医学検査
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技術論文
亜鉛(Zn)測定試薬「エスパ・Zn II」の基礎的検討―亜鉛測定試薬の性能評価―
立石 亘受田 要町田 聡坪井 五三美
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キーワード: 亜鉛, 比色法, 亜鉛欠乏症
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2021 年 70 巻 1 号 p. 80-85

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Abstract

当社では亜鉛測定を原子吸光分光光度法にて行っているが,酢酸亜鉛製剤の適用拡大に伴い検体数が増え,対応法を検討する必要がある。そこで,検体の処理能力の高い汎用生化学自動分析機用の比色法を測定原理とした「エスパ・Zn II」の基礎的検討を行い,日常の検査に適用可能か確認した。その結果,再現性(同時再現性および日差再現性)は変動係数3.0%以内,検出限界は4.19 μg/dL,希釈直線性は約1,000 μg/dLまで良好であった。共存物質の影響では,ビリルビン抱合型および遊離型,乳び,アスコルビン酸による測定値への変動は認められなかったが,溶血ヘモグロビンは濃度依存的に測定値の減少が認められた。また,比色法は原子吸光分光光度法に対して回帰式y = 1.065x + 5.8,相関係数r = 0.971(n = 98)と良好な結果であった。以上の結果より,従来の分析機器1台あたり80検体/時間の処理能力に対して,汎用生化学自動分析機で「エスパ・Zn II」を用いることにより1,200検体/時間の処理効率にあげることができる。また,溶血検体に注意する必要はあるが本試薬を使用することにより検体の前処理の削減や検体量の少量化に貢献できる。

Translated Abstract

In our laboratory, zinc measurement is conducted by the atomic absorption method. As the number of specimens is increasing owing to the expanded application of zinc acetate medicine, it is necessary to consider measures to cope with this increase. Thus, we performed basic evaluation studies of the reagent ‘Espa-Zn II’ for Zn measurement by the colorimetric method using a general-purpose biochemical automatic analyzer with a high processing capacity. Results showed that with this reagent, coefficients of variation (CVs) for within-run and between-day precisions of less than 3.0% were obtained, the detection limit was 4.19 μg/dL, and the dilution linearity was also good. Although the zinc level decreased in the presence of hemolytic hemoglobin, no effect of other interfering substances was detected. In addition, comparison with the atomic absorption method showed good correlation with a regression equation of y = 1.065x + 5.8 and a correlation coefficient of r = 0.971 (n = 98). From the above results, the processing efficiency of 1,200 samples/h can be increased by using ‘Espa-Zn II’ with a general-purpose biochemical automatic analyzer, compared with the conventional processing capacity of 80 samples/h per analyzer. Although it is necessary to pay attention to hemolyzed samples, the reagent can contribute to eliminating the sample pretreatment step and a only small sample volume is required.

I  緒言

亜鉛(Zn)は必須微量元素のひとつであり,酵素活性に必要な成分で,細胞分裂や核酸代謝などに関与し重要な役割を果している1)。亜鉛が欠乏すると味覚異常,皮膚炎,脱毛,貧血および口内炎など様々な症状が出現する1)。亜鉛が欠乏する要因は様々であるが,治療に際しては血中亜鉛値をモニタリングしていく必要がある1)

これまで酢酸亜鉛製剤(商品名:ノベルジン)はWilson病のみ保険適応であったが,2017年3月に適応拡大が承認され,低亜鉛血症の疾患名で処方が可能になった1)

このような状況下で亜鉛の検査数は増加傾向にある。当社では亜鉛測定を原子吸光分光光度法で行っているが,処理能力(80検体/時間)に限界がある。近年,比色法を測定原理とした汎用生化学自動分析用試薬が開発され,処理効率(1,200検体/時間)を向上させることができる2),3)

そこで,我々は比色法を測定原理とする亜鉛測定試薬「エスパ・Zn II」(本試薬)の基礎的検討を行ったので報告する。

なお,本検討はビー・エム・エル倫理委員会(登録番号19-016)で承認を得て実施した。

II  材料および測定方法

1. 本試薬

・試薬内容

エスパ・Zn II(ニプロ株式会社)

①試薬-1(R1):緩衝液

②試薬-2(R2):(2-(5-Nitro-2-pyridylazo)-5-[N-n-propyl-N-(3-sulfopropyl)amino]phenol, disodium salt, dehydrate; Nitro-PAPS)

③標準物質:IRMM(1.11 mg/L(BCR-637), 1.43 mg/L( BCR-638), 2.36 mg/L (BCR-639))

・測定機器

JCA-ZS050自動分析装置(日本電子株式会社)

・測定原理

検体中の亜鉛がキレート剤(Nitro-PAPS)と錯体形成し色調変化する。その際の色調変化による標準物質と検体の吸光度変化量を比較することにより検体中の亜鉛濃度を算出した。なお,本試薬のJCA-ZS050自動分析装置における分析条件(分析パラメーター)をTable 1に示す。

