医学検査
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原著
Microsoft Excelを用いた病理染色標本の比較解析アプリケーション開発
中村 広基
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2023 年 72 巻 1 号 p. 43-54

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Abstract

作製した染色標本の再現性や適否の評価は,臨床検査技師や病理医が実際に顕微鏡で確認して判断している。しかし,この方法は個々の経験差や好みなどに大きく依存するため,標準化が非常に困難である。染色標本を標準化するためには,客観的な評価を行う方法を確立する必要があると考えた。そこで,解析アプリケーションを作製し,染色標本の撮影画像から代表する色値を算出して比較する解析方法を考案した。このアプリケーションは,「染色標本の数値化」,「解析」,「作図」の解析工程を自動化して簡単に扱えることが特徴である。更に,導入も平易に行えるように,一般的に用いられているMicrosoft Excel®を用いている。解析は,HSV表色系,CIE L*a*b*表色系の色空間と,ヒトの知覚特性を考慮したCIE ΔE2000色差式を用いており,6種類の比較方法が可能である。また,背景を除外して解析するためのフィルターや,色を選択して解析するフィルターを実装しており,これらを適切に選択して解析することで,多くの染色標本に対して簡便に安定した比較,評価が実行できる。このアプリケーションを用いて染色条件を管理することにより,染色標本の標準化推進や院内品質管理への貢献が期待できる。

Translated Abstract

Currently, the adequacy and reproducibility of specimen staining is subjectively assessed with microscopic observation by medical technologists or pathologists. However, this method is highly dependent on individual experience, skills, and preference, making standardization extremely difficult. Therefore, it has become necessary to establish an objective method. Accordingly, an analysis application was developed to calculate and compare representative color values from photographed images of stained specimens. This application features automated and easy handling of the analytical processes of stained specimen quantifications, analyses, and plotting. Furthermore, Microsoft Excel is used to simplify the introduction of the application, as it is well known and commonly used. Six different comparative methods are available for analysis, using HSV color space, CIE L*a*b* color space, and the CIE ΔE2000 color-difference formula that take into consideration human perceptual characteristics. The application also includes filters for excluding backgrounds and for choosing colors. By selecting and analyzing these features appropriately, one can easily and consistently compare and evaluate many stained specimens. The use of this application to manage staining conditions is expected to contribute to the promotion of the standardization of stained specimens and internal quality control.

I  はじめに

作製した染色標本の再現性や適否を評価する方法は,臨床検査技師や病理医が実際に顕微鏡で確認して判断しているのが現状である。しかし,この方法は個々の経験差や好みなどに大きく依存するため,評価方法を標準化することは非常に困難である。染色標本の標準化を行うためには,客観的に評価する方法を確立することが必要であると考えた。そこで,染色標本の顕微鏡画像から,その標本を示す色値(以下,代表色値)を算出したのち,6種類の図を用いて染色標本を比較するアプリケーション(以下,解析アプリケーション)を開発し,これを用いて染色標本を客観的に比較する方法を考案した。

解析アプリケーションは,独自に開発したものであり,病理検査における染色評価の標準化や施設の標本作製能力向上に寄与することが期待できる。

II  目的

解析アプリケーションを開発するにあたって,①病理で用いることが想定される染色標本の多くを解析し比較できること。②解析の揺らぎが少なく高い精度で解析できること。③多数の染色標本を短時間に処理できること。④操作が簡単であることの4つを要求定義として設定し,これらを満たすように注意して開発を進めた。

III  材料および方法

1. 使用機器と開発環境

染色標本を解析する工程は,①染色標本の撮影 ②画像の数値化と解析,及び作図を想定した。工程①は,汎用性を考えて当施設にて日常検査で使用している顕微鏡(Olympus BX46)と撮影装置(Olympus DP-71)を用いた。工程②は,Microsoft Excel(以下,Excel)とVisual Basic for Applications(VBA)で記述したマクロを用いた。また,解析に関わる一連の流れを含めて,多くの施設にて誰でも簡便かつ安心して使用できるように,特に注意してアプリケーション開発を進めた。

