日本看護科学会誌
Online ISSN : 2185-8888
Print ISSN : 0287-5330
ISSN-L : 0287-5330
原著
自傷行為に対する反感態度尺度の日本語版の信頼性と妥当性
青木 好美片山 はるみ
著者情報
ジャーナル フリー HTML

2016 年 36 巻 p. 255-262

詳細
Abstract

目的:本研究の目的は,日本語版自傷行為に対する反感の態度尺度(SHAS-J)の信頼性と妥当性を検討することであった.

方法:全国の救命救急センターに勤務する看護師764名を対象に無記名自記式質問紙調査を実施し,302名(39.5%)の有効回答を分析対象とした.質問紙は,対象者の基本情報,SHAS-J,看護師の感情労働尺度,共感的コーピング尺度を用いた.分析は,探索的因子分析,確認的因子分析,相関分析を行った.

結果:探索的因子分析の結果,SHAS-Jは4因子から構成されていた.4因子は「共感的実践力の低さ」,「ケアの反感」,「積極的理解の欠如」,「権利と責任に関する無知」であった.4因子についてCronbach α係数は0.83~0.54であった.併存妥当性の基準とした共感的コーピング尺度および看護師の感情労働尺度とは有意な相関が認められた.

結論:SHAS-Jは,Cronbach α係数により信頼性が概ね確認された.また,共感的コーピング尺度や看護師の感情労働尺度との関連により妥当性が概ね確認された.

Ⅰ. 緒言

日本の自殺者数は1998年以降3万人を超え,2012年には14年振りに3万人を下回ったものの,国際的にみても,今なお我が国の深刻な社会問題である(内閣府,2015).この現状に対し,2006年に内閣府は自殺予防を目的とした自殺対策基本法を施行し,また2009年には日本臨床救急医学会により「自殺未遂患者への対応,救急外来・救急科・救命救急センターのスタッフのための手引き」が作成された.その手引きの中では,自殺未遂患者および自傷患者に対する望ましい対応として,看護師が患者の自殺に関する訴えを積極的に傾聴し,共感的態度でケアを遂行することが示されている(日本臨床救急医学会,2009).

ところが,救急現場で働く看護師にとって自身の身体を傷つけた患者の傷を手当てすることや命を助けることはジレンマとなり,患者に対して否定や反感などの陰性感情を引き起こしやすいという現状がある(福田ら,2006日本臨床救急医学会,2009).この陰性感情によって,看護師は患者に対して共感的態度でケアを遂行することに困難を感じ,患者が自殺企図や自傷行為を繰り返す恐れや不安を抱きながら対応していることが明らかにされている(福田ら,2006).このような現状から,共感的態度でケアを遂行しようとする看護師は感情をコントロールすることに困難を感じていることがうかがえる.

看護師にとって自傷患者に対して陰性感情を持ちながら共感的態度でケアを遂行することは,Hochschild(1983/2000)が「職務において他者の感情状態を優先して,適切であると考える感情や態度を表現することや,自分自身を調節すること」と定義する感情労働という概念に類似している.看護師の感情労働とストレスには関連があり,場合によっては精神的健康を脅かす一因になると考えられている(片山ら,2005片山,2010).以上より,自傷患者に対してケアを遂行することが看護師にとって業務上のストレスとなる可能性があり,それを明らかにするためには,自傷患者に対して陰性感情を持ちながら共感的態度でケアを遂行する看護師の態度を測定する尺度が必要であると考えられる.

これまで我が国において,自傷患者および自殺未遂患者に対する看護師の態度を測定するために自殺未遂患者に対する看護師の態度尺度(瓜崎,2010)および日本語版Attitudes to Suicide Prevention Scale(川島ら,2013)が開発されている.いずれも自傷患者に対する態度を測定する尺度であるが,共感的態度を測定する項目は含まれていない.先に述べたように,看護師が自傷患者に対して陰性感情を持ちながら共感的態度でケアを遂行することは業務上のストレスとなる可能性がある.このことを踏まえ,本研究はPatterson et al.(2007b)によりイギリスで開発された自傷行為に対する反感態度尺度(Self-Harm Antipathy Scale:以下,原版SHAS)を翻訳し,日本語版自傷行為に対する反感態度尺度(以下,SHAS-J)として信頼性と妥当性の検証を行うこととした.この尺度は自傷患者に対する反感の態度を測定する尺度であるが,逆転項目として共感的態度を測定する項目が含まれている.したがって,自傷患者に対して陰性感情を持ちながら共感的態度でケアを遂行する看護師の態度を測定することができ,看護師にとって自傷患者に対するケアが業務上のストレスとなる可能性を明らかにすることができると考えられる.

