日本看護科学会誌
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原著
看護師の移動介助動作時腰痛と移動介助の頻度,移動補助具の適正使用との関係
高橋 郁子操 華子武田 宜子
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2016 年 36 巻 p. 130-137

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Abstract

目的:病棟看護師の移動介助動作時腰痛の発症率を明らかにし,移動介助動作の頻度・移動補助具の適正使用の実態,および,それらと移動介助動作時の腰痛発症との関連を明らかにした.

方法:移動介助動作の多い病棟に勤務する看護師に対し,自記式質問紙調査を行った.

結果:18施設の看護師534名より回答を得た.移動介助動作時の腰痛発症は,動作時の「半分以上」・「いつも」の合計で,「ベッド上体位変換」が最も多く43.9%,次いで「ベッド上水平移動」33.4%であった.移動介助動作の頻度で最も多かったのは「ベッド上体位変換」,次いで「ベッド上水平移動」であった.全ての動作頻度と動作時腰痛の発生頻度は弱い正の相関を示した.使用経験の多かった移動補助具はスライダーで,次いでスライドボード,スライドシートであった.移動補助具の適正使用は,概ね腰痛発症の頻度と関連せず,「ベッド⇔ストレッチャー」時のスライダーのみ,動作時腰痛発生頻度の多さと関連した.

Ⅰ. 序論

腰椎の周囲組織には,侵害受容器が存在する.特に,椎間関節や傍脊柱筋など腰椎後方要素に分布する受容器は,感受性が比較的高く,動作や姿勢に起因する非特異的急性腰痛に関与する(山下,2012).腰椎は生理的彎曲により上半身の荷重を椎間板面に均等に分散しているが,前・後屈や荷物の持ち上げは腰部の負担を増強する(宇土,2004Nachemson, 1966Kelsey et al., 1984).

腰痛は業務上疾病として最も多く,「職場における腰痛予防対策マニュアル」では,腰痛の発症の要因には,動作要因として強度の身体的負荷,長時間の静的作業姿勢(拘束姿勢),前屈,捻り,後屈捻転,急激または不用意な動作があげられ,環境的要因として振動,寒冷,床の状態,作業環境,個人的要因として年齢,性,体格,筋力,心理状態,腰痛既往歴と基礎疾患の存在,動作の巧緻性,他に教育・訓練などが指摘されている(厚生労働省安全衛生部労働衛生課,2010).これらの動作要因の多くは,看護師が行う患者の移動介助,体位の支持,ベッドサイドでの処置・ケア時に伴う.看護師の動作と腰痛との関連をみた調査では,手で物を持ち上げる,激しく後を向く動作が腰痛に有意に関連していた(Alexopoulos et al., 2003).また,患者を持ち上げる動作の頻度と常習的な持ち上げ動作の期間が腰痛に有意に関連していた(Owen, 1989).

看護師の腰痛発症率をみると,英国43%(1983),米国ウィスコンシン州52%(1989),台湾69.7%(1994),米国フロリダ州62%(2001),ギリシャ75%(2003)(Audrey, 2010/2010)で,我が国が60~80%(松元ら,1998小山ら,2001佐藤ら,2008藤村ら,2012)と概ね過半数を超えている.その中でも,統計を取り始めた1980年代から,英国の腰痛発症率は諸外国に比べ低い.

英国腰痛協会(NBPA: National Back Pain Association)は,「The Guide to The Handling of Patients」(1981)により,看護師の腰痛軽減対策として,意識の高揚,教育訓練,移動補助具の使用を推奨した.さらに,英国安全衛生庁(HSE:Health and Safety Executive)とともに,「Manual Handling Operations Regulations」(1992)を策定し,人が持ち上げる重量を25 kgまでに制限した(英国腰痛予防協会,1997/2003).その結果,リフターの導入が進み,英国の看護師の腰痛発症率は1981年の43%だったものが1995年には14%まで減少した(小川,1997).また,1998年には豪州看護連盟が「No lifting Policy」を打ち出し,移動補助具を用いない移動介助の禁止を推奨した.これを導入した集団では腰痛が減少した(Engkvist, 2007).