2. 比較解析方法の検討

今回,解析に使用した全ての画像は,ファイル形式をjpgとし,解析速度と画像精度のバランスを勘案して画素数120 Kbytにて保存して用いた。また,比較に用いる図は,判断しやすさを考慮して,Excelにて汎用される折れ線図や縦棒図,散布図を使用し,作図を自動化した。これらを用いて,以下に示す解析方法を実行し,実際の染色標本を解析できるか確認を行った。また,他の解析や作図に対応できるように,代表色値を含む抽出した値は,Excelのシートに全て記録する仕様とした。

1) 代表色値の算出アルゴリズムの検討

画像から代表色値への変換アルゴリズムが,最も重要な工程であり,得られた代表色値は,染色標本を端的に表す必要がある。変換アルゴリズムとして「色の混色法」に着目したが,混色する順番によって異なる色値になるなど,代表色値を適切に得ることが困難であった。そこで,Excelを用いる利点を活かし,組み込みの統計関数である平均値(Average),最頻値(Mode),中央値(Median)にて代替が可能か検討を行った。解析する染色標本は,単染色「メチレンブルー単染色」,2重染色「ヘマトキシリン・エオジン染色(HE染色)」,多重染色「ビクトリアブルー・HE重染色,アザン染色,パパニコロウ染色(Pap染色)」を用意し,対物40倍で撮影して画像を作製した。画像からRGB値を抽出,HSV表色系へ変換したのち,それぞれの関数を用いて代表色値を算出して得られた色を比較した。

2) 比較方法の検討と作図

画像ファイルから簡便に抽出できる色値としてRGB表色系があるが,この表色系は3原色の加法混色法のため,色を直観的に判断することが困難である。また,比較するためには3次元図が必須であるため作図が難しい。そこで,画像編集などで多用されるHSV表色系とCIE L*a*b*表色系に着目した。HSV表色系は,色相(Hue),彩度(Saturation),明度(Value)を用いて色を表現する表色系であり,色相値単独,あるいは色相値と彩度(或いは明度)で,色の傾向を表現することが可能である。CIE L*a*b*表色系は,L*値(Luminance),a*値(赤色から緑色の階調),b*値(黄色から青色の階調)の3値で表現し,a*値とb*値で色度(色相と彩度)が表現される1)。この色度を用いることで色の傾向を表現することができる。また,色の差を客観的に比較するため,知覚特性を加味したCIE ΔE2000色差値を算出できるという特徴を持つ2)~6)。これらの表色系を用いるため,RGB表色系からHSV表色系やCIE L*a*b*表色系色値への変換と,CIE ΔE2000色差値を算出するプロシージャを実装した7)~10)。CIE ΔE2000色差値の解釈はJIS規格や工業界で用いられている範囲を参考に設定した(Table 111)

Table 1  CIE ΔE2000色差値の範囲と色差の解釈
ΔE色差値の範囲 図の背景指定色 知覚される色差の程度 意味
0~0.2   測色不能域 機械的に測定誤差となる範囲
0.2~0.4 専門家識別域 同一物体の測色再現精度
0.4~0.8 1級 厳格同一域 各種誤差要因を考えた場合の実用的な許容差の限界
0.8~1.6   2級 同一域(近接) 並べた場合に,ほぼ同一と認める
1.6~3.2   3級 同一域(離間) 離間した場合に,ほぼ同一と認める
3.2~6.5   4級 同一域(経時) 経時比較した場合に,ほぼ同一と認める
6.5~13.0   5級 色差認識域 色調の差を認める
13.0~   6級 別系統色域 別の色系統

標本を比較する場合の条件や目的は多種多様である。比較対象の標本枚数,全体的な染色傾向の把握を目的とした場合や個々の染色標本を比較したい場合など,それぞれに判断しやすい比較方法は異なると考えられる。そこで,これら2つの表色系がもつ特徴を活かして,6種類の比較方法を考案した。これらを解析アプリケーションに実装して,想定通りの比較結果が得られるか確認した。以下,考案した比較方法と動作確認試験の方法を示す。

