日本看護科学会誌
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原著
2型糖尿病を有する高齢者への教育的支援の方向づけ
―療養スタイルの変化の可能性の評価という看護師の見極め―
川村 崇郎太田 喜久子
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2017 年 37 巻 p. 45-54

詳細
Abstract

目的:2型糖尿病を有する高齢者に教育的支援を行う場面で,外来看護師は教育の方向性をどのように決定するのか明らかにする.

方法:2型糖尿病を有する高齢者へ教育的支援を行った経験をもつ外来看護師6名に半構造的面接を行い,収集したデータを,グラウンデッド・セオリー・アプローチを用いて分析した.

結果:12の概念で構成される【療養スタイルの変化の可能性の評価】という現象が明らかになった.看護師が【療養スタイルの変化の可能性を評価】することで,《変化に向けた教育》,《現状維持という方向性》,《方針の見直し》という3つの異なる方向性に至っていた.

結論:【療養スタイルの変化の可能性の評価】は個々に適した教育の方向性を導くと同時に高齢者の安全を確保するために必要である.一概に変化を目指すのではなく,療養の方向性の検討,目標の共有,意欲の確認を行って《現状維持という方向性》への転換を検討する必要がある.

Ⅰ. 緒言

本邦では,糖尿病が強く疑われる者の人口は増加傾向にある.特に高齢者は糖尿病の有病率が高く,高齢化の進行に伴い,今後も糖尿病を有する高齢者の増加が予測される.糖尿病を有する高齢者に関しては,生活の質(Quality of life:以下QOL)が低下する傾向にあると示唆される一方で(Nezu et al., 2014),糖尿病を有する高齢者のQOLは教育的支援により向上し得るとされ(Kargar et al., 2015),効果的な教育的支援は重要と言える.

近年,糖尿病患者の療養の場は病院から在宅へと移行しており,外来での教育的支援の重要性は高い.しかし,本邦の外来における教育的支援には課題がある.糖尿病を有する高齢者の療養に関して,外来看護師が問題状況を認識する一方で(中村,2014),外来では時間や人員の不足など,十分な教育的支援の環境が整っているとは言えず,看護師の教育能力の不足も指摘される(清水ら,2005).したがって環境による制限の多い外来において,糖尿病を有する高齢者への効果的な教育的支援を検討する必要がある.中でも2型糖尿病は個人の生活習慣に影響を受ける疾患であり,個々に適した教育的支援が必要となる.

したがって本研究では,2型糖尿病を有する高齢者を対象とした教育的支援において,糖尿病看護の専門的能力の高い外来看護師が教育の方向性をどのように決定するのか明らかにすることを目的とする.その結果から,2型糖尿病を有する高齢者の療養を支える効果的な教育的支援について示唆を得られる.

Ⅱ. 研究目的

2型糖尿病を有する高齢者に教育的支援を行う場面で,外来看護師は教育の方向性をどのように決定するのか明らかにする.

Ⅲ. 用語の定義

教育モデルによる患者教育やエンパワメント(日本糖尿病学会,2015)の視点を参考に,本研究では教育的支援を「対象者の知識,心構え,習得能力,学習準備状態を評価しながら,対象者が積極的に治療や療養行動に取り組めるように援助する教育的な活動」と定義する.

Ⅳ. 研究方法

1. 研究対象施設および研究参加者

研究対象施設は,2型糖尿病を有する高齢者への糖尿病看護に関して一定以上の質が担保されている必要があるため,糖尿病看護に関連した資格や経験を有する外来看護師が多いX大学病院とした.X大学病院には通院継続中の糖尿病患者が3,400名程度いる.療養に関して知識の提供が必要な患者や,病状や血糖コントロールが不良な患者に対して,医師の依頼を受けたり,待ち時間の中での訴え等から看護師が必要性を判断して教育的支援を行っていた.

研究参加者は,①糖尿病治療の目的で高齢者が通院する外来に勤務し,②病棟や外来における看護師経験が5年以上あり,③①の外来において高齢者に教育的支援を行った経験を有する看護師とした.研究参加者は教育の方向性を検討する能力を有している必要がある.したがって,②のように経験年数を設定し,Bennerが示す中堅以上の看護師を抽出した(Benner, 1984/2005).

