日本看護科学会誌
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原著
看護観が体験から発展するまでの看護師の思考のプロセス
畑中 純子伊藤 收
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キーワード: 看護観, 思考プロセス, 体験
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2016 年 36 巻 p. 163-171

詳細
Abstract

目的:看護観が自己の体験を通して発展するまでの看護師の思考のプロセスを明らかにすること.

方法:看護実践経験5年以上で,看護部長から看護観が確立していると判断された看護師を対象に半構造化面接を実施し,得られたデータは修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチを参考に分析した.

結果:17名の面接から8カテゴリーが生成された.看護観の発展には〈自己の看護が揺らぐ体験に直面〉をした看護師が〈体験との向き合い〉により〈自己の看護の考え方の広がり〉を得て〈めざす看護の定まり〉がなされる【看護観形成過程】と,その実現に向け〈看護ケア方法の探索〉をして〈めざす看護を意識した看護ケアの実践〉を行い〈看護ケアの承認による看護への自信〉を得る過程を繰り返し〈体験の積み上げによる看護観の確立〉に至る【看護観確立過程】があった.

結論:体験により内的に形成された看護観を意識した看護ケアの実践の積み重ねで看護観が発展していくことが示された.

Ⅰ. はじめに

近年の医療技術の進歩に伴う高度化や多様化ならびに医療ニーズの増大により,それらに的確に対応できる高度な看護技術の提供が看護師に求められている.Benner(2001/2005)は,看護師の専門的技能は経験と熟練によって変化するとして経験により獲得できる専門的技能の発達モデルを示している.また,薄井(1997)は,看護実践を支えるものが看護観であり,看護観は看護技術に表現され,看護の正しい発展には方法論や技術論のみならず看護観が必要であるとしている.ゆえに,高度な看護技術の提供には看護の専門的技能の発達のみならず,それを表現する基盤となる看護観の発展も不可欠であるといえる.

看護観は看護の理論や知識,経験からのみ生じるのではなく,個人的価値観を専門家としての役割に持ち込まれたものである(Thompson & Thompson, 1985/2004).したがって,看護観は看護師個々により同一のものとは同定しえず,看護技術の提供においても微妙な差異をもって表現されることもある.そのため,高度な看護技術の提供には,看護師自身が自己の看護観を発展させていく必要がある.

看護観については,看護学生は授業により変化したり(Francis et al., 1998),臨地実習を通じて形成されること(野戸ら,2005澤田・道廣,2006掛谷ら,2007當間,2014),看護師では看護体験から変化すること(鳥井・三上,2007坂井,2010)が明らかにされている.臨地実習も含めた看護実践という経験は,看護観の形成に影響を与え,看護観を発展させると考えられる.また,熟練看護師においては新人期の漠然とした看護観が経験を通して徐々に変化し,看護実践が自己の看護観の具現化に向かうとの研究(村瀬,2014)があり,看護観が熟練した看護実践の基盤となることが示唆されている.

これらのことから,経験は看護観を発展させ得ると推察できるが,看護師が体験をどのように活かし看護観を発展させるのかは明らかにされていない.看護師が体験から効果的に看護観を発展させることができれば,高度な看護技術の提供にもつながると考える.

そこで,本研究では,看護観が自己の体験を通して発展していくための看護師の思考のプロセスを明らかにすることを目的とする.

Ⅱ. 本研究における用語の定義

看護観:その人なりの看護に対する見方や信念であり,自己の看護行為の基盤となる考え方

Ⅲ. 研究方法

1. 対象

専門看護師および認定看護師が複数在職している病院,あるいは日本医療機能評価機構の認定を受けている病院に在職し,以下の1)2)の条件を満たす看護師で,研究協力への同意が得られた者を対象とした.

1)看護実践経験が5年以上の看護師

2)看護観を確立していると判断でき,高度な専門技能を有していると看護部長が評価した看護師

2. 調査方法

対象となる病院の中から,看護管理等を専門とし病院の実情に詳しい看護大学教授3名と研究趣旨に適合している病院を検討して決定した.

