医学検査
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原著
心電図ストレインT波による大動脈弁狭窄症の評価
橋本 剛志時吉 恵美梅橋 功征吉田 一葉橋本 恵美桑崎 理絵岡村 優樹本山 眞弥
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2017 年 66 巻 3 号 p. 196-202

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Abstract

【背景】大動脈弁狭窄症(aortic stenosis; AS)は大動脈弁の狭窄を生じる病態であり,左室後負荷増大により求心性肥大を呈し,心電図検査において左室肥大型やストレインT波を認める。本研究はASの重症度とストレインT波の関連を研究した。【方法・結果】143名(平均年齢77.6 ± 8.7歳,女性92名,平均大動脈弁弁口面積1.07 ± 0.27 cm2)の中等度から重度AS患者を対象とし,期間内に行った心臓超音波検査と心電図検査を用いてAS重症度とストレインT波の関連を検討した。ストレインT波を認めるAS患者(36名)は,ストレインT波を認めないAS患者(107名)と比して,左室壁肥厚(p < 0.001),左房径拡大(p = 0.001),左室拡張障害(p < 0.001)を認めた。ストレインT波を認める患者は認めない患者と比較し大動脈弁弁口面積が狭小化していた(0.80 cm2 vs 1.15 cm2, p < 0.001)。ROC解析にてストレインT波の出現する大動脈弁弁口面積は0.94 cm2,体表面積補正値0.57 cm2/m2であった。期間内に大動脈弁人工弁置換術を行った患者のストレインT波の出現率は,置換術を行っていない患者より有意に高かった(52.6% vs 21.0%, p = 0.008)。【結論】AS患者におけるストレインT波はAS重症度評価や心機能評価に有用である。

I  序文

大動脈弁狭窄症(aortic stenosis; AS)は,大動脈弁の退行変性や先天性二尖大動脈弁,リウマチ・炎症性変化などによって大動脈弁の狭窄を生じる病態である1)。症状が出現してからの高度ASの予後は不良であり,心不全が出現してからの平均余命は2年とされている2)。また無症状であっても高度ASでは2年以内に心事故を発生することが多く3)注意深い経過観察を必要とする。

心電図ストレインT波は左室肥大の指標とされており,その出現は左室心筋の線維化を示唆しているとの報告もある4)。ASにおいても左室の求心性肥大を反映しストレインT波を認めることがある。しかし,心電図ストレインT波からASの重症度評価をした本邦での報告は少ない。

今回,我々はASの重症度と心電図ストレインT波出現の関連性について検討したので報告する。

II  方法

1. 対象

2013年1月~2014年1月までに当院で心臓超音波検査にてASの重症度評価を行った患者を後方視的に検討した。心臓超音波検査にて軽度ASと評価された患者,心電図検査にて脚ブロック,心房細動,ペースメーカー調律,房室ブロックの患者は除外した。

2. 心電図検査

標準12誘導心電図は感度10 mm/mV,紙送り速度25 mm/sec,フィルター150 Hzの設定で記録した。心電図の判読は患者背景を伏せた状態で,心電図検査に精通する臨床検査技師3名で行った。ストレインT波は胸部誘導における左右非対称の陰性T波とした(Figure 1)。

Figure 1 

Electrocardiogram (ECG) findings in 2 patients with aortic stenosis

The ECG for patient A (A) demonstrated left ventricular hypertrophy with ECG strain T pattern (ST segment depression and asymmetrical T wave inversion in the precordial leads), whereas the ECG for patient B. (B) demonstrated left ventricular hypertrophy without the strain pattern. Compared to patient B, patient A had a small aortic valve area (0.75 vs 1.25 cm2).

