目的:特発性肺線維症(IPF)患者が,呼吸困難感と共に生きる体験を記述することである.
方法:歩行時にボルグスケール1以上の呼吸困難感が出現しており,自由意思により同意が得られた対象者14名に半構成的面接を実施し,質的帰納的に分析した.
結果:7カテゴリが抽出された.特発性肺線維症患者が呼吸困難感と共に生きる体験は,【身体の変化への戸惑い】,【膨らんでいく無力感】,【呼吸困難感と生きるための生活変容】,【労作時に生じる呼吸困難感と酸素で楽になる身体との葛藤】,【他者と協調できずに断つ交流】,【家族や友人に見守られる生活】,【体験がもたらす意味への思索】であった.
結論:特発性肺線維症患者は,呼吸困難感や在宅酸素療法のスティグマのために生活活動範囲を縮小させ,生じる葛藤に対処しながら,呼吸困難感との生活に適応するため人生観を変容し,病いがもたらす意味を思索していた.
特発性肺線維症(Idiopathic Pulmonary Fibrosis, IPF)は,「慢性かつ進行性の経過をたどり,高度の線維化が進行して不可逆性の蜂巣肺形成をきたす予後不良の原因不明の肺疾患である」(日本呼吸器学会びまん性肺疾患診断・治療ガイドライン作成委員会,2011)と定義されている難病である.厚生労働省の特定疾患に認定されている特発性間質性肺炎の1病型をなし,全体の52.6%を占め,進行性で強い呼吸困難感が典型的に出現(Halpin et al., 2009)する.
労作時に低酸素血症が生じるようになると在宅酸素療法(Home Oxygen Therapy, HOT)が導入されるが,明らかな予後改善効果は証明されておらず(藤本,2008),呼吸リハビリテーションは弱い推奨(近藤,2010;Raghu et al., 2011)に留まっている.薬物治療法については,治癒に向かう治療法は未だ確立されておらず,生存率や健康関連QOLに対する有効性が明らかに証明されたものが存在しない.平均生存期間は診断確定後から2.5~5年間であるが,原発性肺癌が高率に合併し,初回の急性増悪での死亡率は約80%,改善例でも平均6ヵ月で死亡するとされる.到達可能な治療目標は,改善に至らないまでも悪化を阻止すること(日本呼吸器学会びまん性肺疾患診断・治療ガイドライン作成委員会,2011)とされる.
2010年の「在宅ケア白書」では,在宅酸素療法および在宅人工呼吸療法実施患者が日常生活に望むこととして,75%が「息切れを気にしない生活」(日本呼吸器学会肺生理専門委員会在宅呼吸ケア白書ワーキンググループ,2010)と答えた.ところが,慢性呼吸器疾患における呼吸困難感は,「呼吸の際に感じる不快な主観的経験」と定義(American Thoracic Society, 1999)されているため客観的評価が難しく(南須原,2008),疾患の重症度や動脈血ガス分析,酸素飽和度などとは必ずしも相関しない(日本呼吸ケア・リハビリテーション学会呼吸リハビリテーション委員会ら,2007)ため,その苦しみは他者から理解されにくいと推察される.
また,慢性呼吸器疾患患者の呼吸困難感は,患者の不安を強め,自尊感情の低下(石田ら,2006)やセルフケア能力の低下(松尾,2003)を引き起こし,「人と行動が合わせられない」,「酸素を吸う姿を見られたくない」などの理由で他者との関わりを避けるために社会的孤立が生じ(黒木,2007),患者の息苦しさを傍で見ている家族にもストレスが加わる(Figley, 1987).
以上により,特発性肺線維症患者は,確立された治療法がないなかで,呼吸困難感の苦痛と急性増悪への不安を抱えながら生きることを余儀なくされている.呼吸困難感に関する看護援助を検討するには,Kleinman(1988/1996)が体験そのものを調査する必要があると述べているが,特発性肺線維症患者が呼吸困難感と共に生きている体験に焦点をあてた研究は,量的にも質的にも見あたらないため,調査を行い,看護援助への示唆を得たい.研究目的は,特発性肺線維症患者が呼吸困難感と共に生きる体験を記述することである.
