日本看護科学会誌
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総説
精神障害者のレジリエンスの概念分析
大平 幸子松田 光信河野 あゆみ
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2020 年 40 巻 p. 100-105

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Abstract

目的:精神障害者のレジリエンスの概念を分析し,その構造を明らかにすることにより,看護実践や研究における有用性を検討することである.

方法:43文献を対象として,Rodgersの概念分析アプローチを用いて分析した.

結果:属性には3カテゴリー【回復を支える個人的要素】【多側面からのエンパワー】【個人に内在する力の発動】を抽出した.先行要件には2カテゴリー,帰結には3カテゴリーを抽出した.

結論:レジリエンスの概念は,回復力を重視することによって精神障害者がその人らしく生きること,そして【人間的な成長】を実現する過程を表す概念である.結果より【回復を支える個人的要素】と【多側面からのエンパワー】の要素が,精神障害者の【個人の内在する力の発動】を可能にすることが明らかとなった.これらの要素の強化により,精神障害者のレジリエンスを高めることができ,精神障害者への支援を検討するうえで有用である.

Translated Abstract

Objective: To analyze the concept of resilience in patients with mental illness and to clarify its structures and examine their usefulness in nursing practice and research.

Method: A total of 43 references were evaluated using the Rodgers concept analysis approach.

Result: Three categories were extracted as attributes: “personal elements supporting the recovery,” “multi-sided empower,” and “invoking the power inherent in individuals.” Two categories were extracted for the antecedents and five categories for the consequences.

Conclusion: Resilience is a concept that expresses the process by which patients with mental illness live like that person by emphasizing resilience and realizing “human growth.” Based on the results, “personal elements supporting the recovery” and “multi-sided empower” evidently enable “invoking the power inherent in individuals” for persons with mental illness. By strengthening these factors, the resilience of a patients with mental illness can be increased, which is useful in considering support for patients with mental illness.

Ⅰ. はじめに

近年,精神看護領域では,精神障害者がその人らしく生活することを支えるために,ストレングス,エンパワーメント,リカバリー,レジリエンス(resilience)などの概念を看護援助に活用することが推奨されている.その中でも,レジリエンスは,1600年代から「跳ね返る,跳ね返す」という意味で使用され,1800年代になると「圧縮(compression)された後,元の形,場所に戻る力,柔軟性」の意味で使用されるようになった概念であり(加藤,2009),昨今では様々な看護学領域において研究されている.

がん患者を対象にした研究によると,がん患者のレジリエンスは,病気の症状や治療,がんの再発などに関連したストレス,さらには経済的不利あるいは対人関係の変化といった逆境の中で起こる状況の認識や対処能力を指し,アイデンティティを再構成する適応プロセスだと考えられている(Luo et al., 2019砂賀・二渡,2011金澤・黒田,2018).また,看護師や看護学生を対象にした研究によると,彼らのレジリエンスは,自尊感情や自己効力感を高めることや(根木・片山,2018福重・森田,2013),個人が潜在的に持つ力(隅田,2016),自己や状況の理解,ソーシャルネットワークの形成(砂見,2018)を通して環境に適応することだと考えられている.しかし,精神障害者の場合は,認知の歪みや妄想などといった疾患特有の症状に,スティグマを代表とする負の社会的要因が加わるところに逆境の特徴があると推察されることから,その状況からの克服過程には,自身の力だけでなく周囲からのサポートが必要となると考えられる.よって,精神障害者のレジリエンスを引き出す看護援助を考えるとき,他領域で用いられるレジリエンス概念を適用するには困難があると考えた.

Ⅱ. 研究目的

本研究の目的は,精神障害者のレジリエンスの概念を分析し,その構造を明らかにすることにより,看護実践や研究における有用性を検討することである.

