日本看護科学会誌
Online ISSN : 2185-8888
Print ISSN : 0287-5330
ISSN-L : 0287-5330
原著
地域在住高齢者のアドバンス・ケア・プランニング(ACP)の実施状況と関連要因:横断研究
稲垣 安沙高野 純子野口 麻衣子山本 則子
著者情報
ジャーナル フリー HTML

2020 年 40 巻 p. 56-64

詳細
Abstract

目的:地域高齢者のアドバンス・ケア・プランニング(ACP)実施状況と関連要因を探索した.

方法:高齢者向け地域活動に参加した65歳以上の地域高齢者380名にACP実施状況(ACPに関する話し合い及び記録)等を尋ねる自記式質問紙調査を実施した.ACP実施状況の関連要因を多重ロジスティック回帰分析にて検討した.

結果:131名(有効回答率34.5%)のうち,ACPに関する話し合いは83名(63.4%),記録は31名(23.7%)が実施していた.話し合いには介護経験有(オッズ比(OR):5.2,95%信頼区間(CI):1.9~13.9)と記録実施(OR:7.3,95%CI:1.4~37.1)が関連した.記録には終末期に自宅療養の希望有(OR:3.6,95%CI:1.3~9.7)と話し合い実施(OR:12.9,95%CI:2.7~61.6)が関連した.

結論:介護経験者を先達としてACPに関する話し合いの機会を設けるなどの支援プログラムが求められる.

Translated Abstract

Aim: This study explored factors of advance care planning (ACP) practice among community-dwelling independent older adults.

Method: An anonymous self-administrated questionnaire survey on ACP practice (i.e., discussing and recording on their ACP preference) was conducted with community-dwelling older adults aged 65 years or above who attended senior community activities. Multiple logistic regression analysis was performed to explore the factors associated with ACP practice.

Results: A total of 131 questionnaires were analyzed (effective response rate: 34.5%). For ACP practice, 83 participants reported having discussed (63.4%) and 31 participants, recorded (23.7%) their preferences. Factors of ACP discussion were caregiving experience (Odds Ratio (OR): 5.2, 95% Confidence Interval (CI): 1.9–13.9), and ACP recording (OR: 7.3, 95%CI: 1.4–37.1). Factors of ACP recording were preference of staying at home at the end of life (OR: 3.6, 95%CI: 1.3–9.7), and ACP discussion (OR: 12.9, 95%CI: 2.7–61.6).

Conclusion: Only two thirds of the participants discussed and one fourth recorded on ACP. Providing occasions discuss ACP with those experienced in family caregiving may be needed to further promote ACP practice.

Ⅰ. 緒言

医療の高度化や療養場所の選択肢の増加により,当事者が自分の終末期のありかたについて重要な意思決定を行わなければならない状況が多く発生するようになった.しかし,実際は意思決定が求められる時にはすでに本人の意識がなく,周囲の人が本人に代わって意思決定を行うことが多い.先行研究では,実際の医療現場において突然の代理意思決定を求められた家族等が,意思決定に至るまでの苦悩した体験が報告されている(加藤・竹田,2017).本人が自分の意思を告げられなくなったときのためにも,家族等の代理意思決定者となる人物と,本人との間で意向の共有を行うことの重要性が指摘されている(Fried & Leary, 2008).

そこで近年,高齢者の認知機能や身体機能が低下しコミュニケーションが取れなくなる前に,高齢者が自分の価値観や意向を明示しておくことが推奨されている(厚生労働省,2018a).あらかじめ本人の価値観や意向を明らかにしておくことで,代理意思決定者はその情報を用いて本人の望むと思われる選択をすることが可能となる.そのための仕組みの一つとして,アドバンス・ケア・プランニング(Advance Care Planning,以下ACP)が注目されている.

ACPとは,本人と医療・介護専門職及び本人の希望する親族等の間で交わされる,価値観・人生観・代理意思決定や,終末期にどこでどのようなケアを受けたいか等に関する話し合いのプロセスであり,話し合った内容を記録しケアに関わる人や親しい人の間で共有することが推奨されている(Sudore et al., 2017).ACPによって患者の生活の質や医療・介護における満足度が高まり,本人,遺族の心理的負担が軽減されるという報告がある(Brinkman-Stoppelenburg et al., 2014).一方,自立した地域高齢者を対象とするACPの必要性の認識に関する質問紙調査では,「(医療者・家族がその時の状況に応じて決めてくれれば良いので)前もって希望を伝える必要はない」との回答が37.3%と最も多いという結果もある(平川ら,2006).これらの結果はACPを更に推進するため何らかの支援が必要であることが窺われるものの,ACP推進のための有効な支援方法は解明されていない.

