におい・かおり環境学会誌
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特集 (香りの心理効果に関するシーズとニーズ)
香りの心理効果に関するシーズとニーズ
坂井 信之
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2011 年 42 巻 5 号 p. 321

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抄録

最近,香りの心理効果が注目されている.一つの側面は心理効果の学術的な観点である.香りの効能に関する逸話的な報告はかなり多く,その特異的な側面が強調されてきた.例えば,良い例が嗅覚の記憶にみられる「プルースト効果」と呼ばれるものである.マルセル・プルーストによる『失われた時を求めて』の中に,紅茶に浸したマドレーヌを食べていると,ふと幼い頃の記憶が鮮明によみがえってきたという内容の記述があることから名付けられた.この現象にみられるように,香りから想起されるエピソード記憶のビビット感や時間的距離感の近さなどの特徴は嗅覚に特異的であるとされている.しかしながら,この件に関する学術的な研究は,長い間少数のグループが比較的古い手法で確かめる程度に留まっていた.さらに,嗅覚に関する個人差やあいまいさ(記憶の不確かさ)は顕著であることも加わり,嗅覚の心理効果に関する学術研究は,視覚や聴覚に比べて長い間放置された感があった.
しかし, 2004年にリンダ・バックとリチャード・アクセルが,嗅覚レセプターの遺伝子解析の研究でノーベル賞を授与される前後から,嗅覚に関する学術的知見が飛躍的に蓄積されるようになってきた.ほぼ同時に,ヒトの脳を非侵襲的に計測する技術が進歩し,ヒト独自の嗅覚の情報処理機構についても,学術研究が行われるようになってきた.ここで触れたいくつかのトピックスについては,すでに本学会誌でも特集号の論文として紹介されているので,今回の特集では,嗅覚と視覚とのイメージの統合に関する現象論についてまとめていただいた.
綾部氏は香りと形のイメージの一致,三浦氏と齋藤氏は香りと色の調和について,それぞれご自身の研究を中心にまとめていただいた.いずれの論文も非常に読み応えのある最新知見を紹介されており,これらの論文を読むことにより,ヒトは香りからどのようなイメージを思い浮かべるのかということについて理解が深まり,これからの香りの応用のシーズ (種)となる知見である.
もう一つの観点は,嗅覚の心理効果をビジネスとして展開するというものである.これまでもアロマテラピーや消臭というビジネスがあった.しかしながら,最近注目されている香りのビジネスとは,香りの心理効果を積極的に応用するというものである.阿部氏と高野氏による論文は,香りや化粧がヒトの感情に及ぼす効果について概説したものである.一ノ瀬氏の論文は,シャンプーや男性用デオドラント製品,衣料用柔軟剤などの香りの実例を豊富に挙げながら,香りがヒトの感覚や感性にどのように作用するのかということについてまとめたものである.國枝氏の論文は,香りを積極的に使うことによって,行動障害の子どもや,認知症の高齢者などの症状の改善ができることをご自身の研究に基づいて,まとめていただいたものである.これらの論文は,いずれもすでにビジネス展開されているか,これからビジネス展開されていくものであり,香りビジネスに直結する,いや,これからの日本の香り社会を予想すると言ってもよいほどの基盤技術といえる.
読者の皆様におかれては,今回の特集の学術的なシーズから新しい技術のヒントを得ていただいたり,実際の香りビジネスの実例に触れることで,これからの日本の香り社会のニーズに思いを巡らせていただきたい.これは本特集に執筆していただいた方々の共通の思いである.

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© 2011 (公社)におい・かおり環境協会
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