2022 Volume 42 Pages 928-936
目的:過疎地域を含む広域合併自治体の支所保健師活動遂行における課題を明らかにする.
方法:支所を有する広域合併自治体の保健師を対象に,半構造的インタビューを実施し,逐語録を質的記述的に分析した.
結果:【少子高齢化・交通不便に考慮を要する保健事業】,【社会資源・専門職が乏しい中での多い発達・精神障害への対応】等の過疎地域の特性からなる課題,【過疎地域の保健福祉業務全般を担う一人判断に必要な力量】,【中堅以上に遠隔地の支所業務と経験を望まれるが少ない人材】等の過疎地域における支所業務の課題,【業務や地域事情が大きく異なる支所異動後の業務対応】等の本庁業務と過疎地域の支所業務が異なる2重構造の課題の計8カテゴリーが生成された.
結論:過疎地域の特性からなる課題がある中,保健師が対処できる支所保健師活動遂行上の課題解決として,支所業務を念頭においた保健師の力量形成が重要となる.
Purpose: To identify the challenges in carrying out the activities of branch health nurses in widely merged municipalities, including depopulated areas.
Methods: Semi-structured interviews were conducted with public health nurses in wide -area merged municipalities with branch office functions, after which the verbatim recordings were analyzed qualitatively and descriptively.
Results: The following issues related to the challenges of depopulated areas were identified: “Health services need to take into account the declining birthrate, ageing population and inconvenience of transportation,” “Dealing with the high number of developmental and psychological disorders amidst a lack of social resources and professionals,” In addition, the challenges of branch office operations in depopulated areas were identified: “Competence required for a single person to take responsibility for overall health and welfare work in depopulated areas,” “Remote branch operations and experience desired for mid-level public health nurses and above, but few personnel,” Finally, the challenges of the dual structure, where the operations of the main office differs from the operations of the branch offices in depopulated areas were identified: “Dealing with operations after transferring to a branch office where operations and local conditions differ greatly.” Overall, 8 categories were identified .
Conclusions: While there are issues that arise from the characteristics of depopulated areas, it is important to develop the competence of public health nurses with branch office work in mind, as a solution to the issues that public health nurses can deal with in carrying out the activities of branch office public health nurses.
令和3年4月に制定された過疎地域の持続的発展の支援に関する特別措置法(以下,過疎法)により,人口の著しい減少に伴って地域社会における活力が低下し,生産機能及び生活環境の整備等が他の地域に比較して低位にある地域に,必要な特別措置を講ずるとし,財政力指数・人口減少率要件・高齢者比率・若年者比率から過疎地域が定められている.平成29年4月時点の過疎地域自立促進特別措置法の一部を改正する法律(以下,旧法)では817自治体であったが,令和4年4月時点の過疎法では885自治体(内41自治体が旧法における過疎関係市町村で過疎地域の要件を満たさなくなった卒業自治体)となり,全国的に過疎地域は増加している.このような過疎地域は人口の減少,少子高齢化の進展等,他の地域と比較して厳しい社会情勢が長期にわたり継続しており,地域社会を担う人材の確保,地域経済の活性化,情報化,交通の機能の確保及び向上,医療提供体制の確保,教育環境の整備,集落の維持及び活性化などが喫緊の課題と述べられている(総務省,2021).平成21年に過疎地域の一村で調査した結果では,医療や健康に58.1%,介護や老後に52.8%の不安要因が明確となったと報告がある(関永ら,2012).
また,市町村合併による影響も大きい.1999年の市町村合併特例法により地方分権改革の一環として位置づけられた「平成の大合併」は,2000年12月「行政改革大綱」の中で「市町村合併後の自治体数は1000を目標とする」方針を取り入れた結果,平均面積と平均人口が合併前よりも著しく増加したため,住民の日常生活圏を超える面積の自治体が多数誕生した(岡田,2010).総務省の実態調査では,合併した558市町村のうち,住民サービスの維持のため管理部門を本庁に統合し事業実施部局などは各支所(旧役場)に残す総合支所方式が262自治体であった(総務省,2010).しかし,本庁と支所での分散配置では情報や気持ちの共有化,徹底に困難さが生じ非効率であったことから,合併3年後に集中配置に変えたという経過の報告がある(野中,2006).本研究で調査したX県においても,合併した12自治体で,合併当初は保健師を支所に配置していた9自治体のうち6自治体が集中配置となり,広域合併により集中配置困難なため過疎地域の支所に保健師を配置しているのは3自治体だけで,保健師一人体制となっている.
