医学検査
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技術論文
子宮内膜細胞診における従来法とTACASTM法での細胞所見の比較検討
則松 良明林 聖子髙田 真未中川 健司中橋 徳文
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2017 年 66 巻 3 号 p. 217-224

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Abstract

子宮内膜細胞診における従来法標本と液状化検体細胞診法の一つであるTACAS法標本での細胞所見の比較検討を試みた。子宮内膜材料31例を対象とし,標本作製は最初に従来法標本を,次にTACAS標本を作製する,スプリットサンプル法を用いた。検討の結果,1)標本背景所見について,TACAS法は従来法よりも有意に背景が清明であり,有意に目的細胞へのマスキングが低値であった。2)対物10倍1視野あたりの細胞集塊数ではTACAS法は従来法よりも高値であったが,有意差を認めなかった。3)しかし,平均細胞集塊数の症例頻度において,TACAS法が従来法と比べて,同等もしくは多かった症例頻度は少ないものよりも有意に高値であった。4)細胞集塊長径ではTACAS法は従来法よりも有意に低値であった。5)しかし,TACAS法の細胞集塊長径が平均301 μm以上の症例頻度は従来法よりも低値であるものの有意差を認めなかった。6)核輝度ではTACAS法は従来法よりも有意に低値であった。以上のことより,TACAS法は従来法に比べて,核が濃染傾向にあるため,重積細胞での核の詳細な観察において注意を要すると思われるが,標本背景が清明で,目的細胞へのマスキングの乏しい標本の作製,および,十分な量かつ適切な大きさの細胞集塊の塗抹が可能であるため,子宮内膜細胞診での診断精度の向上につながると期待される。

はじめに

近年,液状化検体細胞診(liquid-based cytology; LBC)は子宮頸部細胞診検査において,擦過細胞をスライドガラスに直接塗抹する従来の標本作製法(従来法)に代わって,欧米を中心に普及するようになった1)。従来法は採取した細胞を人力で直接スライドガラスに塗抹するため,細胞相互の重積や細胞量が不均一な標本になることが多い。一方,LBC法は採取した細胞を保存液中に回収した後,限局した範囲内に,細胞の重積が少なく,密度がほぼ均等に塗抹処理をするもので,これにより作製されたものはthin-layer(薄層)標本と呼ばれている。LBC法では,細胞変性や乾燥のない固定が可能で,サンプリングエラーによる不適正標本が減少するため細胞診の精度・検出率の向上が期待できる2),3)。本邦でも子宮頸部細胞診でのBethesda Systemの導入を契機に,LBC法が普及しつつある。一方,子宮内膜細胞診(内膜細胞診)は子宮体癌の早期発見のスクリーニング検査法として,国内では最も一般的に使用されているが,現在の標準的標本作製法は従来法であるため,子宮頸部細胞診の場合と同様,目的細胞(内膜上皮細胞や腫瘍細胞)の細胞変形や過剰な細胞重積,さらに目的細胞への赤血球や炎症細胞等のマスキング等により,判定が困難となる場合が多々認められる4)。そのため,LBC法における従来法との内膜細胞像の比較検討は重要であると共に早急に実施する必要がある。

今回われわれは,内膜細胞診での従来法標本とLBC法の中でも唯一の国産であるTACASTM(thinlayer advanced cytology assay system; TACAS)法(株式会社医学生物学研究所,名古屋)標本を比較検討し,若干の知見を得たので報告する。

I  方法

1. 対象症例

2014年2月~2014年6月に市立宇和島病院にて採取された子宮内膜材料31例を対象とし,平均年齢は45.6歳(28歳~61歳)であった。細胞診の内訳は陰性28例,疑陽性1例,陽性2例であり,疑陽性および陽性の全例において組織診断が施行された。疑陽性例の組織診断は癌肉腫,陽性例では2例共に類内膜腺癌Grade 1であった。

本研究は愛媛県立医療技術大学(承認番号13-004;承認日2013年7月8日),市立宇和島病院(承認番号1511-49;承認日2012年9月19日)および株式会社医学生物学研究所(承認番号135;承認日2012年12月25日)の倫理委員会の承認を得て実施した。また,全ての対象者にインフォームドコンセントがなされ,同意書による承諾を得た上で細胞採取を行った。

