日本看護科学会誌
Online ISSN : 2185-8888
Print ISSN : 0287-5330
ISSN-L : 0287-5330
原著
がん患者の抑うつ状態に対する精神看護専門看護師によるケアの効果
―無作為化比較試験による検討―
野末 聖香宇佐美 しおり福田 紀子桑原 武夫石井 美智子福嶋 好重林田 由美子安藤 幸子上野 恭子下川 恒生
著者情報
ジャーナル フリー HTML

2016 年 36 巻 p. 147-155

詳細
Abstract

目的:がん患者の抑うつ状態を改善するためのケア・パッケージを用いた精神看護専門看護師による介入の効果を検討する.

方法:造血器腫瘍あるいは肺がんの診断を受け,化学療法目的で入院した患者を対象とした.うつ尺度(PHQ-9)によるスクリーニングで軽度から中等度の抑うつ状態にある対象者を介入群(n = 34)と対照群(n = 37)の2群に無作為に割り付けた.介入群には1回30分以上,週2回,合計4回の個別面接を実施し,対照群には心理教育パンフレットを手渡して,介入/観察前後の2時点で無作為化比較試験による評価を行った.

結果:二元配置分散分析の結果,両群とも有意にPHQ-9得点が改善した.加えて介入と時間の交互作用が認められ,介入群の改善度が大きいことが示された.

結論:ケア・パッケージを用いた精神看護専門看護師による介入は,がん患者の抑うつ状態の改善度を高めると考えられた.

Ⅰ. はじめに

わが国におけるがん患者のうつ病有病率は約3~10%で,うつ病予備軍と言える適応障害を含めると15~40%にのぼると言われている(明智・内富,2008).抑うつ状態になると,意思決定に障害が生じ治療に対するアドヒアランスが低下する(Colleoni et al., 2000),身体疾患の悪化や長期化を引き起こす(岸,2009),自殺率が高まる(Akechi et al., 2010),QOLが低下して身体疾患の治療に悪影響を及ぼす(Block, 2000)ことなどが指摘されている.2012年には「がん対策推進基本計画」が改定され,がんと診断されたときから身体的苦痛だけでなく不安や抑うつ状態等の精神的苦痛などへのケアを推進すべきことが明記された.

がん患者の抑うつ状態に対しては,薬物療法,精神療法,心理教育,認知行動療法,リラクセーション,エクササイズ,ピアサポートなどが行われている.その効果として,精神療法,認知行動療法,問題解決療法が有意に抑うつ状態を改善すること(Barsevick et al., 2002Newby et al., 2015),心理教育が抑うつ状態のマネジメント,睡眠障害,QOLに有効であること(Lee et al., 2014)などが示されてきている.そして看護師が心理社会的介入を実施した効果も示されている(Galway et al., 2012).しかしシステマティックレビューにおいて,がん患者の抑うつ状態に対する精神的介入には一定の効果はあると考えられるが介入研究の内的妥当性に課題があり,未だ十分な結論は得られていないという指摘がある(明智,2011Fors et al., 2011Newell et al., 2002).このような背景から,がん患者の抑うつ状態の予防,早期発見・早期対処のための支援システムを検討する必要があり,そのひとつに精神看護専門看護師(以下,精神看護CNS)の活用がある.研究者らは,精神看護専門看護師が不安や抑うつ状態にある患者への傾聴を行い,カタルシスを促進し,患者自身が自分の治療,病気や生活を見直し,再構築する支援を行いその効果を検討した.その結果,介入前後で抑うつ状態や不安が軽減しQOLが改善したが(宇佐美ら,2015),これは介入前後の変化をみたものであり,一定の有用性があると考えられるが検証には至っていない.

Ⅱ. 研究目的

本研究の目的は,がん患者の抑うつ状態を改善するためのケア・パッケージを用いた精神看護CNSによる介入の効果を無作為化比較試験により検証することである.

Ⅲ. 研究方法

1. 研究デザイン

無作為化比較試験

2. 対象者

関東圏,九州圏内にある3病院(大学病院,自治体病院,がん専門病院各1施設)に入院する造血器腫瘍あるいは肺がんの診断を受けた20~80歳の患者を対象とした.その選定は,造血器腫瘍患者ががん患者の中でも抑うつ状態に陥りやすく(計屋・倉恒,2006)精神的ケアのニーズが高いと言われている(Swash et al., 2014)こと,研究者らが先に行った前後比較研究(宇佐美ら,2015)で一定の効果が示された対象者が造血器腫瘍,肺がん患者であったことによる.選定要件は,化学療法を目的に2週間程度の入院予定で,主治医によって精神看護CNSの介入が可能な身体状態にあると判断された患者であり,入院治療の主目的が外科手術や緩和ケアではないこと,日本語での言語的コミュニケーションおよび自記式調査用紙への回答ができることとした.脳血管疾患,脳転移,認知症,せん妄がある患者および入院時点で既に精神科治療を受けている患者は除外した.

