日本看護科学会誌
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原著
福島第一原子力発電所の事故を契機に自主避難をした母親が避難先地域との関わりの中で母子避難を継続していくプロセス
松永 妃都美
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2018 年 38 巻 p. 107-114

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Abstract

目的:本研究では福島第一原子力発電所の事故を契機とした母子避難を継続する母親を支えている避難先地域の資源や人々との関わりを取り上げ,そのプロセスを明らかにする.

方法:母子避難を継続する母親12名を研究協力者として,半構造化面接で得たデータを修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチにより分析した.

結果:母子避難を継続する母親は【被災者として(避難先)地域に馴染み】ながら,避難生活の中で【健康影響リスク回避の実感】をし,避難先地域の人々との【心地よい人間関係を構築】することができていた.このことが【母子避難という選択への納得】に繋がり,母子避難が継続されていた.

結論:母子避難を継続する母親への看護援助には,母親との放射線被ばくリスクコミュニケーションを行うこと,また避難先地域に馴染むことや人間関係の構築を支援すること,そして母子避難という選択への納得を支持する関わりが重要であることが示唆された.

Ⅰ. 緒言

2011年3月11日の東日本大震災に続発した東京電力福島第一原子力発電所(以下,福島第一原発)の事故では,大量の放射性物質が東北から関東広域に拡散した.この事故を受けて国・福島県は,福島第一原発近隣の住民に避難を指示した(一般社団法人日本原子力学会,2014).しかしながら過去の原子力災害のイメージやメディア,インターネット等の情報を契機として避難指示区域外の地域からの避難(以下,自主避難)も行われたことが報告されている(吉田,2016復興庁,2017).このような自主避難は,その特徴から正確な人数や現状の把握が困難とされているが(田並,2012),避難元に父親を残した未就学児との母子避難が非常に多いこと(山根,2013),また帰還による放射線健康影響への懸念から帰還を望まない傾向にあり(廣本,2016),自主避難生活の長期化に伴う経済的な問題やメンタルヘルスの問題が指摘されている(関西学院大学災害復興制度研究所,2015).

特に母子避難においては,放射線被ばく健康影響を懸念する避難元からの距離(遠く離れること)を優先した地縁や血縁に頼らない避難も多かったとされており(田中・乾,2015),この被ばくを避けるための母子避難が,避難先地域への馴染めなさによるストレスや,孤立無援状態での育児等の負担を高めていたことが報告されている(吉田,2016).またこれらに加えて,母子避難者には避難先地域での就労の困難さや,避難先で離れて暮らす夫や親族との関係悪化など様々なストレスに曝されていたことが明らかになっており,放射線被ばくを避けるための避難が母親の心身に悪影響を及ぼし,子どもの養育にネガティブな影響を及ぼしている可能性が指摘されている(山根,2013).さらに母子避難の子どもにおいても,避難先地域での生活環境や社会環境の変化,いじめ等の問題があり,母子避難が及ぼす子どもの心身や成長発達への懸念が指摘されている(三浦,2015).

しかしこのように多くの母子避難の困難な状況が報告されていた一方で,家族や社会,個人的な要因,つまり母子避難への夫や実母の理解や精神的な支え,母子避難における経済的な安定,母親のポジティブな性格特性が母子避難を支えていたことが明らかになっている(宍戸ら,2015蔭山・佐藤,2016).また母親の育児の安定には地域資源の活用が必要不可欠とされている.そのため母子避難の母親の育児には避難先地域の子育て支援や避難者支援,就園・就学施設からの支援や配慮を適切に受けることが重要であるといわれている(関・廣本,2014).

しかしながら母子避難を支えている避難先地域の要因については,どのような要因があり,それらがどのように影響しあっているのかは明らかではない.そこで母子避難を継続する母親を支援するためには,母親がどのような避難元地域の資源や人々と関わっているのか,そしてそれらとどのように影響しあいながら母子避難を継続しているのかを明らかにする必要があると考えた.

Ⅱ. 目的

本研究の目的は,福島第一原発事故を契機とした母子避難を支える避難先地域の資源や人々との関わりを取り上げ,その母子避難の継続プロセスを明らかにすることである.本研究の意義は,このプロセスを明らかにすることにより,母子避難を継続する母親を支援する避難先地域での看護について検討し,母子避難者への看護への示唆を得ることである.

