日本看護科学会誌
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ISSN-L : 0287-5330
原著
乳幼児を養育する母親のしつけと虐待の境界の様相
細坂 泰子茅島 江子
著者情報
キーワード: しつけ, 虐待, 境界, 育児, 母親
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2017 年 37 巻 p. 1-9

詳細
Abstract

目的:乳幼児を養育する母親のしつけと虐待の境界の様相を明らかにする.

方法:母親26名にしつけと虐待の境界と思われた体験を中心に半構造化面接を行い,修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチを用いて質的に分析した.

結果:しつけと虐待の境界に関連する様相として【母親が感情的になると無意識に押し付けてしまう子どもへのパワー】,【子どもの属性で異なるしつけ】が抽出された.その他に【しつけに対する他者評価の優位性】,【理想の母親像や母親としての責任感から蓄積する疲弊】,【周囲の支援や母親自身の力によって変化する心の余裕】が示された.

結論:しつけと虐待の境界の様相では,感情優位となった時に子どもへのパワーが生じること,境界は子どもの属性で異なることが明らかになった.母親は他者評価を重視し,理想や責任感から疲弊していた.また母親の余裕はサポートや母親自身の力によって左右された.感情のコントロール法や知識の提供,母親への評価的サポート,コミュニティ拡大への支援,有効な社会資源の提供が示唆された.

Ⅰ. 緒言

児童虐待相談対応件数は調査が始まった1990年から年々増加し続け,2014年には8.8万件を超えて23年連続増加となった.増加し続ける児童虐待の問題に対処すべく,2000年には「児童虐待の防止等に関する法律」が制定され,2004年,2007年には同法を改正し体制強化を図っているが,現在も相談件数は増加し続けており解決には至っていない.

一方で臨床や保健事業の中で“しつけ”という言葉の中に隠れた虐待を疑う事例に出会うことが少なくない.しつけと虐待の違いについて,厚生労働省は2013年に「子ども虐待対応の手引き」で「子どもの立場から,子どもの安全と健全な育成が図られている」ことがしつけであり,たとえ保護者の意図があったとしても子ども側にとって有害な行為であれば虐待であるという考えを明らかにしている.日本小児科学会では虐待の定義として「加害者の動機」が含まれず,子どもの健康と安全が危機的状況にある場合を虐待とすると示し(日本小児科学会,2006),しつけと虐待は明確に異なると定義されている.児童虐待の概念分析でもその概念を「養育者から子どもへの一方的な支配関係から成る,養育者の自覚の有無に関係しない行為による子どもの状況を基盤とした,子どものwell-beingを害する行為,及び子どものwell-beingを保つ行為の欠如」(馬場,2015)としており,しつけとは概念が異なることから必ずしも虐待がしつけの延長線上にあるとは言えない.しかし1,029名の母親を調査した研究(細井ら,2013)で母親はしつけと虐待について判断のつきにくい,曖昧な部分であると認識していることが明らかとなっている.また母親は自分の子育てが“しつけ”なのか“虐待”なのか悩んでおり(金谷・杉浦,2006),それらが虐待相談対応件数の増加につながっている可能性が考えられている.明らかに虐待と分かる行為であれば他者の視点が入ることでそれが阻止できる可能性があるが,しつけか虐待かあいまいな部分で子どもが犠牲を強いられているのであれば,それらを明らかにする必要がある.

しつけと虐待に関連する研究は主に量的研究によって,どのような行動が虐待にあたるのかについて明らかにされてきた(李ら,2012齋藤ら,2007).しかしそれらは判断に当事者である母親ですら迷う,人間生活の営みの中で起こる事象を画一的に区分けしたものであり,本来の日常生活の中での文脈とはかけ離れて分析されている可能性が高い.日常生活で重なり,浸透し,織りなされた育児の問題点やその価値体系を明らかにするには,どのような状況下で,母親自身がどうやって個々の育児行動を,しつけもしくは虐待と知覚するのかについて質的研究でされる必要がある.しかし現時点でこの研究目的を質的に解決した研究はまだない.

本研究では乳幼児を養育している母親に対し,しつけと虐待の境界の様相を物語られる育児行動に着目して分析し,明らかにすることを目的とした.