入院後,研究協力に同意が得られた患者に抑うつ状態を評価する質問紙(PHQ-9: Patient Health Questionnaire-9)を手渡して回答してもらい,その合計が5~14点(抑うつ状態が軽度~中等度)の範囲にあるものを研究対象者とした.重度を除外した理由は,重度レベルではほぼ精神科薬物治療が導入されるため精神看護CNSの介入効果が確認しづらいことによる.研究に必要な対象者数は,介入群と対照群のPHQ-9得点の差を2点,標準偏差を3点と設定し,2群の平均値の差の検定に必要な数を1群36名とした.同意した患者72名のうち病状が悪化した1名を除く71名(男性45名,女性26名)を無作為に割り付けた.割り付けは3施設ごとに情報管理者が乱数を用いた無作為割り付け表を作成し,封筒法にて行った.対象者の組み入れは精神看護CNSが行った(図1).

図1

フローダイヤグラム

3. 精神看護CNSによる介入

1) 介入群への介入内容

①介入の基盤となる理論

がんなどの身体疾患でうつ病を合併した患者へのケアガイドライン(National Institute for Health and Care Excellence, 2009)では,抑うつ状態にある患者すべてに対して,信頼関係を築くこと,共感などの基本的コミュニケーション,適切な情報提供や自分の状態を理解するための心理教育,継続的なうつのアセスメントなどが必要である,としている.そして,うつが軽度から中等度の場合は心理社会的介入(ピアサポート,認知行動療法,コラボレイティブ・ケアなど)が推奨されている.また,うつ病の治療においては,治療者-患者関係の形成がとりわけ重要で,急性期・導入期には共感的対応を基盤とし,うつ病の理解と必要な治療や好ましい対処行動を促すといった心理教育(賀古ら,2011),自尊感情を高め,自我機能や適応能力を維持し,高めるための支持的精神療法が推奨されている(日本うつ病学会,2013Winston et al., 2004/2009).これらの理論を背景に実施した前後比較研究でも,介入前後で抑うつ状態の改善効果が見られている(宇佐美ら,2009b).

②ケア・パッケージの構成と介入内容

これらの理論およびガイドラインに基づき,ケア・パッケージは,1)患者との信頼関係を築く,2)包括的アセスメントによる問題の整理,3)目標の共有,4)精神科薬物療法の理解,5)抑うつ状態と対処方法の理解,6)抑うつ状態への具体的対処方法の検討,7)患者の対処スキルの強化,8)面接の終結,の8つの中心テーマで構成した.ケア・パッケージの内容は,実施前に介入実施者(精神看護CNS)とともに検討した.介入内容は表1の通りである.支持的精神療法の理論と技法を用いて傾聴・共感・受容的態度で関わり,患者の自我機能と適応能力を高める働きかけは,介入初回の1)で丁寧に始め,面接の全プロセスにおいて実施した.2)で包括的アセスメントを行い,アセスメントは毎回の面接で継続的に実施した.心理教育の理論と技法は3),4),5),6),7)で用い,抑うつ状態の理解,要因の検討,目標の共有,抑うつ状態によって生じている生活上・療養上の問題への対処方法の検討,対処方法の実施と評価によるスキル強化を行った.認知行動療法の理論と技法は,6)7)で用い,自分自身の病気の捉え方や認知傾向を理解し,対処方法を具体的に考えて実施し,評価した.