Ⅲ. 用語の定義

本研究で用いる「母子避難」とは,福島第一原発事故の避難指示区域外地域で生活していた母親と子どもが,父親を避難元に残し,婚姻を継続した状態で避難先での母子生活を行っている状態をいう.

Ⅳ. 研究方法

1. 研究デザイン

本研究デザインには個別インタビューでのデータ収集を行う質的記述的デザインを採用し,データ分析には修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチ(Modified Grounded Theory Approach:以下,M-GTA)を用いた(木下,2003).M-GTAとは限定された範囲内での社会的相互作用に関する人間行動の説明と予測を,実践活用できる理論として生成することを意図した研究方法である.本研究では,母子避難という限定された範囲での理論生成を志向していること,母親と避難先地域の人々の間で社会的相互作用が生じている現象であること,母子避難が継続されているプロセスを提示することで地域看護学実践への示唆を得ることが期待できると考え,M-GTAが適していると判断した.

2. 研究協力者

福島第一原発の事故当時に乳幼児を養育していた母親で,データ収集期間(2014年6月~2015年7月)にA地域での母子避難を継続していた者を研究協力者とした.また夫との離婚が成立した者は帰還の必要性が低く,避難先地域での看護が異なると考えられたため研究協力者の選択基準より除外した.

3. データの収集方法

福島第一原発事故に関連した相談対応や支援を行う行政窓口やボランティア団体,自主避難の自助団体の計7か所に対して,研究協力該当者への研究協力依頼文の送付を依頼した.データ収集は調査票および半構造化面接で行った.調査票では年齢,婚姻,世帯構成,福島第一原発事故前後の居住地を収集した.半構造化面接では,福島第一原発の事故前と事故後における自身の変化や避難先地域での思い,出来事等をインタビューガイドとして設定した.面接内容は研究協力者の同意を得て録音し,逐語録を分析データとした.

4. 分析方法

M-GTAはデータに密着(grounded on date)した分析から,限定された範囲内での理論を生成する研究方法である.そのため収集されたデータのアウトラインや文脈から,研究テーマに基づいた概念生成が可能となる分析テーマおよび分析焦点者を設定する.本研究では研究テーマを「母子避難者が避難を継続するプロセス」と設定し,分析テーマを「母子避難者が避難先地域との関わりの中で避難を継続するプロセス」とした.そして分析焦点者は,「母子避難を継続する母親」とした.また分析の始点は「母子避難の開始」,終点は「母子避難の継続」と設定した.

分析データは,分析ワークシートを用いて概念を生成し,複数の概念が生成された段階から概念間の関係性を検討した.そして概念の統廃合を繰り返しながら同時にカテゴリーを生成し,概念間の関係性を図式化した.理論的飽和の判断は,研究協力者らのデータから新たな概念とカテゴリーが生成されないこと,および生成された概念とカテゴリーを用いて分析テーマの現象を説明できた時点で行った.

データの分析過程においては,M-GTAの研究歴を有するスーパーバイザーの指導を受けた.データの真実性については研究協力者に開示する機会を設け,検討して確認をした.

5. 倫理的配慮

本研究は,佐賀大学医学部倫理審査委員会の承認を経て実施した(承認番号26-3).研究協力の受付は,本研究協力者の全員が研究協力依頼文の送付を依頼した行政および団体からの支援を受けていたことを考慮し,災害時支援に一切携わらなかった研究者1名に統一した.また,研究参加者名,面接内容等のすべてを研究協力依頼文の送付元にはフィードバックしないことを送付元および協力者の双方に約束をして徹底した.本研究協力者は被災経験者であった.したがってデータ収集のための面接の前に,メールや電話または面接にて研究参加理由や避難元,声や表情等の心身状態を確認し,被災経験に関する語りが行えるかどうかの確認と判断を行った.またフラッシュバック等の不測の事態に備えて,心療内科医や臨床心理士との連携体制を整え,面接の終了後においてもメールや電話等で心身の不調の有無について確認を行った.