なお,自殺未遂は「自殺の意図から自らの身体を傷つける行為」と定義されていることに対し,自傷行為は「自殺以外の意図から非致死的な手段・方法を用い,非致死性の予測に基づいて,自らの身体を傷つける行為」と定義されている(松本,2009).つまり,自殺未遂と自傷行為は死ぬ意図の有無によって区別されている.しかし,自傷患者にとって死ぬ意図は曖昧,中間的であることが多く,さらに隠蔽されたり誇張されたりするため,自殺未遂と自傷行為の区別がつかないことがしばしばある(林,2006).また,自傷行為の既往は自殺企図の危険因子のひとつであり(高橋,2006),自傷行為を繰り返すことが自殺のリスクを高める(松本,2009)と考えられている.このことから,救急現場では身体症状の軽重にかかわらず,自傷患者に対して自殺未遂患者と同様の精神的サポートを行うことが求められている(伊藤,2006日本臨床救急医学会,2009).以上を踏まえ,本研究では自殺未遂患者と自傷患者を厳密には区別せず,両方を含めて「自傷患者」として扱う.

Ⅱ. 研究方法

1. SHAS-Jの原案作成

イギリスで開発された原版SHASを日本語に翻訳し,SHAS-Jの原案とした.原版SHASは,自傷患者に対する反感の態度を測定する尺度である.この尺度は6つの下位尺度(計30項目)から構成されており,評価は「全く同意しない」1点,「同意しない」2点,「どちらかと言えば同意しない」3点,「どちらとも言えない」4点,「どちらかと言えば同意する」5点,「同意する」6点,「強く同意する」7点の7段階で評価する.また,原版SHASは17項目が逆転項目として設定されている(Patterson et al., 2007a, 2007b).尺度の信頼性(Cronbach α = 0.89)と妥当性は検証されている(Patterson et al., 2007b).

原版SHASの日本語への翻訳にあたり,原著者のPatterson P.氏は既にリタイアされていたため,共著者であるWhittington R.氏から使用許諾,翻訳許諾を得た.まず,英語を母国語とする医学系論文翻訳者1名が順翻訳を行い,日本語を母国語とする医学系論文翻訳者1名が日本語の文章を校正した.そして,筆者を含む日本人看護学研究者10名が質問項目の内容を確認した.

2. 対象と調査内容

1) 対象者の選定

対象者は,全国の救命救急センターで救急業務に従事する看護師とした.

救命救急センターとして登録された全国268カ所(日本救急医学会,2014.2014年10月現在)のうち,都道府県別看護師数の地域別割合(日本看護協会,2008)を用いて対象施設を層化抽出し,救命救急センターで救急業務に従事する全看護師数の概数を母集団とし,許容誤差5%,信頼区間95%,回収率40%で被験者数を算出したところ370名であったため,質問紙は約1,000人への配布を目指した.層化抽出は目標数に達するまで2回行い,協力を依頼した救命救急センター78カ所のうち,33カ所の施設から協力が得られた.配布した質問紙の数は計764部であり,6つの地域毎にそれぞれ,北海道・東北地方114名(14.9%),関東地方250名(32.7%),中部地方96名(12.6%),近畿地方157名(20.5%),中国・四国地方71名(9.3%),九州・沖縄地方76名(9.9%)であった.

質問紙は,協力が得られた施設の病棟責任者などを通して対象となる看護師へ配布し,個別郵送法を用いて回収した.調査期間は2014年11月から2015年4月であった.

2) 調査内容

(1) 対象者の基本情報

対象者の基本情報を把握するため,性別,年齢,臨床経験年数,救命救急センターでの臨床経験年数,勤務している部署の設問を設けた.

(2) 看護師の感情労働

片山ら(2005)は,看護師の業務における患者の感情や状況に配慮しながら自分自身の感情をコントロールするという感情労働を測定するため,看護師の感情労働尺度を開発した.この尺度は5つの下位尺度(計26項目)で構成され,評価は「行わない」1点から「いつも行う」5点の5段階で評価する.尺度の信頼性(Cronbach α = 0.74~0.88)と妥当性は検証されている.先に述べたように,看護師が患者に対して陰性感情を持ちながら共感的態度でケアを遂行することは感情労働という概念に類似していることから,看護師の感情労働尺度とSHAS-Jとは理論的な関連が予測されるため,構成概念妥当性の検討に用いた.

