2016 年 36 巻 p. 172-178
目的:事例に対する援助を計画し他学生の前で説明・実施する授業(以下,演示)が,看護技術の学習にどのような効果をもたらしたか明らかにする.
方法:看護系大学2年次生を対象に,シミュレーターを用いた気管内吸引の技術演習の後に演示を行い,各学習後に到達目標に沿って学生が自己評価した.到達目標は,独自に設定した,認知領域,精神運動領域,情意領域で構成された27項目であった.
結果:同意が得られた50名のうち37名の回答を分析した.技術演習後と演示後の到達目標得点を比較すると,全体および3領域の得点は演示後に増加した(P < 0.01).
結論:演示は,個人学習,グループワーク,説明・実施および学生相互の質疑応答を通して,既存の知識を引き出し,実施と関連付け,知識・技術・態度の統合を推進する効果があると推察された.また,事例の設定や患者役を設けたことから,患者への配慮や個別性・患者主体の看護の必要性の学びに繋がったと考えられた.
医療技術の高度化と複雑化が加速している臨床現場において,患者への医療の最終実施責任を負うことの多い看護職に対する医療の安全性の確保や患者中心のケアへの期待が高まっている(飯田,2004;横尾,2004).臨床現場では,採血や点滴静脈内注射,気管内吸引などの生体侵襲を伴う看護技術の習得は必須であり,従来,看護基礎教育において,臨地での看護師が実施する場面の見学や,学生が直接,患者に援助を行うことを通して,看護技術を理解し,技術を習得することが有効な学習法として取り入れられてきた.臨地実習における経験割合の高い学生は技術に対する自信度も高い(浅川ら,2008).
しかし,患者の安全が重要視される中で,無資格の看護学生が,生体侵襲を伴う看護技術を患者に実施することは,法的にも倫理的にも難しく,臨地実習で実施することが難しい生体侵襲を伴う看護技術の学習方略の工夫が求められている(厚生労働省,2011).
気管内吸引は,生命維持に直結しており,患者の苦痛を伴う技術であるため,確実な技術習得が求められる.看護基礎教育終了時の学生が臨地実習において気管内吸引を経験(実施または見学)した割合は約7割(浅川ら,2008;末永ら,2005)であり,大卒の新人看護師の3割が就職後に困難と感じている(登喜ら,2008).気管内吸引は,気管カニューレの構造の理解や,吸引時にカテーテルチューブがどこまで挿入されているかなどを推測することが難しく,新卒看護師の気管内吸引技術の習得において「必要な知識の理解」や「実施の手順の理解」について困難を感じている(桂川ら,2009).一方,卒業後の気管内吸引実施の自己評価は,学内授業終了時の技術習得度と関連があった(中谷ら,2004)との報告もあり,学内授業での学習法の工夫が必要であると言える.
Rodney Peytonのthe four-step approachは,トレーナーによるデモンストレーションや学習者の実施だけでなく,学習者自身が他の学習者やトレーナーに対し,技術内容を説明したり実施することで,効果的に技術習得できる学習法(Peyton, 1998)とされている.近年,医学生や研修医などを対象とした技術教育に活用されはじめている(Lake & Hamdorf, 2004;Markus et al., 2011).本研究では,従来の気管内吸引の技術演習に加え,気管切開患者事例への気管内吸引援助計画の立案,他学生や教員の前での説明や実施(演示),質疑応答,などを行う学習を行った.技術演習に加え,他の学生や教員へ技術内容の説明や実施をすることは,気管内吸引の技術の向上や,知識・技術・態度の統合に繋がると仮説を立てた.演示が,気管内吸引の技術習得にどのような効果があるのか明らかにすることを目的とし,学生の自己評価を用いて検証した.
技術習得の程度:独自に設定した,認知領域9項目,精神運動領域13項目,情意領域5項目の合計27項目を気管内吸引の到達目標とし,用紙を用いて調査した学生による自己評価.
技術演習:シミュレーターを用いての実施を通して,気管内吸引の方法を理解し,技術のポイントとその根拠を学ぶ学習法.
演示:学生が計画した事例患者への看護援助を,他の学生の前で実施すると共に,実施時のポイントや実施理由,根拠を説明することで,技術習得を高めることを目指した学習法.