選定した病院の看護部長に研究依頼書を郵送し,研究協力の同意が得られた10施設の看護部長から対象者を紹介してもらった.対象者には書面にて説明し,研究協力の内諾が得られた対象者に個別に連絡をとり,相談の上,面接日時とプライバシーを保持できる面接場所を決定した.面接時に再度研究の趣旨,方法および倫理的配慮について書面を用いて口頭にて説明し,同意を得た.

面接は看護観に影響した体験と看護観が変化していくプロセスについて自由に語ってもらえるように半構造化面接とした.インタビューガイドは看護経験20年以上の看護師2名にプレインタビューを行って修正した.面接内容はそのプロセスが明らかになることを意図して,看護観に影響した体験,その体験のどういうところがこれまでの看護観を変化させたか,どのように看護観が変化したか,納得のいく看護観に変わっていくまでの自分自身の中での思考の動きとし,さらに看護観が変化していく過程で周囲から得た具体的援助と看護観を発展させるために得たい援助についても質問した.

研究参加者に1回のインタビューを実施した.調査期間は平成26年2月~10月であった.

3. 分析方法

本研究では,看護師の看護観が体験からどのように発展していくのか,そのプロセスを明らかにして具体理論の生成を行うために,修正版グラウンデット・セオリー・アプローチ(木下,20032007)の手法を参考に分析した.体験から看護観が発展するまでの看護師の思考のプロセスを分析テーマとし,体験により看護観が変化して,それに基づく看護ケアを実践していることが語られた看護師を分析焦点者として,以下の手順で分析した.

①データを熟読し,テーマに関連する箇所を抽出した後,その意味を解釈して定義し概念名をつけた.

②他のデータから類似した箇所を抽出し,それらのデータを定義に照らして検討して概念を最適化した.

③概念相互の関係を検討し,複数の概念の関係から形成されるカテゴリーを生成し,カテゴリー相互の関連性を示す結果図を作成した.

④カテゴリー相互の関係と全体の結果の統合性を検討し,不足がないと判断したときを理論的飽和とした.

4. 研究の信用性および確実性の確保

研究協力者にそれぞれの逐語録およびストーリーラインを確認してもらい,データの信用性および分析の確実性に努めた.

5. 倫理的配慮

本研究は岩手県立大学大学院看護学研究科研究倫理審査会の承認(承認番号2014-D002)を得て実施した.研究参加者には,自由意思による研究協力,研究協力撤回の権利,個人情報の保護,厳重なデータの取扱い,結果の公表,インタビューの録音について書面と口頭にて説明し,同意を得た.

Ⅳ. 結果

1. 分析対象者の概要

10名の看護部長から計20名の看護師を紹介してもらい,研究協力の得られた18名にインタビューを行った.そのうち,看護観に基づく看護ケアの実践が語られなかった1名を除き,17名(以下,研究協力者)を分析対象者とした.その内訳は,女性15名,男性2名,年齢は27~45歳(平均33.1歳),看護師経験年数は5~24年(平均10.6年)であった(表1).1人あたりのインタビュー時間は30~60分(平均43.5分)であった.

表1 分析対象者の概要
No 性別 年代 看護師経験年数  勤務科 職位・資格 勤務地域
1 20代 6 混合 スタッフ 東海
2 20代 7 循環器 スタッフ 東海
3 20代 6 脳神経外科 スタッフ 関東
4 30代 12 緩和ケア 認定看護師 関東
5 30代 9 整形外科 スタッフ 関東
6 30代 10 混合 認定看護師 関東
7 30代 10 混合 スタッフ 東海
8 20代 5 循環器 スタッフ 東海
9 20代 5 整形外科 スタッフ 東海
10 40代 22 精神 看護師長 関東
11 20代 6 精神 スタッフ 関東
12 20代 7 混合 スタッフ 東海
13 30代 15 看護部 CNS 関東
14 40代 9 精神 主任 東海
15 30代 15 化学療法外来 認定看護師 東北
16 40代 24 精神 主任 東海
17 40代 13 化学療法外来 スタッフ 東海

2. 分析結果

分析から26個の概念が生成され,8個のカテゴリー(以下〈 〉内に表示)に統合された.