Ⅲ. 研究方法

1. データ収集方法

文献の選択には,医学中央雑誌web版,PubMed,CiNii Articlesを使用し,会議録およびレビュー論文を除く全期間の文献を検索した.検索キーワードには,英文献で“resilience”“mental illness”“mental disorder”,和文献で「精神障害」「レジリエンス」を用いた.検索された和文献317件,英文献183件については,タイトルや要約を確認し,重複文献および人を対象としていない文献,国際疾病分類第11版(International Classification of Diseases 11th Revision: ICD-11)(WHO,2018)の「精神,行動又は神経発達の障害」に含まれない文献を除外した.その結果,和文献125件,英文献44件が抽出された.これらの文献のうち20%の文献をランダムに選出し,文献に頻回に引用される文献を含め英文献10件,和文献33件の合計43件の文献を分析対象とした.

2. 分析方法

概念の分析方法には,Rodgers(2000)の概念分析アプローチを用いた.コーディングシートを作成し,文献ごとにresilienceの定義,概念を構成する「属性」,概念に先行して生じる要件として「先行要件」,概念の結果もたらされる「帰結」に関する記述を抜粋し,カテゴリー化した.最後に概念モデルを構築した.

Ⅳ. 結果

1. 属性

属性には,3つのカテゴリーが含まれた.なお,カテゴリーは【 】,サブカテゴリーは〈 〉で示す.

【回復を支える個人的要素】

このカテゴリーには,その人が持つ人間的な強みや長所(大野,2012),日々のポジティブな感情の経験(Ong et al., 2009)などの〈ポジティブな個性〉,運動・食事の改善(小椋,2017)などの〈健康的な生活習慣〉(作田・伊藤,2015),精神障害者が良い体験を重ねて自信や自己効力を高める(神庭,2009)という〈成功体験〉が含まれた.また,なんらかの没頭できる趣味をもつこと(岡本ら,2018)や,好きな仕事をすること(Tekin & Outram, 2018)といった〈夢中になれる楽しい経験〉のほか,当事者が障害を受容すること(岡本ら,2018)や,病気の経験の中で状況を見直し負のスパイラルを止める(Edward et al., 2009)という〈自己・他者・状況の意識化〉が含まれた.

【多側面からのエンパワー】

このカテゴリーには,出会いの瞬間を大切にし(大月,2016),ささやかでも患者のポジティブな行動や態度を見いだし焦点を当てること(中村,2017),すなわち〈ポジティブな行動への焦点化〉や,それらを本人へ肯定的にフィードバックすること(Tekin & Outram, 2018),あるいは感情制御によって深刻なストレス状況を耐え忍ぶという〈心理社会的アプローチ〉(上野ら,2016)が含まれた.また,社会や家族からの支援(作田・伊藤,2016)を含む環境要因と個人要因の相互作用(Shalanski & Ewashen, 2019)のような〈ソーシャルサポート〉や,レジリエンスを発揮するきっかけを見つけようとする視点(高橋ら,2018)や,個人・家族・文化などの様々な回復促進因子を活用すること(水野,2016)といった〈回復促進因子の活性化〉が含まれた.さらに,このような支援を行ううえで必要な要素として,精神疾患をもつ人の存在のありように対する深い理解(田中ら,2017)や,当事者の主体性を最大限に尊重する態度(松本,2012)という〈当事者の尊重〉,そして仲間づくりへと繋げる関係性(須賀,2017)のような〈関係性の構築〉が含まれた.

【個人に内在する力の発動】

このカテゴリーには,患者自身が本来持つ回復力(清野・松永,2012)や,本来のリズムへ戻ろうとする内発的な動き(加藤,2010)などの〈立ち直る力〉のほか,深刻な逆境を経験した後に適応し回復する能力(Perlman et al., 2018)あるいは認知の柔軟性(Shrivastava & Desousa, 2016)などの〈柔軟な適応力〉,病的体験への対処行動(水野,2016)や積極的な対処(Shrivastava & Desousa, 2016)などの〈対処する力〉,そして逆境に対する反発力(八木,2011加藤,2010)などの〈跳ね返す力〉が含まれた.

2. 先行要件

先行要件には,2つのカテゴリーが含まれた.

【重篤なストレス】

このカテゴリーには,個人が病気に陥るほどの大きな脅威や逆境に曝されること(上野ら,2016),あるいは侵襲をこうむるという受動的な局面(加藤,2010)などの〈脅威と侵襲〉と,落ち込みや不安の状態が続くこと(田島,2017),あるいは妄想や幻覚に対する恐怖(八木,2011)という〈症状に伴う不安と恐怖〉が含まれた.

