医学検査
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第六部 その他の検査
第1章 嗅覚検査
河月 稔
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2017 年 66 巻 J-STAGE-2 号 p. 84-89

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Abstract

嗅覚障害は直接的には生死に関係が少ないことや,外傷性などでない場合は症状の発現や進行が一般的に緩徐であり自覚されにくいことが原因で放置される傾向にある。嗅覚機能は,食品の腐敗への気づきや調理に関与し,ガス漏れや煙など身の危険を察知するためにも重要である。特定の認知症では嗅覚関連領域に病理学的変化が生じるため嗅覚機能の低下をきたすと考えられている。特にアルツハイマー型認知症とレビー小体型認知症でその報告は多く,病期の初期に障害されることがわかっている。認知機能の低下も異常な食行動を招く要因であり,認知症患者における嗅覚機能の低下を早期に発見し,アプローチすることはその後の生活の質を維持するために極めて重要である。しかし,加齢に伴っても嗅覚機能が低下することが知られており,その鑑別を正確に行うことは,現行の嗅覚検査法では困難である。一般的には,認知症の嗅覚障害のほうが重度であると報告されているが,今後,認知症の嗅覚機能の低下をより早期に発見できる検査法や,認知症患者の嗅覚障害への治療法あるいは予防法の開発が期待される。

I  臨床的意義

ヒトでは嗅神経細胞は約500~1,000万個存在し,嗅神経細胞膜上に存在するにおい分子受容体は396種類あることが示されている1)。個々のにおい分子は単数あるいは複数の受容体と結合し,同じ受容体を持つ嗅神経細胞は,嗅球の同じ糸球体に軸索を投射する(Figure 1)。つまり,においの違いは嗅球にある糸球体の反応の違いとして認識される。嗅球からは外側嗅索を通り,単シナプス性に前嗅核,嗅結節,前梨状皮質,後梨状皮質,扁桃体,嗅内皮質へと投射され,その後,海馬や眼窩前頭皮質へと刺激が伝達していく2)。海馬や扁桃体は,においの記憶や,においに対する感情を司る部位であり,眼窩前頭皮質は,感覚情報の統合や弁別学習(特定のにおいに対して反応する学習行動)などの処理を担っている。ほとんどの感覚系(視覚,聴覚など)では,入力された情報は,最初に視床に到達し,そこから一次感覚野に送られるのに対し,嗅覚では視床を経由しないという点で,他の感覚系と違い特殊である。

Figure 1 

嗅覚の伝達様式

におい分子①は受容体Aと反応し,におい分子②は受容体A,Cと反応するように,個々のにおい分子は単数あるいは複数の対応する受容体と結合する。同じ受容体を持つ嗅神経細胞は,嗅球の同じ糸球体に軸索を投射し,その後,外測嗅索を通り前嗅核,嗅結節,前梨状皮質,後梨状皮質,扁桃体,嗅内皮質へと刺激が伝達されていく。

認知症の定義として認知機能の低下が前提であるが,特定の認知症では認知機能の低下に先行して嗅覚障害が生じると考えられている。例えば,アルツハイマー型認知症(Alzheimer’s disease; AD)では海馬の萎縮に先行して嗅覚関連領域へのアミロイドβ蛋白やリン酸化タウ蛋白の沈着がみられるということが知られており,認知症の嗅覚障害の背景には病理学的な変化が関与している。嗅覚が低下すると,腐った食べ物を識別する能力の低下,ガス漏れや煙に気づく能力の低下など,食生活や安全性に危険を及ぼし,生活の質(quality of life; QOL)の低下を招くと考えられる。また,65歳以上の高齢者において死亡率を高める要因として,嗅覚障害や認知症の有無が関与しているとの報告もある3)。嗅覚機能の低下は加齢に伴っても生じることが知られているが,その進行は緩徐であるため,気づかれにくく放置される傾向にある。さらに,認知症患者となると,認知機能の低下があるため,特に検査をしないとその発見は困難である。我々の行った調査でも,ADの人を対象に,においを感じにくいと思うかという質問をしたところ,25%の人が「思う」と回答したが,実際に嗅覚検査を実施したところ82.5%の人が嗅覚検査スコアの低下を示し,自覚症状は非常に乏しいという結果となった。