ここで看過できないのは,広域合併自治体の過疎地域である.合併で周辺地域となったところほど,地域社会崩壊の危機が高まっている指摘がある(岡田,2010).合併後の保健師活動においては,旧市町村の質の高い事業は,新市町村となった自治体の半数で拡大展開することができていなかったことが明らかになった(都筑ら,2010).また,支所には,行財政の決定権はなく,行財政サービスの窓口だけとなり,地域づくりや地域活動への支援だけでなく,災害対応も弱体化することになる(岡田,2010).このような状況下では,新市の「全市統一した方針で活動する保健師」という集団特性が,旧自治体の保健師集団の特性にあった「住民に出会い活動する保健師」すなわち住民のニーズに応じた活動とは大きく矛盾するものである(野呂,2013a).
過疎地域に支所を有する広域合併自治体においては,地域住民のニーズに応える支所保健師活動を遂行するためにも,支所保健師活動上の課題を明らかにすることが重要である.平成30年度の「保健師の活動基盤に関する基礎調査」では,保健師の確保や定着の課題を明らかにし,今後の保健師活動のあり方や支援方法等を検討することの意義を述べ結果報告されている(日本看護協会,2021).先ずは現状の支所保健師活動遂行における課題を整理することが肝要と考えるが,過疎地域の支所保健師活動遂行における課題は渾沌としており,どのようなことが課題となっているのかを質的に把握する必要があると考えた.しかし,過疎地域を含む広域合併自治体の支所保健師活動遂行における課題を明らかにした報告は見当たらない.
そこで,本研究は,過疎地域で支所保健師活動を有する広域合併自治体の保健師人材育成に係る予備的調査として,過疎地域を含む広域合併自治体の支所保健師活動遂行における課題を明らかにすることを目的とした.
1.支所:地方自治法第155条の定めにより,市町村の長が,その権限に属する事務を分掌させるため,条例で定めた必要な地に置く事務所とする.
2.課題:支所保健師活動遂行における解決すべき問題とする.
3.広域合併自治体:単なる自治体面積の広域ではなく,市町村合併により移動に不便で時間を要する過疎地域を含む自治体とする.
過疎地域に支所を有するという限られた自治体を対象とし,支所保健師活動の課題が多く,課題の内容も多様である事象を深く掘り下げる必要があるため,グレッグら(2018)のデータ収集・分析方法を参考に質的記述的研究とした.
2. 対象自治体・対象者対象自治体は,Ⅹ県の広域合併により過疎地域の支所を有する自治体とした.
Ⅹ県は,人口は100万人未満,面積は500,000 km2未満であり,保健師数は600人未満,市町村数は35市町村未満である.Ⅹ県の自治体で,過疎地域自立促進特別措置法の一部を改正する法律の法2条1項に規定されている過疎市町村と33条1項に規定されているみなし過疎のうち,支所を有する自治体は3つであり,その3つの自治体に同意を得た.A自治体は,5自治体の合併で人口約7万人,面積1,000 km2以上であり,保健師数35人,支所数4か所である.合併時の支所保健師は複数体制であったが,現在の支所保健師は1名体制となっている.B自治体は,3自治体の合併で人口約3万人,面積100 km2未満であり,保健師数13名,支所数1か所である.合併時の支所保健師は複数体制であったが,現在の支所保健師は1名体制となっている.C自治体は,3自治体の合併で人口約1万人,面積約300 km2であり,保健師数9名,支所数2か所である.合併時より,合併前の複数体制から1名体制とし現在に至っている.
支所保健師活動の経験年数や管理上の視点により課題を捉えるため,対象者は,永江(2012)による中堅期の年数設定に準じて,対象自治体の中堅期(5~20年未満)・管理期(20年以上)の保健師各1名と統括保健師とした.中堅期保健師と管理期保健師は過疎地域の担当経験がある者とし,統括保健師は1名でありインタビュー内容は支所保健師活動の管理的立場からの内容であったため,過疎地域の担当経験の条件を付けずに対象とした.対象者の選定は,各自治体の統括保健師に書面と口頭で説明し,研究協力の同意を書面で得て,研究参加候補者の紹介を依頼した.
3. データ収集方法データ収集期間は,2019年7月から2019年8月であった.対象自治体の統括保健師から紹介を受けた対象者に,インタビュー内容を録音することに同意を得たうえで,半構造的面接法による個別インタビューを実施した.
インタビューは,①支所保健師活動に関する思いや考え,②支所の保健師活動の課題について自由に語ってもらった.意見が出やすいように「思いや考え」を尋ねた.