(3) 共感的コーピング

共感的コーピングについて,加藤(2002)は「(他者との)対人関係におけるストレスに対する(自己の)共感に基づいた対処方法である」(カッコ内は著者が加筆)と定義している.

加藤(2002)は,O’Brien & DeLongis(1996)が認知症患者とその家族の研究から開発した共感的反応尺度をもとに,共感的コーピング尺度を開発した.この尺度は2つの下位尺度(計10項目)から構成され,評価は「あてはまらない」0点から「よくあてはまる」3点の4段階で評価する.尺度の信頼性(Cronbach α = 0.75~0.85)と妥当性は検証されている.先に述べたように,自傷患者に対して共感的態度でケアを遂行することは,看護師にとって業務上のストレスとなる可能性がある.この状況への対処は共感的コーピングと共通していると思われることから,共感的コーピング尺度とSHAS-Jとは負の相関関係を示すと考えられるため,併存的妥当性の検討に用いた.

3. 分析方法

1) 項目の除外基準

項目の除外基準は,天井効果・フロア効果,Item-Total(I-T)相関分析,項目間相関分析によって検討された.探索的因子分析による除外基準は,因子負荷量がどの因子に対しても0.35未満を示しているか,あるいは複数の因子に対して0.35以上を示している項目とした.

2) 信頼性の検討

信頼性は,可能なすべての折半方法を考慮した信頼性の推定値であるCronbach α係数を採用した.

3) 妥当性の検討

SHAS-Jの構成概念妥当性は,探索的因子分析による因子構造の確認,共分散構造分析を用いた確証的因子分析によってSHAS-Jと原版SHASとの因子構造を比較し,適合度を確認することで検証した.また,理論的に予測される外部基準との比較は,SHAS-Jの因子と看護師の感情労働尺度の相関関係を確認することで確認した.併存的妥当性は,SHAS-Jの因子と共感的コーピング尺度の相関関係を確認することで検証した.

なお,データの統計処理にはSPSS.ver22 for WindowsおよびAmos.ver22 for Windowsを使用した.

4. 倫理的配慮

本研究は,浜松医科大学医の倫理委員会の承認を得て行った(E14-240).研究協力を依頼した病院の責任者には,研究の意義と目的,方法,協力の自由意思の尊重,プライバシーの保護等について依頼文書または口頭で説明した.対象者には,研究の意義と目的,方法,協力の自由意思の尊重,プライバシーの保護等について説明した依頼文書を質問紙に同封して配布した.質問紙は回収をもって研究への同意が得られたと判断した.

Ⅲ. 結果

質問紙は764名に配布し,306名から回答が得られた(回収率40.1%).306部のうち,欠損値が多かった4部を除外して分析を行った(有効回答率39.5%).

1. 対象者の基本情報

対象者の平均年齢は34.8歳(SD = 7.4)であり,所属する部署はHCU 73名(24.2%)が最も多く,次いでICU 65名(21.5%)であった(表1).

表1 対象者の基本情報
対象者(n = 302)
Mean ± S.D. n (%)
性別
 女性 249 (82.5)
 男性 53 (17.5)
年齢 34.8 ± 7.4
臨床経験年数 12.7 ± 7.2
救急部門経験年数 5.9 ± 4.9
勤務している部署
 初療(救急外来) 45 (14.9)
 ICU 65 (21.5)
 HCU 73 (24.2)
 病棟 31 (10.3)
 その他の救急業務 7 (2.3)
 重複 78 (25.8)
 不明 3 (1.0)

2. 尺度の項目分析

原版SHASに含まれる30項目の除外基準は,天井効果・フロア効果,I-T相関分析,項目間相関分析によって確認した.項目2は天井効果があり,項目18と項目25はIT相関が0.1未満と低く,除外基準に該当した.しかし,項目18と項目25は原版SHASに含まれており,また自傷患者に対して陰性感情を持ちながら共感的態度でケアを遂行する看護師の態度を測定するために必要であることを考慮して除外しないこととした(表2).

