医学検査
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資料
病棟における検体採取業務について
櫛󠄀桁 久美山内 純根本 博彦田中 春美
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2017 年 66 巻 4 号 p. 375-380

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Abstract

2015年4月1日から臨床検査技師等に関する法律施行令等の検体採取における改正が施行されることとなった。当院では2001年にインフルエンザ抗原迅速検出キットが導入されてから,検体採取や検査に関連する発熱時間,インフルエンザワクチン接種の影響や咽頭,鼻腔ぬぐい検体,鼻腔吸引検体などが検査結果に及ぼす影響,検体の正しいとり方,保管方法,感染対策等の知識を院内に発信し能動的に検体採取に関与してきた。また検体採取時の患者の心理状態を理解し,配慮のある患者接遇のための実践教育を施行している。検体採取時に患者と向き合い病態を把握することで主治医と価値の共有化や迅速な検査結果を導くことが可能となり,医師・看護師の業務負担軽減にも寄与できた。検体採取から検査までを一貫して行うことで適切な検体採取と迅速な検査結果報告が可能となり質の良い治療の提供につながった。何よりも課内スタッフの患者対応への意識変革となっている。

I  序文

当法人は医療・保健・福祉が連携したグループであり,かねてから多職種スタッフの専門性を生かし目的と情報を共有しながら業務を分担することでチーム医療を推進してきた。臨床検査技師は4名所属し,業務内容は生化学や血液,輸血などの検体検査,心電図,超音波検査などの生理検査,糖尿病療養指導,弾性ストッキング指導及び健康診断,人間ドック等を行っている。また,感染制御チーム(infection control team; ICT),栄養サポートチーム(nutrition support team; NST),輸血療法委員会など多くのチーム活動に積極的に携わっている。そのなかでインフルエンザ検査等の検体採取やポータブルによる生理機能検査のベッドサイド検査を臨床検査技師が施行している。

今回は病棟における検体採取業務の現況を報告する。

II  検体採取概要

1. 検体採取・検査情報の院内への発信

2001年のインフルエンザ抗原迅速検出キットの導入とともに,「正しい検体採取のオリジナル動画」を作成し,院内研究発表会の場を利用して全職員へ発信した。そのほかにインフルエンザ罹患とインフルエンザワクチン接種の統計,発熱時間の影響や咽頭検体,鼻腔ぬぐい検体,鼻腔吸引検体などが検査結果に及ぼす影響1)について継続的に報告した。また感染防止対策等の知識の普及にも関わり,能動的に検体採取を実施した。

2. 感染防止対策の発信

当院では臨床検査技師が院内感染管理者ということもあり,他部署への感染防止対策の出前研修会を実施している。また手指衛生の5モーメントの推進のために携帯型手指消毒剤を導入した(Figure 1)。検体採取時は経路別標準予防策を遵守し,また患者及び家族への感染対策として咳エチケットや手洗い,うがいの説明を行った。

Figure 1 

携帯型手指消毒剤導入

サークルで示すような携帯型にしたことで手指衛生の遵守率が向上し,検体採取の感染防止対策の有効的なツールとなっている。

3. 患者接遇の実践

臨床検査技師が接遇インストラクター資格を取得し,コミュニケーションの訓練法として,交流分析のエゴグラムを利用し臨床検体技師各々が目配り,気配り,心配りを持つことを意識して人間力(コミュニケーション能力)を向上することにつなげている。北村2)によると検体採取は単に,検体を採取するにとどまらず,それに伴ういくつかの新しい知識やコミュニケーション能力が必要であり,安全に検体採取を行うためだけではなく,患者に説明し安心してもらうためでもあると述べている。

III  実施状況

1. 年間検体採取件数

2015年4月~2016年3月までのインフルエンザ検査数(鼻腔ぬぐい・鼻腔吸引)987件,溶連菌・アデノウイルス・マイコプラズマ抗原・ヒトメタニューモウイルス242件,白癬検査106件(外来件数含む)。

2. 検体採取評価

院内でインフルエンザ検体採取を施行している臨床検査技師と看護師の検体採取時の職種別陽性率比較では臨床検査技師の検体採取陽性率41.73%,看護師の検体採取陽性率34.29%であった(Figure 2)。

Figure 2 

インフルエンザ検体採取職業別陽性率

臨床検査技師と看護師の検体採取時の陽性率比較は臨床検査技師の検体採取陽性率41.73%,看護師の検体採取陽性率34.29%であった。症例数は臨床検査技師944件,看護師589件。