研究デザインは1施設における学習実施前後の比較による評価研究(仮説検証型研究)である.研究対象は看護系大学2年次生64名,単元の学習と調査は2011年11月~12月に実施した.
1. 学習の進め方(表1)1)講義・VTR視聴(80分):気管内挿管や気管切開をしている人の状態,気管切開を受けた患者の看護(コミュニケーションの取り方,感染予防,カフ圧の管理など),気管内吸引の必要性と実施時の留意点,喀痰について,などを座学にて学習した.
方法 | 内容 | 時間 | |
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講義・VTR視聴 | 気管内挿管や気管切開をしている人の状態,気管切開を受けた患者の看護(コミュニケーションの取り方,感染予防,カフ圧の管理など),気管内吸引の必要性と実施時の留意点,喀痰について,など | 80分 | |
技術演習 | 全学生がモデル人形を用いて気管内吸引を実施 | 80分 | |
↓ | |||
自己学習,グループワーク | 学習課題 事例に対する①アセスメント,②気管内吸引の計画立案,③看護の実際,④看護師の行動・行為の目的や理由の説明内容,の検討 (1グループ5~6名,合計12グループ) |
授業時間外 約1ヶ月間 |
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↓ | |||
演示 ・12グループ発表 ・各グループ 演示5分,質疑応答5分 |
・患者役は,模擬皮膚に市販の気管切開チューブを挿入し模擬痰を注入した装着型気管切開孔を装着 ・看護師役は吸引の実施 ・説明役は実施理由や根拠,実施時のポイントの説明 ・教員は理由,根拠,方法の一連の過程に一貫性があれば,方法は複数あっても良いとの旨のコメントの実施 |
200分 | |
まとめ | ・「演示を通して学んだこと・考えたこと」の記入 | 10分 | |
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2)技術演習(80分):教員のデモンストレーション後,全員が,タスク・トレーナー(京都科学 吸引シミュレーター“Qちゃん”)またはシミュレーター人形(京都科学M75B万能型成人実習モデル“さくらII”)に対し気管内吸引を実施した.
3)グループワーク(授業時間以外,約1ヶ月間):気管切開を受けている事例患者への気管内吸引を含む援助計画を各自で立案したものを持寄り,その後グループで計画した方法で実施できるよう練習した.
4)演示と質疑応答:グループで計画した事例患者への気管内吸引を,他の学生の前で実施した.患者役は,基礎看護学教員が作成した,装着型気管切開孔(模擬皮膚に市販の気管切開チューブを挿入し模擬痰を注入したもの;図1)を装着し,看護師役は気管内吸引を含む援助を実施した.同時に説明役が実施時のポイント,実施理由や根拠の説明をした.患者役,看護師役,説明役は全て学生が担当した.グループで大切と思う点を中心に演示を5分間行い,終了後に,見学した学生と実施グループ学生間で質疑応答を行った.
使用した装着型気管切開孔
左上:おもて面.本物の気管切開チューブ使用.左下:うら面.気管切開チューブの先端にビニールを装着し模擬痰を注入し実際に吸引可能とした.右:装着時.
気管内吸引の到達目標は,基礎看護学教員4名により,看護技術に関する書籍,先行研究などを参考に設定した.技術の到達目標はBloom et al.(1971/1980)の教育目標分類に基づき,認知・精神運動・情意の3領域から構成し,認知領域9項目,精神運動領域13項目,情意領域5項目の,合計27項目とした.項目ごとに,できる(4点)~できない(1点)の4段階評価とし,学生が自己評価した.得点が高いほど技術習得できていることを示す.
調査1回目は技術演習後に,調査2回目は演示後に実施した.調査用紙は授業終了後に配布し,学内にボックスを設置し回収した.
3. 分析方法到達目標得点の技術演習後と演示後の比較には,記述統計量(Mean ± SD, Median)を算出しWilcoxonの符号付順位検定を用いた.有意水準は両側検定でP < 0.05とした.統計には統計解析ソフトSPSS for Windows ver. 21.0Jを用いた.