Table 1  Analysis parameters
Items Zn
Main/Sub wave length (nm) 571/660
Analysis method 2Point Endpoint Assay (EPA)
Speciment volume 2.3
Dilution ratio 5
Reagent 1 (R1) volume (μL) 40.5
Reagent 2 (R2) volume (μL) 13.5
Calibration method Linear equation

2. 従来法

・測定機器

原子吸光分光光度計SpectrAA-240(アジレント・テクノロジー株式会社)

・測定原理

血清検体と希釈液(硝酸,n-ブタノール含有)を混合した試料を原子吸光分光光度法(フレーム法)にて測定した4)

III  基礎検討内容

1. 同時再現性

ニプロ社のキット専用亜鉛測定用コントロール液(Zn II用)1濃度(以下,専用コントロール)およびシスメックス社のQAP Troll IX/IIX 2濃度を各20重測定し,変動係数(Coefficient of variation; CV%)を算出した。

2. 日差再現性

試薬搭載後初回のみキャリブレーションし,専用コントロールおよびニプロ社の亜鉛測定用標準液(Zn II用)1濃度(200 μg/dL)(以下,専用標準液)を各3重測定し,5日間のCV%を算出した。試薬は装置に5日間搭載した状態で検討した。

3. 検出限界

亜鉛濃度が約45 μg/dLのプール血清を生理食塩水にて10段階希釈した各試料を各20重測定し,測定値の平均値と標準偏差(SD)を算出した。0濃度の生理食塩水の平均値 + 2.6SDより試料測定値の平均値 − 2.6SDの方が大きくなる最小濃度を検出限界とした(2.6SD法)。

4. 希釈直線性

亜鉛濃度約40 μg/dLのプール血清に調製した管理血清および亜鉛濃度約1,000 μg/dLの硝酸亜鉛水溶液の試料を生理食塩水にて10段階希釈して試料を調製した。測定値は各希釈系列を3重測定の平均値を用いた。なお,重相関係数(multiple correlation coefficient; R)が0.95以上である場合,直線性があるとした。

5. 高濃度試料の影響

試薬性能を超える高濃度試料において,発色試薬のNitoro-PAPSが不足するなど予期しない吸光度発色によって偽低値となることも予想される。このため,亜鉛濃度約4,743 μg/dLの硝酸亜鉛水溶液を生理食塩水にて10段階希釈した試料を調製した。測定値は各希釈系列を3重測定の平均値を用いた。

6. 共存物質の影響

プール血清9容に,シスメックス社の干渉チェックAプラスの遊離型ビリルビン(F-BIL),抱合型ビリルビン(D-BIL),ヘモグロビン(Hb),乳び(ホルマジン濁度)と自家調製したアスコルビン酸水溶液(アスコルビン酸)の各5段階希釈溶液1容を添加した。測定値は各希釈系列を3重測定した平均値を用いた。共存物質の濃度ゼロ時の測定値と比較して,±10%以上の差があった場合,共存物質の影響があるとした。

7. 相関性試験

当社で受託した検体のうち,患者情報が匿名化されており,乳び,溶血および黄疸のない患者血清98例について,本試薬と従来法との相関関係をみた。

IV  結果

1. 同時再現性

専用コントロールは平均値102.3 μg/dL,CV 2.2%,QAP Troll IXは平均値90.9 μg/dL,CV 1.6%,QAP Troll IIXは平均値288.8 μg/dL,CV 0.8%であった(Table 2)。

Table 2  Within-run precision (n = 20)
Designated Control QAP Troll IX QAP Troll IIX
Average (μg/dL) 102.3 90.9 288.8
SD (μg/dL) 2.2 1.6 2.2
CV (%) 2.2 1.7 0.8

2. 日差再現性

専用コントロールは平均値101.1 μg/dL,CV 2.5%,専用標準液は平均値201.6 μg/dL,CV 0.7%であった(Table 3)。

Table 3  Within-day precision (day 5/n = 3)
Designated Control Designated Standard
Average (μg/dL) 101.1 201.6
SD (μg/dL) 2.5 1.5
CV (%) 2.5 0.7

3. 検出限界

0濃度の生理食塩水の平均値 + 2.6SDは0.96 μg/dL,亜鉛濃度4.19 μg/dL(1/10濃度)の平均値 − 2.6SDは0.98 μg/dLであったので,検出限界は4.19 μg/dLであった(Figure 1)。

Figure 1 Detection limit analysis

Dotted line: mean value of physiological saline +2.6SD.

Control were diluted 10 times with physiolosical saline to prepare samples and confirmed. As a result, the detedtion limit was Zn concentration 4.19 μg/dL.

