日本看護科学会誌
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研究報告
ドメスティック・バイオレンス被害女性の周産期および育児期を通じたDV被害に対する認識の回復過程
藤田 景子
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2014 年 34 巻 1 号 p. 198-207

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Abstract

目的:周産期および育児期を通じたDomestic Violence: DV被害女性のDV被害に対する認識の回復過程を明らかにすることを目的とした.

方法:質的記述的研究デザインを用い,21名のDV被害女性に半構成面接を行った.

結果:DV被害女性の周産期および育児期を通じたDV被害からの回復過程として,段階1〈家族維持のためにDV被害の認識を意識下におしこめている〉,段階2〈夫への期待が失望に変わりDV被害を認識していく〉,段階3〈アンビバレントな感情を抱えたままDVの関係から抜け出す〉,段階4〈DVの関係から心身ともに出る〉の4つのカテゴリーが抽出され,コアカテゴリーとして《自分らしさを取り戻していくDV被害からの回復過程》が明らかになった.周産期には多くのDV被害女性はDV被害を認識しておらず,気持ちが揺れ動く不安定な状態も存在していた.

結論:周産期および育児期は家族を維持させなければならないという思いが強く,夫の態度が変わることを期待しやすいためにDV被害を認識できない構造があると考えられる.看護者がDV被害女性の被害からの回復過程を理解し,その人らしくあることを支援するケアはDV被害からの回復を促すことにつながることが示唆された.

Ⅰ.緒言

妊婦を対象に暴力に関するスクリーニング調査を行ったところ,23.4%がスクリーニング陽性と判定された(片岡,2005).つまり,産科を受診する妊婦の約4人に1人は配偶者から何らかの暴力を受けている.また,妊娠中に暴力が始まった,または妊娠してから暴力の程度が悪化したという報告や(東京都生活文化局,1998),妊娠中の女性への暴力による胎児の健康への影響(Parker, McFarlane, Soeken, 1994藤田,高田,2008),児童虐待との関連も明らかになっている(Tajima, 2000).妊娠期および育児期の女性への暴力は,女性のみならず母子双方への暴力にあたることから,周産期や育児期におけるDomestic Violence(以下DVと称す)への取り組みの必要性が求められている.

周産期は結婚後間もなくおとずれる時期であり,女性のライフステージにおいて,妊娠,出産,育児という大きなライフイベントが度重なる時期でもあり,女性が出産によって「私であること」という個としての自我同一性と母親としての同一性の葛藤の時期であると言われている(岡本,1991).日本では,新生児家庭訪問や乳幼児健診等の母子保健医療サービスが整っていることから,周産期や育児期はDV被害女性や子どもたちを長期に定期的に支援することが可能であり,DV被害女性の被害からの回復にむけた支援やケアを行うための好機になると考えられる.DV被害女性への医療関係者の対応として,日本においても医療関係者用に暴力を受けた女性を発見し支援するための資料等が増えてきているが,その多くは海外の結果に基づいている(聖路加看護大学女性を中心にした研究班,2004).しかし,DV被害女性の対処行動の違いや認識は日米で異なることや(Yoshihama, 2002),DVの背景には文化社会的要素やジェンダー(社会的文化的性差)が深く関係していることより(日本DV防止・情報センター,2004),DV被害女性へのDV被害に対する認識は,日本の文化的背景の中でとらえていく必要がある.日本において暴力関係からの脱却の決意に至るプロセスに関して報告している先行研究はあるが(増井,2011),DV被害を受けていた女性の認識が,周産期および育児期を通じてどのように変化し回復過程を歩んでいくのか,その様相はほとんど明らかになっていない.

そこで,DV被害を受けていた女性は,周産期および育児期を通じてDVに対する認識がどのように変化し回復過程をたどるのかを探究したいと考えた.それらを明らかにすることで,周産期および育児期を通じたDV被害女性の被害に対する認識の変化を理解し,被害からの心身の回復を促す周産期および育児期の看護援助に関する知見をさらに深めることに貢献すると考える.

Ⅱ.目的

周産期および育児期を通じたDV被害女性のDV被害に対する認識の回復過程を明らかにする.

