日本看護科学会誌
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原著
肥満の若年男性労働者における行動変容の阻害要因とそれに対する保健指導の技術第一報
尾﨑 伊都子渡井 いずみ宮川 沙友里
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2017 年 37 巻 p. 86-95

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Abstract

目的:肥満の若年男性労働者における行動変容の阻害要因とそれに対する個別および集団保健指導の技術を明らかにすることである.

方法:労働者への保健指導経験が5年以上の保健師8人と管理栄養士2名を対象に,グループインタビュー調査を2回実施した.

結果:行動変容の阻害要因として,肥満の若年男性労働者が行動変容に対してネガティブな心理状況にあることや,自分の健康問題への認識が欠如していること,柔軟に生活習慣を変容することが困難であることなどがあった.個別保健指導において専門職は継続した支援につなげる,健康を支援する身近な存在としての信頼関係を築く,減量への動機づけを引き出すなどの技術を用いていた.

結論:若年男性労働者の減量支援では,食事やストレスコーピングなどに関する具体的な改善方策の提供と同様に,対象が人生における減量の目的と行動変容に対する動機づけをもてるよう支援することが重要である.

Ⅰ. 緒言

我が国では男性の29.5%が肥満であり,20歳代で26.6%,30歳代で30.3%と増加し,40歳代では36.5%と最も多くなっている(平成27年国民健康栄養調査).内臓脂肪型肥満が引き起こす生活習慣病による医療費の増大は,我が国の深刻な課題となっており,平成20年度から医療制度改革の取り組みのひとつとして,市町村国民健康保険をはじめ全ての医療保険者に40~74歳の被保険者への内臓脂肪型肥満に着目した特定健康診査・特定保健指導が義務付けられた.一方,事業者が労働者に行う保健指導は努力義務となっており,事業者の健康意識に左右されやすい.我が国では,産業医や衛生管理者の選任義務がない従業員数50人未満の小規模事業所の割合は97%,その従業者数は全労働者の62%であり,多くの労働者が小規模事業所に所属している(平成18年事業所・企業統計調査).塚田ら(2009)は,小規模事業所における定期健診の実施率は約3割であったと報告している.生活習慣病予防や特定保健指導対象者の減少のためには,肥満が増加する20~30歳代からの生活習慣改善が有効であるが,現行の制度ではこれらの年齢層の労働者は保健指導の機会が少なくなりやすいと考えられる.減量支援に関する先行研究でも,職域保健(岡崎ら,2014足達ら,2010奥田ら,2009)や特定保健指導(Munakata et al., 2011Nanri et al., 2012)での介入研究が報告されているが,20~30歳代の若年期を対象としたものは見当らない.若年男性労働者には就職以降の急激な体重増加・肥満に繋がる特徴的な生活習慣や思考があることが指摘されており(田甫ら,2008南ら,2012),保健指導従事者には若年男性労働者の特徴を踏まえた保健指導の展開が求められる.

保健指導従事者のうち保健師が約4割と最も多く,その他に管理栄養士,医師で全体の4分の3を占めている(特定保健指導の効果に関する特別調査結果報告書,2011).保健指導の課題として,職種による経験,自信,修得意思の違いや(山下・荒木田,2014),特定保健指導プログラムの未修了の要因に指導者側の意欲や技術の問題があること(後藤ら,2012)などが報告されている.これらのことから,保健指導従事者のもつ経験や自信,意欲は様々であり,保健指導の成果は個人の技量に影響されやすいと考えられる.このような課題に対して保健指導技術の向上を図るため,生活習慣改善を目的とした保健指導で専門職がどのような技術を用いているのかを明らかにした先行研究がいくつか報告されている(包國・麻原,2013小出ら,2014平敷ら,2015).しかし,若年男性労働者の生活習慣や思考を考慮した生活習慣改善のための保健指導技術に焦点を当てた研究は見当らない.

