医学検査
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症例報告
早期の診療連携により治癒できたBacteroides fragilisによるフルニエ壊疽の1症例
近藤 好岡田 元鈴木 美穂杉浦 康行野村 杏奈桂川 陽平稲垣 幹人
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2021 年 70 巻 1 号 p. 167-171

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Abstract

症例は70歳代,男性。肛門周囲と陰嚢の腫脹,疼痛で救急搬送。救急救命センターで搬送後直ちに陰嚢を切開排膿により,悪臭のあるガスが多量に排出された。検体提出時,担当医師よりフルニエ壊疽の疑いと連絡,嫌気性菌による混合感染を疑い,適切に嫌気培養を開始することが可能となった。さらには,至急のグラム染色依頼があり,染色所見よりBacteroides属が疑われることを医師に報告し,適切な抗菌薬投与に貢献できた。培養結果を待たず早急に会陰部デブリードマンが実施された。来院時に採取した血液培養よりBacteroides fragilisが検出され,さらに陰嚢排膿検体からも本菌を検出した。患者は敗血症性ショックでICU管理となったが,迅速かつ適切な抗菌薬投与,一時的人工肛門造設,2回目のデブリードマン後,皮膚欠損部の植皮術が施行され,治療開始3ヶ月で完治した。本疾患の診断と治療は,早い情報提供が必須であり,医師との親密な情報連携が重要である。さらには,グラム染色結果より嫌気性菌の有無が推定できれば,経験的治療に貢献できる。対応の遅れが予後を左右するフルニエ壊疽が疑われた場合,診療連携を密に行い,早い時点でグラム染色を実施し,起因菌を証明することが極めて重要である。

Translated Abstract

A 70-year-old male was urgently transported to our hospital owing to swelling and pain around the anus and scrotum. Immediately after incision and drainage of the scrotum, a large amount of odorous gas was discharged. At the time of sample submission, the doctor in charge suspected Fournier’s gangrene and infection by a mixture of anaerobic bacteria, and he requested for an immediate start of anaerobic culture. Immediate perineal debridement was performed without waiting for the culture results. Bacteroides fragilis was detected in scrotal secretions and blood samples. ICU management was performed owing to sepsis, but swift and appropriate antibiotics administration and temporary colostomy, second debridement, and skin grafting on the defect were also performed. He was completely cured in three months. Prompt information provision is essential for the diagnosis and treatment of this disease, and close information collaboration among doctors is important. Furthermore, if the presence or absence of anaerobic bacteria can be determined from Gram staining results, it can contribute to empirical treatment. When Fournier’s gangrene is suspected, poor prognosis is expected if there is a delayed response; thus, it is extremely important for doctors to closely cooperate with regard to medical treatments and to perform Gram staining at an early stage to determine the causative bacterium.

I  はじめに

フルニエ壊疽は,1883年にFournierにより報告されて以来,非常に多くの症例報告がなされている1)。泌尿器科・外科領域でも多く遭遇する疾患であり,会陰,性器,または肛門周囲の領域の皮下組織に生じ,急激に拡大,進行,増悪する壊死性筋膜炎で,早期に適切な治療を実施しなければ予後不良となる。本疾患は糖尿病が基礎疾患として存在することが多く,特にコントロール不良例に多いとされるが,全く基礎疾患を有さない例もある。会陰部,性器,または肛門周囲の領域より発症するため患者が症状自覚から受診するまでに時間を要することが多く,このことが予後を大きく左右させている。今回,検査室からの迅速な情報提供の結果,担当医師との連携で早急にデブリードマン処置が実施され,救命しえたBacteroides fragilisによる本疾患を経験したので報告する。

II  症例

患者:70歳代,男性。

主訴:両側睾丸腫脹と疼痛,肛門痛。

既往歴:高血圧,痔核,糖尿病なし。

現病歴:20XX年2月下旬に,肛門の不快感を自覚。3月上旬,睾丸の腫れが増悪。歩行可能であるが,股擦れで強い疼痛のため救急要請。

局所所見:肛門と陰嚢周囲に発赤,重症を意味する黒色壊死部が確認され(Figure 1),会陰部CT横断面より特徴的な皮下のガス像が確認された(Figure 2)。

Figure 1 切開排膿前局所所見

肛門・陰嚢周囲に発赤,重症を意味する黒色壊死部を確認される。

Figure 2 会陰部CT

会陰部皮下に特徴的なガスの像を確認される。

陰嚢が切開排膿され,悪臭のあるガスを多量に排出された。この所見から,嫌気性菌感染が疑われ,排膿検体を直ちにグラム染色し起因菌を推定。来院2時間半で早急にドレナージと会陰部デブリードマンが実施された。