4. 分析方法分析方法は,録音データを基に逐語録を作成し,逐語録内容から過疎地域を含む広域合併自治体の支所保健師活動遂行における課題が語られている部分を分析データとして抽出しコード化した.コードの意味内容の類似性に基づいてカテゴリー化した.研究の真実性については,インタビュー内容と分析結果を研究参加者のメンバーチェッキングにより確保した.また,カテゴリー化では研究指導者のスーパーバイズを受けた.
5. 倫理的配慮本研究は,和歌山県立医科大学倫理審査委員会(承認番号:2612)の承認を得て実施した.インタビューにおいては研究の主旨,協力・辞退は自由意思であること,匿名性を確保すること,研究以外の目的で使用しないこと,結果の公表等を口頭と文書で説明し,同意書に署名を得た上で実施した.また,逐語録のデータ内容を参加者は確認でき,削除及び修正を可能とした.
対象である3自治体の中堅期・管理期・統括保健師各1名が参加し合計9名であり,所要時間は,1名に60~90分であった(表1).
人数 | 支所経験有りの数 | 支所勤務年数 | |
---|---|---|---|
中堅期保健師 | 3人 | 3人 | 1~19年 |
管理期保健師 | 3人 | 3人 | 19~21年 |
統括保健師 | 3人 | 2人 | 0~12年 |
研究対象者からのインタビュー内容を分析した結果,31のサブカテゴリーを生成し,最終的に8のカテゴリーが生成された.以下,カテゴリーを【 】,サブカテゴリーを《 》,コードを〈 〉で示し,インタビュー回答は個人特定を避ける配慮をし「斜体文字」で示し,カテゴリー別に詳細を述べる(表2).
カテゴリー | サブカテゴリー | 代表コード | 対象 |
---|---|---|---|
少子高齢化・交通不便に考慮を要する保健事業 | 少ない対象児と小児科医確保困難な乳幼児健診・教室の実施 | ・対象児が少ない支所では毎月の乳幼児健診が実施できないため本庁で実施している | 管理 |
・乳幼児健診を支所で実施するには発達をみる小児科医確保困難なため本庁で実施している | 管理 | ||
高齢化進行,交通・買物不便な中での教育・相談業務の工夫 | ・商店が近くにないため栄養・保健指導を工夫しなければならない | 統括 | |
・交通不便により高齢者は移動困難となるため集団での健康教室が企画し難い | 管理 | ||
支所ごとに地域特性の勘案を要する高齢者対策 | ・支所により高齢化の状況が異なるため地域事情を勘案した高齢者対策が必要となる | 中堅 | |
社会資源・専門職が乏しい中での多い発達・精神障害への対応 | 役場を頼った多い発達障害相談への対応 | ・支所では発達障害が多く役場に言ったら何とかしてくれるという住民の意識が強い | 中堅 |
発達の遅れがある児が多いが療育施設が遠く利用困難 | ・人口の割りに発達の遅れが多いが療育施設がない環境である | 中堅 | |
・発達障害の紹介できる療育機関が遠く保育所で対応するしかない場合もある | 中堅 | ||
社会資源・専門職不足の中での精神障害者への対応 | ・社会福祉協議会以外の事業所が少なく精神障害者を社会資源に繋げるのが難しい | 管理 | |
・医師による精神相談業務が撤退したため医療につなげるのが困難となった | 管理 | ||
限られた住民との関係構築による住民主体の地域づくり | 家族関係・親戚・地縁を把握し繋ぐ活動が必要 | ・家族関係・親戚・地縁の情報を把握し繋ぐ活動をしなければならない | 中堅 |
高齢化進行により住民リーダーがいない中での地域づくり | ・高齢の支援を要する住民が多く支えあいの地域づくりが困難な中での保健師活動となる | 管理 | |
・地域住民のリーダーシップが弱く地域にキーパーソンがないため教室の実施が難しい | 管理 | ||
保健師の手厚い関わりによる住民主体性の後退 | ・交通手段がない一人暮らしの高齢者に手を出しすぎ住民の力を削いでいる可能性がある | 統括 | |
過疎地域の保健福祉業務全般を担う一人判断に必要な力量 | 障害・福祉職員等の減少による保健師の業務範囲拡大 | ・支所の障害・福祉職員も減少し一人保健師の業務負担が大きくなってきている | 管理 |
・合併後,暫くは2人体制だったが現在は支所保健師一人だけなので厳しい | 統括 | ||
過疎地域で保健福祉業務全般を一人で担う責任 | ・一人の保健師が保健福祉を全部背負わなければいけないので責任が重い | 管理 | |
タイムリーに相談できない中での個別ケース対応 | ・個別ケースの相談を他の保健師にタイムリーに相談できず自分の判断だけで良いのかと思う | 中堅 | |
・支所保健師は本庁保健師が忙しそうにしていたら尋ねる事を遠慮する | 中堅 | ||