表1 ケア・パッケージの実施時期と介入内容
時期 中心テーマ 介入内容
1回目 1週目前半 1)患者と信頼関係を築く ①患者に積極的関心を示す
②傾聴・共感・受容的態度で関わる
③安全感・安心感を持てるように関わる
2)包括的アセスメントによる問題の整理 ①患者の抑うつ状態が何によってもたらされているか患者とともに考える
②抑うつ状態が影響している生活上および療養上の問題を患者とともに考える.
③①②で整理した情報をもとに,患者の精神状態,自我機能,心理社会的な機能状態,対処スキル,抑うつの背景にある心理社会的問題を評価する
④抗うつ薬や睡眠導入薬などの薬物療法の必要性についてアセスメントする
⑤明らかな自殺念慮を抱いているか,自殺のリスクをアセスメントする
3)目標の共有 ①面接目標を共有する:抑うつ状態の軽減のための対処スキルを身につける
②面接目標を共有する:抑うつ状態に伴う生活上・療養上の困難を改善する
4)精神科薬物療法の理解(薬物療法が適応となる患者の場合) ①薬物療法が必要であるとアセスメントされた場合は,患者と話し合った上で,主治医と薬物療法の導入や精神科医へのコンサルテーションについて話し合う
②精神科薬物療法を併用して介入を行う場合には,薬物療法のアドヒアランスを高めるための心理教育を行う
2回目 1週目後半 5)抑うつ状態と対処方法の理解 ①患者が抑うつ状態について理解できるよう,パンフレットを用いて心理教育を行う
②抑うつ状態によって生じている生活上・療養上の問題に対する一般的な対処方法についてパンフレットを用いて心理教育を行う.
③一般的な対処方法のひとつとしてのリラクセーション法についてパンフレットを用いて心理教育を行う
3回目 2週目前半 6)抑うつ状態への具体的対処方法の検討 ①患者が現在受けている治療や療養生活上のストレッサーと心身の反応との関係について話し合う
②病気のとらえ方,自分のものの見方や考え方,将来についての見方,考え方など患者の認知の傾向と,現在の行動や対処,気分との関係について話し合う
③療養のために必要なセルフケア能力を維持し,自分の生活をセルフコントロールする方法ついて話し合う
④抑うつ状態への対処スキルを高めるために,患者が入院中に取り組める具体的で実現可能な計画を一緒に考える
⑤④で立案した計画を実行できるように励ます
4回目 2週目後半 7)対処スキルの強化 ①3回目に患者と話し合った計画の実施状況について話し合う
②患者の対処スキルを強化し継続できるよう,肯定的なフィードバックを通して患者の対処行動を保証する
8)面接の終結 ①対処スキル獲得のために面接の継続が必要だと判断され,患者の意向がある場合には,1~2回程度の面接の追加を患者と話し合い,計画する
②これまでの面接を患者とともに振り返り,精神看護専門看護師との関係を終結する

抑うつ状態は多くの場合,病名や診断の告知後2週間で自然に回復するが,その過程を辿れず回復が遷延化することが問題となる(秋月,2010).そのため本研究では入院早期に開始する2週間の短期的集中的なケア・パッケージとし,1回30分以上,週2回,合計4回の個別面接による介入とした(表1).なお,患者の状況によってケア・パッケージの進行には多少前後が生じてもよいこととした.

2) 介入実施者

介入実施者は研究メンバーであり各対象病院に所属する精神看護CNS 3名で,CNSとしての平均経験年数は8年(範囲3~18年)である.介入実施前に,用いる技法を確認した上で介入を行った.実際にケア・パッケージに沿って介入が行われることを担保するために,面接の都度実施した介入項目をチェックした.

3) 対照群

対照群に割り付けられた対象者には,精神看護CNSが,研究者らが作成した抑うつ状態の理解と対処に関する心理教育パンフレット「治療を受けていらっしゃる皆様へ~うつを予防・改善するために~」を手渡した.これは,①身体の病気と心の健康が繋がっていること,②ストレッサーとストレス反応,③治療中に生じやすいストレス反応,④抑うつ状態の理解,⑤抑うつ状態の予防・改善のための具体的対策,⑥薬物療法の理解,からなるA5版13ページのパンフレットである.対照群に割り付けられた対象者が介入群と同様のケアを希望する場合にはデータ収集終了後に実施することとしたが,希望者はいなかった.

4. アウトカム

1) アウトカム指標

アウトカム指標は,抑うつ状態である.抑うつ状態の評価尺度としてPHQ-9を用いた.PHQ-9は全9項目からなる自己記入式尺度で,点数が高いほど抑うつ状態のレベルが高いと評価され,NICEガイドライン(National Institute for Health and Care Excellence, 2009),米国精神医学会によってうつ病の評価尺度として推奨されている(American Psychiatric Association, 2013).合計点が0~4点はうつ傾向なし,5~9点は軽微~軽度,10~14点は中等度,15~19点は中等度~重度,20~27点は重度として評価する.PHQ-9は,診断的妥当性,有用性が示され(村松ら,2008),信頼性も高い(Wu, 2014).使用に当たっては,PHQ-9日本語版の研究使用と取扱に関して翻訳権者と覚え書きを交わし,使用許可を得た.