III  来院時検査所見

WBC 16,100/μL,CRP 35.33 mg/dLと炎症反応が高値であった(Table 1)。

Table 1  来院時血液生化学検査結果一覧
血液検査 生化学検査 血液ガス検査
WBC 16.1 × 103/μL TP 5.1 g/dL pH 7.423
RBC 3.77 × 106/μL AST 22 IU/L PCO2 32.7 mmHg
Hb 12.9 g/dL ALT 23 IU/L PO2 44.2 mmHg
PLT 110 × 103/μL LD 214 IU/L HCO3 21.3 mmol/L
凝固検査 Crea 2.25 mg/dL BE −2.7 mmol/L
PT 68.30% UN 42 mg/dL
PTINR 1.23 Na 141 mmol/L
APTT 78.3秒 K 3.9 mmol/L
Fib 630 mg/dL Cl 108 mmol/L
TB 1.73 mg/dL
CRP 35.33 mg/dL
Glu 133 mg/dL

Laboratory risk indicator for necrotizing fasciitis score(LRINEC score)は血液生化学検査データを用いた壊死性筋膜炎の鑑別方法であり,6点未満が低リスク,6点以上で壊死性筋膜炎を疑い,さらに8点以上で高リスクの評価となっている2)。本症例は8点で,壊死性筋膜炎の可能性が高いことが示唆される評価であった。

IV  臨床経過

来院日から3日間で急速に状態が悪化。敗血症性ショックとなり,多臓器不全を引き起こしかねない状態で,ICU管理の継続を余儀なくされた。MeropenemとClindamycinの併用からTazobactam/Piperacillinに変更,その後Sulbactam/Ampicillinへと変更し,治療開始から16日目で抗菌薬終了となった。

創部汚染回避目的に治療開始15日目に一時的人工肛門の造設を行い,治療24日目には歩行可能までに改善した。

術後経過は良好であり,感染部位も急速に改善し,デブリードマンと人工肛門増設施行後50日で皮膚欠損部に植皮術を施行し,治療開始3ヶ月で完治した。

V  細菌学的検査所見

陰嚢排膿検体の外観は,膿性で,粘調性はなく悪臭のある暗褐色,嫌気性菌が疑われる検体性状であった。グラム染色所見は,多数の大小不同で多形成を示すグラム陽性球菌と腸内細菌に類似した大きさで大小不同の両端が丸みを帯びたパイフェル液に対し低染色性の陰性桿菌が確認され嫌気性菌の存在が示唆された(Figure 3)。泌尿器科医師からフルニエ壊疽疑いと陰嚢切開時に情報提供があり,肉眼的検体所見とグラム染色所見から,嫌気性菌の混合感染を推定,嫌気性菌の可能性があるグラム陽性球菌,Bacteroidesを疑う陰性桿菌ありと医師へ報告した。直ちにブルセラHK寒天培地RS(極東製薬)を用いて嫌気培養を開始,VITEK2(シスメックス)ANC同定カードを使用し,培養5日目でB. fragilisを同定した。

Figure 3 嫌気性菌が示唆される陰嚢分泌物検体(左)とグラム染色(右)(×1,000)

悪臭を伴う濃厚な血性の検体であり,グラム染色ではグラム陽性球菌及びグラム陰性桿菌が多数認められた。

血液培養検査は,23F好気用レズンボトルP(日本BD)と22F嫌気用レズンボトルP(日本BD)を使用し,BACTEC FX(日本BD)にて培養を行った。来院時に採取した血液培養3セット中,嫌気ボトル2本が翌日に陽性となり,グラム染色にてグラム陰性桿菌が認められた(Figure 4)。残り嫌気ボトル1本も培養2日目に陽性となり,同様の菌がグラム染色により確認された。

Figure 4 血液培養グラム染色像(×1,000)

グラム染色にてグラム陰性桿菌が認められた。

血液培養のサブカルチャーは,ブルセラHK寒天培地RS(極東製薬)を使用した。35℃嫌気培養開始から1日後,ブルセラHK寒天培地に周縁整で,低く凸状に隆起した表面平滑な半透明灰白色の円形集落(直径:1~3 mm)が発育した(Figure 5)。菌名同定には,VITEK2(シスメックス)ANC同定カードを使用し,B. fragilisと同定された。

Figure 5 ブルセラHK寒天培地上の集落写真

Bacteroides属が示唆される表面平滑な半透明灰白色の円形集落が純培養状に認められた。

薬剤感受性検査は米国CLSI M100-S22にしたがい,感受性ブルセラブロス‘栄研’(栄研化学),ドライプレート‘栄研’AN44(栄研化学)を使用し,35℃,48時間嫌気培養を行い,最小発育阻止濃度(MIC)を測定した。薬剤感受性結果をTable 2に示す。

Table 2  薬剤感受性結果(血液培養検出菌)
抗菌薬名 MIC(μg/mL)
Benzylpenicillin(PCG) 2
Ceftriaxon(CTRX) ≤ 1
Ceftazidime(CAZ) 4
Flomoxef(FMOX) 4
Panipenem(PAPM) ≤ 0.5
Meropenem(MEPM) 1
Clindamycin(CLDM) ≤ 0.25
Sulbactam/Ampicillin(S/A) 2
Tazobactam/Piperacillin(T/P) ≤ 2