4. 倫理的配慮対象者には研究目的,研究参加の任意性,調査を拒否・中断した場合でも成績に影響しないこと,匿名性保持などについて,2回の調査毎に文書を用いて説明した.調査用紙の回収は教員不在の場所にボックスを準備し調査用紙の提出は任意とした.2回の調査結果を対応させるため,また個人が特定できないよう同一人物に同じ整理番号を用いてデータ化して管理し,分析した.本研究は,山梨大学医学部倫理委員会の承認を得て実施した(承認番号859).
2回の調査とも同意が得られたのは50名(78.1%)であった.そのうち1回のみ,もしくは2回両方の回答に欠損や不明瞭なものがあった13名を除き,37名の回答(有効回答74.0%)を分析した.
全体の平均(Mean ± SD)点を技術演習後と演示後で比較すると,技術演習後3.0 ± 0.3点から演示後3.2 ± 0.4点へ増加した(P < 0.001,表2).
技術演習後 | 演示後 | P値1) | ||||
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Median (最小値,最大値) |
Mean ± SD | Median (最小値,最大値) |
Mean ± SD | |||
認知領域 | 気管内吸引が無菌操作であることの必要性を説明できる | 3(2,4) | 3.2 ± 0.5 | 3(2,4) | 3.4 ± 0.5 | 0.166 |
気管内吸引の目的を説明できる | 3(2,4) | 3.2 ± 0.4 | 3(2,4) | 3.2 ± 0.5 | 0.739 | |
低酸素状態を起こさないための吸引時間とその根拠について説明できる | 3(2,4) | 3.1 ± 0.5 | 3(2,4) | 3.2 ± 0.5 | 0.166 | |
気道粘膜損傷を起こさないためのカテーテルの取扱いと根拠について説明できる | 3(1,4) | 3.0 ± 0.6 | 3(2,4) | 3.2 ± 0.5 | 0.025* | |
呼吸器の構造や機能について説明できる | 3(1,4) | 2.8 ± 0.6 | 3(2,4) | 2.9 ± 0.4 | 0.782 | |
使用目的や用途に合わせた吸引カテーテルを選択できる | 3(1,4) | 2.7 ± 0.6 | 3(2,4) | 3.0 ± 0.5 | 0.020* | |
気管内吸引の必要性を判断するための観察項目を説明できる | 3(1,4) | 2.7 ± 0.7 | 3(2,4) | 3.2 ± 0.5 | <0.001* | |
カフの目的と,適切なカフ圧とその理由について説明できる | 3(1,4) | 2.6 ± 0.6 | 3(2,4) | 2.9 ± 0.6 | 0.022* | |
喀痰について説明できる | 3(1,4) | 2.5 ± 0.6 | 3(2,4) | 2.9 ± 0.5 | 0.007* | |
平均 | 3(2,4) | 2.9 ± 0.4 | 3(2,4) | 3.1 ± 0.3 | <0.001* | |
精神運動領域 | 必要物品に破損や亀裂はないか確認できる | 3(2,4) | 3.4 ± 0.5 | 3(2,4) | 3.3 ± 0.5 | 0.564 |
吸引中,対象者の苦痛が生じた場合の合図を決めることができる | 3(2,4) | 3.3 ± 0.6 | 3(2,4) | 3.4 ± 0.6 | 0.346 | |
必要物品を揃えることができる | 3(2,4) | 3.2 ± 0.5 | 3(2,4) | 3.2 ± 0.5 | 1.000 | |
手袋(滅菌・未滅菌)を正しく使い分けて装着できる | 3(2,4) | 3.2 ± 0.5 | 3(2,4) | 3.3 ± 0.5 | 0.366 | |
適切な吸引時間で実施できる | 3(2,4) | 3.2 ± 0.5 | 3(2,4) | 3.3 ± 0.5 | 0.132 | |
吸引器の作動状況を確認できる | 3(2,4) | 3.2 ± 0.6 | 3(2,4) | 3.3 ± 0.5 | 0.166 | |
陰圧をかけ,カテーテルを回しながら分泌物を吸引できる | 3(2,4) | 3.2 ± 0.5 | 3(2,4) | 3.4 ± 0.5 | 0.059 | |