そこで本研究では,自ら意思決定が可能な時期から人生の最終段階のあり方を考えることを促す方策を考えるために,自立して生活する地域高齢者のACP実施に関連する要因を探索した.

Ⅱ. 用語の定義

平成27年に改定された厚生労働省「人生の最終段階における医療の決定プロセスに関するガイドライン」(厚生労働省,2015)を参考に,本研究ではACPについて以下のように定義した.ACPとは,将来自らが意思決定できなくなったとしても希望する医療・ケアを受けるために,自分の価値観・人生観,自らの意思決定が困難になったときのための代理意思決定者,どこでどのような医療・ケアを望むか,について前もって考え周囲の人たちと話し合うこと及びその内容を記録すること.また,ACP実施状況を,ACPに関する「話し合い」および「記録」から検討することとした.

Ⅲ. 研究の方法

1. 研究参加者および調査手順

東京都および神奈川県で一般住宅に居住し自立して生活する65歳以上の高齢者を対象とした.地域の医療機関1施設および地域包括支援センター3箇所に協力を依頼し,当該施設およびセンターが主催する高齢者向けの活動(講演会等)への参加者全員に無記名自記式質問紙を配布した.さらに,より多くの地域在住高齢者に回答を依頼するため,一部の地域包括支援センターでは,センター職員により他のシニア活動に参加した高齢者や担当エリア内に居住する高齢者に対しても質問紙を配布した.配布数は計380通であった.質問紙は当日対象者より直接回収,または後日郵送にて回収した.調査期間は2016年9月から2017年1月であった.

2. 調査項目

本調査では,ACPに関する国際比較研究を予定して作成された質問項目を使用し1)個人特性,2)ACPに関する事前知識,3)終末期の療養場所の意向,4)ACP実施状況,について設問した.設問は,海外の共同研究者が作成し,日本での適応可能性を本研究の共同研究者とともに吟味したのち,著者らが日本語に翻訳して使用した.

1) 個人特性

個人特性は,文献検討に基づき以下の項目を検討した:性別・年齢(歳)・教育歴(年)・居住形態(一人暮らし,配偶者と同居,子・孫と同居,その他の家族や友人と同居)・要介護認定の有無とレベル・定期的に通院が必要な病気の有無・宗教(仏教,キリスト教,イスラム教,道教,その他,なし)・主観的健康感(Lovell & Yates, 2014Ohr et al., 2016)・介護経験の有無(二神ら,2010)・死別体験の有無(小野,2013).主観的健康感は,現在の健康状態について,とても良い(1点)からとても悪い(5点)の5件法で尋ねた.

2) ACPに関する事前知識

調査日以前に「ACP」および「事前指示」という言葉について「聞いたことがある」かを,それぞれ「はい」「いいえ」で回答を得た.

3) 終末期の療養場所の意向

終末期において,療養場所と死を迎える場所の希望をそれぞれ尋ねた.療養場所については「命を脅かすような病気(例えば,がんなど)によって,人生の最終段階を迎える時,あなたはどこでケアを受けたいですか?」,最期を迎える場所については「人生の最終段階に来た時,どこで人生を終えたい希望がありますか?」と尋ねた.回答はそれぞれ「自宅」,「病院」,「高齢者施設」,「ホスピス・緩和ケア病棟」,「その他」,「考えたことがない」,「答えられない」から一つを選択するよう依頼した.

4) ACP実施状況

ACP実施状況は,まずACPの定義を提示(「将来,認知症や重い病気などで自分のことを決められなくなった時に備えて,元気な早い段階から家族や医療者と将来受けたい医療,過ごしたい場所について話し合う過程」)し,以下の4つの検討内容について実施状況を尋ねた:①自分の価値観・人生観,②意思を託したい人,③受けたい医療/受けたくない医療,④医療や介護を受けたい場所.回答はそれぞれ,家族や身近な人と話し合っているか(以下「話し合い」),何らかの形で書き残しているか(以下「記録」)について実施または未実施で尋ねた.「記録」は,「あらかじめ書面に記載しておくこと」とし,形態については不問とした.