研究対象施設の看護部を通して,研究参加者の条件を満たす者に研究参加依頼の文書を配布し,口頭および文書で研究に関する説明を行った.説明を受けた上で研究参加に同意を示し,同意書に署名した者を研究参加者とした.

2. データ収集方法

2015年6月から10月の間に,アンケート(研究参加者の年齢,性別,保有資格,看護師経験年数,当該外来経験年数等)および約60分の半構造的面接によりデータを収集した.面接では,①65歳以上で,②医師又は看護師が教育的支援の必要性を判断し,③精神疾患又は認知症と診断されておらず,④一人で教育的支援を受けた2型糖尿病を有する高齢者を対象に過去1年以内に行った教育的支援の情報を収集した.主な質問は,対象となった高齢者の情報,教育目標や方法,高齢者への支援内容,研究参加者の思考や判断についてである.研究参加者の了解を得て面接内容をICレコーダーに録音し,メモをとった.

3. 分析方法

分析にはグラウンデッド・セオリー・アプローチ(以下GTA)(戈木クレイグヒル,20132014)を用いた.高齢者と看護師の間で相互作用が生じ,教育的支援の方向性は変化するため,GTAが適すると考えた.手順を以下に示す.

①録音した面接内容を逐語録に起こす.面接中のメモを参考に,逐語録に特記事項を加えてテクストとする.テクストを読み込み,指示語が示す内容を検討し,括弧つきで補足する.テクストは,内容ごとに区切って切片化する.

②切片ごとにプロパティ(物事を見るときの視点)とディメンション(プロパティから見たときの位置づけや次元)を抽出し,それらをもとにラベル名をつける.各切片のラベル名,プロパティやディメンションを照合し,類似性の高いラベル名を統合して,カテゴリを抽出し,カテゴリ名をつける.各ラベルで類似,共通するプロパティをもとにカテゴリは統合され,各カテゴリはそれらのプロパティとディメンションによって説明づけられる.

③カテゴリ同士をプロパティとディメンションによって結び付け,カテゴリ関連図を作成する.現象の中心となるカテゴリ名を現象名とする.

④1事例の分析が終わるごとに,他のテクストから作成した同じ現象についてのカテゴリを統合し,関連性を検討してカテゴリ関連図とストーリーラインを作成し,現象を把握する.

分析の信頼性・妥当性を担保するために,GTAの検討会にて分析内容を検討するとともに,老年看護学およびGTAの専門家からスーパーバイズを受けた.

4. 倫理的配慮

本研究は慶應義塾大学大学院健康マネジメント研究科研究倫理審査委員会の承認(承認番号:2015-5)を得て実施した.研究参加者は研究の主旨について口頭と書面で説明を受け,研究参加に同意する場合に,自由意思に基づいて同意書に署名した.また研究者は,インタビュー中に語られる高齢者の情報収集に関してカルテを閲覧せず,必要な情報のみ研究参加者から得た.研究に関して,プライバシーと個人情報の保護を厳守した.

Ⅴ. 結果

1. 研究参加者および語られた高齢者

研究参加者および語られた高齢者の属性を表1に示す.研究参加者は糖尿病看護の資格や豊富な経験を有し,糖尿病教育の専門的能力が高いと言える.