4. 希釈直線性

0~40 μg/dLの低濃度範囲でRが0.995,0~1,000 μg/dLの高濃度範囲でRが0.999となり,直線性があった(Figure 2)。

Figure 2 Dilution linearity test

Control were diluted 10 times with physiological saline to prepare samples and confirmed. As a result, good linearity was confirmed.

5. 高濃度試料の影響

Zn高濃度試料を用いて吸光度の低下を確認した結果,約1,500 μg/dL以上から吸光度の頭打ち現象がみられた。しかし,検討した約4,743 μg/dLまでは異常低値化は認められなかった(Figure 3)。

Figure 3 Effect of high concentration sample

Dotted line: measurement upper limit, Zn concentration 4,743 μg/dL.

As a result of confirming the Zn high concentration serum, no drop into the measurement range (5~500 μg/dL) was observed.

6. 共存物質の影響

F-BILは20.2 mg/dL,D-BILは20.7 mg/dL,ホルマジン濁度は1,770 FTU,アスコルビン酸は30.15 mg/dLまで影響はなかったが,Hbは276 mg/dL以上で10%以上の低値がみられた(Figure 4)。

Figure 4 Effects of interfering substances on measurement of Zn

Dotted line: untreated mean value ±10%.

Control was used to confirm the effects of free bilirubin, conjugated bilirubin, chyle, hemoglobin, and ascorbic acid. As a result, although it decreased with hemolytic hemoglobin, no effect of other interfering substanses were detected.

7. 相関性試験

本試薬(y)と従来法(x)との相関関係は,回帰式y = 1.065x + 5.8,相関係数r = 0.971と良好な結果であった(Figure 5)。

Figure 5 Correlation with Atomic absorption method

Correlation of measured values between ‘Espa·Zn II’ and atomic absorption method. As a result, correlation with atomic absorption method is good (y = 1.065x + 5.8, r = 0.971, n = 98).

V  考察

本試薬「エスパ・Zn II」の基礎的検討を行ったところ,再現性(同時再現性および日差再現性)はCV 3.0%以内であり,臨床上,問題ないバラつきであった。2.6SD法より求めた検出限界は4.19 μg/dLであり,2レベル試料の希釈直線性もR > 0.95であったため約1,000 μg/dLまで直線性を確認できた。亜鉛濃度4,743 μg/dLを用いた高濃度試料の影響では偽低値を示すことはなかった。また,分析装置に吸光度をチェックする異常値検出機構がある場合には,この吸光度チェックを利用することにより直線域の濃度比例性が欠如した異常吸光度のチェックは可能であると考えられた。さらに本試薬の希釈直線性は約1,000 μg/dLであり,原子吸光分光光度法の測定範囲11~396 μg/dLより低濃度域,高濃度域ともに広いことから再検率の減少にもつながると考えられた。

共存物質による影響はHbに関して濃度依存的に測定値の減少が認められた。この影響性は,本試薬では検体中の亜鉛と試液中に含まれるキレート剤(Nitro-PAPS)が反応し,錯体を形成した際の色調変化による吸光度変化量から亜鉛濃度を算出しているが,溶血検体では赤色色素が干渉し,試薬添加前後の吸光度変化量が減少することで未溶血検体に対して負誤差が認められたものと考えている。一方,従来法ではHbにより測定値が上昇すると報告されている4),5)。この違いとしては,原子吸光分光光度法では色調の影響は少ないが,赤血球中の亜鉛が溶出するため測定値に影響すると考えられる1)。また,本検討で用いた干渉チェックAプラスは疑似物質であり臨床の溶血検体と異なる挙動を示すこともある6)。従って,両法ともにHb検体の測定の際には取り扱いに注意する必要がある。

従来法との相関性は回帰式y = 1.065x + 5.8,相関係数はr = 0.971と良好であった。本検討において測定方法間で若干,測定値のバラツキはあったが,2倍以上乖離する検体は認められなかった。又,亜鉛の基準範囲は80~130 μg/dLであり,60 μg/dL未満で亜鉛欠乏とされるが1),診断結果が大きく異なるような検体も認められなかったことから,本試薬と従来法における測定方法間に差はないと考える。

一方,血液中の亜鉛は日常臨床で使用される薬剤とキレートするという報告がある1),7)。また,エチレンジアミン四酢酸(ethylenediaminetetraacetic acid; EDTA)も検体中の亜鉛とキレート形成して,実際の値より低値となるためEDTAを含む採血管の使用は避けなければならない3)。さらに,ゴム製品には亜鉛が含まれているため真空採血管のゴム栓やゴム手袋の使用は偽高値を示す恐れがあることに注意が必要である2)

VI  結語

従来の原子吸光分光光度法に比べて,前処理は必要なく,処理速度も15倍(時間あたり80検体から1,200検体)に速くなることから「エスパ・Zn II」による亜鉛測定は業務効率を大きく向上させることが可能である。

COI開示

本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。

文献
 
© 2021 一般社団法人 日本臨床衛生検査技師会
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