医学検査
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症例報告
Streptococcus infantariusによる感染性心内膜炎が冠動脈塞栓を引き起こした一例
山元 紀世子乗安 久晴櫛山 因村田 幸栄渡邉 誠藤本 孝子大楠 清文
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2017 年 66 巻 3 号 p. 277-283

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Abstract

Streptococcus infantariusによる感染性心内膜炎(infective endocarditis; IE)が冠動脈閉塞を引き起こした一例を経験した。症例は84歳男性。4年前に大動脈弁置換術の既往があり,胸痛を主訴に救急搬送された。緊急心臓カテーテル検査において冠動脈の左前下行枝から塞栓物が吸引されたが,来院時発熱はなくIEは疑われていなかった。塞栓物は病理組織検査にて微生物感染疑いと診断されたことから,血液培養や経食道心エコー検査などIEの精査が施行された。血液培養は翌日2セットすべてのボトルが陽性となり,また経食道心エコー検査にて大動脈弁に疣腫を認めたことから,IEによる冠動脈塞栓症と診断され,抗菌薬治療が開始された。弁置換術既往などIEのハイリスク患者は,症状や臨床検査値が軽度でもIEを疑い,早期精査施行が望ましい。IEの原因菌は16S rRNA塩基配列の解析によりS. infantariusと決定された。本菌を含むbovis groupの菌種は,IEや髄膜炎,消化管悪性腫瘍など重篤な疾患との関連性が高く,正確な菌種同定が求められる。しかし,Streptococcus属菌種は,生化学的同定法では鑑別困難な場合が多いため,同定困難な場合は専門施設へ解析が依頼できるよう,日頃から体制を整えておく必要がある。

I  序文

感染性心内膜炎(infective endocarditis; IE)の27~45%に併発する全身性塞栓症は,重要な合併症の1つとして位置づけられている。塞栓を起こす臓器は,約60~70%が中枢神経系で最も多く,次いで脾臓44~52%,肺9~11%の頻度といわれており,冠動脈や肝臓,腸間膜動脈への疣腫の飛散は稀と報告されている1)~5)

IEの原因菌はグラム陽性球菌が多く,特にStreptococcus属菌種が多く検出されている1)Streptococcus属菌種は,この10年で大きく変遷し,16S rRNA塩基配列に基づく系統樹により6 groupに分けられ,さらにDNA相同性により細分類されている(Table 16)~8)。なかでもbovis groupに属する菌種は,IEや髄膜炎,消化管の悪性腫瘍との関連性が高いとされ,菌種のみならず亜種名の決定も重要視されている8)。しかし一般的な微生物検査室で行われる生化学的性状に基づく本菌属の同定は,菌種レベルでの鑑別が困難な場合が多く,正確な菌種同定には16S rRNAや他のハウスキーピング遺伝子の塩基配列相同性に基づいた遺伝子学的同定法に頼らざるを得ない。今回我々は同定に苦慮したbovis groupのStreptococcus infantariusによる感染性心内膜炎が冠動脈塞栓を引き起こした一例を経験したので報告する。

Table 1  Streptococcus属菌種の6 groupおよびbovis groupの菌種と関連疾患
6 group bovis group member 2005 関連疾患
・bovis group DNA group 1 S. bovis
・mitis group S. equinus
・pyogenic group DNA group 2 S. gallolyticus subsp. gallolyticus IE,大腸癌
・anginosus group S. gallolyticus subsp. macedonicus
・salivarius group S. gallolyticus subsp. pasteurianas 髄膜炎(新生児,高齢者)
・mutans group DNA group 4 S. infantarius subsp. infantarius 膵臓癌,胆管癌,胆管炎
S. infantarius subsp. coli
S. lutetiensis

大楠清文:『いま知りたい 臨床微生物検査 実践ガイド』8)より引用

II  症例

患者:84歳,男性。

既往歴:胃癌(50歳),胆嚢炎による胆摘出(65歳),大腸癌(70歳),大腸癌の肝臓,肺転移(72歳),大動脈弁置換術(80歳)

現病歴:糖尿病(インスリン治療),リウマチ性多発筋痛症(ステロイド治療)