研究協力者には研究の趣旨や方法,録音データの取り扱い,話したくないことは話さなくて良いこと,研究への協力は自由意思でありいつでも中止できること,研究協力や拒否による不利益は生じないこと,個人情報の取り扱いおよびデータの管理と使用方法,そして研究成果の公表とその意義について口頭で十分に説明し,同意書のサインをもって研究参加の同意を得た.

Ⅴ. 結果

1. 研究協力者の概要

研究協力希望者の12名全員においてデータ面接中およびその前後での心身の不調等が確認されなかったため全員を研究協力者とした.研究協力者の面接所要時間の範囲は106分~187分であった.研究協力者の年齢は30歳代2名,40歳代10名で,避難元は千葉県5名,東京都3名,福島県2名,神奈川県1名,群馬県1名であり,全員が福島第一原発の事故から1年以内に母子避難し,面接当時も母子世帯であった.また,避難先地域に夫の実家がある者が4名,地縁や血縁のない者が8名であり,全員が避難先地域での生活の継続を望んでいた.

2. ストーリーライン

以下,カテゴリーを【 】,概念を“ ”で表記し説明する.

研究協力者は,避難先地域の行政や人々が提供していた被災者への支援を受けて“被災者である自己を認知”し,“避難者らしくふるまい”ながら【被災者として地域に馴染む】経験をしていた.避難先地域での生活は,福島第一原発の事故後に失った“日常生活の復旧”であり,放射線防護に関して自らが定めた“放射線被ばく量のボーダーラインの維持”をしながら,“母親の責任”を果たす【健康影響リスク回避の実感】を重ねる経験でもあった.これらの思いや経験に加えて,避難先地域でともに放射線被ばくに気を配り防護をする“共感して実践する仲間とのつながり”を得た研究協力者は,避難先地域での放射線防護の“理解協力者づくり”,放射線防護の理解が得られない“無理解者との関係維持”そして避難元では得る必要がなかった“母子生活サポート”を得ながら【心地よい人間関係の構築】をしていく.そしてこれらの避難先地域への馴染みや人々とのつながりが“生活環境への愛着”や“母子という家族への満足”“子どもの生き方に価値を見出す”余裕につながり,【母子避難という選択への納得】から母子避難が継続されていた.

3. 概念とカテゴリー(図1

分析の結果,12の概念,4つのカテゴリーが生成された.抽出されたカテゴリーは【避難者として地域に馴染む】【健康影響リスク回避の実感】【心地よい人間関係の構築】【母子避難という選択への納得】であった.以下,カテゴリーを【 】,概念を“ ”,事例を「 」,協力者のIDを( )に表記し,各カテゴリーを説明する.

図1

母親の母子避難を支える避難先地域とのプロセス

1) 【避難者として地域に馴染む】

このカテゴリーは“被災者である自己の認知”“避難者らしくふるまう”の2個の概念で構成されていた.

“被災者である自己の認知”は,避難元地域では特別に支援を受けることのなかった研究協力者が,避難先地域で避難者支援を受ける対象者となったことで,自らが被災者であることを自覚した経験が語られていた.研究協力者にとって避難者支援を受けるという経験は,避難先地域に快く受け入れられ,母子避難という選択への確証や安堵を得る好機となっていた一方で,支援を受ける弱者としての自己への戸惑いや負い目を感じる機会にもなっていた.

「(避難先地域)では 大変やったねーって みーんな気を遣ってくれて 家電…生活用品とか子どもの服 あと自転車なんかも頂いて すっごい助かりました でも私 津波とか家が壊れたりの経験ではなかったから なんか申し訳ない気持ち」(5)

“避難者らしくふるまう”は,避難先地域の人々から避難者として認知される経験を通して,自らが避難者としてふさわしいと考える言動で,避難先地域の人々と避難者として関わり馴染んでいくようになっていたことが語られていた.

「“東北に支援に行ったんだよ!”とかいう話を聞いたら 私が直接支援を受けたわけじゃないんですけど ありがとうございますって言っている自分がいて」(4)

2) 【生命影響リスク回避の実感】

このカテゴリーは“日常生活の復旧”“放射線被ばく量のボーダーラインの維持”“母親の責任”の3個の概念で構成されていた.

