Japanese Journal of Medical Technology
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High-sensitivity detection of Entamoeba complex by polymerase chain reaction (PCR) analysis: Comparison of PCR-HRM analysis and conventional PCR analysis
Keizo TODAKazuki NAKASHIMA
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2021 Volume 70 Issue 3 Pages 465-474

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Abstract

5類感染症に分類されるEntamoeba histolyticaは,非病原種であるE. disparE. moshkovskiiと鑑別する必要があるが,顕微鏡検査では難しい。しかし,PCR法はE. histolyticaを特異的・高感度に検出することが可能で,その技術は従来のPCRからリアルタイムPCRに推移している。今回,我々はリアルタイムPCRを更に展開させたPCR-HRM解析を用いてEntamoeba complexの高感度検出を検討し,今まで数多く報告されているマルチプレックスPCR,アレル特異的PCR,アレル特異的リアルタイムPCR,2段階リアルタイムPCRと比較した。その結果,増幅産物のサイズが大きくなるとPCRの増幅効率が低下するため,マルチプレックスPCRの検出感度は他法より劣った。一方,増幅産物のサイズを小さくすると,何れのPCR法でも十分な検出感度が得られ,コンタミネーションの危険性を冒してまで2段階PCRを行う必要は無かった。PCR-HRM解析とリアルタイムPCRは,リアルタイムPCR装置を使用するため反応チューブの蓋を開ける必要が無い。そのため,コンタミネーションの危険性が非常に低く,結果報告時間も短縮できた。更にPCR-HRM解析は1本のチューブで検査できるためランニングコストが安価で,Entamoeba complex 3種以外の種も検出できる優れた方法である。

Translated Abstract

Entamoeba histolytica, which is the cause of a category 5 infectious disease, needs to be differentiated from the non-pathogenic species Entamoeba dispar and Entamoeba moshkovskii. PCR analysis is a specific and highly sensitive method of detecting E. histolytica, and the technology is shifting from conventional PCR to real-time PCR analysis. Therefore, we investigated a highly sensitive method to detect the Entamoeba complex by PCR-HRM analysis, which is a further evolution of real-time PCR analysis. Furthermore, we compared HRM analysis with multiplex PCR, allele-specific PCR, allele-specific real-time PCR, and nested PCR analyses. Results showed that the sensitivity of multiplex PCR analysis is inferior to that of other methods because the sensitivity decreased as the size of the PCR product increased. When the size of the PCR product is small, sufficient detection sensitivity can be obtained, so that it is not necessary to carry out nested PCR, which increases the risk of contamination. Since PCR-HRM analysis and allele-specific real-time PCR analysis use a real-time PCR thermal cycler, there is no need to open the lid of the PCR tube. Therefore, the risk of contamination is extremely low, and the turnaround time can be shortened. Moreover, since only one tube is used in PCR-HRM analysis, running costs are low, and there is a possibility that more Entamoeba species can be detected.

I  はじめに

5類感染症に分類されるアメーバ赤痢は,感染症法に基づく年間届出数が増加し,国立感染症研究所の報告によると2007年からの約10年間に9,301例の発生報告があった。そして,全体の49%が感染経路不明で,次いで性的接触29%,生食などによる経口感染が22%であった。診断はEntamoeba histolyticaの存在を証明することが望ましいが,顕微鏡によるアメーバ検出例が9,301例中7,549例,抗体検査2,500例,そして遺伝子検査によるものがわずか108例であった。

顕微鏡を用いた検査法は特別な装置が必要なく,ランニングコストも安価であるため広く普及している。他の検査法と比較した検出感度の優劣は,報告1),2)によって隔たりがあり,検査者の経験と知識が検査結果に大きく影響する。また,形態では病原性を有するE. histolyticaと,非病原種でヒトからの検出率が高いE. disparや,自由生活性で病原性が未確定のE. moshkovskii3)を鑑別できない問題がある。それに対してPCR(polymerase chain reaction)検査は,それらを同定することが可能で,最終診断として価値が高いとする報告もある4),5)。そのため,設備の整った施設では遺伝子検査を併用し,WHO(World Health Organization)はアメーバ赤痢の検査法としてPCR法を推奨している。