臨床経過(Figure 1):前胸部痛を主訴に自宅より当院に救急搬送された。主訴および血液検査所見(Table 2)から急性心筋梗塞が疑われ,緊急心臓カテーテル検査が施行された。血栓吸引術により塞栓物が吸引され,病理組織検査に提出された。8病日,病理組織検査にて,塞栓物は細菌または真菌感染疑いと診断され,血液培養,経胸壁心エコー検査(TTE)および経食道心エコー検査(TEE)など,IEの精査が施行された。血液培養採血翌日,2セットすべてのボトルからグラム陽性連鎖球菌を検出し,さらにTTEやTEEにより,弁置換された大動脈弁に,可動性の疣腫を認めたことから,IEによる冠動脈塞栓症と診断された。心臓手術を考慮し循環器内科から外科へ転科となったが,外科的治療は行わず抗菌薬による治療を行い,42病日目経過良好にて退院となった。

Figure 1 

臨床経過

Table 2  入院時検査所見
血液学的検査 生化学的検査
​WBC 12.6 × 103/μL ​TP 6.3 g/dL
​RBC 3.01 × 106/μL ​ALB 2.6 g/dL
​HGB 9.3 g/dL ​GLU 326 mg/dL
​HCT 27.7% ​AST 26 IU/L
​MCV 92.0 fL ​ALT 21 IU/L
​MCH 30.9 pg ​LDH 190 IU/L
​MCHC 33.6% ​CRE 0.8 mg/dL
​PLT 13.0 × 104/μL ​BUN 24.5 mg/dL
​Dダイマー 2.4 μg/mL ​UA 3.4 mg/dL
​CRP 3.12 mg/dL
​BNP 200.8 pg/mL
​TnI 0.018 μg/mL
​CPK 27 IU/L
​MB/CK 78%

III  検査結果

1. 来院時の緊急心臓カテーテル検査

冠動脈の左主幹部(LMT#5)が塞栓物により99%狭窄していた。ガイドワイヤー挿入時,LMT内塞栓物は左前下行枝(LAD#7)へ移動し,LAD#7狭窄率は100%となった。吸引カテーテルでLAD部の吸引を行い,塞栓物がいくつか吸引された(Figure 2)。血管内エコー検査にて,アテローマや有意狭窄はなく,塞栓物除去後のLAD#7狭窄率は100%から0%へ,冠動脈血流分類は完全閉塞から正常冠動脈血流に改善した。

Figure 2 

LAD#7から吸引された塞栓物外観

2. 塞栓物の病理組織検査

吸引された塞栓物組織のHE染色,グラム染色(Figure 3),グロコット染色を施行した。各染色像において塞栓物組織は,微生物の増殖を伴っており,凝血塊や好中球の浸潤も確認されたため,細菌または真菌感染疑いと診断された。

Figure 3 

塞栓物の組織グラム染色像(×1,000)

3. 心エコー検査およびCT検査

来院時のTTEにて,前側壁に重度の壁運動低下あり。弁置換後の大動脈弁に明らかな弁逆流や弁周囲逆流は認めず,また明らかな疣腫像は得られなかった。8病日,TTEにて大動脈弁に疣腫の存在を認め,さらにTEEの大動脈弁短軸像にて9 × 9 mmの可動性の疣腫を認めた(Figure 4)。11病日の疣腫は7 × 6 mm,30病日では5 × 4 mmと縮小していた。また,8病日に施行された頭部単純CT検査にて陳旧性ラクナ梗塞疑い,胸腹部単純CT検査にて脾梗塞疑い,心臓造影CT検査にて大動脈弁に疣腫ありと診断された。

Figure 4 

大動脈弁に付着する疣種(TEE:8病日)

4. 細菌学的検査

1) 塗抹・培養検査

血液培養ボトルに92F好気用レズンボトル(日本ベクトン・ディッキンソン;BD),93F嫌気用レズンボトル(BD)を用い,血液培養装置にBACTEC FX(BD)を用いて血液培養を2セット行った。培養翌日にすべてのボトルが陽性を示した。培養液のグラム染色では,すべてのボトルでグラム陽性連鎖球菌が認められた(Figure 5)。サブカルチャーには羊血液寒天培地(BD),チョコレート寒天培地(極東),BTB乳糖加寒天培地(日水)を用いた。羊血液寒天培地およびチョコレート寒天培地は37℃ CO2培養にて,弱α溶血の連鎖球菌を示唆するコロニーを認め(Figure 6),BTB乳糖加寒天培地は37℃好気培養にて,極小のコロニーを認めた(Figure 7)。

Figure 5 

血液培養 培養液のグラム染色像(×1,000)