3. 心臓超音波検査

心臓超音波検査は心電図検査と同日に行った結果を用いた。心臓超音波検査は心臓超音波検査に精通した臨床検査技師2名にて評価した。ASの重症度は日本循環器学会ガイドライン5)に準じて,大動脈弁通過最大速度(AV PFV: m/s),大動脈弁通過最大圧較差(AV Max PG: mmHg),大動脈弁通過平均圧較差(AV Mean PG: mmHg),連続の式による大動脈弁弁口面積(AVA: cm2),大動脈弁弁口面積体表面積補正値(AVAI: cm2/m2)をもとに評価した。心臓超音波検査による心機能評価は左室拡張末期径(LVDd: mm),左室収縮末期径(LVDs: mm),左室中隔壁厚(IVSth: mm),左室後壁壁厚(LVPWth: mm),左室駆出率(EF,Teichholz法:%),左房径(LAD: mm),1回拍出量係数(SVI: mL/m2)を用い,左室拡張障害の指標としてE/e’を用いた。肺高血圧の指標として三尖弁逆流波形と推定右房圧より算出した推定右室圧(RVSP: mmHg)を用いた。

4. 血液学的検査

血液学的検査では心機能評価に血漿中BNP(brain natriuretic peptide; μg/mL)を用いた。

5. 統計学的解析

統計解析には統計解析ソフト「EZR(Ver. 1.33)」6)を使用し,2群間の比較にはMann-Whitney U検定とFisherの正確確率検定,最適カットオフ値の算出にはROC解析を用いた。危険率5%未満を統計学的有意差とした。

なお,本研究は国立病院機構鹿児島医療センター倫理審査委員会の承認を得て行った。

III  結果

1. 患者背景

対象期間に心臓超音波検査にてASの重症度評価を行った患者は292名であった。軽度ASと評価された患者37名,心房細動49名,脚ブロック35名,ペースメーカー調律26名,房室ブロック2名を除外し,143名で検討を行った(Figure 2)。

Figure 2 

Patient selection

AVA indicates aortic valve area.

対象患者の平均年齢は77.6 ± 8.7歳,女性92名であった。平均大動脈弁弁口面積は1.07 ± 0.27 cm2であった(Table 1)。対象患者における中等度の弁逆流を合併している患者は僧帽弁逆流6名,大動脈弁逆流3名であり,重度の弁逆流を合併している患者はいなかった。

Table 1  Baselines subject characteristics
Patients Age (yr) 77.6 ± 8.7
Gender (M/F) 51/92
Electrocardiogram PR int (ms) 180.2 ± 34.3
QRS dur (ms) 91.7 ± 10.9
QTc int (ms) 427.1 ± 23.7
SV1 (mV) 1.40 ± 0.7
RV5 (mV) 2.29 ± 0.9
RV5 + SV1 (mV) 3.67 ± 1.3
Echocardiogram IVSth (mm) 12.8 ± 2.3
LVPWth (mm) 12.6 ± 2.2
LVDd (mm) 43.0 ± 5.4
LVDs (mm) 25.9 ± 5.8
LAD (mm) 39.8 ± 6.0
EF (%) 70.5 ± 9.8
SVI (mL/m2) 49.5 ± 13.9
E/e’ 18.5 ± 8.5
RVSP (mmHg) 36.8 ± 11.3
AV PFV (m/s) 3.5 ± 1.0
AV Max PG (mmHg) 51.8 ± 31.6
AV Mean PG (mmHg) 28.8 ± 19.6
AVA (cm2) 1.07 ± 0.27
AVAI(cm2/m2 0.72 ± 0.20
Labo data BNP (μg/mL) 356.0 ± 714.5

Data presented in number or mean ± SD.

IVSth indicates interventricular septum thickness; LVPWth, left ventricular posterior wall thickness; LVDd, left ventricular end diastolic dimension; LVDs, left ventricular internal dimension in systole; LAD, left atrial dimension; EF, ejection fraction; RVSP, right ventricular systolic pressure; AV PFV, aortic valve peak flow velocity; AV max PG, aortic valve max pressure gradient; AVA, aortic valve area; AVAI, aortic valve area index; BNP, brain natriuretic peptide.

2. ストレインT波の有無による心臓超音波検査計測値の比較

本研究の対象患者において,心電図検査にてストレインT波のない患者(ストレインT(−)群)は107名,ストレインT波のある患者(ストレインT(+)群)は36名であった。ストレインT(−)群とストレインT(+)群において,心臓超音波検査計測値を比較した(Table 2)。心臓超音波検査の一般計測値で2群に有意差を認めた項目(中央値)はIVSth(12.0 vs 14.5 mm, p < 0.001),LVPWth(12.0 vs 14.0 mm, p < 0.001),LAD(39.0 vs 44.0 mm, p = 0.001),E/e’(14.3 vs 23.7, p < 0.001)だった。また,ASの評価項目においてストレインT(−)群とストレインT(+)群間で有意差を認めた項目はAV PFV(3.0 vs 4.2 m/s, p < 0.001),AV Max PG(36.0 vs 70.5 mmHg, p < 0.001),AV Mean PG(19.0 vs 40.0 mmHg, p < 0.001),AVA(1.15 vs 0.80 cm2, p < 0.001),AVAI(0.76 vs 0.52 cm2/m2, p < 0.001)であった。

