Journal of Japan Academy of Nursing Science
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The Experiences of Working Nurses with Illness
Sachiyo NakamuraAkihiro Shuda
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2017 Volume 37 Pages 336-343

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Abstract

目的:病気を抱えながら就業した看護職の体験を記述することである.

方法:過去もしくは現在,病気を抱えながら6か月以上看護職として就業経験を持つ8名を対象に半構造化面接を実施し,質的記述的に分析を行った.

結果:12サブカテゴリーが得られ,最終的に【周囲の反応を汲み取る】【仕事と体調のバランスを模索する】【病気体験を看護職としての糧にする】【看護職への思いは揺るがない】【時には回り道しながら病気と歩む人生を受け入れていく】という5カテゴリーが抽出された.

結論:希望や状況に応じて上司や同僚と相談し合いながら体調管理をしつつ働ける方法を模索していく必要性が示された.また,病気を抱えながら働くという状況を多様な働き方の一つとして捉え,気遣い合える職場の雰囲気を構築していくことの必要性が示唆された.

Ⅰ. 緒言

現在わが国は慢性的な看護職不足であり,約71万人の看護師が潜在化している(厚生労働省,2014).社会保障・税一本改革の試算によると,2025年には看護職の必要数が約200万人となることから,看護職の養成と同時に離職防止対策も重要とされ,復職支援の強化や勤務環境の改善を通じた定着・離職防止に焦点が当てられている(厚生労働省,2016).看護職の離職理由には,出産・育児・子供のため(21.2%),結婚(14.5%)が上位にあがっており,健康上の理由(7.3%)がこれに次いでいる(日本看護協会,2012).子育てと仕事の両立に向けた社会支援は検討が重ねられているものの,病気を管理しながら仕事を続けて行くための支援に具体的なものがないことから病気を抱えている看護職の就業継続を困難にさせている可能性が予測される.さらには,就業継続の機会が失われることによって,それまで培ってきた専門性を発揮することなく現場を離れていくことが危惧される.

看護職の健康状態に関する研究は数少ないながらも国内外で注目され行われてきた(Fujita et al., 2007Hayashi et al., 2007Kawachi et al., 1995Fochsen et al., 2006).国内の研究では,慢性疲労(田邊・岡村,2011),睡眠障害(浅岡ら,2012),腰痛(武田・渡邉,2012)が報告されている.また,国内の大規模調査(川中ら,2009)では,治療中の疾患がある看護師は43%いたことから,多くの看護職が病気を抱えながら就業しているという現状は伺えるものの,体験の中身について触れられてはいない.

看護職の健康状態に関連する概念に「Presenteeism」があり,出勤しているが心身の不調のために労働遂行能力が低下している状態を指している(山下・荒木田,2006).代替者が得にくい医療職では体調不良時に適切な休養を取得することができないこと(Arinssen et al., 2000),特に看護職は複雑な仕事や家庭の問題のために自己の健康をケアする時間が取れないこと(Pilette, 2005),さらに仕事に対する使命感から自身よりも他者の健康を優先する場合があること,などが関連していると考えられ,看護職を取り巻く労働環境や職務内容の調整は健康状態を保っていく一因であることが伺われる.

病気を抱えながら就業するという状況はいつ誰にでも起こりうるが,看護職に着目した研究は見当たらない.類似した研究として,がんや慢性疾患など一般に就労困難と言われる人々を対象とした研究では,まだまだ働きたい(川上ら,2009)という意思が示されている一方,病気については職場や周囲の人々の理解が必要である(小田桐・仁尾,2008)という思いが報告されている.病気を体験した者は様々な葛藤の中で自身が置かれている状況を把握して行き,不足部分を補いながら適応していくと考える.失ってしまった健康の一部分を,自力で代用となるものを見つけ出して補うかもしれず,また他者の力を借りながら補っていくこともあると考える.このような病気の受け止めと適応に関わる体験は個人の内にのみ秘められたものであり,一般の患者を対象とした研究では様々な角度から明らかにされてきた.しかし,看護職でありながらも患者としての側面を内包している人々に注目した研究はない.人が人を対象とし,身体的・精神的・社会的側面にて捉えようとする看護学分野においては,看護職自身の病気体験が共有体験となって患者理解を促し,その人の持てる潜在力を引き出していく上で共感的に関わる姿勢としてケアへ還元できると考える.また看護職は,患者が命と向き合っている貴重な時間に身近で触れることによって得た新たな知見を看護学の発展のため社会に発信していく義務があり,そのための生涯にわたる継続学習が求められる立場である.しかし,看護職の病気体験に注目した研究は見当たらず,看護職自身の病気体験がいかなるものであるのか明らかにされていない.以上から,病気を抱えながら就業した看護職の体験を記述する必要があると考えた.