表2 「SHAS-J」の項目分析結果(30項目)
天井効果 フロア効果 IT相関 項目間相関係数
1 自傷する人はたいてい,他者から同情を得ようとしている 5.8 3.2 0.37 –0.12~0.46
2 r 安全な環境であれば,人は自傷することを許されるべきである 7.2 4.9 0.12 0.12~0.42
3 r 道理をわきまえた人が自傷行為を行うことがある 5.6 2.3 0.23 –0.11~0.19
4 自傷患者は,ケアをしても効果がない 4.3 1.5 0.53 –0.12~0.58
5 人は自傷するとき,ケア提供者を操作しようとしていることが多い 5.1 2.6 0.14 –0.21~0.25
6 自傷する人はたいてい,誰かに仕返しをしようとしている 4.1 1.8 0.16 –0.14~0.34
7 自傷患者のケアをするのは,まったくの時間の無駄である 4.0 1.3 0.58 –0.19~0.58
8 r 個人には自傷する権利がある 6.4 3.5 0.21 –0.15~0.42
9 自傷行為は重大な非倫理的行為である 5.4 2.7 0.25 0.11~0.28
10 自傷行為を減らす方法はない 4.5 2.0 0.38 –0.13~0.5
11 自傷する人には確固とした宗教的信念がない 4.5 2.2 0.30 0.13~0.29
12 r 自傷は,自分が現実に存在し,生きている人間であることを再確認する一つのかたちなのかもしれない 5.2 2.6 0.24 0.12~0.32
13 r 自傷する人は,新たな対処方法を身につけることができる 5.1 2.7 0.27 –0.12~0.26
14 r 自傷行為は,その人にとって,周囲とのコミュニケーションのかたちである 5.3 2.7 0.20 –0.21~0.39
15 自傷患者はたいてい,注目を得ようとしているだけである 5.2 2.8 0.51 –0.12~0.47
16 自傷患者の置かれている状況は,あくまでも本人のせいである 4.3 2.0 0.39 –0.17~0.41
17 r 一部の人にとって自傷行為は,緊張を和らげる一つの方法であることがある 5.0 2.7 0.28 –0.12~0.39
18 r 自傷患者は人に受け容れられ理解されることを強く必要としている 4.5 2.2 0.08 –0.13~0.27
19 r 自傷患者には,いかなる場合でも最高水準のケアを受ける権利がある 5.3 2.5 0.36 –0.12~0.31
20 r 私は,自傷患者が自身の問題や体験について話すとき,しっかりと耳を傾けている 4.5 2.1 0.29 –0.12~0.31
21 r 私は自傷患者のことを心配している 5.0 2.5 0.53 –0.13~0.53
22 私は自傷患者に対し批判的である 5.3 2.7 0.64 0.12~0.53
23 r 私は自傷患者に対し,ケアを通して温かさや理解を示している 4.6 2.6 0.52 0.13~0.53
24 r 私は,自傷患者が自身を前向きにとらえるよう手助けしている 5.0 2.9 0.47 –0.22~0.51
25 私は,自分の患者が自傷したときには責任を感じる 6.4 3.7 –0.16 –0.19~–0.1
26 r 私は個々の自傷患者の本質を受け容れている 5.1 3.2 0.34 –0.15~0.51
27 r 私は自傷患者をケアすることにやりがいを感じている 6.2 3.8 0.58 0.12~0.57
28 r 私は自傷患者をじつによく手助けできる 6.3 4.0 0.38 0.13~0.57
29 私は,自分の家族が自傷したら恥ずかしく思うだろう 5.4 2.3 0.28 0.13~0.3
30 r 私は自傷行為を繰り返す患者に対し,とても支持的である 6.3 4.0 0.51 0.13~0.52

rは逆転項目.

3. 尺度の信頼性・妥当性の検討

1) 信頼性の検討

SHAS-Jの各因子のCronbach α係数は0.83から0.54であった(表3).