表1 研究参加者および語られた高齢者の属性
No. 研究参加者(看護師)の属性 面接時間 高齢者の属性 教育的支援の内容と高齢者の療養上の問題点
研究参加者の年齢/性別 保有資格(糖尿病看護の経験) 看護師経験年数 当該外来経験年数 高齢者の年齢/性別 高齢者の治療内容
1 50歳代/女性A氏 糖尿病療養指導士 30年 7年 48分 70歳代/男性a氏 食事療法
薬物療法
内容:食事制限に関して
糖尿病性腎症が増悪しているが,蛋白質と塩分の摂取が過剰で制限できない.
2 50歳代/女性B氏 糖尿病療養指導士 32年 10年 54分 70歳代/男性b氏 食事療法
運動療法
薬物療法
内容:食事制限と運動療法に関して
血糖コントロールと体重管理が不良で,複数の糖尿病性合併症を有するが,食事量の減量と運動に十分取り組めていない.
3 30歳代/女性C氏 糖尿病看護認定看護師 17年 8年 55分 70歳代/女性c氏
(内服中断)
内容:薬物療法に関して
経口血糖降下薬使用時に副作用が生じ,自己判断で休薬した経験がある.本人は内服に代わりインスリン療法を希望したが,適切な注射手技を習得できずにいた.
4 40歳代/女性D氏 透析看護認定看護師(糖尿病性腎症を有する患者への教育的支援を継続的に実施している) 23年 8年 60分 70歳代/男性d氏 食事療法
薬物療法
内容:合併症の説明と食事制限に関して
血糖コントロールが不良で,また糖尿病性腎症も増悪しており,透析治療の導入も検討されていた.しかし,本人に腎症の実感がなく,指示された食事療法も適切に実施できていない.
5 30歳代/女性E氏 糖尿病療養指導士 11年 4年 50分 70歳代/男性e氏 食事療法
運動療法
薬物療法
内容:インスリン製剤の切り替えに関して
インスリン療法に取り組む本人の希望により,注射回数を減らす目的でインスリン製剤を変更したが,その後血糖コントロールが悪化していった.
6 30歳代/女性F氏 なし(循環器病棟において糖尿病を合併する患者へ教育的支援を継続的に実施していた) 15年 0.5年 48分 70歳代/女性f氏 食事療法
薬物療法
内容:低血糖発作の対処や予防に関して
低血糖症状の経験から,低血糖に強い恐怖感をもち,補食を過度に行うため血糖コントロールが不良となっていた.

2. 【療養スタイルの変化の可能性の評価】という現象

【療養スタイルの変化の可能性の評価】というカテゴリを中心とする現象が明らかになった.1)2型糖尿病を有する高齢者への教育の方向づけに関するカテゴリ関連図,2)3つの帰結に至るプロセスのストーリーライン,3)各カテゴリの説明の順に述べる.本稿では,現象の中心となるカテゴリを【 】,その他のカテゴリを《 》,プロパティを“ ”,ディメンションを‘ ’で示す.

1) 2型糖尿病を有する高齢者への教育の方向づけに関するカテゴリ関連図

【療養スタイルの変化の可能性の評価】という現象に関わるカテゴリとして,【療養スタイルの変化の可能性の評価】《療養上の問題の危険性の査定》《問題の原因探索》《現状に対する変化の必要性の理解の見極め》《療養の方向性の検討》《高齢者への伝達情報の選別》《目標のすり合わせの試行》《目標への意欲の確認》《変化に向けた動機づけ》《変化に向けた教育》《現状維持という方向性》《方針の見直し》という12のカテゴリが抽出された.これらのカテゴリ関連図を図1に示す.各カテゴリにおいて,プロパティから見たディメンションが右側の様な組み合わせの場合には右側の矢印に,左側の様な組み合わせの場合には左側の矢印に進んでいた.図中においてプロパティは,カテゴリ名の下に斜体で示し,その両端にディメンションを示す.いずれかの帰結に一度至っても,看護師は高齢者の反応から再度教育の方向性を検討する場合があった.

図1

2型糖尿病を有する高齢者への教育の方向づけに関するカテゴリ関連図

2) 3つの帰結に至るプロセスのストーリーライン

プロパティ,ディメンションを用いてストーリーラインを述べる.

(1) 《変化に向けた教育》に至るプロセス

教育的支援の場面で,看護師は高齢者が抱える《療養上の問題の危険性を査定》していた.‘低血糖や合併症のリスク’のように,“危険性”や“解決の緊急性”が‘高い’場合に看護師は《問題の原因を探索》し,“原因”を高齢者の‘不適切な対処行動’と見極めると,高齢者の【療養スタイルの変化の可能性を評価】していた.一方で《療養上の問題の危険性の査定》において‘生活習慣’が“問題”とされ,“危険性”が‘中程度’で“解決の緊急性”が‘比較的に低い’と,看護師は高齢者の《現状に対する変化の必要性の理解を見極め》ていた.高齢者が“現状に対する変化の必要性を理解する度合い”や“合併症を恐れる度合い”,“問題意識をもつ度合い”が‘低い’場合にも【療養スタイルの変化の可能性を評価】していた.