Ⅱ. 研究の目的と意義

本研究は,病気を抱えながら就業した看護職の体験を記述することを目的とした.これにより,看護職が自身の病気と就業のバランスを保ちながら就業継続していくための支援提供への示唆が得られると考える.さらに,病気があっても生涯を通した就業を実現していける継続学習やキャリア開発支援へ還元できるとも考えられる.

Ⅲ. 用語の説明

1. 病気

病気とは,肉体の生理的なはたらきあるいは精神のはたらきに異常が起こり,不快や苦痛・悩みを感じ,通常の生活を営みにくくなる状態(松村,2006)とされている.本研究では,看護職として役割を遂行する上で自身にとって妨げと感じるほどの体調の悪さがあると自覚している状態とした.

2. 体験

本研究において体験とは,病気を抱えた看護職が病気による辛い症状や病気を抱えながら働く中で生じた辛い状況でも,辞めずに頑張ろうと思えたことや,どうすることもできずに辞めるに至ったことなど,病気を抱えながら就業することに関わった全ての出来事やその過程で生じた思いとした.なお本研究では,研究参加者が自身の「体験」に対して必ずしも意味を見出す必要はなく,ありのままの体験に着目したいと考えたことから,「経験」とは区別して用いた.

Ⅳ. 研究方法

1. 研究参加者

過去もしくは現在,病気を抱えながら6か月以上看護職として就業経験を持つ者とした.慢性期は6か月以上にわたり一定の治療・ケアを必要とする症状の安定期(佐藤ら,2007)と捉えられており,慢性的な時間の経過によって感情が整理された語りが導き出されると考え上記期間を設定した.

募集方法はスノーボールサンプリングとし,複数の知人に紹介を依頼し参加者を募った.また面接終了後,研究参加者となる知人がいるか確認を行った.

2. データ収集方法

半構造化面接を実施し,インタビューは基本的に研究参加者自らが病気を抱えながら就業した体験に焦点をあて経時的に自由に語ってもらった.なお,補足的に仕事を続けようもしくは辞めようと思った出来事とその時の思い,職場から得られた支援やその内容,について話をしてもらった.データ収集はプライバシーが守れ,60分前後の面接において身体的に疲労が少ない閑静な場所であることを条件に面接場所の設定をした.インタビュー開始時,研究内容,倫理的配慮,インタビュー内容の録音について説明し同意を得た.

3. 分析方法

本研究の目的を達成するためには,研究参加者の生データを定性的データとしてくみ上げることで体験の内容を記述する必要がある.よって,表出されたありのままのデータを収集し,「病気を抱えながら就業した体験」を拾い出して整理・統合できる質的記述的研究方法が有用であると考えた.分析の手順は以下に示す流れで行った.

まず,録音した会話を忠実に逐語録にした生データを繰り返し読み,研究参加者自身が過去を振り返って病気を抱えながら就業した体験として読み取れる箇所全てを分析の対象とした.意味が損なわれないよう生データの表現を重視し,一文に一つの意味内容が含まれるよう抜き出したものを初期コードとした.「病気を抱えながら就業した看護職がいかなる体験の中で就業していたのか」という分析の視点を常に念頭に置きながら,前後の文脈の意味を重視しつつ体験したことの内容として就業継続に関わった全ての体験といった類似性に着目しながら抽象度を上げコードとした.体験の内容としてコード化したものの共通性と相違性を比較して類型にし,抽象度を上げサブカテゴリーとした.サブカテゴリーを内容別に比較,修正,精錬を繰り返しカテゴリーとした.

研究参加者と同じ条件を満たす看護師1名に対して事前調査を実施し,研究者の面接における傾向や研究参加者を誘導しない質問の仕方や質問内容の検討・修正を行った.また,インタビュー内容および分析結果を提示することで分析内容の真実性を確認した.なお,分析の全過程において質的研究に携わる研究指導者よりスーパーバイズを受け,分析の真実性確保に努めた.