現在のところ加齢や認知症に伴う嗅覚障害に対して有効な治療法や予防法は確立されていないが,アロマセラピー等により嗅覚を刺激することで,嗅覚機能の再生を増強でき,嗅覚障害を改善できる可能性が考えられている。また,AD患者を対象に,昼にローズマリーカンファーとレモンをブレンドしたアロマオイルを,夜に真正ラベンダーとスイートオレンジをブレンドしたアロマオイルを使用したアロマセラピーの実施により,認知機能が改善したという報告もあり4),嗅覚を刺激することで,嗅球以降の刺激伝達部位である大脳辺縁系にも効果をもたらすと考えられる。嗅覚は認知症の早期発見のターゲットになるとともに,治療や予防のターゲットにもなりうる可能性があり,その評価は極めて重要であると考える。

II  検査の方法

代表的な嗅覚検査法とその評価項目をFigure 2に示す。各検査の詳細は下記をご参照いただきたい。

Figure 2 

代表的な嗅覚検査キットとその評価項目

国内および海外で使用されている嗅覚検査キットを示す。多くの検査キットは,においの同定能力を評価するものであり,においの閾値や識別を評価できる検査法は少ない。T&Tオルファクトメーター,OSIT-J,Open Essenceは国内産の嗅覚検査キットで,UPSIT,Sniffin’ Sticks,B-SITは海外製の嗅覚検査キットである。

1. 基準嗅覚検査(T&Tオルファクトメーター)

T&Tオルファクトメーターは,においの検知閾値と認知閾値を評価できる検査である(詳細については第一薬品産業株式会社のホームページや製品の添付文書を参照していただきたい)。においは,β-フェニルエチルアルコール(ローズ様の香気),メチルシクロペンテノロン(香ばしいカラメル様香気),イソ吉草酸(汗様の不快臭),γ-ウンデカラクトン(桃様の香気),スカトール(糞様の不快臭)の5種類の成分で構成されている。各においは,最も濃い濃度を基準に10倍ずつ,計8段階に希釈されている(但し,メチルシクロペンテノロンのみ7段階となっている)。検査者はニオイ紙の一端を持ち,他端を1 cmほど嗅覚測定用基準臭の中に浸してから,被検者に渡し,ニオイ紙の先端を鼻先約1 cmに近付けてにおいをかいでもらう。最も薄い濃度から始めて,どんなにおいなのかわかるまで次第に濃度を濃いものへと上げていく。初めてにおいを感じた濃度(検知閾値)と,それがどのようなにおいかまたはどのような感じのにおいかがわかった濃度(認識閾値)を,専用のオルファクトグラムに記録する。但し,評価は検知閾値より認知閾値の方が実際の生活の状況をよりよく表すため,認知閾値の平均値を採用する。また,検査に際して,においが部屋に拡散するため,排気ダクトのある部屋,あるいは専用の脱臭装置を常備しておかなければならない。

2. 静脈性嗅覚検査(アリナミンテスト)

アリナミンテストは,ビタミンB1製剤のアリナミン注射液2 mLを20秒かけ左肘静脈に注入し,特有のニンニク臭を感じるまでの時間とにおいを感じなくなった時間を被検者本人に知らせてもらい,評価するものである。但し,注射は医師または医師から指示を受けた看護師が行うことができ,臨床検査技師は行うことはできない。したがって,アリナミンテストでは検査の説明とにおいについて被検者から申告があった時間の記録を行うことが臨床検査技師の役割となる。

3. においスティック(Odor Stick Identification Test for Japanese; OSIT-J)5)

OSIT-Jは,においの同定能力を評価できる検査である(詳細については第一薬品産業株式会社のホームページや製品の添付文書を参照していただきたい)。においは日本人に馴染みのある12種類のにおい(墨汁,材木,香水,メントール,みかん,カレー,家庭用のガス,バラ,ヒノキ,蒸れた靴下・汗臭い,練乳,炒めたにんにく)で構成されている。においはマクロカプセル化され,スティック型の容器に納められている。スティックを薬包紙に塗り付けて,その薬包紙を被検者に渡し,3~5回擦り合わせてにおいを揮発し,鼻に近付けて嗅いでもらい,専用の選択肢カードから回答を1つ選んでもらう。但し,被検者が高齢や幼少,病気等で擦り合わせて揉むことが困難な場合は,検査者が揉んで被検者に手渡す。検査に際して,次のにおいをかいでもらうまでのインターバル(説明書では30秒程度)を設ける必要はあるが,薬包紙に塗り付ける作業やすり合わせる作業に時間を要するため,あまり長くとらなくても問題ないと考える。においはマイクロカプセル化されているため,におい漏れがほとんどなく,専用の脱臭装置は無くても検査可能である。