Ⅲ.用語の定義

本研究で用いるドメスティック・バイオレンス(Domestic Violence)とは,男性から女性への暴力で,夫婦や恋人など,親しい間柄で起こるものと定義する.また,身体への直接的な暴力のみならず,精神的暴力,性的暴力など,すべての暴力をDVに含む.

Ⅳ.研究方法

1.研究デザイン

DV被害女性の体験や意味世界の観点から現象の意味をとらえ,周産期および育児期を通じたDV被害に関する認識の回復過程を明らかにすることを目的とするため,質的記述的研究デザインを用いた.

2.研究参加者

妊娠前からDV被害を受けており妊娠,出産した経験のある女性.ただし,現在は加害者と別れておりDV被害を受けていた当時の状況を話せる状態にある者とした.

3.データ収集

データ収集は,2009年5月~2010年5月にかけて,以下の手順を経て研究参加者をリクルートした.リクルート方法は,研究者が常日頃から関わっているDV被害者支援団体の方々,DV被害当事者に関わった経験のある方々,さらに本研究への研究協力者を通じてDV被害女性に出会い,研究者より研究の主旨,方法,倫理的配慮について口頭および文書を用いて説明し同意を得た.面接は,インタビューガイドを用いた半構成面接を実施し,研究参加者の年齢や子どもの数,別居後の年月に関しても尋ねた.周産期および育児期にDV被害をどのように認識していたのかについて質問を投げかけ,自由に語っていただいた.面接は,原則として一人1回,時間は1~1時間半程度としていたが,研究参加者から語られる流れを大切にし,意向に沿って延長した.長時間の面接になった者も,途中体調不良を訴えることなく終了した.その後も体調不良等の連絡はなかった.面接場所は,研究参加者が希望する場所,時間帯を相談しながら決定し,研究参加者の自宅や大学,公共の施設等のプライバシーの保護された場所を使用した.研究参加者の承諾を得た上でICレコーダーに録音した.

4.データ分析

逐語録を作成し全体的な意味をつかみ,DV被害女性のDV被害に関する認識に関連している部分を意味のまとまりごとに切り取り解釈しコード化した.次に,コードを類似性と相違点を検討しながらサブカテゴリーとし,さらにサブカテゴリー間の相互の関係性を検討し,類似した内容のまとまりをカテゴリーとした.そして,カテゴリー間の関係から一つのコアカテゴリーを選定し,それを中心にカテゴリーの関係を統合した.

データ分析の信頼性を高めるために,記述内容確認の同意が得られた研究参加者に記述内容の確認を行い,データ分析は,助産学,質的研究,DVに精通している研究者からスーパーバイズを受け妥当性を確保した.

5.倫理的配慮

本研究は,神戸市看護大学倫理委員会(承認番号2009-2-21)の審査を受け,承認された後に研究を開始した.本研究への協力は自由意思に基づくものであり,いずれの時点においても拒否による不利益は生じないことを保障した.特に過去のDV被害を語ることで心理的侵襲が起こった場合に備え,DV被害者支援に精通している専門家に適宜スーパーバイズできる体制を整えた.また,研究者は,本研究テーマに伴って派生するDVやDV被害女性にまつわる多様な価値観に対して,非難したり評価することはないという立場をとることを伝えた.さらに,研究参加者のインタビュー結果に登場する個人ならびに諸機関などに対しては,匿名性の保持に留意した.

Ⅴ.結果

1.研究参加者の背景(表1

研究参加者は21名であった.インタビュー時点での年齢は20歳代後半から40歳代後半であり,子どもの人数は1人から3人であった.インタビュー時における夫と別居後の経過は1か月から10年であり,DV被害を受けていた時期からインタビューまでの時期に開きが見られたが,質問に対してDV被害を受けていた当時の様子を鮮明に語ってくれた.21名の研究参加者のうち,妊娠期にDV加害者である夫から離れ別居した人は1名,妊娠期の途中でDV被害を認識した人は1名であり,他の19名は妊娠期にはDV被害を認識していなかった.研究参加者のインタビュー時点での概要を表1に示す.面接回数は1人につき1回であり,DV被害女性の面接時間は1時間5分から2時間46分であった.