またインフルエンザ検査における鼻腔吸引検体,鼻腔ぬぐい検体とリアルタイムPCR法を基準とした相関では,鼻腔吸引検体での感度,特異度が(H1N1)2009ウイルスで87.3%(48/55),100.0%(42/42),季節性A型ウイルスで100.0%(7/7),100.0%(90/90),B型ウイルスで100.0%(11/11),100.0%(86/86)であった(Table 13)。鼻腔ぬぐい検体における感度,特異度は季節性A型ウイルス50.0%(3/6),100.0%(94/94),B型ウイルスで79.6%(43/54),100.0%(46/46)であった(Table 23)。鼻腔吸引検体では鼻腔ぬぐい検体に比較して良好な感度を示した。また小児では鼻腔吸引手技の採取時間が一瞬で終了することもあり恐怖感が少なく検体量も確実に採取できた。しかし鼻腔吸引に関わる手間とコストがかかることが欠点として挙げられた。

Table 1  インフルエンザ鼻腔吸引検体におけるRT-PCR法と比較した感度と特異度
RT-PCR法
(H1N1)2009 A B
+ + +
A試薬鼻腔吸引 + 48 0 48 7 0 7 11 0 11
7 42 49 0 90 90 0 86 86
55 42 97 7 90 97 11 86 97
感度 87.3%(48/55) 100.0%(7/7) 100.0%(11/11)
特異度 100.0%(42/42) 100.0%(90/90) 100.0%(86/86)
一致率 92.8%(90/97) 100.0%(97/97) 100.0%(97/97)

A試薬はインフルエンザ抗原迅速検出キット

文献3)八角病院結果より転載

インフルエンザ鼻腔吸引検体におけるリアルタイムPCR法を基準としたインフルエンザ抗原迅速検出キットの感度は87.3%~100%,特異度は100%。鼻腔吸引検体では鼻腔ぬぐい検体に比較して感度の向上を認めた。

Table 2  インフルエンザ鼻腔ぬぐい検体におけるRT-PCR法と比較した感度と特異度
RT-PCR法
A B
+ +
A試薬鼻腔ぬぐい + 3 0 3 43 0 43
3 94 97 11 46 57
6 94 100 54 46 100
感度 50.0%(3/6) 79.6%(43/54)
特異度 100.0%(94/94) 100.0%(46/46)
一致率 97.0%(97/100) 89.0%(89/100)

A試薬はインフルエンザ抗原迅速検出キット

文献3)八角病院結果より転載

インフルエンザ鼻腔ぬぐい検体におけるリアルタイムPCR法を基準としたインフルエンザ抗原迅速検出キットの感度は50.0%~79.6%,特異度は100%。

3. インフルエンザ疑い患者における発熱経過時間ごとの陽性率

鼻腔吸引検体について発熱経過時間3),4)を問診時に確認し,発熱発生時から検体を採取した時間ごとの2試薬のインフルエンザ抗原迅速キットで陽性となった検体数とリアルタイムPCR法にて陽性になった検体数を比較した。各時間における感度は(H1N1)2009において12時間以内は85.7%,12時間以降24時間以内はA試薬において 90.6%,12時間以内の検査でも陽性例を確認した。なお,A型及びB型ウイルスでは各時間の検出感度は同等であった(Table 33)

Table 3  インフルエンザ鼻腔吸引検体における発熱経過時間ごとの陽性率
発熱経過時間 鼻腔吸引検体
A試薬 B試薬
(H1N1)2009 A B (H1N1)2009 A B
~6時間 50.0%(3/6) 100.0%(1/1) 100.0%(1/1) 50.0%(3/6) 100.0%(1/1) 100.0%(1/1)
~12時間 85.7%(6/7) 100.0%(2/2) 85.7%(6/7) 100.0%(2/2)
~24時間 90.6%(29/32) 100.0%(3/3) 71.9%(23/32) 100.0%(3/3)
~48時間 100.0%(1/1) 100.0%(1/1) 100.0%(9/9) 100.0%(8/8) 100.0%(1/1) 100.0%(9/9)
~72時間 100.0%(1/1) 100.0%(1/1)
~96時間
~120時間 100.0%(1/1) 100.0%(1/1)

文献3)八角病院の結果より転載

インフルエンザ鼻腔吸引検体の発熱発生時から検体を採取した時間ごとにインフルエンザ抗原迅速キットでの陽性検体数とリアルタイムPCR法での陽性検体数を比較した。12時間以内は85.7%,12時間以降24時間以内はA試薬で90.6%,12時間以内の検査でも陽性を示すことが示唆された。

4. インフルエンザワクチン接種歴と罹患率

インフルエンザ疑いで受診した患者の問診時に,インフルエンザワクチン接種歴を確認した結果(2013–14シーズン)では,インフルエンザワクチン接種群でのインフルエンザ罹患率は3.0%,インフルエンザワクチン非接種群でのインフルエンザ罹患率は37.4%であった。院内職員のインフルエンザワクチン接種5)の啓発資料として有効的な結果を示している(Figure 3)。

Figure 3 

インフルエンザワクチン接種歴と罹患率(全年代)

