医学検査
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第三部 検体検査
第2章 血液検査
市村 輝義
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2017 年 66 巻 J-STAGE-2 号 p. 47-50

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Abstract

血液検査は,認知症の有無,分類をする上には,特異的ではないが,認知症症状を示す疾患や,認知症に似た症状をきたす疾患との識別には有用であり,認知症の原因の特性を区別する検査である。特に,血管性危険因子(高血糖,高脂血症,高血圧など)は,動脈硬化にともなう血管性認知症を予防するために,重要な検査項目となる。ここでは,糖尿病検査(血糖,HbA1c),生活習慣病検査(総コレステロール,HDLコレステロール,トリグリセライド),高血圧症関連検査などについて説明する。また,感染性認知症,二次性認知症,アルコール性認知症や身体疾患に伴う認知症など認知症に似た症状を示す疾患について述べる。

I  総論

認知症診断における血液検査(主に生化学検査)は,非常に限定的である。アルツハイマー型認知症などの認知症を直接診断することは不可であるが,認知症症状を示す疾患や,認知症に似た症状をきたす疾患との識別には有用である。

多くの血液検査は,認知症の原因の特性を区別する検査で,栄養障害やアルコール性認知症,ビタミンB1・B12欠乏症,ホルモン(甲状腺ホルモンなど)低下,感染症(梅毒,淋病,HIVなど),循環・呼吸障害(脳酸素欠乏症,重症無呼吸症候群など)がある。血管性危険因子(高血糖,高脂血症,高血圧など)は,動脈硬化にともなう血管性認知症を予防するために,重要な検査項目となる1)

II  糖尿病の検査

糖尿病は脳の動脈硬化を促進する。動脈硬化が進めば脳梗塞の発症リスクが高くなり,血管性認知症にもなりやすくなる。糖尿病の三大合併症といえば,網膜症,腎症,神経障害だが,近年は「認知症」もその一つとして注目され始めている。

インスリンはアミロイドβの分解を助ける働きがあるため,糖尿病によってインスリン分泌が低下している状態では,アミロイドβが蓄積しやすく,アルツハイマー型認知症の発症リスクを高めると考えられている。

1. 血糖

1) 臨床的意義

高血糖はインスリン分泌低下,インスリン感受性低下により,肝臓での糖新生亢進や末梢組織での糖利用低下によりおこる。また,低血糖はインスリン過剰状態(過剰分泌,過剰投与など)やアルコール摂取やコルチゾール不足によっておこる。

2) 検査方法

酵素法(glucose-oxidase(GOD)法,ヘキソキナーゼG-6-PDH法)

3) 検査データ

基準範囲:70~110 mg/dL(空腹時)2)

高度低下(60 mg/dL以下):インスリンまたは経口糖尿病薬の使用

軽度上昇(110 mg/dL以上):1,2型糖尿病,甲状腺機能亢進症,褐色細胞腫など

高度上昇(400 mg/dL以上):糖尿病性ケトアシドーシス,重症糖尿病

4) 検査実施上の留意点

食事摂取で上昇し,運動等で低下する。解糖阻止阻害剤(NaF,EDTAなど)の使用。

5) 診療報酬点数

11点3)

2. ヘモグロビンA1c(HbA1c,糖化ヘモグロビン)

1) 臨床的意義

HbA1cは血中にあるブドウ糖に比例して糖化ヘモグロビンの生成量が増すため,1~2カ月間の血糖値を反映する。

2) 検査方法

HPLC法,免疫法,酵素法

3) 検査データ

基準範囲:6.2%未満(NGSP値)2)

〈参考〉

 日本糖尿病学会ではHbA1c(NGSP)値6.0%未満(= 5.9%以下)が妊婦を除く成人における血糖正常化の目標値とされている。

4) 診療報酬点数

49点3)

III  生活習慣病の検査

厚生労働省によると生活習慣病は,「食習慣,運動習慣,休養,喫煙,飲酒等の生活習慣が,その発症・進行に関与する疾患群」と定義されている。具体的には,高血圧,糖尿病,高脂血症など,血管性危険因子が主因となる中年期以降に発症する疾患群である。脳の血管に障害が起きると,血管性認知症が発症しやすくなり,主な疾患には下記のものがある。

高脂血症:血液の中の中性脂肪やコレステロールが多くなり,血管内に溜まることによって動脈硬化を起こしやすくなる。動脈硬化になると血管内が狭くなるため,血流が悪くなったり,血管がもろくなったりし,その結果,心疾患,脳梗塞や脳出血などが起こしやすくなる。