表1 研究参加者の背景

2.DV被害に対する認識の回復過程

周産期および育児期を通じたDV被害女性のDV被害に対する認識の回復過程として,段階1〈家族維持のためにDV被害の認識を意識下におしこめている〉,段階2〈夫への期待が失望に変わりDV被害を認識していく〉,段階3〈アンビバレントな感情を抱えたままDVの関係から抜け出す〉,段階4〈DVの関係から心身ともに出る〉の4つのカテゴリーを抽出し,コアカテゴリーとして夫婦関係を解消し《自分らしさを取り戻していくDV被害からの回復過程》が導かれた.また本研究の参加者の回復過程において,各参加者は子どもの数や別居後の年数は違えども皆各段階の経過を経て回復していた.ただし,各個人により回復にかかる時間の長さは個人差が見られた.なお今回は誌面の都合上,特に各カテゴリーを象徴しているサブカテゴリーおよびコードを提示した.また,本文中の《 》はコアカテゴリー,〈 〉はカテゴリー,〔 〕はサブカテゴリー,【 】はコード,斜体および「 」は研究参加者の語り,( )は研究者による補足,「W」はDV被害女性を示している.

表2 DV 被害女性のDV 被害に対する認識の回復過程に関するカテゴリー

以下,DV被害に対する認識の回復過程についてDV被害女性の語りを記述する.

1) 段階1〈家族維持のためにDV被害の認識を意識下におしこめている〉

このカテゴリーは,DV被害に気づくことができずDVを認識しないまま生活をしている段階であり,〔家族を維持するために夫に期待する〕,〔周囲の言動から自分が悪いと思わされる〕,〔アンビバレントな感情を抱えたままDVの関係を生きる〕,〔力をからめとられ殻に籠もる〕の4つのサブカテゴリーから構成されていた.

DV被害女性は,結婚当初夫から暴力を受け【私はなんで夫にこんなことをされるのだろう】と思いながらも妊娠・出産という度重なるライフイベントに際し【結婚すれば,子どもができれば…夫は変わるだろう】と夫が変わることを期待し,【この夫と共に子どもを育てなければならない】と日々過ごしていた.たとえ正しいDVの情報があったとしても「DVはワイドショウの世界のこと」と【自分の状況とDV被害が結びつかない】ためにDV被害を認識することなく〔家族を維持するために夫に期待する〕ことに重きを置き生活していた.

やっぱり出産て希望に満ちたものじゃないですか.生まれてくるのは楽しみにしてるし,その場で別れようって言う頭はないですよね.やっぱり.子どもを生むっていう前提なのに,別れようっていう前提で子どもを生むって言う人って普通いないじゃないですか.うまくやろうと思ってるのであえて相談をしようって思わないんですよね.(Wr)

DV被害女性は日々暴力を受け続ける中で,【暴力を振るわれるのは私が悪いから仕方ない】と思うようになり,【夫におかしいと言われ続け人に会うのが怖い】と思うようになっていった.徐々に,【夫を変えることは無理だと諦める】ようになり,夫からの暴力に抵抗できず【自分には何の力も価値もない】,【私はだめな母親だ】と暴力によって徐々に〔力をからめとられ殻に籠もる〕ことで社会から孤立していった.

DV被害女性は,産科には「妊婦=幸せ」,父親と母親が揃っている「一般的な家族のあり方」といった価値観が漂っていたと語り,周産期の医療現場における【妊婦は幸せなはず】という無言のプレッシャーにより,自分の置かれている状況との違和感を感じながらも自分も他の妊婦と同様に幸せであると思い込もうとしていた.また,【妻はぐっと我慢して夫を操作すれば良い】などと言われることで,DV被害女性は自分の辛い状況には関心をむけてもらえないと感じ〔周囲の言動から自分が悪いと思わされる〕ことが,DV被害を認識できない悪循環の構造に大きな拍車をかけていた.

