2021 年 41 巻 p. 1-10
目的:慢性心不全患者のアドバンスケアプランニングの定義を明らかにする.
方法:49文献を対象にRodgersの方法を用いて概念分析を行った.
結果:8つの属性:共有と議論が必要な医療とケアに関する情報,その人を知る,エンドオブライフ(EoL)を見通す,決めるプロセスの推進,シームレスなケアのための体制構築,パートナーシップ,対話,継続的・反復的なプロセス,7つの先行要件:社会的背景,文化的背景,医療従事者の背景,個別の判断による意向確認のタイミング,心不全に対する認識のズレ,心不全の病態と治療・ケアの不確実性,終末期ケアの不足,5つの帰結:患者・家族の満足度の向上,患者・家族の全人的苦痛の緩和,患者の内的変化,その人らしい人生の実現,医療的アウトカムの向上が抽出された.
結論:本概念を「慢性心不全特有の病いのプロセスのなかで先を見通し,対話を通してその人らしさを探究し,自律した意思決定と望む生き方を実現するための継続的・反復的プロセス」と定義した.
Purpose: The purpose of this study was to analyze the concept of advanced care planning for patients with chronic heart failure.
Method: The analysis was conducted on 49 reports using the Rodgers’ evolutionary concept analysis.
Results: The following eight categories were extracted as attributes of advanced care planning: information that needs to be shared and discussed, exploring of humanity, foresee the end-of-life, promoting decision-making process, construction of system for seamless care, partnership, dialogue, and continuous and repetitive process. In addition, seven antecedents were extracted: social background, cultural background, background of medical personnel, timing of confirmation of intention by individual judgment, gap of heart failure perception, uncertainty of medical condition, treatment and care of heart failure, and lack of end-of-life care. Finally, five considerations were extracted: improvement of patient and family satisfaction, relief of total human suffering of patients and families, internal change of patient, realization of that patients’ way of life, and medical outcomes improvement.
Conclusion: Advanced care planning for chronic heart failure patients is defined as a process whereby, in preparation for the decline of the patients’ decision-making ability, patients, families and healthcare professional dialogue as they explore the patients’ humanity while looking at the disease processes specific to chronic heart failure, and continuously and repeatedly work together for the realization of the patients’ autonomous intentions and desired way of life.
心不全の臨床経過は,寛解と増悪を繰り返しながら徐々に身体機能が悪化し末期から終末期へ移行するという,局面が曖昧な経過をたどる.それゆえ,予後の特定が非常に困難であり(前田,2013),患者・医療者はともに予後に対する認識に現実との解離があることが知られている(Allen et al., 2008).また,緩解という経験を繰り返すために患者は「治る」ことを期待し,エンドオブライフが現実的に考えられず,意思決定上の葛藤を生じやすい.以上の特徴から,慢性心不全の質の高い終末期医療の実現においてはタイミングを逸することなく,将来の意思決定能力の低下に備えて,望む治療と生き方を事前に患者・家族と対話するアドバンスケアプランニング(Advance Care Planning;以下,ACP)が重要であるとされている(Yancy et al., 2013).
日本においても,ACPはエンドオブライフを見据えた意思決定支援のアプローチ方法として注目され,急性・慢性心不全診療ガイドライン(2018)では,「ACPとは,意思決定能力が低下する前に患者や家族が望む治療と生き方を医療者が共有し,事前に対話しながら計画するプロセス全体を指し,終末期に至った際に納得した人生を送ってもらうことを目標とする」としている.学会等でも提言がなされ,ACPの認識は広まり,関連する文献での報告が増加している.しかしながら,慢性心不全患者のACPの概念分析は行われていない.慢性心不全患者のACPの明確な概念がないことが,医療従事者がその実践における介入や役割を具体的に理解することを困難にしているのではないかと考えた.そこで,慢性心不全患者のACPの概念がどのような特徴をもち,どのような文脈の中で用いられ,その結果何が生じているのかを明らかにし,慢性心不全患者のACPの実践における有用な介入について検討する必要があると考えた.