呼吸困難感 呼吸に関する不快な感覚で主観的なものであり,息苦しさ,息切れなどと表現されるもの.
体験(中木ら,2007) 先行きの見えない呼吸困難感を抱えながら生活する中で起こった出来事とその時の心や身体の反応.
本研究は,特発性肺線維症患者が呼吸困難感と共に生きる体験の記述を目的としているため,研究デザインは因子探索型質的帰納的記述研究とした.
1. 研究対象者関西地方にある呼吸器疾患を専門とする病院の40歳以上かつ労作時にボルグスケール1以上の呼吸困難感を有し,30分程度の会話が可能と見込まれ,安定期にある特発性肺線維症の入院または外来患者とした.
2. データの収集方法同意の得られた患者に対して,診療録から年齢,性別,HOT指示量,HOT導入期間,罹病期間,同居家族の有無,治療内容の情報を得た.呼吸困難感の評価はBorg Scaleで行い,呼吸機能の評価はFVCで確認した.また,インタビューガイドに基づいた半構造化面接を個室で30分程度,すべて研究者が行った.面談内容は,研究対象者の同意を得て,ICレコーダーに録音した.
インタビューガイドは,「呼吸困難感と共に生きる生活で印象に残る出来事やご自身のお体について教えて下さい.自分の体について変化していくことはありましたか,それはいつ頃ですか.」,「呼吸困難感と共に生きるようになってからご自身を支えてくれる人との関係に変化はありますか.」,「特発性肺線維症の診断を受けた時「これから」について考えたことがあれば教えて下さい.」,「呼吸困難感と共に生きるようになってから,人生観に変化がありましたか.」,「呼吸困難感を感じ始めた頃日常生活をどのように過ごされましたか?現在,呼吸困難感が感じにくくなる生活上の工夫があれば教えて下さい.」とした.
3. データ収集期間2011年10月1日~2011年12月28日
4. データ分析方法面接から逐語録を作成した.語りの文脈で,区切りと考えられる箇所で分け,体験を意味する内容にラベルをつけて概念化した.データを追加するごとにこれらを継続して行い,研究対象者間の比較を繰り返した.内容の類似性から概念を統合していき,カテゴリ化をすすめた.データの分析過程では,慢性疾患看護領域を研究分野とする研究者にスーパーバイズを受け,研究対象者には研究者のデータの解釈について誤りがないかを確認し,分析の妥当性を高めるようにした.
5. 倫理的配慮研究対象者に口頭と文書で本調査の目的,意義,方法,参加は自由意思であること,研究途中であっても辞退できそれにより不利益を被ることはないこと,個人情報の保護,結果の公表に際しては地域や施設名を特定できないようにすることを説明し,文書にて同意を得た.研究対象者は呼吸困難感を有する患者のため,事前に主治医の許可を得た.面接中には経皮的酸素飽和度の測定および呼吸状態を観察した.呼吸困難感が出現した場合には,面談を中止することを保証し,面接が身体的な害とならないように配慮した.本研究は,滋賀県立大学(承認日;平成23年5月30日)及び研究協力病院(承認日;平成23年9月30日)の倫理審査委員会の承認を得た.
同意の得られた14例を登録した.性別は男性13例,女性1例で,在宅酸素療法の終日導入は8例,労作時のみ導入は4例,未導入は2例であった.平均年齢は71.2 ± 8.9歳で,在宅酸素療法期間は0.2年~7.2年,罹病期間は0.2年~10年,11名が家族と同居していた.喫煙指数は,47(中央値)で,13例が元喫煙者であった.呼吸困難感の出現による面接の中止はなかった.