次いで,2003年には米国労働安全衛生管理局(OSHA: Occupational Safety and Health Administration)が,「Guidelines for Nursing Homes」を策定し,介護機器の導入を推奨し,移動介助時の従事者数を規定した(岩切ら,2008).米国国立労働安全衛生研究所(NIOSH: National Institute of Occupational Safety and Health)による腰痛予防の移動介助の導入を行った6年にわたる調査では,その前後で労働制約に至る筋骨系の傷害の発症率,賠償金の支払い,休暇の取得日数が有意に減少した(Collins et al., 2004).その他,デンマークでは,2004年に労働監督局が,身体に近い距離での持ち上げ重量制限を11 kgとして推奨した(小島,2006).

一方,我が国では,厚生労働省が1994年に「職場における腰痛予防対策指針」を策定し,人力での持ち上げ重量を男性で体重の概ね40%以下,女性で男性の60%位にするよう勧告している.しかし,これらは努力義務であり,違反した場合の雇用者の法的責任は問われない.その後の厚生労働省の調査「職場における腰痛発生状況の分析」(厚生労働省労働基準局,2008)では,2004年に発生した休業4日以上の腰痛に係る労働者死傷病は4,008件で,労働人口に対する発症率は30年前の前回調査より減少したが,商業,金融・広告業,とりわけ保健衛生業の占める割合が増加した.厚生労働省は腰痛指針に基づく総合的な腰痛予防対策が不十分で,腰痛要因の探索から対策までより積極的に取り組むことが必要としたが,日本看護協会が2004年に策定した「看護の職場における労働安全衛生ガイドライン」(日本看護協会,2004)における腰痛予防対策はボディメカニクスを熟知した移動技術の推奨にとどまった.以上のように我が国の医療介護現場における腰痛予防対策は明らかに遅れている.

そもそも,労働時間に制限をもたらすほどの職業性腰痛の予防には,慢性的もしくは一過性の軽度の腰痛の発生を取り除く必要がある.後者の発生要因としては,重量物の持ち上げ・けん引,運搬,姿勢保持,急激な動作などが代表的である(厚生労働省安全衛生部労働衛生課,2010)と指摘されており,看護師の場合は,主に患者の移動介助に伴う動作がそれらに該当する.この移動介助動作に伴う腰痛を予防するためには,移動補助具の適正使用を促すことが看護管理上重要な課題となる.

我が国における腰痛の発症要因の調査(松元ら,1998野上,2005)では,松元ら(1998)が,看護師233名および製造業者346名,事務職40名を対象に職種間の腰痛要因を比較し,腰痛発症転機と答えた持ち上げ作業と中腰姿勢,腰掛姿勢の暴露時間を職種間で統計学的に比較し,看護師は中腰姿勢が有意に長いという結果を示したが,具体的な作業動作の指摘には至っていない.野上(2005)は,作業動作に要因を求めているが,調査規模は58名と小さく,移動介助,ベッドの高さ,体位変換等の要因の列挙にとどまった.

その後,移動補助具の導入・使用状況に関する研究がみられるようになった.岩切ら(2007)は,高齢者介護施設3施設の介護職員81名に対する調査で,移動補助具の導入台数や使用割合を示しているものの,移動補助具の必要数と充足との関係は不明である.使用しない理由に使いづらさと転落のリスクを指摘している.百瀬ら(2009)の600施設2,031名への調査でも移動補助具の使用割合が調査され,リフト・スライディングボード・取手付介助補助ベルトなどの実状を示したが,同じくそれらの必要と充足の関係は不明である.一方で腰痛の関連要因を検討しているが,移動補助具使用と腰痛の関連の検証には至っていない.

