日本看護科学会誌
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原著
紙筆版結核IAT(Implicit Association Test:潜在連合テスト)の作成および信頼性・妥当性の検討
森 朱輝落合 亮太徳永 友里今津 陽子平井 美佳渡部 節子
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2020 年 40 巻 p. 143-151

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Abstract

目的:結核に対する潜在的意識を測定する紙筆版結核Implicit Association Test(IAT)を開発する.

方法:看護学生96名と一般学生27名を対象に,信頼性,妥当性を検討した.

結果:看護学生41名と一般学生20名から有効回答を得た.再テスト信頼性における級内相関係数は0.679であった.弁別的妥当性ではIAT値と社会的望ましさ尺度に有意な相関を認めなかった(r = 0.023, p = 0.861).既知集団妥当性では,看護学生と一般学生,感染看護学単位取得の有無の比較でIAT値に有意差を認めず(p = 0.357, p = 0.827),結核の知識とも相関を認めなかった(r = 0.032, p = 0.845).併存妥当性では,感染脆弱意識とIAT値に相関を認めなかった(r = 0.190, p = 0.142).

結論:紙筆版結核IATは一定の信頼性・妥当性を有するが,既知集団妥当性はさらなる検討を要する.

Translated Abstract

Objectives: This study aimed to develop a paper version of the Tuberculosis Implicit Association Test (IAT) and verify its reliability and validity.

Methods: To evaluate explicit awareness of infections, 96 nursing and 27 psychology students were asked to complete a survey that included a paper version of the Tuberculosis IAT and other existing psychometric scales. Test–retest reliability and discriminant, known-groups, and concurrent validities of the Tuberculosis IAT were then assessed.

Results: 41 nursing students and 20 psychology students completed the questionnaire (valid response rate: 42.7% and 74.1%, respectively). The test–retest reliability was confirmed by the intraclass correlation coefficient of 0.679. Regarding discriminant validity, as hypothesized, the IAT scores did not correlate with the social desirability scale score (r = 0.023, p = 0.861). Contrary to our hypothesis concerning known-groups validity, there was no significant difference in IAT scores between nursing and psychology students (t = 0.929, p = 0.357) or among nursing students seeking credit for the course on infectious disease nursing (t = –0.220, p = 0.827). In contrast, as hypothesized, there was no significant correlation between nursing students’ knowledge of tuberculosis and the IAT scores (r = 0.032, p = 0.845). Additionally, regarding concurrent validity, no significant correlation was found between the perceived vulnerability to disease scale and IAT scores (r = 0.190, p = 0.142), contrary to the hypothesis.

Conclusions: Although the paper version of the Tuberculosis IAT was considered to have a sufficient reliability and validity, further investigation into its known-groups validity was deemed necessary.

Ⅰ. 緒言

結核は,世界の10大死因の1つであり,2016年には1,040万人が結核に罹患し,170万人が結核で死亡したと報告されている(WHO, 2019a).また,現在も我が国における重要な問題とされている.結核は再興感染症であり,1997年には結核の罹患率が減少から上昇に逆転し,1996年~1998年の3年間上昇を続けた(国立感染症研究所,2003).これを受け,1999年には厚生労働省が結核緊急事態宣言(厚生労働省,1999)を発表したが,現在でも結核の罹患率は13.9(人口10万対)となっており(厚生労働省,2017),日本は結核の中蔓延国(WHO, 2019b)と位置付けられている.

結核は,現在もネガティブなイメージに晒されている疾患である.結核患者は周囲からの偏見を強く感じる(神宮・金子,2008)こと,結核患者の家族は学校や職場に来ないように言われる(坂本ら,2001)ことが指摘されており,周囲から孤立することがある.さらに,医療者の一部も結核患者に対してネガティブなイメージを抱いている可能性が指摘されている(秋山,2008古賀ら,2011).患者は,結核診断時から医療従事者の態度が変わる経験をすることがあり(山路ら,2009),医療者から差別を受けたと感じていることが指摘されている.WHO(2019c)も世界結核デーにおいて,世界が取り組むべき緊急行動の一つとして,スティグマと差別解消の促進を挙げている.