事例 | 年齢 | 性別 | HOT1)指示量(L/min) | HOT1)導入期間(年) | 罹病期間(年) | %FVC2) | Borg Scale3) |
---|---|---|---|---|---|---|---|
A | 70代 | 男 | 安静時3–4 | 4.2 | 4.2 | 73.6 | 1 |
労作時7 | |||||||
就寝時3–4 | |||||||
B | 40代 | 男 | 労作時1 | 1.1 | 3 | 75.8 | 2 |
C | 60代 | 男 | 安静時0.5 | 1.3 | 1.3 | 54 | 2 |
労作時2 | |||||||
入浴時3 | |||||||
D | 70代 | 男 | なし | 0 | 6.5 | 80.5 | 2 |
E | 60代 | 男 | 安静時1 | 7.2 | 7.2 | 35.2 | 4 |
労作時5 | |||||||
F | 70代 | 男 | 労作時3 | 0.3 | 10 | 72.1 | 4 |
G | 70代 | 男 | 労作時1.25 | 0.2 | 0.2 | 52.9 | 4 |
入浴時2 | |||||||
H | 70代 | 女 | なし | 0 | 1 | 89.3 | 4 |
I | 60代 | 男 | 安静時3 | 0.2 | 0.2 | 60.4 | 5 |
労作時5 | |||||||
食事時4 | |||||||
就寝時2 | |||||||
J | 70代 | 男 | 安静時0–1 | 0.5 | 5 | 54.8 | 5 |
労作時3–5 | |||||||
K | 70代 | 男 | 安静時1 | 4 | 4 | 78.2 | 5 |
労作時4 | |||||||
L | 70代 | 男 | 安静時0.5 | 0.5 | 8 | 65.1 | 5 |
労作時3.5 | |||||||
就寝時0.5 | |||||||
M | 80代 | 男 | 安静時2 | 1.5 | 8 | 34.4 | 5 |
労作時5 | |||||||
就寝時1 | |||||||
N | 70代 | 男 | 労作時3 | 0.5 | 1 | 68 | 7 |
就寝時0.5 |
1)HOT: Home Oxygen Therapy,2)%FVC:% forced vital capacity(努力肺活量予測値に対する%),3)Borg scale:BorgのCR-10 Scale
7カテゴリ,36サブカテゴリ,360コードが抽出された.特発性肺線維症患者が呼吸困難感と共に生きる体験は,今までとは異なる【身体の変化への戸惑い】を自覚し,原因不明で予後不良,対処法も急性増悪の予防法もなく【膨らんでいく無力感】を感じ,呼吸困難感による生活の制限で【呼吸困難感と生きるための生活変容】をしながら,【労作時に生じる呼吸困難感と酸素で楽になる身体との葛藤】をし,病状の進行に伴い【他者と協調できずに断つ交流】とせざるを得ず,【家族や友人に見守られる生活】を通して,【体験がもたらす意味への思索】をしていた.以下,カテゴリを順に説明する.(カテゴリは【 】,サブカテゴリは〈 〉で記載する.)