2) 個人属性と関連データ

個人属性として,年齢,性別,婚姻状態を,また身体状態が抑うつ状態に影響することから全身状態と痛みの程度を,それぞれNumerical Rating Scale(NRS)およびPerformance Status(PS)で評価した.NRSは痛みの程度を0~10の11段階で評価する自己評価尺度である(日本緩和医療学会緩和医療ガイドライン作成委員会,2010Williamson, 2005).PSは病気によって患者の日常生活が制限される程度を0~4の5段階で評価するもので,スコアが大きいほど制限が大きいことを指す(Oken et al., 1982).また,抑うつ状態を惹起する可能性があるステロイドの使用の有無,および精神科治療薬の使用の有無のデータも得た.

5. データ収集の手順

1) 患者への研究協力の依頼と同意

入院予約の時点で,主治医が対象者の要件を満たす患者を選定し,精神看護CNSが患者に研究依頼をすることの承諾を得た.患者の入院から1週間以内に精神看護CNSが患者を訪問し,研究協力依頼を行い,同意を得た.

2) データ収集の時期と方法

介入群はベースラインデータ収集時と4回目の面接が終了した時(介入開始から約2週間後)の2時点で,対照群はベースラインデータ収集時と心理教育パンフレットを渡してから約2週間後の2時点で行った.質問紙の配布および回収は,介入者である精神看護CNSが行った.データ収集期間は2012年7月~2013年12月末である.

3) データの管理方法

同一対象者のデータを連結するため,対象者に調査用紙を配布する際に,同一対象者に同一番号の仮IDがついた調査用紙を配布,回収し,精神看護CNSから情報管理者に郵送された後,データ入力する段階でIDを組み替えた.

6. データ分析方法

対象者の個人属性とベースライン特性については実験条件(介入群と対照群)別に記述統計を算出し,併せて2群間の個人属性とベースライン特性に差異がないことを確認するためにt検定,Mann-WhitneyU検定およびカイ二乗検定を用いて検討を行った.有意水準は5%とした.介入前後の比較については,抑うつ状態の重症度別にカテゴリ度数を算出し,PHQ-9得点の変化について各群でWilcoxonの符号順位検定を行った.PHQ-9得点の変化に対する介入の効果を繰り返しのある二元配置分散分析で検討するため,これを目的変数とし,実験条件(被験者間要因:介入群と対照群)と測定時点(被験者内要因:介入/観察前と介入/観察後)を説明変数にとり,一般線形モデルを利用して分析した.また効果量を算出した.統計ソフトはSPSS ver22.を用いた.

7. 倫理的配慮

研究協力にあたっては,介入群か対照群のいずれかに無作為に振り分けられること,対象者の自由意思を尊重し不利益を被ることなく拒否できること,途中撤回を保証すること,研究協力に伴い考えられるリスクとその対応,対象者のプライバシーや個人情報を保護すること,研究結果の公表方法について,研究依頼文書と口頭で説明し同意を得た.研究に先立ち,慶應義塾大学看護医療学部研究倫理委員会による承認(No. 189)および対象者が入院する施設の研究倫理審査委員会の承認を得た.

Ⅳ. 結果

介入群34名,対照群37名にランダムに割り付けられた71名を分析対象とした.

1. 対象者の個人属性とベースライン特性

両群間で個人属性,ステロイド使用の有無,痛みの程度(NRS),全身状態(PS)に有意な差はなかった.PHQ-9は,介入群の介入前平均得点が9.5(SD = 2.7),対照群の観察前平均得点が8.3(SD = 2.7)で,有意差は無かった(表2).

表2 対象者の個人属性とベースライン特性
介入群(n = 34)Mean ± SD/n(%) 対照群(n = 37)Mean ± SD/n(%) 検定統計量(P値)
年齢 56.5 ± 12.1 59.0 ± 11.7 t = –.86(.40)
性別 (男性) 24(70.6) 21(56.8) χ2 = 1.46(.23)
   (女性) 10(29.4) 16(43.2)
疾患 (悪性リンパ腫) 23(67.6) 20(54.1) χ2 = 1.51(.47)
   (白血病) 5(14.7) 9(24.3)
   (肺がん) 6(17.6) 8(21.6)
ステロイド使用 (有) 24(70.6) 24(64.9) χ2 = .35(.84)
        (無) 8(23.6) 11(29.7)
        (無回答) 2(5.9) 2(5.4)
痛みの程度 (NRS) 4.4 ± 2.8 3.8 ± 2.9 Z = 1.10(.27)
全身状態 (PS) 2.3 ± 1.2 2.0 ± 1.2 Z = –1.02(.31)
抑うつ状態 (PHQ-9) 9.5 ± 2.7 8.3 ± 2.7 Z = –1.72(.09)

Kolmogorov-Smirnov testによる正規性の検定を行った上で,年齢についてはt検定を,NRS得点,PS得点,PHQ-9得点の比較には,Mann-Whitney U testを用いた.