周りが接してくる雰囲気と,自分の内側で起きてる感情とのギャップに苦しんだっていう感覚ですね.みんなハッピー,ハッピーっていう雰囲気の中で,私だけどうしちゃったんだろうみたいな.なんか(幸せそうに)振舞ったかもしれないな.(Wf)

親にも「喧嘩ばっかり,したらあかんよ」とか,言われるじゃないですか.「あんたが言い過ぎるから」とか母親とかに.「ちょっと我慢して,ぐっと我慢して,後でうまくそっち向かうように,操作すれば良いのよ」みたいな言われたりしてたんですけど.そうやるようには努力はしたんですけど.(Wg)

2) 段階2〈夫への期待が失望に変わりDV被害を認識していく〉

このカテゴリーは,自分がDV被害を受けていると認識していく段階である.これは〔DVに気がつくきっかけに出会う〕,〔夫へのかすかな期待が揺らぐ〕の2つのサブカテゴリーから構成されていた.

DV被害女性は,夫からの暴力がエスカレートし【子どもの様子がおかしいことに気づく】ことや【DV以外の悩みを相談機関に相談している中でDVを知る】経験,【医療機関のDVのポスターやチラシを見てお見通しと感じる】ことなど,各々の研究協力者は何らかの〔DVに気がつくきっかけに出会う〕経験をし,皆,自分がDV被害者であることを認識する段階を踏んでいた.

バームクーヘンのように一巻き一巻きエスカレートして.子どもの前で足が出たりとか,子どももその空気感っていうのを察してて.…そしたら,次女がチックみたいな目パチパチっていうのを始めて.そういうのが重なってこれはちょっと(と思って)占いのおばさんに電話かけて相談したら「DVの専門家に電話かけて相談したほうが良いわよ」って言われたのが(DVに気づいた)きっかけ.(Wg)

とても苦しくって,家ん中でいられなくなって…いろんな相談機関に電話を入れて,そこで,DVでしょうねっていうふうに言われる中で気づいたんだけれど,すぐには認めることができなかった.(Wh)

(切迫流産入院中のトイレの中でDVのポスターを見て)たぶんDVを知ったのはそこだと思います.お産なんて一番女の人が主役で楽しいことなのにこんなとこで暴力って全然そぐわないじゃないって.…でもトイレで毎回見ますでしょそのポスター.そしたらだんだんそのポスターを見てる間に病院てようわかってるなって思いました.(Wb)

医療機関という公の場にDVのポスターが貼ってあることは,他の人も暴力を受けているのかもしれないと気づき,【夫からの暴力は私だけの問題ではないと気づく】きっかけになっていた.さらに,女性は妊娠や出産を経験していく中で【夫へのかすかな期待が失望に変わっていく】経験をしていた.

出産するところ(に立ち会ったら)大変なんやとかそういうことわかってくれないかなっていう気持ちがあって.…(でも)夫が全く出産に興味を示さなかった…夫との関係は何にも変わらない,どうしようって焦り.(Wb)

なんか子どもが生まれたら変わるっていうのをよく言われたりしていたんですけど,赤ちゃんが居る状態でこの態度(DV)だったら,生まれてきても変わらんなと思った.(Wa)

3) 段階3〈アンビバレントな感情を抱えたままDVの関係から抜け出す〉

このカテゴリーは,DV被害を受けていると気づき家を出るための行動を起こすが,子どもの存在や家族を維持しなければといった固定観念に縛られているために,DVの関係に戻るべきか揺れている段階である.これは〔支援を求めてDV被害を相談する〕,〔DVの関係にとどまる〕,〔家族を維持しようとする考えが崩れ家を出る〕,〔自分のとった行動が良かったのか悪かったのか揺れる〕の4つのサブカテゴリーから構成されていた.

多くのDV被害女性はDV被害を認識しても,DVの関係から逃げられると思っていなかったり,DVの相談窓口を知らなかったりしたために,すぐに今の夫との関係を何とか変えようといった行動を起こすことはできずDVの関係にとどまっていた.しかし,【DVの関係から出る道があることを知る】ことや,助けがほしいと思うようになった時に【DV被害について話し始める】という行動をとり,〔支援を求めてDV被害を相談する〕ことをしていた.