Figure 6 

羊血液寒天培地上の弱α溶血性を示す連鎖球菌様コロニー

Figure 7 

BTB乳糖加寒天培地上の微小コロニー

2) 同定検査

ラピッドID32ストレップアピ(シスメックスビオメリュー)にて,生化学的性状に基づく同定を行った。結果は同定確率順に,上位2菌種はStreptococcus mitis(同定確率75.9%),Streptococcus bovis(同定確率15.6%)であった。生化学的同定法において菌種鑑別が困難であったため,マトリックス支援レーザー脱離イオン化質量分析のMALDI Biotyper(Bruker Dltonics)を用い,エタノール・ギ酸抽出法による質量分析を実施した。質量分析結果はScore value順に,上位2菌種はStreptococcus equinus(Score value 1.896),Streptococcus lutetiensis(Score value 1.753)であった。生化学的同定法や質量分析において,同定確率やScore valueが低値を示したため,菌名報告はStreptococcus sp.とした。後日,16S rRNA遺伝子の塩基配列を解析した結果,Streptococcus infantariusの基準株(accession no. AF177729)と99.7% (1,373/1,377)の相同性であったことから,本菌種と確定された。亜種までの同定に関しては,生化学的性状にてβグルコシダーゼ産生(−),酸化反応でラフィノース(+),グリコーゲン(−),プルラン(−),メリビオース(−),メチルβDグルコピラノシド(−)ですべての性状が一致しなかったため鑑別は困難であった(Table 3)。

Table 3  S. infantarius subsp. 亜種の鑑別性状
生化学性状 本菌 infantarius coli
産生:βグルコシダーゼ +
酸化:ラフィノース + + ±
   グリコーゲン +
   プルラン +
   メリビオース ±
   メチルβDグルコピラノシド +

シスメックス・ビオメリュー ラピッドID32ストレップアピ 2015年3月改定(第8版)添付文書より引用

3) 薬剤感受性検査

ベックマン・コールター社の微生物感受性分析装置MicroScan WalkAway40Siと薬剤感受性パネルにMICroFAST 7Jを使用した。Table 4に薬剤感受性結果を示す。

Table 4  S. infantarius薬剤感受性試験結果
MIC(μg/mL) 判定
​Penicillin ≤ 0.03 S
​Ampicillin ≤ 0.06 S
​Cefotaxime ≤ 0.12 S
​Ceftriaxone ≤ 0.12 S
​Cefozopran ≤ 0.12 S
​Cefpirome ≤ 0.5 S
​Meropenem ≤ 0.12 S
​Erythromycin > 2 R
​Azithromycin > 4 R
​Clindamycin 0.25 S
​Minocycline ≤ 0.5 S
​Levofloxacin 2 S
​Vancomycin 0.5 S

S: susceptible, I: intermediate, R: resistant

IV  考察

S. infantariusによる感染性心内膜炎が冠動脈塞栓を引き起こした症例を経験した。本症例は緊急心臓カテーテル検査において,吸引による冠動脈塞栓治療後1週間は,集中治療室にてショックや心不全などの合併症に細心の注意が払われていたが,入院時の体温は36℃台,臨床検査値は白血球数およびCRP値共に軽度上昇,さらにその後の経過も,急激な炎症所見は認めなかったことからIEは疑われていなかった。塞栓物の病理組織検査結果で微生物感染疑いと診断され,8病日に血液培養,経食道心エコー検査などのIE精査が施行された。患者は,基礎疾患にインスリンでコントロールされている糖尿病があり,またリウマチ性多発筋痛症に対してステロイド治療が行われていることや84歳と高齢であることから,健常人と比較し免疫機構が脆弱となっていることが推測される。また生体弁を含む人工弁置換患者はIEを引き起こしやすいとされており1),本患者も4年前に大動脈弁置換術を施行されていることから,IEのハイリスク患者であったといえる。しかし,このような背景がありながら,症状や臨床検査値が軽度異常であったことより,IEの早期精査に至らなかった。IEの原因菌がStreptococcus属の場合とStaphylococcus aureusの場合を比較すると,Streptococcus属の場合はS. aureusよりも症状は軽症で,臨床検査値上も炎症所見は比較的軽度なことが多いと報告がある1)ことから,患者背景に加え,IEの原因菌の違いによる臨床症状の違いを考慮することが,IEの早期診断に繋がると推察された。本症例ではIEと診断されてから,血液培養や心エコー検査の他に,頭部単純CT検査,胸腹部単純CT検査も施行されており,陳旧性ラクナ梗塞疑い,脾梗塞疑いと診断されている。これらの結果により,疣腫は冠動脈への飛散の他に,塞栓症の好発部位である頭部や脾臓への飛散もあった可能性も示唆された。

