目的:母親の養育システムの発達に母親の被養育体験(PBI)及び内的作業モデル(IWM)がどう影響しているかを明らかにし,養育者としての発達を促す支援のための基礎資料を得る.
方法:産後1か月時からの継続調査に同意の得られた母親を対象に自記式質問紙調査を実施し,本論文では産後12か月,18か月,2~3年時に有効回答の得られた150名を分析対象とした.調査内容は,属性,養育システムの発達(愛着-養育バランス),PBI,IWMである.
結果:愛着-養育バランスは3つの時期間で相関がみられた.12か月時の愛着-養育バランスはPBIと,18か月時の愛着-養育バランスはIWMと相関がみられ,PBIとIWMも相関がみられた.共分散構造分析ではPBIはIWMに影響し,養育システムの発達に影響していた.PBIから養育システムの発達への直接的な影響はなかった.
結論:PBIはIWMを介して2~3年時の養育システムの発達に影響しており,母親の被養育体験の認知を変容することが養育者としての発達を促す支援に繋がる可能性が示唆された.
子どもは養育者(愛着対象,主に母親)との関係を通して,自らの存在が養育者にどのように受け入れられているのか,あるいは受け入れられていないのかという経験から,他者との関係性の基盤となる内的作業モデルを形成する(Bowlby, 1969/2003, 1973/2007).被養育体験は内的作業モデルに影響を与えるのみでなく,その後の自らの養育へも影響を及ぼすことが明らかとなっている(Bowlby, 1973/2007;Crowell & Feldman, 1988;George & Solomon, 1996;数井ら,2000;Yamaguchi et al.,2007).このことは,母親自身の発した愛着行動に対してどのような養育が返されてきたかという被養育体験が今度は自らの子どもへの養育へ再現されることを示唆し,世代間伝達(渡辺,1998)をするということである.
被養育体験の影響について佐藤ら(2006)や小木曽(2007)は,産後うつ状態や育児負担感などマイナスへの影響を明らかにしており,佐藤ら(2006)は,被養育体験は内的作業モデルを介して影響していたことを述べている.また,南田・井関(2008)は被養育体験が自らの養育方針の基盤に関連することを示唆している.これらは,親が自分の親に向けた愛着に対してどのように応えてくれたのか(養育)が,自分自身が親になったときの養育に影響してくるということである(金政,2007).
近年,子どもを育てにくいと感じる母親が増えており,「健やか親子21(第2次)」(厚生労働省,2015)ではその重点課題の一つとして「育てにくさを感じる親に寄り添う支援」を掲げている.母親から子どもへの養育には,家族も含めた周囲のサポート体制や物理的環境等の子育て環境(外的要因)の影響は大きく,行政でも民間でも子育て支援に駆使している.しかしながら,育児不安の軽減については顕著な効果は得られていない(厚生労働省,2014).これは,外的要因を主に整えても効果は得られないことを示しており,外的要因と共に母親自身の養育に関する認知や行動に影響する被養育体験や内的作業モデル等の内的要因が影響していると考えられる.育てにくいと感じるのは母親の主観(認知)であり,眞﨑ら(2012)は育児不安への支援として母親の内的要因への支援の効果について示唆している.
これまで被養育体験や内的作業モデルは,それらの関連や養育への影響については述べられてきたが,養育者としての発達にどのように影響しているのかは明らかではない.育児支援としては,育児負担を減らす側面とともに親子の発達を支援する側面も重視することが必要である(林,2006).つまり,母親の養育者としての発達を促進する支援を今後検討していくことは有用であり,「育てにくさを感じる親に寄り添う支援」につながると期待できる.母親の内的要因の中でも影響力の高い被養育体験や内的作業モデルが,養育者としての発達にどのように影響しているのかを明らかにすることは,支援のための重要な基礎資料となると考えた.