【健康上の不利】

このカテゴリーには,精神症状や社会的孤立による疎外を体験し(田中ら,2017),どうすることもできない病気に意気消沈する状態(田島,2017)になる〈コントロール困難な病気〉が含まれた.また,当事者が病気から回復してもなお深刻な逆境となる社会的スティグマ(八木,2011)や,うつ病であることに自責的となる(須賀,2017)という〈スティグマとセルフスティグマ〉が含まれた.さらに,生活のバランスが崩れる(加藤,2009)という〈不健康な生活習慣〉(作田・伊藤,2016)や,回復過程における抑うつ症状の変動(城谷ら,2013井口,2017)のような〈精神症状の変動〉のほか,脳内因子の遺伝子多型や一塩基多型(作田・伊藤,2016)あるいは脆弱性やリスク因子(水野,2016)といった〈生理的特性〉が含まれた.

3. 帰結

帰結には,3つのカテゴリーが含まれた.

【自己コントロール感の再獲得】

このカテゴリーには,積極的な対処により,ストレスからの脅威を減少させる(Marulanda & Addington, 2016水野,2016)という〈症状への対処〉や,治療に対して柔軟かつ前向きになる(加藤,2010)という〈治療への取り組み〉,そして病気の進行や重症化を防ぎ(Shrivastava & Desousa, 2016),慢性化を防止する(加藤,2009)などの〈病気の予防と悪化の防止〉が含まれた.また,レジリエンスと主観的幸福感は正相関する(Perlman et al., 2018)という〈主観的幸福感の改善〉もこのカテゴリーに含まれた.

【社会への再適応】

このカテゴリーには,当事者が自由な責任ある主体として再生し(松本,2012),人生に対する責任感を経験する(Edward et al., 2009)という〈主体性の回復〉や,困難な状況を経験しても元の健康状態に戻ること(城谷ら,2013),あるいは心が健康になる(田島,2017)という〈健康状態の改善〉が含まれた.また,変化した状況においてポジティブに適応すること(上野ら,2016Rutter,2012)のような〈変化した状況への再適応〉や,精神障害者が仕事を通して地域社会と再び結びつく(Tekin & Outram, 2018)といった〈地域社会との再結合〉が含まれた.

【人間的な成長】

このカテゴリーには,病気の意味を理解したり(Tekin & Outram, 2018),自分の人生の意味づけをする(城谷ら,2013)という自己に対する〈肯定的な意味づけ〉や,疾病を根底として成育する新しい力が生まれる(八木,2011)という〈新たな力の産生〉のほか,成長と新たな洞察をもたらし(Perlman et al., 2018),疾病によって一度は失った自尊心,社会的役割,人生を取り戻すという意味での回復(八木,2011),すなわち〈人格や人生の再構築〉が含まれた.

Ⅴ. 考察

1. 概念の定義とモデル構築

本研究によると,精神障害者のレジリエンスは,困難な状況から立ち直る動的な過程(加藤,2010Shrivastava & Desousa, 2016Shalanski & Ewashen, 2019)を示す概念であり,変化を起こす力を属性にもつ概念でもあると考えられた(渡邊,2018Perlman et al., 2018神庭,2009Tekin & Outram, 2018).

概念分析の結果,構築された概念モデルは図1の構図で示された.精神障害者のレジリエンスは,病気の発症とそれに伴う不安や恐怖などの【重篤なストレス】,あるいは個人にとって深刻な逆境となる【健康上の不利】という局面において発動する.この時,【個人に内在する力の発動】を中核として,全ての人がもつ【回復を支える個人的要素】と支援者の姿勢を含む【多側面からのエンパワー】との間に相互作用が発生し,状況を克服するための力を奮い立たせる.その結果,精神障害者は病気の予防と悪化の防止などの【自己コントロール感の再獲得】や地域社会との再結合などの【社会への再適応】,そして自らの人生に肯定的な意味づけを行う【人間的な成長】をもたらすと考えられた.