DVはわかってたんですけど,逃げられるとかそういう支援があるっていうのを全く知らなくて,窓口もどこにあるのかも知らなくて(入院していた病院で)教えてもらったのが(家を出る)きっかけ.(Wr)

もらった資料の中に(DV被害者支援機関)のことが載ってたんですね.…自分以外にも同じような人がいて,その人たちの話を聞きたいなあというのがあったんですね.…そこで暴力があるということを話し始めたんです.(Wu)

しかし,〔支援を求めてDV被害を相談する〕も【子どものために別れるという選択肢をもっていない】ことや無力感を感じているために家を出るという行動は起こせず,〔DVの関係にとどまる〕ことを選択していた.しかし,自分への暴力は過小評価し何とか我慢しようとしていた女性であったが,子どもが自分と同じように夫の暴力の被害に遭う現実を目の当たりにすることで「自分の問題だけでは済まされない」と【子どものために家を出る】決意をし,〔家族を維持しようとする考えが崩れ家を出る〕ことをしていた.

自分が助かりたいっていうのはあんまりなかったんですよ.自分に価値を見出してないので,夫のためにとか子どものためにっていうのが一番あって.…子どものためには父親いないほうがいい場合もあるって言われて…出るのがみんなのためなんだって思えた時に,すごい前向きに家を出ようと思えたんですよね.(Wr)

しかし,DV被害女性は,DVの関係を出た後でさえも母親と父親の揃っている【一般的な「家族」像にとらわれている】ために,【夫の元に戻ろうか揺らぐ】経験をしており,再びDVの関係に戻ることも危惧される〔自分のとった行動が良かったのか悪かったのか揺れる〕状況にあった.

家出てきたけれども…父はやっぱりね,昔から子ども殴る親はいるんだから,帰れって何度も帰れって言われて.で,私もすごい揺れてたんですよね.…家に戻って何とかなるかなと思う気持ちもどこかにあった.(Wb)

4)段階4〈DVの関係から心身ともに出る〉

このカテゴリーは,DV被害を認識し身体的にも精神的にもDV被害の関係から抜け出し,自分自身の人生を歩みだしている状態であった.これは〔他者とのつながりを感じる〕,〔自分の力を取り戻す〕という2つのサブカテゴリーからなっていた.

DV被害女性は,妊娠・出産を通して自分を気遣う他者の存在を感じ【私の感じたままに話をしても良いと感じる】,【自分ひとりではないと知る】,【人の支えがあるからこそ強くなれる】という経験をしていた.さらに,出産において助産師からDV被害女性自身が肯定的に受け入れられ,【私が出産で生まれ変わったと感じる】経験をし,【妊娠・出産の経験が今の私を支えている】と語るまでにDV被害女性の生きる自信になっていた.

(私が)産ませてくださってありがとうって言ったら,(Npさんは)あなたがしたのよって言いはったんですよね.人の支えがあるからこそ強くなれたし,生きていく自信ですよね.(Wp)

お産はやっぱり一大イベントだったので,どんなに辛いことがあっても子どもを産めたんだから頑張れると思いますね.私の支えになってます.(Wq)

5) コアカテゴリー《自分らしさを取り戻していくDV被害からの回復過程》

DV被害女性は,DV被害に気づいていない状態である段階1からDV被害に気づくきっかけに出会い行きつ戻りつ揺れながらDV被害を認識し,相反する感情を抱きながらもDVの関係から出て新たな生活を開始するという段階4までDV被害に対する認識が変化する中で自分らしさを取り戻し,DV被害からの回復過程を歩んでいた.DV被害女性は夫から暴力を受け続けることで「洗脳されて従順になっていく」,「自分の意思はあんまり言わない」と無力化させられ,「自分に対する自信は全くもてなかった」,「全部削がれていた」,「あなた自身はいないのよみたいな感じ」と自分を意味ある存在と知覚できず,ありのままの自分という『自分らしさ』を失っていた.しかし,DV被害女性は妊娠・出産を通して「私は私の感じたように言っていい」,「ありのままでいいじゃないというような感じがすごくあったけど…(助産師に)受け入れてもらえた」,「生きていく自信」と語るまでに自分を気にかけてくれる看護者の存在により,自分のありのままが受け入れられる経験から夫とは違う自分であるという自己の存在を知覚し,自分らしく生きていいと感じていた.