ここで本研究における「愛着」「養育」の捉え方について整理しておく.原義の「愛着」はネガティブな動機付け(不安,脅威等)により喚起され,「養育」はネガティブな状態をポジティブな状態にしたいという動機付け(保護,安心をもたらす)により喚起される(Bowlby, 1969/2003).現在は原義と離れて,「愛着」は愛情全般,「養育」は子育て全般を指し示し,母子相互において愛着という言葉を用いていることが多い.しかし,行動生態学的な観点からは愛着と愛情は明確に区別すべきだという意見(MacDonald, 1992)もあり,さらに原義から言うと「愛着」は通常は強い者から弱い者へは生じないことから,母親から子どもへの愛着は存在しないという意見(Prior & Glaser, 2006/2008)もある.ただし,養育者として発達する過程,つまり養育者である母親自身の「愛着システム」と「養育システム」が混在する時期においては,母親の愛着(母親としての不安)に子どもの反応(泣き止む,笑顔を返してくれる等)は大きく影響する.つまり,子どもの反応は母親としての自信(不安の軽減)に影響することから,母親から子どもへの愛着も存在すると考えられる(武田ら,2012a).本研究では,「愛着」「養育」をこの原義(Bowlby, 1969/2003)に則って解釈し使用している.
乳幼児を子育て中の母親の養育者としての発達に母親自身の被養育体験及び内的作業モデルがどのように影響しているかを明らかにし,養育者としての発達を促す支援のための基礎資料とする.
【用語の定義】
・養育者としての発達:愛着理論(Bowlby, 1969/2003)で示されている養育システムの発達を示す.本研究では,母親の養育システムの発達状況を測定する尺度として開発された愛着-養育バランス尺度(武田ら,2012b)で示す.
・母親の子どもに対する「愛着」:母親としての自己意識が形成される途中においては,母親は自分自身への関心が強く,母親という存在に対して不安を感じる.支えを必要とし,母親としての不安を子ども(子どもの反応)を通して軽減しようとすること.
・母親の子どもに対する「養育」:子どもに関心を示し,子どもの持つ(潜在的なものも含む)不安や脅威に対して,保護し安心や慰めを与えて子どもの不安や脅威を軽減させ,欲求(衣食住,愛情)を満たしてあげること.母親としての自分を受容すること.
2つの病院での産後1か月健診時に継続調査の同意の得られた母親234名を対象とした.除外基準は,未婚,多胎出産及び通常の産後1か月健診までの経過において子どもが入院した母親とした.
2. 調査時期とデータ収集方法平成23年6月~平成24年12月に,産後1か月健診に来院した母親に調査依頼文と口頭で調査依頼をし,同意の得られた母親に自記式質問紙を配布した.1回目の調査は健診から帰宅後1週間以内を目途に同封した返信用封筒にて返信していただいた.その後(3~4か月時,6か月時,12か月時,18か月時,2~3年時)の調査はその時期に質問紙と一緒に返信用封筒を送付し,質問紙が届いてから2週間以内を目途に返信していただいた.親の発達は子どもの発達と深く関わっている(朴,2006)ことから,子どもの愛着の発達と同じ時期に養育者も何らかの発達を遂げていると考え,子どもの愛着の発達の4つの段階(Bowlby, 1969/2003)および母親のアイデンティティが確立する時期を含めた時期を調査時期とした.産後1か月の時期が愛着の発達第1段階(出生~少なくとも生後8週間),3~4か月時が第2段階(生後12週頃~6か月頃),6か月時,12か月時および18か月時が第3段階(生後6か月頃~2,3歳頃),2~3年時が第4段階(3歳前後~)に含まれる.さらに12か月は,母親のアイデンティティが確立している時期(産後9か月:Reva, 1984/1997)である.12か月までの結果についてはこれまでに報告している(Takeda & Kobayashi, 2013;武田ら,2015)ため,本論文では12か月時以降の3つの時期での結果を述べていく.
3. 調査内容これまでの調査内容も含めて,研究の枠組みを図1に示した.
研究の枠組み
※本論文では, の部分を報告する
母親の年齢,子どもの人数,家族構成
2) 愛着-養育バランス尺度(武田ら,2012b)全ての調査時期で実施した.母親の養育システムの発達状況を測定する.「親の養育システムは,愛着システムの成熟した変容である」(数井・遠藤,2005)ことから「愛着」と「養育」の構成因子は共通していると考え,【適応】【敏感性】【親密性】の3因子を構成因子とし,3因子それぞれの愛着的因子・養育的因子を抽出した6因子構造となっている(表1).各因子5項目の計30項目で構成されており,「よく当てはまる」(7点)から「全く当てはまらない」(1点)の7件法で,各因子5項目の合計点(5点~35点)を算出し,その因子の得点としている.