2. 抑うつ状態の変化と介入効果に関する検討

1) PHQ-9得点の変化に見る介入効果の検討

①介入群の介入前後における抑うつ状態の変化

介入群の介入前抑うつ状態の重症度別人数割合は,軽度うつ群16名(47.1%),中等度うつ群18名(52.9%)であり,介入後は正常群22名(64.7%),軽度うつ群10名(29.4%),中等度うつ群2名(5.9%)であった.PHQ-9得点の平均値は,介入前が9.6(SD = 2.6),介入後が4.2(SD = 2.9)であり,Wilcoxonの符号順位検定を行った結果,介入前後で抑うつ状態の有意な改善が認められた(Z = –4.49, P = .000)(表3).

表3 介入/観察前後のPHQ-9得点平均値の比較
測定時点 Mean(SD) Wilcoxonの符号順位検定
Z値 P
介入群(n = 34) 9.6(2.6) –4.49 .000
4.2(2.9)
対照群(n = 37) 8.3(2.7) –4.24 .000
5.8(3.0)

②対照群の観察前後における抑うつ状態の変化

対照群の観察前抑うつ状態の重症度別人数割合は,軽度うつ群25名(67.6%),中等度うつ群12名(32.4%)であり,観察後は正常群16名(43.2%),軽度うつ群17名(46.0%),中等度うつ群4名(10.8%)となった.PHQ-9得点の平均値は,介入前が8.3(SD = 2.7),介入後が5.8(SD = 3.0)であり,Wilcoxonの符号順位検定の結果,観察前後で抑うつ状態の改善が認められた(Z = –4.24, P = .000)(表3).

③介入効果の検討

両群とも介入/観察前後で有意にPHQ-9得点が減少していたことから,PHQ-9得点の変化に対する介入の効果を検討するため,これを目的変数とし,実験条件(被験者間要因:介入群と対照群)と測定時点(被験者内要因:介入/観察前と介入/観察後)を説明変数にとった一般線形モデルを適用した.その結果,測定時点の主効果は有意となり(F = 100.50, P = 0.000),測定時点と実験条件の交互作用効果も有意となった(F = 12.74, P = 0.001)が,実験条件の主効果は有意とはならなかった(F = 0.14, P = 0.711).そのため,実験前後におけるPHQ-9得点の変化を実験条件ごとに示したところ(図2),介入群と対照群ともに介入/観察「前」より介入/観察「後」のPHQ-9得点は改善していたが,対照群に比べ介入群の傾き,つまり改善度が大きいことが示された.また,介入による効果量は0.91であった.

図2

介入/観察前後におけるPHQ-9得点の平均値の変化と標準誤差

3. 対象者の介入/観察後の身体状態,精神科治療薬の使用状況

介入/観察後の時点において,両群間で痛みの程度(NRS),全身状態(PS),精神科治療薬の使用の有無を比較した.U検定の結果,NRS得点(Z = 1.10, P = .27)PS得点(Z = –1.02, P = .31)について両群間で有意差は認められなかった.介入/観察開始後の精神科治療薬の使用の有無についても,カイ二乗検定の結果,両群で有意差は認められなかった(χ2 = 3.06, P = .22).

Ⅴ. 考察

本研究では,入院時にPHQ-9によるスクリーニングで軽度から中等度の抑うつ状態であると判別された造血器腫瘍および肺がん患者を対象として,精神看護CNSによる抑うつ状態改善のための介入を行い,その効果を検討した.その結果,介入群は,介入終了時には64.7%が正常閾まで改善し,PHQ-9得点平均値においても有意な改善が認められた.介入による効果量も0.91と高値であった.一方対照群のPHQ-9得点平均値も有意に改善したため,介入群と対照群で改善の度合いの違いを見るために一般線形モデルを適用した.その結果,実験効果すなわち介入のみでは有意差は見られなかったが,実験条件と測定時点の交互作用が認められた.これにより,介入群の改善度が有意に高いと解釈できる.介入の主効果だけで有意差が認められなかったのは,介入群の介入前PHQ-9得点が対照群に比べて高かったため,介入による改善効果が相殺され,主効果としての有意性が見られなかったことが考えられる.また対照群にも心理教育パンフレットを渡していることの影響も考えられる.