適切な吸引圧を調整し,実施できる | 3(1,4) | 3.1 ± 0.5 | 3(2,4) | 3.3 ± 0.5 | 0.083 | |
感染予防に留意しながら実施できる | 3(2,4) | 3.1 ± 0.5 | 3(2,4) | 3.3 ± 0.5 | 0.083 | |
吸引カテーテルを無菌操作で取り扱うことができる | 3(2,4) | 3.1 ± 0.4 | 3(2,4) | 3.3 ± 0.6 | 0.035* | |
カフ圧が適当か,固定ひもにゆるみがないか確認できる | 3(2,4) | 3.0 ± 0.6 | 3(2,4) | 3.1 ± 0.5 | 0.499 | |
吸引カテーテルの陰圧をかけずに適切な長さを挿入できる | 3(2,4) | 3.0 ± 0.5 | 3(2,4) | 3.2 ± 0.5 | 0.059 | |
実施前・中・後の対象者の観察を行える | 3(1,4) | 2.8 ± 0.5 | 3(2,4) | 3.1 ± 0.5 | 0.009* | |
平均 | 3(3,4) | 3.1 ± 0.3 | 3(2,4) | 3.3 ± 0.4 | 0.008* | |
情意領域 | 対象者に気管内吸引の目的と方法を説明できる | 3(2,4) | 3.1 ± 0.5 | 3(2,4) | 3.3 ± 0.5 | 0.052 |
自主的に自己練習を行うことができる | 3(2,4) | 3.0 ± 0.4 | 3(2,4) | 3.3 ± 0.5 | 0.007* | |
対象者に看護師の行動を説明しながら実施できる | 3(1,4) | 3.0 ± 0.5 | 3(2,4) | 3.2 ± 0.5 | 0.033* | |
対象者に対し安全・安楽に配慮した吸引が実施できる | 3(1,4) | 2.9 ± 0.5 | 3(2,4) | 3.3 ± 0.5 | <0.001* | |
対象者の苦痛が最小限になるように努めることができる | 3(1,4) | 2.8 ± 0.5 | 3(2,4) | 3.1 ± 0.5 | 0.012* | |
平均 | 3(2,4) | 3.0 ± 0.3 | 3(2,4) | 3.2 ± 0.4 | <0.001* | |
全体の平均 | 3(2,4) | 3.0 ± 0.3 | 3(2,4) | 3.2 ± 0.4 | <0.001* |
1)wilcoxonの符号付順位検定(技術演習後と演示後の比較),*P < 0.05.
認知領域9項目の中で,3.0点(「どちらかというとできる」)以上の得点を得られたのは,技術演習後は4項目,演示後は6項目であり,領域の平均点は,技術演習後2.9 ± 0.4点から演示後3.1 ± 0.3点へ増加した(P < 0.001).技術演習後から演示後へ増加した項目は,「気道粘膜損傷を起こさないためのカテーテルの取り扱いと根拠について説明できる」(技術演習後3.0 ± 0.6点→演示後3.2点 ± 0.5,P = 0.025),「使用目的や用途に合わせた吸引カテーテルを選択できる」(2.7 ± 0.6点→3.0 ± 0.5点,P = 0.020),「気管内吸引の必要性を判断するための観察項目を説明できる」(2.7 ± 0.7点→3.2 ± 0.5点,P < 0.001),「カフの目的と,適切なカフ圧とその理由について説明できる」(2.6 ± 0.6点→2.9 ± 0.6点,P = 0.022),「喀痰について説明できる」(2.5 ± 0.6点→2.9 ± 0.5点,P = 0.007)であった.
精神運動領域13項目の中で,3.0点以上の得点を得られたのは,技術演習後は12項目,演示後は13項目すべてであり,領域の平均点は,技術演習後3.1 ± 0.3点から演示後3.3 ± 0.4点へ増加した(P = 0.008).技術演習後から演示後へ増加した項目は,「吸引カテーテルを無菌操作で取り扱うことができる」(3.1 ± 0.4点→3.3 ± 0.6点,P = 0.035),「実施前・中・後の対象者の観察を行える」(2.8 ± 0.5点→3.1 ± 0.5点,P = 0.009)であった.