4. 倫理的配慮

本研究は,平成25年度首都大学東京荒川キャンパス研究安全倫理委員会の承認(承認番号13097)を得て行った.研究参加者には,研究の趣旨,協力は自由意思に基づくため中止・中断する権利があること,中止・中断した場合でも一切不利益は生じないこと,個人データの取り扱いには十分注意すること,プライバシーの保護として協力の有無については紹介者となった知人へ一切伝えないことを口頭と書面にて説明し承諾を得た.また,インタビューの場所は研究参加者の指定の場所として意向に合わせ,意向がない場合には研究者の所属機関に設けられている清閑な一室を使用した.

Ⅴ. 結果

1. 研究参加者の概要(表1

本研究では,8名(男性1名,女性7名)から協力が得られた.研究参加者の属性は,年齢26歳~46歳(32.6歳;平均値,以下同様),看護職経験年数1年1か月~10年(6年1か月),病気を抱えながら就業した期間7か月~10年(5年5か月),インタビュー実施時に就業していた参加者は4名,退職していた参加者は4名であった.退職理由は,結婚や体調を考慮してということであったが,皆状況が整ったらまた復帰したいとの語りがあった.

表1 研究参加者の概要
研究参加者 A B C D E F G H
性別
年齢 20代後半 30代後半 20代後半 30代前半 30代前半 30代前半 40代後半 30代前半
疾患 婦人科疾患 消化器疾患 腎・泌尿器疾患 自己免疫疾患 自己免疫疾患 自己免疫疾患 内分泌代謝疾患 内分泌代謝疾患
就業施設の規模 大規模病床300床以上 大規模病床300床以上 大規模病床300床以上 中規模病床100~300床 中規模病床100~300床 中規模病床100~300床 中規模病床100~300床 大規模病床300床以上
臨床経験 4年 18年 5年 1年1か月 9年 10年 1年2か月 10年
病気を抱えながら就業した期間 3年6か月 6年 1年6か月 1年1か月 5年 7か月 1年2か月 10年
退職の有無(理由) 有(結婚) 有(結婚,体調を整えるため) 有(体調を整えるため) 有(体調を整えるため)

2. 病気を抱えながら就業した看護職の体験(表2

病気を抱えながら就業した看護職の体験として12サブカテゴリーが見出され,さらに5カテゴリーとして【周囲の反応を汲み取る】【仕事と体調のバランスを模索する】【病気体験を看護職としての糧にする】【看護職への思いは揺るがない】【時には回り道しながら病気と歩む人生を受け入れていく】という内容が抽出された.

表2 病気を抱えながら就業した看護職の体験
カテゴリー サブカテゴリー
周囲の反応を汲み取る 承認に基づく雰囲気に守られる
気遣いの無さに諦めを抱く
理解されることを望み努力する
仕事と体調のバランスを模索する 病状に合った働き方を切望する
出来る仕事は自分で調整する
病気体験を看護職としての糧にする 病気体験を前向きな発想に転換させる
病気体験を通して自身の成長に気づく
看護職への思いは揺るがない 看護職への思いは揺るがない
時には回り道しながら病気と歩む人生を受け入れていく 前向きに病気と向き合う
病気を認められない自分に気づく
時と共に病気に馴染む
漠然とした不安と対峙する

なお,カテゴリーは【 】,サブカテゴリーは〈 〉,語りは斜体,語りの内容に対して補足の解釈を加えた部分は( )で記した.

1) 【周囲の反応を汲み取る】

〈承認に基づく雰囲気に守られる〉〈気遣いの無さに諦めを抱く〉〈理解されることを望み努力する〉という3サブカテゴリーで構成されていた.

辛いときは無理しなくていいから言ってよみたいな感じで(師長が言ってくれた時),まだ居ていいんだってことでホッとしたのがすごく嬉しかった.」(D)という語りから,上司からの承認に守られながら仕事ができていることを実感していた.しかし,「勤務形態が辛くても自分の病気があまりよくないって分かっていても,(師長に)言ったところで機嫌を損ねるだけで何もしてくれないって思っていたから言わなかった.」(H)というように,気遣ってもらえないことに諦めを抱く体験をしている者もいた.相反する2つの体験が存在する中,「仕事中に通院ってこともありうる時期だったから皆に迷惑をかけるかもしれないことを言っておかないと」(C)というように,職場から理解を得て仕事を続けていく環境を作るため,先を見据えた準備がされていた.