Table 2  Electrocardiogram, echocardiogram and laboratory value compared to patients with strain T wave and without strain T wave
Strain T (−)
(n = 107)
Strain T (+)
(n = 36)
p-value
Patients Age (yr) 78.00 [73.00–83.50] 79.00 [73.00–84.25] 0.874
Gender (%) F 69 (64.5) 23 (63.9) 1
M 38 (35.5) 13 (36.1)
Electrocardiogram PR int (ms) 174.00 [156.00–200.00] 171.00 [161.50–198.50] 0.885
QRS dur (ms) 88.00 [83.00–95.00] 98.00 [90.00–104.00] < 0.001
QTc int (ms) 425.00 [410.00–435.00] 434.00 [418.00–445.50] 0.014
SV1 (mV) 1.18 [0.85–1.49] 1.88 [1.21–2.43] < 0.001
RV5 (mV) 2.23 [1.58–2.67] 2.45 [2.02–3.35] 0.04
RV5 + SV1 (mV) 3.38 [2.66–4.06] 4.60 [3.36–5.59] < 0.001
Echocardiogram IVSth (mm) 12.00 [11.00–13.00] 14.50 [13.00–16.00] < 0.001
LVPWth (mm) 12.00 [11.00–13.00] 14.00 [13.00–16.00] < 0.001
LVDd (mm) 43.00 [39.00–45.50] 43.00 [38.00–47.25] 0.847
LVDs (mm) 25.00 [22.50–27.00] 25.00 [21.75–29.25] 0.697
LAD (mm) 39.00 [35.00–43.00] 44.00 [41.00–45.00] 0.001
EF (%) 73.00 [68.00–76.00] 71.00 [67.00–77.25] 0.562
SVI (ml/m2) 49.23 [41.61–55.62] 46.15 [37.01–58.96] 0.675
E/e’ 14.30 [11.30–19.65] 23.70 [16.23–33.23] < 0.001
RVSP (mmHg) 35.00 [28.75–41.25] 36.00 [28.75–44.00] 0.324
AV PFV (m/s) 3.01 [2.61–3.66] 4.21 [3.43–5.30] < 0.001
AV max PG (mmHg) 36.00 [28.00–53.00] 70.50 [47.00–113.25] < 0.001
AV mean PG (mmHg) 19.00 [14.00–29.75] 40.00 [27.00–64.00] < 0.001
AVA (cm2) 1.15 [0.96–1.33] 0.80 [0.66–1.01] < 0.001
AVAI (cm2/m2) 0.76 [0.64–0.90] 0.52 [0.44–0.72] < 0.001
Labo date BNP (μg/mL) 66.05 [27.73–146.07] 317.90 [78.80–1,082.90] 0.001

Data presented in number (%) or median [25th–75th].

3. ストレインT波と大動脈弁弁口面積との関連

ROC解析により,ストレインT波の出現しうる大動脈弁弁口面積を算出した(Figure 3)。ストレインT波の出現しうるAVAは0.94 cm2(AUC 0.770,感度66.7%,特異度78.5%),AVAIは0.57 cm2/m2(AUC 0.777,感度60.6%,特異度85.2%)であった。

Figure 3 

Receiver operating characteristics curve of aortic valve area and aortic valve area index in patients with strain T wave

AUC indicates area under curve.

4. 心電図ストレインT波と大動脈弁人工弁置換術との関連

対象患者のうち大動脈弁人工弁置換術(aortic valve replacement; AVR)となった患者は19名(経カテーテル大動脈弁治療1名を含む)であった。AVRを施行したAS患者のうちストレインT(+)群は52.6%,一方でAVRを施行していないAS患者でストレイン(+)T群は21.0%であり,AVRを施行したAS患者の方がストレインT波の出現率が高かった(p = 0.008, Figure 4)。また本研究対象患者におけるストレインT波によるAVRの検出感度は52.6%,特異度は79.0%,陽性的中率は27.8%,陰性的中率は91.6%であった。

Figure 4 

Comparison between aortic valve replacement operation rate in patients with and without strain T wave

AVR indicates aortic valve replacement.