アメーバ赤痢のPCR検査は幾つかの種類があり,1本のチューブに複数本の種特異的なプライマーをミックスしてPCRを行い,そのPCR産物を電気泳動して特異バンドを確認するマルチプレックスPCR法6)~8)(Multiplex PCR;M-PCR法),種特異的PCRを個別に行い,各PCR産物を電気泳動で確認するアレル特異的PCR法(conventional allele specific PCR;C-AS-PCR法)9),種特異的PCRを個別に行い,その増幅経過をSYBA Greenで測定するアレル特異的リアルタイムPCR法(allele specific real time PCR;RT-PCR法)10),11),1段階目のPCRを行い,その増幅産物の一部を用いて,再びRT-PCR法を行う2段階RT-PCR法(nested-RT-PCR法)などがある。そして,今回はEVA GreenをインターカレーターとしてPCRを行い,そのPCR産物の融解曲線データを専用の解析ツールで分析する高解像度融解曲線解析(high resolution melt analysis;PCR-HRM解析)を加えた計5法で,Entamoeba complex(E. histolytica, E. dispar, E. moshkovskii)の高感度検出を試みた。

II  材料および方法

1. 供試検体

1) 人工遺伝子合成プラスミド

GenBankに登録されているE. histolytica(MH882419),E. dispar(Z49256),E. moshkovskii(AF149906)のSmall subunit ribosomal RNA(SSU rRNA)塩基配列を基に,Figure 1の赤字斜体で示したDNA配列を人工合成し,各々pEX-A2J2ベクターに組み込んだ3種類のプラスミド作製を委託した(Eurofins Genomics社)。それらプラスミドは,陽性コントロールやPCR-HRM解析のリファレンス曲線作成に用いたり,滅菌精製水で希釈系列を作成して各種PCR法の最低検出コピー数の検討に用いたりした。

Figure 1 各種PCRに用いたプライマー設定領域および人工遺伝子合成領域

(1)PCR-HRM解析用として,Entamoeba SSU rRNA保存領域内にPCR-HRM-forwardとPCR-HRM-reverseのプライマーセットを設定しPCRを行った。プライマーはEntamoeba属内の多くの種に共通で,PCRで141 bpの増幅産物が合成される。(2)C-AS-PCR用として,Entamoeba complexに共通のEnt-forwardプライマーと,可変領域に種特異的なE. histolytica-reverse,E. dispar-reverse,E. moshkovskii-reverseプライマーを設定してPCRを行った。その結果E. histolytica 122 bp,E. dispar 118 bp,E. moshkovskii 128 bpのPCR増幅産物を認める。(3)RT-PCRは,上記のC-AS-PCRと同じプライマーセットを用いた。そして,RT-PCRでPCR産物が対数増幅し,融解曲線において陽性コントロールと同じTm(melting temperature)値を認めた検体を陽性とした。(4)nested-RT-PCRを行うために,前記のC-AS-PCRで用いたEnt-forwardプライマーと,その約850 bp下流のEntamoeba SSU rRNA保存領域内に1stPCR-reverseプライマーを設定して1段階目のPCRを行った。更にその増幅産物の一部を用いて,2段階目のRT-PCRを行った。(5)M-PCR用として,Entamoeba complex共通のMult-forwardプライマー1種類と,Zulhainanら9)が報告した種特異的なMult-histolytica-reverse,Mult-dispar-reverse,Mult-moshkovskii-reverseプライマー3種類の計4種類をミックスしてPCRを行った。その結果,E. histolyticaは217 bp,E. disparが738 bp,E. moshkovskiiでは629 bpの陽性バンドが検出される。(6)赤色斜体で示した塩基配列どおりにDNAを人工合成し,それをpEX-A2J2ベクターに組み込んでプラスミドを作成した。この3種類のプラスミドを陽性コントロールとして用い,各種PCRの特異性と検出感度の検討を行った。

2) 患者検体からのDNA抽出

E. histolytica陽性患者便から,QIAamp DNA Stool Mini Kit(キアゲン社)を用いて,試薬メーカーの指示通りにDNAを抽出した。同様にE. dispar陽性患者便からもDNAを抽出し,使用時まで−30℃で保存した。そして,この2種類の抽出DNAから滅菌精製水で希釈系列を作製し,最低検出感度の検討を行った。

尚,患者検体をPCR検査するにあたり,検査対象をアメーバのみとし,検体には個人情報を全く含まないため,本研究は当院倫理委員会の対象にならなかった。

2. 高解像度融解曲線(PCR-HRM)解析

1) 使用プライマー

使用プライマーの塩基配列をFigure 1に示した。PCR-HRM-forwardとPCR-HRM-reverseプライマーセットをEntamoeba SSU rRNA保存領域に設定し,Entamoeba complexに共通で141 bpのPCR産物が合成される。