① HSV色相値の標準偏差(SD)による比較

反応性リンパ節を包埋したパラフィンブロックから55枚の連続切片を作製し,染色条件の異なるHE染色を実施した。それらの撮影は,切片間の組織組成の差によって発生しうる解析誤差を最小にするため,対物4倍とした。次に,全ての画像から平均関数を用いてHSV表色系の代表色値を算出した。得られた色相値からSDを算出し,はずれ値に当る標本の抽出が可能か確認した。

② 色相ヒストグラムによる比較

「1)代表色値の算出アルゴリズム」で使用した画像を用いて,画像中のピクセル全ての色情報を抽出,HSV表色系色相値の度数分布図(色相ヒストグラム)を作図した。

③ 色相・明度による比較

Ki-67免疫組織化学的染色(IHC染色)標本12例を対物40倍にて撮影した。それらの画像から,代表となる色値を抽出し,HSV表色系の値に変換した。得られた値を,色相値(X軸)と明度(Y軸)のグラフを作成して比較した。

④ 色群別割合による比較

HSV表色系の色相値は0°から359°間の値をとる。これを均等に13色の色相群に分け,解析対象画像中の色値を分類して,100%積上げ縦棒図でピクセル比を比較する方法を検討した。動作試験は,パパニコロウ染色(Pap染色)画像2枚を対物40倍にて撮影し比較した。

⑤ CIE a*b*値による比較

画像から得られた代表色値をCIE L*a*b*表色系の値に変換したのち,a*値(X軸)とb*値(Y軸)の散布図を作成して比較する方法を検討した。動作試験は,「①HSV色相値の標準偏差による比較」で用いた画像を使用した。

⑥ CIE ΔE2000色差を用いた比較

リンパ腫組織を包埋したパラフィンブロックから20枚の連続切片を作製し,HE染色を3週間経日的に実施した。染色標本を対物2倍で撮影した画像群について解析した。色差値の算出基準となる色値は,試薬交換直後(第1週1回目)の標本から算出した代表色値と設定し,その後に染めた標本19枚の代表色値から,それぞれCIE ΔE2000色差値を算出して散布図に表した。

3. 解析の高精度化

撮影した標本画像には,組織や細胞などが載っていない部分(背景)や画像ファイルの圧縮過程で発生したノイズなどが存在し,解析の精度を低下させる要因となっている。また,完全な黒や白,灰色などの無彩色は色相値を割り振れないことや,RGB値の各次元が僅差な色は,肉眼では無彩色に見えるが,色相値が得られ色分けができてしまうことなど,表色系変換時に発生する誤差も解析結果に大きな影響を及ぼす。これらを除外することで解析精度の低下を防ぎ,解析実行時に計算することで,解析工程が平易になると考えた。そこで,染色標本画像の背景に相当する白や黒に類する色を選択的に除外するフィルター(無彩色除外フィルター)を実装してその効果を検証した。また,多重染色中の任意の色を選択して解析することで,精度の向上が得られると考え,色相値で13色の群に分けた「色相群選択解析フィルター」を実装してその効果を検証した。

無彩色フィルターの効果について,まず,画像編集ソフトPhotoshop(Adobe)を使用して,Pap染色画像の背景にあたる部分のみを切出した画像と,細胞のみを切出した画像を作製した。これら3枚の画像に対して,フィルターをかけない解析と,無彩色除外フィルターを用いて白色調を除外した解析を行って,それぞれ色相ヒストグラムを作図した。

次に,色相群選択解析フィルターの効果について,IHC染色画像から背景と核染色の色に相当する部分を除外して代表色値を算出する方法で確認を行った。

IV  結果

1. 比較解析方法

1) 代表色値の算出アルゴリズム

Average関数では,画像中の色を全て混ぜ合わせた色値を取得することができ,顕微鏡像の印象に近い結果が得られた。Mode関数では,画像中で占有面積が最も広い色のみが反映され,Median関数では,アザン染色にて顕微鏡像の印象と大きく違う色値になった(Figure 1)。