表3 「SHAS-J」の因子分析結果
因子負荷量
第1因子 第2因子 第3因子 第4因子
第1因子:共感的実践力の低さ
27 r 私は自傷患者をケアすることにやりがいを感じている 0.725 0.225 0.095 0.035
24 r 私は,自傷患者が自身を前向きにとらえるよう手助けしている 0.655 0.136 0.058 0.027
23 r 私は自傷患者に対し,ケアを通して温かさや理解を示している 0.646 0.145 0.133 0.013
26 r 私は個々の自傷患者の本質を受け容れている 0.636 –0.073 0.033 0.106
28 r 私は自傷患者をじつによく手助けできる 0.612 0.058 –0.012 0.032
30 r 私は自傷行為を繰り返す患者に対し,とても支持的である 0.574 0.207 0.106 0.140
21 r 私は自傷患者のことを心配している 0.565 0.283 0.166 –0.070
第2因子:ケアの反感
15 自傷患者はたいてい,注目を得ようとしているだけである 0.217 0.632 –0.025 0.118
7 自傷患者のケアをするのは,まったくの時間の無駄である 0.374 0.609 0.119 0.010
4 自傷患者は,ケアをしても効果がない 0.307 0.601 0.103 –0.136
16 自傷患者の置かれている状況は,あくまでも本人のせいである 0.429 0.543 0.117 0.166
22 私は自傷患者に対し批判的である 0.130 0.530 0.026 –0.011
10 自傷行為を減らす方法はない 0.150 0.499 0.158 –0.112
1 自傷する人はたいてい,他者から同情を得ようとしている 0.147 0.499 –0.106 0.100
6 自傷する人はたいてい,誰かに仕返しをしようとしている –0.131 0.491 –0.139 –0.009
11 自傷する人には確固とした宗教的信念がない –0.025 0.390 0.096 0.055
29 私は,自分の家族が自傷したら恥ずかしく思うだろう 0.075 0.383 0.010 0.026
5 人は自傷するとき,ケア提供者を操作しようとしていることが多い 0.069 0.369 –0.317 –0.058
第3因子:積極的理解の欠如
14 r 自傷行為は,その人にとって,周囲とのコミュニケーションのかたちである 0.099 –0.038 0.655 0.048
17 r 一部の人にとって自傷行為は,緊張を和らげる一つの方法であることがある 0.147 0.059 0.561 0.010
12 r 自傷は,自分が現実に存在し,生きている人間であることを再確認する一つのかたちなのかもしれない 0.075 0.078 0.462 0.100
第4因子:権利と責任に関する無知
2 r 安全な環境であれば,人は自傷することを許されるべきである 0.104 –0.088 –0.014 0.647
8 r 個人には自傷する権利がある 0.067 0.003 0.276 0.598
9 自傷行為は重大な非倫理的行為である 0.023 0.310 0.025 0.421
Cronbach α 0.83 0.80 0.60 0.54
抽出後の負荷量平方和 累積% 14.2 27.61 33.07 37.62

rは逆転項目.

主因子法バリマックス回転を行った結果を示した.

2) 妥当性の検討

探索的因子分析の因子数は,原版SHASと同様に6に固定しても収束が困難であったため,項目の内容を考慮して4に固定した.4因子の因子間相関を確認した結果,下位尺度の得点は高い相関が認められなかったため(表4),原版SHASと同じ手法である主因子法バリマックス回転を用いた.そして,どの因子に対しても因子負荷量が0.35以下を示す6項目を除外した(項目3,項目13,項目18,項目19,項目20,項目25)(表3).

表4 「SHAS-J」下位尺度得点の因子間相関
第1因子 第2因子 第3因子 第4因子
第1因子 1
第2因子 0.45 ** 1
第3因子 0.23 ** 0.13 * 1
第4因子 0.15 ** 0.16 ** 0.16 ** 1

** P < 0.01,* P < 0.05

SHAS-Jの4因子は,以下の通りに解釈し命名した.第一因子は7項目であり,すべてが逆転項目であった.項目は,「私は自傷患者をケアすることにやりがいを感じている」「私は,自傷患者が自身を前向きにとらえられるよう手助けをしている」などであったため,「共感的実践力の低さ」と命名した.第二因子は11項目であり,すべて逆転項目ではなかった.項目は,「自傷患者はたいてい,注目を得ようとしているだけである」「自傷患者のケアをするのは,まったくの時間の無駄である」などであったため,「ケアの反感」と命名した.第三因子は3項目であり,すべてが逆転項目であった.項目は,「自傷行為は,その人にとって,周囲とのコミュニケーションのかたちである」「一部の人にとって自傷行為は,緊張を和らげる一つの方法であることがある」などであっため,「積極的理解の欠如」と命名した.第四の因子は3項目であり,そのうち2項目が逆転項目であった.項目は,「安全な環境であれば,人は自傷することを許されるべきである」「個人には自傷する権利がある」などであったため,「権利と責任に関する無知」と命名した(表3).