これらの知見より,医療従事者における結核に対するネガティブなイメージを解消することは重要な課題であり,基礎教育の段階からネガティブなイメージを低減させるような介入を行うことが必要ではないかと考えられる.しかし,スティグマや差別などのネガティブなイメージに関する先行研究は,アンケートやインタビュー調査の手法を用いて対象者の意識を調査しており,回答に対する「社会的望ましさ」の影響を除外できていない.心理的設問への回答は,特に社会的望ましさの影響が強くなると考えられており(北村・鈴木,1986),対象者が抱く結核へのイメージを正確に評価できていない可能性がある.

意識には顕在的意識と潜在的意識の2つがあるとされている.藤井(2013)は,顕在的意識は発話時間等のある程度統制が可能な行動を規定し,潜在的意識は姿勢の緊張度合い等の統制困難な行動を規定すると報告している.アメリカ人を対象に潜在的意識を測定した調査(Banaji & Greenwald, 2013/2015)では,潜在的に白人へ肯定的な潜在的意識をもっている人は,白人へ優遇的な態度を示すことが報告されており,潜在的意識が行動に影響する可能性を示唆している.社会的望ましさの影響を受けにくい潜在的意識を明らかにすることで,意識的な統制が困難な行動へのアプローチが可能になると考えられる.

対人不安に関する先行研究(藤井,2013)では,潜在的意識が行動へ影響を及ぼすことが明らかとなっているが,結核に関する研究では従来,顕在的意識が測定されており,潜在的意識は検討されていない.現状では結核に対する潜在的意識を測定する指標がないため,潜在的意識の測定が難しい.そこで本研究では,Greenwald et al.(1998)が考案・開発した,社会的望ましさの影響を受けずに潜在的意識が測定できる潜在連合テスト(Implicit Association Test:以下,IAT)を用いて,結核に対する潜在的意識を測る尺度を作成する.

IATは,潜在的意識レベルでの概念の結びつきの強さを測定する手法であり,対象者が個別の対象のどちらに対して,より好ましさを感じているかを測定することができる.IATでは,対象者は意識的に自らの回答を操作できないため,社会的望ましさの影響を受けにくいという特徴がある.IATはコンピュータ版が広く使用されているが,本研究では実施時の簡便性を考慮し,潮村(20152016)が推奨する紙筆版を作成する.紙筆版はコンピュータ版と同等に,概念間の結びつきの強さを測定できるとされている(Lemm et al., 2008).

紙筆版結核IATの作成により,結核への意識を潜在的意識の面からも捉えることが可能となる.現在,結核に対する潜在的意識を測定する手法はなく,結核における意識的な統制が困難な行動は明らかでない.しかし,結核患者は周囲からの偏見を強く感じる(神宮・金子,2008),結核診断時に医療従事者の態度が変わる(山路ら,2009)などの先行研究結果は意識的な統制が困難な行動に相当する可能性がある.潜在的意識を測定することで,結核に対する一般人や医療従事者の意識的な統制が困難な行動を予測し,同集団を対象とした教育効果を潜在的意識の側面からも評価することが可能になると考えられる.

Ⅱ. 用語の定義

1. 潜在的意識

自己で意識できず,意図的に結果や反応を変えられない意識(潮村,2016).

2. 顕在的意識

自己で意識でき,意図的に結果や反応を変えられる意識(潮村,2016).

Ⅲ. 研究方法

1. 紙筆版結核IATの詳細

1) 紙筆版結核IATの作成

IATは潜在的意識を測定する技法であり,回答者が意図的に回答を操作できない反応速度を指標としている.本研究では,研究者が潮村(2015)のマニュアルにそって,以下の手順で紙筆版結核IATを作成した.IATで使用する「概念」「対になる概念」「刺激語」の選定(図1)は,感染看護学に精通した看護学研究者1名,感染症看護専門看護師1名,感染管理認定看護師3名および,IATに精通した心理学研究者1名とともに検討した.

図1 

紙筆版結核IATの構成

まず,IATで用いる「概念」として「結核」,反応時間を比較するための概念である「対になる概念」として「高血圧」を選定した.対になる概念は測定したい概念の比較対象となる概念であり,一例として「花」の対になる概念として「虫」が広く使用されている(森尾,2007潮村,2016).本研究では,感染症ではない幾つかの疾患の候補から心理学研究者と協議のうえ検討し,「高血圧」を選定した.選定理由は,①新聞やテレビ等で日常的に見聞きする疾患であり,広く認識されている7大疾病の一つであること,②結核と同様に薬剤治療が第一選択であること,③直ぐに死を連想する疾患ではないこと,④結核と同様に長期治療が必要なこと,⑤一般的に他者へ感染させる危険性といったネガティブなイメージが少ないと考えられることであった.さらに,一般学生への予備調査にて,見聞きしたことがあるとの答えが多く,認知度が高いと考えられたためであった.次に,「刺激語」として,結核や高血圧を想起させる語と,ポジティブやネガティブというイメージを想起させる語を選定した.