以上のように,我が国の看護師を対象に,腰痛の要因を移動介助動作に求め,それによる腰痛発症率,移動補助具の導入や適正使用の実態,その腰痛予防効果を明らかにした報告はなく,研究を蓄積する必要がある.

Ⅱ. 研究目的

本研究の目的は,病棟看護師を対象に,移動介助動作時腰痛の発症率を明らかにすることとした.ついで,移動介助動作の頻度・介助補助具の適正使用の実態を記述した後,移動介助動作時の腰痛発症との関連を明らかにした.

Ⅲ. 研究方法

1. 研究デザイン

量的横断的研究

2. 研究対象者

関東以西における200床以上の一般病院の整形外科・脳神経外科・神経内科病棟の看護師

3. 調査期間

2010年9月1日~9月30日

4. 調査方法

1) 調査内容

(1)対象特性:年齢,性別,身長,体重,看護師歴,現部署歴,休息状況(睡眠時間・満足度)(2)移動介助動作時腰痛の発生頻度,(3)移動補助具の使用の有無と使用場面.

2) 測定方法

(1)移動介助動作時腰痛の発生頻度:①ベッド⇔ストレッチャーの移乗,②ベッド⇔車いすの移乗,③車いす⇔トイレの移乗,④ベッド上での水平移動,⑤ベッド上の体位変換,⑥入浴の6動作について,それらを行う際にどの程度の頻度で腰痛を感じるかを,「いつも感じない」「半分以下で感じる」「半分以上で感じる」「いつも感じる」の4段階で問うた.

(2)移動介助動作の頻度:①ベッド⇔ストレッチャーの移乗,②ベッド⇔車いすの移乗,③車いす⇔トイレの移乗,④ベッド上での水平移動,⑤ベッド上の体位変換,⑥入浴の6動作について,それらを行う日常的な頻度を「なし」,「1~3回/日」,「4~6回/日」,「7~9回/日」「10回/日以上」の5段階で問うた.

(3)移動補助具の適正使用:スライダー,スライドシート,スライドボード,腰痛支持ベルト,床走行式リフター,立位支持機,の6種類の補助具について,写真とともに説明文書を示した上で,その使用場面を尋ねた.回答は,「どのような患者にも必ず使用する」「持ち上げに11 kg以上の負荷がかかる場合は毎回使用する」,「使用条件を特に決めていない」,「使用する習慣がない」,「使用したことがない」,の5段階で問うた.デンマークの労働監督局ガイドライン(2004)に則り,11 kg以上の持ち上げ重量制限を順守する視点から,各移動補助具につき,「どのような患者にも必ず使用する」「持ち上げに11 kg以上の負荷がかかる場合は毎回使用する」の回答を「適正使用」,その他を「適正使用なし」とした.各補助具と,使用すべき移動介助動作は,表1のように考えた.

表1 移動介助動作の種類と使用する移動補助具
移動介助動作の種類 使用する移動補助具
ベッド⇔ストレッチャー スライダー
ベッド⇔車椅子 スライドボード
ベッド上水平移動 スライドシート

(4)休息状況:睡眠時間は時刻の記載,満足感は「あり」「なし」の2者択一とした.

3) データ収集の方法

研究者の所属する施設の関連病院・近郊の病院など23施設の看護部長やその関係者に事前に研究内容を口頭で伝え,承諾を得た18施設の看護部長宛てに研究協力依頼書を郵送し,看護部長から調査票・調査依頼書が入った封筒が対象となる33病棟の看護師長を経由して,対象看護師650名へ渡された.看護師は,回答した調査票を同封の返信用封筒に厳封し,病棟に設置された回収用封筒に投入した.配布から20日程度経過したころ,看護師長が回収用封筒を閉じ,研究者あてに郵送した.

