医学検査
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症例報告
術前スクリーニングで偶然発見された先天性プレカリクレイン欠乏症の1症例
菅﨑 幹樹徳永 尚樹池亀 彰茂中尾 隆之大浦 雅博三木 浩和長井 幸二郎高山 哲治
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2021 年 70 巻 1 号 p. 132-137

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Abstract

プレカリクレイン(prekallikrein; PK)は肝臓で合成されるセリンプロテアーゼの一種であり,内因系凝固反応,血管拡張,線溶促進などに関与する分子である。先天性PK欠乏症は出血症状などの臨床症状に乏しく,偶然発見されるケースも少なくない。今回当院において先天性PK欠乏症と思われる症例を経験した。患者は50代の男性。前立腺癌の手術のため当院を受診し,スクリーニング検査で活性化部分トロンボプラスチン時間(APTT)178.7秒と著明な延長を認めた。患者には出血症状を認めず,出血傾向のある血縁者も認めなかった。APTT延長の原因検索のため,クロスミキシングテストを実施し,因子欠乏パターンを得たが,内因系凝固因子はすべて正常であった。そこで,接触因子であるPKおよび高分子キニノゲン(HMWK)の活性を凝固一段法にて測定したところPKが1.5%,HMWKが74.5%とPK活性の著明な低下を認め,本患者は先天性PK欠乏症と診断された。遺伝子解析では,exon 5,exon 9,exon 14の3カ所にヘテロ接合体のミスセンス変異を認めた。この変異のPK活性への影響についてはこれまでに報告がなく,不明である。今回の経験から,原因の特定できないAPTT延長では,本疾患も考えられ注意が必要であると感じた。また,クロスミキシングテストのパターンは非常に特徴的であり,診断に有用であった。

Translated Abstract

Prekallikrein (PK) is a type of serine protease synthesized in the liver, and it is involved in intrinsic clotting reaction, vasodilation and hyperfibrinolysis. Because congenital PK deficiency has few clinical symptoms such as bleeding, it is often found accidentally. We encountered a case of congenital PK deficiency in a male patient who is in his 50s. He visited our hospital for prostate cancer surgery, and a screening test showed extreme prolongation of the activated partial thromboplastin time (APTT) of 178.7 s. He had no bleeding symptoms and no relatives with bleeding tendency. A cross-mixing test was performed to find the cause of APTT prolongation, and we obtained a waveform of the factor deficiency pattern. However, all intrinsic clotting factors showed normal patterns. Therefore, we measured the activities of PK and high-molecular-weight kininogen (HMWK), which are contact factors, by the one-stage coagulation method. Results showed that the PK activity was 1.5%, and the HMWK activity was 74.5%; the PK activity was significantly decreased. Eventually, he was diagnosed as having congenital PK deficiency. In gene analysis, heterozygous missense mutations were found at three locations: exon 5, exon 9 and exon 14. The effect of this mutation on PK activity has not been reported. From this experience, we thought that this disease should be considered as a cause of unknown APTT prolongation. In addition, the pattern of a cross-mixing test is very useful for diagnosing this disease.

I  はじめに

プレカリクレイン(prekallikrein; PK)は肝臓で合成されるセリンプロテアーゼの一種で,分子量は約86 kDa,血漿濃度は約40 μg/mLである1)。本分子は高分子キニノゲン(high-molecular-weight Kininogen; HMWK),血液凝固第XII因子,第XI因子とともに接触因子に含まれ,内因系血液凝固反応,キニン生成による炎症反応,線溶促進に重要である2)。PK欠乏症は常染色体劣性遺伝形式をとる先天性凝固異常症で2),世界中で数十例報告されており,我が国においてもShigekiyoら3)によって2003年に401番目のグリシンがグルタミン酸に変化するPK Tokushimaが報告された。Shigekiyoらの報告によれば,PK Tokushimaをホモ接合体で持つ場合,PK活性は0.2%~1.0%と著しく低下する。しかし,このような状態でも臨床症状を認めることは少なく本疾患は偶発的に発見されることが多い。今回,当院において前立腺癌の手術のために行われた術前スクリーニング検査で偶然発見された先天性PK欠乏症と思われる症例を経験したので報告する。なお,本症例は徳島大学病院医学系研究倫理委員会の承認(承認番号:1919-5)および金沢大学ヒトゲノム・遺伝子解析研究倫理審査委員会の承認(承認番号:1357)を受けている。