構成概念妥当性を検討するため,SHAS-Jの因子構造について確認的因子分析を行った.SHAS-Jの4因子モデルの適合性は,GFI = 0.85,AGFI = 0.82,CFI = 0.37,RMSEA = 0.06であり,原版SHASと同様の因子構造と仮定した6因子モデルの適合性は,GFI = 0.85,AGFI = 0.81,CFI = 0.21,RMSEA = 0.07であった.

またSHAS-Jと看護師との感情労働尺度との相関分析を行ったところ,下位尺度の得点のうち,SHAS-Jの「共感的実践力の低さ」と看護師の感情労働尺度の「探索的理解」には弱い負の相関が認められた(r = –.30)(P < .01)(表5).SHAS-Jと共感的コーピング尺度との相関分析を行ったところ,下位尺度の得点のうち,SHAS-Jの「共感的実践力の低さ」と共感的コーピング尺度の「認知・情動的コーピング」「行動的コーピング」には弱い負の相関が認められ(それぞれr = –.26,r = –.31)(全てP < .01),SHAS-Jの「ケアの反感」と共感的コーピング尺度の「行動的コーピング」にも弱い負の相関が認められた(r = –.22)(P < .01)(表6).

表5 「SHAS-J」と「看護師の感情労働尺度」とのPearsonの相関係数
看護師の感情労働
探索的理解 表出抑制 表層適応 ケアの表現 深層適応
共感的実践力の低さ –0.30 ** 0.08 0.06 –0.07 –0.11
ケアの反感 –0.16 ** 0.04 0.10 0.00 –0.03
積極的理解の欠如 –0.06 –0.07 –0.03 –0.08 –0.13 *
権利と責任に関する無知 0.00 –0.01 –0.08 0.00 –0.02

** P < 0.01,* P < 0.05

表6 「SHAS-J」と「共感的コーピング尺度」とのPearsonの相関係数
共感的コーピング
認知・情動的コーピング 行動的コーピング
共感的実践力の低さ –0.26 ** –0.31 **
ケアの反感 –0.12 * –0.22 **
積極的理解の欠如 –0.07 –0.08
権利と責任に関する無知 –0.50 –0.01

** P < 0.01,* P < 0.05

Ⅳ. 考察

1. データの適切性

全国の救命救急センターで救急業務に従事する看護師を対象として質問紙を配布した結果,306名から回答が得られ,回収率は40.1%,信頼区間95%,許容誤差5.5%であった.許容誤差の精度は予測より0.5%低かったが,信頼区間と回収率は予測と一致しており,概ね母集団を反映するデータであると考えられる.また,今回の調査で配布した質問紙数の地域別割合は,都道府県別看護師数の地域別割合(日本看護協会,2008)とほぼ一致していた.そして,調査対象者の平均年齢は34.8歳であり,全国看護職員の年齢階層別百分率(日本看護協会,2012)と一致していた.以上より本データは,信頼性・妥当性の検討に活用するために適切であると言える.

2. SHAS-Jの信頼性(内的整合性)

SHAS-Jは因子分析の結果,全24項目4因子構造となり,各因子は「共感的実践力の低さ」「ケアの反感」「積極的理解の欠如」「権利と責任に関する無知」と命名された.SHAS-Jの各因子のCronbach α係数は0.83から0.54であった.4因子のうち,項目数が多い「共感的実践力の低さ」および「ケアの反感」のCronbach α係数は0.80以上を示したが,項目数が少ない「積極的理解の欠如」および「権利と責任に関する無知」のCronbach α係数は0.80以下であった.一方,原版SHASの各因子のCronbach α係数は0.81から0.52であった.SHAS-Jと原版SHASのCronbach α係数とは同等であることから,内的整合性を概ね確保していると判断した.

3. SHAS-Jの妥当性

探索的因子分析の結果,SHAS-Jは4因子構造であり,原版SHASの6因子構造とは完全には一致していなかった.SHAS-Jの因子構造では「自傷する人には確固とした宗教的信念がない」「自傷行為は重大な非倫理的行為である」「私は自傷患者に対し批判的である」という3項目が原版SHASとは異なる因子へ含まれていた.島薗・堀江(2015)は,自殺率への宗教の公的影響力は強く,その教義の中に自殺を否定するような宗教を持つ人が多い国では自殺率は低く,日本のように宗教の公的影響力が弱い国においては,私的信念としての宗教がむしろ自殺の誘因となり,自殺率を高めている可能性があることを明らかにしている.原版SHASとの因子構造の違いには日本とイギリスの宗教感の違いが影響していたと考えられる.また,因子分析の結果,SHAS-Jは原版SHASの30項目のうち 6項目が削除された.削除された項目には「自傷患者には,いかなる場合でも最高水準のケアを受ける権利がある」「私は,自分の患者が自傷したときには責任を感じる」という項目が含まれていた.一般的に権利や責任という概念は,欧米の特徴的な文化であると言われているため,日本人の感覚には適合しなかった可能性がある.以上より,SHAS-Jは原版SHASの因子構造とは異なっているものの,その重要な項目を包含しており概ね原版と同様の内容が測定可能であると考えられる.