Rodgers & Kanafl(2000)の概念分析の方法を用いた.この方法は,概念を普遍的ではなく社会文化的背景や経時的に変遷するものと捉え,その文脈に置かれている人々によって使われ,洗練され発展していくという哲学的基盤をもつ.慢性心不全においては,心臓移植医療や再生医療などの治療の多様化・複雑化に伴ってエンドオブライフを見据えた意思決定への支援における人々のニーズと医療者の役割は変化しており,多様な状況への適応という文脈の中で利用される慢性心不全患者のACPの概念分析には,概念が文脈に依拠し,時間や状況を超えて発展するものであるというRodgersらの方法が適切であると考えた.
1. 対象となる文献の選定対象となる英文献の選択はPubMed,EMBASE,和文献は医中誌の検索システムを利用し,英文献では「“advance care planning” AND “chronic heart failure” OR “heart failure”」,和文献では「“アドバンスケアプランニング”OR“アドバンス・ケア・プランニング”AND“慢性心不全”OR“心不全”」を用いて検索した.重複文献を除外した後,英文献82件,和文献は,ACPに関する原著論文は限られており,会議録と総説・解説も含めて79件であった(2018年9月1日現在).急性・慢性心不全診療ガイドライン(2018)とSudore et al.(2017)の示したACPの定義を参考にし,タイトルと抄録にACP,エンドオブライフケア(EoL Care),事前指示(AD),意思決定に関する内容を含まない文献を除外した.さらに抄録と本文を精読し,患者・家族の治療選択や生き方の意向に関する文献,患者の意向の理解と共有に関するものやその介入の実態について記述されていると判断した文献を選定した.さらに,分析対象文献に引用されていた英論文4件を追加し,49件(英文献29,和文献20)を分析対象とした.
2. データ分析方法論文を精読し,文献の内容から概念を構成する属性,慢性心不全のACPがどのような文脈で生じているのかを示す先行要件,その概念の結果として生じる帰結に該当する内容をコーディングシートに抽出した.データ分析は,コーディングシートから属性,先行要件,帰結をそれぞれカテゴリー化し,カテゴリー間の関連性を概念図に示した.分析の信頼性の確保については,博士後期課程に属する多領域の専門家との意見交換を行うとともに,理論看護学,在宅看護学専門家のスーパーバイズを受けた.
分析の結果,8つの属性,7つの先行要件,5つの帰結が明らかになり,それぞれの中核にある内容が見出された.以下,中核になる内容は『 』,カテゴリーは【 】,サブカテゴリーは[ ],コードは〈 〉で示した.
1. 属性(表1)属性として8つのカテゴリーが抽出され,『慢性心不全特有の不確かさの状況のなかで,ともにEoLを見通し,その人らしく生きることをプランニングする』が見出された.以下,8つのカテゴリーについて説明する.
[心不全の病いのプロセス]は,現状と予後を含めた今後起こりうるリスクについての情報である.[治療・ケアの選択肢,その限界と終了,介入の影響]は,医療・ケアの選択肢と長所と短所,研究のエビデンス,コスト,その限界と不確実性および利用可能な医療やケアが患者個々の日常生活にどのように影響するのかについての情報である.医療・ケアに関する充分な説明は,患者が現状や予後をより深く理解することを助け,意思決定の準備をさらに進めるために必要であり(Janssen et al., 2013),経時的に共有し議論することが必要な情報として示された.しかし,充分な説明を受けた後でも,患者・家族がその治療がいったい何を意味し,どのような結果をもたらすのかを想像することは大変難しい(Briggs et al., 2004).医療従事者と患者間に予後や病状に対する認識の不一致が生じえることを踏まえて,[共有された情報の確認]を一緒に行い,医療従事者が伝えたい情報だけでなく,患者が知りたいと望む情報を伝えること(関根,2016),必要であれば代替情報を提供すること(Kirchhoff et al., 2012),患者が知りたくないという思いや知らない権利についても配慮する必要があること(阿部,2012)が示されていた.
2) 【その人を知る】[医療・ケアの意向と選好][人生における価値観や希望]には,希望,目標,病気や将来に関する価値観といったその人らしさを表す情報が含まれていた.患者は自分の目標を必ずしも理解しておらず,[自分らしさに気付く]は,〈ライフレビューにより自分の価値観や人生観が見えてくる〉ことにより,これまで意識していなかった自分の本心に気付き,自分にとって重要な優先事項を探っていくことである(Detering et al., 2010).[相互理解]は,関わる人々が〈患者・医療者としての価値観と一個人としての価値観〉を自覚したうえでお互いを尊重・理解すること,その人らしさを〈全員で共有する〉ことを示していた.