2. 標本作製

本研究を進めるにあたり,スプリットサンプル法による標本作製を行った。検体採取器具は子宮内膜ブラシもしくはエンドサーチを使用し,子宮内膜細胞を採取した後,最初に従来法標本を1枚作製した。その後,直ちに95%エタノールにて固定し,パパニコロウ染色を行った。次にLBC法標本の作製はTACAS法を用いた。従来法へ塗抹後の採取器具の先端を保存液であるTACAS GYN Vialで洗浄し,採取器具に残った細胞を回収後,株式会社医学生物学研究所に送付し標本作製を行った。

その手順であるが,TACAS GYN Vial内の検体全量を遠心管に移し替えた後,800 Gで5分間遠心し,上清をデカントにて廃棄し,細胞沈渣を得た。次に,細胞沈渣に脱イオン水10 mLを添加し,再度800 Gで5分間遠心しデカントした。再度得た細胞沈渣に対し,300 μLの脱イオン水を添加し,細胞懸濁液を作製した後,専用スライドであるTACAS Slideに懸濁液を滴下し,10分間静置することでスライド表面との電荷の差により細胞を吸着塗抹させた。塗抹後の標本は直ちに95%エタノールに浸漬し,同施設にてパパニコロウ染色を行った。

3. 検討方法

対象31例より作製された従来法標本およびTACAS法標本を用いて,下記に示す項目を顕微鏡下で測定し比較した。細胞集塊は50個以上の細胞から構成されるものと定義した。

1) 標本背景所見

標本内の全視野において,赤血球や粘液および好中球などの背景成分が認められなかった場合を清明,認められた場合を清明でないと設定し,1症例ごとに背景清明の有無を調べ,頻度を算出した。併せてこれらの背景成分による内膜上皮細胞等,判定に必要な目的細胞へのマスキングの有無も調べ,頻度を算出した。

2) 対物10倍1視野あたりの細胞集塊数

1症例ごと任意に対物レンズ10倍視野での細胞集塊数を最大10視野計数し,その平均値を算出した。それぞれの平均値をもとに,全平均±SD値を算出した。

3) 平均細胞集塊数の症例頻度

検討2)で計数した細胞集塊数の10視野の平均値について,TACAS法が従来法よりも「少数」・「同数」・「多数」での症例の出現の有無を調べた。

4) 細胞集塊長径

1症例ごと任意に対物レンズ10倍視野での細胞集塊の長径について,最大10視野計測し,その平均値を算出した。計測ソフトウェアはcellSens(オリンパス株式会社,東京)を用いた。また,集塊長径が対物レンズ10倍の視野を超える場合は視野の両端の長さを最大長径と設定した。それぞれの平均値をもとに,全平均±SD値を算出した。

5) 細胞集塊長径が平均301 μm以上の症例頻度

検討4)で測定した細胞集塊の長径について,10視野の平均値が301 μm以上の症例の出現の有無を調べた。

6) 核輝度

1症例ごと任意に集塊を5集塊選択し,1集塊につき対物レンズ40倍視野で10個の核を計測した。計測ソフトウェアであるImageJ(http://imagej.nih.gov/ij/)を用いて核のみ抽出し,輝度ヒストグラムを計数した後,平均値を求めた。それぞれの平均値をもとに全平均±SD値を算出した。

統計学的有意差の検討はStat View system(Abacus, Berkeley, CA)を使用し,Student’s t-testもしくはPearson’s chi-square testを用いて分析し,p値が0.05未満であった場合に有意差ありと判断した。

II  結果

1. 標本背景所見の比較

標本背景が清明な頻度について,TACAS法(58.1%,18/31例)は従来法(29.0%,9/31例)よりも有意に高値であった。また,目的細胞へのマスキングの頻度について,TACAS法(3.2%,1/31例)は従来法(19.4%,6/31例)よりも有意に低値であった。

2. 対物10倍1視野あたりの細胞集塊数の比較(Figure 1
Figure 1 

細胞集塊数(個)

TACAS法(2.9 ± 1.1個)は従来法(2.6 ± 1.0個)よりも高値であったが,有意な差は認められなかった。

3. 平均細胞集塊数の症例頻度の比較

TACAS法が従来法より少数である症例数は11/31例(35.5%),同等は4/31例(12.9%),多数は16/31例(51.6%)であり,同等もしくは多数例(64.5%,20/31例)は少数例(35.5%,11/31例)よりも有意に高値であった。

4. 細胞集塊長径の比較(Figure 2
Figure 2 

細胞集塊長径(μm)

*;両者の間に有意差あり(p < 0.05)

TACAS法(434.4 ± 123.7 μm)は従来法(518.9 ± 122.8 μm)よりも有意に低値であった。

5. 細胞集塊長径が平均301 μm以上での症例頻度の比較

TACAS法(83.9%,26/31例)は従来法(93.5%,29/31例)よりも低値であったが,有意な差は認められなかった。

6. 核輝度の比較(Figure 3
Figure 3 

核輝度

*;両者の間に有意差あり(p < 0.05)