これらのことを踏まえ,我々は若年男性労働者の減量プログラムの開発に取り組むこととした.減量プログラムの内容や方法を構築する一手段として,経験豊富な専門職が肥満の若年男性労働者の保健指導における課題をどのように捉え,どのような技術を用いているのかを明らかにする必要があると考えた.保健指導では個人または集団を対象とした対面指導,手紙や電話,電子メールなどのICTを用いた通信指導など,いくつかの方法が状況に合わせて用いられる.そのため,それぞれの方法における課題と技術を明らかにすることとした.本研究はその第一報として,肥満の若年男性労働者における行動変容の阻害要因とそれに対する個別および集団保健指導の技術を明らかにしたので報告する.

Ⅱ. 用語の定義

文献を参考に,本研究で用いる用語を以下のように操作的に定義した.

行動変容:不健康な生活習慣を健康的な生活習慣に変えること

技術:対象者自らの問題への気づきと行動変容を導くため,専門職が実践活動から法則性を見出し習得した対応の仕方

若年労働者:40歳未満の労働者

田甫ら(2008)は35歳未満,宮腰ら(2008)は29歳未満を若年労働者と定義し調査しているが,統一された定義は見当らない.本研究では,特定保健指導および労働安全衛生規則で血液検査と心電図検査が必須となる年齢が40歳以上であり,40歳未満の者は保健指導機会が少なくなりやすいこと,また就職や労働生活への適応,結婚・育児と活動的に変化する壮年期に含まれることからこのように定義した.

Ⅲ. 研究方法

1. 研究参加者

研究参加者は,企業や行政機関,病院,健康保険組合などにおいて労働者への生活習慣改善の保健指導経験が5年以上ある保健師と管理栄養士で,研究への参加の同意が得られた10名とした.研究参加者の選定は,保健師・管理栄養士の養成機関や栄養士会,自治体を通じて機縁法により行った.研究参加の依頼の際は,研究目的や方法,インタビュー内容を候補者本人に具体的に伝え,若年男性労働者への保健指導の経験と意見を語ってもらえるかを直接確認した.

2. データ収集方法

フォーカスグループインタビュー法を用いた.フォーカスグループインタビュー法は研究参加者の生の声を直接引き出すことができることに加え,相互作用により参加者自身が気づかなかった潜在的な意見まで引き出すことが可能である(安梅,2001).本研究でこの方法を用いることにより,研究参加者が実践活動を通して習得してきた労働者の行動変容のための保健指導の技術に関する顕在的・潜在的な意見を効果的に引き出すことが可能であると考えた.

1回目の調査は2015年10月に保健師5名,2回目は同年12月に保健師3名,管理栄養士2名に実施した.インタビューの所要時間は,1回目1時間50分,2回目2時間6分であった.筆頭著者がインタビュアー(司会)を担い,研究分担者1名がサブインタビュアーと記録を担った.

インタビュー内容は,40歳未満の肥満の男性労働者を対象にした保健指導において,「減量に向けて行動変容(不健康な生活習慣を健康的な生活習慣に変えること)を支援する際に対象者のどのようなことに困難に感じるか.」「個別指導ではどのような工夫をして支援しているか.」「集団指導ではどのような対象と内容の経験があるか.経験がある場合,どのようなことに困難に感じるか.それに対してどのような工夫をしているか.」を尋ねた.

3. 分析方法

分析は質的記述的研究(グレッグ,2016)とグループインタビューの分析方法(安梅,2001)を参考に行った.まず,インタビュー内容の逐語録を作成した.行動変容の阻害要因については,研究参加者が捉えている肥満の若年男性労働者の行動変容が困難になっている状態を抽出しコード化した.そして,同一対象者,対象者間の発言を比較しながら類似するコードをまとめてサブカテゴリーを抽出した.さらに,サブカテゴリー間の共通性を比較検討して抽象度を上げ,カテゴリーを抽出した.技術については,はじめに「個別保健指導」「集団保健指導」に分類して肥満の若年男性の行動変容支援の際に研究参加者が用いている技術を抽出しコード化した.そして,先述した方法と同様に,コードを比較検討してサブカテゴリーを抽出し,さらにカテゴリーを抽出した.