【療養スタイルの変化の可能性を評価】し,高齢者の“教育内容を取り入れられる可能性”が‘高く’,“認識や行動が変化する可能性”,“療養行動に関連する能力”も‘比較的に高い’と《療養の方向性の検討》に至った.看護師が‘療養行動の遵守’を“目標”と考える場合に《目標のすり合わせを試行》して,‘高齢者の考えを尊重して’‘積極的にすり合わせる’と,《目標への意欲の確認》へ移行した.高齢者の“意欲”が‘高い’場合,《変化に向けた動機づけ》に至り,看護師の“動機づけの強さ”や“変化を促す度合い”が‘高い’と《変化に向けた教育》に至った.

看護師Fは,低血糖への対処や予防に関してf氏の【療養スタイルの変化の可能性】を高いと評価し,上記の過程をたどり《変化に向けた教育》を行った.

《変化に向けた教育》で看護師が‘具体的な方法を提案して’も,‘高齢者の認識や行動が改善しない’と,【療養スタイルの変化の可能性の評価】に至った.

(2) 《現状維持という方向性》に至るプロセス

《療養上の問題の危険性の査定》から,《問題の原因探索》または《現状に対する変化の必要性の理解の見極め》を経て【療養スタイルの変化の可能性の評価】に至った.ここで,高齢者の“教育内容を取り入れられる可能性”が‘比較的に低く’,“療養行動に関連する能力”や“生活習慣を変えられる可能性”も‘低く’,結果的に“認識や行動が変化する可能性”も‘低い’と評価されると,看護師は《高齢者への伝達情報を選別》していた.高齢者の‘やる気を保つ’“目的”で‘基本的な内容’や‘短期目標’を伝えると,《現状維持という方向性》に至った.

また,《療養の方向性を検討》して‘制限の少ない生活’や‘高齢者の望む生活’を重視する場合や,《目標のすり合わせを試行》して‘看護師の考えに同意するように誘導する’場合も《高齢者への伝達情報の選別》に至った.以上を経て《高齢者への伝達情報の選別》から《現状維持という方向性》に至る場合もあった.

さらに,高齢者の《目標への意欲を確認》し,“意欲”が‘低い’場合や,看護師が行う《変化に向けた動機づけ》の“強さ”や“高齢者に発破をかける度合い”が‘比較的に低い’場合にも,《現状維持という方向性》に至った.

看護師Aは,a氏が生活習慣を変えられないことから【療養スタイルの変化の可能性】を低いと評価し,食事療法の詳細な説明を省略して基本的で必要性の高い《伝達情報を選別》して伝え,《現状維持という方向性》を検討した.

看護師が《現状維持という方向性》を目指しても,高齢者が‘QOL’や‘習慣’,‘病状’を‘維持できない’と再度《療養上の問題の危険性の査定》に至った.

(3) 《方針の見直し》に至るプロセス

《問題の原因を探索》し,‘内分泌機能の低下’等の“原因”を‘教育的支援により取り除くことが困難’な場合や,《高齢者への伝達情報を選別》して高齢者の‘関心を別の治療法に向ける’“目的”で伝える場合には《方針の見直し》に至った.

看護師Cは,一度はc氏に《変化に向けた教育》を行ったが,c氏の行動が改善しないため,再度【療養スタイルの変化の可能性を評価】し,変化の可能性が低いと判断して《伝達情報を選別》し,《方針を見直し》ていた.

3) 各カテゴリの説明

【療養スタイルの変化の可能性の評価】という現象に関わるカテゴリについて説明する.説明は,概念の定義の後に代表的な実際のデータ例を記述する.実際のデータを引用した部分は『 』をつけて斜体で示し,内容を補足する場合や中略する場合には( )で示した.引用部分の後に参加者名を[ ]で示す.

(1) 療養スタイルの変化の可能性の評価

【療養スタイルの変化の可能性の評価】とは,高齢者の“療養行動に関連する能力”や“性格”,“教育内容を取り入れられる可能性”,“生活習慣を変えられる可能性”等から,“認識や行動が変化する可能性”を看護師が見極めることである.

看護師Eは,e氏の療養状況や療養に対する姿勢,自己注射の手技等を評価軸として,e氏がインスリン自己注射の変更に適応できると見極めていた.