2) 【仕事と体調のバランスを模索する】

〈病状に合った働き方を切望する〉〈出来る仕事は自分で調整する〉という2サブカテゴリーで構成されていた.

復帰後の月末に(夜勤に)一回入って,そのあともシフトを忙しくない曜日の夜勤にしてくれた.」(C),「病欠をとれる環境やいつでも症状が出たときに緊急受診ができたりとか,そう言う体制があったら良かった.」(F)というように,病気の特性に合わせて働き方を組み立てていける状況を切実に望んでいた.さらに,「(股関節に負担がかかる業務は難しいが)処置とかはできるのでやらせてくださいって言ってやっている.」(D)という語りのように,自分に出来ることはどのようなことであるのか他者に伝えることによって,体調管理できる方法で働き方を調整していた.

3) 【病気体験を看護職としての糧にする】

〈病気体験を前向きな発想に転換させる〉〈病気体験を通して自身の成長に気づく〉という2サブカテゴリーで構成されていた.

病気を抱えるってことはマイナスだけど,看護の仕事に関しては逆にプラスに変えながら出来るんじゃないかって気がする.(中略)病気を抱えることで患者さんに対する看護としてのアプローチの方法が広がっていく気がする.」(G)という語りのように,病気体験を患者との関わりに直接活かせると前向きな考えに転換させていた.また,「患者さんはこういうことを知りたがってる,だからこういう話をしてほしいって医師にさらに言えるようになった.(自分が患者になって)違った視点で見れたので,看護においてはすごいプラスにはなったと思う.」(B)というように,患者の立場を体験したからこそ,患者が何を求めているのかを察し,その思いの代弁者として寄り添った関わりを意識するようになったという看護職としての成長に気づいていた.

4) 【看護職への思いは揺るがない】

〈看護職への思いは揺るがない〉という1サブカテゴリーで構成されていた.

病気があってもなくても自分で嬉しいって思った体験や助けたいって思ったのは同じだった.」(H),「別に自信があるわけじゃないけど,なりたくてなった仕事なので(病気があっても)辞めようとは思わなかった.」(B)という語りから,看護職という仕事への思い入れが基盤としてあったため,病気になったからといって看護職である自身に変わりはないという揺るぎない思いがあった.

5) 【病気との回り道な人生を受け入れていく】

〈前向きに病気と向き合う〉〈病気を認められない自分に気づく〉〈時と共に病気に馴染む〉〈漠然とした不安と対峙する〉という4サブカテゴリーで構成されていた.

誰でもなれるような病気じゃないし,自分の個性だと思ってある意味特別って考えて受けとめて,おまけ(薬の副作用や合併症)と仲良くしながら今はやっていくしかない.」(D)というように,病気を前向きに受け止め,これからの人生で向き合っていこうとしていた.しかし,「まだ受け入れたくないっていうのがどこかにあるからなのか,病気のことをあまり真剣に考えてなかったような気がした.」(F)という語りから,病気に対する負の思いを消し去ることができず葛藤している自身に気づく体験もあった.また,「自分自身に(病気に対する)免疫がついたのかもしれない.この身体に慣れただけなのかもしれない.」(H)というように,時間経過が病気を抱えていることに慣れを感じさせている一面もあった.さらに,「(同じ病気の患者さんを見て)私も治療したらこういう風になるのかと思った.(中略)仕事を続けながら治療できるのかな.」(A),という語りから,病気を抱えながら生活していくという予測できない人生を目の当たりにし,ただじっと立ち尽くす体験もあった.

Ⅵ. 考察

1. 研究参加者の特徴

本研究では8名中4名の研究参加者が調査時点で退職しており,退職理由は結婚や体調を考慮してということであった.一時的に仕事を離れても家庭の状況や体調が整ったら復帰したいという語りが聞かれたことから,看護職の仕事を生涯通して続けていくための充電期間として一時的に退職を選択したことが伺える.このような前向きな決断を肯定的に支持し,将来的な復帰を見込んで組織での受け入れを整えていく必要性が示唆された.