分析の厳密性を確保するため,研究参加者3名に分析結果をチェックしてもらい,確実性を確保した.また,分析過程では研究者間でディスカッションするとともに,質的研究に関する学識の深い看護学研究者からスーパービジョンを受けることにより一貫性と確証性を確保した.

4. 倫理的配慮

インタビュー前に,研究の目的,研究への参加は任意であること,プライバシー保護に関する事項について文書を用いて口頭で説明し,文書により同意を得た.インタビューの際は番号札で呼び合い,匿名性を確保した.本研究は名古屋大学大学院医学系研究科生命倫理審査委員会の承認を得て行った(承認番号15-127).

Ⅳ. 研究結果

1. 対象者の属性(表1

対象者の年齢は20歳代が1名,30歳代が1名,40歳代が6名,50歳代が1名,60歳代が1名で,平均年齢は45.5歳(SD 10.3)であった.性別は全員女性であった.専門職としての就業年数は平均18.3(SD 8.0)年で,労働者への保健指導の経験年数は11.0(SD 6.7)年であった.

表1 対象者の基本属性
ID 年齢 職種 専門職としての就業年数 労働者への保健指導経験年数
A 20代 保健師 5 5
B 30代 保健師 8 5
C 40代 保健師 15 6
D 40代 保健師 20 10
E 40代 保健師 24 8
F 40代 保健師 14 9
G 40代 保健師 26 26
H 50代 保健師 30 19
I 40代 管理栄養士 24 12
J 60代 管理栄養士 17 10

2. 肥満の若年男性労働者の行動変容上の課題

肥満の若年男性労働者に対する保健指導のおける課題として,24のサブカテゴリー,7のカテゴリーを抽出した(表2).以下に,カテゴリーごとに主なサブカテゴリーを説明する.カテゴリーを【 】,サブカテゴリーを〔 〕,データの引用を「 」と斜体で示す(以下同様).

表2 肥満の若年男性労働者における行動変容の阻害要因
カテゴリー サブカテゴリー
仕事優先の生活による不健康な生活 仕事が優先されて自分の健康が後回しになる
出張や単身赴任などにより生活習慣が乱れる
仕事にまつわる人間関係を重視することにより飲食を断れない
行動変容に対するネガティブな心理状況 自己評価が低い
減量を諦めている
保健指導に拒否的である
ストレスによる過食が肥満の原因になっている
独身者の不健康な健康管理状態 独身者では気遣い合う相手がいないことにより健康に対して投げやりな考え方がある
独身者では束縛されない生活の中で不摂生が日常化している
自分の健康問題への認識の欠如 病気に関する経験がないことにより病気を自分に関わる問題だと考えていない
20代では肥満があっても検査データの異常値が少ないため問題と認識しない
自分の生活習慣が不健康であることに気づいていない
生活習慣を柔軟に変容する難しさ 就職後の活動量の低下に合わせて生活習慣を変容していない
30歳代になると自分で得た健康に対する考え方を修正しにくくなる
行動変容への取り組みがエスカレートし過ぎる
健康的な食事の準備行動の難しさ 食事バランスをとる必要性への認識が低い
食事を菓子・菓子パン類で済ませることが問題だと感じない
調理ができない
食事を買ってきて食べることが日常的になっている
健康的な食事は手間がかかるために敬遠される
健康的な食事はコストがかかるため選択できない
自分でコントロールできない家庭での食事 家族がたくさんの食事を用意してくれる
家庭で食べ盛りの子どもに合わせたメニューを食べている
家族の残した食事まで食べてしまう

1) 【仕事優先の生活による不健康な生活】

このカテゴリーは,家族のために働くなど〔仕事が優先されて自分の健康が後回しになる〕,上司からのお酒の誘いなど〔仕事にまつわる人間関係を重視することにより飲食を断れない〕など3つのサブカテゴリーが抽出された.

2) 【行動変容に対するネガティブな心理状況】

専門職は,肥満の若年男性労働者が自分自身を大事にしていなかったり格好いい人と自分は違うと感じたりして〔自己評価が低い〕,動機づけが低かったり,一定の体重を超えてしまい〔減量を諦めている〕,肥満を指摘され続けてきたことなどが原因で〔保健指導に拒否的である〕ことなどを課題として捉えていた.