一人体制の支所勤務に必要な一人判断できる力量 | ・一人体制保健師活動は不安だが支所で責任をもって活動することで判断力をつける必要がある | 統括 | |
一人で保健福祉業務全般に幅広く対応するために必要な経験 | ・一人体制の支所勤務には保健・高齢・障害福祉等に幅広く対応できる自信が必要となる | 中堅 | |
勤務保健師の力量の影響が大きい支所保健師活動 | ・保健師一人体制は勤務保健師により保健師活動が左右される | 管理 | |
長期支所勤務で機会がない後輩指導や事業企画・評価 | 支所勤務では機会がない事業の企画・実施評価や業務連携 | ・支所勤務では事業の企画・実施評価や業務上で連携する機会をなくす | 中堅 |
過疎地域の長期勤務による本庁異動後の戸惑い | ・過疎地域ばかりだと本庁異動後に戸惑うことが多い | 中堅 | |
長い支所勤務になると機会がない後輩保健師への指導 | ・一人体制の支所勤務が長いと後輩保健師を指導する機会がない | 中堅 | |
中堅以上に遠隔地の支所業務と経験を望まれるが少ない人材 | 保健福祉全般を担う支所に中堅以上が望まれるが少ない人材 | ・支所に母子・成人・福祉に通じた中堅以上の保健師配置を要望されるが該当者があまりいない | 管理 |
・支所には相談対応できる中堅を配置したいが育休もあり難しい | 統括 | ||
遠隔地のため家庭事情の勘案を要する中堅期の支所勤務 | ・支所勤務は3年が理想であるが女性の結婚・出産等により短期間勤務もある | 統括 | |
・遠隔地の支所勤務は災害時にも対応できる家庭事情を勘案しないといけない | 統括 | ||
複数支所に必要な支所をまとめる経験豊かな保健師の配置 | ・複数ある支所をまとめるため保健衛生を経験している保健師を配置しなければならない | 統括 | |
業務や地域事情が大きく異なる支所異動後の業務対応 | 本庁とは業務の優先順位が異なる支所保健師活動 | ・支所は障害者・高齢者関係業務が多く本庁は母子業務が中心であり業務の優先順位が異なる | 中堅 |
・少子高齢化が進行している中で本庁と事情が異なる支所では一人対応が大変である | 中堅 | ||
精神保健の経験不足により対応困難となる多い精神相談業務 | ・本庁で精神対応の経験がなく支所に異動になると精神の多い支所では対応が難しいと思う | 中堅 | |
・精神障害の対応を本庁は保健所で対応するが支所は役場を頼った相談が多い | 中堅 | ||
少ない支所職員の相互支援により担う担当外業務への対応 | ・住民・福祉・包括の係も同じ課であり担当業務以外の対応もしなければいけない | 管理 | |
・支所職員が少ない中での相互協力により他職種に協力しなければならない | 管理 | ||
支所異動後に感じる分かりづらい過疎地域状況 | ・本庁から初めて過疎地域の支所勤務となると全く土地勘がなく地理が分からない支障がある | 統括 | |
本庁とは異なる濃厚な住民との関係への戸惑い | ・本庁よりも住民との関係が濃厚なため本庁から支所異動になった時,戸惑う可能性がある | 中堅 | |
本庁が過疎地域の支所業務を理解し難い中での支所支援 | 本庁の業務遂行が中心となり後回しになる支所業務 | ・支所勤務の経験がないと本庁業務遂行にとどまり支所を含む全域が考えられない | 統括 |
・支所の応援に行くが業務の中で支所のことが後回しとなる | 統括 | ||
不充分な支所保健師への相談体制・フォロー体制 | ・分散配置により一人配置保健師への相談体制・フォロー体制を整えるのが困難となる | 統括 | |
過疎地域の支所を理解し支援をするために必要な支所勤務経験 | ・過疎地域での支所勤務経験がある保健師は状況を理解して支所保健師をフォローできるが支所勤務経験がないと一方的となり支援困難である | 中堅 | |
届きにくい本庁から支所への情報 | ・本庁が支所に情報を伝えているつもりでも支所では本庁からの情報が届きにくい | 管理 | |
支所勤務には消極的となる姿勢 | ・支所勤務となると“飛ばされる”みたいな支所勤務に消極的な雰囲気がある | 管理 |
※中堅:中堅期保健師,管理:管理期保健師,統括:統括保健師 を示す
母子保健事業では支所単独ですると,「対象児が少ない地域では毎月の乳幼児健診の実施が難しい」,「支所でするとしたら小児科の医師の確保も難しい.発達を見てほしいので,そうなったら回数もそんなに増やせない」のように《少ない対象児と小児科医確保困難な乳幼児健診・教室の実施》の課題があった.また,高齢者保健事業では,〈商店が近くにないため栄養・保健指導を工夫しなければならない〉のように《高齢化進行,交通・買物不便な中での教育・相談業務の工夫》を行っており,それには支所ごとの特性があり《支所ごとに地域特性の勘案を要する高齢者対策》が求められた.以上3サブカテゴリーから【少子高齢化・交通不便に考慮を要する保健事業】の課題が生成された.