VI  考察

今回我々は,70歳代で生来健康な男性の会陰部,肛門周囲に突然発症したフルニエ壊疽を経験した。医師と早急に情報連携を行い,後遺症もなく完治した。

野田ら3)による本邦におけるフルニエ壊疽107例の解析では,平均年齢は59.3歳,88%が男性であった。全症例の84%において何らかの基礎疾患を認めている。白血球およびCRPの平均は,それぞれ18.0 × 103/μL,24.4 mg/dLであった。病変部位はおよそ半数が会陰レベルに留まっていたが,22%の症例では骨盤レベルを超えた進展が認められた。周術期死亡率は10%と報告している。基礎疾患の内訳は,45%に糖尿病を認め,16%に固形悪性腫瘍が存在し,その他,免疫不全を呈する基礎疾患がある患者も含まれていた。本症例では,基礎疾患はなかったが,男性に多いこと,血液生化学検査結果を用いた壊死性筋膜炎鑑別方法LRINEC score,肛門と陰嚢周囲の発赤や黒色壊死,皮下ガス像など特徴的臨床所見から,細菌検査前に本疾患を強く推定することで,菌名報告までの時間短縮が可能であった。検査技師が患者の臨床情報を事前に十分把握した上で,検査に臨む重要性があると思われる症例であった。

起因菌に関しての,解析ではEscherichia coli,次いでStreptococcus属が多く検出されていた。嫌気性菌では,Bacteroides属が多く検出され,嫌気性菌の関与は37例(35%)に認められ,嫌気生菌と好気性菌の混合感染は33例(31%)と多く認められたと報告している。本症例でも嫌気性菌のBacteroides属が起因しており,本疾患を疑った場合は,嫌気性菌の関与を事前に考慮する必要性がある。また,同定結果が迅速に報告できるようサブカルチャーに嫌気性菌用培地を準備しておくことも重要と考える。

McHenryら4)は,フルニエ壊疽症例65例中,生存例(46例)は死亡例(19例)と比較して手術までの時間が有意に短かったと報告している(平均25時間vs 90時間,p = 0.0002)。また,最新のEuropean Association of Urologyガイドラインにおいても,24時間以内に手術を行うことが強く推奨されている5)

また,Hadeedら6)は,手術までの時間が6時間以内と6時間以上とで死亡率を比較した結果,死亡率がそれぞれ7.5%と17%であったことから,即時の手術が生存率をさらに改善させることを報告している。これらの報告がより速い検査実施と治療が必要である根拠となっている。

松田ら2)は,人工肛門造設術の実施について,創部便汚染の確実な予防が可能で,局所創処置を容易にすることから積極的に実施すべきであると報告している。造設後すぐに経口摂取を躊躇せず促すことも可能となり,栄養状態改善に大きく寄与できる。また,診断直後の初回デブリードマン時に造設することが肝要だが,このためには常日ごろから泌尿器科医,消化器外科医等と本疾患の治療方針に関してコンセンサスを得ておく必要があり,今回の症例でも松田らの症例と同様に対応できた結果,救命できた。

一方,泌尿器科医の立場からも,フルニエ壊疽は気腫性腎盂腎炎などと同様に特殊な感染状態であり,生命予後を改善するためには,早急な診断と共に,迅速な外科的対応が必要不可欠であると報告している7)

グラム染色は感染症診療の初期診断において臨床的意義が高く,初期抗菌薬の選択や治療方針の決定,検査材料の品質評価が一度に可能な検査である。今回の症例においても臨床現場に迅速にフィードバックすることにより,治療の一助となった。しかし,グラム染色所見に対する多くの知識が必要になり,フィードバックする際には医師とのコミュニケーションが重要であることは言うまでもない8)

本症例では,医師からの迅速なフルニエ壊疽の情報提供,さらには抗菌薬適正使用の目的でグラム染色を直ちに見て欲しいという強い要望があり,迅速に目的とする菌の推定,検査に必要な培地を選択することができた。

本疾患の診断・治療は,早期な情報提供が必須であり,グラム染色所見から迅速に原因菌の有無が示唆できれば,経験的治療に貢献できる。今回の経験を踏まえ,今後は医師との親密な情報連携をさらに強化していきたい。

VII  結語

早急に適切な治療を実施し,救命しえたBacteroides fragilisによるフルニエ壊疽を経験した。医師との親密な情報連携が重要であると思われた。

 

なお,本研究は安城更生病院倫理委員会の承認(承認番号C-17-041)を得て行った。

COI開示

本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。

謝辞

本編投稿にあたり,ご指導を賜りました安生更生病院前副院長・感染制御部部長の岡村武彦先生に深謝申し上げます。

文献
 
© 2021 一般社団法人 日本臨床衛生検査技師会
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