カテゴリー | サブカテゴリー |
---|---|
【身体の変化への戸惑い】 | 〈動くと異変を感じる身体〉 |
〈安静で息苦しさから抜け出す身体〉 | |
〈振り返る喫煙習慣〉 | |
〈呼吸困難感以外の症状の出現〉 | |
〈呼吸困難感の原因の探求〉 | |
【膨らんでいく無力感】 | 〈呼吸器専門病院で診断〉 |
〈治療法がなく原因も不明〉 | |
〈将来必要になる酸素〉 | |
〈進行性で予測できない未来〉 | |
〈肺癌合併・急性増悪で予後不良〉 | |
〈世間に知られていない病気〉 | |
【呼吸困難感と生きるための生活変容】 | 〈制限が生じる生活〉 |
〈副作用や酸素吸入の自己管理〉 | |
〈SpO2や体調変化の要因を把握〉 | |
〈酸素飽和度低下を避ける動作〉 | |
〈測定しなくてもわかる酸素飽和度〉 | |
〈新しい活動スタイルの受容〉 | |
【労作時に生じる呼吸困難感と酸素で楽になる身体との葛藤】 | 〈関連しない酸素飽和度と呼吸困難感〉 |
〈動作で生じる呼吸の変化と呼吸困難感〉 | |
〈後から追いかけてくる呼吸困難感〉 | |
〈酸素が必要な身体への抵抗感〉 | |
〈変えられない生活動作の速度〉 | |
〈生活に必要不可欠な酸素〉 | |
〈咳嗽や頻脈で低下する酸素飽和度〉 | |
【他者と協調できずに断つ交流】 | 〈動作スピードが合わせられない〉 |
〈酸素ボンベを持ち歩く自分の姿に苦悩〉 | |
〈他者の視線や詮索への疲労〉 | |
【家族や友人に見守られる生活】 | 〈介護を背負わせることへの苦悩〉 |
〈家族に遠慮する気持ち〉 | |
〈家族の思いやりがすれ違う〉 | |
〈自然体でいられる存在〉 | |
〈心を支えてくれる存在〉 | |
【体験がもたらす意味への思索】 | 〈生きる意味の喪失〉 |
〈仕方がないと言い聞かせる〉 | |
〈「思い替え」で現状を納得させる〉 | |
〈人生観の変容〉 |
〈動くと異変を感じる身体〉に気づき,〈安静で息苦しさから抜け出す身体〉に安心しながらもその原因を〈振り返る喫煙習慣〉と思いめぐらせ,〈呼吸困難感以外の症状〉が出現し,加齢など〈呼吸困難感の原因の探求〉をし,身体が今までとは異なると自覚した体験であった.
「いつも散歩に行っていたのですよ.ところが,その日は同じ,そんな長い距離でも早い速度でもないのに,息苦しいっていうか.走っても,止まっても,歩いても,なんともなかったのに,その日はなぜかふうふういうのですよ.それで,おかしいなぁと思って.(B氏)」,「息があがるし,その息が辛くなる.脈も上がっているのでしょうね,そういう時は.ちょっとしんどく感じるから,物陰に立ってちょっと休憩すると,また落ち着いてきて,また普通に歩きだして.そういうふうに続けていましたね.(N氏)」,「自分では,勝手にね,タバコから来たのだと思った.(F氏)」,「最初は咳,咳で何回か(病院に)通っていたのですけども,原因がわからずに.ちょっと置いておいたというのが悪かったのかも.(H氏)」,「友達何人かと山に行って,全然ついていけなかった.本当に死ぬほどしんどかったのです.加齢によるものかなと思っていたのです.(I氏)」
2) 【膨らんでいく無力感】患者は紹介された〈呼吸器専門病院で診断〉を受け,〈治療法がなく原因も不明〉,〈将来必要になる酸素〉の説明を受け,〈進行性で予測できない未来〉,〈肺癌合併・急性増悪で予後不良〉の不安を抱えて生き,〈世間に知られていない病気〉により理解が得られない現状に無力感を膨らませながら生きる体験であった.
「かかりつけ医がここを紹介してくれて初めて来たわけですけどね.で,病名が決まって.それから治療するようになったのですけども.治療というより,まあ,抑えるという治療ですよね.(E氏)」,「この病気は,発症原因はわかりません.したがって,治療方法もありません,薬も何もありません,の診断を受けまして.(B氏)」,「いずれこういうこと(在宅酸素療法)になるだろうというのはそれこそ覚悟はしていましたけどね.こんなに急に来るとは思っていなかったです.(D氏)」,「毎日,毎日,毎日悪くなってくるから.まあ,ひと月たってみたら6か月前と大分違うなって感じ.(L氏)」,「もう5年くらいみてもらっています.その間に肺の影が,がんの影か何か知りませんけど2回くらい出ましたけれども.今日も今,結果聞いてきました.心配して(病院に)来たのですけどね.経過は良好だったから,よかったですけどね.(A氏)」,「あんまり予後良くないですよね,はっきりいってこの病気は.で,同じような病気で闘病している人のブログとかも見ますけれども,だいたい5年以内に亡くなっておられる.動くことができない状態っていうのも多くて.いつ急性増悪が来るだろう,っていう恐怖心だけですね.(I氏)」,「CMが流れていて.(家族)みんなで(病名は)これかなって.(指をさすしぐさをしながら.)それよりも,まだ悪かったな.(F氏)」
3) 【呼吸困難感と生きるための生活変容】呼吸困難感や酸素吸入により〈制限が生じる生活〉となり,〈副作用や酸素吸入の自己管理〉や〈SpO2や体調変化の要因を把握〉し,〈酸素飽和度低下を避ける動作〉を行ううちに〈測定しなくてもわかる酸素飽和度〉を得,〈新しい活動スタイルの受容〉をし,日常生活行動を変容して生きる体験であった.