本症例の原因菌は遺伝子学的同定法である16S rRNA塩基配列の相同性によりS. infantariusと決定された。本菌はbovis groupに属し,さらにDNAの相同性によってDNA group 4に属す菌種であり,膵臓癌,胆管癌および胆管炎を起こしやすいとされている8)。実際,本症例の患者も過去に,胃癌,大腸癌,大腸癌の肝臓,肺転移の手術既往があり,また胆嚢炎により胆嚢摘出手術の既往もあった。いずれも経過良好であるが,今回はS. infantariusによりIEを引き起こし冠動脈塞栓症に至った。

Streptococcus属の菌種のうち,bovis groupに属する菌種は,様々な疾患と密接な関連があることが知られている8)。IEと関連が深い菌種として,bovis group,DNA group 2に属するS. gallolyticus subsp. gallolyticusが報告されており8),また,この菌種は大腸癌との関連性も深いとされている9),10)。さらに,S. gallolyticus subsp. pasteurianusは,新生児や高齢者の髄膜炎との関連性が深いといわれている8)。このようにbovis groupの菌種が検出された場合,菌種ごとに推測される疾患が異なるため,各疾患の早期精査へと繋げるためには,正確な菌種同定や亜種名決定が重要である。しかしながら,生化学的性状に基づくStreptococcus属の同定は,菌種レベルでの鑑別が困難な場合が多く,本症例においても,当院で行った生化学的同定法ではmitis groupに属するS. mitisと同定され,S. infantariusとはgroupも異なる結果となった。また質量分析結果においては,Score value順の上位2菌種は,S. equinusS. lutetiensisであり,どちらもbovis groupに属する菌種ではあるが,Score valueがやや低値であった。本症例の菌株はBTB乳糖加寒天培地(BTB寒天培地)に極小コロニーを形成した。本培地は通常,グラム陰性桿菌に対する非選択培地として用いられているが,Staphylococcus属やEnterococcus属などのグラム陽性球菌も微小コロニーを形成する。一方,肺炎球菌や溶血性連鎖球菌など多くのStreptococcus属はBTB寒天培地に発育しないが,Enterococcus属と同様のLancefield血清型D群に属すbovis groupのStreptococcus属は,本培地に発育する可能性が高い。BTB寒天培地に発育したStreptococcus属菌が,生化学的同定法や質量分析において同定困難な場合は,bovis groupの菌種である可能性を考慮し,遺伝子学的な同定を実施することが望ましい。本症例では遺伝子学的同定法によりS. infantariusと判明後,生化学的性状よりS. infantariusの亜種である,S. infantarius subsp. infantariusS. infantarius subsp. coliの鑑別を試みたが,典型的な性状を示さなかったため,亜種レベルの鑑別は困難であった。

患者は現在,外来でフォローアップ中であるが,常にIEを引き起こすリスクが高いことを念頭におき,微熱などの軽い症状や軽度な臨床検査値の異常にも適切に対応していくことが重要である。また,血液培養などから,bovis groupの菌が検出された場合は,IEや消化管の悪性腫瘍の早期精査施行を,微生物検査室から提唱することの重要性が示唆された。一般の微生物検査室では,遺伝学的同定法を日常的に行うことが困難な場合が多いため,生化学的同定法に頼らざるを得ない現状があるが,日頃から質量分析や遺伝学的同定法などの解析を,円滑に近隣施設や専門施設等へ依頼できる体制を整え,正確な菌種同定を目指すことが重要である。

V  結語

弁置換術の既往などIEのハイリスク患者は,臨床症状の程度に関わらず,塞栓症が疑われる場合には,早急にIEの精査が行われることが望ましい。血液培養からbovis groupの菌が検出された場合は,正確な菌種の決定が重要であり,菌種ごとに推測される疾患の早期精査を提唱することが重要と示唆された。Streptococcus属の生化学的同定法は,菌種レベルでの鑑別が困難な場合が多いため,日頃から近隣施設や専門施設へ解析が依頼できる体制を整えておくことが望ましい。

謝辞

原稿を終えるにあたりご指導いただいた,当院副院長循環器内科 小野史朗先生,検体検査管理部長 服部幸夫先生,循環器内科部長 塩見浩太郎先生,外科部長 小林俊郎先生に深く感謝いたします。

COI開示

本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。

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