Figure 1 代表色値算出結果の差

画像から代表色値を算出する方法として,Average(平均),Mode(最頻値),Median(中央値)関数を比較した。Average関数が最も画像全体を反映した結果になった。

2) 比較方法と作図

① HSV色相値の標準偏差による比較

色相値がSD内に含まれる標本群に比べ,2SDから外れた標本の画像では,エオジン色やヘマトキシリン色の染色強度が明らかに違った。この方法では,色味の違いは区別できないが,顕微鏡像の印象と明らかに違うと感じる染色標本を選別することができた(Figure 2)。

Figure 2 HSV色相図(SD解析)によるはずれ値の検出方法

55例のHE染色を対象に,HSV色相値の標準偏差を求め作図した。平均的な色を示す標本(緑矢印)に比べて,エオジンが薄い標本は低色相値(青矢印),濃い標本は高色相値(赤矢印)を示して,特に色の差が大きい標本を検出できた。

② 色相ヒストグラムによる比較

単染色は鋭角な単峰性で,重染色では多峰性の色相ヒストグラムになり,使用する染色色素の種類や数を反映した色相ヒストグラムが得られた。この方法により,染色画像全体から感じられる色の印象を,色相値と度数の2値によって表現できることを確認した(Figure 3)。

Figure 3 染色標本を解析した色相ヒストグラム

染色に用いられた色素試薬の色相値に一致して峰が立ち上がっている。単染色は鋭い単峰性を示し,多重染色では,用いられる色素が増すごとに峰が増える。

③ 色相・明度による比較

色相値の差によって,DAB色とヘマトキシリン色のどちらが優位であるか判断することができ,明度により,DAB発色強度を区別できることを確認した。また,用いた画像全てにおいて,顕微鏡像の印象と一致する群に分けることができた(Figure 4)。

Figure 4 HSV表色系色相・明度による比較方法

色合い(Hue)と色の明るさ(Value)で差が出る標本群の比較に適する比較方法。Ki-67 IHC標本群(n = 12)を解析して作図した。DABの色と発色強度により,低濃度(白),中等度(青),高濃度(黄)と3群に分けられる。写真は各群を代表する鏡検像写真。

④ 色群別割合による比較

Pap染色で用いられる,エオジン,ライトグリーン,オレンジG,ヘマトキシリンの各色に染まった細胞の割合を面積比で表現することができ,顕微鏡像の印象や色相ヒストグラムと一致する結果を得た(Figure 5)。

Figure 5 色群割合縦棒図を用いた比較方法

喀痰のPap染色画像(左)から抽出した色相値を分類した100%積上縦棒図(中)。各色素に染まった細胞を面積比として比較できる。一方,色相ヒストグラム(右)では,Red,Brown,Cyan,Blue(それぞれ色相値は20,40,180,210付近)のピーク高と幅を判断でき,目的により使い分けることが可能である。

⑤ CIE a*b*値による比較

エオジン色がごく弱く,ヘマトキシリン色の印象が強い標本では,a*値b*値共に0に近い値になった。エオジン色の強い標本ではa*値,b*値の絶対値が大きくなり,彩度が高い結果が得られた。個々の画像と比較したところ,顕微鏡像の印象と一致した群に分けることができた(Figure 6)。

Figure 6 CIE L*a*b*表色系の色度(a*値とb*値)を用いた比較方法

HE染色を実施した標本群(n = 55)を解析した。赤,黄,白,緑でプロットした4つの群に大別できた。左写真は赤矢印で示す各群を代表する染色標本の顕微鏡像。

⑥ CIE ΔE2000色差を用いた比較

基準とした試薬交換直後から,使用回数を経るごとに色差が大きくなり,試薬交換によって,また色差が小さくなった。このように,試薬の劣化を反映したグラフが得られ,染色試薬を複数回使用する染色方法の特徴を視覚化することができた(Figure 7)。

Figure 7 CIE ΔE2000値を用いた比較方法

解析対象中に指標となる標本がある場合に適した方法。連続切片に対し経日的にHE染色を実施した標本群を解析。試薬交換直後の第1週1回目の標本を基準にCIE ΔE2000色差値を算出した(n = 19)。