『食事も運動も問題ないことは確認してるし,内服も確実に出来てるし,妻のサポートがあって,療養状況に問題はないでしょ?eさんは闘病への意欲はあるというか,真面目にセルフマネジメントしようって意欲がすごい強い方だったから,そこは尊重したいと思ったんです.そこを尊重して,(インスリン注射の)手技も大丈夫だし…できると思った.[看護師E]

一方で,療養スタイルの変化の可能性を低いと評価した事例もあった.

『繰り返し注意しても,(インスリン注射の)準備をしたらすぐに打とうとしてしまうというやりとりからは,できない気がするという方が,だんだんだんだん強くなっていって…[看護師C]

看護師Cは,c氏にインスリン自己注射の方法を繰り返し伝え,模擬体験用キットで練習を促した.c氏は,実際には注射してはいけないと説明されたが,繰り返し自らの上腕に注射しようとした.説明内容を取り入れて行動できないc氏の様子から,看護師Cは療養スタイルの変化の可能性を低いと評価した.

療養スタイルの変化の可能性が低いと評価された事例には,高齢者の強いこだわりや生活習慣を変えられる可能性の低さが評価軸とされるものもあった.

(2) 療養上の問題の危険性の査定

《療養上の問題の危険性の査定》とは,高齢者の抱える療養上の“問題”について,看護師が“危険性”や“解決の緊急性の度合い”を見極めることである.

看護師Cは,c氏が適切にインスリン自己注射を行えず,自宅で低血糖に至る危険性が高いと懸念していた.一方で看護師Bはb氏の食習慣や体重増加に伴う負担を問題と捉えたが,危険性や解決の緊急性は高くないと判断した.

『(内服薬より)インスリン製剤を1本持って帰らせてしまう方が,(低血糖の)リスクが高いんじゃないかなって私は判断して…[看護師C]

『bさんは1,600kcal位でいいはずなのに,私が聞く範囲では少なくとも2,000以上のカロリーを摂取してます.(中略)若干やっぱり太られてるので足が痛くて腰に負担がかかるのはもちろん(ある)ね…[看護師B]

(3) 問題の原因探索

《問題の原因探索》とは,看護師が高齢者の抱える問題の“原因”を見極め,その原因を“教育的支援によって取り除けるか”検討することである.

『eさんはたぶん,食事もちゃんと3食で間食してないし.インスリンのCペプチドっていう値(からすると)…インスリンがなかなか出てない.だからやっぱり…足りない!もともと足りないんですよ.[看護師E]

看護師Eは上記の様に語り,e氏の血糖コントロールが困難である原因を見極めていた.その結果,原因がe氏の食習慣ではなく内分泌機能の低下であり,教育的支援によって取り除ける可能性は低いと判断していた.

同様に血糖コントロールが不良であるという問題であっても,『(d氏は)いいと思ってごはんを食べないでインスリンを打ってた.たぶん本人は自分でいいと思って意図的にやって低血糖起こしてたので….[看護師D]という語りのように,高齢者の不適切な行動を原因と想定する場合もあった.

(4) 現状に対する変化の必要性の理解の見極め

《現状に対する変化の必要性の理解の見極め》とは,高齢者の“合併症に対する恐怖心”や“問題意識の度合い”をもとに,高齢者自身が“現状に対する変化の必要性を理解しているか”,看護師が判断することである.

看護師Dは,d氏が糖尿病性腎症であるという実感を持てず,蛋白質を制限することの意味合いや必要性を理解できていないと判断していた.

『(d氏は)食事療法の制限のことまでは分かってないし,蛋白質を制限するってこともあまり知らない….腎症であるってことから,やっぱり理解がなかなか…実感がないものなので.[看護師D]

一方で看護師Aは,『食習慣の改善が必要な理由とか食事を何とかしなきゃいけないこととかそういうことは(a氏は)分かってるんだと思います.[看護師A]と語り,a氏が食習慣の改善の必要性を理解できていると判断した.

(5) 療養の方向性の検討

《療養の方向性の検討》とは,看護師が高齢者の療養上の“目標”を検討することであり,その際に“優先事項”や“目標を妥協できる程度”を考慮する.