「自分自身を大事に見てないとか,自分の価値をよく分かってないとか,そういうことが傾向に感じて.興味がなかったりとか,周りの人からよく思われたいとか,格好よくなりたいとか,そういうところにつながっていってないような気がしたんですね」(F)

3) 【独身者の不健康な健康管理状態】

専門職は,特に〔独身者では気遣い合う相手がいないことにより健康に対して投げやりな考え方がある〕という健康への態度や,〔独身者では束縛されない生活の中で不摂生が日常化している〕ことを課題として捉えていた.

4) 【自分の健康問題への認識の欠如】

専門職は,若年者は自分だけでなく周囲の人にも〔病気に関する経験がないことにより病気を自分に関わる問題だと考えていない〕傾向が強く,さらに〔20代では肥満があっても検査データの異常値が少ないため問題と認識しない〕,夜中に飲んだり夜遅くまで起きていることが悪いとわからず続けており〔自分の生活習慣が不健康であることに気づいていない〕という課題を捉えていた.

5) 【生活習慣を柔軟に変容する難しさ】

専門職は,若年男性が保健指導を受けると素直過ぎる面があり食事制限し過ぎるなど〔行動変容への取り組みがエスカレートし過ぎる〕一方で,〔就職後の活動量の低下に合わせて生活習慣を変容していない〕課題を語っていた.

「やっぱり運動をガッツリしてた方っていうのは結構そういう方が多くて,食べる量も結構人より多く食べれて,食べてなんぼっていう生活をその大学生ぐらいまでされていたので,(略)普通のデスクワークばかりをやっているようになっても,同じように食べている感覚が残ってる.(略)もうその生活もずっと長くなってしまうと,食べる量だけを変えるとか,例えば一度やめた運動をもう一度やるっていうふうになるのはなかなか難しくて.」(C)

6) 【健康的な食事の準備行動の難しさ】

このカテゴリーには,若年男性が〔食事バランスをとる必要性への認識が低い〕ことで,〔食事を菓子・菓子パン類で済ませることが問題だと感じない〕という課題があった.加えて,〔調理ができない〕人が多く,〔食事を買ってきて食べることが日常的になっている〕,魚より肉のほうが調理が楽といった理由で〔健康的な食事は手間がかかるため敬遠される〕,〔健康的な食事はコストがかかるため選択できない〕という課題が含まれていた.

7) 【自分でコントロールできない家庭での食事】

専門職は,対象者に同居家族がいる状況では親または妻などの〔家族がたくさんの食事を用意してくれる〕,〔家庭で食べ盛りの子どもに合わせたメニューを食べている〕,〔家族の残した食事まで食べてしまう〕という課題を捉えていた.

3. 個別保健指導における技術

個別保健指導における技術として,8のカテゴリーと28のサブカテゴリーが抽出された(表3).