“日常生活の復旧”では,福島第一原発の事故で放出された放射性物質の不安から行えなくなっていた家事や育児が,放射線被ばくのリスクが低いと考える避難先地域の生活で少しずつ行えるようになった変化が語られていた.

「(避難元)ではずっと出来なかったですね でも今では窓も開けられる 洗濯物も時々は外に干せるし 子どもも葉っぱに触れたり 土遊びもできる 運動会も休ませなくていいしね 母子生活って普通じゃないんですけど なんか普通に戻れた感じなんです」(1)

“放射線被ばく量のボーダーラインの維持”は,避難先地域の生活を継続することで研究協力者それぞれが定めた被ばく回避のためのルールが維持でき,福島第一原発由来の放射線被ばくの回避が行えているという実感が語られていた.

「避難が出来ているから もう気にしないって 割り切っておられるご家庭もあるし 色々ですね うちは子どもが嫌がるからお弁当にはしていないんですけど 牛乳は飲ませていなくて 給食の献立表はチェックしてできる範囲でアレとコレは食べないでってしながら それで大丈夫だって思って」(10)

“母親の責任”は,子どもの生命・健康を守る母親の責任が,避難先地域で果たせているという思いが語られていた.

「子どもの健康を守るのが母親の仕事ですよね (中略)元気な身体があればなんとかなるし それだけは守ってあげたい」(6)

3) 【心地よい人間関係の構築】

このカテゴリーは“共感して実践する仲間とのつながり”“理解協力者づくり”“無理解者との関係維持”“母子生活サポート”の4個の概念で構成されていた.

“共感して実践する仲間とのつながり”は,避難元地域では出会うことがなかった放射線の健康影響に関する考えや防護行動に共感し,防護行動を実践しあえる仲間に出会い,支えられていることが語られていた.

「同じ母子避難のお母さん達とか 反原発活動家の方々にすごく受け入れてもらえて そこではじめて自分の思っていることを正直に話すことが出来んたですね 共感してもらえて 話を聞いて自分も共感できて そういう出会いに本当に救われた」(4)

“理解協力者づくり”は,避難先地域において無用な放射線被ばくを回避するための理解者や協力者をつくることであった.研究協力者の中にはこの“理解協力者づくり”の活動を被災者である自らの責任であると考えていた場合もあった.

「(避難先地域)にも結構(放射性物質に汚染されているかもしれない)危険な食べ物あるんですよ みんなで声をあげていかないと 子ども達を放射能から守ることはできないんです お話会とかやれる範囲の事ですけど ちょっとずつ伝えていけたらって活動しています」(8)

“無理解者との関係維持”は,放射線被ばくへの関心や理解を示さない住民との関係を維持するため,自然に被ばくを避けられる状況をつくり,あえて言わない,理解を求めない,出来る範囲内でやんわりとさけ,困らせない程度に交渉するなどの対応を取りながら関係を維持していることが語られていた.

「旦那は来ていないわけだから なんで?(避難先地域に来たの)ってなるし 放射能のこと 雰囲気をみて言えそうな人には言うけど 普通はえっ!て距離取られちゃうから言わない 危険な食べ物もできる範囲内でやんわりと避けてる」(9)

“母子生活サポート”は,母子生活が自分一人では行えないことを受容し,母子生活者に提供される避難先地域のサポートを受け入れ,活用しながら母子避難を継続していたことが語られていた.

「母子避難って母子生活そのものなんですよ こっちに来て人とのつながりがすごく増えました 個人的に助けられる機会がすごく増えて 以前は遠慮していたようなことも ご好意に甘えられるようになりました」(2)

4) 【母子避難という選択への納得】

このカテゴリーは“生活環境への愛着”“子どもの生き方に価値を見出す”“母子という家族への満足”の3個の概念で構成されていた.

“生活環境への愛着”は,避難先地域の環境を気に入り,生活を重ねていく中で愛着を抱くことであり,避難先地域の生活環境に納得し,満足していることが語られていた.