2) 【社会資源・専門職が乏しい中での多い発達・精神障害への対応】発達障害については,「精神とか発達障害が多いです.役場にいったら何とかしてくれるという意識が強い」のように《役場を頼った多い発達障害相談への対応》があり,「母子の子どもの発達となったら自分だけで判断しかねることもあるし,療育を紹介したい子がいても,自宅が療育から遠く保育所で頑張ってもらうしかない場合もある」状況から《発達の遅れがある児が多いが療育施設が遠く利用困難》な状況であった.また,精神障害についても,〈医師による精神相談業務が撤退したため医療につなげるのが困難となった〉中で《社会資源・専門職不足の中での精神障害者への対応》が課題であった.以上3サブカテゴリーから【社会資源・専門職が乏しい中での多い発達・精神障害への対応】の課題が生成された.
3) 【限られた住民との関係構築による住民主体の地域づくり】社会資源や専門職が少ない過疎地域では,《家族関係・親戚・地縁を把握し繋ぐ活動が必要》であり,〈高齢の支援を要する住民が多く支えあいの地域づくりが困難な中での保健師活動となる〉のように《高齢化進行により住民リーダーがいない中での地域づくり》が行われていた.また,〈交通手段がない一人暮らしの高齢者に手を出しすぎ住民の力を削いでいる可能性がある〉のように《保健師の手厚い関わりによる住民主体性の後退》があった.以上3サブカテゴリーから【限られた住民との関係構築による住民主体の地域づくり】の課題が生成された.
4) 【過疎地域の保健福祉業務全般を担う一人判断に必要な力量】市町村合併直後は旧市町村である支所に保健師を複数配置している時期もあったが,年数を経ると〈支所の障害・福祉職員も減少し一人保健師の業務負担が大きくなってきている〉のように《障害・福祉職員等の減少による保健師の業務範囲拡大》の状況となり,《過疎地域で保健福祉業務全般を一人で担う責任》を感じていた.特に支所は,《タイムリーに相談できない中での個別ケース対応》であり,「本庁で,色んなことを相談しながらやってきた者にとったら自分で一人でというのは不安だがそれをやることによって,色々と判断力とかそういう力はついてくると思う」のように《一人体制の支所勤務に必要な一人判断できる力量》を必要としていた.このような力量形成に《一人で保健福祉業務全般に幅広く対応するために必要な経験》が求められ,《勤務保健師の力量の影響が大きい支所保健師活動》のように,支所勤務への力量不足による影響を危惧している状況であった.以上6サブカテゴリーから【過疎地域の保健福祉業務全般を担う一人判断に必要な力量】の課題が生成された.
5) 【長期支所勤務で機会がない後輩指導や事業企画・評価】長期の支所勤務は,「支所では,事業を実施するにあたって企画して,こういう準備があって,こういう機関と繋げてということは個別のケースを除いてはやってこなかった.だからきちんと事業を見直した上でのサイクルの回し方をできるようにはなりたい」の回答から《支所勤務では機会がない事業の企画・実施評価や業務連携》が課題となり,《過疎地域の長期勤務による本庁異動後の戸惑い》という弊害が生じていた.さらに,《長い支所勤務になると機会がない後輩保健師への指導》が課題となっていた.以上3サブカテゴリーから【長期支所勤務で機会がない後輩指導や事業企画・評価】の課題が生成された.
6) 【中堅以上に遠隔地の支所業務と経験を望まれるが少ない人材】支所勤務については,「支所の立場から中堅以上を配置してほしいという要望があるが,中堅が子育てであまりいない.支所の希望は,母子,成人,福祉に通じた人が来てほしいからかも知れない」のように《保健福祉全般を担う支所に中堅以上が望まれるが少ない人材》が課題であった.さらに,〈遠隔地の支所勤務は災害時にも対応できる家庭事情を勘案しないといけない〉のように《遠隔地のため家庭事情の勘案を要する中堅期の支所勤務》と考えられていた.加えて《複数支所に必要な支所をまとめる経験豊かな保健師の配置》が求められた.以上3サブカテゴリーから【中堅以上に遠隔地の支所業務と経験を望まれるが少ない人材】の課題が生成された.