3. 分析方法

各変数の記述統計を算出し,ACPの4項目の検討内容のうち1つ以上「話し合い」をしている人を「話し合い」実施,それ以外を未実施とした.同様に,1つ以上「記録」している人を「記録」実施,それ以外を未実施とした.対象をACPの実施(「話し合い」及び「記録」)の有無でそれぞれ2群に分け,個人特性,ACPに関する事前知識,終末期の療養場所の意向等との関連を検討した.終末期の療養場所の意向は,自宅希望とそれ以外の2群に分けた.解析にはχ2検定およびFisherの直接法を使用し,年齢,主観的健康感は正規性を確認した後,対応のないt検定およびMann-WhitneyのU検定を実施した.各変数の欠損値はそれぞれの分析時に除外し割合を算出した.

次に,個人特性,ACPについての事前知識,終末期の療養場所の意向に属する項目のうち,単変量解析でACP実施状況との関連がp < 0.2となった項目を選び,ACP実施状況を目的変数,その他の項目を説明変数とする多重ロジスティック回帰分析(ステップワイズ法)を実施した.分析に先立ち,説明変数間に多重共線性がないことを確認した.対象者の年齢は,先行研究よりACPの実施に関連する可能性が指摘されていたため強制投入した(松井・森山,2004Rao et al., 2014Lovell & Yates, 2014).なお,統計解析を行う際には,ACPの実施「話し合い」と「記録」の相互の関連も検討するため,「話し合い」を目的変数とした分析の際に「記録」を説明変数に,「記録」が目的変数である分析においては,「話し合い」を説明変数として投入した.統計解析パッケージはIBM SPSS(version 22)を用いた.

4. 倫理的配慮

本研究は,東京大学医学部倫理審査委員会において承認を得た上で実施した(承認番号:11315-(1)).さらに,研究実施に際して,対象者には質問紙と別の文書を用いて調査の目的,研究参加の任意性,研究協力への拒否が不利益となることはないこと,個人情報の保護,結果発表の可能性と匿名性を遵守することについて説明し,文書による本人からの同意を得た上で実施した.

Ⅳ. 結果

1. 研究参加者の概要(表1

協力施設及びセンターが主催する講演会等への参加者と,センターの担当地区内に居住する,65歳以上の地域在住高齢者380名に質問紙を配布し,183名の質問紙を回収した(回収率48.2%).このうち回答率が30%以下,ACPの実施(「話し合い」および「記録」)の有無への回答が1項目でも欠損している者を除外し,131名を有効回答とした(有効回答率34.5%).

表1  研究参加者の概要 n = 131
n(%)
平均±標準偏差
【範囲】
個人特性
性別 女性 91(69.5)
年齢(歳) 75.3 ± 5.5 【65~90】
教育歴 中学校まで 81(61.8)
高等学校まで 50(38.2)
居住形態(複数回答) 一人暮らし 37(28.2)
配偶者と同居 78(59.5)
子・孫と同居 54(41.2)
その他の家族や友人と同居 7(5.3)
要介護認定 受けていない 129(98.5)
要支援1 2(1.5)
定期的に治療が必要な病気 あり 94(71.8)
宗教 あり 86(66.2)
主観的健康観 2.7 ± 0.7 【1~5】
介護経験 あり 69(65.7)
死別体験 あり 90(85.7)
ACPに関する事前知識
ACPについて聞いたことがある 20(15.3)
事前指示について聞いたことがある 40(30.5)
終末期の療養場所の意向
療養場所 自宅 32(25.0)
病院 19(14.8)
高齢者施設 7(5.5)
ホスピス・緩和ケア病棟 59(46.1)
その他 11(8.6)
最期を迎える場所 自宅 50(38.2)
病院 23(17.6)
高齢者施設 8(6.1)
ホスピス・緩和ケア病棟 37(28.2)
その他 13(9.9)
ACP実施状況
1項目以上「話し合い」実施 83(63.4)
①自分の価値観・人生観 53(40.5)
②意思を託したい人 53(40.5)
③受けたい医療/受けたくない医療 58(44.3)
④医療や介護を受けたい場所 43(32.8)
1項目以上「記録」実施 31(23.7)
①自分の価値観・人生観 22(16.8)
②意思を託したい人 21(16.0)
③受けたい医療/受けたくない医療 19(14.5)
④医療や介護を受けたい場所 14(10.7)

欠損値を除外し%を算出.;仏教,キリスト教,イスラム教,道教,その他と回答「あり」,なしと回答「なし」.