また,施設の規模が大きければ支援体制が充実しているのではないかと推察していたが,同じ施設に勤務していても研究参加者によって職場から得られている支援が異なっていた.このことから,支援体制は所属先の上司の配慮やスタッフとの関係性に委ねられているという曖昧な状況にあることが示された.

2. 職場の風土作りと個々に応じた支援体制の構築

本研究では,病気を抱えながら働くことへの配慮に感謝する語りが多くあった.尾崎(2003)は,看護職員の職務満足には看護師長の承認行動として個々のスタッフへの目配りと支援が関連していたことを明らかにしている.このことから,病気を抱えながら働いていることを上司や同僚に認めてもらえたことが職務満足を高め,就業継続への原動力になっていたと考える.しかし,理解と気遣いが無いことに諦めを抱く語りもあった.看護職は病者を目の当たりにしている分,同僚の病気に理解を示しやすいのではないかという予測には当てはまらないこともあった.病気を抱えるということ自体が身近過ぎるがゆえに病気慣れしている可能性があること,また,疲労度が高く過酷な状況の職場では他者の不調に配慮するだけの心の余裕を欠いている可能性があることが考えられる.このことは冒頭で述べた「Presenteeism」(山下・荒木田,2006)の状態に看護職が陥る一因になることが伺える.看護者の倫理綱領(日本看護協会,2003)では,看護者はより質の高い看護を行うために看護者自身の心身の健康の保持増進に努める必要があると提示されており,自らの心身の健やかさが結果として質の高い看護提供の基盤であると言われている.このことから,「Presenteeism」に陥ることで自身の健康のみならず患者の不調に目を向けにくくなり,寄り添った看護ケアの実現が難しくなることが懸念されると考える.

さらに,現在はワーク・ライフ・バランス(WLB)やダイバーシティが推進されており(日本看護協会,2013),WLBに関しては短時間正職員制度や交代制などの多様な勤務形態,キャリア形成支援などの教育・研修制度,育児・介護休業などの休暇制度などを設ける施設が増えている.しかし,病気を抱えている看護職の就業継続支援の具体策はこの中には強調されていない.一方,職員の多様性を組織に取り入れるマネジメントとして近年ではダイバーシティ・マネジメントが浸透しつつある(永瀬,2016).看護職が自身の病状に応じた働き方を実現していくことで,病気を抱えながら就業するという一つの多様性を容認できる組織作りのきっかけになるのではないかと考える.また,様々な価値観の集合体は互いを知ろうという雰囲気になりやすくコミュニケーションが円滑に進むと考えられていることから,多様性を容認しようという雰囲気の構築が就業継続の促進と離職防止に繋がると推察する.

3. 看護職としての糧と仕事に対する思い入れの発見

小田桐・仁尾(2008)は,慢性疾患を抱える青年期患者の就職・就労に関して,病気のために採用が不利になったり,職場の人に迷惑が掛かかったりすることで,対象者は病気を持ちながら働くのは難しいという思いを抱えていることを報告している.しかし本研究では,病気体験が研究参加者のそれまで培ってきた看護観を見つめるきっかけとなり,看護職として結果的に更なる成長を導き出していることが示された.このことから,病気体験は看護職だからこそ患者を多面的に捉えていく上での新たな視点の獲得として強みに変化させていくことが可能であると考える.語りに多少の個人差はあったものの,「病気を抱えるってことはマイナスだけど,看護の仕事に関しては逆にプラスに変えながら仕事が出来る.」という前向きな姿勢が見えていたことから,病気が自己成長を導くという体験が本研究の共通性として見出されてきた.一方,病気体験があったからといって仕事への思い入れに変わりはなかったことも明らかになった.宮崎(2012)は,看護師をはじめとした専門職は概ね専門的な職業教育を受けてモチベーションが高く,仕事そのものを辞めにくいと述べており,個々のモチベーションの高さが病気体験とは無関係に看護職として仕事をする意思を突き動かす支えになっていたと考える.