5. 分析方法

対象者の特性,および移動介助動作の頻度,移動補助具の適正使用,移動介助動作時腰痛の発生頻度について,記述統計量を算出した.その後,移動介助動作時腰痛の発生頻度と移動介助動作の頻度の関連を明らかにするため,2変量間のSpearmanの相関係数を算出した.移動介助動作時腰痛の発生頻度と移動補助具の適正使用の関連を明らかにするため,Mann-WhitneyのU検定を行った.分析はSPSS ver19 for Windowsを用い,有意水準は両側5%とした.

6. 倫理的配慮

研究協力の承諾は,調査施設に対しては研究目的を書面で伝え承諾を得たのちに,対象者の本調査への協力は,調査への回答をもって同意とみなした.対象者の回答の有無・および内容は看護師長を含め誰にも知られないよう,回答は無記名の調査票で行い,無記名の封筒で厳封された.研究対象者に対し,研究参加を拒否出来ること,収集したデータは研究のみに使用し秘密は厳守されることを書面で伝えた.また,本研究は国際医療福祉大学研究倫理審査で承認を得た(承認番号10-61).

Ⅳ. 研究結果

1. 調査対象

研究協力が得られた施設は18施設33病棟であった.回答が得られた施設は18施設31病棟で,調査票は650部配布し534部回収され(回収率82.1%),有効回答は520部(80.0%)であった.病床1,000床以上の施設が3(16.7%),400床以上が9(50.0%),400床未満が6(33.3%)であった.主な診療科は整形外科病棟が17(54.8%),脳神経外科・神経内科病棟が14(45.2%)であった.

2. 対象の基本的属性(表2

研究対象者の平均年齢は,29.6(標準偏差:SD7.5)歳,女性は492名(94.6%),BMIの平均値は20.9(SD2.8),所属病棟の主な診療科は整形外科272名(52.3%),脳神経科247名(47.5%),看護師経験歴は平均6.7(SD6.4)年,調査時点での配属部署勤務歴は平均3.1(SD2.6)年であった.睡眠時間は平均6.1(SD0.9)時間,睡眠満足感のある者が173名(33.3%)であった.

表2 対象者の基本属性(n = 520)
n(%) Mean(SD)
年齢 29.6(7.5)
性別 男性 25(4.8)
女性 492(94.6)
無回答 3(0.6)
BMI 平均 20.9(2.8)
所属病棟 主に整形外科 272(52.3)
主に脳神経科 247(47.5)
無回答 1(0.2)
看護師歴(年) 6.7(6.4)
現部署歴 3.1(2.6)
睡眠時間(時間) 6.1(0.9)
睡眠満足感 あり 173(33.3)
なし 342(65.8)

3. 移動介助動作時の腰痛発症(表3

各移動介助動作時の腰痛発症について,動作時に「いつも感じる」という者が最も多かった動作は,「ベッド上体位変換」で70名(13.5%),次いで多いのは「ベッド上水平移動」で46名(8.8%)であった.「半分以上感じる」・「いつも感じる」の合計でも,「ベッド上体位変換」が最も多く228名(43.9%),次いで「ベッド上水平移動」の174名(33.4%)が多かった.一方,「ベッド⇔ストレッチャー」,「入浴介助」では,動作時に腰痛を「感じない」と答えた者が最も多く,227名(43.7%),287名(55.2%)であった.

表3 移動介助動作時腰痛の分布
移動介助時腰痛の発生割合 n = 520 人数(%)
感じない 半分以下感じる 半分以上感じる いつも感じる 無回答 合計
ベッド⇔ストレッチャー 227(43.7) 204(39.2) 58(11.2) 24(4.6) 7(1.3) 520(100)
ベッド⇔車いす 134(25.8) 241(46.3) 102(19.6) 33(6.3) 10(1.9) 520(100)
車いす⇔トイレ 173(33.3) 215(41.3) 91(17.5) 37(7.1) 4(0.8) 520(100)
ベッド上での水平移動 112(21.5) 227(43.7) 128(24.6) 46(8.8) 7(1.3) 520(100)
ベッド上の体位変換 77(14.8) 206(39.6) 158(30.4) 70(13.5) 9(1.7) 520(100)
入浴介助 287(55.2) 151(29.0) 55(10.6) 20(3.8) 7(1.3) 520(100)

4. 移動介助動作の頻度・移動補助具の適正使用と,移動介助動作時腰痛の関連(表4

移動介助動作ごとに,動作頻度,および該当する移動補助具の適正使用の有無と,動作時腰痛の関連を表4に示す.