通常,がんと診断されたり再発が告げられたりすると,患者は危機状態に陥るが,2週間以内に悲嘆や絶望感は改善し適応が始まって現実問題に取り組めるようになると言われている(内富,2011).したがって回復には時間による癒やし(自然回復)も必要だと言える.ただ,2,3ヶ月経っても自然回復ができずに10~30%は適応障害に,3~10%はうつ病に陥る(大谷・内富,2010)ことを考えると,精神看護CNSの介入により改善度が増したことから,介入は抑うつ状態からの回復を促進する効果があると考察できる.うつのスクリーニングと精神療法,薬物療法を組み合わせた“がん患者支援プログラム”を開発し試行した先行研究でも予備的有用性が示され(Okamura et al., 2000),患者自身のニーズを鑑みながら薬物療法,精神療法などを個別的,複合的に提供する介入方法の有用性が示唆されている(明智・内富,2006).今回実施した介入は,支持的精神療法,認知行動療法,心理教育のスキルを取り入れた複合的プログラムであり,患者の個別の状況,ニーズに合わせて目標を共有し,心身の苦痛に対する具体的な対処方法を患者とともに考え,患者自身が実施することを支える内容構成とした.また,抑うつ状態は多くの場合,病名や診断の告知後2週間で自然に回復するが,その過程を辿れず回復が遷延化することが問題となる.そのため,入院時に抑うつ状態をスクリーニングし,早期にケアを開始する2週間の短期的集中的なケア・プログラムとした.ただ医療現場の多忙さから介入のスタートとなるスクリーニングの実施可能性に課題があることが指摘されており(小早川ら,2011),現場での仕組み作りの検討が必要である.

本研究で用いたPHQ-9は他のうつのスクリーニング尺度に比べて感度および特異度が高いとされている(Löwe et al., 2004).また,DSM−Ⅳに基づくアルゴリズム診断と症状レベルの評価を同時にでき,精度が高いため看護師によるスクリーニングも十分可能であると言われており(村松ら,2008),臨床で使用する尺度として有効であると考えられる.しかし,軽度~中等度レベルのうつの場合,重度レベルよりも診断面で相応の専門的力量を要することも指摘されており(村松ら,2008),精神看護CNSには,抑うつ状態のスクリーニング後にアセスメントを行い,どのレベルの精神的ケアが必要であるかを判断し,ケアを実施するとともに,看護師との連携や治療に結びつける役割が期待されるであろう.

Ⅵ. 研究の限界と課題

本研究では,介入後の長期経過は追っておらず,介入の長期的効果は不明である.心理教育の効果に関する準無作為化パイロット研究で3週間後に介入効果があっても6ヶ月後には有意差が無かったという結果が出ており(Lee et al., 2014),今後は長期的効果に関する検討も必要である.また,抑うつ状態がより重症の患者への精神科リエゾンチームの介入効果をみた研究(宇佐美ら,2009a)では,介入後に抑うつ状態が改善したがその平均値は中等度の閾であったという結果が出ており,より重度閾のうつの患者への介入効果に関する研究も必要である.また,精神状態の変化に影響を及ぼす関連要因についても今後検討が必要である.

謝辞:本研究実施にあたり,闘病中にも関わらず快くご協力下さいました対象者の皆様,ご協力下さいました施設の皆様に心より感謝申し上げます.なお,本研究は平成22~24年度文科省科学研究費基盤研究(B)(代表 野末聖香)によって行われた研究の一部です.

利益相反:本研究における利益相反は存在しない.

著者資格:KNは研究の着想からデザイン,統計解析,分析解釈,原稿作成まで研究全体に貢献した.SUは研究の着想,デザイン,介入実施,データ入手と作成,分析解釈,原稿への示唆に貢献した.NFは研究の着想,デザイン,統計解析,分析解釈,原稿への示唆に貢献した.TKは統計解析の実施,分析解釈に貢献した.MIは研究デザイン,データ作成と管理,原稿への示唆に貢献した.YF,YH,TSは介入実施,データ入手と作成,分析解釈に貢献した.SA,KUは研究の着想,デザイン,分析解釈に貢献した.すべての著者は最終原稿を読み,承認した.

文献
 
© 2016 公益社団法人日本看護科学学会
feedback
Top