各因子の定義 | 調査票の項目(30項目) | ||
---|---|---|---|
適応 | 愛着 「子どもへの依存」 母親になったことに自信が持てず,子どもとの関係性が不安定な状態 |
6 | 子どもに嫌われているように感じる |
13 | 子どもに裏切られたように感じて悲しくなることがある | ||
23 | 子どもを育てていけるか不安である | ||
26 | 子どもに受け入れられるか不安である | ||
27 | 子どもが泣くと母親としての自信が揺らぐ | ||
養育 「役割受容」 子どもとの関係性の安定と子どもの成長・発達を考えられること |
11 | 母親であることを誇りに思っている | |
14 | 子育ては大変ではあるが,それ以上にやりがいを感じる | ||
15 | 子どもを持って,今まで以上に社会が広がった | ||
25 | 子どもを持って,自分は成長したと感じる | ||
29 | 母親であることが好きである | ||
敏感性 | 愛着 「自分への関心」 自分への関心がより強くなっていること |
3 | 自分の都合で子ども(の要求)を受け入れたくないときがある |
7 | 自分のその時々の気分で抱っこすることがある | ||
9 | 子どもが言うことをきかないと怒ってきかせようとすることがある | ||
10 | 子どもより自分の都合を優先させることがある | ||
30 | 育てにくいと感じることがある | ||
養育 「子どもへの関心と理解」 子どもの状態を察知し,欲求を満たしてあげられること |
4 | 子どもが何を求めているのかはわかる | |
16 | 子どもの求めていることにはうまく応えてあげられる | ||
18 | 子どもとはよく目が合う | ||
21 | 自分と子どもはいい関係を保てていると思う | ||
22 | 子どもは私に抱かれると,それまで泣き続けていても泣きやむと思う | ||
親密性 | 愛着 「自分に対する支え」 自分への支えや助け,癒しが必要な状態 |
1 | つらく感じて誰かに支えてもらいたい |
5 | 子どものために我慢するばかりである | ||
8 | 気の休まることがなくてホっとしたい | ||
17 | 子育てを頑張っていることを誰かに認めてもらいたい | ||
20 | 周囲はもっと私に関心を示してほしい | ||
養育 「子どもへの愛情と支え」 子どもを愛し,支えたいと思うこと |
2 | 常に子どもと一緒にいて可愛がってあげたい | |
12 | 子どものためなら,どんなことをしても支えていきたい | ||
19 | 子どもがそばにいるとホッとする | ||
24 | 子どもを持って今までにないくらい愛する気持ちが強くなった | ||
28 | 子どもが幸せでいられるように愛してあげたい |
これまでの研究結果(武田ら,2012b;Takeda & Kobayashi, 2013;武田,2014;武田ら,2015)から,愛着的因子は低く,養育的因子は高いという2相性の分布を呈することがわかっている.子育ての経験を積むことで,【適応:愛着】は下降し,【敏感性:養育】は上昇するが,【適応:養育】,【親密性:愛着】,【親密性:養育】の変動はほとんどなく,【敏感性:愛着】は子育て経験で上昇する傾向があった.しかし,医療者が「気になる」母親の愛着的因子は3因子ともそれ以外の母親より高く,養育的因子の3因子は低いということがわかっている(武田,2014).これらのことから,養育システムが発達するということは,愛着的因子が養育的因子より低いということを示す.本研究における各因子のクロンバックのα係数は,「適応:愛着」0.818~0.830,「適応:養育」0.860~0.861,「敏感性:愛着」0.702~0.790,「敏感性:養育」0.781~0.841,「親密性:愛着」0.761~0.799,「親密性:養育」0.778~0.824であった.
3) 被養育体験(PBI: Parental Bonding Instrument)(Parker et al., 1979)12か月時の調査で実施した.母親から受けた被養育体験を測定する.親の養育行動・態度と親との絆を評価するもので,ケア項目(12項目)と過保護項目(13項目)の計25項目から構成されている.ケア項目は,情愛,暖かさ,共感,親密さの程度を示し,過保護項目は,統制,干渉,過保護,自立の阻害の程度を示している.「全くその通り」(3点)から「全く違う」(0点)の4件法で,ケア項目は0~36点,過保護項目は0~39点の範囲となる.本研究におけるクロンバックのα係数は,ケア項目0.942,過保護項目0.859であった.
4) 内的作業モデル(IWM: Internal Working Model)尺度(戸田,1988)18か月時の調査で実施した.対人関係における他者および自己についての認識を測定する.「非常によくあてはまる」(6点)から「全くあてはまらない」(1点)の6件法で,安定型・回避型・アンビバレント型の3因子で構成され,各6項目の計18項目で構成されている.各因子6~36点の範囲となる.本研究におけるクロンバックのα係数は,安定型0.881,回避型0.707,アンビバレント型0.814であった.