Ⅱ. 用語の定義

母親のしつけと虐待の境界の様相

様相とはものごとのありさまを示す用語であり,本研究におけるしつけと虐待の境界の様相とは,母親が知覚する,しつけではない,虐待とも言えない,曖昧で自信が持てない不確実な育児行動そのもののありさまと定義する.

Ⅲ. 研究方法

1. 研究デザイン

修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチ(以下,M-GTA)を用いた質的研究

2. 調査期間

平成26年10月16日~平成27年4月2日

3. 研究対象者と選定理由

対象者は乳幼児を養育する母親で,育児に対する心理的・身体的影響を配慮して,精神疾患合併の母親および重度の身体障害児を養育している対象者は除外した.乳幼児を養育する母親を選定したのは,被虐待児は6歳までの乳幼児期が43.5%(厚生労働省,2014)と高い割合を占めていること,0歳から就学前の子どもを養育する母親は,しつけを育児不安の因子として回答している割合が62.3%ともっとも高く(厚生労働省,2009),この時期の母親へのしつけと虐待の境界に関連する支援の必要性は高いと考えられたからである.また学童期以後はしつけ以外の学業に関連する項目の比重が高くなることから,乳幼児を養育する母親を対象とし,学童期以上の長子を持つ母親には乳幼児への育児行動についての回答のみを依頼した.

まず首都圏にある幼稚園・保育園を無作為に50施設選択し研究協力依頼のポスターを掲示した.ポスターには研究の目的,方法,対象者となる方の条件,お願いする内容,研究の連絡先について記述し,自ら研究協力を申し出た母親およびそれらの母親の知人を介した雪だるま抽出法によって研究対象者のリクルートを行った.対象者から研究者に連絡を受けた後,研究者から電話等で研究協力確認の連絡を取り,同時に面接の日時調整を行った.面接日にも開始前に協力意思を再確認した.

4. データ収集方法

インタビューガイドを用いた半構造化面接を実施した.面接内容は対象者の属性の他に,しつけと虐待の境界と思われた体験とその理由,どんな状況で境界と感じたのか,その時の母親の知覚と行動とした.面接は1人1回約60分行い,承諾を得た上でICレコーダーに録音した.場所は研究対象者が指定した対象者の住居近くにある音楽がかかったコーヒーショップ等で,プライバシーが保持できるようなるべく隅のテーブルを確保して行った.

5. 分析方法

本研究は,M-GTAを用いて分析を行った.M-GTAはデータに密着した分析によって理論を生成するアプローチで,人間行動の変化と多様性を予測できる分析方法である.同時に実践的活用に力点を置く研究方法となっている(木下,2007).本研究で求めるのは,環境や状況によって日々変化する社会的相互作用の中に存在するしつけと虐待の境界であることからM-GTAを用いた.分析焦点者は「乳幼児を養育している母親」とし,分析テーマは「母親は日々の育児の中でしつけなのか虐待なのか母親自身も判断がつかないあいまいな位置にある『境界』をどのように語り,どのような育児行動の特徴があるのか」とした.

分析は逐語録を熟読後,しつけと虐待の境界に関連した箇所を文章または段落ごとに抽出,解釈し,事例の背景を詳細に検討しながら概念を生成した.データは分析ワークシートの活用,継続的比較分析によって,深い解釈に努めて偏った分析を防いだ.さらにカテゴリー間の比較分析を行いながら,しつけと虐待の境界の様相についてストーリーラインを検討した.研究代表者が行った分析の経過は共同研究者や地域で日々母親と接触のある助産師と合意が得られるまで検討し,整合性を深めた.

6. 倫理的配慮

対象者には幼稚園や保育園の掲示板に研究の目的,方法,依頼内容等について記述したポスターに研究者の連絡先を貼付し,対象者から参加の意思を表出して頂いた.対象者から連絡を頂いた後,再度対象者には研究者が研究の趣旨と匿名性の保持,自由意思での参加,中途辞退の権利,結果の公表等について書面と口頭で説明し,協力の意思確認を行い,同意書にて同意を得た.本研究は東京慈恵会医科大学倫理委員会の承認(承認番号:26-081)を得て実施した.