表4 移動介助動作の頻度・移動補助具の適正使用と,移動介助動作時腰痛の関連
合計 移動介助動作時腰痛 ρ P
感じない 半分以下 半分以上 いつも 無回答
ベッド⇔ストレッチャー ①動作頻度 なし 14(2.7) 14 0 0 0 0.26 <0.001*
1~3回 393(75.6) 185 157 38 13
4~6回 89(17.1) 25 41 16 7
7~9回@ 7(1.3) 3 3 0 1
10回以上 10(1.9) 0 3 4 3
合計 513(98.6) 227 204 58 24 7(1.3)
②スライダーの使用 適正使用なし 399(76.7) 188 154 41 16 0.007*
適正使用 114(21.9) 39 50 17 8 7(1.3)
ベッド⇔車いす ①動作頻度 なし 3(0.6) 3 0 0 0 0.30 <0.001*
1~3回 83(16.0) 36 36 8 3
4~6回 230(44.2) 64 121 35 10
7~9回 94(18.1) 19 44 23 8
10回以上 100(19.2) 12 40 36 12
合計 510(98.1) 134 241 102 33 10(1.9)
②スライドボードの使用 適正使用なし 468(90.0) 125 224 91 28 0.107
適正使用 42(8.1) 9 17 11 5 10(1.9)
車いす⇔トイレ 動作頻度 なし 11(2.1) 11 0 0 0 0.27 <0.001*
1~3回 111(21.3) 45 54 7 5
4~6回 206(39.6) 75 86 33 12
7~9回 96(18.5) 21 45 24 6
10回以上 92(17.7) 21 30 27 14
合計 516(99.2) 173 215 91 37 4(0.8)
ベッド上水平移動 ①動作頻度 なし 8(1.5) 8 0 0 0 0.33 <0.001*
1~3回 108(20.8) 38 52 14 4
4~6回 164(31.5) 36 78 44 6
7~9回 93(17.9) 14 44 25 10
10回以上 140(26.9) 15 53 45 27
合計 513(98.7) 112 227 128 46 7(1.3)
②スライドシートの使用 適正使用なし 500(96.2) 107 222 126 45 0.204
適正使用 13(2.5) 5 5 2 1 7(1.3)
ベッド上体位変換 ①動作頻度 なし 1(0.2) 1 0 0 0 0.28 <0.001*
1~3回 57(11.0) 17 23 11 6
4~6回 144(27.7) 31 66 34 13
7~9回 107(20.6) 13 51 35 8
10回以上 202(38.8) 15 66 78 43
合計 511(98.3) 77 206 158 70 9(1.7)
入浴介助 ①動作頻度 なし 84(16.2) 84 0 0 0 0.27 <0.001*
1~3回 396(76.2) 195 143 44 14
4~6回 26(5.0) 6 6 10 4
7~9回 5(0.9) 2 1 0 2
10回以上 2(0.4) 0 1 1 0
合計 513(98.7) 227 151 55 20 7(1.3)

①Spearmanの相関係数 ②Mann-WhitneyのU検定

*P < 0.05

移動介助動作の頻度について,「10回以上/日」が最も多かったのは「ベッド上体位変換」で202名(38.8%),次いで多いのは「ベッド上水平移動」で140名(26.9%)であった.全ての動作で,動作頻度が高いことと動作時腰痛の発生頻度は弱い正の相関を示した(ρ = 0.26~0.33).