高血圧:最高血圧が140 mmHg,もしくは最低血圧が90 mmHg以上の場合をいう。その結果,血管が傷み,動脈硬化などを起こしやすく,脳卒中などの原因になる。

アルツハイマー型認知症の合併症で多くみられるのは「生活習慣病」で,高血圧が42%,糖尿病(耐糖能異常を含む)が19%,高脂血症が48%であり,これらの生活習慣病(または心血管系危険因子)を治療しないと,認知症の進行が促進されるという報告がある4)。ここでは脂質検査5)について述べる。

1. 総コレステロール

1) 臨床的意義

高コレステロール血症は,粥状動脈硬化症の危険因子となる。動脈硬化症発症に多く関係するのは,LDLコレステロールである。

2) 検査方法

酵素法

3) 検査データ

基準範囲:130~220 mg/dL(空腹時)2)

軽度増加(220~300 mg/dL):家族性高コレステロール血症,家族性欠損アポ蛋白B血症,糖尿病,甲状腺機能低下症など

高度増加(400 mg/dL以上):家族性高コレステロール血症,家族性欠損アポ蛋白B血症など

4) 診療報酬点数

17点3)

2. HDLコレステロール

1) 臨床的意義

末梢細胞に蓄積したコレステロールを引き出すことで,動脈硬化症の予防に役立つ。低HDL血症は逆に動脈硬化症の危険因子となる。

2) 検査方法

直接法

3) 検査データ

基準範囲:男40~80 mg/dL 女40~90 mg/dL2)

低下:家族性高HDL血症,LCAT欠損症,甲状腺機能亢進症,腎不全,高脂血症,糖尿病,肥満,喫煙など

増加:CETP欠損症,長期多量飲酒,原発性胆汁性肝硬変など

4) 検査実施上の注意

早朝空腹時採血,速やかな測定。凍結保存

5) 診療報酬点数 17点3)

〈参考〉

LDLコレステロールの算出(Friedewaldの式)

・トリグリセライド 400 mg/dL以下の時

総コレステロール-HDLコレステロール値-トリグリセライド×0.2

・トリグリセライド 400 mg/dL以上の時

総コレステロール-HDLコレステロール値-トリグリセライド×0.16

・基準値 60–140 mg/dL

 LDLコレステロールは,総コレステロールの増減と連動することが多い。動脈硬化症起因のコレステロールとして評価される。

3. トリグリセライド(中性脂肪)

1) 臨床的意義

肝では脂肪酸と糖質に由来する物質から中性脂肪が合成され,蛋白と結合してVLDL(超低比重リポ蛋白)として血中に放出される。

2) 検査方法

酵素法

3) 検査データ

基準範囲:50~150 mg/dL2)

低値:無β-リポ蛋白血症,低β-リポ蛋白血症,甲状腺機能亢進症など

高値:高カイロミクロン血症,broad-β病,LPL欠損症,HTGL欠損症,糖尿病,肥満,動脈硬化,甲状腺機能低下症,アルコール多飲,高カロリー食など

4) 検査実施上の注意

高値:男性,食後,加齢

変動:運動,食事,アルコール,日差変動

5) 診療報酬点数

11点3)

〈参考〉

日本動脈硬化学会の「動脈硬化性疾患予防ガイドライン2017(仮称)」では,下に示す診断基準が検討されている(新たにnon-HDLコレステロールが挿入された)。

 

―脂質異常症:スクリーニングのための診断基準(空腹時採血)(案)―

LDLコレステロール

 140 mg/dL以上:高LDLコレステロール血症

 120–139 mg/dL:境界域高LDLコレステロール血症

HDLコレステロール

 40 mg/dL未満:低HDLコレステロール血症

トリグリセライド

 150 mg/dL以上:高トリグリセライド血症

non-HDLコレステロール

 170 mg/dL以上:高non-HDLコレステロール血症

 150–169 mg/dL:境界域高non-HDLコレステロール血症

・non-HDLコレステロールについて

総コレステロール値からHDLコレステロール値を引いた値を言う。すべての動脈硬化惹起性リポ蛋白中のコレステロールを表す。通常,LDLコレステロールよりも少し高い値になる。Non-HDLコレステロールの利点としては,主に以下の3つが挙げられる。

1)日常診療で測定するトリグリセライドおよびHDLコレステロールから簡便に計算でき,総コレステロールおよびHDLコレステロールは食事の影響を受けにくいので,空腹時以外の採血時でも使用できる。