2) PCR反応および融解曲線

反応液はKAPA HRM FAST Master Mix(日本ジェネティクス社)10.0 μL,25 μM MgCl2 2.0 μL,各10 μMプライマー0.6 μL,精製水4.4 μL,テンプレートDNA 3.0 μLの計20 μLとした。これをCFX96 Touchサーマルサイクラー(Bio-Rad社)を用いて95℃ 2分のインキュベーション後,95℃ 5秒 60℃ 20秒のプログラムを45サイクル行った。続いて融解曲線を得るために95℃ 1分,70℃ 1分のインキュベーション後,0.2℃間隔10秒間のplate readで,70℃から95℃まで連続上昇した融解曲線データを取得した。

3) HRM解析

得られた融解曲線データをPrecision Melt Analysisソフトウェア(Bio-Rad社)で精密解析した。そして,事前に作成した3種類のEntamoeba complexリファレンス曲線と被検体の融解曲線を同時に解析し,クラスター分類することによって種を同定した。

3. アレル特異的PCR法(C-AS-PCR法)

1) 使用プライマー

使用プライマーをFigure 1に示した。Entamoeba complexに共通のEnt-forwardプライマーと,SSU rRNA可変領域に種特異的なE. histolytica-reverse,E. dispar-reverse,E. moshkovskii-reverseプライマー3種類を設定し,種特異的プライマーセットを計3組作成した。

2) PCR反応

反応液はAmpli Taq Gold 360 master mix(Applied Biosystems社)10 μL,各10 μMプライマーセット0.6 μL,精製水6.4 μL,テンプレートDNA 3.0 μLの計20 μLとした。これをProFlex PCR Systemサーマルサイクラー(Applied Biosystems社)を用いて95℃ 10分間のホットスタート後,95℃ 20秒 58℃ 30秒 72℃ 60秒のプログラムを45サイクル行い,最後に72℃ 7分間の伸長反応を行った。

3) 判定

PCR産物8 μLに5倍濃度loading buffer 2 μLを加え,3%アガロースゲル電気泳動を行った。そしてE. histolytica 122 bp,E. dispar 118 bp,E. moshkovskii 128 bpの特異バンドが確認されたものを陽性とした(Figure 2)。

Figure 2 人工遺伝子合成プラスミドを陽性コントロールとした3種類のC-AS-PCR法

A:3種類の人工遺伝子合成プラスミドを検体としてE. histolyticaに特異的なC-AS-PCRを行い,そのPCR産物を3%アガロースゲル電気泳動した。レーン左側より100 bpラダー,122 bpのE. histolytica陽性バンド,E. dispar陰性,E. moshkovskii陰性が確認された。B:同様にE. disparに特異的なC-AS-PCRで118 bpのE. dispar 陽性バンドを認めた。C:E. moshkovskiiに特異的なC-AS-PCRでは,128 bpのE. moshkovskii 陽性バンドを認めた。

4. アレル特異的リアルタイムPCR法(RT-PCR法)

1) 使用プライマー

前述のC-AS-PCR法と同じ,種特異的な3組のプライマーセットを使用した。

2) RT-PCR反応

反応液はSso Advanced Universal SYBR Green Supermix(Bio-Rad社)10 μL,各10 μMプライマーセット0.6 μL,精製水6.4 μL,テンプレートDNA 3.0 μLの計20 μLとした。これをCFX96 Touchを用いて98℃ 2分のインキュベーション後,95℃ 5秒 60℃ 15秒のプログラムを45サイクル行った。

3) 判定

PCR増幅曲線で対数増幅を認め,融解曲線でリファレンス検体とTm(melting temperature)値が同じ検体を陽性とした。

5. 2段階PCR法(nested-RT-PCR法)

1) 使用プライマー

使用プライマーをFigure 1に示した。C-AS-PCR法で用いたEnt-forwardプライマーと,その約850 bp下流の保存領域に設定した1stPCR-reverseプライマーの汎用セットで1段階目のPCRを行い,そのPCR産物の一部をテンプレートとして2段階目のRT-PCRを行った。