1) 個人特性

研究参加者は91人(69.5%)が女性,平均年齢は75.3歳,教育歴は高等学校までが50人(38.2%)だった.配偶者と同居している人が最も多く78人59.5%,一人暮らし(死別・独身含む)は37人(28.2%)だった.対象者のほぼ全員が,要介護認定を受けておらず(98.5%),定期的に通院が必要な病気を持つ人は94人(71.8%)だった.宗教を持っている人は86人(66.2%),主観的健康感の平均得点は2.7 ± 0.7とほとんどの人が「良い」から「まあまあ」の間だった.介護経験がある人は69人(65.7%),死別体験がある人は90人(85.7%)だった.

2) ACPに関する事前知識

ACPについて聞いたことがある人は20人(15.3%),事前指示について聞いたことがある人は40人(30.5%)だった.

3) 終末期の療養場所の意向

終末期の場所の意向としては,療養場所はホスピス・緩和ケア病棟を希望する人が最も多く59人(46.1%),次いで自宅32人(25.0%),病院19人(14.8%)と続いた.その他,考えたことがない,答えられないとした人は計11人(8.6%)だった.最期を迎える場所の意向は,自宅50人(38.2%)のほうがホスピス・緩和ケア病棟37人(28.2%)より多く,病院は23人(17.6%)だった.その他,考えたことがない,答えられないとした人は計13人(9.9%)だった.

4) ACP実施状況

ACPの検討内容4項目中1つ以上について「話し合い」を実施していた人は83人(63.4%),「記録」はそれより低い31人(23.7%)だった.ACPの検討内容ごとに見ると,「話し合い」では,③受けたい医療/受けたくない医療についての実施が最も多く58人(44.3%),次いで①自分の価値観・人生観,②意思を託したい人で53人(40.5%),④医療や介護を受けたい場所は43人(32.8%)だった.一方,「記録」の実施で最も多かったのは①自分の価値観・人生観についての記録22人(16.8%),②意思を託したい人が21人(16.0%),③受けたい医療/受けたくない医療が19人(14.5%),④医療や介護を受けたい場所14人(10.7%)と続いた(表1).

検討内容ごとに「話し合い」と「記録」を比較すると,①自分の価値観・人生観については,話し合った人のうち記録した人は18人(34.0%),話し合っていない人のうち記録した人は4人(5.1%),②意思を託したい人については,話し合った人のうち記録した人は17人(32.1%),話し合っていない人のうち記録した人は4人(5.1%)だった(表2).③受けたい/受けたくない医療については,話し合った人のうち記録した人は14人(24.1%),話し合っていない人のうち記録した人は5人(6.8%),④医療や介護を受けたい場所については,話し合った人のうち記録した人は12人(27.9%),話し合っていない人のうち記録した人は2人(2.3%)だった(表2).

表2  ACP実施状況:検討内容別の「話し合い」と「記録」状況 n = 131
ACPの検討内容
①自分の価値観・人生感 ②意思を託したい人 ③受けたい/受けたくない医療 ④医療や介護を受けたい場所
記録n(%) 記録n(%) 記録n(%) 記録n(%)
実施 実施 実施 実施
話し合い 実施 18(34.0) 35(66.0) 53(100.0) 話し合い 実施 17(32.1) 36(67.9) 53(100.0) 話し合い 実施 14(24.1) 44(75.9) 58(100.0) 話し合い 実施 12(27.9) 31(72.1) 43(100.0)
4(5.1) 74(94.9) 78(100.0) 4(5.1) 74(94.9) 78(100.0) 5(6.8) 68(93.2) 73(100.0) 2(2.3) 86(97.7) 88(100.0)
22(16.8) 109(83.2) 131(100.0) 21(16.0) 110(84.2) 131(100.0) 19(14.5) 112(85.5) 131(100.0) 14(10.7) 117(89.3) 131(100.0)

2. ACP実施状況(「話し合い」「記録」)の関連要因:単変量解析

ACPに関する「話し合い」実施との単変量解析を表3に示す.ACP「話し合い」の実施には,宗教がある(p = 0.013),介護経験がある(p < 0.001),ACPについて聞いたことがある(p = 0.002),ACPに関する「記録」の実施(p < 0.001)ことが有意に関連していた.ACPに関する「記録」の実施には,事前指示について聞いたことがある(p = 0.016),療養場所の意向が自宅(p = 0.003),最期を迎える場所の意向が自宅(p = 0.03),ACPに関する「話し合い」実施(p < 0.001)が有意に関連していた.