看護師の感情労働尺度の「探索的理解」は,適切な感情の表現方法を探索しながら患者への理解を示す行為と解釈されている(片山ら,2005).「共感的実践力の低さ」は「探索的理解」と弱い負の相関が認められたことから,「共感的実践力の低さ」の得点が高い看護師は「探索的理解」を用いていないと言える.このことから,SHAS-Jと看護師の感情労働の相関関係は説明可能であり,構成概念妥当性は概ね確認されたと考えられる.

共感的コーピング尺度の「認知・情動的コーピング」は,ストレスフルな状況下での他者の感情の認知,他者の感情に対する情動的反応の両側面を含むコーピングであり,「行動的コーピング」は,他者への傾聴,慰め,援助などの向社会的なコーピングであると解釈されている(加藤,2002).「共感的実践力の低さ」は「認知・情動的コーピング」,「行動的コーピング」と弱い負の相関が認められたことから,「共感的実践力の低さ」の得点が高い看護師は共感的コーピングを用いていないと言える.また,「ケアの反感」は「行動的コーピング」と弱い負の相関が認められたことから,「ケアの反感」の得点が高い看護師は「行動的コーピング」を用いていないと言える.したがって,SHAS-Jと共感的コーピング尺度の相関分析は説明可能であり,併存的妥当性が概ね確認されたと考えられる.

4. 尺度の活用可能性

SHAS-Jは,自傷患者に対する看護師の否定的態度と逆転項目として共感的態度を測定する項目から構成され,自傷患者に対して陰性感情を持ちながら共感的態度でケアを遂行する看護師の態度を測定することが可能である.また,質問項目数が24項目であることは,必要最低限な内容を包含し,短時間で簡便に使用することが可能である.そして,原版SHASと同様にSHAS-Jは看護師に対する自傷患者のケアについての教育効果を評価するために使用することが期待できる(Patterson et al., 2007a).

Ⅴ. 研究の限界と意義

SHAS-Jは概ね信頼性と妥当性が確認されたものの,原版SHASの日本語版として用いることは可能であるが,今後バックトランスレーションを行うことで翻訳の正確性を高める必要がある.またSHAS-JはCronbach α係数が低い因子が含まれ,確認的因子分析においてもCFIが低値を示していたことから,項目内容を見直し,因子構造の再現性を検証することが必要性であると考えられる.このような限界はあるものの,SHAS-Jは自傷患者に対する看護ケアの継続と発展に十分に貢献できると考えられる.

Ⅵ. 結論

SHAS-Jは4因子で構成され,各因子のCronbach α係数は0.83~0.54であり,内的整合性による信頼性が概ね確保された.SHAS-Jの下位尺度は「共感的実践力の低さ」「ケアの反感」「積極的理解の欠如」「権利と責任に関する無知」が抽出され,それぞれ妥当性が概ね確保された.原版SHASの日本語版として用いることは可能であるが,今後バックトランスレーションを行うことが必要である.

謝辞:本研究を実施するにあたり,質問紙調査の依頼をご快諾頂きました調査協力施設の看護管理者の皆様,質問紙調査にご協力頂きました看護師の皆様,ならびに浜松医科大学医学系研究科基礎看護学メンバーの皆様に心より感謝申し上げます.本稿は平成27年度浜松医科大学大学院医学系研究科修士課程(看護学専攻)修士論文として提出したものを一部加筆・修正したものである.

利益相反:本研究における利益相反は存在しない.

著者資格:YAは研究の着想およびデザイン,統計解析の実施および草稿の作成;HKは原稿への示唆および研究プロセス全体への助言に貢献した.すべての著者は最終原稿を読み,承認した.

文献
 
© 2016 公益社団法人日本看護科学学会
feedback
Top