体験から看護観が変化するには〈自己の看護がゆらぐ体験に直面〉し,それにより引き起こされた感情を抱えつつも〈体験との向き合い〉をしようとする態度が必要であった.そして,体験の振り返りや他者への相談という行動を起こし,自己内で体験と自己の看護の考え方との間で交流しながら考え,新しい気づきを得ることで〈自己の看護の考え方の広がり〉が起きた.その気づきが概念化され,自己の看護に反映できるような考え方に変わり〈めざす看護の定まり〉となった.ここまでは,研究協力者が自分自身または他者の援助を受けながら行った自己の内的な過程であった.

さらに,研究協力者はめざす看護を実践するための〈看護ケア方法の探索〉をしながら〈めざす看護を意識した看護ケアの実践〉を行った.それを患者の反応から自己承認できたり他者承認されることで〈看護ケアの承認による看護への自信〉をもて,これら3つのカテゴリーを繰り返し,時間をかけて〈体験の積み上げによる看護観の確立〉に至った.

看護観は,内的にめざす看護が形成される過程と患者への直接ケアによりめざす看護が強化されていく過程を経て発展していた(図1).

図1

看護観が体験から発展するまでの看護師の思考のプロセス

以下,カテゴリーごとに概念(以下〔 〕内に表示)とインタビューデータ(以下『 』内に表示)を用いて説明する.

1) 自己の看護がゆらぐ体験に直面

研究協力者が保持していた看護観に影響を与える〈自己の看護がゆらぐ体験に直面〉することが,自己の看護を考えるきっかけとなっていた.その体験には,患者-看護師間における体験と,看護師自身の中で葛藤したり反省するような内的体験があった.

患者-看護師間における体験は『怒りの反応をされて,これまで捉えていたその人と,その反応はすごくギャップがあって驚いて「何で?」って真っ白だった』『自分と苦しんでる患者さんと部屋に2人で居ることが苦しくて,機械的に振る舞って』というように,患者への直接看護ケアの場面で患者からの思いがけない反応により驚きや困惑などが生じると共に,自己の看護方法では対応できずに〔看護師としての自分が揺さぶられる〕体験であった.

看護師の内的体験は,ひとつの看護場面から『そこに気づけなかった,患者さんがそれを言える状況をつくってあげられなかった』と申し訳なく思ったり後悔したりするものや,日常の数多くの類似の看護場面から『大変な治療をして術後の後遺症的なものをいっぱい背負って頑張ったのに,1年以内に再発して亡くなっていく現実があって,治すために必要なケアを指導していくことに不全感を感じた』と自己の看護ケアが不十分だと感じ〔看護ケアへ不全感を抱く〕もの,さまざまな看護場面で『それがちゃんとその人にとっていい看護やったかどうか』と看護ケアへの疑問が生じ〔看護ケアを惑う〕ものがあり,看護ケアを通じて自己の看護の見直しを迫られる体験であった.また,病棟の異動や患者の病態の変化により『どういうふうに対応して行ったらいいのか』とこれまでの看護方法では対応できずに日常の看護場面で〔看護方法がわからず悩む〕ことや,実際に求められる看護実践の中で『自分の看護観とギャップみたいなものを大きく感じて,3年間悩みました』と悩む体験が続いたり,『自分の看護に対する考え方を言って先輩看護師とぶつかる』ことで〔自己の看護観と現実の看護の違いに悩む〕という自己の看護観と直面する体験があった.

2) 体験との向き合い

看護がゆらぐ体験は不安や困惑などの感情を引き起こしたが,研究協力者はその感情を抱えつつ〈体験との向き合い〉を選択した.

研究協力者は『ショックやったんですけど.どうしようと思ったときに「怒ってしまって」みたいな感じで先輩に相談して』『チーム内で相談したら,みんな同じように思ってて.じゃあ,そのためにどうしたらいいかっていうのもみんなで話し合った』と体験を同僚や先輩などに話したり相談したりして〔感情のゆらぎを抱えつつ体験に向き合う〕行動をとった.しかし,経験を重ねると『そんなうまくいくもんではないっていう考えが,ここでやっと持てるようになってきた』『その状況はその状況で受け入れていました』と感情が大きく揺らぐことはなく『他の看護師の意見も伺っちゃいます』『駄目か,じゃあ,どうしようかな』と直ちに〔体験を生じさせた問題解決へと向かう〕行動をとった.