移動補助具のうち,使用経験の多かったものはスライダーで312名(60.0%),次いでスライドボード133名(25.6%),スライドシート65名(12.5%),走行式リフターは14名(2.7%),立位支持機は3名(0.6%),腰部支持ベルトは2名(0.4%)であった.補助具の適正使用は,概ね動作時腰痛頻度の発症に関連しなかったが,「ベッド⇔ストレッチャー」を行う場合のスライダーについてのみ,動作時腰痛頻度の発症の多さと関連した(P = 0.007).

Ⅴ. 考察

本調査は,移動介助動作が多い看護師を対象として,日常業務の中で経験する移動介助動作とその時の腰痛発症の関連を明らかにしたものである.

1. 移動介助動作時の腰痛発症と動作・補助具使用の実態

看護師の日常的な移動介助動作で最も多かったものは「ベッド上体位変換」と「ベッド上水平移動」であり,この点については,看護師の業務量調査(大場ら,2016)で,ベッドサイドでの体位変換や移動に関わる業務が36項目中6項目を占め,所要時間も長いことと一致する.また,本調査の対象が整形外科・脳神経外科・神経内科に勤務する看護師で,この診療科の患者は,「看護必要度」のB得点(日常生活機能)が高く,起き上がりや移乗動作の介助量が多い(山田,2006川上・小高,2006)ことも背景として考えられる.さらに,最も多かったこれらの動作時には多くの看護師が腰痛を感じており,これらの移動介助動作はいずれも前傾姿勢で行われ,前傾姿勢は腰部の脊柱起立筋を中心にした筋の緊張を増大させる(加藤・深田,2000Nachemson, 1966平田,1990).そして前傾姿勢がもたらす負荷に対し,腰椎の侵害受容期の感受性は比較的高い(山下,2012).したがって動作頻度が高まれば,動作時腰痛も多くなると考える.特に「ベッド上体位変換」は,看護師の38.8%が10回以上/日行い,その半分・もしくはすべての場面で腰痛を感じるという看護師が43.9%いた.スライドシートを使わないベッド上介助が頻繁に繰り返され,その都度腰痛を感じながら勤務する病棟看護師らの姿が伺える結果となった.

移動介助動作時の腰痛防止には,持ち上げ重量制限の順守と移動補助具の使用が推奨されている.しかし,今回提示した一般的な移動補助具のうち,適正使用が最も多かったのは,ベッドからストレッチャー等への移動時に用いるスライダーで22.2%であったが,一方で,ベッド上の移動介助に用いるスライドシートを適正に使用している看護師は2.5%に留まった.移動補助具が適正使用されない理由としては,作業効率が悪い,使い勝手が悪い,高価,落下事故や誤作動が心配である(冨岡ら,2006,;岩切ら,2007)などが挙げられる.看護師らは,自ら腰痛を感じることがあったとしても,これらの理由で使用しない状況にあるといえるが,移動介助動作による腰痛発症予防は専門職としての意識変革の課題(Per, 2003/2007)であり,このことも含め,物品不足や設置環境の不備といった実情など,看護師の移動動作時腰痛予防に対する対策の遅れとして看護管理の課題が浮かぶ.

2. 移動介助動作時の腰痛発症と動作頻度・移動補助具の適正使用の関連

全ての移動介助動作で,動作頻度が多いことが動作時の腰痛発症と正の関連を示していた.一方,移動補助具の適正使用は,スライダー・スライドシート・スライドボードともに動作時腰痛の発症頻度に関連がなく,むしろ,ベッド⇔ストレッチャーの移動介助動作時のスライダー使用に関してのみ,動作時腰痛発症の頻度と負の関連を示した.