2)トリグリセライド400 mg/dL以上の高トリグリセライド血症の患者でも,non-HDLコレステロール値を指標とすることができる。

3)インスリン作用不全による糖尿病患者の脂質代謝異常や,メタボリックシンドロームなど低HDLコレステロール血症,高トリグリセライド血症が前面へ出てくる脂質異常の管理には,LDLコレステロール値よりもnon-HDLコレステロール値が指標として用いやすい。

IV  その他の血液検査

ここでは,各認知症と臨床検査との関係について述べる。各検査方法,検査データ,基準値等については,省略する。

1. 感染性認知症

後天性免疫不全症候群(AIDS)脳症(HIVによる),進行性多巣性白質(PML)脳症(JCウィルス),亜急性硬化性全脳炎(SSPE)などがあり,ウィルス抗体の検出や核酸増幅法による検査が行われる。

2. 二次性認知症

脳内病変が原因のものと全身性疾患に伴うものに大別される。

・脳内病変が原因のもの

脳を圧迫する疾患(脳腫瘍,脳膿瘍,正常圧水頭症,慢性硬膜下血腫,頭部外傷後遺症),自己免疫疾患(神経ベーチェット病,多発性硬化症)や前述の感染症などがある。

・全身性疾患に伴うもの

甲状腺機能低下症6)

甲状腺機能低下症のような内分泌・代謝異常などが生じると,思考力の低下が起こり,認知症に似た症状となり,アルツハイマー型認知症を合併することがある。顔がむくんで表情に乏しく,総コレステロール値が270 mg/dL以上の女性で疑われる。直接的な検査には,サイロキシン(T4),トリヨードサイロニン(T3),遊離サイロキシン(FT4)などがある。

3. アルコール性認知症

アルコール性認知症とは,アルコールを多量に飲み続けたことにより,脳梗塞などの脳血管障害や,ビタミンB1(チアミン)欠乏による栄養障害などを起こし,その結果起こる認知症である6)。高齢者にも多く,他の認知症と合併する場合もある。

またアルコールはビタミンB1の吸収率を低下させる。栄養障害には,中枢性神経障害(ウェルニッケ脳症)や末梢性神経障害(脚気)がある。ウェルニッケ脳症は,眼球運動麻痺や歩行運動の失調を伴い,慢性化するとコルサコフ症という記銘力の低下,見当識の喪失,健忘症や作話を主症状とした認知症症状を示す6)。ビタミンB12(コバラミン)欠乏症や葉酸欠乏症の症状にも,平衡機能障害,うつ症状,錯乱,認知症,記憶力低下などがある。

4. 身体疾患に伴う認知症

様々な内臓疾患が直接・間接的に脳に影響を及ぼし,認知症を引き起こすことがある。例えば,重度の肝障害では血液中にアンモニアが増え,昏睡を起こす前の時期では多幸気分,異常行動,せん妄などを示し,見当識障害,計算・識字能力の低下,言語障害も加わり,次第に昏睡になる。

また,高齢者,重症化した疾患や栄養不良などで,全身状態の低下を認めることが多く,認知症症状を示すことがある。血清総蛋白,アルブミン,A/G比,コリンエステラーゼ(ChE),ヘモグロビン(Hb)などの検査で全身状態を確認することが必要である7)

COI開示

本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。

文献
  • 1)  浦上 克哉,他:「第4章(3)髄液・血液を用いた検査法」,認知症予防専門士テキストブック,120–125,徳間書店,東京,2013.
  • 2)  高久 史麿,他:「生化学検査」,臨床検査データブック2013–2014,該当検査項目,医学書院,東京,2013.
  • 3)  櫻林 郁之介,他:「検査解説 12.糖代謝検査 13.脂質代謝検査」,今日の臨床検査2013–2014,139–141,147–152,南江堂,東京,2013.
  • 4)   羽生  春夫:「生活習慣病と認知症」,日本老年医学会雑誌,2013; 50: 727–733.
  • 5)  前川 真人,他:「第6章脂質」,標準臨床検査学 臨床化学,126–134,医学書院,東京,2014.
  • 6)   斎藤  聡,他:「認知症症状を呈する疾患の臨床検査」,臨床検査,2012; 56: 53–56.
  • 7)   狩野  賢二:「認知症における臨床検査の活用―補助診断から全身管理,予防まで―」,Medical Technology, 2013; 41: 288–291.
 
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