2. 解析の高精度化

無彩色フィルターをかけず実施した解析では,背景のみの画像に存在するノイズが,元画像の解析にも含まれていることを確認した。フィルターを有効にした解析では,背景に存在したノイズがすべてフィルタリングされ,元画像からノイズを直接除外して解析することができた(Figure 8)。色相群選択解析フィルターの効果について,フィルターを適切に用いることで,DAB陽性部分の色を,より忠実に抽出することができた(Figure 9)。

Figure 8 無彩色除外フィルターの効果

Pap染色画像(左)から背景色のみを切出した画像(中)と細胞のみを切出した画像(右)をそれぞれ解析した。フィルター無効(上群)では背景のノイズが元画像に多く含まれている。フィルターを用いることで,ノイズを除外して元画像から直接解析することができた(下群)。

Figure 9 無彩色除外フィルターと色相群選択解析フィルターの効果

IHC染色標本をフィルター無(None),無彩色除外フィルターを用いて白色を除外(White),白色除外および青系と緑系色相値を除外(White & Color)の条件で解析した。適切にフィルターを用いることでDABの色をより忠実に抽出できた。

3. 使用機器と開発環境

解析アプリケーションのそれぞれの操作は,Excelのワークシートを使用して作製した。前記の結果から有効と思われた機能は,関連する項目の選択肢として設置し,主画面である「指示」シートにまとめて配置した。1つの命令に対して1クリックで実施するようにプログラミングし,複雑な命令を極力自動化した結果,操作を平易に実行することができた(Figure 10, 11)。

Figure 10 指示画面

Excelのワークシートを用いて指示の内容をまとめて配置した。実行ボタンは,Active Xコントロールを用いて設置し,関連するマクロを直接実行する。

Figure 11 指示画面中のフィルター群の配置

「無彩色除外フィルター」関連の設定(青枠)と,「色相群選択解析フィルター」ボタン(赤枠)。これらを適切に設定し,解析対象の色相を選択することで解析精度を高められる。この機能を平易に設定できるようにまとめて配置した。

V  考察

今回の開発において,4つの要求定義を設定した。

代表色値抽出アルゴリズムの設定で行った検討では,それぞれの関数がもつ特徴を反映した結果と考えられた。そのため,Mode関数やMedian関数では,少ない占有面積の色が反映されないことが考えられた。また,「色相ヒストグラム」の検討により,重染色画像から抽出した色相値は多峰性を示すことが分かった。そのことから,Mode関数やMedian関数では,色相値が大きく偏って分布する染色標本では,顕微鏡像の印象と異なる代表色値が算出されたと考えられる。したがって,今回検討した標本においては,Average関数を用いることで,顕微鏡像の印象と一致する代表色値が得られ,汎用性に富むことがわかった。

比較方法の検討については,「色相ヒストグラム」と「色群割合の100%積上げ縦棒図」では,一見して染色標本画像中の色の構成を判別できた。しかし,解析結果から染色状態を比較するためには,図を見比べる必要があることから,解析対象が少数の場合に有用と考えられた。解析対象が多数の場合では,「HSV色相(SD解析)図」,「色相明度図」,「CIE *a*b*図」を用いることで平易に比較することが可能であった。これらの比較方法は,同じ染色を行った標本群の中で,はずれ値に当る標本を抽出したい場合や,染色態度でグループ分けしたい場合などで有用であると考えられる。さらに,「色相明度図」と「CIE *a*b*図」は,解析対象が非常に多い場合に適しており,大規模な染色サーベイなどでの活用が期待できる。同様に,「CIE ΔE2000色差値」を用いた比較方法も,指標となる標本が必要なために,使用がやや限定的になるものの,染色サーベイでの活用が考えられ,また,経時的な染色状態を把握する目的など院内精度管理での利用も考えられた。しかし,この比較方法で用いる色差値の許容範囲については,染色標本の比較に合わせた最適化が必要であると考える。