「(避難元)ではスーパーを何軒もハシゴしなきゃいけなかったものが(避難先には安全だと考える食材が)何でもあるって狂喜乱舞しました 自然の中で放射能を気にせずに遊べる場所も結構あるんですよ」(7)

“子どもの生き方に価値を見出す”は,避難先地域の風土や言語(方言),コミュニティに馴染めている子どもの生き方が,母子避難の継続や母子避難を選択したことへの納得につながっていたことが示されていた.

「(子どもは)楽しそうにやってますよ 避難してもう〇年になりますから幼稚園でお友達もできて ○○弁もバリバリ話して 逆に(避難元の方言)はわかんないんじゃないかな パパがいないことには慣れている感じ 『パパがいなくていいの?』って聞いたら 『いるよ また来てくれるんっでしょ』って パパが家にいないことが普通になってる」(1)

一方,子どもが父親のいない生活に馴染めず,父親との生活や帰還を望むこともあった.“母子という家族”は,子どもを母子避難生活に巻き込んだ罪悪感に苛まれながらも,長い視野で子どもの人生や健康を考えれば避難先地域での生活が正しい選択であり,後悔はないという考えに落ち着くことが示されていた.

「子どもには 放射能にまみれた向こう(避難元)での父親との暮らしより 自然豊かなところ(避難先地域)がいい でもパパっ子だったから本当にかわいそうなことをしたなって… でも今辛くても 大人になってからが子どもの人生だから (子どもに)大切な人が出来たとき 放射能のことで 悩んで欲しくない」(9)

Ⅵ. 考察

本研究では,母子避難者が避難先地域との関わりの中で避難を継続するプロセスを明らかにすることを目的として研究を行った.その中でも本稿は,母子避難を継続する母親を支えている避難先地域の資源や人々との関わりを取り上げ,そのプロセスを明らかにした.以下,このプロセスについて重要と考えられた点について考察する.

1. 母子避難を支えていた避難先人々との相互作用

東日本大震災の凄惨な被害はマスメディアなどを通じて詳細に報道され,避難者の受け入れを行った非被災地域の行政や民間のボランティア団体は住宅の一時貸借や生活用品の給付,心のケアの提供や避難者が集まる会の開催を避難者の避難元に依らずに行ったとされている(関・廣本,2014).そのため,被災地としては認知度の低い関東圏からの避難者においても避難先地域との最初の接点が避難者支援の提供先となり,母子避難生活が“被災者である自己を認知”し,“避難者らしくふるまい”ながら,【被災者として地域に馴染む】ことから開始されていたことが考えられる.また研究協力者は,このような避難先地域の行政や人々からの支援を契機として,福島第一原発由来の放射線被ばく健康影響への不安に共感し,日常的な放射線被ばく回避行動を実践する“共感して実践する仲間とのつながり”をつくる機会を得ていた.自主避難経験者の多くが,避難元地域の家族や友人,職場や子どもの就園施設等との人間関係の中で放射線リスク認知の相違に悩み,強いストレスを抱えて孤立することがあったとされており(紺野・佐藤,2014),避難先地域での“共感して実践する仲間とのつながり”が母子避難生活を支える避難先地域の重要な要因の1つであったことが考えられた.また母子避難に限らず,転居には物理的かつ心理的な喪失が伴うとされており,新しい地域への馴染みには新転地での良好な人間関係が欠かせないといわれている(大谷,2013).これらのことから避難先地域で構築された“共感して実践する仲間とのつながり”が,母親の物理的,心理的な喪失感を癒し,被ばく回避行動への理解や協力を得るための“理解協力者づくり”や,福島第一原発由来の放射線被ばくリスク認知が異なる“無理解者との関係維持”を行う余裕を生み出し,母子避難の継続を支えていたのではないだろうか.

