北海道南西部の横津岳(標高1,167m)山系において,3地点の花粉分析を行い,過去約1万5千年間の植生を復元した.その結果,約12,000年前以前には,トウヒ属を主とする亜寒帯林が成立しており,横津岳の中腹(標高600m付近)には,寒冷な気候を示すコケスギランSelaginella selaginoidesが生育していた.この時期のコナラ属の連続産出は,現在の北海道の冷温帯林の主要構成要素のミズナラが亜寒帯林中に散在して生育していたことを示す.アレレード(Alleröd)期には,ミズナラ,ブナなどを主とする冷温帯林要素が増加したが,ヤンガードリアス(Younger Dryas)期には,再び亜寒帯林要素が増加し,晩氷期の気候変動に対応した森林植生の変化が認められた.氷期が終了した10,000年前には,亜寒帯林は完全に消滅した.10,000~5/6,000年前には,ミズナラを主とする森林が成立し,ヤンガードリアス期には減少していたブナが再び増加した.ブナを主とする森林(ブナ林)は,約6,000年前には標高600mよりも低標高地にも侵入し,ミズナラを主とする森林を置き換えて優勢となり,現在に至った.ブナはこれまで6,000年前頃渡道したと考えられていたが,本研究の結果,最終氷期に横津岳周辺の逃避地に生育し,温暖化に伴い分布を拡大したと考えられる.