4. Open Essence

Open Essenceは,においの同定能力を評価できる検査である(詳細については和光純薬工業株式会社のホームページや製品の添付文書を参照していただきたい)。においは日本人に馴染みのある12種類のにおい(OSIT-Jと同様のにおい)で構成されている。検査用カードの内側にマイクロカプセル化されたにおい成分がすでに塗布されているため,二つ折りになっているカードを開いて,すぐににおいをかいでもらう。においがよくわからなかった場合は,カードの内側同士をこすり合わせ,再度においをかいでもらう。OSIT-Jと同様で,においはマイクロカプセル化されているため,専用の脱臭装置は無くても検査可能である。

5. その他の嗅覚検査法

海外では,40種類のにおいで構成されており,マイクロカプセル方式を採用しているUniversity of Pennsylvania Smell Identification Test(UPSIT)6),においの同定,識別,閾値の3種類の検査が実施できるフェルトチップペン方式のSniffin’ Sticks7),UPSITから多文化的な12種類のにおいを選択しているBrief Smell Identification Test(B-SIT)8)等が多くの研究で用いられている。海外製の嗅覚検査キットを日本人に対して使用する際は,そもそもにおいを知らない可能性があるため誤答に対する評価には注意が必要である。

III  検査データ

はじめに述べたように,特定の認知症では嗅覚関連領域の病理学的変化により嗅覚障害を呈する。認知症の中でも神経変性疾患で主に生じるとされており,嗅覚障害についての報告が多い疾患としてはAD,レビー小体型認知症(dementia with Lewy bodies; DLB)が挙げられる。また,嗅覚障害は,その後の認知機能低下の危険因子となるとの見解も報告されており9),嗅覚障害が認知症の早期に生じる変化であり,早期に嗅覚機能を評価することは極めて重要である。本項では,数多くある認知症の中でも4大認知症の嗅覚障害について概説する。但し,現在のところ認知症の嗅覚障害を評価するためのコンセンサスの得られた有用な検査法がないため,検査法の視点からではなく疾患を基準に記載していることをご容赦いただきたい。

1. AD

嗅覚関連領域への病理学的変化については,嗅上皮,嗅球,嗅内皮質など様々な部位への関与が報告されている。Braakらの神経原線維変化のステージ分類では,最も早期に嗅内野に神経原線維変化が出現する(但し生理的な加齢でもみられる)と報告していることや10),Thal amyloid phaseでもphase2と早い段階から嗅覚領域にアミロイドβ蛋白の沈着を認めるとされており11),ADにおける嗅覚障害は極めて早期の変化であると考えられる。

また,病理学的な側面だけでなく臨床研究でも,嗅覚機能の障害が起きることが数多く報告されており,認知機能障害のない者と比較してADではOSIT-Jを用いて評価した嗅覚検査のスコアが有意に低下していたことが示されている12)。また,ADの嗅覚障害は,認知機能の低下に先行して生じることや,脳脊髄液中のアミロイドβ蛋白やリン酸化タウ蛋白の変化と関連があることも報告されている12)。軽度認知障害(mild cognitive impairment; MCI)での検討においても,平均42か月の追跡後にADに移行したMCIのほうが,移行しなかったMCIに比べて,追跡開始時の嗅覚機能が低下していたと報告されており13),早期発見のための検査としての利用価値は高い。嗅覚機能は客観的な評価法である硫化水素(H2S)等の刺激による嗅覚事象関連電位(olfactory event-related potentials; OERPs)でも評価することができるが,ADでは嗅覚伝達の障害が比較的軽度であり,Sniffin’ Sticksによる主観的な嗅覚検査法の結果のほうが悪化していたことが報告されており14),においの閾値の障害よりも同定能力の低下がより重度であると考えられる。

2. DLB

DLBでは,一般的にADより嗅覚障害が重度であるとの報告が多い。DLBの嗅覚障害については,嗅球や前嗅核などへのレビー小体の沈着やドパミン作動性神経の変性が関与していると考えられている。においの検出はドパミン作動性神経に依存している可能性があり,ドパミン作動性神経刺激を受ける前部帯状回へのレビー小体が多いほど嗅覚脱失を生じやすいと報告されている15)。ADでは嗅覚脱失を呈することは比較的少なく,嗅覚障害の重症度の違いによってADとの鑑別に有用であるとの研究報告も示されている16)。また,MCIからDLBへ移行した人は,MCIの時点での嗅覚検査のスコアが,MCIからADへ移行した人やMCIからDLBやADに移行しなかった人に比べて有意に低かったとされており,早期発見のマーカーとしても有用であると考えられる17)