7) 【業務や地域事情が大きく異なる支所異動後の業務対応】支所異動では,《本庁とは業務の優先順位が異なる支所保健師活動》であり,特に「本庁で精神の経験がなくて,支所に行ったときに保健師は困ると思う」,〈精神障害の対応を本庁は保健所で対応するが支所は役場を頼った相談が多い〉のように《精神保健の経験不足により対応困難となる多い精神相談業務》が課題であった.また,《少ない支所職員の相互支援により担う担当外業務への対応》が求められた.さらに,〈本庁から初めて過疎地域の支所勤務となると全く土地勘がなく地理が分からない支障がある〉のように《支所異動後に感じる分かりづらい過疎地域状況》があり,加えて支所の特徴として《本庁とは異なる濃厚な住民との関係への戸惑い》があった.以上5サブカテゴリーから【業務や地域事情が大きく異なる支所異動後の業務対応】の課題が生成された.
8) 【本庁が過疎地域の支所業務を理解し難い中での支所支援】支所保健師活動については,《本庁の業務遂行が中心となり後回しになる支所業務》の状況であり,支所保健師への支援についても《不充分な支所保健師への相談体制・フォロー体制》が統括保健師の回答から生成された.また「支所勤務したことがある保健師は大変さが分かり,ちょっと予想して声かけたりできるが,勤務してなかったら一方的だから,そこらへんが見えないから難しい」のように《過疎地域の支所を理解し支援するために必要な支所勤務経験》が求められた.加えて,《届きにくい本庁から支所への情報》と,《支所勤務には消極的となる姿勢》が課題となっていた.以上5サブカテゴリーから【本庁が過疎地域の支所業務を理解し難い中での支所支援】の課題が生成された.
広域合併自治体の過疎地域における支所保健師活動において,8カテゴリーによる課題があった.個々の課題の特徴から,合併後の支所保健師活動遂行においては,過疎地域の特性からなる課題と過疎地域における支所業務の課題,および本庁業務と過疎地域の支所業務が異なる2重構造の課題が考えられた.以下に,これらの課題について考察する.
1. 過疎地域の特性からなる課題過疎地域の特性からなる課題には,【少子高齢化・交通不便に考慮を要する保健事業】,【社会資源・専門職が乏しい中での多い発達・精神障害への対応】,【限られた住民との関係構築による住民主体の地域づくり】があった.
母子保健においては,重要課題である医療資源が乏しいこと,交通アクセスの不便さが受診行動に影響しており,このような医療過疎地域では,子どもの発達発育に応じた対応と家族支援において,地域の医療専門職で積極的に取り組む姿勢が必要であり,その中心的存在には,保健師が当てはまり最も専門性の発揮が問われるところである(日比野ら,2012).本研究でも過疎地域の発達障害支援は同様であり,保健師への期待が大きいと考えられる.
また,高齢者にとって,交通不便は通院や買い物に不便というだけでなく,介護予防教室への参加にも影響がある.介護予防活動の展開について,山間へき地では介護予防を身近な場所で行うといっても都市部同様にはいかない現状にあり,山間へき地を有する市町村は,小規模の町村が多く,配置されている保健師も少なかったり,市町村合併の進行により,管轄が広くなったりしているため,工夫して活動していく必要がある(塩ノ谷ら,2010).本研究でも同様に,買い物困難な高齢者への栄養指導等に工夫がいることなどが実感されており,地域特性に応じた保健師活動の実践を必要としていた.
精神保健においても,乏しい社会資源に対する課題が大きいと考えられた.自殺率の高い地域は傾斜の強い険しい山間部で,人口密度の低い市町村に多い(岡ら,2017).また,過疎地域における精神障害者の地域生活支援では,都市部と過疎地域の精神医療福祉サービスの格差が顕著であり,過疎地域では半数弱の人が健康面や生活面での困りごとを抱えており,相談窓口に対するニーズがあった(谷本ら,2014).本研究でも同様に,社会資源が少ない中で精神保健のニーズが高い状況であり,限られた社会資源のネットワークの中で,精神保健のニーズに対応できる支所保健師活動の重要性が示唆された.