一方『何か怖くて逃げちゃったとこあったんですよね.行けなくて,なかなか』と患者と物理的・心理的な距離をとって感情が揺さぶられないようにしたり,『納得じゃなく受け入れるしかないような感覚だった』『現実の看護への疑問を感じているのが辛いので,まあいっかって思うときもある』というように心のバランスをとることを優先した場合は〔体験と心理的距離をおく〕ことになった.

3) 自己の看護の考え方の広がり

研究協力者は体験に向き合い,内的に体験と自己の看護の考え方とのやり取りを通じて,自己の看護の考え方に影響する新たな気づきを得ることができた.

研究協力者はその問題を解決しようと,書籍や研修などから学んだり『どうやって看護したらいいのか』と探し続けて『これが寄り添う看護なんだ』と〔体験に適応する看護を見出す〕ことになったり,体験した看護場面を『自分はなんでそんなことをしてしまったのだろうか』『それではあかんのだな.どうしてだろう』と内省したり,書籍や他者からの意見により知識を増やし『患者さんや家族にとっていいと思うことをやっていくことが看護なのに,それが自分はできていなかったんだなってことに気がついて』『患者さんに気持ちを伝えられなかった自分がいた』と〔自己の看護に対する新たな気づきを得る〕ことになった.また,上司から『その考え,おかしいんじゃないか,みたいな投げ掛けがあった』『私はこう考えるけど,あなたはどう考える?』と問いかけられて,自己の看護の考え方に向き合わされ『ああ,自分はこんなふうに考えていたのか』と意識していなかった〔自己の看護の考え方を認知する〕ことになった.

しかし『どう対応していいかが分からなかったので先輩に相談して,助言をもらって,そうかと思えた』『自分が持つ手はなかったので教えてもらって「ああ,そっか,そっか」って腑に落ちた』というように,問題を考えるための知識をもたない場合は,上司・先輩・後輩に相談して,その意見を自己内に取り入れ〔看護の見方が広がる〕ことになった.

さらに『ナースコールが頻回の患者さんの思いをしっかり聴いて受け止めたら,何日経っても患者さんが自分のことを覚えていてくれた』というような患者の役に立ったと思える体験では,『患者さんとしゃべるだけでも関わるだけでも楽になるんかなと思うと泣けてきた』と直接〔体験から大切にしたい看護に気づく〕ことができた.

一方,すぐには解決できない問題は『自分の範疇を超えると,ちょっと置いとく』というように一時的に〔体験からの問題への思考を中断する〕ことをして,体験を自己の課題として残した.

4) めざす看護の定まり

研究協力者は,気づきをさらに自己の看護に反映させる考え方に変えて『相手の反応を見つつ関わっていかないと駄目なんや』『その人のことをよく知って関わっていくのがケアになる』と〔自己の看護の考え方に追加する〕ことをしたり,『治療を中心に考えていたんですが,QOLの方が大事なんじゃないか』『身体的なケアももちろん大事ですが,精神的なケアの方が重要なんじゃないか』というように〔自己の看護の考え方を修正する〕ことをした.そして,『患者さんが苦痛じゃないような患者さんにあった関わりをしよう』『安心も信頼もあると思うんですが,笑顔になってもらえる看護がしたい』というように今後の〔看護の方向性を定める〕ことになった.

しかし,患者に役立ったと思える体験の中には『その人が落ち着いてきたことがなぜなのか,そのときはピンときてなかった』というように行った看護ケアに対する〔患者の反応の意味づけをしない〕場合は,看護の考え方には反映されなかった.