3) 【エンドオブライフ(EoL)を見通す】[治療とQOLの配分を推し量る]は,予後の不確かさのなかで話し合いながら医療・ケアの選択肢と患者の重要な優先事項とを統合して(Wordingham et al., 2016)〈長期的な転帰と治療・ケアのゴールを見通し〉,患者にとって〈最善となる延命治療と緩和ケアの配分を推し量る〉ことである.そして,医療と人生の両方を含んだ〈個々の信念や好みに焦点化したEoL〉について考え,最期まで自分らしく生きるための[EoLの準備]をしていくことを示していた.
4) 【決めるプロセスの推進】医療従事者が家族間の意見の不一致や気持ちの[揺らぎに寄り添い],〈患者の意思を中心におく〉を中核に,これまで共に時間を過ごしてきた〈家族の思いを含めた相互合意を形成〉することは,誰もがその人らしいと思える[その人になじむ選択・決定を支える]ことになる.そして,[意思表明と書面化]は,適切な時期に患者の思いを周囲に伝える(和田,2013)ことでもあった.
5) 【シームレスなケアのための体制構築】総合的なケアを提供するためには,緩和ケアチームなどの〈人とケアのコーディネート・マネジメント〉,〈多職種・多施設のチーム構築と協力体制〉,〈信頼関係の構築〉といった[医療・ケア提供体制の構築]や,生活の場や関わる人が変わってもシームレスにACPを引き継いでいけるように〈病院と家庭をシームレスに橋渡する〉ことで[地域における連携体制の構築]を図り,チームでアプローチすることが効果的である.そのチームには,〈チーム力〉〈コミュニケーションスキル〉等の[ケア提供者のスキル]が求められている.
6) 【パートナーシップ】[家族をパートナーとして認識する],[家族や関係者の参加]による患者・家族と医療従事者の共同作業であることを示していた.
7) 【対話】[対話の多方向性]とは,家族・患者・医療従事者間だけでなく介護者等を含む多職種コミュニケーションである.また,対話は,家族に単に情報を与えるのみならず,患者と家族が一緒に学び(Briggs et al., 2004),〈家族と生と死について語るチャンスを与えてくれる〉ことを示していた.[オープンな対話]は,家族を含む多職種で構成されるチームメンバーが本音で語れるような効果的で有効なコミュニケーションである.[対話のタイミングを図る]では,将来の〈意思決定能力低下に備えて〉早い時期からの対話が必要とされるが,開始のタイミングの共通認識はない.〈患者のレディネスの評価〉に応じて行うこと,高度な治療とその限界も含めた治療の結果について〈高度な治療選択の前段階からQOLやEoLを踏まえた議論をする〉ことが示された.
8) 【継続的・反復的なプロセス】患者の意向や治療・ケアのゴールを継続的・反復的に確認し[見直す]こと,〈対話を重ね〉,〈定期的にこまめに〉[積み重ね]るプロセスを示していた.
2. 先行要件(表2)先行要件として【社会的背景】【文化的背景】【医療従事者の背景】【個別の判断による意向確認のタイミング】【心不全に対する認識のズレ】【心不全の病態と治療・ケアの不確実性】【終末期ケアの不足】の7カテゴリーが抽出され,『患者・家族と医療従事者が置かれている不確実な状況』が見出された.
帰結として,【患者・家族の満足度の向上】【患者・家族の全人的苦痛の緩和】【患者の内的変化】【その人らしい人生の実現】【医療的アウトカムの向上】の5カテゴリーが抽出され,『日常の中で希望を見出し,自分らしい人生を生きていることを実感する』が見出された.
分析の結果から,『患者・家族と医療従事者が置かれている不確実な状況』のなかで,【共有と議論が必要な医療とケアに関する情報】と【その人を知る】ことを通して【EoLを見通】し,その人らしい選択ができるように【決めるプロセスの推進】が示され,これらは相互に行き来して必要な情報や選択肢をその人に合ったものにアレンジしながら,本人になじむ決定ができるように形を整えていくという循環プロセスとして示された.このプロセスでは常に【対話】が行われ,これらの5つの属性は,【継続的・反復的なプロセス】として捉えられた.また,このプロセスを効果的に促進させるためには,【シームレスなケアのための体制構築】と【パートナーシップ】が影響することが示された.そして,そのプロセスを通して,『日常の中で希望を見出し,自分らしい人生を生きていることを実感する』が見出され,その概念モデルを図1に示した.