看護師Dは『まずは指示された食事療法ができること(が目標)なんですけど.(中略)生活面での(腎不全)保存期の指示を1つずつ守れるようにって…[看護師D]と語り,非効果的な療養行動を実践するd氏に対して,治療を優先して,指示された療養行動の遵守を目標とする必要があると判断していた.

一方で看護師Bは,高齢者の望む生活を優先し,制限の少ない生活を目標としていた.『こういう高齢者(b氏)に,食事を「ダメよ!ダメよ!」っていう関わりじゃなくて,「少し控えよう,バランスよくとろう」っていうのが主題です.[看護師B]と語るように,食事が生きる楽しみとなっているb氏に対して,厳密な食事制限ではなく緩やかな制限を心掛けて目標を検討していた.

(6) 高齢者への伝達情報の選別

《高齢者への伝達情報の選別》とは,看護師が“目的”を考慮して“情報を選別”し,高齢者に“伝える”ことである.以下は看護師Cの語りである.

『「(キットの)準備とか,(インスリン投与量の)単位を合わせたりとか,毎回しなくちゃいけないものよりも,他のことで治療した方がいいんじゃないですか?」っていうお話をした.(中略)それで飲み薬にしたって,あんまり詳しい薬効について話してもきっと無理だろうなって思ったので,一日一回朝だけの飲み薬だったので,それだけ説明して.[看護師C]

看護師Cは,インスリン自己注射にこだわるc氏の関心を別の治療法に向けるため,管理しやすい内服治療について必要な情報を吟味して説明した.

一方で看護師Dは,看護師Cとは別の目的で伝える情報を選別していた.『(腎症の食事療法の導入が)初めてで,しかも透析(の話)って…やっぱり嫌な話なので.そこで複雑な話をすると,この人(dさん)のモチベーション…良いところも潰してしまう…[看護師D]と語り,療養に対するd氏のやる気を保つ目的で,あえて複雑な話を控え,情報を選択して伝えていた.

(7) 目標のすり合わせの試行

《目標のすり合わせの試行》とは,“高齢者の考えを尊重して”,‘目標の提案’や‘できることを確認’したり,‘看護師の考えに同意するように誘導する’等の“方法”で,高齢者と目標の共通理解を持てるように“すり合わせる”ことである.

看護師Cは教育中のc氏の様子や独居という状況から,インスリン自己注射による治療は困難と考え,c氏が自己注射の実施を不安だと実感できるように誘導して,別の目標を共有しようとした.一方で看護師Bは,b氏にできることを確認しながら具体的な食事や運動の目標を提案し,目標を調整した.

『「自分で(インスリン自己注射の)管理できるかしら?不安じゃない?」っていう風に…私の質問も,本人が不安に感じるように仕向けて.(c氏が)「そうね」ってなるように,仕向けたんです.[看護師C]

『「一万歩歩いてる?」とか,「寒くなってきたね.一万歩は大変だね.」って聞くと,「いやいや…やっぱりできないね,毎日は.」と返事をされるので.「じゃあ何日だったら歩ける?」とか食事なら「パンは8枚切りにできない?」とか言って少しずつ目先を変えて共有してく.[看護師B]

(8) 目標への意欲の確認

《目標への意欲の確認》とは,“目標への高齢者の姿勢”や“意欲の高さ”をもとに,看護師が目標に対する高齢者の意気込みを見定めることである.

高齢者の意気込みに関して,看護師の見定めが異なる2つの例を以下に示す.

『(d氏は)透析は嫌と言うけど,この先自分がどうなるかも見えていない状況で,「自分の身体のために聞きたい,何をしてほしい」とか,そのレベルまでモチベーションを持ってるかというと,持ってない.[看護師D]

『(c氏は)やる気ですよね,ハハ…やる気.もう「やりたい!」,「血糖値を下げるために,インスリン注射はやってみます!」みたいな.「じゃあここで私に教えて下さい!」みたいな感じで来てくれたんで.[看護師C]

看護師Dは,自分の身体のために話を聞きたいという姿勢が見られないことから,d氏の意欲が低いと見定めていた.一方で看護師Cは,c氏の発言から,インスリン自己注射の手技の習得を目指すc氏の意欲が高いと見定めていた.

(9) 変化に向けた動機づけ

《変化に向けた動機づけ》とは,看護師が“問題の解決を図って”高齢者に“発破をかけ”,高齢者の行動や認識の“変化を促す”働きかけである.