2. 母子避難が継続される要因

福島第一原発の事故を契機とした自主避難者の多くが,避難元地域では放射線被ばく健康影響が起こると考えている傾向にあることが報告されており,避難元で放射線被ばくを回避できなかった経験や放射線被ばく健康影響の発症への不安が,放射線被ばく回避行動や自主避難を促したとされている(米田,2015).しかし福島第一原発事故における放射線被ばく健康影響に関しては,事故後早期からの継続した食品,環境モニタリング等により,産地に関わらず流通されている食品は安全であることが確認されており,福島第一原発事故による放射性物質の飛散が最も多かった地域においても放射線被ばく健康影響の発症は予測されないことが結論づけられている(UNSCEAR, 2013Nagataki & Takamura, 2016).このような福島第一原発由来の放射線健康影響が起こるというリスク認知は,福島県内の母親(Hayano et al., 2015)や避難指示区域の住民にも確認されており,避難指示区域解除地域の住民においては放射線健康影響へのリスク認知が避難元地域への帰還を妨げる主要な要因の一つになっていることが示唆されている(Orita et al., 2015).しかし本研究においては,このような放射線健康影響リスク認知に加えて,避難先地域で“日常生活が復旧”したことや,避難先地域での“生活環境への愛着”が母子避難の継続を支えていたことが明らかになった.原子力災害の避難指示区域内住民への調査においては,避難先地域での生活基盤の安定や日常生活の利便性等が帰還をしない理由として挙げられており(復興庁,2018),避難先地域での安定した日常生活や生活環境への愛着が避難者のQOL(Quality of Life)を高める一方で,避難生活を長期化させる要因となる可能性が示唆される.しかし夫を避難元に残し,婚姻を継続した状態での母子避難の場合,夫が避難元を離れない限り,いずれかのタイミングで住み慣れて愛着を持った避難先地域から放射線被ばく健康影響不安がある避難元地域に帰還を余儀なくされることが考えられる.先行研究においては,男性と比較して女性の方が放射線被ばくへの不安を抱きやすい傾向にあり,また放射線被ばく健康影響が起こるというリスク認知が心身の健康にネガティブな影響を与える傾向にあることが示唆されている(Suzuki et al., 2015).これらのことから母子避難を継続する母親を対象とした看護援助には,避難先地域での人間関係の構築と日常生活の安定を支援し,母子避難という選択を行ったことへの納得を促すコミュニケーションや関わりを行うこと.そして母子避難を継続するのか,帰還をするのかの選択を,放射線被ばく健康影響のリスクを正しく認識したうえで判断できるような放射線リスクコミュニケーションを行う看護援助が重要であることが示唆された.

Ⅶ. 本研究の限界と課題

本研究から生成された理論はM-GTAの特性上,避難元の夫との婚姻を継続し,かつ2年以上の二重生活が成立する経済的な基盤が整った母子避難者についてのみ説明力をもつという方法論的限定性がある.また本研究では,母親を支えている避難先地域との関わりを取り上げ,そのプロセスを明らかにした.

今後は母親が母子避難を継続していく中での家族とのやり取りや母子避難が継続されない場合においてのプロセス,福島県またはそれ以外の県からの母子避難を継続していく上での相違等を解明し,母子避難という現象の理解と看護援助の検討をすすめていく必要がある.

Ⅷ. 結論

1.母親が避難先地域や人々との関わりの中で母子避難を継続するプロセスとして【被災者として地域に馴染む】,【健康影響リスク回避の実感】,【心地よい人間関係の構築】,【母子避難という選択への納得】の4つのカテゴリー,12の概念が抽出され,その関係性が明らかになった.母親は【被災者として地域に馴染み】ながら,避難生活の中で【健康影響リスク回避の実感】をし,避難先地域の人々との【心地よい人間関係を構築】することができていた.このことが【母子避難という選択への納得】に繋がり,母子避難が継続されていた.

2.母子避難を継続する母親への看護援助には,母親との放射線被ばくリスクコミュニケーションを行うこと,また避難先地域に馴染むことや人間関係の構築を支援すること,そして母子避難という選択への納得を支持する関わりが重要であることが示唆された.

付記:本研究の一部は,第22回日本看護研究学会九州・沖縄地方学術集会にて公表したものです.

謝辞:本研究を実施するにあたり福島第一事故後のお辛かったお気持ちやご状況をお話しくださった本研究協力者の皆様,本研究にご指導・ご教授くださいました広島国際大学眞砂照美教授およびM-GTA研究会の皆様に心より感謝いたします.本研究はJSPS科研費15K21227の助成を頂き実施しました.

利益相反:本研究における利益相反はありません.

文献
 
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