核輝度ヒストグラムの平均値において,TACAS法(8.1 ± 2.6)は従来法(11.24 ± 3.1)よりも有意に低値あり,暗調であることを示していた。

III  考察

最近,欧米においてLBC法は子宮頸部細胞診の主要技術となっており,国によってはほぼ100%を占めている。その理由として,米国では1980年代後半より,子宮頸部細胞診の偽陰性の問題がクローズアップされ,高い精度管理のための新しい技術の導入が期待されたからである。偽陰性の原因の多くは,サンプリングエラーであり,それらは偽陰性の67~90%を占める5)。特に,従来法では採取細胞の20~30%程度しか塗抹されず,残存する細胞は採取器具と共に処分される6)。加えて,従来法においては血液,粘液,細胞片や炎症細胞などと乾燥によって正確な診断が妨げられ,スクリーニングエラーの原因として報告された7)。子宮内膜細胞診の従来法標本においても,子宮頸部の場合と同様,サンプリングエラーやスクリーニングエラーが起こる。本研究において,われわれは従来法と比較したLBC法の一つであるTACAS法の有用性を検討した。

清明な背景や目的細胞へのマスキングのない標本は正確な診断のために必要である。しかしながら,内膜細胞診では不正性器出血が主訴であることが大半であるため,過剰な血液成分が目的細胞への被覆を起こし,正確な診断を損なう可能性がある4)。標本背景所見に関して,背景清明および目的細胞へのマスキングの頻度について,TACAS法(Figure 4A, C)は従来法(Figure 4B, D)よりも有意に清明な状態であるとともに,マスキングの頻度が低かった。上記の結果の理由として,保存液であるTACAS GYN Vialはアルコール濃度が約20~30%と低濃度であることと,標本作製過程での2回の遠心操作に注目した。川西ら8)はLBC法での保存液について,アルコール濃度が25~30%と低濃度の保存液では浸透圧の作用により赤血球は完全に溶血すると報告している。また,尾崎9)は集細胞に遠心を用いるLBC法では,炎症細胞などの背景物の割合を低下させて上皮細胞を優位に出現させる効果があると述べている。それらのことより,TACAS法では保存液内で赤血球を溶血し,次に,2回の遠心操作において,上清に含まれる蛋白成分や粘液および好中球などの背景成分を適度に廃棄することにより,従来法よりは清明な背景を保持しつつ,かつ目的細胞へのマスキングの乏しい標本の作製を可能にしていると考えられた。

Figure 4 

TACAS法標本(A, C)は従来法標本(B, D)よりも背景が清明な状態であるとともに,マスキングの頻度が低かった。(パパニコロウ染色,A,B;正常内膜,×‍10,C,D;類内膜腺癌Grade 1,×10)

内膜細胞診の正確な診断には,十分な細胞集塊の塗抹量や適切な大きさの細胞集塊の塗抹が必要である。対物10倍1視野あたりの細胞集塊数についてTACAS法(Figure 5A, C)は従来法(Figure 5B, D)よりも有意差は認められないものの,高値であった。さらに平均細胞集塊数についてTACAS法が従来法と比べて,同等もしくは多数であった症例の頻度は少数のものよりも有意に高値であった。本研究での標本作製法が,先に従来法標本を作製した後,採取器具に残存する細胞を用いて TACAS法標本の作製を行う,スプリットサンプル法であることを鑑みると,上述の結果からTACAS法では十分量の細胞集塊が塗抹されていると考えられた。

細胞集塊長径の比較では,TACAS法は従来法よりも有意に低値であった。上記の結果の理由として,TACAS法での標本作製工程での種々の細胞に対する操作に注目した。まず,保存液中で採取器具の洗浄による細胞の回収,細胞沈渣収集のための2回の遠心操作,さらに,細胞懸濁液作製や専用スライドへの懸濁液の滴下時でのピペットによる細胞攪拌等での操作である。従来法では採取器具に付着した細胞をスライドガラスに塗抹するという1回の工程のみであるが,TACAS法では工程の都度,アーティファクトが細胞集塊へ加わることが推測される。その結果,細胞集塊は従来法よりも,断片化や小型化し易い傾向となったものと考えられた。原田ら10)も子宮内膜細胞診での従来法とTACAS法と原理および標本作製工程が類似しているシュアパス法(日本ベクトンディッキンソン社,東京)での比較検討において,増殖期内膜や分泌期内膜での内膜組織構築を保った大型集塊の出現数について,従来法に有意に多く認められ,その理由として,種々の標本作製工程での細胞集塊へのアーティファクトの影響のためと述べている。しかしながら,細胞集塊長径が平均301 μm以上での細胞集塊出現頻度の比較では,TACAS法(Figure 5A, C)は従来法(Figure 5B, D)よりも低値であるものの,有意な差を認めなかった。以上のことより,TACAS法では適切な大きさの細胞集塊が塗抹されると考えられた。