「副作用が出るから,外に出る時は必ずUVカットつけて,帽子かぶって.面倒だけど,仕方ないなあって.(L氏)」,「どれくらいの速さで歩いたら(SpO2が)どれくらいとか,色々なのを測ったよ.わざと坂だったらどれくらいで上がれるのか,階段だったらとか試した.(C氏)」,「酸素(SpO2)落ちてきたな,というのがもう測らなくてもわかります.(E氏)」,「実際問題,酸素ころがしながら走れ,といっても走れない.(D氏)」,「やっぱ,マスク離せんよね.(C氏)」,「酸素吸いながら,ゆっくりねぇ湯船につかれる.安心して.(E氏)」,「ゆっくり歩くとかね.あんまり過酷な動きはしないようにしていますけどね.(K氏)」,「あまり(SpO2を)落としてもいけないと思うから,酸素つけてちょっと散歩という運動ですね.それしかできないですね.(E氏)」
4) 【労作時に生じる呼吸困難感と酸素で楽になる身体との葛藤】呼吸困難感と酸素飽和度は相関がみられないため,酸素飽和度がたとえ高値であっても〈関連しない酸素飽和度と呼吸困難感〉が存在し,〈動作で生じる呼吸の変化と呼吸困難感〉や,〈後から追いかけてくる呼吸困難感〉等疾患の主要症状である労作時呼吸困難が出現していた.安静や酸素により呼吸困難感が改善すると〈酸素が必要な身体への抵抗感〉のため在宅酸素療法が受け入れ辛く,呼吸リハビリテーションでは〈変えられない生活動作の速度〉を体験し葛藤していた.病状の進行に伴い,〈生活に必要不可欠な酸素〉に変化し,〈咳嗽や頻脈で低下する酸素飽和度〉になり葛藤している体験であった.
「97%あったって息苦しさを感じますね.(G氏)」,「安静の時はいいけど動いたら急に酸素の摂取量が減ってしまうという状況ですね.(E氏)」,「動いている時はそう感じなくても,5分やってやめたとたんに息苦しさが出てくるからね.(L氏)」,「腹が立ってしょうがないよ,こんなもの(カニューラ)つけて.自由がきかないし,どこにも行けないしね.どうしようもないくらい不自由.すぐこれ(酸素ボンベ)持って歩かないといけないしね.(C氏)」,「今までのペースで動くからリハビリの時に「ゆっくり歩いて下さい」って言われたの.よくわかっているのだけど,つい前の状態,早足になってしまう.今までのあれでね.(N氏)」,「やっぱり(酸素が)なければ,苦しいからね.息するの,呼吸するのがね.(K氏)」,「咳が出るのですよ.そうすると一気に(SpO2が)70台まで落ちる.脈拍がね,やっぱりとても早くなる.(H氏)」
5) 【他者と協調できずに断つ交流】労作時呼吸困難により家族を含め他者と〈動作スピードが合わせられない〉ため,在宅酸素療法が導入されると〈酸素ボンベを持ち歩く自分の姿に苦悩〉し,〈他者の視線や詮索への疲労〉するため,自ら社会と交流を断ち疎遠にする体験であった.