5) 看護ケア方法の探索

研究協力者はめざす看護の実現に向けて『どういうふうにしたら患者さんは安心できるのだろうか』と,自己の経験や書籍や研修による知識から考えたり,『この先輩だったらどうするんやろな』と想像して〔適用できそうな看護ケア方法を探す〕ことをした.また,他者から具体的な声掛けや方法を助言してもらったり,良いケアをしていると思う看護師の『関わっているところを横から見たり,見せてもらったり』,看護観に沿った『成功体験とかが増えてくると,もっとってなって自分が勉強する支えになって,看護倫理に対して足りないなとか,患者さんのお話を聞くっていう引き出し方が足りないんだな』と〔具体的な看護ケア方法を学習する〕ことをして,めざす看護を実現するための〈看護ケア方法の探索〉を行った.

6) めざす看護に沿った看護ケアの実践

めざす看護が定まると『すごく意識して,関わりをすごい大事にするようになった』『自分の癖みたいなものはちょっと置いておいて,相手の立場で返事をする』というように行動を変えて〔めざす看護を意識しながら実践する〕ことをした.

しかし,うまくいかないと『これだけじゃきっといけないんだとか思って,探して,また勉強して』『2回目でうまくいかなかったことが3回目こういうふうに関わったらうまくいった』と〈看護ケア方法の探索〉に戻り〔試行錯誤しながら看護ケアを実践する〕ことをした.

7) 看護ケアの承認による看護への自信

その中で『こちらが変わると患者さんも変えてくれるので,患者さんと関わって実感して』と患者の反応から看護ケアを肯定できたり,『患者さんが良くなっていくことで,これをやってて良かったな』と患者の回復状況から自分が行った〔看護ケアを自己承認する〕ことができた.また『こうよかったよとか客観的に言ってもらえると自信につながったり積極性につながる』『先輩から患者さんの家族からのプラスのフィードバックを言ってもらって,やっていることがよかったんだって思えた』とめざす看護に沿った看護ケアに対して,先輩・家族・患者からのプラスの評価を受け〔他者承認により自己の看護に自信をもつ〕こととなった.

8) 体験の積み上げによる看護観の確立

しかし『ある程度自信をもっている部分ももちろんあるんですけど,自分の価値観で培ってきた看護観なので,まだ模索しながら』とすぐには看護観が固まってはおらず,『寄り添おうと自分が考えて接したことで,それで患者さんが楽になってという成功体験が増えてくると,その積み重ねが支えになる』『揺らぎながらもちょっとずつは固まって,頭で思っていることが体験として形作られてくる』というように〔めざす看護に沿った体験の積み上げにより看護観が強化される〕ことになり,『体験して,絶対にこれを守っていかなきゃいけないんだという感じです』『今は,これが自分の看護観だってはっきり言える』と〔体験により看護観が確立する〕ことになった.

Ⅴ. 考察

研究協力者から語られためざす看護は,それぞれの看護ケアの基盤となるものであり,看護観が表現されたものと考えられた.研究協力者は体験と自己の看護の考え方との内的な相互作用により,これまでの看護では対応できなかった自己の看護への気づきを得て,それを自己の看護の考え方に融合し,それにより看護観が形成された.そして,看護観を意識した看護ケアの実践の継続とその承認を通して,看護観はより堅固なものとなった.つまり,看護観が形成されたのみでは看護観は固まっておらず,実践の中で看護観を肯定できる体験を積み上げていくことで看護観が強化されていくのである.したがって,看護観の発展は新たな看護観が内的に形作られる【看護観形成過程】と実践により看護観が固まっていく【看護観確立過程】の2つの過程により達成されると考えられた.

また,研究協力者が『看護観をつくろうと思って仕事をやっているわけではなく,結果ですもんね』というように,看護観は研究協力者が体験を生じさせた問題を解決しようとする主体的な行動の中で,体験と自己の看護の考え方との交流を通じて形成され,それを実践に活かすための行動を起こし,看護観を肯定できる体験を積み重ねることで確立していた.