表3  ACP実施状況(「話し合い」「記録」)の関連要因:単変量解析
ACP実施状況
「話し合い」 「記録」
実施 n = 83 未実施 n = 48 p 実施 n = 31 未実施 n = 100 p
n(%)/Mean ± SD n(%)/Mean ± SD n(%)/Mean ± SD n(%)/Mean ± SD
個人特性
性別 58(69.9) 33(68.8) 1.000 25(80.6) 66(66.0) 0.180
年齢 75.3 ± 5.1 74.4 ± 5.0 0.331 77.4 ± 5.0 75.3 ± 5.1 0.330
教育歴 高等学校まで 35(42.2) 15(31.3) 0.220 14(45.2) 36(36.0) 0.401
居住形態 一人暮らし 20(24.1) 17(35.4) 0.227 12(38.7) 25(25.0) 0.171
介護認定 なし 82(98.8) 47(97.9) 1.000 31(100.0) 98(98.0) 1.000
定期的治療が必要な病気 なし 21(25.6) 16(34.0) 0.308 8(25.8) 29(29.6) 0.821
宗教§ あり 61(74.4) 25(52.1) 0.013* 23(74.2) 63(63.6) 0.385
主観的健康感 2.7 ± 0.7 2.5 ± 0.7 0.209 2.5 ± 1.0 2.7 ± 0.7 0.210
介護経験 あり 54(78.3) 15(41.7) <0.001** 20(74.1) 49(62.8) 0.351
死別体験 あり 60(87.0) 30(83.3) 0.770 23(85.2) 67(85.9) 1.000
ACPに関する事前知識
ACPについて聞いたことがある はい 19(23.8) 1(2.2) 0.002** 8(27.6) 12(12.5) 0.054
事前指示について知っていた はい 29(34.9) 11(22.9) 0.172 15(48.4) 25(25.0) 0.016*
終末期の療養場所の意向
療養場所 自宅 23(29.1) 9(19.1) 0.293 14(46.7) 18(18.4) 0.003**
最期を迎える場所 自宅 34(41.0) 16(33.3) 0.457 19(61.3) 31(31.0) 0.031*
ACP実施状況
「話し合い」 実施 29(93.5) 54(54.0) <0.001**
「記録」 実施 29(34.9) 2(4.2) <0.001**

Note:一部回答に欠損あり.欠損値を除外し%を算出.*;p < 0.05,**;p < 0.01

;対応のないt検定,;Mann-WhitneyのU検定.§;仏教,キリスト教,イスラム教,道教,その他と回答「あり」,なしと回答「なし」.

3. ACP実施状況(「話し合い」「記録」)の関連要因:多重ロジスティック回帰分析

ACPに関する「話し合い」及び「記録」の要因を,多重ロジスティック回帰分析を用いて検討した(表4).ACPに関する「話し合い」実施には,介護経験があること(OR: 5.2, 95%CI: 1.9~13.9, p = 0.001),ACPに関する「記録」実施(OR: 7.3, 95%CI: 1.4~37.1, p = 0.016)が有意に関連した.ACPに関する「記録」実施には,療養場所の意向が自宅(OR: 3.6, 95%CI: 1.3~9.7, p = 0.013),ACPに関する「話し合い」実施(OR: 12.9, 95%CI: 2.7~61.6, p = 0.001)が有意に関連した.