表3 肥満の若年男性労働者に対する個別および集団保健指導の技術
カテゴリー サブカテゴリー
個別保健指導 対象者の全体像を把握する 支援の方針を決定するため対象の労働生活状況を広く捉える
健康・生活上の問題の原因を理解するため家族の生活習慣について把握する
面談では対象が保健指導を受け入れられる心理状況か否かを見極める
減量に向けて継続した支援につなげる 指導者側の指導を優先せず対象の関心や困りごとから継続した支援につなげる
対象に変化がみられるまで継続した働きかけをする
産業医・臨床心理士などの他の専門職種につないでチームで支援する
健康を支援する身近な存在としての信頼関係を築く 対象者の気持ちや関心事に共感する
対象者に相談しやすいと感じてもらえるような立場をとる
対象を心配し見守っているという姿勢を示す
支援者として継続して受け入れてもらえるよう段階的に関係性をつくっていく
若年期の心理社会的課題を踏まえて減量への動機づけを引き出す 対象者の自尊心を高めて減量への意欲を引き出す
対象が健康のために改善・維持できている点を見つけて褒める
見た目の改善を目的に減量への動機づけを高める
恋愛や結婚を意識してもらうことにより減量の目的を見出してもらう
将来の健康維持や疾病治療にかかる費用を行動変容のきっかけにする
身近なことから健康問題への気づきを促す 職場の上司や同僚の観察から肥満と生活習慣のつながりに気付いてもらう
子どもの健康づくりをきっかけにして健康的な生活習慣に関心をもってもらう
対象の家族の既往歴から健康への関心を持ってもらう
生活習慣の課題と良い点を対象自身に考えてもらう
健診データの異常値だけでなく経年的に変化している部分に気付いてもらう
生活習慣と健康問題に対する不十分な認識を修正する 健康問題が将来の長い労働生活を揺るがす可能性を伝える
健康的な生活習慣についての知識不足や誤った知識を正す
肥満の問題点に対する理解を促す
対象の生活に沿った具体的な減量のための改善方策を示す ストレスによる過食に対して働く環境の調整を促す
楽しく減量に取り組めるようなアイデアを提案する
若年男性の利用頻度が高い店での外食や食事の購入時の選び方を具体的に説明する
周囲から支援が得られるよう働きかけをする 職場内での健康に関するコミュニケーションを促す
生活習慣の問題点と改善方法を家族に伝えるように促す
集団保健指導 若年者を取り込める効果的・効率的な集団指導を企画する 組織内の活動に位置付けて集団指導を企画する
社員が参加しやすい時間を使って集団指導を実施する
特定の健康課題ではなく年齢に応じて共通する健康課題をテーマに選ぶ
若年男性の特徴や講話の内容を踏まえて講師を人選する
テーマが若い自分にも関わる健康問題であることに気づいてもらう 会社全体の健康・生活習慣の課題をデータで示す
自分の健康状態を集団との比較や入社時からの経年変化により理解してもらう
積極的に参加できる工夫をする 集団指導のはじめの緊張した雰囲気を解く
対象者同士で生活習慣の改善策についてのアイデアを話し合ってもらう
一方通行にならないよう体験や考える機会を設ける
健康と生活習慣に関する具体的な知識と改善方策を伝える 体重が手軽に健康状態を知ることのできるバロメーターであることを伝える
若年男性の摂取頻度が高い食品のエネルギー量やメニュー例をみせる
若年男性にもできる簡単な調理方法を具体的に伝える
生活習慣の問題点と改善方法を家族に伝えるように促す

1) 【対象者の全体像を把握する】

このカテゴリーは,〔支援の方針を決定するため対象の労働生活状況を広く捉える〕などの情報収集の技術,呼び出しても本人が保健指導を聞く余裕がないことがあり,〔面談では対象が保健指導を受け入れられる心理状況か否かを見極める〕という技術で構成されていた.

「大体,15分から30分ぐらいの短い間ですけど,私も保健指導をする日としない日って言ったらあれなんですけど.呼び出してはいるものの,本人がそういう場合じゃない状況の時って,多分保健指導しているとありますよね.」(B)

2) 【減量に向けて継続した支援につなげる】

このカテゴリーは,対象者の関心が低い時期には次の保健指導の機会につなぐことを目指して,〔指導者側の指導を優先せず対象の関心や困りごとから継続した支援につなげる〕,何回もアプローチするなど〔対象に変化がみられるまで継続した働きかけをする〕などの3つの技術で構成されていた.

3) 【健康を支援する身近な存在としての信頼関係を築く】

専門職は対象者との関係性を重要に捉えており,〔対象者の気持ちや関心事に共感する〕,母親や友人のように〔対象者に相談しやすいと感じてもらえるような立場をとる〕〔支援者として継続して受け入れてもらえるよう段階的に関係性をつくっていく〕などの4つの技術が抽出された.