3. 前頭側頭型認知症(frontotemporal dementia; FTD)

FTDでは臨床的に嗅覚障害を呈するとの報告はあるが18),病理学的な検討として嗅上皮へのTAR DNA-binding protein 43 kDa(TDP-43)の関与は無かったとされている19)。前部帯状回や眼窩前頭皮質,あるいはにおいの処理において活性化される側頭葉,島皮質の萎縮により嗅覚障害をきたすと推測されるが,FTDの嗅覚障害が早期の変化かどうかについては不明である。

4. 血管性認知症(vascular dementia; VaD)

VaDでは,健常高齢者より嗅覚機能は低下しており,ADと同程度の嗅覚低下を認めるとの報告もあるが20),VaDにおける嗅覚機能を検討した研究は比較的少ないのが現状である。その理由の一つに,VaDで生じる嗅覚障害の原因については解明されていないという点が挙げられる。脳梗塞の既往がある人を対象にした症例研究では,Sniffin’ Sticksによる嗅覚検査のスコアは正常あるいはわずかに低下しているが,OERPsでは潜時の延長や脳波の反応を認めないケースもあり,患者の主観的には正常であるが,客観的には嗅覚障害が生じていたことを示した21)。この原因として,脳梗塞や虚血の程度が考えられ,嗅覚経路の障害が片側であればもう一方の嗅覚で補うことにより,主観的な嗅覚検査の結果には影響を及ぼさなかったと考えられる。つまり,両側の嗅覚経路に障害をきたすと,嗅覚障害は極めて重度となる。

IV  検査実施上の留意点

嗅覚検査を実施する際は,結果に影響を与える要因について知っておく必要がある。65歳以上の高齢者で発症することが多い認知症患者を対象に検査を行う際は,第一に加齢の影響が挙げられる。嗅神経細胞は再生する能力を有しており,機能の落ちた嗅神経細胞は新しいものと置き換わっていくが,加齢に伴いターンオーバーが延長し,新生能力が低下する。そのほかにも,嗅上皮の嗅神経細胞層は薄くなり,基底細胞層では基底細胞が減少することや,嗅球の糸球体や僧帽細胞が減少することが知られている22)。UPSITを用いた過去の研究では,嗅覚機能が最も良かったのは20~40歳代で,60歳代から低下傾向を示し,70歳代以降ではより顕著であったと報告されており22),加齢に伴って嗅覚機能が低下する可能性が示唆される。

その他にも,嗅覚機能の低下に与える要因として,性別や喫煙の有無23),海馬や嗅内皮質のボリューム24),さらには動脈硬化(頸動脈の内膜中膜複合体厚)が嗅覚低下の一因であったとの報告もあり25),加齢による嗅神経細胞の再生能力の低下のみならず,その他の要因も相乗的に関与して,嗅覚機能の低下を引き起こしている可能性が考えられる。したがって,検査結果に与える影響は多数あることを念頭に置き検査を行うことが大事であり,現状は嗅覚検査だけで認知症を判断することはできないため,他の検査結果と総合的に判断する必要がある。

また,においをかぐ際の鼻との距離やにおいをかぐ時間は一定であるか,検査キットの劣化によるにおいの変性がないか等,検査の標準化の点においてもできる限りの対策が必要であると考える。

V  認知症患者への対応と注意事項

認知症患者に対する嗅覚検査の問題点としては,患者の主観的な評価であると信頼性が担保されない場合があることである。例えば,OSIT-Jでは無臭スティックが同包されており,そのにおいをかいで「無臭」と答えるか確認することがあるが,実際に認知症の人に検査をしていると無臭のにおいに対しても強制的に選択肢から1つ選ぶ人をしばしば経験する。現在のところ,世界的にも認知症診療に特化した嗅覚検査法は開発されていないが,においは育ってきた文化により馴染みが異なるため,我が国独自の嗅覚検査キットが必要である。検査の信頼性や標準化という点で課題はあるが,ものづくり大国日本の技術により,認知症の早期発見のための嗅覚検査法が開発されることを期待する。

VI  診療報酬点数

2016年度現在の診療報酬は,基準嗅覚検査(T&Tオルファクトメーター)は450点で,静脈性嗅覚検査(アリナミンテスト)は45点である。その他の嗅覚検査法は,保険適用外の検査である。

COI開示

本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。

文献
 
© 2017 一般社団法人 日本臨床衛生検査技師会
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