2) Nested-RT-PCR反応

1段階目のPCR反応液はAmpliTaq Gold 360 master mix 10 μL,各10 μMプライマーセット0.6 μL,精製水6.4 μL,テンプレートDNA 3.0 μLの計20 μLとした。これをProFlex PCR Systemサーマルサイクラーを用いて95℃ 10分間のホットスタート後,95℃ 30秒 58℃ 30秒 72℃ 60秒のプログラムを30サイクル行い,最後に72℃ 7分間の伸長反応を行った。2段階目のPCR反応液はSso Advanced Universal SYBR Green Supermix 10 μL,各10 μMプライマーセット0.6 μL,精製水8.4 μLに1段階目のPCR産物1.0 μLを加えて計20 μLとし,45サイクルのRT-PCR法を行った。

3) 判定

RT-PCR法と同様の判定を行った。

6. マルチプレックスPCR法(M-PCR法)

1) 使用プライマー

使用プライマーはFigure 1に示したとおりで,Entamoeba complex共通のMult-forwardプライマー1種類と,Zulhainanら9)が報告した種特異的なMult-histolytica-reverse,Mult-dispar-reverse,Mult-moshkovskii-reverseプライマー3種類の計4種類を,各10 μMの濃度に調整・混和してM-PCR用プライマーミックスとした。

2) 反応液

反応液組成はAmpliTaq Gold 360 master mix 10 μL,各10 μMプライマーミックス0.6 μL,精製水6.4 μL,テンプレートDNA 3.0 μLの計20 μLとした。これをProFlex PCR Systemサーマルサイクラーを用いて95℃ 10分間のホットスタート後,95℃ 30秒 58℃ 30秒 72℃ 90秒のプログラムを45サイクル行い,最後に72℃ 7分間の伸長反応を行った。

3) 判定

PCR増幅産物8 μLに5倍濃度loading buffer 2 μL加え,3%アガロースゲル電気泳動を行った。そして,E. histolytica 217 bp,E. dispar 738 bpの特異バンドが確認された検体を陽性とした。但しE. moshkovskii陽性検体が入手できなかったため,629 bpと思われるE. moshkovskiiの陽性バンドは確認できなかった(Figure 3)。

Figure 3 患者便抽出DNAを検体としたM-PCR法

患者の便から抽出DNAを検体としてM-PCRを行い,その増幅産物を3%アガロースゲル電気泳動した。その結果,E. histolytica陽性検体は217 bpの陽性バンドを認め,E. dispar陽性検体から738 bpの陽性バンドを認めた。但し,E. moshkovskii陽性検体を入手できなかったため,検討できなかった。

III  結果

1. PCR-HRM解析用リファレンス曲線の作製

3種類(E. histolytica, E. dispar, E. moshkovskii)の人工遺伝子合成プラスミドを,それぞれ104,106,108 copy/μLの3濃度に調整し,それらをテンプレートDNAとして,Eva GreenをインターカレーターとしたPCRを行った。その時のCt(threshold cycle)値は,12.3から30.2サイクルで,良好な対数増幅を認める増幅産物が得られた(Figure 4A, B)。その後の融解曲線で得られたTm(melting temperature)値はE. histolyticaプラスミド74.6℃,E. disparプラスミド75.9℃,E. moshkovskiiプラスミド74.9℃と3種類のTm値に差を認めた(Figure 4B)。更にこの融解曲線をHRM解析した結果,3種のクラスター分類が更に明瞭になった(Figure 4C)。今後,この3種類のHRM曲線をレファレンス曲線として用いた。

Figure 4 Entamoeba complexのPCR-HRM解析

A:Entamoeba complex(E. histolytica, E. dispar, E. moshkovskii)の人工遺伝子合成プラスミドを104,106,108 copy/μL濃度に調整してPCRを行った結果,Ct(threshold cycle)値12.3から30.2サイクルで良好なPCR増幅産物が得られた。B:これらの増幅産物を70℃から95℃に0.2℃間隔で温度変化させて融解曲線を描いた結果,E. histolyticaの平均Tm(melting temperature)値が74.6℃,E. dispar 75.9℃,E. moshkovskii 74.9℃と差を認めた。C:更に,この融解曲線をHRM解析した結果,3種のクラスター分類が明瞭になった。今後,この3種類HRM曲線をリファレンス曲線として用いた。

2. 人工遺伝子合成プラスミドの希釈系列を用いた最低検出コピー数の検討

3種の人工遺伝子合成プラスミドから,それぞれ0,1,2,3,6,13,25,50,100 copy/μLの希釈系列を作製し,RT-PCR法,C-AS-PCR法,PCR-HRM解析の最低検出コピー数を求めた。測定は複数回行い,得られたコピー数の最頻値を最低検出コピー数とした。結果はRT-PCR法,C-AS-PCR法,PCR-HRM解析の順にE. Histolyticaプラスミドの最低検出コピー数が1 copy/μL,3 copy/μL,2 copy/μLと何れの方法でも感度が高かった。E. disparプラスミドは3 copy/μL,3 copy/μL,25 copy/μL,そしてE. moshkovskiiプラスミドが25 copy/μL,25 copy/μL,50 copy/μLでPCR-HRM解析の検出感度がやや低かった(Figure 5)。