「地域活動はお断りしないと仕方ないというか,そうせざるを得ない.(D氏)」,「酸素ボンベを引っ張って格好も悪いし.あまり外に出ないようにはしている.(K氏)」,「人の目が気になる.病院では何ともないです.(I氏)」
6) 【家族や友人に見守られる生活】患者は家族に介護負担がかかることを見通して〈介護を背負わせることへの苦悩〉,〈家族に遠慮する気持ち〉,〈家族の思いやりがすれ違う〉ことにより自尊感情を低下させながらも,自己概念が揺れない〈自然体でいられる存在〉,〈心を支えてくれる存在〉である家族や友人を選んで過ごすようになる体験であった.
「酸素吸い出したら,家族に迷惑になるだろうけれども.(A氏)」,「世話してもらう,(家族に)迷惑をかけるというのは一番心苦しいです.(E氏)」,「一緒に暮らすということは,なかなか(できない)ね.(G氏)」,「気遣いをされると非常に負担になる.病人だからと家族がね.(D氏)」,「(酸素吸入は)家族や友達の前では,全然抵抗はないですね.(I氏)」,「何にもできない親になったけど(子どもが)代わってやってくれる.(C氏)」
7) 【体験がもたらす意味への思索】呼吸困難感による喪失体験を重ね〈生きる意味の喪失〉をしながらも〈仕方がないと言い聞かせる〉,〈「思い替え」で現状を納得させる〉ようにし,人生にもたらした意味を考え〈人生観の変容〉をし,現状に適応し,生き抜こうとする体験であった.
「何のために生きているのかなって思う時がありますね.世間のためにも何も役に立っていないし,家族にも役に立っていない.(E氏)」,「元に戻るという手立てが全くないわけですから,そのまま生きていかないと仕方がない訳ですよ.(B氏)」,「苦しいと言っても,何かした時に息苦しい程度のことなので今はそういう面では幸せに過ごさせていただいている.(D氏)」,「毎日毎日を充実して生きています.無駄に過ごさないです.(N氏)」
本研究の対象者は,呼吸器疾患を専門とする病院に通院もしくは入院し,専門的な診療及びケアを享受できる.また,特発性肺線維症の潜在的なリスク因子(American Thoracic Society, 2000)と考えられている元喫煙者かつ男性が13例を占めた.
2011年以降治療薬としては,ピルフェニドン(ピレスパ®),ニンテダニブ(オフェブ®)が導入され選択肢は増えたが,死亡率の改善には至っておらず(Canestaro et al., 2016),調査当時と比べ患者の生活の質が向上したとはいえない.
特発性肺線維症患者が呼吸困難感と共に生きる体験は,呼吸器専門病院で診断を受け,命に関わる急性増悪への不安や死への思いが根底にあり,人生観を変容し病気がもたらす意味を思索していたことが記述され,肺癌や慢性閉塞性肺疾患患者とは異なる体験をしていると考えられた.以下,抽出したカテゴリ毎に考察する.
1. 【身体の変化への戸惑い】特発性肺線維症の特徴的な症状は,労作時呼吸困難と乾性咳嗽である.患者は病的な呼吸困難感かどうか判断できない体験を繰り返し,労作時に出現する呼吸困難感を自覚し,異変への対処を考えていた.呼吸困難感について小賀・三嶋(2008)は,「循環器疾患および呼吸器疾患において極めて重要な症状であると共に代謝性疾患や神経筋疾患,肥満,運動,妊娠といった状況下でも生じる一般的な感覚である.」と述べており,研究参加者の平均年齢が71歳であり呼吸困難感を加齢によるものと判断しながらも戸惑っていたと考えられた.