動機づけの強さが異なる看護師Fと看護師Aの語りを示す.看護師Fはf氏に動機づけを行い,変化に向けて教育しようとした.一方で看護師Aは,a氏の意欲の低下を危惧して発破をかけず,努力を認める関わりを優先した.

『(f氏が)「低血糖症状の時に症状が改善するまで甘いものを食べないと不安だ」って言ってるから,(私は)「それは分かったよ.不安なのは分かるけど,でもなんとかしたいんでしょ?」って(伝えた).[看護師F]

『(私が)「あなた全然やってないじゃないの!」と言って,(a氏が)「はぁ?こんなに頑張ってやってるのに何でそんなこと言われなきゃいけないんだ!」っていう気持ちになっちゃうと,全く話を聞いてもらえなくなっちゃうので,一応頑張ってやってるところを認めて接する…[看護師A]

(10) 変化に向けた教育

《変化に向けた教育》とは,“高齢者の認識や行動が改善する”ように,看護師が取り組みの“方法を具体的に提案する”働きかけである.

『大きな丼になると食べた量が分からないし,奥様の協力もあって可能ってことなので,小鉢に入れて食べて頂く.それで夜はお腹が空いたら,とにかくカロリーの少ないものを食べてもらうというような.一つ一つ,彼(b氏)の生活の中でできる具体案を話しています.[看護師B]という語りにも示されるように,看護師は高齢者が抱える問題を解決するために個々の生活に即した具体策を提案して,高齢者の認識や行動の改善を試みていた.

(11) 現状維持という方向性

《現状維持という方向性》とは,看護師が高齢者に変化を押し付けず,‘QOL’や‘習慣’,‘病状’等の“現状を維持するという方向性を目標にする”ことである.

看護師Aは『現状維持して寿命を全うできればいいかなって,少し緩め緩めの感じって自分では思いながら….(中略)〇歳(a氏の年齢)だったので,(寿命を全うするまで)10年位って思うと,現状が維持できればいいかなって.[看護師A]と語り,a氏の年齢を考慮して,あえて変化を押し付けずに現在の状態を維持するという方向性を考えていた.

看護師Eは,治療の変更に消極的な態度を示すe氏の意向を汲み,現在の治療を継続できるように調整し,QOLの維持を試みた.『私としては(インスリン注射を3回/日打ちではなく)1回/日打ちというところでQOLを少し維持させてあげたいっていう思いもあったし…[看護師E]と語り,e氏の病状だけでなく,治療に対する意向も考慮して現状維持を目標としていた.

動機づけが十分に行われず現状維持に至る場合もあったが,看護師が高齢者の年齢や意向を考慮し,あえて変化を求めずに現状維持を目指す場合もあった.

(12) 方針の見直し

《方針の見直し》とは,看護師が高齢者の療養に関する“現在の方針の適切さ”を見極めて,“再検討する”ことである.

看護師Cは『血糖コントロールができるという目標に,インスリンでなければならないのかっていうのが私の考えになって.お薬の導入で,インスリンってなっているから,じゃあインスリンに代わるものはどうかって.[看護師C]と語り,インスリン自己注射の手技を習得できそうにないc氏の様子から,取り組み可能な内服治療という療養方針への転換を考えていた.

Ⅵ. 考察

1. 【療養スタイルの変化の可能性の評価】という看護師の見極め

本研究では,看護師が高齢者の【療養スタイルの変化の可能性を評価】し,その評価をもとに高齢者との関わり方を意図的に選択することで,教育的支援の方向性が変化するというプロセスが新たに明らかになった.

【療養スタイルの変化の可能性の評価】において変化の可能性を見込んだ場合に,看護師は高齢者に《変化に向けた教育》を行っていた.これは,高齢者にとって治療の優先や療養行動の遵守が必要である場合に,看護師が高齢者の認識や行動の変化の必要性を重視していたためと考えられる.しかし本研究のように,看護師が療養スタイルの変化の可能性を低いと評価する場合もある.この評価の根拠には,高齢者の性格上のこだわりの強さや,生活習慣を変えることの困難さ等がある.看護師は,高齢者の性格や生活習慣を強引に変化させてまで治療を優先することが必ずしも糖尿病を有する高齢者に適した支援と考えるわけではなく,現状維持という方向性を検討していたと考えられる.