Figure 5 人工遺伝子合成プラスミドの希釈系列を用いた検出感度の検討

E. histolyticaE. disparE. moshkovskiiの人工遺伝子合成プラスミドを用いて0 copy/μLから100 copy/μL濃度の希釈系列を作成し,PCR-HRM解析,C-AS-PCR法,RT-PCR法の最低検出コピー数を検討した。E. histolyticaプラスミドの検出感度は,RT-PCR法 1 copy/μL,PCR-HRM解析 2 copy/μL,C-AS-PCR法 3 copy/μLといずれも高感度であった。E. disparプラスミドではRT-PCR法とC-AS-PCR法の検出感度が3 copy/μLであったのに対し,PCR-HRM解析は25 copy/μLであった。E. moshkovskiiプラスミドではRT-PCR法とC-AS-PCR法の最低検出感度が25 copy/μLであったのに対し,PCR-HRM解析は50 copy/μLと低かった。

3. 患者検体の希釈系列を用いた最低検出感度の検討

E. histolytica陽性患者の便から抽出した460 ng/μL濃度のDNA液を基に,滅菌精製水で10倍,20倍,40倍,80倍,100倍,200倍,400倍,800倍,1,000倍の希釈系列を作成し,検討5法の最低検出感度を求めた。その結果nested-RT-PCR法は400倍希釈まで検出可能で,PCR-HRM解析が200倍希釈,M-PCR法,RT-PCR法,C-AS-PCR法では100倍希釈が最低検出感度であった。また,E. dispar陽性患者から抽出した95 ng/μL濃度のDNA液についても同様の検討を行った結果,PCR増幅産物のサイズが738 bpと大きいM-PCR法の検出感度が40倍希釈と劣ったが,C-AS-PCR法とRT-PCR法が400倍希釈,nested-RT-PCR法とPCR-HRM解析は800倍希釈まで検出可能であった(Figure 6)。

Figure 6 患者検体抽出DNA液の希釈系列を用いた検出感度の検討

E. histolytica患者検体の検討では,nested-RT-PCR法が400倍希釈まで検出可能で最も感度が高く,次いでPCR-HRM解析が200倍希釈,RT-PCR法,C-AS-PCR法,M-PCR法は100倍希釈まで検出できた。また,E. dispar患者検体はnested-RT-PCR法とPCR-HRM解析が800倍希釈,RT-PCR法とC-AS-PCR法が400倍希釈まで検出可能であったのに対し,PCR増幅産物が738 bpと長いM-PCR法では40倍希釈が最低検出感度であった。

IV  考察

1992年,Tachibanaら12)は肝膿瘍からPCR法を用いてE. histolyticaを初めて検出し,その後,PCR法は便検査にも用いられるようになった。そしてPCR技術の進歩に伴い,検査時間の短縮とコンタミネーションによる偽陽性の低減に効果を発揮するリアルタイムPCR法が現在の主流である。今回我々は,リアルタイムPCRを更に発展させたPCR-HRM解析によるEntamoeba complexの高感度同定を試みたが,我々が知り得る限り同様の報告は無い。

PCR-HRM解析はPCR後の融解曲線を分析する手法で,本来,ターゲット遺伝子中の1塩基の違いを検出できる高精密な分析方法である13)。そのため,検体間のテンプレート量を揃え,増幅は30サイクル以内に抑えるなど良質なPCRが求められる。しかし,便中のアメーバ検出に応用するには,十分なテンプレート量が望めない。そこで,今回,ターゲットとした141塩基の内E. histolyticaE. dispar間で5塩基,E. histolyticaE. moshkovskii間で20塩基,E. disparE. moshkovskii間で21塩基の違いがある領域をHRM解析した。その結果,テンプレート量が少なく45サイクルの増幅を行っても,PCR-HRM解析で高感度にEntamoeba complexを分類できた。更にPCR-HRM解析特有の利点として,プライマーセットを遺伝子多型が少ない保存領域に設定したことにより,ヒトの腸管内からの検出が報告されているE. hartmaniiE. coliE. polecki14)や人獣共通感染症を起こすE. nuttalli15)等のアメーバとプライマーが共通する。そのため,これらの種でもPCR反応が起こり,検出できると思われる。但し,当センターでは稀なアメーバの分離例が無かったため,今回の検討で確認できなかった。