2. 【膨らんでいく無力感】特発性肺線維症患者が呼吸困難感と共に生きる体験の根底には,早晩訪れる「死」を見据えて生きていることが示唆された.慢性閉塞性肺疾患(COPD)患者の呼吸困難感の体験に関する研究で長谷(2005)は,「症状安定期の呼吸困難に対しては《無理しない暮らし》で,症状増悪期は《微細な症状変化への注意と対処》で切り抜けるという体験が特徴的であった.」と報告し,死を見据えたカテゴリはみられなかった.
進行に伴い緩和医療や今後の療養の場等の意思決定を必要とするが,Lee et al.(2011)はケアの構成要素に,アドバンス・ケア・プランニングを挙げている.日本人への適応は検討を要するが,〈世間に知られていない病気〉で,選択肢がない中で意思決定を必要とすることも,無力感が膨らむ一因と考えられた.
3. 【呼吸困難感と生きるための生活変容】患者は〈制限が生じる生活〉の中で自己管理に取り組み,労作時の低酸素を回避するために感覚や症状に気を配ることで〈測定しなくてもわかる酸素飽和度〉を習得し,今できることを考えて生活を調整していた.慢性呼吸器疾患患者における呼吸困難感のマネジメントについて今戸ら(2010)は,「多くの患者は,自分自身で呼吸困難感を増強させないようにマネジメントしながらADLを遂行していかなくてはならない.」と述べているが,特発性肺線維症患者の場合には,治療の手立てがないために,出来ることをしたいと希求する気持ちが動機づけになっていたと考えられた.出来ることを積み重ね〈新しい生活スタイルの受容〉が行われたと考えられた.
4. 【労作時に生じる呼吸困難感と酸素で楽になる身体との葛藤】がん患者の呼吸困難感においては,「末梢レベル(肺・心臓)でなんらかの刺激が発生し,同じように刺激が産生されても,過去の経験・刷り込み・苦痛の意味などにより認知のされ方が異なる.(Bruera et al., 2007)」と考えられ,呼吸困難感は患者自身の体験であることを示している.患者は,〈関連しない酸素飽和度と呼吸困難感〉による葛藤の積み重ねにより,症状を緩和させる確固たる薬剤が存在しない中で,呼吸困難感による苦痛と,病いの現実に向き合わざるを得ず,気持ちの消耗が大きいと考えられた.
患者は繰り返す葛藤により健康な呼吸機能の喪失を繰り返し感じていると考えられ,慢性悲哀の存在も示唆された.慢性悲哀は,「重要な喪失と関連している,しみわたる悲しみ,又は他の悲嘆と関係のある感情が,永続して周期的に再発するもの.」(Eakes et al., 1998)と定義され,悪性疾患患者へのインタビューの9割に慢性悲哀が証言されていた.(Eakes, 1993)特発性肺線維症に特徴的な労作時呼吸困難は,悲嘆の引き金になると考えられた.
5. 【他者と協調できずに断つ交流】労作時の呼吸困難感は他者と協調した活動を奪い,さらには自己概念の揺れをもたらしていた.会話や行動等他者への協調がさらに難しくなると,活動に参加することをやめ疎遠にする対処をしていた.呼吸困難を抱える治療期進行肺がん患者の体験について橋本・神田(2011)は,「患者が他人に迷惑をかけたくないという思いから活動を抑制したり,治療に備えて活動を過度に抑制したりする対処は,自己の活動世界を狭め,他者や外界とつながる機会を減少させることにつながり,呼吸困難の存在そのものの表在化を妨げると同時に,患者が孤立しやすくしていることが示唆される.」と述べている.特発性肺線維症患者も,呼吸困難感や在宅酸素療法により活動範囲が狭められ,共通した体験をしていると考えられた.
また,在宅酸素療法により生活行動を維持できるが,〈酸素ボンベを持ち歩く自分の姿に苦悩〉し,自己概念が揺れていた.〈他者の視線や詮索への疲労〉は,スティグマによる疲労と考えられ,それを回避するために活動の場を狭め,交流を断ったと考えられた.