1. 看護観形成過程に影響した要因

看護観に影響を与えたのはこれまでの看護観やそれに基づく方法ではうまく対応できずに自己の看護観と向かい合うことが求められた体験と,無意図の看護ケアがよい対応につながった体験の2つがあった.畑村(2007)は,人間は成功からはその方法を学習できるが,どうして失敗しないのかはわかっておらず,失敗によりその理由や失敗しないための方法を考え,いつしか失敗しないこととの因果関係を理解するとしている.うまく対応できずに自己の看護がゆらぐ体験は失敗に属する体験であり,研究協力者はその理由やそれに対応するための方法を考えなければならなかった.また,その体験はその基盤にある自己の看護観を揺るがすものであり,単に体験への対処方法を考えるという方法論的な対応に止まらず,看護ケアと看護観との関係を捉え直す必要に迫られた.しかし,患者に役立つ看護ケアとなった成功に属する体験では,成功した理由を考える必要には迫られず,行った看護ケアの必要性が実感された場合のみ,研究協力者は新たな看護観を導き出していた.したがって,看護観の形成には自己の看護観を揺るがされたり,重要な看護ケアだと認識することのできる体験が必要であったと考えられた.

看護がゆらぐ体験は感情の揺れを生じさせたが,対人支援を行う看護では揺らぎながらもその問題と向き合うことが求められ,研究協力者はそのための行動を起こした.心の揺らぎは混乱や不安を生じさせるが,変化・成長・再生の契機でもあるとされ(尾﨑,1999),研究協力者は感情の揺らぎを抱えながらも,成長につながる行動をとったことになる.しかし,周りに話したり相談する支援希求型行動や問題解決型行動は感情の自己調整のための行動でもあり,特に問題解決型行動はその問題への適応的対処で,より社会的で成熟した感情調整行動であるとみなされている(Saarni, 1999/2005).研究協力者は無意識のうちに感情を安定させようと行動したとも考えられるが,感情の揺れが行動の原動力になるのであれば,その行動として問題解決型を選択できるような体験に向き合おうとする態度が,看護観が変化するために必要であるといえよう.

体験に向き合った研究協力者は,問題解決のために体験に適応する看護を探し続けたり,内省したり,他者に相談することで自己の看護の考え方を広げることになった.Benner(2001/2005)は,看護への固定的な観念や理解を改善したり修正する出来事を生み出すのは,看護師がそれまでに培っている知識との具体的な相互作用であるとしており,研究協力者は体験と自己の看護の知識との相互作用を通じて,体験からの気づきを得て,これまでの看護の考え方に追加したり,修正できたと考えられた.また,看護師が患者の行為を知覚したときの看護師の思考には,それへの解釈や意味づけが既に反映しており(Orlando, 1961/1964),それにより選択される看護ケアにも看護師の考え方やその根底にある価値観が作用し,それが看護師-患者間の体験を作り出すことになる.ゆえに,それからの問題の解決には看護ケアの分析のみならず,看護師自身の看護の考え方や価値観を自覚することが必要となる.本研究で語られた他者からの援助を受けながらの看護師自身の考え方の検討は,看護師がなぜそのように考えたのか,どうしてその看護ケアを選択したかのより深い内省となり,自己の看護観を見つめることにつながったと推察された.

形成された看護観は,特定の看護ケアのみに適合するものではなく,今後の自己の看護全般に適用できる抽象度の高いものであった.Kolb(1984)は,経験による学習では,体験から得られた教訓を抽象的な概念や仮説に変えて,それを新たな状況に適用していく必要があるとしている.研究協力者は体験からの気づきに留まらず,自己の看護の考え方が広がったことで抽象的な看護観にまで昇華でき,それにより広範囲な看護場面に活用可能なものになったと考えられた.

2. 看護観確立過程に影響した要因

看護観確立過程は,形成された看護観に基づき実践することで適用できる看護ケアを獲得して,自己・他者承認を受けながら自信を得て,看護観が堅固になっていく過程である.体験から形成された看護観は,具現化されなければ実践に反映されず,看護観が発展したことにはならない.本研究でも,研究協力者は体験から形成された看護観に基づく看護ケアを実現できたことで,新たな看護観を肯定的に実感できていた.ゆえに,看護観を確立するには実践による看護観の検証が不可欠であるといえよう.