情意領域5項目の中で,3.0点以上の得点を得られた項目は,技術演習後は3項目,演示後は5項目すべてであり,領域の平均点は,技術演習後3.0 ± 0.3点から演示後3.2 ± 0.4点へ増加した(P < 0.001).技術演習後から演示後へ増加した項目は,「自主的に自己練習を行うことができる」(3.0 ± 0.4点→3.3 ± 0.5点,P = 0.007),「対象者に看護師の行動を説明しながら実施できる」(3.0 ± 0.5点→3.2 ± 0.5点,P = 0.033),「対象者に対し安全・安楽に配慮した吸引が実施できる」(2.9 ± 0.5点→3.3 ± 0.5点,P < 0.001),「対象者の苦痛が最小限になるように努めることができる」(2.8 ± 0.5点→3.1 ± 0.5点,P = 0.012)であった.
認知領域,精神運動領域,情意領域の平均点を比較すると,3.0点以上の得点を得られた領域は,技術演習後は精神運動領域,情意領域の2領域,演示後は3領域すべてであった.
本研究では,気管内吸引の到達目標に対する学生の自己評価を技術習得度とみなして,学生演示による学習効果を考察した.
技術演習後の到達目標得点は,精神運動領域の平均点,および,ほとんどの項目で,「どちらかというとできる」の3.0点を超えていた.学生は,10ヶ月前に滅菌物の取り扱い,6ヶ月前に口腔内吸引の演習を行っていたこと,必要物品や手順などが共通する部分が多い気管内吸引の演習では,口腔内吸引を想起しながら気管内吸引の演習ができるよう指導したことにより,「分散学習」(篠原,2010)効果が得られたと考えられた.一方,認知領域は,精神運動領域より低い得点であった.吸引部位の違いや気管内チューブなどの新しい知識の学習内容の理解が難しかったことが要因であることが推察された.
演示後,認知・精神運動・情意の全ての領域の到達目標得点は,技術演習後と比べて増加した.また,3つの領域の平均点が「どちらかというとできる」の3.0点を超えていたことから,学生は演示により,知識・技術・態度の各側面から気管内吸引の技術を習得できたと評価していたと言える.そこで,演示が気管内吸引の技術習得にどのように影響したのかを考察した.
気道粘膜損傷を起こさないためのカテーテルの取り扱いの説明や,気管内吸引の必要性を判断するための観察項目の説明,適切なカフ圧とその理由の説明,喀痰の説明,など知識に関する到達目標得点が,演示後に増加した.これは演示において,実施時のポイントや,実施理由や根拠の説明を課題としたことが影響していると考えられる.学生は学びを深めるために,本質的で抽象的な意識内容と具体的な現象とが相互に深く結びつく(松井,1994)ことが必要である.自己学習で,事例に即した気管内吸引の援助計画を立案する際,気管内吸引に関する知識を再学習しながらポイントや手順を考える.その後グループワークで,各自が立案した援助計画を持ち寄り,実際に実施できるのか,説明役の理由や根拠は適切なのかなど,より具体的で現実的な内容をメンバー間で意見を交換し修正した.さらに,演示の場面では,患者役の反応や他グループの学生との質疑応答を通して,学習内容の確認や,援助方法の修正の機会を得ていた.認知心理学の観点から考えると,学生は,自己学習,グループワーク,演示,質疑応答を通して,既存の知識を引き出す同化と,実施を関連付け知識構造を組み直す調節(市川,2013;河野,2008;佐藤,1996)を幾度となく繰り返した.自分自身でそれまでの知識体系を作り替え,新しい知識体系をつくる構造化が起こり,知識・技術・態度の統合から技術習得度が高まったと考えられる.また,学生の前で演じることや説明することを課題としたことで,学生に緊張感が生まれ外発的動機づけ(市川,2013;河野,2008)となり,より具体的で現実的な計画立案や理由・根拠,実施に繋がり,3領域の学習内容を統合させながら,同化・調節が効率的に起こったのではないかと推察できた.