しかし,現状維持を目指しても,低血糖等の合併症リスクの増大や病状悪化が生じる場合,看護師は再度高齢者の療養スタイルの変化の可能性を評価して療養の方向性を再検討したり,安全性に配慮した方針を見出す必要がある.内海らは,糖尿病を有する後期高齢者が不安定な体調や療養状況下で生活していると指摘している(内海ら,2010).看護師は高齢者の病状や療養の不安定さを考慮し,療養スタイルの変化の可能性を適宜評価する必要があると言える.

療養スタイルの変化の可能性の評価は,個々に適した教育の方向性を導き,病状や療養状況の不安定な高齢者の安全を担保するために必要な過程である.

2. 《変化に向けた教育》と《現状維持という方向性》への転換

看護師が高齢者に《変化に向けた教育》を行う場合,《療養の方向性の検討》,《目標のすり合わせの試行》,《目標への意欲の確認》という一連の過程を必ず経ることが明らかになった.一方で,上記の過程での高齢者の反応から,《現状維持という方向性》への転換が検討されることも新たに得られた知見である.

行動介入による活動の変化が2型糖尿病患者の血糖コントロールに有効であることは既に示されている(Avery et al., 2012).しかし,高齢者にとって変化を促す教育が一概に適切と言えるであろうか.日本糖尿病学会の提言では,高齢の糖尿病患者の血糖コントロール目標は,患者の特徴や健康状態,個別性を重視して柔軟に設定するように示されている(日本糖尿病学会,2016).高齢者は発達過程での環境や経験が異なり価値観が多様であるため,積極的な治療を望む場合もあれば,従来の療養生活の維持と引き換えに治療を優先することを嫌う場合もあるであろう.高齢者が確立された療養生活の変化に抵抗を示す場合には,現状維持という方向性の検討が必要であろう.

看護師が療養の方向性を検討して高齢者と目標を共有していたことや,目標への意欲等を確認していたことは,変化に向けた教育が適切か判断し,現状維持という方向性への転換を検討する上で不可欠な過程であったと考えられる.

3. 看護への示唆

糖尿病看護に関わる外来看護師は,一概に変化を目指して教育するのではなく,高齢者の【療養スタイルの変化の可能性】を繰り返し評価し,療養上の危険性や高齢者の目標に対する意欲等を勘案して《現状維持という方向性》も検討することで,高齢者の価値観に基づいた療養生活の調整や,不安定な状況下で療養する高齢者の安全の確保が可能になると期待される.

Ⅶ. 結論

1. 本研究の結論

看護師は高齢者の特徴から【療養スタイルの変化の可能性を評価】し,その評価をもとに高齢者との関わり方を意図的に選択することで,教育的支援の方向性を変化させていた.【療養スタイルの変化の可能性の評価】は,個々に適した教育の方向性を導くと同時に,病状や療養状況の不安定な高齢者の安全を確保するために必要時に繰り返し実施されるべき過程と言える.

また《変化に向けた教育》を行う場合,《療養の方向性の検討》,《目標のすり合わせの試行》,《目標への意欲の確認》の一連の過程を必ず経るが,これらは《現状維持という方向性》への転換を検討する上でも不可欠な過程である.

2. 研究の限界と今後の課題

本研究結果は,外来看護師へのインタビューデータのみに基づくため,さらなる結果の妥当性の担保のため観察データを含めた検討を要する.また,理論的飽和を目指し,データ収集と分析を重ねる必要がある.

謝辞:本研究実施にあたりご協力,ご指導を頂きました皆様に心より御礼申し上げます.なお本研究は,慶應義塾大学大学院健康マネジメント研究科に提出した修士論文に加筆・修正を加えたものです.また,本研究は慶應義塾大学湘南藤沢学会の研究助成を得て実施致しました.

利益相反:本研究における利益相反は存在しない.

著者資格:TKは研究の着想およびデザイン,データ収集と分析,原稿の作成まで研究全体に貢献した.KOは研究の着想,デザイン,原稿への示唆に貢献した.すべての著者は最終原稿を読み,承認した.

文献
 
© 2017 公益社団法人日本看護科学学会
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