抽象化された看護観の実現には,具体的な看護ケア方法が必要となる.研究協力者はそのための看護ケア方法の探索を行った.抽象化された看護観であっても,その元になる具体的な体験があり,研究協力者はその体験からの問題を解決するための看護ケア方法を探すことになろう.問題の解決には,その状況と目標の状態の差をなくすこと(安西,1982),つまり体験と看護観が実現されている状態との差をなくすことが必要となる.そのために,研究協力者は他の看護師からの助言,看護ケアの観察などさまざまなやり方で具体的な看護ケア方法を学んでいた.しかし,それらの中から適用する方法を選択するのは看護師自身である.その意思決定には目的と目標の設定が重要である(中島,1990)とされるように,看護観が定まることでそれに合致していると思える看護ケア方法の決定が可能となったと考えられた.

しかし,看護ケア方法は実践してみなければ適用できるかどうかは分からない.山鳥(2002)は,知識として形づくられた方法は,実践することでより形がはっきりしてきて曖昧な部分が分かるとしており,本研究でも,実践することでうまくいかない部分が分かり,さらに試行錯誤しながら看護ケア方法の獲得に至った.このように,看護観を具現化できる看護ケア方法を試みることは,形成された看護観の適正を検証することにもなる.

そして,研究協力者は患者の反応などから行った看護ケアを自己承認した.平瀬・小原(2007)は,看護ケアの自己承認には自分自身の判断を信じ実践することが重要であり,その効果について患者からの直接のフィードバックや同僚や上司による他者承認を得ることで,自己への看護実践の承認を高めていき,信念を育てるとしている.本研究でも,めざす看護に基づいた看護ケアを実践し,その効果への他者承認を得られたことが看護ケアへの自信となり,より強固な看護ケアへの自己承認をもたらし,それが,看護観を肯定していくことになったと推察された.

そして,看護観に沿った看護ケアを実践し,揺らぎながらも成功体験を積み重ねることで看護観が堅固なものへとなっていった.村瀬(2012)は,看護観を意識化し,その看護観に依拠して看護を実践して,それから得られた経験から看護観の内在化・外在化を繰り返しながら統合することで看護観が変遷するとしている.本研究でも体験から内的に看護観を形成し,それに基づく看護ケアの実践により看護観が発展しており,村瀬(2012)のいう内在化・外在化の一過程が展開されていた.なお,本研究はひとつの看護観の確立までの過程であり,確立後も更なる体験により看護観が新たに形成される可能性はあり,今後もこの過程を繰り返すことで看護観が発展し続けると考えられた.

Ⅵ. おわりに

体験から看護観が発展するための看護師の思考のプロセスは,体験から自己の看護の考え方が広がる気づきを得て,その抽象度を高め看護観を形成する内的な過程と,その看護観に基づく看護ケアを実践して承認するという体験の積み上げにより看護観が確立されるという実践の過程から構成された.

このプロセスを踏めるような支援を行うことにより,看護師が体験を効果的に活かして看護観を発展させ,看護技術に反映できると考える.

Ⅶ. 研究の限界と今後の課題

本研究の対象者は一定条件を満たした病院に在職し看護部長から看護観を確立していると判断された看護師であった.今後は対象施設および対象者を広げ,さらに検討を加える必要がある.

謝辞:研究にご協力いただきました看護師の皆様,本研究にご尽力いただきました看護部長および看護大学教員の皆様に心より感謝申し上げます.

利益相反:本研究における利益相反は存在しない.

著者資格:HJは研究の着想からデータ入手,分析および草稿の作成;IOは原稿への示唆および研究プロセス全体への助言.両者は最終原稿を読み承認した.

文献
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  •  鳥井 美佐, 三上 れつ(2007):看護学生・後輩看護師のモデルとなる看護師の看護観と体験に関する研究,日看会論集:看管理,37, 302–304.
  • 薄井坦子(1997):科学的看護(第3版),日本看護協会出版会,東京.
  • 山鳥重(2002):「わかる」とはどういうことか―認識の脳科学(第1版),筑摩書房,東京.
 
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