活用できる資源に乏しい過疎地域では,従来からのサービス不足に加えて人口減少による地域力の弱化という課題を抱え,包括ケアシステムの形成を困難にしていることから,相互支援についても「自律的に相互支援が成立する段階」から「一人(ないし数人)の強力なキーパーソンの存在によって相互支援が成立する段階」へ,さらには「相互支援の成立が困難な段階」に進行する(小松,2016).本研究でも同様に,支えあいの地域づくりが困難な状況であり,「相互支援の成立が困難な段階」になりつつある.また,個別ケース支援や保健事業の推進において,住民との協働が困難な状況になってきており,住民主体の地域づくりも困難であるが,限られた住民から人材を見出し,住民主体の地域づくりを支援するための関係構築に努めることの重要性が示唆された.
以上,このように過疎地域の特性からなる課題がある中での支所保健師活動遂行においては,専門知識に基づき個人及び家族の健康と生活をアセスメントし対応する能力を養うこと,地域特性に応じたケアシステムを構築する能力の重要性が示唆された.
2. 過疎地域における支所業務の課題過疎地域における支所業務の課題には,【過疎地域の保健福祉業務全般を担う一人判断に必要な力量】,【長期支所勤務で機会がない後輩指導や事業企画・評価】,【中堅以上に遠隔地の支所業務と経験を望まれるが少ない人材】があった.
合併前は複数体制で手厚い活動ができていたが,合併後の時間の経過とともに一人体制となり,【過疎地域の保健福祉業務全般を担う一人判断に必要な力量】が課題となった.合併3年目に集中配置となった自治体でさえ,野中(2006)は,近くにいれば情報交換しやすいのは当然だが,それだけでは個の保健師の力量に任されてしまい,チームとしての大きな動きをしなければいけないことを指摘している.本研究では,一人で保健福祉業務全般を担うことと,処遇困難なケース等の対応において身近に相談できる保健師が無くタイムリーに相談できず自分で判断しなければならない状況が明らかになり,集中配置している自治体よりもさらに,一人体制・一人判断に関する力量と支援が求められ,新任期から支所勤務を念頭においた力量形成と適切な支援体制が望まれる.
一方,【長期支所勤務で機会がない後輩指導や事業企画・評価】という課題のように,支所業務に関する現任教育についても,支所保健師には後輩保健師への指導機会がないことが明らかになった.また,多くの新市町で保健事業に関する権限は支所になく,支所への保健師の配置は充分でない状況が明らかになっているが(都筑ら,2010),支所には事業の企画・実施評価の機会がなく,保健師の配置も充分でないのは本研究でも同様であった.支所は一人体制であるが,どちらに勤務しても,常に地区診断による事業化・施策化の視点から事業企画・評価をし,それらを後輩保健師に指導することの重要性が示唆された.
支所には,経験豊かな中堅以上の保健師配置が望ましいが,【中堅以上に遠隔地の支所業務と経験を望まれるが少ない人材】の状況である.災害時には一人体制で対応しなければならないが,子どもの存在と自宅でのケアの必要性が看護の活動を妨げる要素であることから,保健師の子どもへの不安を軽減する手立てが必要となり(Sato et al., 2016),育児を担う保健師が一人体制で災害対応する困難さが読み取れる.中堅期保健師への期待と家庭事情との葛藤は本研究においても同様であり,支所勤務する中堅期保健師への支援が望まれる.
このような状況から,保健師は《支所勤務には消極的となる姿勢》になっていると考えられる.本研究では,中堅保健師に遠隔地の支所業務と経験が望まれているが,永江(2012)が中堅保健師に強化すべき課題として述べている地域の課題に基づく企画・立案,健康危機管理,行政組織や機関・施設・団体等との連携,次期リーダーとしての組織管理・運営,育児休暇取得者のサポートの5つの課題が重要であるとことが示唆された.さらに家庭事情の勘案も要すると考える.
3. 本庁業務と過疎地域の支所業務が異なる2重構造の課題本庁業務と過疎地域の支所業務が異なる2重構造の課題には,【業務や地域事情が大きく異なる支所異動後の業務対応】,【本庁が過疎地域の支所業務を理解し難い中での支所支援】があった.