A:ワクチン接種群でのインフルエンザ罹患率3.0%。

B:ワクチン非接種群でのインフルエンザ罹患率は37.4%。職員へ情報をフィードバックすることでインフルエンザワクチン接種率向上の啓発に効果を示している。

5. 検体採取に関するアンケート結果

臨床検査技師が検体採取を行うことが医師,看護師の業務負担軽減となるかについての評価としてアンケート調査を実施した(Figure 4)。対象者は医師,看護師43名で,回収率は100%であった。医師,看護師の業務の負担が軽減されていると回答したスタッフは100%であった。また患者への臨床検査技師の検体採取の評価として検査説明及び検査を行った後に,安心して検体採取を受けることができたかについてアンケート調査を実施した(Figure 5)。対象者はインフルエンザ検体採取を施行した患者32名で,回収率は100%であった。「本日の検体採取と検査に対する説明は理解できましたか」の質問には全員が理解できたと回答した。「検体採取は安心して検査できましたか」には,94%が安心して検査できたと回答し,安心できなかった6%は検体採取や病院自体が苦手であるとの理由からであった。

Figure 4 

検体採取に関する医師,看護師への業務負担アンケート

対象者は医師,看護師43名で回収率は100%。臨床検査技師の検体採取は医師,看護師への業務負担軽減になっているかの回答結果は100%が負担軽減を示している。

Figure 5 

検体採取に関する患者へのアンケート

対象者はインフルエンザ検体採取を施行した患者32名で回収率は100%。検査説明に対するアンケート結果は 100%が説明は理解できたと回答しており,検体採取は安心して検査できたかのアンケート結果では94%が安心して検査できたと回答した。

IV  考察

「正しい検査は正しい検体採取から」の情報を院内に能動的に継続して発信してきたことで当院での検体採取は必然的に臨床検査技師の業務となっている。アンケート結果から病棟における検査説明,検体採取は医師,看護師の負担軽減につながり,また患者に対して,臨床検査技師の専門性にもとづいた検査説明と安心できる正しい検体採取の遂行から,より質の高い医療の提供へと貢献できていると考える。患者への検査前説明では,「鼻出血回避のために患者が出血しやすい要因を持っているかを確認した上で検査していることに安心した」とアンケートへ記載された患者もいた。

インフルエンザ検体採取の職種別陽性率では,臨床検査技師が採取した陽性率が看護師より良好な結果であった。採取手技に関する看護師へのアンケート結果(Figure 6)から,鼻腔の検体採取時のスワブは下からではなく鼻孔から耳孔に向かって平行に挿入することを知らなかったと回答した看護師が18.0%おり,手技の再確認につながった。夜間,休日のインフルエンザ検体採取は看護師が施行しているため,検体採取手技の統一をすることは職種別陽性率の是正の一助になると考える。看護師へのアンケート調査で「病棟検査技師の配置は必要か」を質問したところ95%が必要と回答した。臨床検査技師の検体採取は24時間対応してほしいとの要望もあった。また感染防止対策としての携帯型手指消毒剤の導入により,手指消毒薬使用量(antiseptic usage density; ASUD)が,導入前の6.8 mLから13.0 mLへと増加した。このことにより5モーメントの接触感染防止対策も強化され,手指消毒薬を使用したいときに迅速に使用できることにより2015年から2017年シーズンにおけるインフルエンザ感染の院内アウトブレイク報告数は0件であった。看護師アンケートからも「携帯型手指消毒剤にしてから病棟でのアウトブレイクがないと感じる」と回答を得た。職業感染防止の啓発としてのインフルエンザワクチンの接種率は年々上昇してはいるものの94.7%であり100%にむけて今後も取り組んでいきたい。臨床検査技師が「正しい検査は正しい検体採取から」を継続的に発信した現在では検体採取業務に関わる中心的な存在として病棟支援効果となっている。

Figure 6 

インフルエンザ検体採取の手技・病棟検査技師配置に関する看護師へのアンケート

対象者は看護師39名で回収率は100%。インフルエンザ鼻腔検体採取スワブは鼻孔から耳孔に平行に挿入するに対し,18%が知らなかったと回答した。また病棟検査技師の配置は必要かに対し,95%が必要と回答した。

V  結語

検体採取から検査を一貫して行うことで,結果報告の時間短縮や感染防止対策はもとより,課内スタッフが患者応対や言葉に思いやりを持ち,自分視点から相手視点で役割を果たす気概を持ち始めてきた。今後多様化する病棟業務,求められる業務に対応するために,病棟における検査関連業務を把握し,病棟業務の拡大に早急に取り組む検討が必要であると思われた。

 

本研究は,医療法人日新堂八角病院倫理委員会の承認を得て実施した。

COI開示

本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。

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© 2017 一般社団法人 日本臨床衛生検査技師会
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