IV  考察

本研究ではASの重症度と心電図検査計測値や所見に関して以下のことが明らかとなった。①ASの患者でストレインT(+)群はストレインT(−)群より左室肥大,左室拡張障害が増強し,大動脈弁通過血流速度と圧較差の上昇,大動脈弁弁口面積の狭小化を認めた。②ROC解析により,AS患者においてストレインT波の出現する大動脈弁弁口面積のカットオフ値は0.94 cm2,体表面積補正値で0.57 cm2/m2であった。③AVRを施行したAS患者は,AVRを施行していないAS患者と比してストレインTの出現率が高かった。

本研究結果はAS患者におけるストレインT波の出現が,左室肥大と左室拡張障害,さらに大動脈弁弁口面積の狭小化を示唆するものであった。ASの重症化に伴って左室後負荷が増大し左室は求心性肥大を呈する。さらに肥大した左室は拡張能が低下することが知られており7)~10),心不全の要因ともなる11),12)。また肥大した心筋は線維化を伴っていることが多く,これにより心電図検査においてストレインT波が出現すると報告されている4)。本研究でストレインT(+)群のAS患者で有意に重症化していたのは,ASによる左室後負荷の増大で,左室肥大から心筋の線維化を呈していたからであると推測される。

ROC解析によるストレインT波の出現と大動脈弁弁口面積の算出では,大動脈弁弁口面積実測値で0.94 cm2,大動脈弁弁口面積の体表面積補正値で0.57 cm2/m2となった。日本循環器学会の弁膜症ガイドライン5)では,心臓超音波検査による大動脈弁弁口面積実測値で1.0 cm2未満,体表面積補正値で0.6 cm2/m2未満を重度ASの指標としている。本研究でストレインT波の出現しうる大動脈弁弁口面積,体表面積補正値は前出のガイドラインの重度ASとする指標に合致している。このことよりAS患者におけるストレインT波の出現は,重度ASを示唆しているものと考えられる。

大動脈弁人工弁置換術を施行した患者は施行していない患者と比してストレインT波の出現率が高かった。Andersら13)は症状のないAS患者において心電図ストレインT波の出現は心血管イベント,AVRと関連していると報告している。本研究のAS患者において,ストレインT(+)群はストレインT(−)群と比べAVRを施行した割合が高かった。また今回の結果ではストレインT(−)群における心臓超音波検査での一般計測値はほとんどが正常範囲内であり,AS評価項目においても中等度ASであった。一方でストレインT(+)群での心機能評価では左室肥大,左室拡張障害を認め,AS評価においても重度ASを示すものであった。またストレインT(+)群はストレインT(−)群より血漿BNP値が高値であることからも心機能異常を呈していると考えられる。このことより,AS患者におけるストレインT波の出現は重度ASとASによる心機能障害を示唆するものであり,大動脈弁人工弁置換術の施行率と関連したと推察する。

本研究はAS患者におけるストレインT波の出現がASの重症化とそれに伴う血行動態への影響を示すものであった。心電図検査は安価で,幅広い検査であり,簡易で経過観察に適した検査である。AS患者における心電図ストレインT波の有無は,ASの重症度評価や心機能評価に有用であることが示唆された。

本研究における限界は,後方視的研究のためストレインT波の出現時期やASの罹患期間が不明な点である。今回の結果でストレイン(−)群に重度AS患者も存在しており,これらの患者はASの罹患期間や心筋障害の程度が影響している可能性も否定できない。今後はストレインT波の出現時期とASの進行との関連について研究が必要である。

また心臓超音波検査におけるASの重症度評価では,過小または過大評価する現象(低流量低圧較差AS,奇異性AS,圧回復現象など)があることも考慮しなければならない。

V  結語

AS患者におけるストレインT波の出現は,AS重症度評価や心機能評価に有用であることが示唆された。

謝辞

本研究に協力いただいた,当院臨床検査科の上山倫世技師,竹原美枝技師,永里弘子技師に深く感謝する。

COI開示

本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。

文献
 
© 2017 一般社団法人 日本臨床衛生検査技師会
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