Ⅵ.考察

本研究の結果から,DV被害女性は,妊娠・出産・育児という女性のライフイベントを経験する中で,女性として妻として母親として様々な思いの狭間を揺れ動きもがきながらDV被害を認識し,自分らしさを取り戻す過程を歩んでいることが明らかになった.ここでは,周産期および育児期を通じたDV被害女性の被害認識の変化と自分らしさを取り戻していくDV被害からの回復過程,看護への示唆について考察する.

1.周産期および育児期を通じたDV被害女性の被害認識の変化について

妊娠期にはDV被害に気づいていない女性が多く,気づいてもDVの関係にとどまり妊娠・出産というライフイベントに際し夫の言動が一変することを期待していた.Walker(1979)は,暴力のサイクル理論を明らかにし,暴力には緊張期・爆発期・ハネムーン期の3つの段階があり,その循環の中で加害者が反省したり気遣ったりするなどギャップのある態度をとるためにDV被害女性は夫の暴力行動の変容を期待し無力化させられDVの関係から逃げられなくなることを説いている.本研究の参加者も夫は暴力を振るわなくなるだろう,良い父親になるだろうといった理想の家族像へのとらわれにより,夫の暴力行動が変容することを期待していた.妊娠期や育児期には,家族員の増員による家族形態や役割が変容する時期だからこそ,より妊娠・出産というライフイベントに際し夫の変容を期待しやすくDVの関係から逃げられなくなる状況にあると考えられる.さらに,DV被害女性は産科には“妊婦=幸せ”や父親と母親が揃っている“一般的な家族のあり方”といった価値観が漂っていると感じ,自分もそうであらねばならぬと思っていた.海外の研究では,DVを受けることは自分への罰であり自分の恥と思っていることや(Yam, 2000),日本生まれのDV被害女性はアメリカ生まれの女性と比べて家族や友人から敬遠されるかもしれないために離婚を勧めるといった活動的な支援を好まないことを報告している(Yoshihama, 2002).海外におけるDV被害の認識の変化に関する研究との比較検討は今後の課題であるが,家族の名誉に関する世間体を気にしたり家族調和に価値を置く日本の文化は,日本人のDV被害女性が被害を認識したり支援を求めたりすることを妨害する要素になると考えられる.これらのことから,周産期および育児期は家族の増員に伴う家族内役割が変容するからこそDV被害女性は夫の暴力行為がなくなることを期待しやすく,これは家族調和に価値を置く日本人DV被害女性にみられやすい心理の特徴であると考えられる.よって,日本人のDV被害女性への支援として,家族内でDVを受けている女性は自分だけではないことを知る機会を作ったり,肯定的に関わることで女性をエンパワメントするケアが有効であると考えられる.

本研究の参加者は,妊娠・出産を通じて看護者から自分のことを肯定されるケアを受けたり,DVに関するポスターやチラシを見て暴力を受けるのは私だけの問題ではない気づくきっかけを得ていた.さらに,夫の言動が変容することを期待していたDV被害女性は,妊娠や出産を夫とともに過ごしても夫の言動が一切変わらない,むしろ悪化する事実を目の当たりにすることで夫は変わらないと期待が失望に変わりDV被害を認識していた.私一人ではなく仲間の存在を感じることはエンパワメントの条件(安梅,2007)と言われている.孤立無援化していたDV被害女性は,他者への信頼ひいては自己への信頼を回復し,他者との対等なつながりを再構築する力を得ることで,夫との関係を客観視できるようになりDV被害を受けている現実を認識したと考えられる.以上より,周産期や育児期はDV被害を認識しづらくDVの関係にとどまりやすいが,看護者の介入方法の如何によって,女性がDV被害から回復するためのターニングポイントになりうる時期であることは注目するべき点である.これは本研究の特異的な結果であり,今後の介入時期の検討において有効であると考える.