4. 分析方法各時期(12か月時,18か月時,2~3年時)の愛着-養育バランスの6因子の因子間相関はPearsonの積率相関係数にて比較した.12か月時の愛着-養育バランス6因子とPBI,18か月時の愛着-養育バランス6因子とIWMおよびPBIとIWMも同様にPearsonの積率相関係数を用いた. それぞれの結果をもとに,2~3年時の愛着-養育バランスにそれらの関係性がどのように影響しているのか共分散構造分析を行った.統計処理にはPASW Statistics Ver.18.0およびAmos Ver.20.0を用い,有意水準は5%未満とした.
5. 倫理的配慮浜松医科大学医の倫理委員会の承認(第23-01)を得て実施した.研究目的,プライバシーの保護,研究協力は自由意志であること,途中辞退に際して不利益のないことを書面に明示した.
12か月時,18か月時,2~3年時の3回の調査全てにおいて有効回答の得られた150名(有効回答率64.1%)を分析対象とした.
1. 対象の属性母親の年齢は平均31.2歳(±4.8)であり,子どもの人数は1人が57名(38.0%),2人以上が93名(62.0%)であった.家族構成は核家族が136名(90.7%)であった.
愛着-養育バランスは,12か月時の【敏感性:愛着】以外は初産婦・経産婦で有意差がなかったため,150名全体で分析した.
2. 各時期の愛着-養育バランス6因子の相関12か月時,18か月時,2~3年時の愛着-養育バランス6因子をPearsonの積率相関係数を用いて時期間の相関をみた.【適応:愛着】はr = .587**~.599**,【適応:養育】はr = .609**~.619**,【敏感性:愛着】はr = .594**~.663**,【敏感性:養育】はr = .599**~.605**,【親密性:愛着】はr = .545**~.626**,【親密性:養育】はr = .617**~.701**と,いずれの因子においても時期間で高い相関がみられた(**P < .001).
3. 12か月時の愛着-養育バランスとPBIの相関(表2)PBIケア項目得点は,愛着-養育バランス6因子のいずれとも低~中等度の相関がみられ,愛着的因子とは負の相関,養育的因子とは正の相関がみられた.PBI過保護項目得点は,愛着的因子とは3因子とも正の相関,養育的因子では【適応:養育】とのみ負の相関がみられた.
12か月【適応】 | 12か月【敏感性】 | 12か月【親密性】 | ||||
---|---|---|---|---|---|---|
愛着 | 養育 | 愛着 | 養育 | 愛着 | 養育 | |
PBIケア項目 | –.270** | .296** | –.213** | .248** | –.280** | .194* |
PBI過保護項目 | .364** | –.270** | .241** | –.161* | .333** | –.117 |
※Pearson積率相関係数(**P < .001)
IWM安定型得点は,愛着的因子では【適応:愛着】とのみ低い負の相関,養育的因子とは3因子とも低い正の相関がみられた.IWM回避型得点は,愛着的因子では【適応:愛着】【敏感性:愛着】と低い正の相関,養育的因子とは3因子とも低い負の相関がみられた.IWMアンビバレント型得点は,愛着的因子とは3因子とも正の高い相関,養育的因子とは【適応:養育】【敏感性:養育】と低い負の相関がみられた.
18か月【適応】 | 18か月【敏感性】 | 18か月【親密性】 | ||||
---|---|---|---|---|---|---|
愛着 | 養育 | 愛着 | 養育 | 愛着 | 養育 | |
IWM安定型 | –.287** | .432** | –.110 | .387** | –.084 | .297** |
IWM回避型 | .284** | –.322** | .188* | –.235** | .113 | –.246** |
IWMアンビバレント型 | .644** | –.290** | .445** | –.349** | .452** | –.133 |
※Pearson積率相関係数(**P < .001)
PBIケア項目は,IWM安定型と正の相関(r = .294**),IWM回避型と負の相関(r = –.256**),IWMアンビバレント型と負の相関(r = –.377**)がみられ,PBI過保護項目は,IWMアンビバレント型と正の相関(r = .313**)がみられた(**P < .001).