6. 【家族や友人に見守られる生活】非侵襲的陽圧換気療法(NPPV)と共に生きる慢性呼吸不全患者の内的体験について竹川・土居(2004)は,「身体能力の制約が多い状況ではこの親密さ,安心,理解されているという感覚が励みの源になることより,他者からのサポートの自覚は,自尊感情や気力の維持及び向上に影響を及ぼすことが考えられ,他者との関係性構築への援助が必要といえる.」と述べている.自己概念が揺れない他者との関係性は,患者の心を支えていたが,在宅酸素療法未導入の患者も,寝たきりになることを予測して家族に〈介護を背負わせることへの苦悩〉をし,自尊感情の低下が考えられた.家族による感冒への配慮など,家族による思いやりが却って〈家族の思いやりがすれ違う〉と患者の負担になる状況が窺われた.
7. 【体験がもたらす意味への思索】体験がもたらす意味への思索は,慢性閉塞性肺疾患患者や治療期進行肺がん患者の呼吸困難感の体験において共通してみられたカテゴリではなかったが,特発性肺線維症患者は,いつ起こるのかわからない急性増悪などによる「死」を見据えた治療法の確立していない疾患を体験しているため,体験がもたらす意味への思索が浮き彫りになりやすいのではないかと考えられた.
特発性肺線維症と同様に難病である筋側索性硬化症(ALS)患者が,病いを意味づけるプロセスについて,村岡(1999)は,「ALS患者のさまざまな喪失が,必ずしも意味の喪失にはならないこと,その意味を獲得するプロセスに主体的努力があることが明確になった.」と報告しており,難病患者には,病気を受け止めていく過程で,体験の意味を思索するという共通した傾向が考えられた.
特発性肺線維症患者は,呼吸困難感と共に生きるために生活行動の変容に加え,人生観をも変容させていたが,呼吸困難感に起因した生活行動と,スティグマに起因した生活行動の両方を縮小させる必要がわかり,呼吸困難感の緩和に向け,生活動作および呼吸法の援助,実存的な苦痛や社会的孤立を予見した援助の必要性が示唆された.また,村岡(1999)は,「治癒困難な患者の中心課題は,いかに自らの病いを意味づけることが可能かにある.つまり,看護者にとってこのような対象者の心理的変化を理解する知識が不可欠である.」と述べている.特発性肺線維症患者が体験をどのように意味づけているのかについて真摯に耳を傾け,疾患によりもたらされる喪失が多くとも,患者が元来備えている人としての価値は不変であることを伝え,関心を向け続ける援助が重要である.
特発性肺線維症患者が呼吸困難感と共に生きる体験を記述することを目的に,本研究を実施した.特発性肺線維症患者が呼吸困難感と共に生きる体験は,今までと異なる【身体の変化への戸惑い】を自覚し,原因不明で予後不良,対処法も急性増悪の予防法もなく【膨らんでいく無力感】を感じ,呼吸困難感による生活の制限で【呼吸困難感と生きるための生活変容】をしながら,【労作時に生じる呼吸困難感と酸素で楽になる身体との葛藤】をし,病状の進行に伴い【他者と協調できずに断つ交流】とせざるを得ず,【家族や友人に見守られる生活】を通して,【体験がもたらす意味への思索】をしていた.
本研究では,限定された対象者から得られたデータに基づく分析結果である.特発性肺線維症患者の症状緩和及び生活の質を高める研究は十分とは言い難い現状である.今後は特に呼吸困難感に起因した生活行動への支援とスティグマ等心理社会面を支える援助の,両者の開発が課題である.
謝辞:本研究にご協力くださいました患者様,研究協力施設の皆様,ご指導くださいました関西看護医療大学教授,奥津文子先生に深謝申し上げます.
本研究は,滋賀県立大学大学院人間看護学研究科に提出した修士論文に加筆,修正を加えたものである.また,本研究の一部は第6回日本慢性看護学会学術集会(2012年7月)で報告した.
利益相反:本研究における利益相反は存在しない.