図1 

精神障害者のレジリエンス概念モデル

このように精神障害者のレジリエンスは,自己と他者さらには環境の力を結集して,逆境の中で一度は低下させた力を再び発動させるという特徴があると考えられた.このことから,精神障害者のレジリエンスは,「重篤なストレスや健康上の不利を抱える個人が,個人に内在する力の発動,回復を支える個人的要素,多側面からのエンパワーとの間で相互作用し発生させる力によって,再び社会に適応し人間的に成長する過程」と定義された.

2. 関連概念

レジリエンスの関連概念には,エンパワーメント,ストレングス,リカバリーがある.エンパワーメントは,自らがコントロールできるとする支配感,統制感,またはそれを獲得する過程,そして,それに伴う行動を指す概念であり(西岡・中野,2014),ストレングスは,生来持っている能力や獲得した才能,スキル,あるいは得意であると思うもの(Zargham-Boroujeni et al., 2015)などの能力や力を意味し,エンパワーメントの燃料やエネルギー源になる(Cowger, 1994)概念である.このことから,ストレングスは,レジリエンスの過程において発動する一つの力であり,エンパワーメントは,ストレングスやレジリエンスを包含する広義の概念だと考えられた.一方,リカバリーは,病気や障害の有無にかかわらず,新しい自分の人生を生きるという希望を伴うプロセス(新海・住友,2018)であり,それは完全な直線的プロセスとは異なり,くじけたり,後退したり,振り出しに戻ったりするものであり,成果や結果を目指すものではない(Deegan, 1988)という特徴をもつ当事者の体験から生まれた概念である.さらに,リカバリーは,復元ではなく変化を意味し(Deegan, 2001),当事者が希望をもち,それに向かって行動を起こす過程に焦点が当てられる.このように関連概念は,レジリエンスとの間に共通性があるものの,異なる意味を有すると考えられた.

3. 精神障害者のレジリエンスの概念の有用性

精神障害者のレジリエンスの概念は,これまでから跳ね返すという意味合いで用いられてきたが,その概念構造については明確に示されてこなかった.本研究により,精神障害者のレジリエンスは,精神障害者が逆境の中で能動的に鼓舞し,再び自己コントロール感を獲得したり,社会に適応していく過程を表す概念であることが明確化された.近年,精神障害者数が増加の一途を辿るわが国においては,精神保健医療福祉の改革ビジョン(厚生労働省,2004)に基づいて,入院医療から地域生活中心へ,そして共生社会の実現に向けて,精神障害者の地域生活移行の推進や精神障害者にも対応した地域包括ケアシステムの構築が重要課題となっている.一方で,精神障害者が暮らす地域あるいは社会の中には,先行要件で示されたような社会的スティグマが根強く残っている.本研究の結果は,このような地域で暮らす精神障害者が,自身にとっての逆境を跳ね返して社会に再適応し,その人らしい豊かな人生を創造することを支援する看護介入プログラムを開発するうえで,重要な示唆を与えるものであり有用だと考える.

Ⅵ. おわりに

概念分析の結果,精神障害者のレジリエンス概念の構造が明らかとなった.しかし,精神障害者が受けている診断名は多岐にわたることから,本概念分析の結果は,多様な現象を網羅しきれていない可能性がある.また,結果の説明においては,カテゴリー化のプロセスについて,文献を引用してわかりやすい記述をするよう努めたが,むしろ記述が冗長になった感は否めない.今後は,提示した本概念の定義および概念モデルを活用し,精神障害者への看護介入を開発し,本概念の精錬および有用性を検討することが課題である.

謝辞:本研究は,2019~2022年度科学研究費補助金基盤研究(C)(課題番号:19K1192,研究代表者 大平幸子)の助成を受けて行った研究の一部である.

利益相反:本研究における利益相反は存在しない.

著者資格:OSは研究の着想,デザイン,文献の収集,分析,解釈,論文作成の研究プロセス全てを主導し執筆した.MMとKAは研究プロセスへの助言,分析と考察,論文作成に関与し,全ての著者は最終原稿を確認し承認した.

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