「割と関係性ができてくると,向こうも本音を出してくれたり.だからこちらも,『私の言いたいことを言わしてもらっていい?』みたいな.(略)それに対しても割とちゃんと以前みたいに拒否せず,受け止めてくれるなっていうふうなのができている時は,『ここは大事にしたいから言わせてね』みたいな感じで伝えられるようになってくる.そこに至るまでの関係は大事にしたい」(D)

4) 【若年期の心理社会的課題を踏まえて減量への動機づけを引き出す】

専門職は,対象者が自分に自信がもてるように〔対象者の自尊心を高めて減量への意欲を引き出す〕,なりたい自分や着たい服を話題にして〔見た目の改善を目的に減量への動機づけを高める〕,〔恋愛や結婚を意識してもらうことにより減量の目的を見出してもらう〕などの技術で減量への動機づけを高めていた.

「『彼女が欲しい』って言われて.『いや,私も細いほうがかっこいいと思うよ』っていうことを言って,その動機付けとしてはちょっと不純な理由かもしれないですけど,スリムな男性のほうが良かったりとか,健康的な男性のほうがいいにきまっていると思うんです.(略)あと未婚の男性はそこ(婚活)で意識を付けて,(略)それで持っていけた経験はありますね.」(B)

5) 【身近なことから健康問題への気づきを促す】

先輩や上司の体型と生活習慣をみるように話して〔職場の上司や同僚の観察から肥満と生活習慣のつながりに気付いてもらう〕,最も身近な〔子どもの健康づくりをきっかけにして健康的な生活習慣に関心をもってもらう〕,〔対象の家族の既往歴から健康への関心をもってもらう〕などの5つの技術が抽出された.

「上司の格好いい人を見て.よくあるのは入った頃はすごい細かったんだけど,逆になってる人もいれば,ほとんど変わってない.あの何々さんみたいなままいけるといいと思いません?みたいな感じで.」(J)

6) 【生活習慣と健康問題に対する不十分な認識を修正する】

専門職は,採用前の健診で内定取り消しとなる事例を取り上げて〔健康問題が将来の長い労働生活を揺るがす可能性を伝える〕,知らないまま不健康な生活習慣を続けている者には〔健康的な生活習慣についての知識不足や誤った知識を正す〕〔肥満の問題点に対する理解を促す〕技術を用いていた.

7) 【対象の生活に沿った具体的な減量のための改善方策を示す】

専門職は具体的な減量方策を伝えるため,〔ストレスによる過食に対して働く環境の調整を促す〕,減量前後の写真を比較するなど,〔楽しく減量に取り組めるようなアイデアを提案する〕〔若年男性の利用頻度が高い店での外食や食事の購入時の選び方を具体的に説明する〕技術を用いていた.

8) 【周囲からの支援が得られるよう働きかける】

このカテゴリーは,〔職場内での健康に関するコミュニケーションを促す〕〔生活習慣の問題点と改善方法を家族に伝えるように促す〕など,対象自身が職場や家族などの周囲からサポートを得られるように促す技術で構成されていた.

4. 集団保健指導における技術

集団保健指導における技術として抽出された4のカテゴリーと13のサブカテゴリーを説明する(表3).

1) 【若年者を取り込める効果的・効率的な集団指導を企画する】

専門職は組織の健康管理体制や勤務形態を考慮して,〔社員が参加しやすい時間を使って集団指導を実施する〕〔特定の健康課題ではなく年齢に応じて共通する健康課題をテーマに選ぶ〕などの技術を用いていた.

「あまりピンポイントで肥満を浮き上がらせるということではなくて,それはみんなでやっているんだけど,そこで学んでもらっていることはみんなにも役に立つことなのでというフィードバックの仕方にしてもらっていますね.」(H)

2) 【テーマが若い自分にも関わる健康問題であることに気付いてもらう】

このカテゴリーは,組織内の集団のデータを活用することにより〔会社全体の健康・生活習慣の課題をデータで示す〕,〔自分の健康状態を集団との比較や入社時からの経年変化により理解してもらう〕技術で構成されていた.

3) 【積極的に参加できる工夫をする】

このカテゴリーは,〔集団指導のはじめの緊張した雰囲気を解く〕〔対象者同士で生活習慣の改善策についてのアイデアを話し合ってもらう〕〔一方通行にならないよう体験や考える機会を設ける〕技術で構成されていた.