次に,「結核・ネガティブ」と「高血圧・ポジティブ」,「結核・ポジティブ」と「高血圧・ネガティブ」という語の組み合わせ(以下,この各組み合わせをブロックとする)を作成し,質問紙に刺激語とブロックを配置した.刺激語は各質問紙につき32項目とし,中央にランダムに配置した.最後に,「結核・ネガティブ」と「高血圧・ポジティブ」等のブロックの組み合わせを,刺激語の左右に配置し,左右の選好を考慮した計4枚の質問紙を作成した.

2) 紙筆版結核IATの使用方法

対象者には,20秒間で刺激語が,質問紙左右に配置された「結核」または「ネガティブ」のブロック,「高血圧」または「ポジティブ」のブロック等のどちらに該当するか,刺激語の振り分け作業を行ってもらった.次に,ブロックを入れ替えた別の質問紙についても同様に20秒間で回答してもらった.

結核への潜在的意識は,算出された点数にて把握される.点数計算ではまず,刺激語を左右に正しく振り分けた数をカウントした(以下,正答数).その後,「結核とポジティブのブロックの正答数」から「結核とネガティブのブロックの正答数」を引き,その差を「紙筆版結核IAT値(以下,IAT値)」とした.IAT値は理論上,最大32点,最小–32点をとる.この値が正に傾く程結核に対してポジティブ,負に傾く程ネガティブな潜在的意識を有することを意味する.

2. 調査対象およびデータ収集方法

一般的な医療の知識を有し,かつ結核に関連した講義を含む感染看護学の選択授業を受けたA大学に在籍する3年次看護学生(以下,看護学生)96名および,A大学に在籍する2・3・4年次人文学系学生(以下,一般学生)27名を対象に,2018年5月~6月に自記式質問紙調査を集団法にて行った.看護学生は,多様な臨床経験と知識を持つ看護師に比べ,学年により知識の量が比較的均等であり,知識が潜在的意識へ影響を与えるかを検討しやすいと考えた.また,A大学の看護学生は,1~2年次の基礎教育で全員が結核を含む感染症に関連する講義を受講し,2年次には感染看護に興味がある学生が選択授業として感染看護学を受講している.さらに,先行研究(上瀬,2016山内,1996)では,偏見の解消には対象との接触経験が重要であると述べられている.よって,潜在的意識へ影響を与えうる結核患者との接触経験が生じうる成人看護学実習が始まっていない3年次を対象とした.医療の一般的知識を有していない一般学生も対象とすることで,既知集団妥当性の検証を行った.

看護学生の初回テストでは,紙筆版結核IAT,日本語版Social Desirability Scale,感染脆弱意識尺度日本語版,結核知識問題,感染看護学単位取得の有無確認を実施した.一般学生の初回テストでは,紙筆版結核IAT,日本語版Social Desirability Scale,感染脆弱意識尺度日本語版を実施した.看護学生と一般学生ともに再テストまでは2週間の期間を開け,対象の参加可能な日に再テストに参加するようにし,初回テスト実施から最大4週間までを再テストへの参加可能期間とした.再テスト時は紙筆版結核IATのみを実施した.

3. 使用尺度の詳細

1) 日本語版Social Desirability Scale(北村・鈴木,1986

日本語版Social Desirability Scale(以下,SDS)は,Crowne & Marlowe(1960)が作成した尺度を北村・鈴木(1986)が翻訳し,信頼性と妥当性を確認している.得点が高いほど「社会的望ましさ」性が高いと考えられる.

2) 感染脆弱意識尺度日本語版(福川ら,2014

感染脆弱意識尺度日本語版(Perceived Vulnerability to Disease Scale:以下,PVD)は,Duncan et al.(2009)が作成した尺度を福川ら(2014)が翻訳し,信頼性と妥当性を確認している.感染に対する弱さや脆さの意識を感染しやすさの自覚に関する“易感染性”と,病原体が付着し易い状況における不快感の自覚に関する“感染嫌悪”の2側面から捉える尺度である.本研究では,紙筆版結核IATに関連すると考えられた下位尺度の“感染嫌悪”得点を使用した.