Ⅳ. 結果

1. 対象者の概要

対象者は乳幼児を養育する母親で,カテゴリーの追加抽出がないと確認した26名とした.対象者の平均年齢は39.0歳で,子どもの平均人数は1.8人,平均同居人数は3.8人であった.男児を養育している母親は13名,女児は11名で,男女ともに養育していた母親は2名だった.専業主婦が11名(42.3%),正社員は7名(26.9%),自営業が2名(7.7%),パート・アルバイトが6名(23.1%)だった.全員が子どもとその父親と同居していた.

2. しつけと虐待の境界の様相に対するカテゴリー

1) 研究結果の概要

インタビューデータの分析結果から,しつけと虐待の境界に関連する様相を示すカテゴリーとして【母親が感情的になると無意識に押し付けてしまう子どもへのパワー】,【子どもの属性で異なるしつけ】が抽出された.その他に【しつけに対する他者評価の優位性】,【理想の母親像や母親としての責任感から蓄積する疲弊】,【周囲の支援や母親自身の力によって変化する心の余裕】が示された.以下,本文中,カテゴリーは【 】,概念は《 》を示す.各内容の一覧は表1に示す.

表1 しつけと虐待の境界を構成するカテゴリーとその内容
カテゴリー 概念 バリエーション
母親が感情的になると無意識に押し付けてしまう子どもへのパワー 感情優位で生じる不条理なしつけ 「その子のために言っていたことが,自分のイライラをぶつけるためだけに言葉を発するようになってくるんですよね.自分のイライラを抑える為だけに叫んでるみたいな感じ.ストレス発散ですよね.」
大人の権力でねじ伏せられる子ども 「やっぱり弱いんですよね子どもって.人として扱ってないっていうのも突拍子のない言い方なんですけれど,叩いている瞬間は忘れてますよね.無視して忘れてる.」
しつけの良し悪しへの葛藤 「普通に悪いことをしたら叩くというのが日本の子育てだったわけで.(中略)そういうので育ってきてるから,悪いことしたら叩かれることもあるんだっていう風に思う自分がいて.二つの価値観の中でちょうど生きてきた私にとってはどっちを採用しなくてはいけないのかってところで揺れるんです.」
子どもの属性で異なるしつけ 発達によって変化する境界 「小さい時は親がサポートしなきゃいけないことってあるじゃないですか?それをしなければ生きていけないこともあって,それを絶ってしまえば“虐待”になるのかな」
二人目の負荷と達観 「今まで一番辛かったのは下の子が産まれた時.そう,子どもが二人になるって何か二倍じゃなくて,百倍くらいになるっていうか.」「2番目は本当に楽というか,何もしなくても勝手に寝ていて,手がかからない.お腹がいっぱいで部屋が暖かければ寝るみたいな感じで.」
性差で異なる育児方針 「 男の子であれば,ちょっと頭ゴツンとか,お尻をパンってやるとか,そういう躾があってもいいんじゃないかなぁって私は思っちゃってて.」
しつけに対する他者評価の優位性 他者へのアピールとしてのしつけ 「周りが自分をどう見るんだろうというのにすごくとらわれて,何とかしなければ私がどう思われちゃうんだろうっていう思いがあって.」
「結局自分のためかもしれないって.子どもが他の人から見て良い子だって思われたい.その感情かなって.」
理想の母親であるべしという承認欲求 「ちゃんとやりたいっていう思いがきっと.仕事も育児も家事もちゃんとやりたい.」
泣かせちゃいけないプレッシャー 「子どもが結構毎日ギャーギャー,ギャーギャー泣いたりとかする声が.世間体的な,いつか児童相談所の人がピンポンって訪ねてくるんじゃないかとか.こんなに毎日泣いていて,なんか「あのお母さんが」みたいに言われているんじゃないかなあとか,そういう心配も,やっぱりあります.」
他の子と比べることで陥る苛立ち 「なんでうちの娘だけ?っていう思いにとらわれてしまって,そこから何度行っても伝わらない娘にイライラしてきて,すごく大きな声で怒ってしまったり,手が出てしまったり.」
周囲に見る素敵ママから受ける焦燥感 「周りがすごく優しいママに見えるから,自分はいつもなんでこんなに怒っているんだろうとか,すごく自責の念に駆られるんですよね.」
理想の母親像や母親としての責任感から蓄積する疲弊 母親の育児責任の重さに対する不安と焦り 「自分がきちんとこう,大人にしていくっていう責任をすごい感じていて.自分の子は自分がちゃんと言わないと,自分がちゃんとやらないと,誰も言ってくれない,責任みたいなことはすごい感じていて」
答えのない育児の中でもがき続ける母親 「育児の結果ってすぐに見えないですよね.私の思う育児のゴールって,一人で生きていく力を持つっていうのがゴールなんですね.どうしたらニートにならないかなんて誰も答えを出してないですよ.」
子どもを預けることへの罪悪感 「やっぱり仕事をしているから子どもと関わる時間が圧倒的に短いなっていうのはすごく感じていて,そこは子どもに対して申し訳ないなという気持ちが常にあるんですね.」
「(専業主婦は)午後,2,3時間預けるのも,なんか,ちょっとダメな…できていない親みたいな感じになるので.」
溢れる情報に翻弄される 「今は情報が盛んだし,こうやってしつけるとこういう子になるとか,TVとかでやってたり,育児雑誌もいっぱいあるし,そういうのにやっぱり発育時はとらわれまくってますよね.最初はすごく見ていたんですけど,余計に落ち込んできちゃって.」
365日続く育児に疲弊する母親 「睡眠が取れなくて,夜通し寝るっていう普通の事が出来なくなっちゃって,それで人間の何かがもうコントロールが全部出来なくて.寝ないと人は壊れるなって気づいたのはその時期です.」
周囲の支援や母親自身の力によって変化する心の余裕 精神的・物理的支援に比例する母親の安定力 「(育児不安が)まったくなくなることは絶対ないと思うんです.ただ,少しでもそれが軽減できるとすれば,時間的な理由.」
「やっぱり夫ですかね.話を聞いてくれましたね.そうなんだねって.」
子どもでつながるママ友に感じる支えとストレス 「家で育児をメインでしてる者同士,同調してくれる率がやっぱり高いから,話しててもスッキリしますよね.」
「ママ友って結局人間対人間じゃないですか,言ってしまえば煩わしい部分もあって.期間限定の付き合いじゃないですか,子どもありきだから.」
頼りになる専門家の知識と情報 「健診の時にチラシをもらっていったんです.で,お友達も出来て.そういう意味ではそれをきっかけに外に出るようになったかなって.」
育児中の孤独感の切羽詰まった辛さ 「近所にも行き来出来る友達もまだいなくて,孤立してるなっていう感じがありました.その2歳から3歳までの時がけっこう一人で育児,みたいな感覚で辛かったです.」
虐待をする母親と紙一重の怖さ 「私もそういう時代は(TVで放送される虐待事例と)紙一重だったのかなと思って.周りに助けてくれる人がいない,私も母親が遠方だったんですね.なので小さい時は自分と子供しかいないみたいな感じだったので,気持ちがわかるような.本当に紙一重だなって.」