4) 【健康と生活習慣に関する具体的な知識と改善方策を伝える】

このカテゴリーは,〔体重が手軽に健康状態を知ることのできるバロメーターであることを伝える〕〔若年男性の摂取頻度が高い食品のエネルギー量やメニュー例をみせる〕〔若年男性にもできる簡単な調理方法を具体的に伝える〕など,4つのサブカテゴリーで構成されていた.

Ⅴ. 考察

1. 肥満の若年男性労働者における行動変容の阻害要因の特徴

本研究では,肥満の若年男性労働者に焦点を当て行動変容の阻害要因を抽出した.【行動変容に対するネガティブな心理状況】【独身者の不健康な健康管理状態】は,心理社会的な課題と言える.Jansinkら(2010)は,一般診療所の看護師が感じている保健指導における障壁に患者の「行動変容に対する消極性」があり,特に高齢者に多いと報告していた.本研究は若年者を対象としたが,この時期も職業生活への適応をはじめ多くの発達課題がある.肥満の若年労働者はストレスによる過食,行動変容に諦めや投げやりになるなどの心理社会的な課題を抱え,行動変容が困難になっていると考えられる.

また,若年男性労働者は病気に関する経験が少なく,肥満でも健診データに異常値が少ないため【自分の健康問題への認識が欠如】している課題があった.特定保健指導での減量成功者の条件として,初回面接時の「危機感」が重要であったと報告されている(林ら,2012).ヘルスビリーフモデルにおいても「疾病の恐ろしさの自覚」は根幹をなす概念であるが(畑,2009),肥満の若年男性労働者は健康問題への認識の欠如により,「危機感」や「疾病の恐ろしさの自覚」をもてず,減量に向けた行動変容がおこりにくいと考えられる.

若年男性労働者の特徴として,学生時代に比べて活動量と基礎代謝量が低下するにも関わらず,摂取カロリーの過剰により急激な体重増加がおこることが指摘されている(南ら,2012).若年男性労働者が消費エネルギーを考慮した食事の選択ができていないことは,宮腰ら(2008)も指摘している.本研究でも〔就職後の活動量の低下に合わせて生活習慣を変容していない〕という同様の課題が抽出され,その他にも体重増加の主な原因である食習慣に関わる態度や知識,技術に関わる問題が抽出された.【健康的な食事の準備行動の難しさ】【自分でコントロールできない家庭での食事】は,田甫ら(2008)が若年男性労働者の体重増加につながる要因として明らかにした「バランスのとれた食事時間と食事内容」への意識の低さや「食事の過剰摂取」,「食事の作り手との関係性」により出された物を全て食べる行動と共通している.減量にはバランスのとれた食事によりエネルギー摂取量を減らす食習慣への変容が不可欠であるが,そのための態度・知識・技術の不足は肥満の若年男性労働者にとって減量の大きな壁になっていると考えられる.

2. 肥満の若年男性労働者の生活習慣改善に有効な保健指導の技術

本研究で抽出された保健指導の技術は先行研究(包國・麻原,2013小出ら,2014平敷ら,2015)と共通点が多いが,肥満の若年男性労働者の行動変容の阻害要因と技術を併せて尋ねたことで,その課題解決に対する特徴的な技術も抽出することができたと考える.【減量に向けて継続した支援につなげる】【健康を支援する身近な存在としての信頼関係を築く】は,包國・麻原(2013)小出ら(2014)も明らかにしている「関係を築く」技術と共通している.この中で本研究に特徴的だと考えられるのは,専門職が継続支援につなぐことに注力している点である.これは,肥満の若年男性労働者の行動変容の阻害要因である【自分の健康問題への認識の欠如】や【行動変容に対するネガティブな心理状況】により対象が行動変容への十分な動機づけをもたないまま支援が途切れることを防ぐため,継続支援につなぐ技術の重要性を示唆するものと考える.