3) 結核知識問題

看護学生が使用する教科書および看護師国家試験の過去問題を参考に研究者が独自に作成した.感染看護学に精通した看護学研究者1名,感染症看護専門看護師1名および,感染管理認定看護師3名と適切性や難易度を確認した.

4) 感染看護学単位取得の有無

看護学生において,選択授業の「感染看護学」の単位取得について,「はい」「いいえ」の2件法で尋ねた.看護学生は,呼吸器感染症や内科学にて一般的な結核の知識を学び,更に感染症へ興味がある学生がこの授業を受講している.

4. 分析方法

実施したIATの質問紙において,4枚全てに回答されていたものを対象とし,1枚でも白紙であったものは分析対象から除外した.SPSS Statistics ver. 24を使用し,以下の方法で信頼性と妥当性を検討した.解析は全て両側検定とし,有意水準はp < 0.05とした.

1) 信頼性の検証

初回テストと再テストの2時点の紙筆版結核IAT値の級内相関係数(Intraclass Correlation Coefficient:以下,ICC)を算出した.

2) 妥当性の検証

紙筆版結核IATの弁別的妥当性を検証するため,IAT値とSDSの得点間に相関関係がないことをPearsonの積率相関係数を算出して検討した.

紙筆版結核IATの既知集団妥当性を検証するため,看護学生と一般学生の2群間において紙筆版結核IAT値は異なるのかを独立したサンプルのt検定にて比較した.また,看護学生内において,感染看護学の単位取得者の紙筆版結核IAT値の方が高くなるのかを独立したサンプルのt検定にて比較した.最後に,看護学生において紙筆版結核IAT値と結核知識問題の正答数には相関がないかをPearsonの積率相関係数を算出し検証した.

紙筆版結核IATの併存妥当性を検証するため,IAT値と感染嫌悪得点間に負の相関があるかをPearsonの積率相関係数を算出し検証した.

5. 倫理的配慮

本研究は,横浜市立大学ヒトゲノム・遺伝子研究等倫理委員会の承認を得た(承認番号:A180300003).

研究実施時は,研究者が授業時間外に説明に赴き,質問紙を配付し,研究目的,個人情報保護,研究参加への任意性,参加の有無は成績と無関係であること,参加の中断と同意撤回の自由等について,文書と口頭で対象者へ説明を行った.対象者への謝礼として1,000円相当の金券を進呈した.

Ⅳ. 結果

初回テストでは,看護学生96名と一般学生27名に質問紙を配付し,41名(有効回答率:42.7%)と20名(有効回答率:74.1%)から回答を得た.再テストでは,看護学生41名中37名(有効回答率:90.2%),一般学生20名中20名(有効回答率:100.0%)が参加し,これを分析対象とした.

1. 紙筆版結核IATの信頼性の検証

対象者別にみたIAT値の初回テストおよび再テスト時の平均点と級内相関係数を表1に示した.全対象者における級内相関係数はICC = 0.679であった.

表1  全対象者IAT値
n IAT初回 IAT再テスト 再テスト信頼性 ICC 95%信頼区間
初回 再テスト mean SD mean SD ICC 下限 上限
全体 61 57 –3.13 6.93 –2.12 6.80 0.679 0.45 0.81
看護学生 41 37 –3.71 7.16 –1.03 6.87 0.764 0.54 0.88
一般学生 20 20 –1.95 6.42 –4.15 6.32 0.68 0.19 0.87

IAT:Implicit Association Test(潜在連合テスト)

2. 紙筆版結核IATの妥当性の検証

1) 弁別的妥当性

IAT値とSDS間のPearsonの積率相関係数を算出し,対象者別にみた積率相関係数を表2に示した.全対象者では積率相関係数r = 0.023(p = 0.861)であり,有意な相関を認めなかった.