2) ストーリーライン

母親は日頃の育児行動の中で感情の押し付けと捉えられる状況や子どもの属性によって,しつけと虐待の境界へ変容すると知覚し葛藤する母親が多く,【母親が感情的になると無意識に押し付けてしまう子どもへのパワー】と【子どもの属性で異なるしつけ】の両カテゴリーが特にその葛藤の様相を生み出していた.この二つのカテゴリーは境界から虐待寄りに位置づけられた.母親は【しつけに対する他者評価の優位性】を重視するあまり,【理想の母親像や母親としての責任感から蓄積する疲弊】を経験していた.これら二つのカテゴリーは前述した境界から虐待寄りの二つのカテゴリーと相互に影響していた.また母親の育児行動の基盤として【周囲の支援や母親自身の力によって変化する心の余裕】が抽出された.このカテゴリーは母親自身が持つサポートや能力の有無が,しつけが虐待へ移行するかどうかの変化を生み出すことからすべてのカテゴリーに影響し,しつけにも虐待にもなりうる育児行動全体に影響を及ぼしていた.以下,各カテゴリーと概念について記述する.

3) 【母親が感情的になると無意識に押し付けてしまう子どもへのパワー】

母親は子どもに対する親のパワーを無意識に利用しており,しつけの中で時に子どもの人格を無視した親からの押し付けを行うことがあると知覚していた.以下の3概念から構成された.