ベッド⇔ストレッチャーの移動介助は抱え上げ動作であり,この場合,荷の重さが重いほど前傾は強くなり,脊柱起立筋への負担も増加し,同じ力が仙椎にも働く(平田,1990).さらに,この動作はベッドの間にストレッチャーの幅の距離が生じ,患者と看護師との重心距離が長くなるため,ベッド上の体位変換や水平移動に比べ前屈がより強要される.したがって,移動補助具の適正使用は動作時腰痛頻度の減少と関連すると考えるところである.移動動作に対する移動補助具使用の効果を所要時間,腰部モーメント,主観的負担度から検討した調査(佐々木ら,2007)でも,移動補助具なし,介助ベルト使用,スライドボード使用とのあいだで,スライドボードの使用が,所要時間は長く,腰部モーメントが小さく,主観的負担度も最も少ない(P < 0.05)ことが示されている.本調査におけるベッド⇔ストレッチャーの移動介助動作時のスライダー適正使用が腰痛の発生頻度の多さと関連したという結果については,前屈位が増幅される,強い前屈位のままチューブ類を処理する,それらに時間がかかる,スライダー上に患者を引き寄せる動作が伴う,スライダーを使用する患者の多くは移動能力に欠け移動への協力を得にくい,スライダーを使用していても抱え上げる誤った使い方をする,などが要因として作用したのではないかと推測される.

3. 限界と意義

本研究は,関東以西における200床以上の一般病院の整形外科・脳神経外科・神経内科病棟の看護師に対する調査であり,結果を一般化することはできない.また,腰痛経験の有無は本人の思い起こしに依存しており,腰痛を経験した時期が不明である事,腰痛経験と他の身体的負担経験を混在して評価している可能性がある点に課題がある.しかし,移動動作時腰痛に着目し,移動介助動作別に,その頻度・移動補助具の適正使用の有無と,動作時腰痛発症の関連を明らかにし,特にベッド上の移動介助動作が,動作の頻度・腰痛発症リスクともに高いことを示した点は本研究の意義である.これにより,看護師の腰痛予防戦略として,ベッド上の移動介助に関かわる移動補助具の導入が第一の課題である可能性が示唆された.本研究は,横断研究であり,またケア提供者に関する身長・体重・筋力等の生体情報を得ていないことから,移動介助動作時の腰痛発症について,そのメカニズムや要因を具体的に示すことはできない.今後は,ベッド上の移動介助によって,看護師が腰痛を経験するメカニズムを明らかにするための観察研究,基礎研究を行う必要がある.また,移動介助用具の適正使用と移動介助動作時腰痛の軽減効果の検証にあたっては,移動補助具が使用できない勤務上の理由を丁寧に記述し,看護師にとって実用しやすく,腰痛予防にも効果的な解決策を提示する事が必要であろう.そうすることで,日本の看護現場にNo lifting policyを普及できると期待される.

Ⅵ. 結論

1.移動介助動作時に腰痛発症について,動作時に「いつも感じる」という者が最も多かった動作は,「半分以上感じる」・「いつも感じる」の合計でも,「ベッド上体位変換」が最も多く43.9%,次いで「ベッド上水平移動」の33.4%であった.

2.移動介助動作の頻度で最も多かったのは「ベッド上体位変換」,次いで「ベッド上水平移動」であった.全ての動作で,動作頻度が高いことと動作時腰痛の発生頻度は弱い正の相関を示した(ρ = 0.26~0.33).移動補助具のうち,使用経験の多かったものはスライダーで,次いでスライドボード,スライドシートであった.移動補助具の適正使用は,本調査では概ね腰痛発症の頻度と関連しなかったが,「ベッド⇔ストレッチャー」時のスライダーについてのみ,動作時腰痛頻度の多さと関連した(P = 0.007).

利益相反:本研究における利益相反は存在しない.

著者資格:I.Tは,研究の着想,デザイン,データ収集・分析および解釈,草稿の作成に,Y.T・H.Mは,分析および解釈,研究プロセス全体への助言に関与した.すべての著者は最終原稿を読み,承認した.

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© 2016 公益社団法人日本看護科学学会
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