表2  日本語版Social Desirability Scale,感染脆弱意識尺度日本語版,感染看護学単位取得の有無および知識問題におけるIAT値との関連
全体 看護学生 一般学生
n mean SD IATとの
相関係数
p mean SD IATとの
相関係数
p t or r mean SD IATとの
相関係数
p
SDS 61 13.08 5.31 0.023 0.861 12.68 5.07 0.128 0.426 13.90 5.82 –0.231 0.328
PVD 61 3.9 0.94 0.190 0.142 3.85 0.77 0.382 0.014 4.01 1.24 –0.089 0.708
感染看護学単位「あり」 17 –3.41 6.70 0.827 –0.220
「なし」 24 –3.92 7.61
知識問題 41 2.83 1.77 0.845 0.032

IAT:Implicit Association Test(潜在連合テスト)

SDS:日本語版Social Desirability Scale(社会的望ましさ尺度)

PVD:Perceived Vulnerability to Disease Scale(感染脆弱意識尺度日本語版)

2) 既知集団妥当性

まず,看護学生と一般学生間においてt検定を実施し,2群間のIAT値には有意差を認めなかった(t = 0.929, p = 0.357).次に,看護学生において感染看護学単位取得別にt検定を行い,結果を表2に示した.2群間のIAT値には有意差を認めなかった(t = –0.220, p = 0.827).さらに,IAT値と知識問題の正答数間の積率相関係数を算出し,結果を表2に示した.積率相関係数はr = 0.032であり,有意な相関を認めなかった(p = 0.845).

3) 併存妥当性

IAT値と感染嫌悪得点間のPearsonの積率相関係数を算出し,対象者別にみた積率相関係数を表2に示した.全対象者では,積率相関係数r = 0.190であり,有意な相関を認めなかった(p = 0.142).

Ⅴ. 考察

1. 対になる概念の妥当性

本研究では,対になる概念を「高血圧」とすることで,結核に対する潜在的意識を測定することができ,IAT値を算出することが可能であった.しかし,本研究では高血圧以外の概念での検討を行っていないため,今後の検討課題として他概念との比較が必要である.

2. 紙筆版結核IATの信頼性の検証

初回テストと再テストの質問紙において,刺激語の並び順を変更したが,ICCは0.679と高い値を示し,一定の再テスト信頼性を有するものと判断できる.

3. 紙筆版結核IATの妥当性の検証

全対象者におけるIAT値とSDS得点の相関係数は0.023であり,有意な相関は認められなかった.SDSは,対象の意識によって統制可能な事象であり,意識による統制が不可能なIATとの間には相関は認められないと仮定し,本研究結果は仮説通りであった.藤井・上淵(2010)は,紙筆版自尊心IATと社会的望ましさ尺度の間に相関がないことを報告している.SDSは顕在的測度であり,潜在的測度である紙筆版結核IATの間に相関は認められなかった.よって,構成概念妥当性のうち弁別的妥当性が確認されたと判断できる.

看護学生と一般学生の2群間において,本研究では有意差が確認できず,仮説と反する結果となった.てんかんの講義を受けた医療系学生と一般健常者を対象に,てんかんIATを実施した藤間ら(2016)は,医療系学生の方が一般健常者に比べ,ポジティブな反応を示したと報告し,本研究の結果と異なる.本研究の看護学生は,先行研究と異なり結核に特化した講義は受けておらず,看護学生と一般学生との間に大きな潜在的意識の違いがなかった可能性がある.また,感染看護学単位取得有無の2群間において,本研究では有意差を認めず,仮説と反する結果であった.精神看護学実習前後で看護学生へ意識調査を行った野中・島村(2010)は,直接交流により患者に対する意識がポジティブなものへ変容したとしている.よって,単位取得という講義だけでは結核の潜在的意識を変容するには至らなかった可能性が示唆される.一方,本研究ではIAT値と知識問題正答数の間に相関を認めず,仮説通りの結果であった.てんかんの知識とIAT値の関連を評価した藤間ら(2016)も,知識とIAT値の間には直接的な相関を認めなかった.よって,単純な知識の獲得は潜在的意識を変容させない可能性が示唆される.しかし,前述の藤間ら(2016)は,てんかんに特化した授業を受けた医療系学生と一般健常者間でIAT値に有意差を認めており,IAT値に何らかの影響を与えた可能性が示唆される.感染看護学は感染症全体を扱う講義であり,今後は結核に特化した授業を受けた者とIAT値を比較することが望まれる.以上より,本研究では紙筆版結核IATの既知集団妥当性を十分に確認することはできず,比較対象を変えての検討が必要である.