表4  ACP実施状況(「話し合い」「記録」)の関連要因:多重ロジスティック回帰分析
[参照] ACP実施状況
「話し合い」
n = 101
「記録」
n = 108
オッズ比 95%信頼区間
下限-上限
p オッズ比 95%信頼区間
下限-上限
p
個人特性
年齢 1.01 0.91–1.12 0.864 1.10 0.99–1.22 0.065
居住形態 [一人暮らし] 2.16 0.74–6.35 0.157
介護経験 [なし] 5.18 1.94–13.86 0.001**
ACPに関する事前知識
ACPについて聞いた経験 [なし] 7.33 0.83–65.07 0.074
終末期の療養場所の意向
療養場所:自宅 [自宅以外] 3.58 1.32–9.73 0.013*
ACP実施状況
「話し合い」 [未実施] 12.94 2.72–61.60 0.001**
「記録」 [未実施] 7.31 1.44–37.08 0.016*

ステップワイズ法.調整変数には「年齢」を使用した.*;p < 0.05,**;p < 0.01.

Ⅴ. 考察

1. 自立して生活する地域在住高齢者のACP実施状況

本研究では,地域で暮らす自立した高齢者のACP実施状況(「話し合い」「記録」)とその関連要因について探索した.自立して自宅で暮らす高齢者を対象にしたACP実施状況とその関連要因について,具体的なACPの検討内容を定めて把握した研究は,著者らが確認する限り見当たらなかった.今回の知見は,今後早期からのACP実施を促進する上で役立つことが期待される.

ACP検討内容のうち1項目でも「話し合い」を持った人は6割以上であった一方,「記録」は約2割の実施率であり,「話し合い」と「記録」両方を実施している人も2割程度であった.「人生の最終段階における医療の普及啓発のあり方に関する意識調査」では,死が近い場合にどのような医療を受けたいかについて,家族等と話し合ったことがある人は43.6%であった一方で,話し合った内容を記録に残している人は13.6%に留まるという報告がある(厚生労働省,2018b).本研究は,先の報告よりも,ACPの実施率が,話し合いと記録共に高かった.その理由として,対象者の年齢の違いが考えられる.年齢が高いことはACP実施の要因と報告されている(Lovell & Yates, 2014).先の厚生労働省(2018b)による報告の対象者の年齢と比較すると,本研究対象者の年齢は高いため,ACP実施率が高かったと考えられる.

米国のACP実施に関する調査結果では,ACPについて話し合うことは,話し合った内容を記録することに効果があると報告されており,先ずは話し合う機会を持つことが重要であることが示されている(Houben et al., 2014).本研究の結果でも,ACPに関し「話し合い」のある場合は「記録」している割合が高く,「話し合い」の方が「記録」よりも高い実施率であったことからも,まず「話し合い」を活性化する仕組みを作ることで,「記録」実施も促進される可能性が示唆された.今後は,自立して生活している地域高齢者が,話し合った内容をどのように記録していくのか,「話し合い」から「記録」に至るプロセスの理解が必要であろう.

ACPの検討内容4項目のうち,③受けたい/受けたくない医療,④医療や介護を受けたい場所は①自分の価値観・人生観や②意思を託したい人に比べ,「話し合い」のある人のうち「記録」する人の割合が低い傾向が見られた.本調査の対象者は自立して生活する高齢者であるため,既に要介護状態の人や入院中の人等に比べ終末期の医療について考える機会が少ない可能性があるが,施設に居住する高齢者においても,終末期の医療への意向については話し合いや記録が実施されていない傾向があるとする報告がある(Migani et al., 2017).終末期の医療・介護に関する話し合いを促進するためには,話し合いだけではなく,医療・介護専門職の支援が必要なのかもしれない.

2. ACP実施状況「話し合い」と関連要因

本研究では,介護経験があることとACP実施状況「話し合い」が関連していた.人生の最終段階における意向や考えは主に家族と話をするという高齢者が多く(Musa et al., 2015松井・森山,2004),特に日本では,家族や親族が介護の主体を担うことが多いため,高齢者が代理決定者に選ぶのも家族や親族であることが多いという報告がある(厚生労働省,2018b).このため介護経験を持つ人は,介護経験中に被介護者のACPを経験し,そこから自分のACPについて考えるようになるのかもしれない.早期からのACPを促進させるプログラム構築を目指す際には,地域に在住している介護経験者を先達として巻き込むことも一案であろう.例えば,介護を通して経験したACPを介護経験者が語る会などを催し,ACPに関心の低い高齢者にも身近な話題として考えるきっかけとするなどが考えられる.