II  症例

患者は50代の男性。他院にて前立腺癌を指摘され,その手術のために当院泌尿器科へと紹介された。来院時の術前スクリーニング検査で,活性化部分トロンボプラスチン時間(activated partial thromboplastin time; APTT)が178.7秒と著明に延長していた。来院時検査データをTable 1に示す。なお,CBC検査にはADVIA 2120i(シーメンスヘルスケア・ダイアグノスティクス),凝血学的検査にはSTACIA(LSIメディエンス),臨床化学検査には日立ラボスペクト008(日立ハイテク)を用いた。APTT過延長のため,出血リスクがあると判断され手術は一時延期となり,原因精査のために,当院血液内科へと紹介された。APTT延長の原因検索としてまず,当院で採用しているシリカを活性化剤とするAPTT-SP(アイエルジャパン)を用いたクロスミキシングテスト(cross-mixing test; CMT)が実施され,Figure 1に示すような下に凸のパターンを得,因子欠乏パターンと判定された。CMTのパターンは被検血漿比率0%から80%までほとんどAPTTに変化のない極端に下に凸の特徴的なパターンであったため,被検血漿比率98%を加えたCMTを実施したところ,やはりAPTTはほとんど変化しなかった(Figure 2)。CMTの数値判定法のひとつであるindex of circulating anticoagulant(ICA)4)も,因子欠乏パターンであった。次に内因系凝固因子である血液凝固第VIII因子,第IX因子,第XI因子,第XII因子の活性を各因子の欠乏血漿を用いた凝固一段法にて測定したところ,それぞれの活性は第VIII因子が120.5%,第IX因子が102.3%,第XI因子が99.1%,第XII因子が66.9%とすべて正常範囲内であった。また,外注検査として行われたフォンヴィレブランド因子(von Willebrand factor; vWF)活性測定,プロテインS活性測定,プロテインC活性測定,希釈ラッセル蛇毒時間(dilute Russel’s viper venom time; dRVVT)もすべて正常であった。そこで欠乏血漿を用いた凝固一段法によるPKおよびHMWK活性の測定を行った。その結果,PKが1.5%,HMWKが75.4%とPKの著しい活性低下を認め,本患者は先天性PK欠乏症と診断された(Table 2)。なお,先天性PK欠乏症の場合,外科的手術による出血のリスクは低いと判断され,手術は通常通り施行された。

Table 1  Laboratory data on visiting
data reference
CBC WBC (×109/L) 6.2 3.3–8.6
RBC (×1012/L) 4.59 3.80–5.00
HGB (g/L) 150.0 115–150
HCT (%) 43.7 35–45
MCV (fL) 95.2 83–99
MCH (pg) 32.8 27–34
MCHC (g/dL) 34.4 31–36
RDW (%) 13.0 10–14
PLT (×109/L) 191 150–350
Biochemistory AST (U/L) 27 10–42
ALT (U/L) 43 13–30
γ-GT (U/L) 76 13–64
ALP (U/L) 146 106–322
LD (U/L) 196 124–222
T-Bil (mg/dL) 0.9 0.4–1.5
CK (U/L) 109 59–248
TP (g/dL) 6.8 6.6–8.1
ALB (g/dL) 4.0 4.1–5.1
BUN (mg/dL) 16 8–20
CRE (mg/dL) 0.86 0.65–1.07
Na (mmol/L) 145 138–145
K (mmol/L) 3.9 3.6–4.8
Cl (mmol/L) 108 101–108
AMY (U/L) 63 44–132
CRP (mg/dL) 0.05 0.00–0.14
Coaglation PT (秒) 12.7 10.5–13.4
PT-INR 1.07 0.85–1.15
PT-% (%) 86.8
APTT (秒) 178.7 24.3–35.0
FIB (mg/dL) 239 174–404
Figure 1 Pattern of APTT cross-mixing test

CMT showed factor deficiency pattern.