Figure 5 

TACAS法標本(A, C)の作製が,先に従来法標本(B, D)を作製した後,採取器具に残存する細胞を用いるスプリットサンプル法であることにも関わらず,TACAS法では診断に十分量の細胞集塊および適切な大きさの細胞集塊が塗抹されていた。(パパニコロウ染色,A,B;正常内膜,×2,C,D;類内膜腺癌Grade 1,×4)

次に核輝度ヒストグラムの比較ではTACAS法(Figure 6A, C)は従来法(Figure 6B, D)よりも有意に低値であったことは,TACAS法では核の染色性が従来法よりも暗調であり,言い換えれば濃染傾向にある。

Figure 6 

TACAS法標本(A, C)は従来法標本(B, D)よりも核が濃染傾向にあった。(パパニコロウ染色,A,B;正常内膜,×60,C,D;類内膜腺癌Grade 1,×60)

土田ら11)は尿細胞診での腫瘍細胞の核所見について,TACAS法では従来法よりも,核が濃染傾向であったと述べている。この理由について,細胞塗抹原理の違いが考えられた。白波瀬12)は沈降法と電荷吸着を原理とするシュアパス法では液体中に浮遊する細胞がそのまま自然沈降し,スライドガラスに電荷吸着される。そのため,細胞や細胞集塊は従来法よりもさらに立体的に塗抹され,球状が保たれたままの核はヘマトキシリン染色性が濃く見える。一方,同じLBCでもフィルター転写法を原理とするシンプレップ法(ホロジックジャパン社,東京)ではスライドガラスに細胞を圧着転写させるため,細胞および細胞集塊の平坦化が起こり,その結果,核のヘマトキシリン染色性は淡くなると指摘している。従来法では採取した細胞を人力で直接スライドガラスに塗抹するため,細胞へ圧力がかかることに加え乾燥が起こり,その結果,シンプレップ法と同様,細胞および細胞集塊の平坦化のため,核ヘマトキシリンの淡染化が起こると推測される。TACAS法は上述のシュアパス法と同じ塗抹原理のため,従来法よりも,核が濃染傾向であったと考えられた。

土田ら11)は尿細胞診での腫瘍細胞の核面積について,従来法(67.4 ± 12.8 μm)はTACAS法(40.3 ± 6.9 μm),則松ら4)は類内膜腺癌grade 1での核面積で,従来法(56.6 ± 7.5 μm)はシュアパス法(37.3 ± 6.5 μm)と,TACAS法やシュアパス法は従来法よりも有意に小型であったと報告している。また,深津ら13)は口腔領域における従来法とTACAS法の比較において,TACAS法は従来法よりも円形度が高く,細胞の収縮が見られ,LBC法の固定液中の細胞は表面張力により,丸みを帯びる傾向があると指摘している。これらのことより,TACAS法では従来法よりも細胞の球状化が保たれているため,小型化することが推測され,その結果,核ヘマトキシリンの濃染傾向を示したと考えられた。

内膜細胞診では細胞集塊の出現が通常であり,TACAS法は重積した細胞の核の詳細な観察が従来法よりも困難な場合もあり,注意を要すると思われるが,土田ら11)は細胞重積した尿の腫瘍細胞での核の詳細な観察は,辺縁部分では可能であったと述べている。それらのことより,細胞重積した内膜細胞集塊でも同様に辺縁部分の核の観察は可能であると考えられた。

IV  結語

子宮内膜検体の標本作製において,われわれは従来法と比較したTACAS法の有用性を検討した。その結果,従来法よりも標本背景が清明で,目的細胞へのマスキングの乏しい標本の作製,および,十分な量かつ大きさの細胞集塊の塗抹が可能であるため,診断精度の向上に繋がると期待される。しかしながら,今回の検討では正常例がほとんどであったため,今後は本検討の結果をもとに,悪性例での比較検討を行う必要があると思われた。

COI開示

本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。

文献
 
© 2017 一般社団法人 日本臨床衛生検査技師会
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