看護師の行動を説明しながらの実施や,対象者の安全・安楽への配慮,対象者の苦痛を最小限にするなど,対象者への配慮に関する到達目標得点も,演示後に増加した.これは,事例の設定や,演示の際に装着型気管切開孔を装着した学生へ模擬的に実践したことが影響したと考えられる.事例を設定したことで,技術の手順を追うだけでなく,対象者を想定しやすく,個別性を考慮した援助計画の立案に繋がりやすかったと思われる.また,学生が患者役を担当することで,患者役の感情等をフィードバックすることができ,援助計画を客観的に評価しやすく情意領域の技術習得度を高めたと推察できた.身体侵襲を伴う鼻腔内吸引のカテーテル挿入や静脈血採血などは学生間における体験学習を通して,患者の気持ちや苦痛の理解,患者に対する配慮,患者の状況を考慮する必要性,などを気付き実感すること(滝内ら,2012;城丸,2010)が報告されている.演示では,技術演習で体験できなかった患者への配慮を通して,個別性の必要性や患者主体の看護を学ぶことに繋がったと考えられる.
本研究における学習の進め方をMiller(1990)の臨床教育評価に沿って考えてみると,座学で知識を習得し,技術演習で方法を習得した上で,事例に即した自己学習・グループワーク・演示・演示場面での質疑応答を実施したことが,知識・技術・態度の統合や,個別性や患者主体性の学習に繋がったと考えられる.Peyton(1998)も,各々のステップの技術を習得してから次のステップに進むことが確実な技術習得に繋がると述べており,一連の学習の積み重ねが演示の効果を引き出すことに繋がったと考える.学内演習において,認知・精神運動・情意の3側面から技術を統合させ習得できることは,臨地においても円滑に3領域を統合させ習得できるのではないかと推察できる.演示は,認知領域・精神運動領域・情意領域における気管内吸引技術習得に効果的であり,対象者の個別性への配慮や技術の応用力向上の可能性も秘めていることから,他の生体侵襲を伴う技術習得にも効果があるのではないかと考える.
本研究では,評価方法の信頼性・妥当性が充分検討されていないこと,技術習得度の評価が学生の自己評価のみであり客観性に欠けること,対照群を設定していないため演示による効果かどうかは推測の範囲であること,などから一般化に限界がある.今後は,評価方法の信頼性・妥当性の検討や,観察者による気管内吸引技術の客観的評価方法(Bauer & Huynh, 1998)の検討,教育の平等性に配慮した上での無作為抽出による対照群の設定(Davood et al., 2007)などが必要である.加えて,事例課題の有無による比較や,患者役を学生とモデル人形で比較するなどの調査を重ねることで,より具体的な学習法とその効果を検証できると考える.
気管内吸引の学習過程において,技術演習後に行った学生による演示が気管内吸引の技術習得にどのような効果をもたらすのか検討することを目的とし,看護学系大学2年次生64名(そのうち,分析対象37名)を対象に仮説検証型研究を行った結果,以下の内容が明らかとなった.
1.気管内吸引の演示後は技術演習後に比べて,認知・精神運動・情意の3領域全てで技術習得度が高まった.
2.演示は,実施時のポイントや,実施理由や根拠の説明を課題としたことが,既存の知識を引き出す同化と,実施を関連付け知識構造を組み直す調節につながり,知識・技術・態度の統合に繋がったと推察できた.
3.事例の設定や,演示の際に装着式気管切開孔を装着した学生へ模擬的に実施することで,対象者を想定しやすく患者役からのフィードバックが得られ,患者への配慮や個別性・患者主体の看護の必要性の学びに繋がったと考えられた.
4.自己学習,グループワーク,演示,演示場面での質疑応答を通して,認知心理学における同化と調節を幾度となく繰り返す学習方法は,生体侵襲を伴う技術習得に効果的であると示唆された.
謝辞:本調査にご協力頂きました学生の皆様に心より感謝申し上げます.本研究は,平成23年度山梨大学戦略的プロジェクトの助成を受けて実施したものである.本研究の一部は,日本看護学教育学会第22回学術集会において発表した.
利益相反:本研究における利益相反は存在しない.
著者資格:SNは研究の着想から原稿の作成までプロセス全体;HU,SYはデータ収集および分析,原稿への示唆;KAは原稿への示唆,研究プロセス全体への助言.すべての著者は最終原稿を読み,承認した.