大腸癌との合併の報告は少数存在するが,一般的には関係がないと云われている9)。このようにS. gallolyticusは種により臨床病態が大きく異なるために亜種レベルでの同定が治療には必須である。

また本菌のコロニー所見はEnterococcus spp.と酷似しLancefield分類もD群陽性になることから両者の鑑別が困難なことが多いため同定キットや自動同定機器,質量分析や遺伝子検査を用いて正確な菌種同定を行うべきである。また本菌は,Enterococcus spp.と異なりセフェム系抗菌薬に感受性を示すことから,薬剤感受性試験の結果が両者の鑑別に役立つものと思われた。

COI開示

本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。

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© 2017 一般社団法人 日本臨床衛生検査技師会
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