全対象者において,IAT値と感染嫌悪得点間に有意な相関は認められなかった.感染嫌悪は,病原菌への不快感を測定するため,結核への潜在的意識と相関があると仮定していたが異なる結果となった.藤井(2013)は,作成した対人不安IATとシャイネスIATを用いて併存妥当性を確認し,有意な正の相関があることを報告し,本研究の結果と異なる.しかし,Hofmann et al.(2005)は,潜在指標と顕在指標間の相関は必ずしも高くなく,全く相関しない場合もあると報告している.また,Banaji & Greenwald(2013/2015)は,偏見や自尊心等,測定時に社会的望ましさやプライバシーが関わる場合は,IATと顕在的指標間の相関が低いことを報告している.PVDは顕在的意識を測定する尺度であるため,回答へ社会的望ましさが影響していた可能性があり,予測と反する結果になったと考えられる.よって,本研究ではIAT値との相関が認められなかったと考えられる.

Ⅵ. 臨床への示唆

本研究結果から,紙筆版結核IATが部分的に信頼性と妥当性を有することが確認でき,作成した紙筆版結核IATは,結核に関する一般人や医療従事者を対象とした潜在意識の評価指標として活用できる可能性があることが示唆された.

IATは潜在的意識の測定が可能な手法であり,今まで検討することが困難であった領域を研究することが可能となった.ただし,潮村(2015)は,顕在的測度と潜在的測度は相補的な関係であるとしている.そのため,本研究で作成した紙筆版結核IATと,既存の顕在的意識を測定する研究手法を組み合わせることで,結核に対する意識を広範に評価することが可能になると示唆された.

先行研究では,潜在的意識の変容には患者との直接交流が重要であるとされている(上瀬,2016山内,1996).今後,患者との直接交流を含む教育プログラムを開発し,紙筆版結核IATを使用してプログラムの評価を行っていくことが必要である.また,紙筆版結核IATがどのような具体的行動を予測しうるのかも検討し,看護実践への潜在的意識の影響を評価することも必要である.

Ⅶ. 本研究の限界と課題

紙筆版結核IATの信頼性と妥当性は示されたと考えるが,本研究では以下に示す3つの課題がある.1点目として,対になる概念の妥当性の検証がある.本研究では,「高血圧」に限定して調査を行ったが,結核と高血圧は死亡率や患者数において異なる点がある.そのため,今後同様の研究を行う際には,死亡率や患者数等の疾患の共通点を考慮し,他疾患と比較した場合には異なる結果となるかについて検討が必要と推察される.2点目は,既知集団妥当性が十分確認されていない点である.今後は結核に特化した授業の受講有無でIAT値の比較を行い,更なる既知集団妥当性の検討が必要であることが示唆された.3点目として,結核の知識量と潜在的意識には相関がないことが明らかになった点が挙げられる.知識と潜在的意識の間に相関がないことは,先行研究(秋山,2008Allport, 1961土田ら,2006古賀ら,2011)でも明らかとなっている.先行研究(Allport, 1961上瀬,2016山内,1996)は,偏見解消には知識だけではなく対象との接触経験が重要であることを報告している.そのため,今後は結核患者との接触による潜在的意識の変容についても検討していく必要があると示唆された.

Ⅷ. 結論

本研究では,看護学生と一般学生を対象として,作成した紙筆版結核IATの信頼性と妥当性を検証した.その結果,信頼性については再現性が確認された.妥当性については,弁別的妥当性が確認されたが,既知集団妥当性と併存妥当性については十分な確認ができなかった.これより,作成した紙筆版結核IATは,結核に対する潜在的意識を測定する尺度として一定の信頼性と妥当性を有していることが確認された.紙筆版結核IATと既存の顕在的尺度を併せて使用することにより,結核への意識を広範に捉えることが可能となり,結核についての教育プログラムの評価をより行い易くなると示唆された.

付記:本研究は,博士前期課程の学位論文に加筆・修正を加えたものである.

謝辞:本研究にご協力頂きました学生の皆様に心から感謝申し上げます.本研究の一部は,平成30年度公益財団法人フランスベッド・メディカルホームケア研究・助成財団の助成金事業によった.

利益相反:本研究における利益相反は存在しない.

著者資格:TMは研究の着想を行った.TMおよびRO,YT,YIは豊富な意見交換に基づいてデザイン,分析を行った.MHおよびSWは原稿への示唆および研究プロセス全体への助言を行った.データ収集および論文作成はTMが行った.全ての著者は最終原稿を読み,承認した.

文献
 
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