2008 年 47 巻 1 号 p. 29-38
日本列島の本州,四国,九州に生息するニホンイノシシ(Sus scrofa leucomystax)の下顎骨臼歯サイズの地理的多様性と時間的変化について検討した.分析に用いた資料は,本州,九州より得られた現生資料と,縄文時代から平安時代の考古遺跡から出土したイノシシ骨である.分析では,下顎第3,第4小臼歯の頬舌径および第1,第2大臼歯の頬舌径を使用した.現生資料群と縄文時代の資料から,列島の東ではイノシシの臼歯サイズが大きく,西にいくにつれて小さくなる傾向が認められた.九州の個体群は,現生・考古資料ともに本州に比べて顕著に小さい.
一方,弥生時代においては列島の西でイノシシの臼歯サイズが大きく,東で比較的小さい傾向が認められた.また,北部九州および本州西部では,遺跡間で臼歯サイズに顕著な差が認められ,その変異幅は縄文時代および現生資料の地理的変異幅を超える.弥生時代におけるこのような傾向の背景には,特定地域のイノシシを人為的に移動させるなどの影響があったことが想定される.