2) 2~3年時の愛着-養育バランスとPBIおよびIWM(図2)IWMはPBIの影響を受けること,それぞれの時期で愛着-養育バランスとIWMおよびPBIは相関がみられたことからモデル化を試みた.愛着-養育バランスは各時期で高い相関がみられたため,最終的に調査した2~3年時の愛着-養育バランスへの影響をみた.PBIからのパスは,ケア項目の方が標準化係数:0.95,R2:0.90と過保護項目より高く,被養育体験の認識には母親のもつ「ケア項目」のイメージの方がより影響していた.PBIからIWMへのパスは,標準化係数:0.55,R2:0.30であり,PBIからIWMへの影響は3割説明がつく結果であった.IWMは,アンビバレント型へのパスが標準化係数:–0.69,R2:0.47となっており,安定型や回避型よりIWMへの影響が高い傾向がみられた.被養育体験によいイメージ(ケア項目)を持っているとIWMの安定型が高くなり,回避型やアンビバレント型が低くなることを示した.
2~3年時の「愛着-養育バランス」とPBIおよびIWMとの関係
IWMから養育システムの発達へのパスは,標準化係数:–0.81,R2:0.53と高い影響を示した.IWMの養育システムの発達への負の影響というのは,愛着が正の方向(標準化係数:0.85,R2:0.72),養育が負の方向(標準化係数:–0.70,R2:0.48)に向かうということを意味していた.PBIケア項目の高さはIWMの安定型の高さに影響し,そのようなIWMが負の方向に影響すると,養育システムの発達にどのように影響するかということである.結果は,愛着を高め,養育を低めるという養育システムの発達を負の方向に向かわせていた.モデル適合は,GFI:0.899,AGFI:0.842,CFI:0.880,RMSEA:0.090であった.
これまでもPBIのIWMへの影響は周知であった(Bowlby, 1973/2007;Crowell & Feldman, 1988;George & Solomon, 1996;数井ら,2000;Yamaguchi et al., 2007)が,図2のPBIからIWMへのパス,さらにIWMから養育システムの発達へのパス係数の大きさから,それは母親の養育システムの発達にまで影響していると言える.しかし,PBIから養育システムの発達は有意なパス係数が得られなかったことから,養育システムの発達にPBIは直接的に影響するのではなく,IWMを介して影響することがわかった.佐藤ら(2006)も育児負担感などのマイナスへの影響はPBIからIWMを介しての影響であったことを述べており,養育システムの発達にとってもIWMという対人関係のスキーマの影響が大きいことが示唆された.
PBIケア項目は直接的には養育システムの発達には影響していなかったが,相関はあった.IWM安定型の愛着-養育バランスの養育的因子への影響およびPBIケアからIWM安定型への影響から,親からケアを受けたと認知している母親はIWMも安定型になりやすく,それは自分が母親になったときの子どもへの養育にも影響すると言える.PBIから養育システムへの直接的なパスで有意なパスが得られなかったのは,被養育体験はあくまでその人の認知であり,どのような養育を受けたのかという実際を示したものではないことが要因の一つではないかと考えた.PBIからIWMへのパスも説明できるのは3割であった.被養育体験という認知はIWMに影響はするが,IWMはPBIだけで決定するものではなく,他の要因が絡んでくることを示しており,さらにIWMの影響を受ける養育システムの発達までにはさらに他の要因が追加されるため,直接的な影響力までには及ばないのではないか.
IWMアンビバレント型の母親は愛着的因子,特に【適応:愛着】との相関が高かった.【適応:愛着】の定義は,「母親になったことに自信が持てず,子どもとの関係性が不安定な状態」(武田ら,2012b)であり,母親がどのように自分の子どもに接したらよいかに悩んでいる状態である.さらに,他の愛着的因子とも中等度の相関があったことから,母親自身が自分の親から両価的な関わりをされたと認知していると,母親自身も自分の子どもへの関わりに自信が持てず不安定となり,まず自分自身が癒されたいとか関心を持ってほしいという欲求が生じると考えられる.鎌田ら(2007)の報告でもIWMアンビバレント型の母親は子育てに関して専門職に相談しても相談後の満足度は低く,子育てを否定的に感じる傾向がみられ,母親自身も両価的な感情を持っていた.PBI,IWM,養育システムの発達のモデルでは,PBIの中でもケア項目の影響やIWMの中でもアンビバレント型の影響が大きかったことから,親からケアを受けたと認知していることと両価的な親の態度の影響の強さを改めて認識することができた.