《感情優位で生じる不条理なしつけ》では,母親は自分の感情のコントロールが効かなくなった時に感情優位となり,余裕のなさからくるネガティブな感情によって,しつけと虐待の境界に陥ることが多いと知覚していた.《大人の権力でねじ伏せられる子ども》では,親が持つ子どもに対するパワーを知覚しつつ,時に威圧的に行動してしまう一面を持つことを知覚していた.《しつけの良し悪しへの葛藤》では,自分の生育体験や日本の文化的な背景から,多くの母親は体罰を含めたしつけについて強い否定を示していないものの,昨今の“体罰は悪”,という価値観に触れるたびに自分の育児に葛藤する感情を知覚していた.

4) 【子どもの属性で異なるしつけ】

母親は子どもの年齢や発達,きょうだいの数や性別によってしつけが異なると知覚していた.身の回りの世話が主になる乳幼児時期は子どもが母親に依存し,より虐待に転びやすい要素をはらんでいた.以下の3概念から構成された.

《発達によって変化する境界》では,子どもの年齢や発達によってしつけと虐待の境界が変化することから,どこまでがしつけといえるのか揺らぐ気持ちを知覚していた.《二人目の負荷と達観》では,複数の子どもを養育することで体力的・精神的に疲労困憊する一方で,経験値から育児に対して余裕が生じ育児に動じない部分も知覚していた.《性差で異なる育児方針》では,母親は子どもの性別によって育児の困難さや育児方針が異なった.特に男児の母親は行動の理解しにくさを知覚し,男の子らしさといった形容の中で体罰がしつけに包含されると知覚することが多かった.

5) 【しつけに対する他者評価の優位性】

他者に親失格と言われることの恐怖を持ち,育児に対する他者評価が自分の評価につながっていると考えていることから,しつけの指標が他者からみた理想的な親としてみなされることであると知覚していた.以下の5概念で構成された.

多くの母親は“ちゃんとしつけをしていない”と他者に認識されることが辛い体験となっていた.このことから子どもへのしつけが自分自身の評価とつながると感じ,他者の評価を気にするあまりに子どものためではなく自分のために行う《他者へのアピールとしてのしつけ》を知覚していた.また母親は勤労状況や置かれている環境に関わらず,子どもの食生活の管理も含め,家事や育児は母親が行うべきであると感じていた.それらをこなしてこそ母親としての存在意義を認められる《理想の母親であるベしという承認欲求》を知覚していた.同時に母親はどんな状況であれ,子どもが泣くことで周囲に虐待していると思われるのではと恐怖を感じていた.母親は子どもの泣きに敏感で,泣かせてしまった自責感も加わりかなりの苦痛を伴い,強く《泣かせちゃいけないプレッシャー》を知覚していた.また他の子と比べても仕方がないと理解していながら,子どもに対する苛立ちがしつけや怒りとなって表出してしまう《他の子と比べることで陥る苛立ち》や,周囲の母親が総じて良い母親に見えることから,そうならなければならないと知覚する《周囲の素敵ママから受ける焦燥感》を知覚していた.

6) 【理想の母親像や母親としての責任感から蓄積する疲弊】

母親は職業の有無に関わらず,家事や育児,仕事の両立を自分の理想通りにやらねばならない,やり遂げたいと知覚しており,その理想像と母親としての責任感が蓄積し,疲弊していた.以下の5概念で構成された.

母親は日々のしつけが子どもに与える影響は大きく,子どもが小さい程その影響が大きいと自覚していたことから《母親の育児責任の重さに対する不安と焦り》を知覚していた.また多くの母親が考える育児のゴールとは,就職した時や自立した時など遠い未来であり,現時点では自分の育児が正しいのか判断できないと感じていた.そのため《答えのない育児の中でもがき続ける母親》では,先が見えない育児を行う中で迷い,落ち込み,揺れる感情を知覚していた.同時に母親はたとえ仕事などの正当な理由であっても,母親の都合で《子どもを預けることへの罪悪感》をより敏感に知覚していた.働く母親は子どもとの接触時間が短く愛情不足と指摘されることを,専業主婦は家にいるなら育児をになうべきとの価値観念とお金を払ってまで預けるのかという経済的観念が混在し,いずれも罪悪感が増幅していた.また利便性の良い情報は有用である一方,情報が氾濫し個別性に対応しきれない《溢れる情報に翻弄される》,放棄できない家事や育児を抱える一方で,これは自分のすべき仕事だとも理解し,その両者の狭間で行き詰る《365日続く育児に疲弊する母親》を知覚していた.