慢性心不全患者のアドバンスケアプランニングの概念図
慢性心不全患者のACPの概念を,「慢性心不全特有の病いのプロセスのなかで先を見通し,対話を通してその人らしさを探究し,自律した意思決定と望む生き方を実現するための継続的・反復的プロセス」と定義した.
2. 慢性心不全患者のACPの特性 1) 不確かさのなかで希望を見出して生きていく先行要件で見出された『患者・家族と医療従事者が置かれている不確実な状況』は,本概念の特性のひとつといえる.その不確かさゆえに,今後の見通しについて検討するとき,その特性に依拠した予後という不確実で死に焦点化した予測だけに偏ってしまいがちである.一方で,属性で抽出された【EoLを見通す】は,完治が望めず,不確かな予後のなかにあっても,慢性心不全とともに信念や好みに焦点化した日々を生きていくことの見通しと準備であった.ACPにおいて重要なのは予後だけではなく,その人の信念・好み・QOLを構成している様々な要素であり,それは【その人を知る】のサブカテゴリーである[医療・ケアの意向と選好][人生における価値観や希望]といったその人らしさである.そこには,医療とケアの希望,医療や療養の場所,死に場所と家族の希望等が示されていた.希望は人間の生きる意味と関わり合っているといわれ(Flankl, 1977),進行がんなどのエンドステージにある患者は,治療よりもむしろ,自分らしさ,生きざまといった“生きる”というシンプルなテーマに希望を見出すという(濱田・佐藤,2002;射場,2000).不確かさのなかで【EoLを見通す】ことは,その人の信念や好みに焦点化したEoLを“生きる”ことを支えるためであり,自分らしく“生きる”という希望を支えることでもある.帰結において,[病いと共に生きる力と希望]が抽出され,また治るという希望がもはや現実的でなくなり,制限されていく生活の中でも,『日常の中で希望を見出し,自分らしい人生を生きていることを実感する』という帰結をいかに見出せるかが慢性心不全患者のACPにおいて重要な点であると考える.
2) 予後という時間軸と人生の時間軸という視点先行要件において『患者・家族と医療従事者が置かれている不確実な状況』が見出されたことは前述したが,これが医療従事者にとってのACPの障壁となっているという報告もある(De Vleminck et al., 2014;Murthy & Lipman, 2011).不確実な状況にあるからこそ,患者と医療者間で[医療とケアの意向と選好][人生における価値観や希望]を共有し,ゴールについて話し合うことがより重要であると考える.しかし,決めるプロセスにおいては,患者に情報と選択肢を提示し意向を問うだけでは成立せず,これまでの人生や周囲の人,環境といった要因が関与し,経験や関係性のなかから湧き上がってくるものである(水野,2019).本概念において,〈自分のゴール・価値観・信念を振り返ることにより今後の治療に対する意向を考える〉〈ライフレビューにより自分の価値観や人生観が見えてくる〉といった,これまで意識していなかった価値観や人生観を見つめて[自分らしさに気付く]が抽出され,予後という不確実な時間軸の予測や単に将来という前向きの視線だけでなく,過去を振り返ることにより将来に視線を向け,将来の自分のゴールや希望に向かって何を選択するのかといった,過去から将来へ,将来から今へといった人生の時間軸の中を行き来するような時間的な視点がACPには含まれていることが示されていた.
本研究の限界は,限られた文献における用語の使用について分析を行ったものであることが挙げられる.また,患者の生活は個別的であり,ACPのプロセスに影響を与える個別的要因が存在すると考えられる.今後,概念を精練させ,慢性心不全患者に対する実践での検証を行っていく必要がある.
付記:本論文の内容の一部を,第17回日本循環器看護学会学術集会で発表した.
謝辞:本研究における分析の過程で貴重なご助言を下さいました元聖路加国際大学大学院の田代順子教授と博士後期課程クラスの皆様,論文としてまとめるにあたりご指導くださいました聖路加国際大学大学院の山田雅子教授に心より感謝いたします.
利益相反:本研究における利益相反は存在しない.