4. 時には迷いながら病気と共に歩む人生を受け入れていく

研究参加者は,病気に前向きになったり,認められなかったり,ただ漠然と立ち尽くしたり,時と共に病気の自分に慣れを感じたりと,真っ直ぐに病気をともにした人生を受け入れていくのではなく,時には道を外れて回り道をしながら人生を送っていた.このように病気を抱えながら就業した看護職は,患者の身近にいるからこそ自身の生き方を照らし合わせることによって自らの生き方を考えていく機会が得られていたのではないかと考える.「仕事を続けながら治療できるのかな.治療をしている人をみて大変なんだなって思った.」という語りから,先行きに不安があるものの,患者の生き方を通して自身と向き合おうとしていたことが明らかになった.人生に対して不安を抱えるということは,その先の生活を送っていく中で意欲的に活動を行っていく上での妨げになる可能性がある.しかし研究参加者は,「辞めてしまったら(気持ちが)内に内に入ってしまうので,精神的な部分でも仕事をしていることが病気を持ちながら働くことの支えになっている.」と語っており,病気のせいで仕事が続けられないかもしれないという不安を抱きつつも,なんとか仕事を続けていく方法を見出してきたと考える.有田・井上(2007)は,慢性疾患患者は活動拡大と制限による工夫を試行錯誤しながら時と場合で使い分け,そのバランスのとり方を自らの体調管理と人生の充実を考えたセルフマネジメントとして定着させていることを報告している.慢性的な疾患を抱えながら生きていくということは,人生の長きに渡り思い悩むことが想像される.しかし時間がかかるからこそ,病気と向き合う生き方が全てではなく,時には現実から目を背け,立ち止まって今を見つめ直すことも,長い目で病気と共に生きていくには必要なことであると考える.

5. 環境との相互作用を通じた病気を抱えながら就業した体験の構造(図1

病気を抱えながら就業していた看護職は,病気があろうとなかろうとこの仕事に対する思い入れに揺らぎはないという誇りと信念を持っていた.同時に,病気と向き合いながら人生を見据える患者としての側面も内包しており,自身の中で二つの立場をバランスよく共存させていた.このように相反する二つの立場を共存させていくためには,職場で関わる人々や支援体制という研究参加者を取り巻く環境が影響を与えていた.看護職の仕事を続けていきたいという思いのみが先行していても働くことが出来る環境が整ってなくては就業には結びつくことはない.自身を取り巻く環境との相互作用を通じて,個人に合った働き方を確立し試行錯誤しながらも何とか折り合いをつけつつ看護職としての立場を変化させていくことが就業継続の鍵になるのではないかと考える.

図1

環境との相互作用を通じた病気を抱えながら就業した体験の構造

Ⅶ. 本研究の限界と課題

病気を抱えながら就業した期間は7か月~10年の幅があり,時間経過により体験の記憶自体が曖昧になっている可能性があったという点や,今回見出された結果は看護学や他の研究分野において適用されていく中で内容が洗練されていくと考えられることから,現時点で得られた結果の内容が本研究の限界である.また,今後の課題として,研究参加者の疾患や所属している部署の特殊性によって得られている具体的な支援策が異なってくる可能性があるという点を十分に加味し,病気を抱えながらも看護職が就業継続していくための支援策を構築していく研究が求められる.さらに,病気体験があったからこそ見出される看護の実態や病気体験と他者への共感的な関わりの関連について検証していくことが求められると考える.

Ⅷ. 結論

1.病気を抱えながら就業した看護職の体験として,【周囲の反応を汲み取る】【仕事と体調のバランスを模索する】【病気体験を看護職としての糧にする】【看護職への思いは揺るがない】【時には回り道しながら病気と歩む人生を受け入れていく】という5つが抽出された.

2.体調に合わせた個別的な就業方法の検討と提供をしていくことや,病気を抱えながら働いているという多様性に理解が示される職場の風土作りの必要性が示唆された.

謝辞:貴重なお時間を割いてご自身の辛い病気体験についてインタビューを受けてくださった看護職の皆様に心より感謝申し上げます. 本研究は,平成27年度首都大学東京大学院人間健康科学研究科の修士論文を加筆・修正したものである.なお,第36回日本看護科学学会学術集会で発表した.

利益相反:本研究における利益相反は存在しない.

著者資格:SNは研究デザインと実施,分析,執筆の全てを行った.ASは原稿への示唆および研究プロセス全体への助言を行った.両著者共に最終原稿を読み承認した.

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