Figure 2 Pattern of APTT cross-mixing test with 98% added

98% of patient plasma was added to Figure 1, but APTT hardly prolonged.

Table 2  Additional test
additional test data reference
FVIII activity (%) 120.5 60–120
FIX activity (%) 102.3 70–120
FXI activity (%) 99.1 75–125
FXII activity (%) 66.9 50–150
vWF activity (%) 111 60–170
Protein S activity (%) 116 67–164
Protein C activity (%) 94 64–164
dRVVT 1.15 < 1.3
PK activity (%) 1.5 65–130
HMWK activity (%) 75.4 70–140

後日,詳細な原因検索を患者が希望され,金沢大学医学部附属病院へ紹介となり,患者およびその息子のプレカリクレイン遺伝子klkb1の全exon領域の塩基配列多型解析が行われた2)。その結果,①exon 5の428番目がアデニンからグアニンに変化し,その結果143番目のアスパラギンがセリンへと変化するヘテロ接合体変異,②exon 9の979番目がシトシンからチミンに変化し,その結果327番目のアルギニンがシステインに変化するヘテロ接合体変異,③exon 14の1679番目のグアニンがアデニンに変化し,その結果アルギニンがグルタミンに変化するヘテロ接合体変異の3つの変異が患者に認められ(Table 3),息子にも①と③の変異が認められた。なお,息子の血漿を用いて患者と同様の凝血学的検査を行ったところ,APTTは31.1秒,血液凝固第VIII因子活性は78.3%,第IX因子活性は100.4%,第XI因子活性は79.2%,第XII因子活性は108.1%,PK活性は57.3%,HMWK活性は77.4%で,息子のPK活性はわずかに低下していた。

Table 3  klkb1 gene mutation found in the patient
exon position base amino acid type
exon 5 c.428 A > G p.Asn143Ser Heterozygote
exon 9 c.979 C > T p.Arg327Cys Heterozygote
exon 14 c.1679 G > A p.Arg560Gln Heterozygote

III  考察

今回,症状を全く認めず,偶発的に発見された先天性PK欠乏症の症例を経験した。Antonioらの報告1)によれば,2017年2月までに分子生物学的解析が行われ,報告された先天性PK欠乏症の症例は12家系20症例で,変異は10パターンである。exon 14の529番目のシステインがチロシンに変化する変異が,4家系と最も多く報告されていた。PK活性の低下を伴う変異はexon 11またはexon 14の変異が多く,この原因としては,これらの領域が軽鎖の触媒領域のコントロールに関与しているためと考えられている1)。今回の患者もexon 14にヘテロ接合体変異を認め,この変異はLuら5)によって報告されている。患者の息子に同変異が認められるにもかかわらず,息子のPK活性はほとんど低下していないことから,今回のexon 14の変異単独でPK活性が大きく低下する可能性は低いと考えられる。exon 5の変異によるPKの活性低下はKatsudaら6)によって報告されており,この領域は重鎖のアップルドメイン2の一部をコードしており,PKとHMWKの結合に関与している。Katsudaらの報告では,exon 5の104番目のグリシンがアルギニンに変化し,124番目のアスパラギンがセリンに変化することで著しいPK活性の低下が起こるとされている。今回の患者でもexon 5に変異は認められるが,exon 14と同様の理由により,この変異がPK活性に大きく影響を与える可能性は低いと考えられる。exon 9の327番目のアルギニンがシステインへと変化する変異は息子には見られず,患者のみに認められたため,活性に影響を及ぼす可能性が考えられる。しかし,この変異に関する報告は筆者らが調べたかぎりではなく,今回はタンパク質の発現実験等は行えていないため,詳細な影響は不明である。加えて,今回,患者に認められたのはヘテロ接合体変異であり,Shigekiyoらの報告3)によればPK Tokushimaをヘテロ接合体で持つ場合,そのPK活性値は23~50%程度になるとされている。よって,今回のようにPK活性値が極度に低下するとは考えにくく,exon 9の変異は原因の1つであり,その他にPK活性に影響を及ぼす要因があると考えられる。PK活性の低下要因としては今回塩基配列解析が行われていないexon以外の領域であるプロモーターやエンハンサーの変異,intron領域の変異などが考えられる。また,複合ヘテロ接合体の可能性もあり,exon 9の変異とexon 5またはexon 14の変異を同時に持つ場合に活性が著しく低下する可能性も考えられた。