2.《自分らしさを取り戻していくDV被害からの回復過程》について

自分を意味ある存在と知覚できずにいたDV被害女性は,妊娠・出産において自分のありのままが受け入れられる経験を通じて,自分らしく生きていいと感じていた.早坂(1994)は,その人らしさという事実も,他者との関係の中から立ちあらわれてくることや他者がわれわれの存在を意味あるものとして受け止める時,自分の存在を意味あるものとして体験すると述べている.暴力を受け続け夫に従属せざる得ない状況下で,自分は何者かといったアイデンティティを喪失していたDV被害女性は,妊娠・出産を通じて夫以外の他者とつながり,その他者との関係の中で大切に扱われることで夫とは別人格としての自分の存在を意味あるものとして知覚し,あるがままの自分であってよいという『自分らしさ』を再獲得することにつながっていったと考えられる.本研究におけるDV被害からの回復とは,DVにより奪われていたアイデンティティを再獲得し,ありのままの自分であってよいという『自分らしさ』を取り戻すことであった.よって,その人らしくあることを支援するケアはDV被害からの回復を促すことにつながることが示唆された.

3.看護実践における意義

本研究は,一般的なDV被害女性という枠組みではなく周産期および育児期を通じたDV被害女性のDV被害に対する認識に焦点を当て,回復過程を明らかにした.DV被害からの回復過程において,DV被害に対する認識は行きつ戻りつ揺れ動いており,個々により各認識に関する段階の長さも異なり回復にかかる時間には個人差が見られた.DV被害女性は他の人に話すのが恥ずかしい,医療者から否定的にみられる,夫への恐れからDVについて容易に打ち明けられないことや(Ronnberg, Hammarstrom, 2000),DV被害女性がパートナーとの関係性を絶とうと試みた回数は平均で4.5回であったとの報告もあり(Griffing, Ragin, Sage, et al., 2002),DV被害女性の回復には個々に必要な時間があると考えられる.これはDV被害女性を取り巻く状況が複雑に絡んでいることが影響していると推測される.よって,看護者は本研究で明らかになったDV被害に関する各々の段階を理解し,各々のケア対象者がどのようなDV被害の認識にいるかをアセスメントし,次の段階に進めるように対象の女性に寄り添いその人らしくあるケアを提供する必要がある.

Ⅶ.本研究の限界と今後の課題

本研究の研究参加者は,夫と別居もしくは離婚することでDV被害からの回復過程を歩んだ事例である.よって,夫と別れずにDVの関係を修復する事例に本研究の結果を適応させるには限界がある.また,本研究の研究参加者の背景は子どもの数や別居までの年数に様々な違いが見られ,各々の参加者により回復にかかる時間が異なっていた.今回は,DV被害の認識に対する回復過程に焦点を当てたが,今後各々のDV被害女性の置かれている状況による回復にかかる時間の違いにも焦点を当てた丁寧な調査研究を重ねていくことが必要である.さらに,日本と海外のDV被害女性の認識の変化に関する比較研究を行い,日本特有の支援を検証していくことが今後の課題である.

Ⅷ.結論

周産期および育児期を通じたDV被害女性のDV被害に対する認識の回復過程として,段階1〈家族維持のためにDV被害の認識を意識下におしこめている〉,段階2〈夫への期待が失望に変わりDV被害を認識していく〉,段階3〈アンビバレントな感情を抱えたままDVの関係から抜け出す〉,段階4〈DVの関係から心身ともに出る〉の4つのカテゴリーが抽出され,コアカテゴリーとして,《自分らしさを取り戻していくDV被害からの回復過程》が明らかになった.この過程において,周産期および育児期には多くのDV被害女性はDV被害を認識しておらず,DVについて相談することや今後を考える際には気持ちが揺れ動く不安定な状態も存在していた.看護者は,DV被害女性の回復過程を理解したうえで,情報提供をしつつ,女性の意向を尊重しその人らしくあることを支援することが回復を促進するケアとして示唆された.

Acknowledgment

本研究に快く協力してくださった女性の皆様に心より感謝申し上げます.本研究をご指導くださいました神戸市看護大学の二宮啓子教授,高田昌代教授,追手門学院大学の蘭 由岐子教授,茨城県立医療大学の加納尚美教授に感謝いたします.なお,本研究は,神戸市看護大学大学院看護学研究科に提出した博士論文の一部を加筆,修正したものである.

利益相反:本研究における利益相反は存在しない.

References
 
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