【業務や地域事情が大きく異なる支所異動後の業務対応】という課題から,支所は保健福祉業務全般を担うため支所異動までに保健福祉業務全般を経験できていることが望ましく,それには一定期間が必要と考えられていた.過疎地域における精神保健の対応について,長期入院患者の退院促進のための取り組みは,地域生活支援事業として継続的に展開されているが,精神保健福祉法・障害者総合支援法等の諸制度に基づくフォーマルな社会資源が乏しい中山間過疎地域等では,その支援を展開していくことが困難になる(高木,2015).精神相談が多く専門機関や専門職等の社会資源が少ない過疎地域では,住民は支所保健師を頼っている状況が,精神保健の経験がない保健師には負担となってくることが明らかになった.今後は,支所異動までに精神保健対応の経験を積むとともに,他職種から協力が得られる体制が望まれる.また,精神障害者との面接技術や保健所との連携のあり方を先輩保健師や専門職から学び,研修等で精神保健の理解を深めることも肝要と考える.さらに,《本庁とは異なる濃厚な住民との関係への戸惑い》については,過疎地域での地域に根付いた保健師活動には住民との関わりの重要性の認識も挙げられており(御子柴ら,2016),住民との濃厚な関係を,上手く保健師活動に生かすことが肝要と考える.
円滑に支所勤務するには本庁からの支援体制が重要となるが,【本庁が過疎地域の支所業務を理解し難い中での支所支援】という課題がある.【中堅以上に遠隔地の支所業務と経験を望まれるが少ない人材】の課題のように,過疎地域の支所に勤務できる保健師が限定されてくる場合,支所勤務経験不足から支所保健師活動への理解不足となり,支所業務への理解不足は支所の状況を把握した支援が困難となり,支所保健師への支援不足に繋がることが明らかになった.支所保健師支援においても,支所勤務経験を積むことに加えて,日常での保健師同士の会議等で,支所保健師活動の情報交換を本庁を交えて行い相互理解に努めることが肝要と考える.
合併に伴う2つの活動のシステムの変化として,「法で課せられた活動(法的根拠に基づく活動)」の中心市の活動システムと「地域に出向き,住民に出会う活動(住民の生活実態に基づく活動)」があり,この矛盾からのダブルバインド(にっちもさっちもいかない状況)の指摘がある(野呂,2013b).また,多くの新市町で保健事業に関する権限は支所にない(都筑ら,2010).本庁と支所の役割分担について,支所の保健センターがサービスを提供するだけの場所になれば,住民との直接的な関わりの中でニーズを把握し,健康政策の立案から保健活動の評価を行う行政機関の機能を失いかねないという懸念がある(藤内,2006).本庁業務と過疎地域の支所業務が異なる2重構造の課題については,過疎地域を含まない自治体の支所に比べ,過疎地域の支所は特に業務内容は大きく異なり,社会資源に乏しい過疎地域ゆえに地区診断と住民ニーズを捉えたPDCAの展開がより重要となることが示唆された.
過疎地域の特性からなる課題・過疎地域における支所業務の課題・本庁業務と過疎地域の支所業務が異なる2重構造の課題が,過疎地域を含む広域合併自治体の支所保健師活動遂行と保健師人材育成が複雑で困難を極める大きな要因と考えられた.課題解決に向けて,支所保健師活動の支援体制を整え,本庁業務に加え支所業務にも対応できる力量形成が重要となる.
本研究は,支所を有する広域合併自治体を対象とし,対象自治体の保健師に個別インタビューを実施したが対象自治体が少なく,県内の自治体に限られている.全国的に網羅できていないため,全ての広域合併自治体に適合するとは言い難く研究の限界がある.
過疎地域を含む広域合併自治体の支所保健師活動遂行においては,過疎地域の特性からなる課題,過疎地域における支所業務の課題,本庁業務と過疎地域の支所業務が異なる2重構造の課題の3側面が渾沌としており,困難を極めている.本研究で【中堅以上に遠隔地の支所業務と経験を望まれるが少ない人材】が明らかになったことからも,まず,一人体制の支所勤務ができる中堅期保健師のあるべき姿としてモデル構築し方向性を見極めつつ,人材育成を進めていくことが肝要と考えられた.
広域合併自治体の過疎地域における支所保健師活動では,8カテゴリーの課題があった.過疎地域の特性からなる課題がある中,保健師が対処できる支所保健師活動遂行上の課題解決として,支所保健師の支援体制を整えるとともに,支所業務を念頭においた保健師の力量形成が重要となる.
謝辞:対象自治体におかれましては,業務多忙にもかかわらず本研究にご協力くださり,深く感謝申し上げます.インタビューでは,過疎地域に支所を有する広域合併自治体における保健師活動のご経験から,貴重なご意見を拝聴することができました.保健師の皆様に心より感謝申し上げます.また,ご指導頂きました指導教授ならびに先生方に御礼申し上げます.最後に.査読者および編集委員の方からは,本研究に関する貴重なご示唆を頂きました.ここに記して御礼申し上げます.
利益相反:本研究における利益相反は存在しない.