次にPCR-HRM解析と既存PCR法の検出感度を比較した。PCR-HRM解析,RT-PCR法,C-AS-PCR法は,全て45サイクルの増幅を行い,PCR産物の長さも118 bpから141 bpと短くした。一方,M-PCR法も45サイクルの増幅を行ったが,この方法の特徴として1本のチューブで増幅されたPCR産物を電気泳動し,その泳動距離の差から種を同定するため,どうしてもPCR産物が長くなる。その結果,M-PCR法のPCR産物が217 bpと短いE. histolyticaの検出感度は,他法と差が無かったのに対し,PCR産物が738 bpと非常に長いE. disparでは,M-PCR法の検出感度が他法より10倍低かった。通常,増幅産物中のターゲット遺伝子のコピー数が同じであれば,増幅産物が長い方が検出しやすい。しかし,E. disparのM-PCR法は,増幅産物の長さが原因して増幅効率が低下し,45サイクルの増幅でも十分な検出感度を得られなかったと考えられる。以上のことより,M-PCR法は1本の反応チューブで事足りるため経済的であるが,増幅産物が長いと検出感度が劣るデメリットに注意が必要である。

次に増幅サイクル数とPCR産物のサイズが同等であるPCR-HRM解析,RT-PCR法,C-AS-PCR法の検出感度を比較した。プラスミドの希釈系列を用いた検討では,PCR-HRM解析はRT-PCR法,C-AS-PCR法よりやや感度が劣ったが,患者検体の検討では,PCR-HRM解析の検出感度がRT-PCR法,C-AS-PCR法より高かった。これらの希釈系列は,滅菌精製水で希釈しただけであり,PCR阻害物質の影響など,実際の患者検体の検出感度を示したものでは無いが,低濃度域の同一検体を複数回測定するとゼロから4倍のバラツキがあり,PCR-HRM解析とRT-PCR法,C-AS-PCR法の検出感度差は,このバラツキの範囲内であった。結局,良質なプライマーでPCR産物を小さくすれば,PCRの方法に関わらず,検体中に数コピーしか存在しないE. histolyticaを検出できた。

過去に報告されたアメーバのPCR法は,シングルPCR法,nested-PCR法,RT-PCR法など様々である。そして,PCRを2段階で行うnested PCR法は,最も高感度な検出法として用いられているが,一方でYeeら10)はnested PCR法よりRT-PCR法が高感度であったことを報告している。今回の検討では,nested-RT-PCRが最も高感度であったが,RT-PCR法とは2倍から4倍の感度差を認めたのみで,PCR-HRM解析とは同等の検出感度であった。そして,今回のようにPCR産物のサイズを小さくすればシングルPCR法でも十分な感度が得られた。以上のことより,2段階PCRは高感度検査法の一つであるが,RT-PCR法やPCR-HRM解析でも十分な感度が有り,コンタミネーションの危険性を冒してまでPCRを2段階で行う価値は無いと思われる。

V  まとめ

今回,検討した5種類のPCR法をTable 1にまとめた。PCR法によるアメーバの検出において,増幅産物のサイズを小さくすることにより良好な増幅効率が得られ,M-PCR法以外では十分な検出感度を得られた。そのため,操作が煩雑でコンタミネーションの危険性が高い2段階PCR法は,必要性に乏しかった。一方,PCR-HRM解析とRT-PCR法はリアルタイムPCR装置を必要とするが,チューブ開栓によるコンタミネーションの回避や,泳動用ゲル作成や検体のアプライなどの操作を短縮できるなどメリットが大きかった。更にPCR-HRM解析は1本のチューブでPCRを完結できるのでチップやチューブ等の器材の使用が1/3量になるため経済的であり,理論上,ヒトの腸管に生息するEntamoeba complex以外のアメーバも検出できる応用性に優れた検査法である。

Table 1  アメーバの高感度検出における各種PCR法の有用性
検出感度 特殊装置の必要性 コンタミネーション回避 操作時間の短縮 消耗品費 応用性
PCR-HRM解析
RT-PCR
M-PCR
C-AS-PCR
nested-RT-PCR

◎:非常に優れている 〇:優れている △:劣っている

COI開示

本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。

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