7) 【周囲の支援や母親自身の力によって変化する心の余裕】

乳幼児を養育する母親には夫や両親,ママ友や専門職など多くのサポートが存在した.しかしそれらは支援の内容や多寡,母親自身の能力に左右され,個々の性格や環境によってはサポートがストレスになることも知覚していた.以下の5概念で構成された.

《精神的・物理的支援に比例する母親の安定力》では経済的安定,時間的余裕,周囲のサポート力があることで心の余裕を生みだしていた.特に夫のサポートは有用だったが,期待していたサポートが不足した場合にむしろ敵意を持つことや,時間的な余裕に対する概念は働く母親に多い特徴があった.またママ友は育児をもっとも共有できる存在で育児仲間としてお互いの育児を安定させる一面もあったが,子ども同士の仲が良いことが前提の友達という点で,友人とは異なる難しさを持つ《子どもでつながるママ友に感じる支えとストレス》を知覚していた.その他に家庭訪問や健診時に専門家からもたらされる公的な機関からの情報が有用であったことから,周囲の家族や友人では解決できない問題に対して多くの母親が《頼りになる専門家の知識と情報》を有用なサポート源として知覚していた.一方で母親は夫やママ友の不存在から生じるサポートの欠如に《育児中の孤独感の切羽詰まった辛さ》を知覚し,育児に自信を持てない多くの母親は虐待のニュースに私もやりかねない,子育てをするまでは虐待をする母親の気持ちなんてまったく理解できないと思っていたのに,今はその気持ちも理解できると《虐待をする母親と紙一重の怖さ》を知覚していた.

Ⅴ. 考察

1. 乳幼児を養育する母親のしつけと虐待の境界の様相

【母親が感情的になると無意識に押し付けてしまう子どもへのパワー】では,親子関係には圧倒的なパワーの差が存在し,母親は感情優位となった時に無意識に親のパワーを押し付けることがあるという特徴が明らかになった.未就学児を持つ親の不安はしつけに関することが62.3%ともっとも多い(厚生労働省,2009).しつけの認識は養育者の属性や環境が関連し,女子学生は男子学生よりも体罰をより強く否定的にとらえ,時代によってどこまでがしつけと考えられるのかは変わること(赤羽ら,2015),心理的虐待については認知が低いものがあること(新家ら,2004)が明らかになっている.本研究の対象者は,体罰ではなく自分自身の感情がセーブ出来たか出来なかったかが,しつけと虐待の境界であると知覚することが多かった.先行研究では日本の96.6%の母親が何らかの体罰を行っていること(金谷・杉浦,2006)や,親の子どもへの支配的な力関係が体罰に関連すること(Strickland et al., 2013)が明らかにされている.育児はコミュニケーション能力が充分でない子どもとの関わりの積み重ねであり,多くの母親が感情的に子どもに接することがある.しかし母親の感情的な関わりのレベルに応じた権威主義的なしつけが乳幼児の適応に影響を及ぼす(Towe-Goodman & Teti, 2008)ことや厳しいしつけが子どもの内面的な精神健康状態にネガティブに相関すること(Hecker et al., 2016),母親の衝動性が子どもへの肯定的な態度と負の相関があること(Chen & Johnston, 2007)といった研究結果からも,時に母親が感情的になることで親のパワーを押し付けてしまうことは,ネガティブな養育行動と結びつく可能性が高い.今後は母親の感情をコントロールする方策やしつけに対する不安を軽減するため,特に近年急増傾向である心理的虐待をどのように定義していくのかについて,より多くの研究がなされる必要があると考えられた.