被養育体験の子どもへの世代間伝達については渡辺(1998)が述べており,また子どもの愛着タイプと養育者の愛着スタイルの関連(数井・遠藤,2005)からも,親子間の影響については明らかとなっている.今回の結果では,IWMを介して養育システムの発達まで影響していることが明らかとなり,愛着へのパス係数や決定係数をみると,特に愛着的因子(「子どもへの依存」「自分への関心」「自分に対する支え」)に対する影響が強いと言える.IWMという対人関係におけるスキーマはより愛着に影響していた.これは,人はまず自分自身の慈愛願望欲求(愛着)が満たされないと次の段階に行けない(宗像ら,2007)ことから,養育システムの発達の中でも特に愛着への関連が高いことを示した結果と解釈できる.母親自身が満たされないとなかなか子どもに目がいかないということは周知のことであり,支援する我々はそのことをよくわきまえて母子支援の方法を考えることが重要であることが再確認できた.
育児期は改めて自らの被養育体験を再考する機会が提供されている(加藤,2007)ことから,満たされない思いが残っている母親には,それを叶えることが可能であり,妊娠・分娩・産褥・育児期早期は感受性が高まっていることからも,母親の感じ方,母親自身がもっている被養育者イメージ(自己イメージにつながる)を変容させることが効果的な支援となりえる(眞﨑ら,2012).さらに,IWMは一度形成されても修正がきく(加藤,2007)ため,母親がその親に持つ被養育体験のイメージを良好に換えられれば(ケア項目へのイメージを高める),母親自身のIMWも安定型に換えられ,それは母親の養育システムの発達への支援に繋がると期待できる.母親自身の被養育者イメージやそれに伴う自己イメージの変容を図り,PBIの認識を変容させていくことを子育て支援の中に組み入れていくことは有用と考える.
養育システム(Bowlby, 1973/2007)とは子どもの愛着(不安や脅威等)に対して,その不安や脅威を軽減し安心感や平静感を取り戻させるために保護と安心感・慰めを与えようとすることを意味している.そして,そのようなやり取りは,「愛着-養育プログラム」(Bowlby, 1969/2003)とされ,親子(特に母子)関係において最も重要なプログラムであり,子どもの生き残りを左右するものである(Prior & Glaser, 2006/2008).つまり,母親の養育システムの発達への支援を構築していくことは,親子関係だけでなくその後の子どもの成長においても重要なのである.
モデル適合の指標として,GFI,AGFI,CFIは一般的に1.0に近づくほどよく0.9以上が望ましいとされ,RMSEAは0.05未満が当てはまりがよく0.10以上は不適切とされている(大石・都竹,2009).本研究では,GFI,AGFI,CFIともに0.9未満となっており,RMSEAは0.090と不適切ではないが妥当とは言えない結果であった.これは,養育者としての発達は,母親の元々の内的要因(PBIやIWM)だけで決まるものではないということを示していると考える.さらに,この内的要因の変化する可能性も報告されていることから,妊娠期から育児期のどの時期においても支援者の関わりによって母親の養育者としての発達に対して支援できる可能性が示唆された.
内的要因として今回はPBIとIWMの影響を調査したが,母親の元々の遺伝的気質の影響も大きいと考えられる.PBIやIWMは変容が可能な要因であったが,変容しない内的要因(遺伝気質)についてはどのように働きかけていったら養育者としての発達への支援に繋がるのか調査していくことが必要である.外的要因(育児環境の調整,サポート体制の充実等)への支援が進む中,内的要因への支援も構築していくことが課題である.
母親のPBIは,IWMを介して2~3年時の母親の養育システムの発達にまで影響していた.IWMが負の方向に影響すると,母親の愛着を高め,養育を低めるという養育システムの発達を負の方向に向かわせていた.PBIケア項目やIWMアンビバレント型は愛着への影響が大きかったことから,母親が養育者として発達していくためには,母親の被養育体験の認知を変容させることが有効であることが示唆された.
謝辞:研究にご協力くださいました対象者の皆様に心より感謝申し上げます.
なお,本研究は科学研究費補助金挑戦的萌芽研究(課題番号:23660061)の助成を受けて行ったものの一部である.
利益相反:本研究における利益相反は存在しない.
著者資格:ETは研究の着想から原稿作成のプロセス全体に貢献;YKおよびMYは原稿への示唆および研究プロセス全体への助言.すべての著者は最終原稿を読み,承認した.