3. ACP実施状況「記録」と関連要因

本研究では,自宅で終末期を過ごしたいという意向とACP実施状況「記録」に関連が見られた.在宅での看取りを殊更に希望する人は,記録するところまで実行する傾向があるのかもしれない.しかし,療養場所および最期の場所の意向は時間の経過とともに揺れ動くという報告もあり(Agar et al., 2008Fukui et al., 2011Aoun & Skett, 2013),調査時点の意向に関わらず,今後時間の経過と共に意向が変化する可能性もある.ACPガイドラインは平成30年度に改定され,医療・ケアの方針について繰り返し話すことの重要性が強調された(厚生労働省,2018a).ACP促進のための支援プログラムを構築する上では,終末期の意向について複数回にわたり話し合い記録できるよう支援することが重要と考えられる.

また,自宅で終末期を過ごしたいと回答した対象者は25.0%であり,他の全国一斉調査の結果と比較し低かった(Fukui et al., 2011厚生労働省,2018b).本研究では,終末期の療養場所の意向を,病気の種類や痛み,認知機能などの症状設定をせず「命を脅かす病気によって,人生の最終段階を迎える時」と尋ねた.過去の調査では状況設定により自宅の療養の希望にはかなりばらつきがあり,多様な状況設定を回答者が想定した結果今回の数値となったことが考えられる.

4. 本研究の限界と意義

本研究は限界がいくつかある.最も大きな限界は対象者の選択バイアスである.本研究の対象者は都心部で自宅に居住する高齢者向けの活動(講演会等)の参加者や,地域包括支援センターの職員が声をかけることのできた範囲の人々であり,一定以上の社会的活動を行うACPへの関心がある程度高い集団であった可能性が高い.また,本研究でACPの実施(「話し合い」「記録」)に関する質問項及び関連要因として検討した項目は,共同研究者が海外で実施した調査項目と同じものを使用した.可能な限り日本の状況に沿うように調整を行ったが,本調査に用いた項目では日本の現状を反映し切れていない可能性がある.本研究では国際比較のために諸外国と共通の質問項目を用いることを優先したが,今後は日本の状況に合わせた調査項目を含めて調査する必要があろう.さらに,本研究は横断研究であり,因果関係を明らかにすることができていない.

以上の限界があるものの,本研究は,これまで明らかになってこなかった,自立して生活する地域高齢者を対象に,ACP実施状況とその関連要因を探索した.本研究で示されたACP実施状況「話し合い」または「記録」に関連する要因は,自立高齢者に対する今後のACP促進のための取り組みや支援方法を検討する上で,有用であろう.

Ⅵ. 結論

本研究は,自立し地域で生活している65歳以上高齢者のACP実施状況(「話し合い」及び「記録」)とその関連要因を明らかにした.「話し合い」は約6割が実施しており,「記録」実施は約2割だった.ACPに関する「話し合い」実施の関連要因として,高齢者に介護経験があることと「記録」をしていることが挙げられた.また,ACPに関する「記録」実施の関連要因として,高齢者が自宅で終末期を過ごす意向があることと「話し合い」の実施が関連していた.医療・介護に関連するACP内容は,自己の価値観・人生観や,意思を託したい人に関する話題に比べ,話し合っていても記録はしていない様子が窺われた.

ACPに関する検討が「話し合い」に留まらず「記録」もされるプロセスの解明や,ACPに関する支援プログラム開発とその効果の検討が今後更に必要である.支援プログラムには,まず話し合いの機会を設けること,医療・介護については専門職による情報提供をすること,介護経験者に参加を依頼し経験を共有する機会を作ること,高齢者の意向の変化の可能性を鑑み繰り返し機会を設けることなどが有用である可能性が示唆された.

謝辞:本研究は,公益財団法人ユニベール財団より研究助成を受け実施されました.本研究にご参加いただきました皆様に深謝いたします.また,本研究において多大な貢献を賜った,元東京大学大学院医学系研究科の御子柴直子氏に厚く御礼申し上げます.

利益相反:本研究における利益相反は存在しない.

著者資格:NY,MN,JTは研究の着想及びデザイン,データ収集に貢献;AIはデータ収集,統計解析の実施,解釈,草稿の作成;NYは原稿への示唆及び研究プロセス全体への助言.全ての著者は最終原稿を読み,承認した.

文献
 
© 2020 公益社団法人日本看護科学学会
feedback
Top