【子どもの属性で異なる育児】では,子どもの年齢や発達によって育児内容やしつけが異なることが明らかになった.新生児期に比べて乳幼児期は年齢が上がることでよりしつけが厳しくなる傾向(Socolar et al., 2007Regalado et al., 2004)がある.そのためしつけと虐待の境界に対する逡巡はしつけに対する責任が重くなる乳幼児を養育する母親に特有な感情であることが示唆された.また一人目の育児は初めての母親体験で悩み戸惑うことが多いが,二人目以降はある意味達観できる一方でどちらにも手がかかり,体力的・精神的に疲労困憊していたことが明らかになった.子どもが複数の場合に虐待認識のオッズ比が3.14と高くなる(横山ら,2011)ことからも,従来育児不安が強いとされる初産婦だけでなく,経産婦にも重点的に支援が必要であることが示唆された.同様に子どもの性別によってもしつけに差があった.母親は男児には男の子らしさを求め,多少の体罰は必要と知覚していた.女児は男児に比べて問題行動が少なく(Stein et al., 2013),男児は感情優位で問題行動や多動傾向にあることから親の養育行動に性差がある(Tong et al., 2015)こと,男児は身体的虐待をより多く受けている(Lee & Kim, 2011)との報告もあり,子どもの性別が先天的に持つ特性について知識を提供していく必要が示された.

母親はしつけを行う中で【しつけに対する他者評価の優位性】を常に知覚していた.乳幼児を持つ母親は他者評価を気にしてプレッシャーになる傾向(東ら,2009)が明らかになっており,本研究でも同様のカテゴリーが検出された.母親の周囲には子どもの泣きに対する敏感さ(佐々木ら,2010)の高い他者が多く存在し,生理的な泣きであっても泣かせ続けていることは良い母親とみなされず,まったくの他人からの批判であったとしてもひどく母親を傷つけ,辛い体験として知覚され続けていた.また母親は子どもや自分を他者と比べることで苛立ちや焦燥感を持っていた.他者比較は母親だけでなく子どもも傷つける(小高,2006).母親自身の育児を他者が肯定的に評価していくことで母親の心理的安定をもたらすことが示唆された.

【理想の母親像や母親としての責任感から蓄積する疲弊】では母親は各々の理想の母親像に縛られていた.先行研究でも母親は頑張らずにはいられないことが指摘(東ら,2009)されており,自分の子どもは自分が責任を持って教えなければならないという母親の重圧からくる疲弊が抽出された.子どもを預けることに対する罪悪感は,親として保育を利用した経験が三歳児神話の否定に影響する(増田ら,2005)としているが,本研究では働く母親も専業主婦も子どもは母親が育てるべきだという価値に縛られ,勤労状況に差異はなかった.脇本は母子間の不適切な関わりに,感情因子・体罰因子・完璧因子が相互に関連していることを明らかにしている(脇本,2015).理想の母親像という完璧因子は感情や体罰とも相関するため,母親のみが完璧を求めるのではなく,社会全体で子育てを担い,母親個人も尊重されうる支援が求められる.同時に母親が自分の時間や睡眠時間を持てないことは育児ストレスのストレッサーになる(大橋ら,2012関島,2012)ことから,育児中に子どもから離れる時間を持つこと,疲労が蓄積しない睡眠時間を確保することは母親にとって支援になりうると考えられた.

また現代社会における情報検索は利便性が高く有効である一方,情報バイアスや個々の環境や性質の中で我が子に合致した育児情報を探すのは困難である.母親の基礎的情報能力と情報活用の自己評価が高い保護者は子育ての自信度も高い(住吉ら,2015)ことや,母親はネット上で同じ体験をした母親の意見を聞くことで自分なりの育児を模索すること(井田・猪下,2015)から,母親が自分にとって有用な情報を取捨選択できる能力を高めることも必要な育児技術になりうる可能性が示唆された.

【周囲の支援や母親自身の力によって変化する心の余裕】では,夫をはじめとした母親の周囲に存在するサポートやそれを有益にするための母親自身の能力によって母親の心の余裕がうまれることが示された.子育ての負担に家族や社会からの孤立や,子育てによる束縛感(井出ら,2013)が影響すること,地域で子育てを通じた付き合いがより親密である母親の方が子育てを楽しいと感じる時が多い(厚生労働省,2003)ことが明らかになっている.親と他者とのより良い関係が児童虐待の連続性を減少させる可能性があること(Schofield et al., 2013)からも,家族だけでなく社会とのつながりを持つことが母親の育児の安定を高めることが示唆された.本研究対象者の多くは虐待をする母親と自分は紙一重であったが,周囲のサポートによってそれを回避できてきたと知覚していた.仕事を持つことや自分自身の時間を持つこと,自分の育児を口に出せるママ友の存在,専門家からの自分の子どもに合った適切な助言が母親のサポート源になりうることが示唆された.