以上のように,代表色抽出アルゴリズムにAverage関数を用いること,実装した複数の解析方法を,解析の目的や状況によって使い分けることで,多数種の染色標本を解析することができ,要求定義①を満たせるアプリケーションに仕上がったと考える。

解析の高精度化の検討では,背景に相当する色調を除外する追加機能により,解析精度の向上を得ることができた。また,この操作を解析アプリケーション内で実行することで,解析に係る時間や手間を減少できたため,要求定義③④の実装に大きく寄与した。さらに,色相群選択解析フィルターを用いることで,目的とする色のみを選択して解析することができた。これらのフィルターを利用した解析で得られた高精度化に伴い,解析アプリケーションの汎用性の向上も期待できる。以上の機能を用いることで,要求定義②を満たすよう構築できた。しかし,「色相明度図」については,HALO画像解析ソフトウェア(Indica Labs, USA)という,平均光学濃度を用いた解析方法が類似すると考えられ,これを用いたHE染色標本の色を比較した検討がされている12)。今後,作製したアプリケーションの精度が,この市販アプリケーションの精度に近づけているか確認したい。その結果により,追加検討とアルゴリズムの見直しが必要と考える。

また,代表色値抽出アルゴリズムでExcel関数を用いたこと,その実装時に関連する命令を精査,簡素化することで,解析の実行速度が向上した。今回,解析速度について,過去に作製したExcel関数を使用しない解析プログラムとの比較検討は行っていないが,本論文にて用いた画像ファイル1枚あたりの解析時間は,現行のパーソナルコンピューターで0.8秒程であり,作図工程は,数百件の作図で1秒かからず完成する。以上から,Excelをベースとしたアプリケーションとしては,十分な速度が得られ,要求定義③を満たしたと考える。しかし,用いるプログラミング言語をC++やPythonなどに変換することや,プログラミングの専門家によるリファクタリングを行うことにより,実行速度の高速化が可能である。

解析アプリケーションを扱いやすくするため,指示画面中の各命令を単純化して,機能別にグループに分け,それぞれ独立したボタンで挙動させるようにプログラミングした。それにより要求定義④を満たす一助となった。

最後に,解析対象画像の撮影条件が解析に与える影響について考察する。今回行った実験から,解析速度に影響を与えた要素は,画素数のみであった。また,画素数と拡大倍率については,解析精度に影響を及ぼした。高画素数,高拡大倍率が必ずしもプラス方向の影響を与えるわけでなく,算出した代表色値にノイズのような揺らぎを経験した。これは必要以上に鮮明な組織像が得られることで起こったと思われた。解析目的を十分理解したうえで必要十分な染色標本の撮影条件にて実施することが望ましい。ファイル形式による差異については,今回の検討では認められなかった。しかし,jpg画像は不可逆的な圧縮方法であるため,読込み保存を複数回行って画像が劣化した場合や,画像を高圧縮して保存した場合などにおいて,正しい解析値は得られないと考えられる。今後,精度の向上を得るため,どのような撮影条件が解析に適しているか,追加検討を行う予定である。

VI  結語

複数の染色標本画像から,代表色値を計算し作図することで,染色標本を比較できる解析アプリケーションを開発した。このアプリケーションを用いることで,多数の染色標本を客観的かつ軽便に比較することができ,また,解析方法を複数実装したことで,さまざまな場面での比較が可能となった。今後の課題として,標本の撮影条件を含めた解析に関わる全ての工程について最適化を行い,解析精度の更なる向上を目指し,第3者が内部精度管理や外部精度管理などの目的で気軽に活用できるように改良を続けたい。

この解析アプリケーションは,当院倫理委員会において臨床研究審査No. 68として承認された研究開発である。第67回日本医学検査学会「CIE ΔE00色差式を用いたHE染色再現性試験の開発と実施報告」,令和元年度日臨技中部圏支部医学検査学会「HE染色の染色再現性試験方法の改良」の発表で用いた解析方法について追加検討を行い,大幅に機能を追加,改良を行った。

COI開示

本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。

文献
 
© 2023 一般社団法人 日本臨床衛生検査技師会
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