【若年期の心理社会的課題を踏まえて減量への動機づけを引き出す】技術では,「自尊心」「見た目」「恋愛や結婚」というあえてセンシティブな問題に踏み込んで動機づけを引き出す技術が抽出された.肥満にはストレスをはじめ心理社会的・社会経済的要因の影響が指摘されている(日本肥満学会,2016).本研究でも肥満の若年労働者の行動変容の阻害要因として,自己評価の低さやストレスによる過食など,【行動変容に対するネガティブな心理状況】が抽出された.若年男性労働者が人生にもたらす減量の意味を見出せるよう,対象者の抱える心理社会的課題に踏み込んだ支援も重要であると考えられる.

さらに,上司や子ども,両親などの周囲の人を通して【身近なことから健康問題への気づきを促す】技術は,ヘルスビリーフモデルにおける「特定の疾病にかかる可能性の自覚」を促すことであり,【自分の健康問題への認識が欠如】しやすい若年者に対して重要な工夫であると考えられる.同時に,【生活習慣と健康問題に対する不十分な認識を修正する】技術は,同じくヘルスビリーフモデルの「特定の疾病の重大さの自覚」を促すことであり,特に若年労働者にその後の長い労働生活が肥満による健康問題により揺るがされる可能性を正しく認識してもらえるよう働きかけることは重要であると考えられる.

集団保健指導の技術では集団の特性を活かした工夫がみられた.緒言に述べたように,若年者では保健指導の機会が少なくなりやすいが,社員が参加しやすい時間や年齢に応じた共通する健康課題をテーマに選ぶことで【若年者を取り込める効果的・効率的な集団指導を企画する】ことができる.健康問題への気づきを促す技術は個別保健指導と共通しているが,集団保健指導では【自分の健康問題への認識が欠如】している若年者が,会社全体の健康状態を示すデータとその中での自分の健康状態を理解できるよう工夫されていた.また,若年者では【健康的な食事の準備行動の難しさ】が課題であり,食品のエネルギー量や調理方法など【健康と生活習慣に関する具体的な知識と改善方策を伝える】技術を集団保健指導で実施することにより効率性を高められる利点がある.さらに,【積極的に参加できる工夫】として緊張した雰囲気を解く技術や対象者同士の話し合いの技術は,〔減量を諦めている〕対象者や〔保健指導に拒否的〕な対象者への支援効果を高める工夫であると考えられる.

3. 本研究の意義と実践への示唆

本研究ではグループインタビュー法を用いたことで,研究参加者の相互作用を促進し,肥満の若年男性労働者の行動変容の阻害要因と保健指導の技術を網羅的に抽出できたと考えられる.今後,減量プログラムの構築にあたり,集団指導で伝えられる食事・運動などの知識・情報については若年男性が陥りやすい生活習慣の改善方策と,個別に対応すべき心理的支援や信頼関係構築を含む動機づけの方策の両者を組み込む工夫が必要であると考える.現在の制度において労働者への保健指導は,市町村や事業所・健康保険組合,保健指導を受託する事業者など,様々な機関の専門職が関わっており,本研究の結果はこれらの専門職の実践活動への活用が可能であると考える.

4. 本研究の限界

本研究では,専門職の保健指導経験から,肥満の若年男性労働者における行動変容の阻害要因とそれに対する保健指導技術を明らかにしたため,労働者自身がどのように行動変容への取り組みと保健指導における経験を捉えているかという主観的なデータに基づく結果は得ていない.今後,若年労働者を対象に,行動変容の際の困難とどのような保健指導が行動変容に役立ったのかを直接聞くことで,さらに効果的な保健指導のあり方への示唆が得られると考える.

謝辞:本研究にご協力くださいました研究協力者の皆様に深謝いたします.また,分析の過程で貴重なご意見をくださいました聖路加国際大学の梅田麻希先生に感謝申し上げます.なお,本研究は日本学術振興会科学研究費助成事業基盤研究(C)(課題番号23792729)の助成を受けて実施した.

利益相反:本研究における利益相反は存在しない.

著者資格:IOおよびIWは研究の着想,デザイン,データ収集,分析,解釈に貢献;SMはデータ収集,分析に貢献.すべての著者は最終原稿を読み,承認した.

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© 2017 公益社団法人日本看護科学学会
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