2. しつけと虐待の境界の様相に着目した看護への示唆

どの母親も育児に葛藤していた.母親への支援としては各カテゴリーに対する以下の5点の支援が考えられた.

第一に育児は親子間に歴然としたパワーの差があることを理解した上で,母親が感情をコントロールする方法を知識として提供することである.感情コントロールのためのプログラムを用いた研修(Fabrizio et al., 2015)の実施や肯定的注目を用いた親支援(中満,2015)が必要だと考えられた.

第二に子どもの属性に起因する特徴について知識を提供する必要がある.男児であることや第二子以降であることがリスク因子になりうることなど,子どもの属性に応じた育児方法の提供が重要だと考えられた.

第三に母親への評価的サポートの重要性が挙げられる.母親は常に他者の視線にさらされ続けることで多くのストレスを受けていた.まずは他者が母親自身を肯定的に支援することが重要である.母親の周囲に対し,肯定的なサポートを行うように支援すること,子どもの泣きに対する知識・技術の提供を周囲にも行うことが必要である.

第四に家族や友人だけでなくソーシャルネットワークを含めたコミュニティを広げることが母親の個人としての自己を確立し,肯定的な自己評価につながると考えられる.母親としての側面だけでなく個人としての自己が統合されている母親は積極的で広いコミュニティを持ち,母親の自我同一性確立に有効であること(宮本ら,2008)が明らかになっている.家族を含めた他者との良好な関係性や,地域との積極的な関わりが肯定的な自己評価につながると考えられた.

第五に利便性が高く誰もが利用できる専門職や公的サービスを利用した有効な社会資源の活用である.具体的な知識の提供やママ友を作ることは,必要なサポートを得ることにつながり有効な手段となりやすい.乳幼児を養育する母親は育ったコミュニティと異なる居住地区に住むことが多く,それらを充分に得られていないことが多いが,適切な専門職からの助言は母親も子どもも動かすことができるパワーがある.強制ではなく誰もが参加でき,そこに集うことでメリットがある機関を提示し,提供していく必要がある.

Ⅵ. 研究の限界と今後の課題

本研究は研究対象地域を首都圏に限定していることから,大都市としての地域特性による偏りが考えられる.データが充分に飽和したと思われる対象数からのデータを確保したが,今後は各地域による差異についても検証を行う必要がある.また看護への示唆が実際に地域で生活する母親にどのように効果があるのか,具体的な支援策のみで実践的活用の検証ができていない.今後は本研究の知見を広く公開し,支援方法として普及・発展させていく必要がある.

Ⅶ. 結論

乳幼児を養育する母親のしつけと虐待の境界の様相として,【母親が感情的になると無意識に押し付けてしまう子どもへのパワー】と【子どもの属性で異なるしつけ】が明らかになった.母親は【しつけに対する他者評価の優位性】を重視するあまり,【理想の母親像や母親としての責任感から蓄積する疲弊】を経験していた.また母親の育児行動の基盤として【周囲の支援や母親自身の力によって変化する心の余裕】が抽出された.乳幼児を養育する母親への支援として,感情のコントロール法や子どもの属性に起因する知識の提供,母親への評価的サポート,母親のコミュニティ拡大への支援,有効な社会資源の提供が示唆された.

謝辞:本研究の実施にあたり,快くインタビューにご協力して下さいました対象者の皆様に深謝いたします.

なお本研究は平成26年~28年度JSPS科研費2635941,研究代表者 細坂泰子)の一部である.

利益相反:本研究における利益相反は存在しない.

著者資格:YHは研究の着想およびデザイン,データ収集・分析,原稿の作成までの研究プロセス全体に貢献;KKは分析解釈,研究プロセス全体への助言に貢献した.すべての著者は最終原稿を読み,承認した.

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