今回,APTTの延長の原因検索として行ったCMTでは,被検血漿比率が0%から80%まで,ほとんどAPTTが変化しない特徴的なパターンが得られた。我が国で最も頻度の高い先天性第VIII因子欠乏症である血友病Aや同じ接触因子の第XII因子欠乏症では,被検血漿比率80%でAPTTが正常化することは少なく,CMTは先天性PK欠乏症の診断に有用であると考えられる。加えて,今回追加で行った被検血漿比率98%を加えたCMTは,因子欠乏症ではAPTTが正常化しないことがほとんどであると推定され,内因系凝固因子欠乏とPK欠乏症との鑑別に役立つと考えられた(Figure 3)。現在,PKやHMWK活性を測定するための欠乏血漿は国内で販売されておらず,日常臨床において活性値を測定することは難しい。その点CMTは,APTT試薬と恒温槽があれば容易に測定することができるため,汎用性も高い。しかしながら,用いるAPTT試薬によってPKに対する反応性は異なる点には注意が必要である。桝谷らの報告7)によれば,APTT試薬に使用されている活性化剤の種類によってAPTTの延長程度が大きく異なり,先天性PK欠乏症患者の血漿を測定した場合,エラジン酸を活性化剤とするトロンボチェックAPTT-SLA(シスメックス株式会社)でAPTTが47.0秒であったのに対し,シリカを活性化剤とするヒーモスアイエルシンサシルAPTT(アイエルジャパン株式会社)では,APTTが219.6秒であった。

Figure 3 Pattern of APTT cross-mixing test comparing patient, Factor VIII deficiency, and Factor XII deficiency

When CMT was performed with patient plasma, Factor VIII deficiency plasma and Factor XII deficiency plasma, only patient plasma showed extremely convex pattern.

今回,患者にご協力頂き,当院でもシリカを活性化剤とするAPTT-SP(アイエルジャパン)をACL-TOP500(アイエルジャパン)に搭載した場合(Figure 4)と,エラジン酸を活性化剤とするレボヘムAPTT-SLA(シスメックス)をCN-6000(シスメックス)に搭載した場合(Figure 5)でPK欠乏症のCMTデータを得ることができた。両装置で,被検血漿比率90%から100%まで,1%刻みで測定を行ったところ,どちらの場合でも被検血漿比率99%までAPTTの著明な延長を認めず,100%でAPTTの延長を認めるという同様のパターンを示した。しかし,桝谷らの報告の通り,エラジン酸を活性化剤とするレボヘムAPTT-SLAでは54.1秒であったのに対し,シリカを活性化剤とするAPTT-SPでは90.8秒とシリカのほうが著明な延長が見られた。よって先天性PK欠乏症が疑われた際には,シリカを活性化剤とするAPTT試薬による測定が診断の一助となると考えられた。

Figure 4 Pattern of patient’s APTT cross-mixing test meas­ured with APTT reagent contained silica as activator

Samples were prepared in 1% increments from 90% to 100% of patient plasma ratio, and CMT was performed. As a result, APTT hardly prolonged.

Figure 5 Pattern of patient’s APTT cross-mixing test meas­ured with APTT reagent contained ellagic acid as activator

The same result as Figure 4 obtained with different APTT reagent.

IV  結語

今回,当院において先天性PK欠乏症の症例を経験した。PK欠乏症では,APTTの延長を認めるが,測定試薬によりその程度が異なり,シリカを活性化剤とする試薬がPK欠乏症に対する感受性が高いと考えられた。また,CMTもPK欠乏症の診断に有用であると考えられた。

COI開示

本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。

謝辞

本症例に関しまして,遺伝子解析をはじめ,様々な点でアドバイスを頂きました金沢大学医学部附属病院血液内科,森下英理子先生をはじめとする金沢大学の関係者の皆様に,厚く御礼申し上げます。

文献
 
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